2020年10月18日日曜日

知識ではなく、概念を中心に据えた授業/カリキュラムづくりを!

 『思考する教室をつくる概念型カリキュラムの理論と実践: 不確実な時代を生き抜く力』 (H・リン・エリクソン、ロイス・A・ラニング他著、遠藤みゆき他訳、北大路書房)の紹介文を、神奈川県の高校で教えている小岩井先生が送ってくれました。

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必要な知識を身につけながらも、主体的と言われる活動を行い、生徒の思考を深めることを可能にするためにはどうしたらよいのか。単元の中に話し合う活動を入れたり、プレゼンテーションを行わせたり、教師の工夫は多岐にわたる。そんな活動の結果、知識がないから話が深まらない、ただの調べ学習の延長に過ぎない、そんな結果を聞くことが多い。

これらの結果から知識の重要性を説く教師がいる。それは、知識がないと深い話し合いはできない、だからまずは知識を与えなくてはと。それができていないのだからその先の活動はできないと。これが多くの講義型の(というよりも一方的な)授業をしている教師(新たな指導法に挑戦しない教師でもある)の論理であったりする。

本書はこのような教師の目を見開かせる可能性を秘めている。本書における最も重要なキーワードは、タイトルにもある「概念(Concept)」であり、「概念的理解」は単に事実を知るということよりさらに深い次元での理解であり、ここでの「理解」は、「文化を超えるものであり、別の状況や別の時に転移可能なものである(p.35)」とされている。この理解を生徒が獲得する際には「知識」も必要とされる。しかし、本書において理解は知識の上に成り立つのではなく、「知識」と「理解」は相互に作用することでともに深まりを見せるものであるとされている。

現在の多くの授業では、テストのために知識を積み上げ、どれだけ身につけられたかをテストにおいて評価する。テストが終われば知識の多くは忘れ去られるにもかかわらず。

一方で、本書で語られる、「概念的理解」は他の状況に転移可能なものとしての理解となるため、一度身につけば様々な場所において応用可能である。同じ教科内の別の単元においても、他の教科においても、社会に出てからも。

例えば、広告を分析する単元を行うことで、生徒に「対象に効果的に伝えるために、製作者はテクストの特徴(見出し、キャッチコピー、用語、図表など)を工夫して用いる」という理解がもたらされた場合、この理解は、次の単元において文学作品を読む際にも転移する。生徒は改めて教えられる必要もなく、作品のタイトル、表現に用いられる言葉に着目し、その理由を自ら探究していく。

また、この理解は他の教科にも転移する。例えば社会科において戦争においてどのようにプロパガンダが用いられ、人々の考えが形成されたのかを探究する際にも、着目すべきことが生徒の中にはすでに理解されている。その際に、宣伝のための広告との違いやパターンを考えることで、教科や単元特有の知識の必要性も浮かび上がる。

このような概念的理解を持つ生徒が社会に出た際に、デザインを行うとなれば、その構成や背景などに用いる事物によってどのような意味が相手に伝わるかを適切に考えることができる。

テストのみに用いられる一過性の知識しかもたらされない授業と、様々な場面において応用される理解をもたらす授業とでは、どちらが生徒に必要な授業であるのかは自明と言って良い。

確かに、概念的な理解に生徒がたどり着くには時間がかかる。しかし一度概念的理解にたどり着けば、今まで単元や教科が変わるごとに必要とされていた説明が学年を進むごとに不要になっていく。何が重要なのかが身についているのだから。多くの教科が概念的理解を求めて設計され、教科を超えた繋がりを見いだすことで、本当に必要なことが明確になる。この一歩を踏み出すためのガイドとなるのが本書なのである。

本書では、基本的となる理論的な部分に加え、概念型の授業やカリキュラムの構築をステップに分けて詳細に解説する。その中には問いの立て方、評価方法のあり方が含まれ、これまで教師が教え、その内容についての記憶の定着度をペーパーテストで測ってきた教師にとっても少しずつ実践の方法を変えていけるヒントが載っている。さらには、多様な教科の単元例も提示され、実際にどのような授業が展開されるのかも見て取ることができる。

本書を教師が「概念的に」理解することができれば、その実践は大きく変わる可能性を見出すことができる。(ただ、この本だけを用いて一人で理解を深めるのは、初めは非常に難しいかもしれない。)そのために具体的にできることとしては、本書は国際バカロレアの導入が日本においても進み、そのベースとなる考え方にもなっているので、国際バカロレアの授業などを見学する機会を作ることが考えられる。本書を含め、現在教育のあり方を考える際に主となっている理論にしっかりと基づく本を読む(できることならば誰かとともに読む)ことで一冊では理解しきれない部分も、他の本における異なる表現から理解が深まり概念型の授業や生徒が主体的に学ぶことに対する概念的な理解が深まっていく。

この機会に周りの教師と一緒になって本書の読みを深め、あたらしい授業に挑戦してみませんか。

 

書名:エリン・オリバー・キーン『理解するってどういうこと?』(山元隆春・吉田新一郎訳)新曜社

グラント・ウィギンズ、ジェイ・マクタイ『理解をもたらすカリキュラム設計』(西岡香名恵訳)日本標準


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 私がこの本の初版(英語)を読んだのは、1999年だったと思います。80年代の後半に『ワールド・スタディーズ』や『テーマワーク』に出会い、90年代のはじめに、http://eric-net.org/detail/WS-25.htmlhttp://eric-net.org/detail/TW-25.html の形で出していたことが、この本につながっていました。両方とも、概念とテーマをベースにカリキュラムがつくられていたからです。(概念とテーマは微妙な関係というか、密接な関係にあります! 2冊の本は共に、1970年代の英語の文献およびイギリスでの実践を基に、80年代の半ばに書かれたものです。)

 『ワールド・スタディーズ』は、以下の図で扱っている中身を容易に想像させてくれます。(30および28ページ)。知識と技能と態度がこれだけ明確に提示されている教育本に出会ったのは初めてだったので、とても魅力を感じ、訳す決断をしました!


 ちなみに、いまだったら、「調査」は「探究」、「冷静な目」は「クリティカルな思考」、「公民的な資質」は「政治的な資質」と訳すことでしょう。実際に、原語ではinquirycritical thinkingpolitical skillsが使われていますから。)

 もう一つの魅力は、「ワールド・スタディーズの10の切り口=基本概念」を提示してくれている下の図(34ページ)です。


この本が出版されてすぐあとに(30年近く前のことです!)、7~8人の中高の社会科の先生たちと日本版のワールド・スタディーズを開発実践しようと意気込んでチームをつくって研究しはじめたのですが、彼らはすぐに、「これら10個の概念はそのまま日本の社会科が明示しているか否かは別にして、押さえようとしている概念だ」と納得しました。そして、「これらを核に据えて実践すれば、成功間違いない!」と。

 もう一冊の『テーマワーク』にも「概念」について分かりやすく説明してあるところがあるので(78~79ページ)、その部分を紹介します。



 さらに、今こうした流れを汲んだ、Doing History(歴史をする? 歴史する?)という本を翻訳中なので、お楽しみに!https://thegiverisreborn.blogspot.com/search?q=Doing+History(半年以内には出版されます!)

 小岩井先生も書いているように、『思考する教室をつくる概念型カリキュラムの理論と実践: 不確実な時代を生き抜く力』を読むだけでは、なかなかその必要性や大切さが理解できないかもしれませんが、上で紹介した本などと読み合わせると(私がそうだったように)、それらがスンナリ理解できる可能性は高まります(私の場合は、日本語訳ではなくて、原書の第一版でしたが。そのタイトルは、Concept-based curriculum and instruction : teaching beyond the factsでした。サブタイトルが第二版とは違います)。

 

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