2021年9月19日日曜日

新刊紹介『挫折ポイント』  

協力者の一人の佐藤可奈子さん(中学校の国語科教師)が、以下の紹介文を書いてくれました。

 

*****

 

「生徒がやる気をなくした瞬間や努力をしないと決めた瞬間」これを「挫折ポイント」とする。(「はじめに」より)

想像してみましょう。やる気をなくした生徒を前にした教師(私たち)は、どんな行動をするでしょう?

*やる気をなくしているなら、何を言っても無駄だから無視する。

*授業(仕事)の邪魔をしない限りは、放っておく。

*大きな声で叱る。

*事情を聴いてみるが「別に」と答えられて会話がおわる。

*背中をトントンとして参加を促す。

*レベルを下げた教材を渡す。

*課題に取り組む際に、一言二言会話を交わしてアドバイスする。

*評価を下げて、損を実感させる。

 

とりあえず、こうした対応をしておけば、時間が過ぎて授業が終わります。

生徒は授業を受けた(理解した)ことになり、教師は学びの保障をしたアリバイができ、すべての思わしくない結果は生徒の「やる気」の問題だったということに……教室でよくある場面ではないでしょうか。

「これ以上、どう関わればいいの?」

「やる気のない生徒に、何かを求めても無駄。」

「会社ならクビでしょ。社会で通用しないよ。」

そう思った方は、本書を読んでみる価値があると思います。

 

本書は“ごきげんな教室”をつくり、生徒と教師の成長を支援する方法や考え方を教えてくれます。

 

私のお薦めの読み方は「おわりに」から読むことです。

そこには、やる気をなくした生徒を前にした教師の、よくある姿が描かれています(私も、もれなくその一人です)。エピソードから「挫折ポイント」で展開される教師と生徒の関係は、互いの間に大きな認識の違いを生んでいることがわかります。

「おわりに」―P237L4「協力的な生徒はみんな努力家であり、協力的でない生徒は怠けていると捉えていた。」この記述には、ハッとさせられます。果たしてこの捉え方で生徒の成長はあるのでしょうか…?

 

「おわりに」を先に読むことで、読み手が問いを持ちながら、本書で語られることのゴールをイメージし、各章の内容を理解できる、理解しようとするだろうと思います。

「おわりに」を読んだ後は目次へ飛び、興味のある内容を選んで読んでもいいでしょう。どの章から読み始めても意味が分かる内容になっていると思います。

教育界の旬で言えば、第7章で取り上げられているICTツール、第5章で取り上げられている評価方法、形成的評価については、私たちの認識を変えたり生徒との関係や授業をよいものにしたりするヒントを与えてくれるでしょう。

きっと、手法を学ぶだけでなく、概念や考え方を学ぶことができます。これまでとは異なる、子どもへの目線、考え方を得られることでしょう。

 

本書のお薦めをもう一つ。各章末の「ルーブリック」が大きな刺激と学びを与えてくれます。

授業や子どもを理解したり授業を構成したりするための評価基準として機能することはもちろん、初期段階では自身の授業や考え方のチェックリストとしても使えると思います。

アメリカの教育現場で使われているルーブリックを、これほどまでに具体的に、豊富に示している訳本は、日本ではなかなかお目にかかれません。本書だけでなく、註釈で紹介されている多くの書籍と関連付けながら読むことで、「挫折ポイント」で何もできずに生徒を放置してきた自分と授業を変える必要性に気づくことでしょう。

 

手を付けられそうなところはどこでしょう。まず一つ、興味を持てた「ルーブリック」をもとにして行動してみてはいかがでしょう。

多くの教師が“ごきげんな教室”を作り、生徒と教師の学びと成長を支えるファシリテーターとなれたら、「挫折ポイント」にいる子どもたちも顔を上げて、自分の学びに向き合えるのではないかと感じます。

 

本書の「教師」「生徒」を「教え手」「学び手」に読み換えると、一般社会での人材育成に当てはめて読むことができます。「挫折ポイント」に至ることは子どもに限ったことではなく、大人も当たり前のように経験します。「教師」と「生徒」という関係性で考えるのではなく、「人」と「人」が学び、成長する時に必要な環境や資源を整備して、挫折の放置を止める。学校だけでなく、大人や社会も“ごきげん”になれるのではないでしょうか。

 

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2021年9月12日日曜日

デジタルテクノロジーの効果的な使い方

新型コロナウイルスデルタ株の猛威により新学期のスタートは、首都圏を中心に分散登校、時差登校が続いています。すでにクラスを二分し、半数の子どもたちをリアル登校、もう半数をオンライン参加としたハイブリッド授業が再来週まで続く小学校もあります。

 

子どもたちはもの珍しさもあり、デジタル機器を使った授業に楽しく取り組んでいるようです。とはいうものの、今後も続くとなると子どもの集中力は持たず、このような遠隔学習で本当に理解が進むのでしょうか。

 

教員の負担を考えると、登校している子どもたちが使った道具や教室への消毒作業、そしてリアル授業の準備と併せてオンライン参加をしている子どもたちに向けての資料作り、感染予防で休んでいる子どものケアなど、さらなる準備に悲鳴も聞こえてきそうです。

 

コロナ禍におけるGIGAスクール構想により、これまでICT後進国だった日本としては一人一端末が完備されることは大変好ましいことです。環境場整備されると一見、一人ひとりの学習が保障されるように映りますが、本当にこういったデジタルテクノロジーが子どもたちにとってよりよい道具となっているのでしょうか。

 

オンライン授業による子どもたちの生活リズムや心身に与える影響への問題、長時間の画面視聴による視力の低下が8歳〜10歳に多いことなどは常々、指摘されています。小学生の発達段階において言語認知ひとつとっても、果たしてどのような影響が与えているのか不安が残ります。デジタルテクノロジーを使っていれば良いのではなく、その使い方の質が問われているのです。

 

 

 

バトラー後藤裕子『デジタルで変わる子どもたち 学習・言語能力の現在と未来』(ちくま新書)に、そのよりよい使い方のヒントが紹介されています。

 

本書では、言語習得や言語使用における身体の果たす役割の大きさが説かれています。ジェスチャーやうなずき、話し手に視線を合わすなどの言語非言語行動もスムーズに会話を進めるための重要な役割を果たしています。また、読書においては手が重要な役割を果たしていて、紙の媒体で読む場合には、効率よくめくれるように手で準備したり、手の位置が読みの視線を誘導する役割を果たしているなどの手の果たす役割は大きく、身体行為が読みの深さに影響を与えるのであると教えてくれます。だからこそ、学校で使っているデジタルテクノロジーも子どもにとって身体化されなければ、思考や学習には直接結びつかないことが指摘されています。

 

"デジタルテクノロジーは人間の認知機能の一部を肩代わりするものであることから、うまく使えば人間の認知機能を拡大する魅力的な道具にはなるが、明確なビジョンがないまま盲目的に依存すると、脳の分析能力や一つの物事を論理的に批判的に熟慮する力を低下させる可能性がある。(Restal,2012"(位置No.3028/3538)

 

子どもがデジタルテクノロジーをうまく使いこなすには、まず教師が適切なデジタルリテラシーを身につけることです。

 

“デジタルリテラシーとは、①自分の目的に合ったデジタルコンテンツを見つけ出し使えること、②目的に応じて自分でデジタルコンテンツを作ることができること(例えばブログを作ったり動画を作成するなど)、そして③デジタル機器アプリを使ってコミュニケーションや情報交換ができることだと言われている。教師が常に新しいアプリケーションやソフトに精通している必要はない。しかし、授業の目的に応じてふさわしいデジタルコンテンツを自信を持って使えるだけの最低限の知識とスキルは不可欠である。そして児童生徒の言語コミュニケーション能力を促進するために、言語習得の本質である身体性、社会性、感情情緒の伝達をどのようにフォローしながらデジタル機器を有効に使うべきかを模索する必要がある”(位置No.3157/3538)

 

 

 

このコロナ禍における現在、デジタル機器の扱いでは、家庭学習における漢字や計算練習などの記憶タスクを繰り返させるものが多くあります。これに対して本書では、「英語学習者の小学生に自らを紹介する動画を英語で作成し、安全性を確保したサイトへアップする課題を出したところ、子供達は少しでもいい動画にしたくて自ら何度も何度も練習を繰り返したり友達のアドバイスを得たりしながら動画を作成した」といった実践事例も紹介されていました。まさに、なんのために学習するのか目的を考えることです。

 

デジタルテクノロジーは両刃の剣であることを忘れてはいけません。ちょうど一年前にもコロナ禍におけるオンライン授業やICTデバイスの扱いに懸念を持って、「「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない」投稿しました。併せてご覧ください。

https://projectbetterschool.blogspot.com/2020/10/blog-post_11.html

2021年9月5日日曜日

「子どもたちが主人公」は実現しているか

「学校は子どもたちが主人公」。かなり使い古されたフレーズですが、日本中の多くの学校がかかげているスローガンです。とても共感できるものですし、ぜひ、そのような哲学のもとで、学校づくりを進めていってほしいと思います。

しかし、このような標語が頻繁に出てくるということは、未だに学校では、多くのことが「教師中心で回っている」ことの裏返しなのかもしれません。

『学校リーダーシップをハックする』では、生徒中心の学校のもつ基本的な哲学を次のように記述しています。★1

「生徒が学びに対して発言権をもち、学び方に選択権があり、幸せに夢中で学ぶ生徒を育てることが学校の役割だ、という哲学です。」

同書では、生徒中心の学校をつくるステップとして、1)意思決定のチームをつくり生徒をそのチームに加える 2)生徒が会議に参加することを奨励する 3)生徒が自らの興味やアイデアで、学びを進めるプロジェクトの時間などがある 4)生徒によるエド・キャンプ(参加者が自ら計画し、運営する学びの場)を始める といったプロセスを奨励しています。

校内の各種委員会などを含めて、学校運営協議会のような会議のメンバーに、児童・生徒が入っている割合は、どの程度でしょうか? 子どもたちは、どの程度の主体者意識をもって、そのような会議に参画しているでしょうか?子どもたちは、自分の学校について、オウナーシップをもっていると自覚しているでしょうか?そして、教員集団は、子どもたちの力を信じて、任せているでしょうか。大人の都合の良いように、主人公を演じさせられているように見えるのは私だけでしょうか。

しかし、これは無理のないことなのかもしれません。学校という教育制度自体が、長らく、規則に従い、従順な働き手を育てることが役割だったのですから。ジョン・スペンサー/A・J・ジュリアーニは、『あなたの授業が子どもと世界を変えるーエンパワーメントのチカラ』の中で、古い教育制度は「規則に従う人々を作り出すものであり、何をしたらいいかについて指示を待つことを意図してつくられたものです。この制度から卒業すると、あなたは何をするときも誰かの指示を待つことになります。」★2 と記しています。

教師は、「コントロール・マニア」になりがちだと言われます。生徒たちのために、あらゆることを、決定したがるものです。教材も、内容も、課題も、ねらいも達成目標も、進め方も、それらの活動への評価もです。そして、それらの決定権を手放そうとしません。それは、生徒たちにはそのような決定はできないと思いこんでいるからです。しかも、生徒の決定に任せるよりも、労力も少なくて済むと思っています。そして、それが生徒たちの「ため」であると、心から信じている教師も多いものです。

このコントロールを放棄するところから、生徒たちが主人公の学校づくりは始まります。

最近、エンパワーメント(empowerment)という言葉を聞く機会も多くなりました。「エンパワーメント」には、「力を与える」「権限を委譲する」という意味があります。生徒たちの力を信じて、失敗を恐れず、生徒たちに、任せところから始める必要がありそうです。今回紹介した2冊の本には、そのためのアイデアや考え方が数多く紹介されています。あなたの学校でできることから始めてみませんか。

教師のコントロールに依存しつづけるだけでは、生徒たちが主人公となる学校づくりは実現しないでしょう。生徒たちは、エンパワーされることによってのみ、潜在している能力が引き出されていくのです。


★1 近日発刊予定 『学校リーダーシップをハックする』 ハック6 「生徒を学校の中心に据える ー子どものための学校をつくろう」

★2 ジョン・スペンサー/A・J・ジュリアーニ (2020) 『あなたの授業が子どもと世界を変えるーエンパワーメントのチカラ』新評論. p.24

2021年8月28日土曜日

再読『歴史をする』

 最近のいろいろな出来事を見ていると、歴史から学ぶことの大切さを痛感します。

 そこで、再度『歴史をする』を読んでみました。

 この本の功績の一つとして、「Agency」ということばを私たちに教えてくれたことがあります。同書11ページの脚注によると言葉の意味は次のとおりです。 

 原語は「環境に影響を及ぼす力」という意味の「Agency」で、OECD(経済協力開発機構)の「教育とスキルの未来~Education 2030」では、それを「変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をする能力」と定義されています。また、国際バカロレア(IB)では、エイジェンシーの要素として「オウナーシップ(主体性)」、「選択」「声」を挙げています。 

 「変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をする」という点は重要です。たとえば、このことは近年特に問題となっている気候変動問題にそのまま当てはまる言葉です。

先月721日に経済産業省から2030年度を目途とした「エネルギー基本計画」が公表されました。その計画によると、2030年度に設定したCO2排出量の目標値が達成されたとしても英仏の現在の排出量よりも多いという何とも情けない目標です。その内容を見ていくと、全体の4割を占める産業界からの排出量が多いのが原因です。しかも、現在の排出量からの削減割合の多くを家庭からの部分に頼ろうとしています。特に、産業界の部分でびっくりするのは、鉄鋼業界が削減ではなく1%弱の「増加」という目標値になっていることです。これに経産省も環境省も合意しているわけです。

これが未来への「責任ある行動」なのか、大いに検討する余地があります。今やSDGsに配慮しない企業は生き残ることができないと言われる状況になっているわけですから、国際競争力の点からもCO2削減は待ったなしの最優先課題です。「変われない」企業は生き残ることができないのと、同様に私たちも社会の変化に対応して「変わる」ことが求められています。しかし、この変革が難しいです。こうした変革のためにも、私たちは歴史から学ぶ必要があります。 

『歴史をする』の325ページに次のような一節があります。 

私たちは、誰もが、継続的に演じられている歴史というドラマへの参加者なのです。私たちは、歴史の影響を受ける者であると同時に、歴史に影響を与えるエイジェント(主体者/行為者)でもあるのです。現代においてもなかなかなくならない問題と一時的に生じる問題への参加を含む、日々の生活の総体として私たちは歴史をつくりだしているのです。 

気候変動問題も、まさに社会の一員として、この社会の抱える問題に主体者としてかかわっていくことが求められている一つの事例です。そうした主体者/行為者を育てるために教育のあり方を引き続き考え、実践していきたいものです。



2021年8月22日日曜日

「質問づくり」、早速実践してみました!

『たった一つを変えるだけ ~ クラスも教師も自立する「質問づくり」』(ダン・ロススタイン、ルース・サンタナ著)を読んで、早速、授業で実践したという兵庫県の小学校の先生の北元★さんが、実践報告を送ってくれたので紹介します。

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 「子どもが問いをもち、主体的に追究していく学習を目指したい」とかねがね考えていました。しかし、教えたいこと(正確には、教えなければならないと誤解している教科書の内容)と、子どもたちのもつ問いがうまく嚙み合わないという中途半端なジレンマに悩み続けていました。

そんな折、偶然にふと目に留まったのが、本書です。『たった一つを変えるだけ』、一体何を変えるのかと興味をもちました。表紙や帯にある「自立」「民主主義」という言葉には、単なるハウツーではなく、教育の本質を語ってくれるのではないかという期待も抱きました。「質問づくり」には、家庭環境の格差に左右されない学習を保障するという理念も流れているように感じ、そこに共感をしました。

自分の世界観を変えてくれる本であり、謳い文句どおりの感覚も実感できたように思いますので、本の内容と拙い実践を報告させていただければと思います。

副題のとおり、「質問づくり」がこの学習活動の中心となります。「質問づくり」は、従来教師が行ってきた「発問づくり」に相当します。「発問」とは、教師が子どもに発する問いのことです。例えば5年の社会科なら「なぜ、こんなに苦労してまで耕地整理をしたのでしょうか?」というものです。教育界のいわゆる業界用語です。

本書の中でも指摘されているように、私のこれまで経験してきた研修でも、発問は非常に重要視されてきました。授業研究=主要発問の研究といってもいいくらいです。特に、勤務する市の研修では、どのタイミングで、どのようなフレーズを用い、どのような口調で発問をするかまで、入念に検討されることが多かったです。発問が子どもの思考活動を方向づけるからだと理解しています。そのような発問研究が教師を疲弊させるという本書の指摘もうなずけるものでした。

「質問づくり」は、子どもの思考活動を発動させるために教師が四苦八苦してきた「発問」を子どもたち自身が、自らに問うものとしてつくる活動だと理解しました。

本書では、「質問づくり」の過程と活用の仕方が、事例とともに分かりやすく書かれています。それぞれのステップが、子どもたちにとってなぜ必要なのか、その意義も説明されており、納得して実践にうつすことができました。子どもの「自立」のための教師の役割・立ち位置も明確に述べられています。自立や民主主義を体現するために必要な、「ルール」についても定められています。

「質問づくり」において、最も重要なことは「質問の焦点」を決めることです。「質問の焦点」は、子どもたちに学んでほしいことをもとに、教師が決めます。「質問の焦点」の良しあしが、子どもたちの学習を主体的にするか、自立的にするか、深い学びに誘うことができるかに、大きく影響します。本書でも、「質問の焦点」の言葉を変えたことによって、学習の質が高まった事例が紹介されています。

私は1学期、小学校5年と6年の理科で、質問づくりを実践してみました。(理科が専門の教師ではありません。)「質問の焦点」づくりには、頭を悩ませましたが、発問のように苦しくはありませんでした。毎時間の授業の問いを考えなくてよいという気楽さがあったのかもしれません。

 1学期に「質問づくり」を実施した単元と「質問の焦点」は、以下のとおりです。

学年『単元名』

質問の焦点

5年『ヒトのたんじょう』

「おなかの中の受精卵」

5年『台風と気象情報』

「台風の動きと天気」

6年『ヒトや動物の体』

「食べ物のゆくえ」

「ヒトは呼吸する~酸素を取り入れ、二酸化炭素を出す~」

「血液は心臓から送り出され、心臓にもどる」

6年『植物のつくりとはたらき』

「植物が根から取り入れた水」

「植物には、根・くき・葉がある」

*使用教科書 啓林館 わくわく理科

  どの単元も、単元や単元の中の小単元の導入にあたって「質問づくり」をしました。従来行ってきた課題づくりと変わらないのかもしれません。実践全体をふり返って気がついたことを書きます。

<問題意識の耕しが必要>

 いくら、「質問の焦点」に頭をひねって、「これなら食いついてくれるだろう」と、いきなり焦点となる言葉だけを提示しても、子供は、本当に主体的になりませんでした。これは「食べ物のゆくえ」のところで痛感しました。実験や体験、観察、資料の提示、予想するなど、子どもたちがある程度教材に触れて、問題意識が耕されてから提示すると、グループでの質問づくりも活発だったように感じました。もちろん、この活動に対する慣れも働いたと思います。

<質問づくりの意義を納得することが必要>

 私にとっても、子どもたちにとっても、質問づくりは初めてでした。子どもたちによると、これまで課題づくりの経験が少ない、ということでした。受け身的な授業が多かったようです。そんな子どもたちに、なぜ質問づくりをしなければならないか、一番最初の時間は、こちらも緊張しました。「連れて行ってもらった道と、自分で調べたり尋ねたりしながら歩いた道、2回目ひとりで行けるのはどっちかな。」などと言いながら、「とにかく、やってみよう。やってからおいしいか、まずいか決めよう。」と、腰の重そうな子どもたちを励ましてみました。

 質問づくりのルールを知った後は、グループで質問をできるだけたくさん出す段階があります。こちらの「質問の焦点」を出すタイミングと質の問題もあり、最初は何を質問してよいのか分からないグループも半分くらいはありました。5年生は特に、「先生が指示さえしてくれれば、その通りにするのに、なんで自分たちで考えさせるの!」という空気もありましたので、「とにかくベストを尽くせばいい。いい質問やいい活動をしようとしなくていい。最終的に質問がゼロでも、あきらめずに時間いっぱいは考えよう。」と、励ましてみました。すると集中して頑張りました。予想以上に響いたのが不思議でした。

 できるだけたくさんの質問を考えた後は、質問の変換をします。閉じた質問(はい・いいえで答えられる問い)を開いた質問(答えが多様)に。開いた質問を閉じた質問に変換します。この操作の意味が、まだよく分からなかったのですが、子どもたちが質問を解決するのに行き詰っているときに、質問を再変換させることで解決の糸口が見えたことがありました。

 質問づくりの最後は、優先順位をつけて3つの大事な質問をグループで選ぶ活動です。そもそもの質問が少ないので、簡単に決まるチームもありました。4人チームだったため、一人ずつが選んだ一番大事な質問を、譲り合って選ぶというチームも多かったです。民主的ともとらえられますし、質問の焦点を解き明かすために本当に必要な質問という視点に欠けた選び方ともとれます。どのような選び方がよいのか、2学期は一度考えてもらおうと思います。

 大事な3つの質問を選んだあとは、調べ学習を行いました。本市では4月より一人一台のタブレットが導入されたので、インターネットを使った調べる子どもがほとんどでした。教科書の内容も理解させたいという気持ちも強く働き、教科書も資料として必ず目を通してから他の調べ方をするように声をかけてしまいました。「NHK for school」の動画やクリップを活用している子どももいました。これまでだと、教師の用意した動画を一斉に視聴していましたが、自分たちのこだわる角度で、自分で選んで視聴できたのは、情報の選択と活用の経験になったのでよかったと思います。

 子どもたちの選んだ問いにはユニークなものもありました。中には、単元の目標・教科書の内容と一見つながらないものも一つや二つではありませんでした。これまでの私は、そのような問いが生まれないように前もって活動を仕組んだり、疑問を修正するように誘導したりしていましたが、「質問づくり」では、教師が注文をつけてはいけない、と理解したので、好きなようにさせていました。個々のカンファレンスの中で、教科書の内容と結びつけるような働きかけもしましたが、その子の心には響かないようでした。

 ある6年の女子が消化の学習でつくったのが「就寝前に食べてよいものは何か」という質問でした。どうやら就寝前のおやつがやめられないが、自分のスタイルやダイエットを気にしているので生じた質問のようです。その子にとっては、自分事の質問であり、解決したときには、とてもうれしそうでした。

 いわゆる学力の低いといわれている彼女は、質問づくりの学習の楽しさを味わえたのか、その後も意欲的に調べ、血液の流れの学習では、肺胞の働きをみんなに説明することもありました。しかし、テストでは期待していた力を発揮できませんでした。表面的には分かりませんが、彼女は「質問づくり」の学習に失望も覚えたのではないかと危惧しています。

 もちろん、これは「質問づくり」が悪いことを意味するものではありません。理科のテストは、学年が採用している業者テストを行わずに、自作問題を用いたのですが、出題が教科書の内容理解のテストの域を超えられていなかったものと思われます。

・評価とは何か。

・テストで評価できることは何か。

・テストの仕方に工夫ができないか。

・理科学習の本当のねらいは何か。どんな概念を身に付けてもらいたいのか。

・教科書とどう付き合えばいいのか。

 私自身の教育観・授業観を再構築し直す必要があります。単なる教科書の内容を教えるための「質問づくり」であれば、従来のやり方の方がましかもしれません。

 「質問づくり」をしたことで、自然現象を見る目が変わってきた。見える世界が違ってきたという実感をもてたとき、「質問づくり」の意味を子どもたちは見いだせると思います。

 

<主体的な学習と深い学び>

 質問づくりが面白い、という子どももいました。その子どもは「?➡!➡?➡!➡?➡…」サイクルを、どんどん自分で回していくことができるのです。

 私の目標は、自立して学ぶ子どもを育てることです。私のイメージする「自立して学ぶ子」とは、自分で問いを見つけ、ときには一人で、あるときは仲間の力を求めながら、あるいは、自分が助け舟となりながら、自ら解決に向けて探究していく子どもです。その過程で、自分の見方・考え方を見直し、再構築していく子どもです。

 質問づくりは、チームで課題に取り組むので、各自の責任や役割、協調性や助け合いが自ずと生まれる学習だと思いました。これは、実社会の中で必要とされる能力でもあると思います。したがってこれからも続けていきたい手法です。

 しかし、注意しなければいけないのは、それが形式化・パターン化しないことだと感じました。質問づくりさえしていれば、子どもに学びが生まれると思うのは間違いだと思います。

最終的に学んでほしいことへ歩むための手段の一つに過ぎない、と考える必要があると思いました。

 どこで、どのように、何をねらいとするかに応じて、縦横無尽に変貌自在に「質問づくり」を取り入れたいと思います。

 

★ 北元先生の自己紹介は、「兵庫県の公立小学校教員。今年の3月、偶然図書館で目にした『オープニングマインド~子どもの心をひらく授業~』に、考え直し学ばされることが多く、吉田新一郎氏の訳読本や著書を読み始めた。子どもが本気で主体的に学ぶ授業をすることが、ここ数年来の課題であり目標」です。


2021年8月15日日曜日

探究に関する2冊の本の比べ読み

 これまでにも、理科やカウンセリング関連の記事を書いてくれている創価大学の大関健道さんが、2冊の理科(探究)の本の比べ読みをしてくれましたので紹介します。

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 小学校に続き、この4月から中学校では2017年に改訂された学習指導要領が完全実施されています。新学習指導要領が目指している「主体的・対話的で深い学び」を実現するためには、子どもたち一人ひとりの疑問や問題を基にして、仲間と協同しながら共にその疑問や問題を解決していく「探究的な学習」をどれだけ実現できるかどうかが極めて重要なポイントです。端的にいえば、今までの教科書に書かれている内容をカバーするような教師主導の授業を、どこまで子どもたちの疑問や問題を解決する子どもたちの自立的な学習「探究」に転換できるかということです。

 今回は、「理科の探究」について書かれた以下の2冊の本を読み比べてみました。

1.『探究する資質・能力を育む理科教育』小林辰至(編著),大学教育出版,2017

2.『だれもが〈科学者〉になれる!~探究力を育む理科の授業』チャールズ・ピアス(著)門倉正美ほか(翻訳),新評論,2020


『探究する資質・能力を育む理科教育』

 やはり、特筆すべき内容は、この本で紹介されている6つの「探究する資質・能力を育むための具体的なアプローチ・手立て」です。

【1】自然と触れ合う「原体験」(理論編:第2章、第3章)

【2】仮説を立てる力を育む指導方略“The Four Question Strategy4QS)”とこれを生かした仮説設定シート(理論編:第4章、第5章、第9章、第14章,実践編:第3章、第4章、第5章、第6章、第8章)

【3】日本版プロセス・スキルズ「探究の技能」(理論編:第7章、第13章)

【4】観察と実験の「問い」の立て方(理論編:第8章)

【5】小学校中学年(34年生)の子供を対象とした仮説を立てる力を育む指導方略“The Two Question Strategy2QS)”とこれを生かした仮説設定シート(理論編:第10章,実践編:第1章)

【6】探究の過程の8の字型モデル(理論編:第11章,実践編:第2章、第4章、第6章)

 どれも、子どもたちの探究的な理科学習を推進していくうえで役に立つ、極めて重要な探究のアプローチの方法です。

しかし、本質的な問題として、書かれている内容の視点がやはり教師側にあるのです。つまり、本の内容が、教師による理科の授業・指導を通して、子どもたちの理科における「探究」を推進していくために必要な資質・能力を育てるためには、「理科教育」はいかにあるべきかという視点で書かれているのです。探究・学習の主体者である子どもたちの視点ではありません。

それを端的に表しているのが、【2】仮説を立てる力を育む指導方略“The Four Question Strategy4QS)”云々に書かれている「指導方略」という術語(テクニカル・ターム)です。指導方略とは、目標達成のために教師がどのような方策・手立てをもって子どもたちを指導するかというものです。

もちろん、この本は教師を主たる読者として書かれた「理科教育」の本ですから、当然のことかもしれません。本の内容は、多くの理科教育の実践的研究と学校現場での研究的実践に基づいて、理科における子どもたちの探究を推進していくために必要な資質・能力について書かれています。「問い」の立て方や「仮説」を立てる力などを含め、子どもたちが探究を進めていくために必要なさまざまなプロセス・スキルズ「探究の技能」について具体的に書かれている、素晴らしいものだと思います。

しかし、私には、この本を読みながら、子どもたちが「学びの主体者・当事者」として生き生きと目を輝かせながら探究しているイメージが湧くことは、ほとんどありませんでした。

 もう一つ、この本に物足りなさを感じたところがあります。それは、【4】観察と実験の「問い」の立て方に書かれている内容です。「問い」の立て方については、理論編の第8章「観察と実験の「問い」の立て方」で解説されているのですが、理科室や教室で実践するために具体的にどのようにすればよいのか、いま一つよく理解できませんでした。その理由を私なりに考えてみると、その原因が、この本では理科の教科書に載っている観察・実験を基にして「問い」の立て方を考えているところにあるということがわかりました。

学習の主体者である子どもたち一人ひとりの「不思議に感じたこと」や「疑問に思ったこと」、「もっと調べてみたいこと」など子ども自身の疑問や興味・関心から「問い」を立てることは、自立的な学習「探究理科」の過程の中で最も重要なプロセスの一つです。この意味で、この本に書かれている「問い」の立て方は、子ども主体の「問い」の立て方になっていないのです。


◆『だれもが〈科学者〉になれる!~探究力を育む理科の授業』

 この本の特筆すべきことの一つ目は、大阪大学医学部大学院で研究と医学教育に携わっている仲野  氏もこの本の書評で書いているように、大学院教育で行われていることが小学校の理科の授業を中心に行われていることです。https://honz.jp/articles/-/45579

すなわち、チャールズ・ピアス先生の教室では、教師が小学生の子どもたちを「科学者」として認め、子どもたちがもっている「可能性」と「潜在能力」を信頼すること、信じ抜くことを教育の原点として授業が行われているのです。このことによって、子どもたちは自分自身を科学的な素養をもっていると思うようになるのです。そして、ピアス先生の理科の授業では、その目的地が、子どもたち一人ひとりを自立した学習「探究理科」ができる人に育てることなのです。

まさに大学院では、ゼミや授業、実験・実習を通して、一人前の研究者・科学者として研究・探究していくために必要な資質・能力の育成が図られるわけですが、ピアス先生の教室では、自立的な学習「探究理科」の中核に子どもたち自身の「問い」を位置づけています。その「探究理科」の原動力となる「問い」を子どもたちが立てられるようにするために、以下のようなさまざまな手立てと工夫を行っています。これが、本書の特筆すべき二つ目の特徴です。

「クエスチョン・ボード」:ホワイトボードの掲示板で、子どもたちが思いついた「問い」を自由に書いていくものです。

「問い探し」の活動:籠の中に入っている奇妙な形の貝殻や電気器具の部品、種子、おもしろい形の岩石、分解された機械の部品、道具などの中から一つを選び、それをじっくりと観察し、「問い探し」のシートに記録する。記録する内容は、自分が選んだものの名前や状態、スケッチ、それについての問いと問いに対する答えを見つけるための方法です。

「実証しやすい問いの立て方」:「実証できる問い」の立て方を学ぶ際に行うミニレッスンのためのワークシートです。

「発見ボックス」:電気、ミールワーム、飛行、工作(模型づくり)、光と色、液体と固体、磁石、シャボン玉など、テーマに応じて、さまざまな素材や器具が入っているものです。発見ボックスの外側には、科学的発見をするための具体的な「指示」と中に入っているものを使って子どもたちが探究したくなるようないくつかの「問い」が書かれた紙が貼ってあります。さらに、箱の中に入っている素材などを見て、子ども自身が独自に考えついた「問い」をそれらの素材を使って探究していきます。

「科学発見シート」:自分が思いついた「問い」を書き留めたり、「発見ボックス」に取り組んだりしたときに試行錯誤してみた内容やその結果を記録するものです。科学者の「研究ノート」に相当するものです。

「発見ブック」:子どもたちが、発見ボックスの中に入っているものを自由にいじくりまわしたり、ボックスの外側に書かれている「問い」に答えるために試行錯誤したりした内容と結果を、「科学発見シート」に記録します。これをバインダーに綴じて、誰でも見ることができるようにします。

「野外活動」:校庭の樹木を生かした「自分の木」の観察、定期的に行われる「野外教室」での捕虫網を使った昆虫やクモなどの観察と生物調査、水辺の生き物である両生類の観察調査、「生物多様性の日」に行う野外調査などです。

このように、子どもたちがさまざまなものを自由にいじくりまわしたり(自由試行・Messing About)、校庭や公園などを自由にフィールドワークしたりしながら、たっぷりと時間をかけて、子どもたち一人ひとりが興味をもったことや、「なぜだろう?」、「どうして?」、「どんなふうに?」、「何と関係があるのだろう?」と疑問をもったことを基にしながら、クラスの仲間と共に、さらに先輩たちの「探究理科」での取り組みを参考にしながら、「実証できる問い」を練り上げていくのです。

自立的な学習「探究理科」にとって最も重要なプロセスの一つである「問い」を立てることが、子どもたち自身の手でしっかりとできるのは、上記のようなさまざまな手立てや工夫を行っていることと、子どもたちの「探究」のために時間を保障しているからです。こまごまとした「指導方略」を駆使しているのではありません。この点が『探究する資質・能力を育む理科教育』との大きな違いです。

この本の特筆すべき三つ目の特徴は、子どもたち自身が自立的な学習「探究理科」を進めていくために「書くこと」と「読むこと」を重視していることです

読むことと書くことを関連づけるためのものとして、科学読み物を自分たちの探究に生かすための「理科と本とのつながり」シートや、科学読み物についての話し合い活動を行ったり、書評を書いたりするための「おすすめの本」シートがあります。さらに、それぞれの子どもたちが、探究してきたプロセスをふりかえって自己評価したり、探究している内容を記録したりする「探究ジャーナル」、発見ボックスや野外活動に取り組んで発見したことを記録する「科学発見シート」、さまざまな探究テーマごとの「シート」、発見ボックスを使った活動を行うための「教師と生徒の契約書」「探究実施計画書」など、自分たちの探究を進めていくために、本当に子どもたちは多くの機会に書くことに取り組みます。

 そして、四つ目の特徴は、科学者と同じように、子どもたち自身が自分たちの探究に必要な費用を取得するための「探究助成金申請書」を作成したり、「子ども探究大会(研究発表会)」に参加して、ほかの学校の子どもたちや科学者を含めたさまざまな人々から「探究理科」で取り組んだ研究に対するフィードバックをもらったりしながら、人とのつながり・科学者コミュニティを醸成していることです。まさに大学や企業などの研究者や技術者=科学者と同じことを行っているのです。このような視点と具体的な学習活動は、『探究する資質・能力を育てる理科教育』には見られないことです。

 今回の比べ読みを通して、子どもたちに「~させる」という使役表現を用いるような、教師が中心の授業観ではなく、子どもたち一人ひとりが自立した学習者として学び・成長するために、教師は何ができるのか、どんな工夫や手立て・支援ができるのかを考えていく、子ども中心の学習観をもつことが大切であることを改めて感じました。


2021年8月8日日曜日

テストよりも学びのための評価を

 先月末、福岡市の男性教諭がテスト28回分、昨年度の休校期間中の宿題を放置して処分しようとした際、不審に思った同僚により密告され!?ニュースとなりました。男性教諭は「子どもたちとの時間がほしかった」としていましたが、福岡市教育委員会は「残業も多くなく当然行うべき業務で、教育への信頼を損なった責任は重いとして」として、一ヶ月の停職処分となりました。この記事を読むとどのような文脈でこのようなことが起こったのか、様々な憶測がよぎります。私たちはこの問題をどう受け止めると良いのでしょうか? 

 

このコロナ禍の期間中の課題の量や単元末テストは教員にとって本当に負担のない妥当な残業量だったのでしょうか。これを働き方改革の一環として労働環境の問題として捉えることもできそうです。またはコロナ禍における教員のやるべきことが多すぎて全く手が回らない問題とも受け取れます。授業そのものの準備や研究への時間をどう保障されていたのでしょうか。若手教員の学級事務処理能力の問題として、職場内の教員育成・研修が機能していたのか気になるところでもあります。保護者より集金している業者テストだけに、最後まで全てやりきって返却できなかったことが問題だと管理職は言いそうです。もしそうだとしたら、テストさえ行い、返却さえしていれば、なんら問題がなかったのでしょうか。そしてこのことを行政処分だけで片付けて思考停止してしまっていいものなのか、一度立ち止まって考えてみる必要がありそうです。

 

この男性教諭は「子どもとの時間をとりたかった」と語っていますが、これは私たち教員ならばだれもがもつ同じ願いです。そして、この子どもとのどのような時間をとりたかったのかに焦点を当ててみると「本当はテストなんかでは、子どものことを分かることはできない」と思っていたのではないでしょうか。だからこそ、こっそりを秘密裏にダンボール箱にしまって、車で持ち帰って処分してしまおうと思ったのかもしれません。もちろん、ペーパーである程度の子どもの理解を図ることは可能です。しかしやはりそれは「ある程度」でしかありません。そして、単元末テストでは子どもが自分で学び直すには「もう時、すでに遅し」です。

 

本当に子どもを理解するには、評価についてあらためて捉え直していくことです。最近、読んだスージー・ボス/ジョン・ラーマー著・池田匡史/吉田新一郎訳『プロジェクト学習とは』新評論★★からの「第5章 生徒の学びを評価する」の一節は、決して単元末テストだけに頼ることのない具体的な実践例が豊富であり、私たちの教室の見取り、さらには教え方まで影響を与えてくれる分かりやすいものでした。

 



 

 

それではペーパーテストに変わる評価とは一体どのようなものがあるのでしょうか? 探究学習のPBL(プロジェクト学習)における評価場面は、なによりも「生徒の成長」にこそ向けられるものです。生徒をより高いレベルへ導くためのものであり、落ちこぼれというレッテルを貼るための順位づけをしたり、生徒を能力別に分類したりするためのものでは決してありません。

 

評価には学習を通して頻繁に行われる形成的評価の「学びのための評価」と学習の終わりに行われる総括的評価の「学んだことの評価」があります。単元末のペーパーテストはこの総括的評価ですが、その中の一例に過ぎません。そして効果的な評価方法を計画するために、①評価基準の透明性を保つこと、②形成的評価を強調すること、③個人とチームの評価のバランスをとること、複数の情報源からフィードバックを奨励することの4つが本書で紹介されています。これらの評価は決してプロジェクト学習だけのものではなく、様々な授業においての基礎となります。ぜひ、ご自分の授業に引き寄せて考えてみてください。

 

① 評価基準の透明性を保つこと

教師は学習の全体像を生徒に伝え、それに沿って学習を評価します。本書の例にあるニューバーン先生は、生徒たちに評価基準を既に理解できるよう、クラスのウェブサイトに明確に記載していました。先生はまた、学習の到達点となるような課題の内容や締め切りも事前に知らせていました。生徒たちは学習の最終段階で自分たちが理解したことを行動計画にまとめあげて提案することも分かっていました。このように生徒の評価に関する計画を事前に生徒と共有します。さらに、この評価基準(ルーブリック)を生徒と一緒に作成することで、素晴らしいクラス文化を創り上げていくことができます。自分たちで評価基準を設定することで、質の高い活動とはどういうものなのかを生徒自身が考え、理解することにもなるのです。

 

② 形成的評価を強調すること

既に知っている予備知識を調べ、学習のゴールとなる具体的な課題を与え、生徒の学習進捗状況を観察し、質問します。これはワークショップ授業の肝であるカンファランスを呼ばれるものです。形成的評価には他にも出口チケット(授業の終わりの本時の理解を問う小テストのようなもの)、生徒が自分の学習を振り返るジャーナル、生徒同士でお互いのノートや成果物へのアドバイス(上手くいっていること、困っていること、疑問に思っていることなど)を出し合えるギャラリーウォークなどを駆使します。教師にとっては、これらの情報が次に教えることを計画する貴重な情報源となります。

 

③ 個人とチームの評価のバランスをとること

アクティブラーニングと呼ばれる対話を通して、グループ学習をするには、チームでの協働が重要な役割を示します。チーム学習ではグループとしての全体の評価はできたとしても、一人ひとりの個別評価が難しいと思われがちです。それには個人としての課題とチームとしての課題とを明確に分けて求めることでバランス良く評価することができます。このチーム課題については、生徒がお互いの協働スキルを評価し合い、自分のチームがどの程度うまくいったのか、一緒に活動できたのかを生徒が振り返ることも行います。

 

④ 複数の情報源からフィードバックを奨励すること

これまでは教師からのみ評価することが一般的でしたが、生徒は様々な意見をもらうことで、効果的に学習することができます。自己評価に加え、仲間から、発表を聞いている聴衆から、学習について相談した専門家からなど教師以外のフィードバックを効果的に使います。仲間同士のフィードバック能力を育てるために、あるチームの話し合いや練習を他のチームが観察しアドバイスをするといった「フィッシュボウル(金魚鉢)」と呼ばれる方法もあります。また、学習の途中で相談した専門家からのフィードバックは教師のどんな言葉よりも重みのある言葉となり、生徒たちは学習改善への情熱を燃え上がらせます。

 

 

 

このような形成的な評価をもとにするならばテストを何十枚やるよりも子どもの学習を支援する一番の支えとなるはずです。「子どもとの時間がほしかった」という言葉は、子どもを一番に考えるのならば子どもの学習を見取るために使われるべきです。学習末の単元末テストで測れるものはその中のほんの小さな一部分でしかありません。生徒や教師にとっても負担感の多いテストの呪いから解き放たれるために、私たちには何ができるでしょうか。この夏、2学期の授業準備に形成的評価を取り入れてみませんか? あなたが思うほんとうの評価とは何ですか? 

 

テスト28回分未実施の男性教諭を停職1カ月に 福岡市教委処分(西日本新聞)


テスト行わず宿題も放置…小学校教師を停職1カ月(Yahoo!ニュース)

 

★★

スージー・ボス/ジョン・ラーマー著・池田匡史/吉田新一郎訳『プロジェクト学習とは』新評論