2021年12月26日日曜日

社会的承認の大切さ

昨年の一斉休校から「オンライン授業」が大学をはじめとして、様々な校種の学校で取り入れられることとなりました。特に大学では、20代の感染者数が多いということから、多くの大学が今年になってもその授業の一部をオンラインにしています。

 このオンライン授業は思わぬ副産物をもたらしたと内田樹さんは次のように述べています。(「戦後民主主義に僕から一票」SB新書・2021年、pp.274-275)

 

これまでだと5月の連休明けくらいで、授業についていけない、授業に興味がもてないという学生が脱落する。科目によっては履修者の30%が姿を消す。それがオンライン授業では激減した。それについて大学教員たちから興味深い話を聴いた。 

これまで大学というのは「学生が主体的に学ぶ場」だとされてきた。事実はどうあれ、建前はそうだった。だから、積極的に学ぶ意志を持たない学生に、教員側が「手を差し伸べる」ということはしなかった。不登校や学業不振の学生をケアするのは「学生相談室」とか「心理相談室」の仕事であって、教員が何十人、何百人いる履修者の出欠を気にすることはなかった。ところがオンラインになると、欠席者に配布物を送ったり、来週までの課題を伝えることができるようになった。「質問があればメールでどうぞ」というメッセージを送ることができるようになった。すると、欠席者が次の週には来るようになった。それで分かったのだが、彼らが授業を聴く意欲を失ったのは、「教員に個体識別されていない」ということが一因だったのである。自分が教室にいてもいなくても、それによって何も変わらない。その存在感の希薄さ、自己評価の低さが彼らの学習意欲を殺いでいたのである。だから、教員から(オンラインであれ)固有名で名前を呼びかけられたことで、ささやかながら社会的承認を得て、少しだけ救われたのである。その結果、前期が終わった時点で、定期試験を受けたり、課題を提出したりした学生の数は前年度を上回ることになり、平均点が上がったと聞いた。

 

この「社会的承認」の重要性は、小・中・高校で不登校対策として様々な工夫をしている先生方には、体験的にすでに理解されている事柄でしょう。大学教員もやっとこのコロナ禍のオンライン授業によって気づかされたということです。大学生時代の良さというのは、仲間(同級生のヨコの関係、サークルなどの先輩・後輩のタテの関係)のつながり、そして教員とのつながりなど、様々な人との出会いにあると思います。そして、もちろんそこには「社会的承認」があるわけです。ただ、最近は人間関係づくりの苦手な学生が増えているのも事実で、その辺りのケアも必要な時代のようです。

今年1年間、お読みいただきありがとうございました。また、コロナの波がやってきそうな気配ですが、どうか健康に留意され、よいお年をお過ごしください。

  

2021年12月19日日曜日

新刊『質問・発問をハックする』

 24日に発売予定の『質問・発問をハックする』(コニー・ハミルトン著、山﨑亜矢ほか訳、新評論)の訳者の一人で、滋賀県の公立高校の大橋康一先生(地歴公民科)が、紹介文を書いてくれました。


 これまで「教えこむ」ことが重視され続けてきた日本の教育が変わりはじめます。来年4月から実施される新学習指導要領で、はじめてまともに「問い」が脚光を浴びることになったのです。新指導要領は、『歴史をする』(リンダ・S・レヴィスティックほか著/吉田新一郎ほか訳)で紹介されたような、暗記主義を脱する教育への入り口です(まだ入り口です!)。3年前に発表されて以来、教育界において「質問づくり」が大きなムーブメントになってきたのは、ご承知の方も多いと思います。そんな中で注目されたのが『たった一つを変えるだけ』(ダン・ロススタイン、ルース・サンタナ著/吉田新一郎訳)でした。

私は日本の歴史学関係の大学・高校の有志の方々と、もう20年近く歴史教育の改革にとり組んできました。新指導要領の歴史に関する部分はその成果です。そうしたとり組みの中で行われてきた全国各地の研究授業で『たった一つ・・・』の名を聞くことが多くなりました。QFT(質問づくり)を知って以来、私自身もそれを用いた授業をやったり、勤務校などで紹介したりして、その効果を確信しておりました。吉田新一郎さんから、その続編といえるこの本の翻訳への協力を持ちかけていただいたことは、望外の喜びでした。

さて『質問・発問をハックする』の内容ですが、続編という位置づけのとおり、『たった一つ・・・』で質問の作り方を学んだ上で、いかに授業を展開するか。どのような場合にどのような質問をするか。質問をする上でどのような注意をすべきか等々、具体的な方法(ハック)や事例が満載されています。それもそのはずで、この本は「何百人もの教師と少人数からなる授業研究」の実践をもとにして書かれているからです。もちろんそうした実践は、アメリカの小中高校を舞台にしたものなので、クラス規模が倍近くの日本の学校とは事情が違います。しかし、『たった一つ・・・』もそうですが、このような本は他にありません。質問を活かした授業を展開するコツや設計する際の知恵が欲しければ、この本を参考にするしかありません。実際私も、読みながらうなづいたり、「目からうろこがはがれる」ような経験が何度もありました。授業に取り入れて成功したり失敗したりして、あらためて質問を活かす良い授業というものを考えさせてもくれました。

特に私が気に入ったハック(章)は、1「質問に対して、全員の手が挙がると想定する ― すべての生徒が学習に参加することを期待しよう」、8「生徒の思考プロセスという音楽に耳を傾ける ―正解だけでなく、正しい考え方に注目する」、10「生徒のやる気のスロットルを回転させる ―生徒自身が質問できるように支援する」、11「学びの安全地帯をつくる ―生徒が挑戦できる環境を提供する」です。

問いというものは思いつきでは上手く行くことは少なく、計画的に行うことが効果を上げます。一方で、想定外の問いやその結果による混乱も生じます。そうした事態にどう対処すれば良いのか等を、この本は教えてくれるでしょう。くり返しますが、他に類書はありません!

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2021年12月12日日曜日

学習会話を育む

最近ではコロナ感染状況も落ち着きをみせ、以前のようなグループでの学習活動が教室内にもどってきました。勤務校においても換気をしながら20分以内ならば向き合っての会話活動は可能と判断し、またそれ以上の会話では、パーテーションを付けて向き合う学習活動を可能としました。

 

子どもたち同士が話し合い、新しい考えをつくり出し、クラス全体で考え合おうと議論が始まる。そんな場面に遭遇する度に、教師という仕事の魅力を感じます。一方で、なかなかうまくいかないのが話し合い活動。話し合ってはいるものの、意見の紹介で終わってしまい考えが深まらないことも。

 

子どもたちの話し合いが成立していれば安心しているレベルから、さらに会話がもつ深い世界へ引き込んでくれる、そんな待望の本があります。それがジェフ・ズィヤーズ ()、 北川雅浩・竜田徹・吉田新一郎 (翻訳)『学習会話を育む誰かに伝えるために』新評論。著者のズィヤーズはスタンフォード大学の教育研究者で15年以上にわたって現場教師とともに教室での話し合い活動を改善するため、子どもたちの会話スキルを高めるだけではなく、会話を通して学習内容の理解を深め、さらには思考スキルや言語能力を高めることに取り組んできた方です。この本は、授業中の会話をより実りあるものにしたい、学習会話の質を高めるための具体的な手立てと教室アクティビティーを学びたいと願っている教師の皆さんのために書かれたものです。




 

「学習会話(academic conversation)」とは、二人以上の子どもたち同士の会話を指し、子どもたちは会話を通して少なくとも1つの考えがつくられるように努めます。効果的な学習会話によって、学習内容の理解、言語能力の向上、社会的感情的スキルの向上、学び手としての自信と自覚を高めること、さらには公平性の促進、学習に生かすための実態把握まで可能となります。この学習会話は教科や学習内容にかかわらず、広く運用が可能な点においても、ぜひ身につけておきたい考え方とスキルです。

 

学習会話で用いられる中心となる学習会話のスキルには以下の5つあります。ただ話し合っていたグループトークから、その会話で何を話し合えばいいのか、明確に示しています。

 

スキル1 考えをつくり上げる

学習会話では考えを協働して作りあげるそのプロセスと会話のスキルを用いることへ意識を向ける必要があります。考えをつくるとは、①たたき台となる考えを出す、②考えやそれを伝える際に用いられた語句を明確にする、③根拠や事例、説明を用いて考えを支えることです。本書からの例を見てみましょう。

 

A「僕は良いチームだったと思うよ」

B「どうして?

A「だってクラークは自然について知っていて、ボートもつくれるよ。ルイスは医者みたいだし、それに…」

B「しかも、クラークは植物について何でも知ってるもんね」

A「そのことは、何の役に立つの?」

B「植物を食べなきゃいけない時があるよね。でも毒のあるものは食べないようにしなければならない。たぶん薬になるものも探さなきゃならないだろうし」

A「さらに、他の人は別のことを知っている」

B「それってルイスのこと?」

A「そうそう」

B「別のことっていうのは?」

A「ルイスは地図が読めるんじゃないかな」

B「彼らは地図を持っていた?」

A「すべての工程じゃないと思うけど、たぶん」

B「最初の部分だね」

A「おそらく、ルイスは地図の描き方を知ってたんじゃないかな」

B「そうだろうね」

A「僕も彼らが良いチームだったことに賛成だよ。」

本書 P.16より

 

※アメリカ最初の探検家ルイスとクラークは、陸路で太平洋に向かって探検をした(1804年〜1806年)ことで知られています。

 

この会話によって、子どもたちは話す以前には思いつかなかった新しい考え「良いチームであったこと」をつくり上げています。会話はこういったライブ感こそ魅力であり、と同時に秩序のなさでもあるため、そのスキルが必要になるのです。

 

スキル2 たたき台となる考えを出す

会話を始めるためには、まずたたき台となる考えを少なくとも1つ出す必要があります。 たたき台として出したそれぞれの考えは、協力して練り上げていくだけの価値のあるものか否かを見極め、適切なものが選べる能力を子どもたちに身に付けさせる必要があります。

 

スキル3 考えを明確にする

「それは私たちにとって何を意味しますか?」「自由をどのように定義していますか?」「もう一度、言ってもらえますか?」など、必要な情報を引き出す質問をし、意味を共有し全員を同じ土俵に乗せること、それが明確にすることです。

 

スキル4 考えを支える

理科における実験データ、歴史の一次資料の根拠、算数・数学では見つけたパターンについて一般化を支えるための演繹的な説明など効果的な会話をするためには、事例や根拠、理由を用いて論証し、考えの説得力を高めることがとても重要です。

 

スキル5 評価する、比較する、1つを選び出す

討論や決議の場面では、複数の競合する考えのどちらが有力であるか、最善の考えを決める際に、比較検討したり評価することが求められます。しかし、すぐに意見を出して会話を始めてしまうことで、その意見を守ろうと固執してしまい、相手を言い負かし討論で勝つことに専念してしまうことがあります。そのため、自分の意見をそのまま最初に述べることから始めないことです。最後まで自分の意見を保留しておき(少なくとも心の中に留めておく)、両方の考えを作り上げることから会話を始めた場合は、両方の側面についてしっかり理解した上で、最終場面での客観的な判断が可能となります。

 

これらの学習会話を洗練させるには、教師による「問いかけ」が重要です。指導書に示された誰にでも当てはまるように準備された発問例ではなく、目の前の子どもたちが何を知っていて、何を知る必要があるのか、そして何に興味があるのか、子どもたちの実態を理解している直接的な教師にしか作れない魅力的な「問いかけ」をつくる必要があります。

 

そのため、効果的な「問いかけ」には明確な教師からの期待や指示を含んだものになり、単なる発問よりも長くなるケースが多くなります。表にその他の効果的な「問いかけ」例を載せておきますので参考にしてみてください。(本書P.43より)

 

 


 

学習会話は学んだことを形にし、自分たちのものにするための絶好のチャンスでもあります。多様な考えをつくり上げることこそが1番の学びです。それぞれの考えをできるだけつくり上げたいもの。そのためには、他の人を尊重し大切にし、他の人から学ぶ必要があります。

 

授業中あまり話さない子どもの声をクラス全体の学習に活かし、子どもたち自身が自分たちは考えをつくり上げる力がある信じることです。学びとは様々なこと読む、書く、考える、話す、聞く、見る、会話するなどに取り組んで有意義な考えを作り上げることだというマインドセットを育てていくのです。

 

学習会話の効果は授業の場面に限りません。日常生活において困ったときには話し合って解決しようとする文化が育いくことでしょう。この本は単なるスキル本ではなく、学びとは一体なんなのか? そして、話し合い、対話をしていく民主的な文化を育てていく、そんな深みを持っています。子ども同士の話し合いは、勉強をできる子の一方的な説明で終わってしまいがちです。新しい考えを生み出すための学習会話へとそのスキルとマインドセットを学んでみませんか。この冬休みに『学習会話を育む』ぜひご一読を。


PLC便り『新刊案内 学習会話を育む』

http://projectbetterschool.blogspot.com/2021/10/blog-post_24.html

2021年12月5日日曜日

学校を協働の学びの場に

学校には「ハック」(意図的に手を加えて、より良いものにつくりかえること)すべきことがたくさんあります。★1

なかでも、ハッキングの必要度が高いものは「校内研修」ではないでしょうか。みなさん、これまでの校内研修で、主体的に、意欲的に、深く学んだという実感はありますか?それとも、押し付けられた、強制された、仕方なく「つきあった」程度の関わり方でしたか?

教員の学びについて研究している研究者は、「よい研修というのは本質的、意図的で、日常に根づいていて、体系的なもののはずである」★2 と述べています。参加する意味を感じられず、学校現場とはかけ離れた内容の、質の低い研修を押し付けられているというのが、実態なのだと思います。同書はさらに、「背景、経験、興味、環境、能力に関係なく、教師は既製品のように標準化された教員研修を押し付けられています。(略)教師は、工場で大量生産をおこなっているロボットのように扱われています。そこには、協働も、すぐれた実践の共有も、組織のビジョンや目標の達成もありません。」と実に手厳しい。

では、どのような学びの場が教師にとって必要なのか。同書の筆者らは、「個人的な「パッション・プロジェクト(★3 PLC便り 2021年5月2日)」や協働的な学びの機会こそが、教育界における未来の教員研修であると確信しています」と述べています。

ここに、新しい校内研修へのヒントがあると思います。一人ひとりにあったもので、意味があり、実践に応用できるものであること。そして、教員同士がともに学び、成長し、組織としてのビジョンや目標を確立できるような校内研修です。

そのような校内研修は、どうすれば実現するのでしょうか。本書での提案をもとに考えてみましょう。

◯学びに選択肢があるようにすること
誰かが決めて、誰かが実施するものを、受け入れるだけの学びでは、オーナーシップは生まれません。自分自身が選び、決定し、実行したものは、真の学びとなり、仲間と共有したり、発信したい情報となるはずです。

◯協働的な学びにシフトすること
教師が協働で学べる方法は様々です。エドキャンプ★4、同僚とのブッククラブ、TwitterなどのSNSやネットワークを通したやりとり、アイデアの交換など。アイデアや実践などを同僚と共有し、賞賛されたり、賛同してもらったときに、自分自身の仕事の価値を見出すものです。

◯教師のニーズを知る
教職員一人ひとりがもっているニーズ、目標、レディネスのレベルなどについて知っておくことは、一人ひとりに最適化された学びをサポートすることにつながりますし、教職員の協働的な学びの場を創設することにもつながるはずです。

◯研修の日常化
日常のあらゆる場面を学びの場であると「決める」ということです。「研修日」を決める必要はないはずです。日々の授業、日々の実践の中に、学ぶべきことは埋め込まれているはずです。職員会議だって、決定事項の伝達に使うのはもったいない。職員会議を教職員が成長する時間と位置づけににはどうすれば良いか考えてみませんか。

◯時間割に共通の空き時間を組み込む
時間は必要です。共に過ごす時間も必要です。多忙な教員の時間を調整するのは至難の技。なんとかして時間を確保しましょう。

◯全員の学びが記録できて、共有できるようにする
グーグル・ドキュメントのような共有可能な場所にチャートをつくるのは良いアイデアだと思います。誰でも、いつでも、どこからでも見ることも、修正することもできるのですから。次の3つの欄をつくることが推奨されています 1) 現在ある知識、現在実践していること 2) 目標(学びたいと思っているテーマなど) 3) 成果(学んだこと、研修の成果)

我が国では実に様々な研修が提供されています。国が提供するもの、都道府県や市町村の関係機関が提供する公的なもの、民間組織やNPOなどが提供するもの。それぞれに魅力的なものはあるのでしょうが、所詮は誰かがどこかで、学校や教室のことを知らずに計画しています。

そろそろ、それらの動きに「独立宣言」を突きつける時です。子どもたちや地域の近くにあって、もっともよく知った自分たちで、自分たちの主体的で専門的な学びの場を創っていきませんか。


★1 教育関係のハックシリーズはこんなにも多く出版されている。
https://www.shinhyoron.co.jp/wp/wp-content/uploads/20211108-books_that_create_new_lessons.pdf

★2 ジョー・サンフォリポ&トニー・シナシス(飯村寧史、長崎政浩、武内流加、吉田新一郎訳) (2021) 『学校のリーダーシップをハックするー変えるのはあなた』新評論 ハック9 協働して学ぶ.

★3 「パッション・プロジェクト –大人も情熱を注げるプロジェクト–」https://projectbetterschool.blogspot.com/2021/05/blog-post.html

★4 EdCamp Japan http://www.edcampjapan.org