2018年8月25日土曜日

道徳の定番授業を考える

古くから道徳授業の定番と呼ばれる資料がある。
たとえば、「手品師」である。これは1976年発行の『小学校 道徳の指導資料とその利用』(文部省)に登場して以来、もう40年以上副読本にも採用され続けてきたし、今日の教科書にも採用されている。この資料は江橋照雄により作成されたが、これまで賛否両論を巻き起こし、理論上も実践上も大きな影響を与えてきた資料である。
この資料は、腕はいいがあまり売れない手品師の話である。主人公の手品師は、出会ったばかりの男の子を手品で励まし、翌日もその子と会う約束を交わす。ところが、その日の夜、手品師に大劇場のステージへの誘いが舞い込む。迷いに迷った手品師は、結局友人からの誘いを断り、翌日も小さな町の片隅で男の子1人を相手に次々と素晴らしい手品を演じるという内容である。
この資料について、渡邉満氏は興味深い指摘をしている。

この資料は単なる約束を守るという意味での「誠実さ」という道徳的価値を描いたものではない。そこには道徳的により深い思いが込められている。それは「他者のために生きる」という、言わば、道徳の黄金律(「汝の欲せざるところ人に為すことなかれ」)にもつながる生き方である。

この資料を使った指導ではこれまで「誠実さ」を価値項目として位置付ける実践が多かった。確かに、「約束」→「誠実さ」は子供の受け止め方としては自然な展開だが、「たった一人のお客さんを前に手品を演じている手品師の気持ちはどのようなものか」と主人公の気持ちを問う発問では、「誠実さ」と捉えさせるには無理がある。これまでの道徳の授業が主人公の心情を読み取ることに終始していたという批判はここでも当てはまる。また、子供を予め今日の授業でねらいとする価値項目に誘導していくような授業もかつてはよく見られた。たとえば、「今日はこの資料を使って自分の心の中にある「誠実」な心について考えていきたいと思います」などである。これでは教え込みと批判されても仕方がない。

最近、改めてこの資料を読んでみると、確かに良い資料なのだが、時代的な古さを感じてしまう。これに代わる資料が見つからないので、最新版の検定教科書にも採用されたのだろうが、「手品師」という表現も今の子供たちにはピンとこない気がする。また、街中で手品師に出会うというシチュエーションもなかなかあり得ない設定だ。
「かぼちゃのつる」という小学校低学年向けの資料があるが、これも「わがままはいけません」を教え諭すような資料としてしばらく前から学校では利用されている。低学年なので擬人化するところはやむを得ないかも知れないが、科学的なものの見方からすると、どうなのだろうと疑問に思うこともある。
これ以外にも定番資料として新版の教科書にも引き続き採用されている資料が結構あるが、時代性という観点から見直しが必要なものもある。そのような資料を利用した道徳授業では心に響くものとはならないだろう。「議論する道徳」が本当に機能するためにも、資料の選択は重要である。それと、議論するためにはそれなりのスキルなどが必要だが、子供たちに話し合わせることに悩んでいる先生方はぜひ『最高の授業 スパイダー討論が教室を変える』(新評論2018)を手に取ってほしいと思います。学びのコミュニティづくりにとても参考になります。

2018年8月19日日曜日

新刊予告『一人ひとりをいかす評価』


 評価は、学期末にすればいいものと思っていませんか? それは、評価ではなく、評定=成績をつけることです。
 評価は、学期が始まる段階から、成績をつけるまで(そして、理想的には学年が終わってからも)続くものです。
 その意味では、まさに今がお買い得なタイミングの本です。
 逆に、学期末や学年末では、時すでに遅しになってしまいますから。

 あなたは、評価は3種類あることはご存知だと思います。
①学年や学期が始まる段階で行う診断的評価、②学年・学期を通して行う形成的評価、そして③学期や学年を中心に行われる総括的評価です。

 大切な順番をあえて付けると、断然トップが形成的評価で、その後を総括的評価と診断的評価がついている感じです。(そうなのです。今号は、前回の8月12日号の続編的な位置づけとして捉えられます。)

 しかし、わが国では、ほとんどの時間とエネルギーを総括的評価とも言い難いテスト=評定=成績をつけることに費やし続けています。
 本書では、効果的な成績のあり方にも一章を割いていますので、とても参考になります!
 大切なのは、子どもたちの学びをサポートすることなのですが、日本の評価/評定は、残念ながらそうはなっていません。教師の教え方を改善するための手段ともなっていません。
 本書は、まさにそれら2つを実現するために書かれています。そのために不可欠なのが、診断的、形成的、総括的評価で、その3つについて詳しく書かれています。それぞれに適した具体的な方法が紹介されているだけでなく、それらを使った実際の授業の実例もわかりやすく提示されているので、イメージがつきやすいです。

 少し違う角度からの紹介をすると、
http://projectbetterschool.blogspot.com/2015/03/blog-post.html で3つの異なる教え方を表で紹介しました。あなたの教え方はどれでしょうか?
 ラフに見積もって、一番左側の教え方が日本では、依然として99%強を占めていると思います。真ん中のファシリテーション形式で行われているのが残りの1%弱です。そして、一番右側は、まだ0.1%もいないと思います。
 しかし、「主体的・対話的で深い学び」と言ったら、一番右側の選択肢しか基本的にはありません。それぞれの項目を読んでいただければ明らかだと思います。(あなたは、特にどの項目に惹かれますか?)

 今回の本は、特に、2列目の「responsive teaching =生徒のニーズに対応する教え方」と、下から3列目と4列目の「できることを説明・証明できる」と「それをサポートする評価(形成的評価)」と深く関係します。(本当のところは、ほとんど全部ですが。しかも、形成的評価だけでなく、診断的評価と総括的評価も扱われています。ある意味で、それらは切り離すことができないからです。)

 それに対して、一番左側の一斉授業にも、真ん中のファシリテーションにも、評価マインドはありません。一斉授業は「教えるのが終わったらテスト問題を考える」アプローチですし、ファシリテーションは「アクティビティーが終わったら振り返る」アプローチです。最初から、診断的評価も、形成的評価も、排除してしまっているアプローチなのです。それでは残念ながら生徒たちの学びはもちろんのこと、それを可能にする教師の指導内容や方法を修正・改善することを放棄してしまっています。

 その意味では、この本は文科省が20年近く前に「指導と評価の一体化」を唱えはしましたが、いまだに実現していない極めて大切なことを具体的に実現する方法を提供してくれている本でもあります。

 最後になりましたが、今回の本は、タイトルから分かるように去年の3月に出た『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』の評価に特化した姉妹本でもあります。


◆ 特別割引情報

1冊(書店およびネット価格)2376円のところ、特別割引2000円(税・送料込み)となります。
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2018年8月12日日曜日

ボーナス(外発的動機付け)で学力はあがるのか?形成的評価と見通しについて



先日、大阪市吉村洋文市長が、学力テスト結果を教員の人事評価に反映させ、ボーナスの分配を示唆しました。
大阪市の教員と話をする機会があり、その後の様子を聞かせてもらいました。「ぼくらは評価や給与のためにやってまへんで。なんか、バカにされてるし、やる気なんておこりまへんで。隣の学校ではすでに二人の教員が退職願を出しましたし」と憤りを聞かせてくれました。
人事評価やボーナスで人を動かそうとする外発的動機付け(行動の要因が評価・賞罰・強制などの人為的な刺激によるもの)に頼ることは、全くの知識の不調としかいいようがありません。★
人がどういうときに、学び、行動するのか、長いスパンをもって考えてほしいものです。人の行動を即時的な賞罰(ボーナスや人事評価)でつるのではなく、「かかわりつづけること・支援し続けること」で学校現場を変えていくこと、市長をはじめ管理職ひとりひとりがその学習モデルを見せていかなければなりません。現場の教員を関わり続ける形成的評価で、安心して働けるように支援し続けてもらえる策を提案してほしいものです。

一方、別の研修でのこと。特別支援教育の世界では、「形成的評価することは外発的動機付けであり、ご褒美のようなもの。扱い方は十分に気をつけなければ」という話も聞きました。ここでは、子ども達に、褒め言葉やアドバイスで動機づけようとすることにはやや慎重なようですが、形成的評価とはごほうびのようなものなのでしょうか
その場かぎり、または、その日かぎりの行動変容を願ってのかかわりでしたらきっと、教師からの褒め言葉やアドバイスといったフィードバックは、外発的動機付けとして機能してしまうことでしょう。子ども達の教師へ依存がいっそう増し、その教師からの支援・かかわりがもらえないときには学習へと向かえないようになってしまいかねません。
しかし、その形成的評価は一回性のかかわりにおいていえることです。長い時間軸で見直してみれば、やはり教師が関わり続けること、つまり、形成的評価で支援し続けることは、ゆくゆくは子どもの中に自己評価できる力を育てていくものです。次第に教師からのフィードバックといったかかわりを減らしていき、学習者自身が自律して行動できるような足場を外していく、そんな見通しがなければいけません。★★

大阪市に見られるボーナスも長い視野で考えたとき、本当に学校現場の教員に必要な支援でしょうか。ここにも、これまで指摘し続けてきた「一回性」の研修と同じように、長いスパンで見通しを持って現場を支援し続ける形成的評価の時間軸が抜け落ちていています。
自己評価できる自律している子を育てていくこと。そのためにも見通しを持った形成的評価が必要なのです。

★人がどういうときに内発的動機(行動要因が内面に湧き起こった興味・関心や意欲によるもの)から行動するのか、この本がぜひおすすめです。それは、決してエサで釣るようなものではありません。「人を伸ばす力内発と自律のすすめ」著エドワード・L・デシ他
★★学習者に対して、形成的評価の目指すところは「成績をハックする評価を学びにいかす10の方法」著:スター・サックシュタイン 訳:高瀬裕人・吉田新一郎がおすすめです。
8章「振り返ることを教えるーメタ認知能力をもった学習者になれるように生徒をサポートする」と、
9章「生徒に、自分で成績がつけられるように教えるー成績をつける権限を生徒に譲り渡す」に具体的な案が載っているので、必読です。

2018年8月5日日曜日

学校文化と学校改革

学校に足を踏み入れると、その学校の雰囲気や文化を感じ取ることができます。玄関の掲示物、校長先生の話しぶり、職員室の空気、先生方の佇まい。様々なものがその学校の文化を体現しています。学校に入った時に感じた直感は、概ね当たっていることが多いものです。

学校文化には、以下の4つがあると言われます。

1  プラスの文化
 教師たちの使命感、プロ意識、生徒の学びに焦点、同僚性、誰でも成長できるという期待、試すことが奨励される、信頼と協力を大切にした組織運営、過去の資料や経験を尊重、認め合い尊重しあえる関係、参加型の意思決定、固い信念、ユーモア、清潔感、開かれたコミュニケーション
2  マイナスの文化 
 皮肉、悲観主義、無力感などが感じられ、元気も士気も高くない文化
3  有害な文化
 自由な発言もできず、前例主義、やる気のある人の気持ちも萎えさせてしまう文化
4  バラバラな文化  1−3が混在する学校の文化

吉田新一郎(2005)『校長先生という仕事』平凡社 より

このような、学校文化は、学校のあり方に大きな影響をもっていることは、皆さんも実感されていることだと思います。

では、どうすれば、プラスの文化を創っていけるのか。難しい問題です。次の人事異動で、否定的な教員を出せばいいじゃないかという人もいますが、それは根本的な問題解決にならないはずです。特効薬はないと言えるのでしょう。

私は、大学の「地域教育支援センター」というチームの所属していて、地域の学校を支援する仕事をしています。その中でも、特に注力しているのが、学校改革を支援をするプロジェクトです。

いくつかのプロジェクトに関わる中で、分かってきたことがあります。

一つは、いわゆる「丸投げ」は、うまくいかないということです。学校が主体となって、進めない限りは何も変わらない。私たちは、話を聞く側であり、サポートする側に立っています。激励したり、チャレンジを推奨したり、一緒に問題を考えたりする役割を担うことにしています。その学校の先生が考え、悩み、試す。失敗したら、また悩み、議論し、前に進む。先生が汗をかく、つまりは、学び続けるようにならないと、学校は変わらないということだと思います。

もう一つは、動き続けなければ、変革は起こらないということです。「できるはずがない。」「そんなことして何の意味があるのか?」などなど、学校内の「マイナスの文化」との衝突は頻繁に起きます。「学校は理想論で動いているんじゃない!」と捨て台詞を吐いて会議室を飛び出した先生もいました。

しかし、議論を重ね、衝突しながらも、粘り強くビジョンを語り続けるリーダー、子どもたちの力を信じ、新しい学校づくりに情熱を持ち続ける先生がいる限り、学校全体のベクトルはプラスの方向に向かっていくようです。諦めたらそこで終わりです。

はじめから、プラスの文化が充満している学校などありません。プラスの文化は、学校改革がスタートするための条件ではなく、学校改革の取り組みの結果として生まれるものではなないか。これが、いくつかの学校改革のプロジェクトに関わってきた現時点での私の仮説です。


学校の文化を観察する 吉田(2005) p.158

☆学校改革に関わっている方は、ぜひ、吉田新一郎(2005)『校長先生という仕事』(平凡社) Part 3 「学校改革の担い手としての校長先生の仕事」をお読みください。