2021年5月30日日曜日

『読書からはじまる』

このブログでもかつて紹介されたことがあったと思いましたが、長田弘さんという詩人がいました。(残念ながら2015年逝去されました)

福島県出身で大学卒業後、詩人として活動し、1982年エッセイ集『私の二十世紀書店』で毎日出版文化賞、2000年『森の絵本』で講談社出版文化賞を受賞されています。

今月、筑摩書房から『読書からはじまる』という本がちくま文庫の1冊として出版されました。2001年にNHKライブラリーとして出版されたものの再刊の形です。

 

この本の中で、第1章「本はもう一人の友人」がまず印象的です。少し引用します。

 

「友人としての本」というふうにして本を考えるとき、まず考えることは、友人とはどういうものかということです。ここでいう友人というのは、友人というあり方のことで、どういうあり方を友人と言い、そしてそうした友人というあり方が、本というもののあり方において、どういう意味をもつのだろうか、ということです。

友人というのはその場かぎりではありません。「ずっとつづく」関係です。親しい、よく知っているという以上に、友人というあり方の根をなすのは、「ずっとつづく」ということ。

~途中略~

 目の前に毎日の生活がある。その毎日の生活のもう一つそちら側にずっとつづくもの、自分の心のなかにずっとつづいているものとして、友人が存在する、ということです。

 

 生きていく上で、実生活のなかでの友人はもちろんいるわけですが、それと同じように本が友人であるという視点はとても大切なものだと思います。親しい友人とは年に何回か実際に会って話をしたりするわけですが、本も同様に人生の折々に同じ本を読み返すことがあると思います。また、同じ本を読んでも、そのたびに新たな気づきや発見がありますし、いい本は一生の友人と言えるでしょう。

 そのような友人としての「本」とどのくらいめぐり合うかというのも生きていく上での楽しみの一つではないかと考えます。子どもたちがそうした生涯の「友人」を持つことができるように先生方の働きかけが重要な意味をもつことになるのでしょう。「読み」に関しては、このブログでもこれまで何回も紹介されましたので、それらを参考にされるとよいでしょう。

 

 これも今読みかけの本なのですが、『デジタルで変わる子どもたち』(バトラー後藤裕子・筑摩新書2021)にデジタルと紙の本はどう使いわけるのがいいのかという話題について、次のように触れていました。(同書138ページ)
 

読みの達人たちは、紙媒体、デジタル媒体のそれぞれの特徴を把握した上で、目的に応じて、両者を使いわけ、それぞれの有効なストラテジーを身につけていることがわかる。たとえば、ある現象の大まかな傾向をつかみたい時には、デジタル媒体でヘッドラインや写真をとばし見し、詳細な情報を正確に得たい時には、プリントアウトして、他情報へのリンクがあえてできない状況を作り、テクスト情報の理解に集中するなどである。こうした達人は、紙媒体、デジタル媒体の持つ特徴を有意義に利用して、情報を効率的に選別し、知識として蓄えている。(Hillesund, 2010)

 

こうした力がないまま情報過多のデジタル環境に放置されたままになっていると、子どもたちは学校教育で求められている読解に影響が出てくるのではないかと、著者は結論付けています。これから、小・中学校でデジタル教科書などが導入されるようになると、この問題は決して看過できないものとなると思われます。

 

2021年5月23日日曜日

『教育のプロがすすめるイノベーション―学校の学びが変わる―』(以下「プロイノ」)を読んで

所属する日本語学校では、昨年度コロナ禍で一気にオンライン教育へと加速しました。教育のパラダイムシフトと言われて久しくも、大きく代わり映えしなかった学校にICT化という意味でのイノベーションが起こったのは確かです。この本からの気づきもコロナ以前と今では少し違っていますが、「プロイノ」に書かれていることが今、さらに実感されるようになりました。

この本が目指しているのは「変化のための変化ではなく、教師と生徒が飛躍的に成長できるようにエンパワーする」学校づくりです。多くの気づきを得つつ、「話し合いのための問い」で自分と対話しながら、読み進めましたので、私の体験も交えて、読後感の一端をご紹介させていただきます。

 

●影響のある学びが第一、テクノロジーは第二(p.290)

 これを読んで、これまで決して進んでいると言えなかった、所属校のICT化が約半年でできた訳が分かりました。それはコロナ禍で、オンラインでも双方向の学びを続けなければという教師の思いだったと思います。そのためにはGoogle ClassroomZOOMを使い、全員参加で教師が必死に勉強しました。テクノロジーを使うことを目的とし、変化のための変化を望んでいる間はテクノロジーの活用は進まなかったのです。

 

ICTは学びを加速化し、拡充し、作り直させる力を私たちに与えてくれます。(p.194)

しかし、使ってみて「ICTは単なるツール」でもないと感じています。オンライン授業になってから、音声指導等やりにくい面もありますが、一方で思ったより、やりたいことができている感じがします。在宅でみんながPCの前にいる状態では調べ学習も容易で、Googleスプレッドシートを使って、各自が調べたことの共有をしながら発表もできます。ICTはツールではあるけれど、グーテンベルグの印刷機以来の情報革命だと言われるのも今更ながら納得できました。ICTは標準化するべきではなく、個別化するべき」(p.196)ともありますが、自立的な学びに移行しやすいと感じています。

 

●イノベーターのマインドセットは生徒たちへの共感からはじまります。(p.46)

 テクノロジー関係から書いてしまいましたが、実は「共感(empathy」がイノベーションのキーワードです。これがないとイノベーションの必要性もありません。別の本になりますが、ブレディ・みかこさんによると、empathysympathyのような自然に湧きだす感情ではなく、自分と立場の違う人が何を考えているのか、どういう気持ちなのかを想像する知的な作業と言えるそうです。

学生が何に躓いているのか、どんな気持ちで授業を受けているのか、想像力を働かせるところから、解決すべき問題があぶりだされてきます。「自分がこのクラスの生徒になりたいか?(p.40)自問する、「丸一日、生徒をシャドーイングする(後について同じ生活を送ってみる。)(p.105)など、共感力を養う方法も紹介されています。

 日本語学校から外国人の若者を日本の大学や社会に送り出す立場からすると、これから多文化共生社会に円滑に移行するためにも、日本人、外国人を問わず、この共感力の育成が決定的に必要になってくるものと思われます。

 

振り返りを促すための質問(p.266)

①今日あなたが学んだ中で、さらに探究したいことは何ですか?なぜ、そのテーマを探究したいのですか?

②あなたが前に進むためのもっとも大切な質問は何ですか?

③あなたが共有したいと思う他の考えは何ですか?

 この質問を読んで思いました。学ぶことはたぶん自分との対話なのかもしれません。「私は学ぶ」ポスター(p.273)には 「学ぶ」方法が10の動詞で明示されています。自身を含めて「学べ」と言われてもどうしていいか分からない学習者が大勢いるので、このような明示されたインストラクションは学習者の学びを助けます。

 

よりオープンになれば、素晴らしいことが起こり得る可能性が飛躍的に増加する。(p.240)

秘密主義における第二のより厄介な問題は、目的が生徒を助けることではなく、学校自体を助けることにあるということです。(p.248)

NHKで「オープンシェア革命」という番組を見て、この潮流だと思いました。番組の中でトレバー・バウアー投手が語っています。「共有しなければ、他人からフィードバックがもらえない。『こうじゃないのか?』という指摘や、『こうやってみたら?』という提案も得られない。共有をやめたら学ぶスピードが落ちる。それは損だと思う」

教育のイノベーションも常にうまくいくとは限りません。けれども、よりオープンにすることで、発展、成長が加速する可能性があります。試みや躓きを同時進行でシェアすることでイノベーションが早まるのではないでしょうか。本当はSNSなどで、全世界とシェアしたいところですが、そうもいかない現実があります。手始めに同じ研究会のメンバーでシェアしたりするのもいいかなと思いました。

「イノベーションか死か」(p.6)とは恐ろしい言葉ですが、学校法人も収入を得て組織が成り立つ以上、ユーザーである学生や社会のニーズに合わせて変わっていかなければ生き残れません。「プロイノ」はよりよい何かに向かって一歩踏み出そうとする人をエンパワーする本です。私自身も学習者に共感し、エンパワーすることを目指して、イノベーションを模索していこうと思いました。(日本語教師:髙橋えるめ)


2021年5月16日日曜日

小学生でもデザイン思考でプロジェクト学習ができる!

 ――デイヴィッド・リー『教室におけるデザイン思考』を読む――

                             門倉正美

 「デザイン思考」とは、商品や都市などのデザインをするときにデザイナーが行う手順を、「共感・問題定義・創造・プロトタイプ・テスト」の5つの局面に定式化したものです。

IDEO(アイディオ)という商品デザインの会社が先駆的に打ち出して以来、ビジネスの世界ではアメリカから発して、日本を含む世界中の企業で取り組まれるようになっています。

 このデザイン思考というプロセスは単に商品開発に役立つだけではありません。教育の世界でも応用できるよう、デザイン思考の創始者によって、アメリカの名門大学スタンフォードに「デザインコースd.school」が開設され、数多くの学生が学んできています。教育界でデザイン思考を採り入れる動きもアメリカ発で、世界中で徐々に行われるようになっていますが、日本では、まだごく一部の大学において手探りで試行されている段階です。

【デザイン思考の5つのフェーズ(局面)】

スタンフォード大学「d.shool」資料(bootcamp bootleg)より引用

 こうした中、本場のスタンフォードの初等・中等教育へのデザイン思考応用コース(k12ラボ)で学んだデイヴィッド・リーは、韓国のインターナショナルスクール小学校課程の1年生から5年生までのクラスでデザイン思考を用いたプロジェクト学習を試みました。その成果をまとめた本、David Lee ”Design Thinking in the Classroom(教室の中のデザイン思考)2018年に公刊されました。

 この本を読むと、デザイン思考がプロジェクト学習を行ううえで、いかに効果的な方法かがよく分かります。また、著者によれば、デザイン思考は、単なる「方法」にとどまらず、デザイン思考がめざす「探究的な学び」(文科省の指導要領が言うところの、「主体的・対話的で深い学び」)の態度・行動様式を生徒の中に育てることもできるのです。

 では、リーのデザイン思考クラスの生徒たちがどのようなプロジェクト学習を行ったかを見てみましょう。 1年生は、クラスメートが家族のレクリエーションの際に使える用具をお互いに作りました。2年生は、自分たちの学校がある地域の「市街地計画」を立案しました。3年生は、世界の特定の地域を選んで、その地域の特徴に合った校舎のデザインを工夫しました。4年生は、各国のフェスティバルの山車のミニチュアを作って、それぞれのフェスティバルの意味を考えました。5年生は、エコトレード(生態系を顧慮した貿易)ショーに出品するための作品をデザインしました。

このように小学生でも、デザイン思考を活かしたプロジェクト学習ができるのです。2年生の「市街地計画」プロジェクトの中では、このような形でデザイン思考が行われました。

デザイン思考では、「共感」が非常に重視されます。デザインの根本は、デザインされたものを使う「ユーザー」のニーズにあると考えるからです。2年生たちは、地域で働く人、住む人にインタビューして、その人たちのニーズを掘り下げます。このプロセスでは、的確な「インタビュー」が行われる必要があり、著者はインタビューにおける問いのあり方やインタビューの仕方について生徒とともに考えています。

次に、地域の人々のニーズと問題点の所在への気づきをもとに、プロジェクトで解決すべき「問題」をはっきりと文章化します(問題定義のフェーズ)。

そして、その「問題」を解決するためのアイディアをできるだけ多様で数多く出すように「ブレインストーミング」を行い、その成果の大量のアイディアの中からすぐれたものをしぼっていきます(創造フェーズ)。

すぐれたアイディアは、実現可能なプランや試作品という形にされなければなりません。試作案や試作品をつくるときは、精度にこだわらずラフな形で手早く「見える化」する必要があります。そうした試作案・試作品を「プロトタイプ」と言います(プロトタイプのフェーズ)。

試作案は、ユーザーである地域で働く人・住む人からのフィードバックを得て、十分にその人たちのニーズを満たすものでなければ、何回もプロトタイプをつくり直すことになります(テストのフェーズ)。

このように、デザイン思考では、5つのフェーズは必ずしもすんなりと直線的に進行していくわけではなく、それぞれのフェーズ間で何回も試行錯誤的に反復されます。こうした「反復」は忌避されることではなく、デザインをみがくために歓迎されるべきことなのです。

 2年生の「市街地計画」プロジェクトでは、地域の人々のレクリエーション施設の不足への解決策と地域の地形的構造からくる浸食問題への対応策をまとめあげ、それらの成果を都市計画の専門家にアピールする手紙を書くことになりました。

 このプロジェクトの例からもうかがえるように、この本には、デザイン思考をプロジェクト学習で用いる際に役立つアイディアや、練習のワーク、実施の際の注意点、生徒たちに伝えたい事例やエピソードが豊富に盛り込まれています。

 この本については、吉田新一郎さんと私で全体を共訳した試訳稿があります。プロジェクト学習にデザイン思考を組み込むことに関心がある方々に、この試訳稿を無償で配布し、今後のプロジェクト学習の進展に少しでも寄与することができたらと考えています。試訳稿入手希望の方は、門倉のメールアドレス:masamikadokuraアットマークhotmail.com

メールタイトルに「試訳稿入手希望」、本文に「試訳稿入手希望・お名前」を書いて送信してくだされば、折り返し、試訳稿を送付いたします。


2021年5月9日日曜日

失敗してもいいよ だって『ぼくは にんげん』

 学校では新年度が始まり、一月が過ぎました。エネルギーも底が尽き、先生だけではなく子どもたちにも疲れが抜けず、上手くいかないことも出てくる頃ではないでしょうか。

できれば失敗しないで、上手くやりたい。けれども、私たちは人間。やっぱりちょっとした失敗を犯してしまうし、その度に落ち込んでしまうこともあります。大人ならば、居酒屋で愚痴を聞いてもらうこともできるでしょうが、この緊急事態宣言のご時世、それもままなりません。子どもたちにとっては、教室内のソーシャル・ディスタンスをとらなければならないので、そもそも人と親密にかかわり話を聴き合う機会そのものもが損なわれてしまい、悩みやストレスのはけ口を見つけられない子もいます。

 

こんなときこそ、お互いケアする気持ちが求められます。教室でぜひ読み聞かせにオススメの本があります。それが文:スーザン・ヴェルデ、絵:ピーター・レイノルズ、訳:島津やよい『ぼくは にんげん おもいやりってだいじだね』です。★

 

この絵本には次のようなフレーズがあります。

 

にんげんだからこそ

まちがってしまう

かんぺきなひとなんて いない

 

ぼくのことばや こうどうで

きずつくひとがいる

 

ぎゃくに だまっていたせいで

おこらせることもある

 

もちろん ぼくのほうがきずつくこともある

 

間違ってしまい、落ち込んでもいい。完璧な人なんていないから。クラスのある子が「みんなの前で自分の意見を言いたい。けれども、恥ずかしくて上手く言えません。このまえはみんなの前で固まってしまいました」とジャーナル★★に書いてきた子がいました。もちろん頭では「失敗してもいい、できないことは恥ずかしいことではない」ことも分かっています。けれども、やっぱり体もこわばり、汗が出てきて緊張してしまう。そんな気持ちを打ち明けてくれたこと、そしてその挑戦したい気持ち受け止められることは、大切にしたいことです。

 

また一方で「ちゃんと失敗することから逃げてしまう」こともあります。なんでもかんでもやってみて失敗はするものの、「えへへ。失敗しちゃった。また次やればいっかぁ」と、失敗を安易なものにはしたくない。ちゃんとできなかったことを受け止めて、素直に残念がり落ち込めることも、大切にしていきたいものです。

 

上手くやろうとしてもやれないとき、失敗と正直に向き合えないとき、少し疲れているときにこそ、必要なこと、それが思いやりです。

 

“人間にまちがいはつきものです。でも、まちがったらあやまって、ただしい道をえらびなおすことができるのも、人間ならではの力です。あやまちからまなび、未来を変えていきましょう。くるしいときこそ、たがいをおもいやりましょう。いつでも愛とおもいやりから出発して、どんな人にもそなわっている「人間らしさ」をたいせつにしましょう。”本書のあとがきより

 

この本は、先生から子どもたちへ「さいこうのぼくになるため」の励ましのメッセージがちりばめられています。ぜひ読み聞かせをして、クラスのエピソードを結び合わせながら、失敗することとは、思いやりとは、考え直して、自分たちなりの意味づけをしてみてください。教室で「人間」について哲学するのにもってこいの本です。

 

この絵本の最後に著者スーザン・ヴェルデより、思いやりを育みリラックス効果を高めるマインドフルネスが紹介されています。それは「愛とおもいやりの瞑想」よばれ、以下のステップで進みます。

 

    大好きな人を目の前に思い浮かべ、鼻でしっかりと呼吸します。瞑想中に次の4つのフレーズを繰り返し唱えます。

     あなたがすこやかでありますように

     あなたがしあわせでありますように

     あなたがくるしみから解放されますように

     あなたが心やすらかでありますように

 

    どうしても仲良くできない人を思い浮かべて、上のフレーズを繰り返し唱えます。

 

    この地球上に暮らしている見知らぬ人たちを思い浮かべ、上のフレーズを繰り返し唱えます。

 

    最後に、自分への愛で心を満たすため、下のフレーズを繰り返し唱えます。

     すこやかでいよう

     しあわせでいよう

     くるしみから解放されよう

     心やすらかでいよう

 

失敗の不安や悲しみ、怒りや憎しみを沈め、思いやりの心の感じとる、このゆったりとした時間を絵本を通して体験してみませんか。

 

 

2020621日(日)のPLC便りに紹介されています。

新刊案内『ぼくは にんげん』

https://projectbetterschool.blogspot.com/2020/06/blog-post_21.html

 『まちがいなんてないよ』も併せてオススメです。

★★

吉田新一郎・岩瀬直樹著『シンプルな方法で学校は変わる』みくに出版の「ジャーナルのすばらしさ」P29P.35に紹介されています。





2021年5月2日日曜日

パッション・プロジェクト –大人も情熱を注げるプロジェクト–

2005年にアップルのCEOスティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチ★1 で、"Stay hungry, Stay foolish"と呼びかけました。直訳すれば「貪欲であれ、愚か者であれ」という意味ですが、ジョブズが言いたかったことは、「現状に満足するな、常識にとらわれるな」ということでしょう。自分自身の心や直感を信じて、真に情熱を注げるものに打ち込めというメッセージに、多くの人が心を動かされました。

一方、嫌なこと、辛いことでも、辛抱して努力すれば成長がある。そのようなメンタリティーを大切にしてきた日本人にとっては、少しまぶしすぎるくらいの言葉です。投資家の藤野秀人さんは、TEDでのプレゼン「投資の力で日本を根っこから元気に」の中で、日本人の勤労感に関する調査について、興味深い見解を披露しています。「できれば働きたいくない」と答えている若者が28.7%もいるというのです。彼はいくつかの調査結果をもとに、日本人は勤勉と言われてきているが、実は「働くことを「ストレスと時間をお金に換えることと」考えている」のではないかと述べています。苦行をもってして、何かを成し遂げようとしているのだと。★2

私たちは、意義も価値も見いだせないような業務に追いまくられる日常をなんとかしたいと思っています。もっと授業を深めたい、もっと子どもたちと向かい合いたい、もっと教員として成長したいと。でも、そのような気持ちは胸の奥にしまって、日々の仕事に追われている教員が多いのかもしれません。

学校として何かできることはないか。そのヒントとなるのが、「パッション・プロジェクト(大人も情熱を注げるプロジェクト)」です。

Passion project という言葉は、辞書にも載っていて、ケンブリッジ英語辞典によると「収益を目的とせずに、その作品が好きで、つくる価値や意義があるという理由で制作された作品、特に、映画のこと。(a piece of work, especially a film, that someone gets involved in because they love it or feel it is very good and important, not in order to make money)とあります。

Googleが始めた、仕事時間のうちの20%を自由に使って良いという考え方から、多くのクリエイティブなものが生まれてことはよく知られていますが、それに触発されて始まったのが、児童生徒による「ジーニアス・アワー(才能を磨く時間)」でした。これによって、学校の一部の時間を自分の好きなことに使うという運動が巻き起こりました。この時間は、生徒たちを猛烈に突き動かしたようです。★3

このジーニアス・アワーの教員バージョンが、パッション・プロジェクトなのです。

パッション・プロジェクトは、教員一人ひとりが、探究したいテーマに、情熱を傾けることができる、教員主体の学び方です。全員が一斉に同じテーマの研修を受けさせられるのとは異なります。この方法に移行した学校では、学校文化の変容を感じたと言います。個人の成長と学校の成長の両方を達成する、大きな力を持っていることが証明されたのです。

『学校リーダーシップをハックする』は、一つの章をパッション・プロジェクトに割いています。そこには、「研修を学校現場から切り離したものと捉えてしまうと失敗します。改善を急ぎすぎることで、多くの提案や命令は強制され、その結果、人々はオウナーシップをもてず、そのプロジェクトは撤退を余儀なくされるのです。私たちには、州や連邦政府レベルで起きていることをコントロールすることはできませんが、職場の教員の声を生かし、彼らの主体的な学びを生み出す方法を見出したのです。」(原著 p.118)と記されています。★4

まずは、校内研修の20%を、既存の枠組みから外して、教員に任せてみませんか。教員一人ひとりが情熱を注げるプロジェクトに取り組む学校。そんな魅力的な学校で、働いてみたいと思いませんか?


★1https://www.youtube.com/watch?v=UF8uR6Z6KLc

★2 https://tedxsapporo.com/talk/revitalize-japan-with-the-power-of-investment/

★3 Denise Krebs and Gallit Zvi (2020) The Genius Hour Guidebook - Fostering Passion, Wonder, and Inquiry in the Classroom, Routledge.(「才能を磨く時間ガイドブックー情熱、驚き、探究心を育てる教室作りー」) 『あなたの授業が子どもと世界を変える』および『教育のプロがすすめるイノベーション』でも紹介されています。

★4  近日発刊予定の『学校リーダーシップをハックする』第8章。パッション・プロジェクトを学校で実践するための具体的な提案がなされています。