2021年4月24日土曜日

データに基づいた教育政策を期待する

今年の1月に中教審答申『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して』が公表されました。今後10年程度のわが国の教育の方向を示すものだと思われます。今回は、特に「高等学校教育」を取り上げます。

 この答申の高等学校の部分に大きくかかわっているのが、『「新しい時代の高等学校教育の在り方」ワーキンググループの審議のまとめ』(令和21113日公表)です。その冒頭の一部に次のように書かれています。

 「高校生の現状の一つとして、その学習意欲に目を向けると、全体的な傾向として、学校生活への満足度や学習意欲は中学校段階に比べて低下している。高等学校においては、初等中等教育段階最後の教育機関として、生徒一人一人の特性等に応じた多様な可能性及び能力を最大限に伸長しながら、高等教育機関や実社会との接続機能を果たすことが求められている。このため、高等学校における教育活動を、高校生を中心に据えることを改めて確認し、その学習意欲を喚起し、可能性及び能力を最大限に 伸長するためのものへと転換することが急務である。すなわち、これからの各高等学校には、それぞれの高等学校において特色・魅力ある教育を行い、生徒一人一人が主体的に学びに取り組むことを支援していくことが求められる。」

 この中の「多様な可能性」「特色・魅力ある教育」の具体的な方向として、次の点を重視するという流れになっていきます。その「審議のまとめ」35ページには次のような文章が出てきます。

「普通教育を主とする学科」の種類の弾力化・大綱化

「現行法令上、「普通教育を主とする学科」は普通科のみとされているが、約7割の高校生が通う学科を「普通科」として一くくりに議論するのではなく、「普通教育を主とする学科」を置く各高等学校がそれぞれのスクール・ミッションに応じた特色化・魅力化に取り組むことを推進する観点から、各高等学校の取組を可視化し、情報発信を強化するため、「普通教育を主とする学科」の種類を弾力化・大綱化する措置をとることが求められる。 すなわち、教育基本法や学校教育法、学習指導要領等の関係法令に基づく教育が行われることは当然の前提として、普通教育として求められる教育内容であって、特色・魅力ある教育を実現すると認められる場合には、各設置者の判断により、当該学科の特色・魅力ある教育内容を表現する名称を学科名とすることを可能にするための制度的措置が求められる。」

 

 要は、子供たちの多様化に伴い、これまでの普通科教育もさらに「その選択肢の幅を広げられるように多様化せよ」ということのようです。

 これについて、教育社会学が専門の松岡亮二さん(早稲田大学)は次のように述べています。 

「現在の高校制度はすでに「自由」に価値を置き、「優秀さ」と「効率」を追求した差異化機能を持つ装置になっています。」(日経ヴェリタス411日号) 

 要するに、今よりも高校普通科のカリキュラムを多様化すれば、進学校は大学受験の学習により特化して、低ランク校は非学術的な科目を増やし、その結果として低ランク校においては、実質的に大学進学が難しくなることを意味するわけです。世界的にもまれな日本の高校の階層構造という現実を無視すれば、状況はさらに悪化するということです。

 これまでの高校改革もすべてこの特殊な階層構造には目をつぶって、行われてきました。

 現実のデータを無視し、中教審のメンバーによる恣意的な思惑から唱えられる高校改革にどれほどの意味があるのでしょうか。エビデンス重視の教育政策の立案が求められます。

 新型コロナへの対応を見ても、わが国の官僚組織は硬直化していると言わざるを得ません。こうした現状を変えていくには、多くの人がこの現実から学ぶこと以外にはないのかもしれません。

2021年4月18日日曜日

『歴史をする』は、歴史だけ、社会科だけにとどまらず、すべての教科指導で参考になることが盛りだくさんの本!

 その意味で、タイトルが『歴史をする』はもったいないぐらいです。

 でも同時に、とても的を射たタイトルでもあります。アメリカでは、第5版が出ており、それを訳しました。(第1版は、なんと1997年に出ています!)

 なぜ、すべての教科で応用可能な情報が盛りだくさんかを示す「証拠」をお見せします。(数字は、本のページ数です。)


14 「歴史は、鍵となる問いとテーマである」という節が設けられて表1-1を解説する形で、そのことが紹介されています。


 これは、他教科を教える時も同じです。この表は、49~54ページに書いてある「学ぶことは深い理解を意味する」と関係します。単に「事実」や「知識」を詰め込むのではなく、「概念」レベルの理解が大切であることと。さらに、

54 「教えることは、生徒がもっている事前知識に基づく必要がある」

60 「人は探究の真っただ中で学習する」

65 「教えることは足場をかけることである」

72 「建設的な評価」 (ちなみに、評価についてはサブタイトルでも強調したように、極めて有益な評価に関する情報が各章で提供されています!)など、現在の教科指導で軽視ないし無視していることが、しっかり書かれています。

一例として、足場をかける点について、68ページの引用箇所をお読みください。


 この後は、「なので、教師におけるもっとも重要な責任は、生徒が学習するために必要な枠組みを提供することとなります」と続きます。ここでいう「継続的な相互作用」は、徒弟制度時代の「師匠と弟子」の関係をイメージするのが一番わかりやすいでしょう。これを実現している教え方としてhttp://projectbetterschool.blogspot.com/2015/03/blog-post.htmlがあります。(特に、表の下の情報をご覧ください!)

 

100 「鍵となる問いの重要性」のフォローアップとして、以下の4つを兼ね備えた問いであると示してくれています。

  話し合う価値のある問い。

  簡単に答えられなかったり、一つの答えでは回答できなかったりする問い。

  生徒が問いに答えようとするとき、調べることができる十分かつ適切な資料。

  「過去」に対する創意工夫のある導入

 

114 「行動を引き起こす」には、次のように書かれています。

 歴史を学ぶ目的を説明するように言われたとき、「歴史を知っていると、過去の過ちを繰り返さなくてすむ」と、アメリカ人の生徒がよく言います。しかし、歴史が今決断することにどのように役立つのかと尋ねられると、はっきり答えることができません。伝統的な歴史の指導は、ここでは役に立ちません。もし、歴史を扱うときに発揮されるエイジェンシー(主体者意識)と、個々の生徒が行っている市民的な取り組みとの関係について考えることができないなら、歴史を学ぶことの意義が満たされることはないでしょう。

 このこエイジェンシーについても、この本が各章で大切にしていることですし、「歴史」は他の社会科領域はもちろんのこと、他教科でも同じことが言えてしまいます。

 

354 大切にしているどころではなく、もっとも重視しているとさえ言えるかもしれません。「歴史的思考の大切な働きの一つは、個人と社会全体に利益をもたらす公共の利益のために、生徒が情報に基づき、かつ筋の通った決断を下せるようにすることです。個々人がそういう決断をしはじめると、彼らは簡単に操作されてしまうといった対象者ではなくなり、他者への敬意を示しながら、尊厳をもって自分の人生を切り開けるようになります。」


 最後に、読み聞かせについて一言。

183 文学は、生徒が歴史を意味づけるためには非常に効果的なものと言えます。しかし、残念なことに、読み聞かせに使われる絵本などの作品は、小学校低学年以降の教育においては使われなくなります。もしかすると、「読み聞かせ」は簡単すぎるものと感じてしまったり、目に見える成果に直結しないと思われているからかもしれません。しかし、ほぼすべての生徒は読み聞かせが大好きです。それがはじまると、ヴァルブエナ先生の教室には「やった!」とか「待っていました!」などの声が響きわたります(八年生の教室でも、読み聞かせをはじめると生徒の好意的な反応に驚くことがあります)。

 このことは、『だれもが科学者になれる!』の理科でも、すでに証明済みですから、ぜひ読み聞かせを有効に活用してください!

 

 

2021年4月11日日曜日

ルールを期待に置き換えよう

ウィズ・コロナ2年目の新年度がはじまりました。長かった職員会議、夢にふくらむ始業準備からようやく1週間を終えて、子どもたちとの出会いにほっとしたこの週末ではないでしょうか。それも束の間、来週から押し寄せてくる授業、クラスづくりなど、何から手をつけていいのか一抹の不安もあることでしょう。このPLC便りから少しでも具体的にやってみたいことを見つけ、元気になってもらえたら嬉しいです。

 

新学期、学校にはルールが何かと多いもの。公立校で勤務したとき新年度最初の職員会議で、管理職から事細かな指示にげんなりしてしまいました。 今でも「○○先生と呼び合いましょう」と、子ども同士だけではなく、教員同士の呼唱まで規定している学校もあるとききました★。ちょっとしたことかもしれませんが、次々と一方的に押し寄せてくる窮屈なルールに違和感を感じる方が多いはずです。

 

学校は何かと管理したがります。不安なときこそ些細なことまで管理します。何よりも、それが無自覚に行われていることに気付かずに、よかれと思って細かいルールを通達しているところが大きな問題です。コロナ禍における感染対策にしても、私たち教員からの現場の声や生徒たちの声が管理職や教育行政へどれほど届いているのか疑問もあります。

 

一律ルールを決めて、全員が同じ行動をすれば管理者は安心しますが、同時にルールの受け手は課題意識が削がれ、自分でものを考えようとしなくなります。このような教師や生徒を育ててしまっていないでしょうか? 若い教師こそが萎縮せずに声を挙げられる職員会議になっているのでしょうか? 学校運営から透けて見える管理する手っ取り早さは、また無自覚に各担任する学級づくりのモデルとして同じようにルールを決めようとしかねません。このようなぎちぎちのルール管理下で、教師も生徒もどうやって民主的な方法を学び(練習し)、世界を変えようとすることや自分にもその変えられる力(エイジェンシー)があることを実感できるのでしょうか?

 

ルールの持つ弊害をクリアしていくために、「ルール」を「期待」に置き換えてみませんかという提案です。今回は前回に引き続きネイサン・メイナード、ブラッド・ワインスタイン著『生徒指導をハック』の第4章[「ルール」を「期待」に置き換える]からの紹介です★。

 

教室に、些細なルールをつくろうとする問題点は何でしょうか? ルールは防ぎたい特定の行動群に焦点化するあまり、他の場面への運用や状況が変わった場合の対応が難しいところです。また、あらゆる時代に適応できるものでも決してありません。

 

“「授業中には水筒のお茶を絶対に飲んでいけない」と言うことを教えたいことでしょうか。それとも、集中して授業受けているときには邪魔にならないようにそっと飲むこと(他人を尊重すること)や、こぼさないように適切に扱う方法を身に付けてもらうこと(教室を安全で清潔な環境をたもつこと)が目標でしょうか。”(同書P.89より)

 

通常、ルールは行動規範を子どもたちに教えるだけで、多くの場合に特定のケースにしか適用できません。そこで「ルール」を「期待」に置き換えるのです。 

 

“生徒は何をしてはいけないのかではなく、どうすれば良いのかについて理解することが重要なのです。教師は、生徒の人生を豊かにすると言う目的に邁進すると同時に、その目的のために寄せる高い期待に生徒が到達できるように必要なツールを生徒自身が身に付けられるように支援しなければなりません。私たち教師が生徒に臨むこと、生徒同士がお互いに対して望むこと、生徒が自分自身に望む事について明らかにすることから始めるのです。これらは「ルール」ではなく、「期待」と考えることが重要となります。”(同書P.90〜91より)

 

「ルール」に比べると「期待」は幅広いように思えますが、より広い視野で考えることを可能にしてむしろ自由度を増し、柔軟な対応ができることになります。教室を理想的な状態にするにはどうすれば良いかについて全員で共有したいお互いに期待する行動リストをみんなで話し合って作成することから始めましょう。そして「期待」はすべての生徒に対して同じように掲げ、みんなで共有しましょう。

 

    クラス・ミーティングを行う

これまでに「安全で尊重されている」と感じたクラスや、学ぶ環境が整っていたクラスとはどのようなクラスだったかを振り返り、リストを作ります。そして次に、全く反対のタイプの教室や教師についても思い出してリスト化します。

 

    一歩引いて客観的に捉えてみる

リストを全体的に眺めてみると、居心地が良かったクラスでは細かいルールではなく、どのようにすれば良いのかと言う「期待」に支えられていたことに気づくはずです。先ほど作ったリストを参考にしながら、自分のクラスにおける「期待」を生徒と一緒に作りましょう。

 

    簡潔にする

全てを網羅し徹底して詳細なルールを羅列してリスト化する事はほぼ不可能です。「あなた自身を、みんなを、モノを大切にしましょう」といった簡潔で心のこもった「期待」に。

 

このリストは事前に生徒とその都度確認します。それでもトラブルは起こるもの。そのとき起こった具体的なエピソードと「期待」を照らし合わせながら振り返り、リストを実感あるものへと磨いていきます。特別な支援が必要な生徒への対応方法へのさらに詳しい対応は本書に載っていますので、参考にしてください。

 

私たち教師は日々の教室における生徒の行動がルールにかなっているかに目を奪われるあまり、前向きな文化交流に気を配ることを忘れがちとなっています。生徒にとって教室を素晴らしい場所にするために必要なのは、正しいルールではありません。そのために必要な事は、良い人間関係とお互いへの期待を共通理解することなのです。

 

期待、それは一人ひとりの願いです。

 

 

呼び名こそお互いの関係性です。それは第三者に決められることではなく、人との関係をつくっていくことからはじまるもの。

 

★★

PLC便り「コロナに負けるな! サークル(輪)になろう」2021314日(日)

http://projectbetterschool.blogspot.com/2021/03/blog-post_14.html

もう一つ、ルールではなく年度の最初に生徒たちに期待を明確に提示している実践があります。世界で最高の先生の賞を最初に受賞したナンシー・アトウェルのリーディングとライティング・ワークショップの実践です。詳しくは、92~104ページを参照ください。彼女の場合は、ルールも提供しています。2つのリストから両者の違いが考えられます!

 

 

2021年4月4日日曜日

ソーシャルメディア(SNS)は学校にとって脅威か福音か

文部科学省が「#教師のバトンプロジェクト」なるものを始めた。タイトルの最初にある#(ハッシュタグ)を見れば(分かる人には)分かる通り、Twitter上で進行するプロジェクトだ。★1

Twitterのページには、「現場で日々奮闘する現職の教師、教職を目指す方々の皆さんで、学校の働き方改革や新しい教育実践の事例、学校にまつわる日常を遠く離れた教師、ベテラン教師から若い教師に、現職の教師から教師を目指す方々に、学校の未来に向けてのバトンを繋ぐためのプロジェクトです。」とある。

文部科学省の公式ページによれば、このプロジェクトの狙いは、全国の学校現場の取組や、日々の教育活動における教師の思いを広く社会に周知すること。そして、教職を目指す若者の準備に役立てることのようだ。

内田良氏によると、Twitterは学校の働き方改革の「聖地」とも呼べる場所であり、教員の部活動負担の軽減や長い勤務時間や働く環境に対する不満や苦悩が吹き荒れていた空間であったという。★2 日々の苦悩を語り合うことで、カタルシスに似た効果を得るには最適の場所だったのだろう。

そのような場所に、文部科学省が進出を決断したことは、「大英断」と言っても良いと思う。

ソーシャルメディアの時代とは、個人一人ひとりが発信手段を持ち、拡散させることができる時代であると言われる。これをクレイ・シャーキーは「思考の余剰(Cognitive Surplus)」と呼んで、ソーシャルメディアが、いかにムーヴメントを起こし、人々を結集させたかを説いた。★3 多くの社会運動や革命と呼べるものがソーシャルメディアからの発信で起きている。

しかし、文部科学省がソーシャルメディアに手を出したことが「大英断」と映るのは、まだまだ我が国では、ソーシャルメディアに否定的なイメージをもつ人が圧倒的に多いからだろう。

これは無理もないことかもしれない。2019年にはネット上のいじめは、過去最多の1万7924件になったという。特に、中学校での多さが目立つ。この産経新聞の記事は「SNS(会員制交流サイト)の閉鎖性が認知のハードルとなっている」と述べている。★4

ソーシャルメディアを使えば、誰でも手軽に情報発信、情報拡散ができる。一般の人でもムーブメントの主役になることが可能なのだ。一方で、その閉鎖性、匿名性は、陰湿で、破壊的な人間関係を産んでしまう危険性ももっている。個人情報の流出、プライバシーや肖像権の侵害など、ネガティブな側面を見ればキリがないようにも見える。

近く発刊予定の『学校リーダーシップをハックする』では、「ツイッター、インスタグラム、フェイスブックのようなツールは、私たちが物語を語り、学校をブランド化する大きな可能性をもっています。テクノロジーの力を借りれば、学校の物語は学校の壁を超えて、コミュニティー内外の健全な関係を加速するでしょう。」と述べ、ソーシャルメディアの可能性に期待している。

私たちは、どちらに舵を切れば良いのだろうか。

勇気をもって一歩踏み出してみてはどうだろうか。学校で起きた素敵なことや、素晴らしい行いをした子どもたちや先生、感動をよぶエピソード。ほんの小さな話でもいい。

学校が、積極的に情報を開示し、透明性を高めることは、コミュニティーの信頼を生み、コミュニティーと真のパートナーになれる可能性を生む。学校は、閉じられた、お堅い、時代遅れの場所ではないことを、声を大にして言おう。学校のファンを増やすのだ。学校の周りに構築してきた、古臭い壁を取り除こう。何とも魅力的なことではないか。

学校(学校文化)が劇的に変わるきっかけになるかもしれない。


★1 教師のバトンプロジェクト
https://twitter.com/teachers_baton
https://mext-teachers-gov.note.jp
https://www.mext.go.jp/mext_01301.html


★2 内田良「文科省「#教師のバトン」プロジェクトに非難殺到」
https://news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20210329-00229752/

★3 クレイ・シャーキー 「思考の余剰が世界を変える」
https://www.ted.com/talks/clay_shirky_how_cognitive_surplus_will_change_the_world?language=ja

★4 産経新聞「ネットいじめも過去最多 閉鎖的なSNS、認知難しく 文科省調査」
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2010/23/news060.html