2020年2月23日日曜日

『教科書をハックする』

まもなく、邦訳『教科書をハックする』(新評論)が発売されます。
この本は、リリア・コセット・レント(ReLeah Cossett Lent)さんによって書かれたものです。彼女は中学・高校での教職経験後、セントラルフロリダ大学のリテラシー・プロジェクト創設メンバーとなり、現在は教育コンサルタントとして、リテラシーから学校や教育委員会の(授業を本質的に変える)実践コミュニティーまでをテーマにワークショップを行っています。
 彼女は本書のなかで次のように書いています。

実際のところ、教科書疲労には「もう教科書にはうんざり」という倦怠感以上のものがあります。それは、教科書や指導案をカリキュラムの手引きとして使うこと、すなわち教科書会社が概要を示した順序と、その提供する活動の両方をロボットのようにただこなすだけというもどかしさです

この「教科書疲労」という言葉は、金属疲労にたとえて彼女が使った造語です。固い金属は壊れるとは思われていませんが、長年使われることで破損する場合があるのと同じく、国が関与して厳重につくられている教科書も「ほころびる」ということを意味しています。この本では、どのようにすれば教科書疲労に対する解毒剤となるように、さまざまな資源とツールを教師と生徒が使いこなして、生徒が積極的に学ぶ意味を感じられるような授業をつくり出せるかを私たちに解き明かしてくれます。

たとえば、第2章の「予備知識」では、予備知識が「すべての学びは、それまでの経験からもたらされる。初めて学ぶことでさえ、これまでの経験と予備知識をもとに行われる」という識者の言葉を引用してその重要性を教えてくれます。そして、どのようにすれば、生徒たちの予備知識を教師が授業前に把握することができるのか、その具体的な方法についても言及しています。「予想の手引き」を作成して、これから学ぶ単元に登場する重要な概念について生徒たちに予想をさせます。この活動によって、生徒たちは興味・関心をもって授業に臨むことができるわけです。

また、生徒たちの予備知識を培う方法として「絵本を利用する」ことを著者は薦めています。なぜ絵本を利用するかという点に関して、著者はある研究者の次のような言葉を引用しています。 

子どもの本として知られる絵本は、小さな子どもたちのためだけにつくられたものではありません。驚くべきことに、1000文字ごとに含まれている難しい言葉の数は、ゴールデンタイムのテレビ番組や大学生の会話以上なのです。 

また、日々の授業のなかで、教科書に登場した語彙を効果的に学ぶためにはどうすればよいか悩んでおられる先生方も多いと思います。そのような問題を解決するために、著者はいくつもの方法を具体例も交えて紹介しています。たとえば、「見える化用紙」(考えることを促進するツールで、図式による表現方法が用いられています)を利用して、視覚的にわかりやすく整理するやり方や、「読み聞かせ」を積極的に利用する方法などを説明してくれています。 

まだまだ紹介しきれないほどの宝の山がこの本のなかにありますので、ぜひ手に取っていただいて、お読みいただくことをお薦めします。

2020年2月16日日曜日

「最優先事項を優先する」の実現の仕方


 本プログの2月2日号(http://projectbetterschool.blogspot.com/2020/02/blog-post.html)で、第三の習慣の中身は、
① 第2の習慣を身に付けたなら、それを具現化し、自由意志を発揮し、毎日の瞬間瞬間において実行する。
② 価値観に調和した生活を送るために、効果的な自己管理を行う。
③ 重要だが緊急でない活動を行う。
④ 重要でない活動に対してノーと言う。
⑤ デレゲーション。人に仕事を委任する。
だと紹介しました。

あなたがたくさんしなければいけないことを、その「重要性」と「緊急性」で4つに分類したとすると、それぞれにはどのような項目があがりますか? 思い浮かぶものを書き出してみてください。
 上の図のⅠ~Ⅳの中で、優先順位が一番高いのはどれでしょうか?
第三の習慣は、普通私たちが考えてしまうように、Iではなくて、Ⅱであると教えてくれています(上記のリストの③です!)。
ⅢとⅣは、できるだけ④で対処。
その中で緊急性が高いので、何らかの形で対処しなければならない時は、できるだけ⑤で対応するようにします。
Ⅰですら繰り返しが多い場合は、⑤で対応できるようにしていくことが望まれます。

 Ⅰ~Ⅳの項目例を紹介すると、下の図(時間管理のマトリックス)のような項目が含まれます。

 このリストから分かることは、私たちは緊急性の高い項目で忙殺されるということです。そして、なかなか③=第Ⅱ領域の「重要だが緊急でない活動を行う」に時間を割けないことです。もし割けていたら、学校や授業は飛躍的によくなっているはずです。
 それでは、どのようにしてその時間を確保したらいいのでしょうか?

 まずは、 2月2日の「PLC便り」で紹介した
第一の習慣・主体的である
第二の習慣・終わりを思い描くことから始める(=自分のビジョンをもつ!)
の2つからはじめてください。第二の習慣で自分の優先順位がかなり明確になります。自分の優先順位がはっきりしていないと、周りのリクエストに引きずられてしまいます。
 第二の習慣+第一の習慣の「主体的に行動する」によって、②、④、⑤がやりやすくなります。
 ということは、どれだけビジョンと優先順位を明確にできるかがカギです。
 ちなみに、私にとってビジョンのつくり方で一番参考になったのは、『エンパワーメントの鍵』という本でした。

2020年2月9日日曜日

理解を深める6つの試行錯誤ツール



3学期も残すこと30日を切りました。みなさんは年度末に向けて、子どもたちの学習の成果を何で測っていますか? まさかの業者テスト平均80点以上!? 人がものごとを本当に理解したとき、学習が身についたといえるのは、学んだことを別の場面においても活用できること。そのひとつが「学習の転移」と呼ばれています。

WigginsMcTighe2011)は、学習の転移を生じさせるために、教育目標を3つに分類し、効果的な6つの学習者の試行錯誤ツール(mental manipulation)を紹介しています。これらを通して他の文脈においても学習が転移することを可能とし、深い理解が得られます。学習の転移を期待していない学習は、ただの知識のストックにしかなりませんね。

WigginsMcTighe2011)による教育目標の3分類

Acquisition 
基本的な知識と技術の「習得」のことです。この段階では、学習者は、学習内容の基本的なことを自動化できることが目標となります。学習の流暢さがなければ、使えるようにはなりません。例えば、基本的なかけ算九九を流暢に使えなければ、複雑な思考プロセスを要求される3けた÷2桁の小数のわり算の解法へと、効率的に進むことができないからです。ここでの教師の役割は、学習内容を伝達するティーチャーです。

Meaning Making 
物事を深く理解するには、学習者による積極的な知的作業を通した「意味づくり」が必要です。つながりやパターンを探したり、推論を行ったり、理論を形成したり、テストしたりすることです。ここでの教師の役割は、学習者自身の試行錯誤(意味をつくり出すプロセス)をサポートするファリシテーターです。

Transfer 
知識と技能を習得し、その意味を理解したら、別の文脈や新しい状況に効果的に「転移」させる能力のことです。ここでの教師は、陸上競技のコーチのような役となり、学習者自身が自立してやっていくことです。

これらの3分類を意識して授業計画をすることは、学習者が学んだことを長期記憶にとどめておくためにとても効果的とされています。暗記だけでは、学んだことが脳内で他のネットワークにリンクされていないとても弱く孤立している状態で、学習の転移は期待できないということです。★★

理解を深めるための「学習の意味づくり」には高度な思考作業が伴います。この理解は、教師による一方的な情報伝達ではできません。事実や手順といった知識・技能は教えることはできますが、理解そのものは学習者自身が頭の中に自分で構築しなければならないのです。新しい状況に知識を転移して運用できるようにするための効果的な6つの思考作業を以下に紹介します。

理解にむけた思考作業6ツール 〜知識づくりのmental manipulation

1 要約と統合
多くの情報の中から、優先順位の基準を設けて、それらの情報を新しく統合する知的作業のこと。具体例としては、ペア読書したことの要約、Twitterへの学習まとめ投稿、欠席者への学習説明書など。「どのようにあなたはこの知識を使用できますか?」「今まで理解していなかったけれども、今日、あなたが理解したことについて書いてください」

2 類似点と相違点
一定のパターンを認識することにより、その先を容易に「予測」できるようになります。1357・・・とつながる数値からこれまでの数列パターンから予想できます。このパターンを形成する基本的な方法の1つは、類似点と相違点を探すことです。
① 概念の特定
② その概念の例とちがう例を生徒に示させる
③ それらの共通点とちがい
④ +と−の例をさらに追加
⑤ クラス全体で肯定的な例と否定的な例を確認
⑥ その概念を示すデモンストレーションをさせる

3 シンボル化する
学習したことから、ラップをつくる、ボードゲームにする、PowerPointのスライドにする、動画を撮る、学習したことを使ったアート作品への応用など、さまざまな形式に変換します。

4 予想
予想があたると(生存の基本予想が正しいとドーパミンが出て)ますます予想作業は強化されるため、すべての生徒が予測を行うことが重要です。小学校3年生の理科では、子どもたちに、示した物の中でどれが水槽に浮かび、どれが沈むかを予測させてみます。中学校国語教師は、小説の題名に文学的な特徴がどのように反映しているのか生徒に予測させたりします。ミニホワイトボードに予測を書き込んだり、賛成または反対の合図をしたり、スマートフォンアプリを使用もします。全ての生徒は自分の予想が正しいかを知りたがっているからです。

5 図にする
目に見えないものを「見える化」することによって、新しい情報の理解を助けてくれます。マインドマップ、物語構造図、ベン図など、生徒が独自に図式化することで、積極的に意味を構築することができるようになります。

6 質問をする
学習者に、持続的な探究と意味づくりを促進するために、正解が多様でありインターネットで検索することはできない問いを投げかける。「芸術は文化を形作るだけでなく、どのように反映しますか?」「これは誰の「物語」ですか?」「効果的な問題解決者は、スランプになったときに何をしますか?」「技術が変わると誰が勝ち、誰が負けますか?」「老化は病気ですか?」


どうでしたか? 授業のまとめに使えそうなことはありましたか? 理解を深めるために、年度末の学習のまとめに試行錯誤のツールを組み込んで、学習者自身が知識を構築するアウトプットを意識的にデザインしてみることをオススメします。



Jay McTigheJudy WillisUpgrade Your Teaching Understanding by Design Meets Neuroscience」のChapter5 Teaching Toward AMTを参考にまとめてみました。


★★ この本は、脳科学をもとにした学びを体系化したもので、いたるところに学習に関する脳科学の情報が紹介されています。特に、この学習目標では、学習者の事前知識を有効活用することがとても効果的とされています。事前に知っていることが刺激されていないと脳内でリンクするものがなく、記憶に残らないからです。短期記憶は一時的なものでしかなく、精神的に操作(思考)された場合のみ、長期記憶へと変換されます。その際、学習者が読書、聴覚、視覚化、運動など様々な感覚を使って学習する方法が効果的です。このような感覚刺激は、短期記憶の活性化させ(樹状突起、シナプスを介して)、つながりを増やし、長期記憶を構築します。6つのツールを使って、脳内にさらなる精神的な負荷をかけることで短期記憶を統合し、転移可能な知識を備えた長期記憶ネットワークへと結びつけることができるようになります。



2020年2月2日日曜日

あれもこれもではなく、取り組むことを減らす!


 学校や授業をよくするために、一番大切なことは何でしょうか?

 Leading with Focusという本は、やることを増やすのではなく、減らすこと。焦点を絞ることだと主張しています。
 しかし、文科省のアプローチは「あれもこれも」の増やすアプローチを長年とり続けています。(それを揶揄して、現場の先生方は「不変と流行」という言葉で、「どうせ流行はすぐにウヤムヤになるので、しばらくおとなしくしていればいい」と腹をくくっています。)どれだけの流行が過去20年ぐらいでもあったでしょうか? 「生きる力」「新しい学力観」「指導と評価の一体化」「総合的な学習の時間」・・・そして最近では、「アクティブ・ラーニング(主体的かつ対話的で、深い学び)」「英語教育」「プログラミング教育」「道徳教育」「探究学習」・・・これらのどれだけが果たしてすでに「死語」になっているでしょうか?

 あなたは、『7つの習慣』という本をご存知ですか? 90年代の半ばにベストセラーになった本です。★ 「成功する人たちがもっている7つの習慣を明らかにした」というようなサブタイトルがついた本です。最初の3つは、個人レベルに関して、です。

第一の習慣・主体的である
第二の習慣・終わりを思い描くことから始める(Begin with the End in Mind)★★
第三の習慣・最優先事項を優先する

 あなたは、これら3つを日々学校で実践できていますか?
 今回のテーマは、第3の習慣です。
 「最優先事項を優先する」 ~ 言葉でいうのは容易ですが、これを実行することは(特に、学校では?)かなり難しいかもしれません。しかし、2つ以上の最優先事項があると、失敗を約束することになります。しかも、それらの最優先事項の失敗だけでなく、他にたくさんやらなければならないことも、です。(このことが、学校および授業をなかなかよくできない最大の要因といえるかもしれないのに、文科省(や教育委員会や管理職)は何年経ってもこのことに気づけません!)
 「最優先事項を優先する」を実現するための方法として『7つの習慣』は、次のようなことを提案してくれていますが、あなたは実行できていますか?(~以降青字は、筆者のコメント。)
① 第2の習慣を身に付けたなら、それを具現化し、自由意志を発揮し、毎日の瞬間瞬間において実行する。 ~ どれだけ「自由意志」を発揮できていますか?
② 価値観に調和した生活を送るために、効果的な自己管理を行う。 ~ そのほとんどは、タイム・マネジメントということになります。
③ 重要だが緊急でない活動を行う。~ 何が重要で、何が重要でないかを見極められる? ウ~ン、これは容易ではありません! まさに、クリティカル・シンキングです。下も!
④ 重要でない活動に対してノーと言う。
⑤ デレゲーション。人に仕事を委任する。 ~ あなたは授業のどれくらいを生徒に任せていますか? 任せられると思いますか?

 個人レベルでこれらを実践することは、とても大切ですが、学校の場合は、それをいかにして組織レベルでやるかという一層ハードルの高いことに挑戦することになります。この点については、『7つの習慣』の残りの4つの習慣よりも、Leading with Focusの方がはるかに参考になります。
 効果的なリーダーシップを5つの段階で紹介してくれています。

1. しっかりリサーチする ~ 情報を集めて、何が大切なのかを見極める。これがいい加減だと、この後すべてのステップが徒労に終わることになります。個人レベルでも、組織/学校レベルでも、これがちゃんとやれているところはとても少ないです。
2. 減らす ~ たくさんの可能性の中から、最も重要なものを選び取る。リーダーはもちろん、スタッフも最重要なことに絞る必要があります。それは、二番目、三番目(あるいは、それ以下)のものに時間を費やすことは、一番目の優先事項に費やす時間を奪い取るからです。(文科省は、一度に「アクティブ・ラーニング(主体的かつ対話的で、深い学び)」「英語教育」「プログラミング教育」「道徳教育」をと言っているわけですから、「何もしなくていい」と暗にメッセージを発信していることになります!!)一つだけでも、しっかり身につけてやれるようになるには、相当の時間がかかります。まず、それをしないし、しかたもわかっていません。結果的に、「総合的な学習の時間」は20年以上経っても、当初の思惑とは程遠い実践しかできていません(そして、いまとなっては消えゆくだけ?)。
3. 明確にする ~ 優れたリーダーは、このような文科省や教育委員会の打ち上げ花火を見通して、一つないし多くても二つのことに焦点を絞ります。焦点を絞ることが、練習を通して身につけることにつながります。しかし、それは残念ながら既存の校内・校外研修には存在していません。行われている教員研修は、大雑把で、表面的で、曖昧です! 要するに、フォーカスされていない!!
4. 繰り返し練習する ~ 日本の教員研修を「繰り返しの練習」と捉えて実践されている例はどれほどあるでしょうか? 「一度の話を聞けば、わかる/できる」という錯覚(というか幻想)の下に行われているものがほとんどです。それでは、授業の悪いモデルとして行われているだけです。https://projectbetterschool.blogspot.com/search?q=%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88の表を思い出してください。ここでは、スポーツや趣味の世界では当たり前のことを、教え方に応用するイメージが一番わかりやすいと思います。スポーツや趣味の世界では、繰り返しの練習とコーチングがすんなり受け入れられていますから。教育も同じです! (モニタリングとフィードバックは、ステップ5のテーマです。)
5. 継続的にモニタリングとフィードバックをする ~ 「一度の話を聞けば、わかる/できる」の幻想で教員研修も授業も行われていますから、これが存在しないのが日本の教育界です。また、研究授業を中心にした研修や人事考課の体験が悪いことも要因です。モニタリングとフィードバックが役立つ/楽しい体験として捉えられていませんから。おすすめは、「大切な友だち」です。https://projectbetterschool.blogspot.com/2012/08/blog-post_19.htmlこれなら、両者に受けること請け合いですから。

 以上は、学校/組織レベルを中心に説明しましたが、これの個人レベルは、
https://wwletter.blogspot.com/2018/01/blog-post_26.html の図を参照してください。
 今回紹介した「焦点を絞ること」はとても重要なのに、日本の教育界は軽視どころか無視し続けています。その方が、仕事をしているように装えるから(忙しい方がいいこととされているから)? それとも、単に皆が思考停止に陥っているからでしょうか?

★ 私は同時期に知った『エンパワーメントの鍵』の方を、はるかにおもしろいと思ったので、そちらを訳しました。
★★ この「終わりから逆算して行動する」を実践したら、「教科書をカバーする」アプローチは取れないです。終わった段階で、カバーした内容を身につけている生徒は極めて少ないですから。そうではなくて、https://sites.google.com/site/writingworkshopjp/teachers/osusumeで紹介しているライティングとリーディング・ワークショップ関連の本や、『だれもが科学者に慣れる!』のアプローチだと、年度末に自立した学び手(書き手、読み手、探究者、思考者)になることを目標に設定して、教科書も活用しながら取り組みますから、結果的に子どもたちは教科書の内容の何倍も学ぶし、身につけることになります。まさに、生徒たちが主体性やオウナーシップをもって学び、エンパワーされるので深い学びが実現されるからです。http://projectbetterschool.blogspot.com/2020/01/blog-post.html

参考: 『Leading with FocusMike Schmoker
    『7つの習慣』スティーブン・R・コヴィー