2020年12月27日日曜日

オープンであること

授業が大切なことはだれもが理解していますが、授業改善のための教師相互の授業見学は若い教師にとっては大切な方法の一つです。

最近出版された『「学校」をハックする』(新評論2020)では、このことが取り上げられています。同書30ページからの「ハック2」では、「オープンクラス・チャート」サブタイトル「見学可能な授業の一覧表で教師の協働を後押しする」が紹介されています。 

パイナップルは伝統的な歓迎のシンボルです。玄関マットやドアにパイナップルがあるときは、「みなさんご自由にお入りください」というメッセージになります。★)オープンクラス・チャートとは、同僚に対して「見る価値のある面白いことをやりますよ」と知らせ、いつでも見学可能というメッセージを「ウェルカムボード」に託してすべての教室に掲げることです。

オープンクラス・チャートは、ホワイトボードのようなものをカラーテープやマーカーで曜日と時間割を区切ってつくります。そして、職員のメールボックスやコピー機など、多くの人が使用する場所の近くに設置しておきます。 

この部分を読んで、「なるほどこんなやり方があったのか」と、ほんの少しの工夫で相互研修の機会を生み出すことができるのだと思いました。校内研修というと、改めて何かをやるという意識になってしまいがちですが、日常的にこのような機会をつくるのが充分可能であることを再認識する必要がありそうです。校内研修で時間をかけて指導案を検討するのも若手教員には必要かもしれませんが、中堅以上の人にはそれほど効果がないということはこのブログでも再三お伝えしてきたとおりです。それよりも、ちょっとしたアイデアをお互いに見せ合って、意見をもらう方がどれほど役に立つかわかりません。

 また、同書153ページの「ハック9」の「透明な教室」では、SNSを利用して教室の学びを公開する方法が述べられています。

 SNSやその他のアプリで教室の壁を透明にすることが可能になり、授業における学習活動をほかの人たちと共有することができるようになったのです。(156ページ) 

 保護者に対して、頻繁にかつ気軽に教室の中が見られるようにすることで、誤解を与える可能性を大きく減らすことができると同時に、もっとも大事な人々と強いパートナーシップを築くことができます。(157ページ) 

また、同書には、このようなやり方をうまく導入する段階的な方法が「完全実施に向けての青写真」として紹介されています。いきなり何もないところから一足飛びにこのような試みを実行しようとしても失敗する可能性が高いものです。ぜひ、この本を参考に多くの先生方がこのようなことに取り組まれることを期待したいと思います。 

今年最後の「PLC便り」になりました。

来年も引き続き、よろしくお願いいたします。

 

★)同書の訳注にはこのように書かれています。

本物のパイナップルではなくて、サインとして使っています。原書ではパイナップルの説明を使って「パイナップル・チャート」となっていますが、日本語訳としてはピンとこないので「オープンクラス・チャート」にしました。

2020年12月20日日曜日

なぜ『子育てをハックする』が、ハック・シリーズの1冊なのか?

答えは、クラス運営のヒントが満載だからです。

基本的に、「子育て」=「クラス運営」と言い切れます。(対象とする人数の違いはありますが!)

 

 以下は、目次ですが、これから両者の関係性が浮かび上がってくるでしょうか?

 

魔法のことば1: 理解しよう

魔法のことば2: 終わりから考える

魔法のことば3: 一輪走行を選ぶ ~自立した子どもを育てる

魔法のことば4: された質問に答える ~子どもにすべて言いたい衝動を抑える

魔法のことば5: 空腹、怒り、寂しさ、疲れ ~基本的欲求を満たすための世話をする

魔法のことば6: 価値は過程のなかにある ~考える時間を確保する

魔法のことば7: 正直は信頼に含まれる ~子どもとの関係を築く

魔法のことば8: 決めたことは変えない ~一度言ったら、それを貫く

魔法のことば9: 今の世界は大きく変わった ~大切なことを集めたうえで選定し、周りの雑音は遮断する

魔法のことば10 直感は原則に勝る ~たとえみんなに「そうするな」と言われても、自分自身を信じる

 

 見えやすくするために、解説を加えていきます。

 

魔法のことば1の「理解しよう」は、すべての鍵です。これがないと、すべてがうまくいきませんから。ここでは「子育てノート」を付けることが提案されていますが、教室や学校レベルでも同じです。あと2~3か月のうちに出版される『学校をハックする』(ハック10)と『生徒指導をハックする』(ハック9)に、その教室や学校版については詳しく紹介されています。

 

 魔法のことば2は、『生徒指導をハックする』のハック2「『ルール』を『期待』に置き換える」と言い換えられます。実現したい特性(期待)のリストは、生徒たちと一緒につくり出したり、取り組む際には仲間やサポートグループを見つけたりしてください。

 

 魔法のことば3は、自立するためのスキルを身につけてもらうことです。具体的には、見たいこと(目指すべきことを明らかにし)と実際に何回見たかというシンプルな方法で可能です。これは、成長マインドセットを培うことに役立ちます。

 

 魔法のことば4~6は飛ばします(その重要性が低いからではなく、自明だと思うからです)。

 

 魔法のことば7と8は、一緒に扱います。子どもを理解し、関係が深まると、信頼も深まります。(「親は、子どもが正直であることからはじまり、親が子どもを信用することで終わるというサイクルを思い浮かべていますが、実勢はその逆なのです。子どもは、信用されていると感じると正直になり始めるのです。つまり、すべては親からはじまるということです」(117~118ページ)は、教師と生徒にそのまま置き換えられます!)そして、同じことを繰り返したり、言っていることを変えたりするのは、関係づくりに役立ちません! そのためには、「あなたの要求をはっきりと言葉にすることを学ぶ」「言ったことを子どもに繰り返させる」「子どもが行動するまで待つ」「ありがとう、と言う」流れが効果的です。

 

 魔法のことば9と10は省きますが、クラス運営との関連を見いだされた方は、pro.workshop@gmail.comへ教えてください。

 

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2020年12月13日日曜日

2次元モデル暗記授業にさようなら 3次元モデル探究授業こんにちは

今年は「新学習指導要領」が告示された教育改革の年でした。「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力・人間性」が示され、主体的で対話的な学び、深い学びへの授業づくりが始まりました。しかしコロナ禍の休校措置もあり、深い学びを実現するにはかなり苦心したのではないでしょうか。

 

そもそもこの「深く学ぶ」とはどういうことなのでしょうか? 現在、教壇に立っている多くの先生方の学生時代、学習内容を暗記することで試験をクリアしてきた経験があるはずです。そしてその多くはすでに記憶喪失に。教科書一辺倒にカバーするような学習へ違和感を持ち、もっと興味を持って考えたり学びたいと願って教師になった方もいるのでは。

 

これまでの、知識の暗記や計算できるといった技能に特化された2次元モデルの授業は別れを告げるときです。生徒たちには、より深い理解を導くために知識と技能に「概念」を加えた3次元モデルの授業をデザインしてみませんか?

 

Curriculum Shift: Towards Concept- Based Teaching & Learningより

 

左:2Dモデル(技能とプロセス・事実的知識) 

右:3Dモデル(事実的知識・概念と原則・技能とプロセス)

 

そこで今回紹介する本

H.リン.エリクソン、ロイス・A.ラニング他『思考する教室をつくる 不確実な時代を生き抜く力 概念型カリキュラムの理論と実践』北大路書房

は、探究学習をメインにすえた授業づくりの理解を深めることができます。概念的理解を明文化する方法、単元設計の組み立て方、さらに実践例が豊富であり、これまで不確かだった探究学習づくりの一助となるはずです。★

 



 

概念とは、ある共通した特徴をもつ一連の例に枠組みを与える構築物(mental construct)の指します。 例えば、サイクル、多様性、相互依存、不平等、忍耐などがあり、これらは時を超えた普遍的なものであり、抽象的なものです。それではこれまで教えていた学習内容に知識、技能に加えて、新たに「概念」を用いることでどのような能力が育つのでしょうか? 

 

  • ・事実情報を批判的に検証する能力
  • ・新しい学習を既存の知識に関連付ける能力
  • ・パターンとつながりを見いだす能力
  • ・概念レベルで重要な理解を引き出す能力
  • ・エビデンスに基づいて理解の真実性を評価する能力
  • ・理解を時間または状況を越えて転移させる能力
  • ・概念的理解を想像力豊かに利用して問題を解決し、新しいプロダクト、プロセス、またはアイディアを発明する能力

(本書P.31より)

 

例えば、「美しさ」といった抽象的な概念のメガネをかけることで(概念レンズ)、算数数学の関数を見直したとき、これまで見てきた味気ない問題を解くだけの関数景色から変わって見えるようになります。そこには繰り返されるパターンが見え隠れし、自然界へ目を向ければ、カリフラワーのうずまきや木の枝の分岐パターンなど、ある一定に繰り返される「美しさ」を見つけることができるからです。

 

このように概念レンズを使うことは、これまでの知識や技能について改めて捉え直し、生徒の知識を長い時間記憶保持し、より個人的な意味づけが行われます。そして、学習対象のおもしろさに気づき、気付いたら夢中で努力し、その結果、学習意欲を高めてくれるのです。概念レンズの候補には、以下のものもあげられています。全てを網羅してはいませんが、教える教科の学習内容に関連した概念レンズを選ぶことで、より深く学ぶきっかけとなっていきます。


(本書P.18P.19より)


生徒の概念を理解した深い学びを導くためにも、教えることの全体像を「知識の構造」図、「プロセスの構造」図を用いて、概念的理解明確に学習設計します。「知るべき事実的知識、(事実・トピック)」「理解すべきこと(原理・一般化)」「できるようになること(プロセス・技能)」で明確に表現して構造図としてまとめられ、どの教科でも程度の差はあれ、このふたつの構造図を使っています。これらは理論としてひとつにまとめあげられ、上にいくほど知識抽象度が高くなり、レベルに応じて構造化されて示されます。

 

「知識の構造」図

  • 生徒が知るべき事実(的知識):具体的な知識(教科書の学習内容)
  • トピック:単元(アマゾン熱帯雨林の生態系、数学の式と方程式など)
  • その事実(的知識)から引き出された概念:その教科や単元で焦点をあてたい概念アマゾン熱帯雨林の接待性は、密な生態系を作り出す、224など)
  • 概念:ある共通した特徴をもつ一連の例に枠組みを与える心理的な構築物(mental construct)のこと。 (サイクル、多様性、相互依存、不平等、忍耐などがあり、これらは時を超えた普遍的なもの)
  • 原理と一般化:複数の概念を組み合わせ、時や時間、状況を越えて学んだことが転移される理解で、生徒が一般化するための試行錯誤により、学習転移可能の深い理解となります。原理は一般化と異なり、証明されている真理のことを指します。複数の概念の関係を表した「一般化」は他書では、「本質的理解」「永続的理解」「ビッグアイディア」などと呼ばれ、事実(的知識)や技能と関連して転移可能なより深い理解を反映されます。

 





(本書P.40より

 

文の読み書き、計算を解いたり、または体育や音楽、美術といった技能の比重が大きい教科、「プロセスの構造」によって教えることを構造化し設計されます。これまでやみくもにアルゴリス無を練習していたことから、なぜそれをやるのか理解が深まります。

 

「プロセスの構造」

  • プロセス:連続したステップを踏むもの(書く、読む、問題解決)
  • ストラテジー:学習者が意識して使う学習方法。(自己調整、リスト分けや整理など)
  • スキル:ストラテジーに組み込まれたより小規模なもの。スキルを適切に行うことでストラテジーが機能する。(自己調整ストラテジーにおけるスキルは、読書の目的を知る、振り返る、読み直す、予測するなど。リスト分けや整理のストラテジーにおけるスキルは、必要な情報の特定、組み合わせを決める、リストアップすること、クモの巣マップを書くなど

(本書P.45より)

 

暗記知識詰め込み型、スキル型の2Dモデル授業の学習観を手放すときです。そのための教師の役割は、コーチングや問いかけ、意味のあるフィードバックを提供して生徒が生産的に思考できるように導くことであり、学習内容に関しその理解力に匹敵する思考力を培う課題をデザインすることです。

 

本書では、概念ベースの教師を目指すアナ・スキャネルが以下のように語ります。

 

”「概念型のカリキュラムと指導」に初めて取り組むにあたって最大のチャレンジとなるのは、学習プロセスをコントロールしようという気持ちをある程度手放さなければならないということだと思います。

 

私はかつて、理解すべきことを生徒に直接教えたり、すぐに手出しをしたくなったりしていたのですが、学びのほとんどは試行錯誤を得てこそ得られるものです。ですから、私たち教師は一歩引いて、生徒が自分たちの力でそこにたどり着くことができると信じなければならないのです。

 

教師として私たちの役割は、いくつもの道筋を示すこと、生徒が必要とする学習の材料や経験を提供すること、そして生徒が自らの力で概念的理解を達成できるようにすることです。これは、最初は難しいかもしれません。生徒が目標とする一般化にたどり着けないのではないかと心配になってしまうからです。しかし実際の経験から分かったのは、多少言葉が違っても、適切なサポートがあれば生徒は確実に目標とする考えにたどり着けること、そして時には私が考えもしなかったような別の理解まで引き出す事ができるということでした。”

(本書P.101より) 

 

教師が主体となってこれまでカバーし続けてきた教科書、そしてそれを暗記してきたことだけでは忘れ去られてしまいます。知識を構築し統合していくのは、学習者自身です。知ること(事実的知識)やできるようになること(技能)を重視している2次元モデル。一方、3次元モデルは、学習の単元に関連する理解すること(概念)を深めるべく、概念、知識、技能を学び、低次のプロセスから高次のプロセスに知性に働きかけることができます。概念ベースの学習は、まさしく新学習指導要領が目指している主体的で対話的な学び、深い学びへ誘うことができるのです。

 



これまで、概念的理解を取り入れた教育実践にはG.ウィギンズ・J.マクタイの「逆向き設計」の『理解をもたらすカリキュラム設計』がありました。この本を開いた?方なら分かると思いますが、言葉の定義も複雑なためなんとも難しい。

 

PLC便りの筆者のひとりは1990年代初頭には、すでに概念理解を取り入れた国際理解教育「ワールドスタディ」の紹介、実践が行ってきました。

知識ではなく、概念を中心に据えた授業/カリキュラムづくりを!

http://projectbetterschool.blogspot.com/2020/10/blog-post_18.html

ここにはワールドスタディの10この概念も紹介されています。

 

最近では、京大を中心に実践本も日本から出されるようになり、だいぶ分かりやすいものとなってきました。尚、現在こうした流れをくんだ「Doing History(歴史をする? 歴史する?)」という本を翻訳中です。お楽しみに。

 

2020年12月9日水曜日

『生徒指導をハックする』

 これまで私が訳した中で北米で最も売れていた本(Amazonの評価数で判断する限り)は、よりよい授業/学校/教育制度をつくり出すためのアイディアが満載の『教育のプロがすすめるイノベーション』でしたが★、それを抜いてしまったのが、今回の新刊の『生徒指導をハックする』です。

 洋の東西を問わず、教師の最大の悩みは、教科指導をどうするかや、いかによりよい学校がつくれるかや、よりまともな評価はどうしたらいいか等ではなくて、生徒指導のようです。(これらはすべて人間関係がベースにあるということでは共通しています!)

 以下は共訳者の高見さんが書いてくれた新刊案内から:

 「生徒指導の方法を誤れば、生徒のその後の人生に大きな影響を与えてしまう」。本書の「はじめに」に述べられている言葉です。大変重い指摘ではないでしょうか。生徒は成長の途上にあるわけですから、様々な問題行動が現れてくるのは当然でしょう。しかし、その問題行動が誰かに取り返しのつかないほどの深い傷を負わせてしまうような事態は阻止しなければなりません。その行為を受けた生徒の人生に、それこそ深刻な影響を与えてしまうことになります。
 では、問題行動に対して、私たちはどのように対応すればよいのでしょうか。厳罰を課すだけでは真の成長は難しいとしても、本人が行為の深刻さを受け止めず、結果への責任もとらないのであれば、それこそ成長は望めそうにありません。
 本書では、その解決方法として、アメリカですでに効果が実証され、今後の発展にも大きな期待が寄せられている「関係修復のアプローチ」を紹介しています。「関係修復のアプローチ」とは、誰であれコミュニティーから排除しないという信念のもと、関係性の修復を重視するものです。本書ではまた、学級や学校を安心して学びあい、成長できる場(コミュニティー)とするために、学校として取り組むべき日常の予防的な方策についても詳述しています。とくに、マインドセット(第5章)、マインドフルネス(第6章)、共感力(第7章)に関して描かれていることは、不安定な感情や困難に直面したときに生徒がそれを乗り越えるための現実的なツールを提示しており、その後の人生においても心強い指針となるでしょう。
 著者の、どこまでも愛情深い眼差しと、確かな実践に裏打ちされたヒントが満載の本書を、ぜひ日本の教育現場で奮闘されている先生方、またその指導に接している生徒と保護者のみなさん、そして教育にかかわるすべての方々に読んでいただきたいです。


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  ひょっとしたら、『イン・ザ・ミドル』だったかもしれません。アマゾン時代の前なので統計がないだけで!


2020年12月6日日曜日

新しい学びの時代を始めるにあたって考えておきたいこと

 私たち教師は、子どもたちに、ワクワクするような学びの体験をしてもらいたいと思っている。少なくとも、そう思って教職を志したはずだ。志望動機に多少の違いはあっても、子どもたちがイキイキ学ぶ姿を思い描いて教壇に立ってきたはずである。

一方、現在の我が国の学校教育は一つの転換点に立っていると言える。21世紀型スキルといわれたりするものだ。それには、創造的に問題を解決する力、クリティカルな思考力、コミュニケーション力、協働する力、メディア・リテラシー、テクノロジー、多文化理解の力などが含まれる。講義やワークシート、記憶、暗記などを中心とした教え方では、立ち行かなくなっていく危険性をみな感じているのだ。

「退屈した生徒は、ソーシャル・メディアを使うことで、脳のドーパミンの噴出量を引き上げているかのようだ。考え事をしたりして気を紛らわすことでは太刀打ちできるものではない。教室で学ぶことの、魅力的な代替物となってしまっているのである。それらと、同等に魅力的な教育を提供できなければ、生徒たちは見向きもしてくれないだろう。」(p.47) ◆

というマーサ・ラッシの指摘は強烈だ。教科書を使った、知識の切り売りの授業を続けていたら、日本の学校は本当に大変なことになるかもしれない。

しかし、まだまだ我々が向かうべきところは視界が十分とは言えない。アクティブ・ラーニングという言葉の定義すら、まだ明確とは言えないだろう。伝統的な授業からの脱却を図るうえで、考えておくべき課題を、マサー・ラッシュが整理している。◆

1 意味のある、しっかりとした学習課題に向かわせることのできるエンゲイジメントがあること。

アクティブ・ラーニングといえば、グループワークをしたり、ディスカションをしたり、児童生徒が活発に動く活動を思い浮かべるだろう。エンゲイジメント(ある仕事や活動に夢中になって取り組んでいる状態)を作り出したいのである。しかし、重要なのは、単なるエンゲイジメントではなく、意図がはっきりしたエンゲイジメントである。生徒に迎合するようなお楽しみとは異なるということだ。

2 テクノロジーは答えではない。

ICTは重要だが、テクノロジー自体が重要なわけではない。ラッシュの言葉を借りれば「ノートの代わりにアイパッドを使わせるといったことだけでは、生徒たちを学びに向かわせることはできないのだ。基礎的な知識や語彙を単純に覚えるドリルであれば、コンピューター上でやろうが、紙の上でやろうが、退屈であることには変わりはない。」ということだ。

3 必要な知識はある。

振り子の両端に触れすぎない。基礎的な必須ともいえる内容を落とさずに、新しい学びに挑戦しなければならない。

4 小さくスタートする。

講義型授業とアクティブ・ラーニングを、単純に対立するものとして見てしまいがちであるが、極端に走らないことが重要。「すべての時間でディスカションをする」のように極端に走らず、できることから始めるという姿勢が必要だ。

5 教師自身が、アクティブな学びを体験すること

あなたは、ワクワクするような学びを体験しているだろうか。ワークショップに参加したり、友人とブッククラブを開くなどして、本当に意味のある学びを体験したい。


学ぶことは本来はとても楽しいことだったはずだ。学校をワクワクする学びのあふれる場所にしよう。そのようなビジョンをぶれずに持ち続けたいものだ。

◆ 『退屈な授業をぶっ飛ばせ-学びに熱中する教室』新評論 マーサ・ラッシュ著(長﨑政浩,吉田新一郎 訳) (2020), pp. 50-54

2020年11月29日日曜日

イノベーション、そして気候変動問題

まず、『イノベーションはいかに起こすか』(坂村健・NHK出版新書2020)を紹介します。この本の冒頭に次のような一節があります。

 

「イノベーション(Innovation)」は日本語に訳しにくいが、元々はオーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが1911年に言い出したとされる言葉で、その意味するところは「経済活動において利益を生むための差を新たにつくる行為」ということだ。

経済学では、理想の市場においては、競争原理により価格は限りなく原価に近づき、利益はいずれ最小になると考えられていた。しかし実際にはそうならない。なぜかということで、シュンペーターは何らかの「差」が新たに生まれ続けることで、市場がリセットされ、利益も生まれ続けるのだと考えた。そしてその要因に「イノベーション」と名付けた。利益を生みさえするなら、その「差」は新しい技術で性能が上がったことによるものでも、原料の調達先を変えて価格を下げたことによるものでも、なんでもいい。

ところが、我が国で「イノベーション」といえば、1958年の経済白書で「技術革新」と訳したことをはじめ、意味を狭めて長らく使われていた。何か新技術によるものだけでなければイノベーションではないと思いこまれてしまったのだ。しかしネット社会が我が国でも進展し始めた2007年になって、経済白書も新しいビジネスモデルなどに注目し、本来の意味に戻ったというべきか、広い意味での革新に注目し始めたようである。

 

こんな経緯があったのかと今更ながらに思うわけですが、こうしたイノベーションがなかなか起きなかったところに今日の我が国の経済の衰退(衰退と考えている人も少ないかもしれませんが)、及び教育におけるICT化の遅れなどにも大きな影響を与えているのだと思います。

ところで、イノベーションで一つ思い出したことがあります。ここでのイノベーションは狭義の「技術革新」の方です。

何を思い出したかというと、気候変動について、もう本気で私たちが考えなければいけない、「ポイント・オブ・ノーリターン(以前の状態に戻れなくなる地点)」が目の前まで来ているということです。今まで、環境保護やリサイクル運動、あるいは技術革新による二酸化炭素の削減等、こうしたことに取り組めば何とか地球の生態系は維持されるのではないかと私も考えていました。

しかし最近、『人新世の「資本論」』(斎藤幸平・集英社新書2020)を読んで間違いであることに気づかされました。「経済成長」という旗を掲げたままでは、エネルギー消費量は抑制できず、結果として地球上の平均気温の上昇を抑えることができないということです。それでは、「成長」なしに人間は生きていくことができるかという大きな問題にぶつかることになります。その点に関しては、著者はマルクスの『資本論』に学ぶことで解決のヒントが得られるのではないかと提言しています。

(『資本論』は第1巻のみマルクスの手で出版されましたが、その後彼が亡くなってしまったため第2,3巻の編纂は盟友のエンゲルスの手によるものだそうです。マルクスの残した膨大な「研究ノート」を含めて、新たに国際的な全集発刊のプロジェクトがスタートしているようです。)

詳しくは、先ほどの本を読んでいただくことにして、ここで一つ付け足しておきたいことは、次のことです。最近、SDGsが教育分野でも盛んに語られるようになりました。

「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals)は、2015年の国連総会で採択され、経済成長、貧困、人権、気候変動、教育(識字率)など17の目標の達成を目指したものです。そして、これが持続可能な経済成長のあり方として、「最後の砦」の旗印となっているということです。そこのところを同書から引用します。(61ページ)

 

例えば、イギリスや韓国を含む七ヶ国によって設置された「経済と気候に関するグローバル委員会」は、「ニュー・クライメイト・エコノミー・レポート」を発行している。そのなかで、「急速な技術革新、持続可能なインフラ投資、そして資源生産性の増大といった要素の相互作用によって、持続可能な成長は推し進められる」とまとめ、SDGsを高く評価している。そして、「私たちは、経済成長の新時代に突入している」と謳いあげた。エリートたちが集う国際組織において、気候変動対策が新たな経済成長の「チャンス」とみなされているのが、はっきりわかるだろう。

 

「成長」を前提としたこのような施策を続ける限り、二酸化炭素排出量は地球全体としては削減できないでしょうし、地球の限界と相いれるものかどうかが疑問なのです。先ほど教育分野においてもこのSDGsを積極的に取り入れようという動きがあることに触れましたが、このあたりのことを深く考えておかないと、とんだお先棒を担がされることになりかねません。本物の「深い学び」とはこうしたところまで考えることを指すのではないでしょうか。富裕層を中心にした現在の新自由主義(自己責任論と格差是認)に支えられた資本主義が追求するのはどこまでいっても利潤です。そのためには、目下の危機から目を背けさせるSDGsが政府や企業のアリバイづくりにしか過ぎない面があることを見抜く目や感性が大切なことを確認し、多くの人々が現実を直視できるようにしていかなければならないということです。

問題解決のための処方箋は簡単にはできません。前回取り上げた「集中から分散へ」という考え方も必要ですし、様々な視点からの検討が求められるものと思います。学校においても、「総合的な学習の時間」や教科横断的な取組のなかで、「いま地球にある危機」を子どもたちと共に考えていければと思います。(日本は二酸化炭素排出量が世界で5番目に多い国です。)


併せて、科学技術と社会のあり方を問うような取組が教育のなかでも積極的に進めていかなければいけないと思います。それは、このコロナ禍の様々な出来事や原子力、エネルギー政策に対する考え方を見ていて痛感するところです。このような科学技術と社会のあり方に関しては、『解放されたゴーレム』(ちくま学芸文庫2020.11)を読んでいただくことをお勧めします。

2020年11月22日日曜日

新刊『「学校」をハックする』紹介


 原書タイトルは、Hacking Education(教育をハックする)で、アメリカですでに15冊以上出ているハック・シリーズの最初の本です。訳者として、書かれてある内容を精査すると、「教師の仕事をハックする」というタイトルを考えましたが、「それでは売れないよ」と編集者に言われて、間を取って、『「学校」をハックする』を選択したという経緯があります。(どれも外れていません! 教師が変われば、学校は変わり、教育もよくなりますから。)

 この本の著者の一人で、シリーズの発行人でもあるマーク・バーンズは、「ハック」を次のように捉えています。(本書のviviiページからの引用)


 ハッカーたちは、世の中を当たり前であると考えない。彼らはおかしいと思った部分を壊し、つくり直している。

 ハッカーは試行錯誤を繰り返す人であり、修理人でもあります。彼らは、誰もが思いつかない解決策を提示します。・・・彼らは、すでにある課題に対する解決法をより良くしよう、つまりハックしようとしています。それらの課題を、逆さまの視点から見たり、まったく違った視点から考えようとしているのです。

 ハッカーの視点は、課題について影響されておらず、課題に内在する問題を違ったところから見ることができる人の視点です。

**** 

 このような視点に立って学校というか、教師の仕事を見た結果、かなりニーズが高い10のハックにまとめて編集したのが、この本だったということです。そのプロセスについても結構詳しく書かれているので、似たようなことを別のテーマで考えたい人の参考になります。(その後、教育のというか、学校の多様なテーマを扱ったハック・シリーズに成長したわけです。3週間後には、シリーズの中で最も売れている『生徒指導をハックする』の邦訳が発売されますので、ご期待ください!)

 この本で扱われているのは、いずれも日本でも共通の(しかも、切実な?!)課題ばかりです。

  長時間の無駄な会議を葬り去り、クラウド(オンライン)会議に切り換える

  ほとんど行われていない授業の相互見学を実現する「見学可能な授業の一覧表(オープンクラス・チャート)」で教師の協働を後押しする

  喧騒から逃れ、静かに授業準備をする(静かなひと時を過ごす)教師の静寂エリアを設ける

  生徒の小さな問題行動に対応しきれないのを、一冊のノートに行動の記録を収録し、クラス運営をスムースにする

  ICTサポートの不足を、得意な生徒たちに活躍してもらうことで補う

  機能していない指導教官制をやめ、複数のメンターで若い教師を育てる

  家庭学習の部分がうまくいかない反転授業を、家庭学習の部分を授業内で行うことで乗り越える

  本に触れる生徒を増やすために、学校のあちこちに図書コーナーを設置する

  ブラックボックス化している授業を、SNSで透明化する/発信する ~ 発信できるレベルの授業をする!!

  生徒を数字に置き換えるのではなく、多様な視点から生徒の情報を集め、それを授業に活かす

タイトルからほとんど中身が想像できるのではないかと思いますが、例えば最後の10番目は、教師は教科書を教えて、テストをして、成績をつけてという習慣を改め、まずは、生徒のことを知る努力をしましょうということです。教える相手を知らないで、本当によく教えることなどできるはずがないのですから★。紹介されているのは、生徒の①情熱、②家族構成、③課外活動、④学習状況(得意不得意)、⑤食事関係(好きなもの)、⑥健康状態、⑦スキル、⑧その他、です。(これを一つの表/スプレッドシートに書き出すと、埋められていないところが、情報が把握できていないところだとすぐに分ります!)こういった生徒にとって大事なことを無視したまま、教師と生徒の関係が続くのと、こうしたことも踏まえながら授業が展開されるのとでは、生徒のやる気や取り組み具合は大分違ったものになるのは明らかです。

この本を読めば、あなたもハッカーになれるように書いてあります。ぜひ、ご一読を。


★ それに対して、文科省のアプローチは、教師が誰であろうと、生徒も誰であろうと、教科書さえあれば、「同じ指導が受けられる」を前提にしていないでしょうか? 結果的に、生徒のことをよく知るという当たり前のことがおざなりにされているのではないでしょうか? これこそをハックしないと! (『教科書をハックする』や『教育のプロがすすめる選択する学び』などが参考になります。)

 

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2020年11月15日日曜日

答えよりも考え方へ 下書きアイディアを共有するラフドラフト思考

みなさんは学生時代の算数・数学の授業を振り返ってみると、どのような生徒でしたか? すぐに正解へ辿り着く賢い生徒でしたか? それとも正答を出せずに教室の中では、こっそりと過ごそうとしていた生徒でしたか? 

正解か不正解かを重視する授業では、数学が得意な生徒も苦手な生徒も失敗やリスク犯してまで深く考え、探究しようとしません。何も考えずに解法を丸暗記するのが落ち。しかし、算数・数学の授業そのものが、協力的な環境へと変化すると、生徒たちは自分のアイディアをより積極的に共有し、自信を持ってやる気を感じ、授業へ考える事へ参加するようになります。

 

デラウェア大学教育学部教授のアマンダ・ヤンセン氏は『ラフドラフト数学』で、これまでのような正答を求めるだけの算数・数学から、生徒同士がアクティブに考え合う、共有に重きを置いた新しい数学実践を提案しています。

 

ラフドラフトとは、下書きのことです。ラフドラフト数学は、生徒がその未完成で進行中の自分の考えを共有し、アイディアを修正するために話し合えるようにすることです。答えや計算の手順ではなく、自分の考えについて話してもらうことで、生徒同士が考える機会を増やすことができるのです。算数・数学の問題のラフドラフトを作成し、それらを共有し議論することにより「私のアイディアは重要なんだ」と、生徒はお互いの学習に貢献する喜びが生まれてくるのです。

 


 

 

デラウェア州の数学教師クリスティン・ヒューバード先生は、生徒にドット図をパッとTV画面に簡単に見せ、「いくつの点があるかを考えてください」と、何個の点があるのか尋ねます。すると生徒全員が8つあることを発表しました。「なぜそこに8つの点か、その数え方を共有してくれる人はいますか?」と質問し、生徒が点をどのように数えたのかその方法を検討するようにしました。ある生徒はホワイトボードやGoogleスライドを使い、様々なアイディアを共有しました。




 

その後、生徒たちはダイヤモンドのような形を何と呼ぶか質問し、議論しました。「この形には2組の平行な辺があるので、平行四辺形かもしれない」と提案します。その後、五角形や「まだ見たこの無い奇妙な四角形」など、複数の生徒がアイディアを出し合いながら、数学概念を理解するための探究的な対話に参加することで、クラスは正解へとたどり着きました。  

 

"生徒に数学に興味を持ってもらうためには、生徒が真の意味で探究する機会を提供する必要があります。教科書や教師ではなく、子供たちに質問をしてもらいたいのです。

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これらのラフドラフト思考を促す問題には、複数の解法や正解がある課題を設定する必要があります。複数の解法や正解がある課題は、数学についての議論を促し、考え方を見直す機会を与えてくれるからです。例えば、ドット図の多様な数え方、グラフから分かることや方程式の中で起こっているストーリーを一人ひとりのアイディアとして紹介し合うことができます。

 

最初に、ラフドラフト(まだ考え中の自分のアイディア)を他の人と共有すること。それには生徒が安心して、自分の考えを聞いてもらう安心感を醸成しなければなりません。最初のアイディアは大切であるけれど、最初に問題を解くことは期待されていないことを、生徒たちが事前に知っている必要があります。アイディアは完璧である必要はありません。何か新しいことを考え、それが自分にとって意味のあることなのかどうかを理解しようとするときには、まだうまく言葉にできないため流暢に伝えられるものではありません。

 

ラフドラフトの共有は、生徒がそれぞれのアイディアを紹介した後、グループで比較検討します。他の人との類似点を見つけることは、今の考え方を広げて深く考えるきっかけとなります。また、他の人のアイディアとの相違点に気づいた場合、その違いが重要かどうか、自分の考え方の間違えや修正する機会ともなります。これらは教師や生徒、そして生徒同士の対話によって、または文章に書き直したものを共有することによって、算数・数学におけるセンスメイキング(自分の学習への意味づくり)の能動的な学習プロセスを作り上げることができるのです。

 

授業の最後に、生徒達は、自分の考え、友だちの考えから、最終的に修正した自分の考え「ファイナル・ドラフト」を書き出します。それは、決して正答や解決方法の結果発表会ではなく、それまでの生徒の思考の変遷そのものが、価値あるものとして体験できるはずです。(そのためのワークシートは、P163。)

 


上:自分の考え

左下:他の人からの考え  右下:考え直したアイディア

 

“生徒が成果を発揮する必要がある(正確な答えを求めること)と感じている教室空間から、生徒が探究する教室空間へと変化していくことが、私の夢です。”P16より

 

教師は、生徒の考えに欠けているものを見つけることよりも、生徒の考えがどのように変化していくか、そのことに喜びを感じるようになることができるとヤンセン氏は語ります。

算数・数学を「共有の探究」として捉え直すことで、より多くの生徒がお互いの問題解決に貢献し、算数・数学の概念を共に考え合い理解する機会を得ることができるのです。生徒一人ひとりのアイディアには強みがあります。教師がラフドラフトの価値を強調し、生徒同士がそのアイディアの何に価値あるのかを指摘し始めると、誰もがみな数学的な強み(生まれつきの数学が苦手な人はいない!)を持っていると考えるようになってきます。

 

正答を直線的に求めることから、その途中のプロセスを仲間と共有し一緒に考え合うこと、深く考えることで、学びにエンゲージし(夢中になり)、間違えや失敗することに臆すことなく自信をもって考えるようになります。ラフドラフト思考は、算数・数学の授業を、生徒が声に出して話し合い、考えることそのものが心地よいと感じるような、魅力的な探究の共有の場にしてくれる強力なツールです。このような実践がより一般化されるためにも、邦訳が待ち遠しいところです。

 

     

Amanda Jansen Rough Draft Math: Rough Draft Math: Revising to LearnStenhouse Publishers (2020/3/17)

 

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Rough Draft Thinking Can Make Math Class More Inclusive 

https://www.edutopia.org/article/rough-draft-thinking-can-make-math-class-more-inclusive

 

2020年11月8日日曜日

書評:『「おさるのジョージ」を教室で実現~好奇心を呼び起こせ!』

  この4月から小学校では、2017年に改訂された学習指導要領が完全実施されました。来年度は中学校で完全実施されます。高校は再来年度からです。新学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」を実現するための授業を展開することが求められています。また、「主体的な学び」と「深い学び」に関連して探究的な学習も重視されています。特に、高校では「総合的な探究の時間」、「古典探究」、「地理探究」、「日本史探究」、「世界史探究」、「理数探究基礎」、「理数探究」と探究科目がいくつも新設されました。

 しかし、実際の教室では、やはり教科書を中心とした旧態依然の「教えること」が中心の授業が展開されているように思えてなりません。これが、私の勘違いなら嬉しい限りです。

 子どもたちの探究の原動力となるのが、本のタイトルにある「好奇心」です。絵本に登場する「おさるのジョージ」は、正にその好奇心の代名詞のような存在です。本書では、ジョージのように幼稚園や小中学校・高校で、子どもたち一人ひとりが生まれつきもっている好奇心を発揮し、自立的な学習「探究」をどのようにして実現するか、以下の構成で一つひとつ丁寧に解説されています。

 はじめに―好奇心に満ちた教室にするために

 第1章 探究と試行を促進する

 第2章 学習を自立的で苦にならないものにする

 第3章 内発的動機づけを取り入れる

 第4章 想像力・創造力を強化する

 第5章 質問することを支援する

 第6章 時間をつくる

 第7章 好奇心の環境をつくる

 おわりに―教える際には何が大切かをしっかり見極める

著者のウェンディ・L・オストロフは、発達心理学と認知心理学の専門家で、大学で教師教育に携わっています。子どもの発達、学習、教育に関する学際的な講義を構想し、実践してきた人でもあります。それぞれの章で述べられている好奇心の特徴や子どもたちの学びとの関係、好奇心を発揮させるための具体的な手立て、教師が教室で行うべきこと、行ってはならないことなどについて、発達心理学や認知心理学、学習科学など様々な研究の知見を基に述べられていて、説得力があります。

また、本書で紹介されている実践例は、幼稚園から小中学校、高校、大学まで幅広く、教科も広範囲に及んでいます。文献研究だけでなく、教師教育にかかわる著者自身が、幼稚園や小中学校・高校を実際に訪問したり、現場の教師との交流をしっかりと行ったりしていることも想像できます。

さらに、大学の教育者としての著者自身のユニークな教育実践・授業実践も紹介されています。それも成功した実践例ばかりでなく、失敗例とそこから学んだことが書かれています。著者の誠実な姿勢が伝わってきます。

子どもたちが好奇心を発揮しながら自立的な学習「探究」を行えるようにするために、教師として意識すべきこと、行うべきこと、してはならないことなどを本書から抜き出してみました。

・子どもは生まれながらに、素晴らしい学習能力をもっている。

・子どもを信じる。子どもに任せる、委ねる。

・忍耐強く見守る。

・子どもが自分で決める。教師がコントロールしない。

・教師自身も探究する(子どものロールモデルとなる)。

・自由で計画に縛られない時間を保障する。

・子どもが試行錯誤できる。教師も子どもも失敗を受け入れる。挑戦する。

・選択できるようにする。

・成長マインドセットを促進する。

・想像力が好奇心を支える。

・想像力に富んだ子どもは、優れた認知的発達と学問的成功を示す。

・ストーリーテリングが想像力を育む。

・質問することは、学習に火をつける。

・質問は、理解を可能にし、理解を反映するので、学習方法およびカリキュラムデザインの最前線に位置するものです。

・質問は、思考そのものの「種」なのです。

・質問することで、生徒はより積極的に学習に取り組み、認知プロセスを刺激し、思考の枠組みを明確にするようになる。

・拡散的思考

・もっとも成功を収めた思考者(科学者、作曲家、芸術家、作家)は、もっとも多くの失敗を経験するのですが、それは多くの試みを行うからです。

・急ぐことは、深い学びへの道ではない。

・途切れることのない長い時間が好奇心を開花させる。

・空間を工夫して配置することは、指導目標を達成するための強力な要因となり得る。

・生徒の参加と学習の進捗度は、部屋の色、空間の柔軟性、環境の複雑さ、そして照明にもっとも影響を受けている。

・好奇心を育成するためには、教室空間が学習者中心になっていなければならない。

 特に、私が重要だと感じたのは、第5章「質問することを支援する」です。質問は、好奇心の現れです。

哲学者のスコット・サミュエルソンの言葉「質問すること自体が、私たちを変えるのです」や社会学者のニール・ポストマンの「質問の仕方とつくり方に関する技術は、教育における中心的な焦点の一つであるべきだ」が引用され、「よい質問や効果的な質問をするためには、学習に対して創造的に取り組むような活力が要求されます。その理由は、「質問することは、さらなる質問につながる行動を生み、その結果として、さらに大胆な探究につながっていく」」という、質問によって探究が大きく促進されることが述べられています。

そして、子どもたちの質問を促進するための具体的な方法として、ダン・ロススタインとルース・サンタナの「質問づくり」やソクラテス式の「問答法」、豊田佐吉の「5つの「なぜ」」が紹介されています。

さらに、子どもたちの好奇心を育み、活性化するための教室空間について、詳細に述べていることは本書の極めてユニークな点だと思います。

 書評の結びに、本書と共に以下の本で紹介されている具体的な手立ても参考にしながら、「おさるのジョージ」のように子どもたちが生まれながらにもっている好奇心を発揮し、自立的な学習「探究」が多くの教室で実現されることを切に希望しています。

■『たった一つを変えるだけ~クラスも教師も自立する「質問づくり」』新評論

■『教科書をハックする~21世紀の学びを実現する授業のつくり方』新評論

■『遊びが学びに欠かせないわけ~自立した学び手を育てる』築地書館

■『だれもが〈科学者〉になれる~探究力を育む理科の授業』新評論

■『教育のプロがすすめる選択する学び~教師の指導も、生徒の意欲も向上!』新評論


 以上は、主には中学校で長らく教え、管理職を務めた後、いまは大学で教えている大関先生が送ってくれた書評でした。