2021年6月26日土曜日

問いと民主主義

以前このブログで『文部省著作教科書 民主主義』を紹介したことがありました。

最近このタイトルを久しぶりに目にする機会がありました。

それは、今月10日に発行された『プリンス』(真山仁・PHP研究所)という小説の中です。真山さんは新聞記者を経て作家になった人で、2004年に『ハゲタカ』でデビューしました。大森南朋さん主演でドラマ化されたので、ご覧になった方も多いと思います。その真山さんの最新作が、「アジア最後のフロンティア」というメコン国という架空の国を舞台に描かれたこの小説です。「ラストフロンティア」という文言を聞くと、モデルはあの国だろうと見当はつくかと思います。この本の帯には次のように書かれています。 

「軍事政権下の東南アジアの国・メコンから日本に留学したピーター・オハラは、大学での政治活動に情熱を注ぐ犬養渉と知り合う。祖国メコンを民主化するため、父・ジミーが大統領選に出馬することを知ったピーターは、父の選挙を応援するため、渉とともに帰国する。一方、人々の期待を一身に背負い、ジミーが帰国するが-------- 

 この本の各章の扉に、実は『文部省著作教科書 民主主義』からの引用があるのです。

 たとえば、第2章『狙撃』には次のような文言が引用されています。

「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。民主主義の根本は、もっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である。」

 この本の舞台となっている途上国と先進国の関係は、かつての宗主国と植民地の関係をそのまま引きずり、支配・被支配の関係が長年続いているとも言えます。特にアフリカではそれが顕著であると言えるでしょう。今日のアフリカの飢餓問題などはすべてそのあたりに根っこのある問題です。

 それにしても、「民主主義」を大切にしていくには、多くの努力が必要なことがわかります。特に教育におけるそれが重要なことは明らかです。そのためには、『たった一つを変えるだけ』(新評論2015)が一つ重要な手掛かりを提供してくれます。その「おわりに」にこう書かれています。(274-275ページ)

      どの学校のどのクラスでも、すべての生徒に質問ができるように教えることで、教育を改善することが今日からでもできる。

      生徒たちに質問ができるように教える教師は、より高い満足とより良い結果が得られる。

      自ら質問することをすべての生徒に教えることで、広い見識をもった市民と、市民中心で、力強く、より活気のある民主的な社会をつくり出すことができる。

 このあたりを手掛かりに、日々の実践を積み上げていきたいものです。

 

 

2021年6月20日日曜日

学校のマインドセットを変える

初めて教壇に立った日のことを覚えていますか。少し高揚した気分を胸に、校門をくぐった日のことです。これから起きるであろう、少年や少女たちとの様々なエピソードに胸をときめかせていました。彼ら彼女らの成長を見つめ、一緒に歩めることに、心躍らせていたのです。

しかし、そのような思いが打ち砕かれるのに時間はかかりませんでした。私が最初に赴任した学校は、いわゆる指導困難校と言われているところでした。「この子たちには無理。。。」「厳しい親の家庭が多からね。。。」「教師も楽をすることしか考えたないし。」とにかく、ネガティブな発言のオンパレード。多くの教員は年齢に関わらず、面倒な仕事から逃れようとしていました。仕事の押し付け合いの対立など日常茶飯事。

指導困難な学校でなくても、学校というところは、ネガティブな思考に陥りがちな傾向があるようです。『学校リーダーシップをハックする』★には、アメリカの学校の様子が具体的に描かれていますが、学校の一つの大きな問題として、教師がネガティブ思考に陥りがちであることをあげています。しかも、一章すべてを、このネガティブ思考の問題に充てているのです。この章の書き出しは「全国の教師たちと関われば関わるほど、彼らがネガティブ思考にどっぷり浸かっていることを実感します。」です。

教師や学校がネガティブ思考に陥ることは、悲劇的とも言える状況をもたらします。教室で、教師は、子どもたちの可能性を否定し、子どもたちの質の高い学びを奪ってしまうのです。教師や学校が、問題点や欠点にのみ目を向けると、子どもたちの可能性の芽は摘まれてしまいます。

では、学校リーダーは、どうすれば、学校からネガティブ思考を追い出すことができるのでしょうか。先にあげた『学校リーダーシップをハックする』の提案を見てみましょう。

ステップ1 子どもがもつ潜在力に着目する。

課題や問題点を指摘することから、強みに焦点をあてることにシフトする。しかも、教員個人ではなく、組織としてこの取組を進めること。また、その際、生得的な知能や能力ではなく、生徒が実際に起こした行動やプロセスに焦点をあてることの重要性も強調されています。

ステップ2 学校リーダーがモデルを示し続ける。

教師であれ、生徒であれ、リーダーが、その強みを発見し、それを認める姿勢を示すこと。そうすることで、職場全体のマインドセットが、優れた実践を探り、生み出そうとする協力的なものになっていく。

 ステップ3 難易度の高い学びにチャレンジさせる。

ものすごくシンプルなことですが、子どもも、大人も、ダメなことを指摘されて学ぶよりも、褒められて学びたいはずです。自分が学習者だったときのことを心情を思い出しましょう。そして、子どもたちを質の高い学びに導いていきましょう。

ステップ4 生徒たちに多様な学びの機会を与える。

生徒たちの能力は多様です。★★すべての生徒がその能力を伸ばすことができるように、「主要五教科」と言われるもの以外も大切にしましょう。入試に出ることだけが学びのゴールではありません。狭い世界に子どもたちを閉じ込めるのではなく、広い分野での学びを紹介することで、子どもたちにポジティブなマインドセットを育んでいきたいものです。

ステップ5 学校で起こっている秀逸なことを祝福する。

この本で繰り返しでてくる提案です。日本の学校は特に弱い部分と言えるかもしれません。秀逸な取り組みを発掘し、それらを高く評価するだけでなく、コミュニティー全体にまで広げましょう。地域の皆さんはきっと学校のファン、そして、心強いサポーターになってくれるはずです。

この章の結びには、「子どもたちが安心して、しかも夢中になって学べる教室こそが、イノベーションの土台となるのです。失敗を恐れず、再挑戦ができる場所です。子どもたちができないことではなく、できることに焦点が当たる教室です。」とあります。

問題点や課題を、新しい学びや成長のチャンスであるととらえなおす。ポジティブなマインドセットに変えること。まずはそこから、学校イノベーションを始めましょう。★★★


★近日発刊予定 『学校リーダーシップをハックする』第10章(ハック10 マインドセットを変える ―ネガティブ思考を葬り去る)

★★ 人の能力の多様性については、『マルチ能力が育む子どもの生きる力』を参照ください。

★★★ このテーマに特化した本が『教育のプロがすすめるイノベーション』です。


2021年6月13日日曜日

声をあげる 大阪市立木川南小学校の久保敬校長「提言書」より

 先月、大阪市立木川南小学校の久保敬校長が、市の教育行政への「提言書」を松井一郎市長に実名で送りました。それは、4月の緊急事態宣言期間中は市立小・中学校の授業をオンラインで実施する考えを示したことへ批判してのこと。一律オンライン授業の実施により、環境が整っていない家庭や学校現場から悲鳴の声が聞こえています。久保校長は、この時期に実名で提言書を出し、教育行政に声をあげました。多くの先生は「よくぞ言ってくれた」と勇気をもらったのではないでしょうか。あらためてここに紹介し、声を上げることの大切さについて考えてみます。

 

2021年5月20日の朝日新聞デジタルにその提言書全文が載っています★。提言書には「豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために」とあり、子どもたちが豊かな未来に向けて、公教育は今、一体どうあるべきか真剣に考えるときだと訴えられています。

 

学校は、グローバル経済を支える人材という「商品」を作り出す工場と化している。そこでは、子どもたちは、テストの点によって選別される「競争」に晒(さら)される。そして、教職員は、子どもの成長にかかわる教育の本質に根ざした働きができず、喜びのない何のためかわからないような仕事に追われ、疲弊していく。さらには、やりがいや使命感を奪われ、働くことへの意欲さえ失いつつある。

 

この「何のためかわからないような仕事」に追われている教員の本音を代弁してもらえたのではないでしょうか。そして、評価のための評価、効果検証のための報告書やアンケート、目標管理シートによる人事評価、GIGAスクール構想への懸念、全国学力学習状況調査もいらないなど、持続可能な学校にするためには、本当に大切な事だけを行う必要があり、特別な事業はいらないと言います。学力調査に関して言えば、そのような調査がなくたって毎日、一緒に学習していればわかる話であり、現状をこの地球規模の危機を乗り越えるために必要な力は、学力経年調査の平均点を1点あげることとは無関係であると見事に反駁しています。そして、これらのことが 結局、子どもの安全・安心も学ぶ権利もどちらも保障されない状況をつくり出していることに、胸をかきむしられる思いである。と、声をあげました。

 

本当に子どもの幸せな成長を願って、子どもの人権を尊重し「最善の利益」を考えた社会ではないことが、コロナ禍になってはっきりと可視化されてきたと言えるのではないだろうか。社会の課題のしわ寄せが、どんどん子どもや学校に襲いかかっている。

 

子どもたちと一緒に学んだり、遊んだりする時間を楽しみたい。子どもたちに直接かかわる仕事がしたいのだ。子どもたちに働きかけた結果は、数値による効果検証などではなく、子どもの反応として、直接肌で感じたいのだ。1点・2点を追い求めるのではなく、子どもたちの5年先、10年先を見据えて、今という時間を共に過ごしたいのだ。テストの点数というエビデンスはそれほど正しいものなのか。

 

これは、子どもの問題ではなく、まさしく大人の問題であり、政治的権力を持つ立場にある人にはその大きな責任が課せられているのではないだろうか。

 

コロナによって、図らずも日本が抱える縦割り行政の問題の一端が浮き彫りとなり、学校現場では様々な不満や「もっとこうしてほしい、こうしたい」といった願いがいろいろ出てきました。今回のように公立学校の一校長が役職と実名をもって声をあげることの賛否はあるかもしれません。しかし、その役職と実名をもって提言したからこそ、その影響があったことは事実です。こと学校教育に関しては、匿名性の高いSNSではこういうことは起こりません。自分で声をあげること、そしてそれを真摯に聴こうとすること、これは民主的な社会において最も基本とされる一つです。子どもたちの声を、そして子どもの学習や遊ぶ権利が学校の中で、どれほど尊重されているのでしょうか。

 

実名で公表されたため木川南小の学校名は一気に知名度があがり、保護者の中には不安に思う方もいるかもしれません。けれども、以下のようなメッセージも届いていることもまた事実です。

 

お名前や役職を公表して意見を述べられたことは、子どもたちに正々堂々とおかしいことはおかしいと、声をあげてもよいと、子どもたちに行動で見せて、大切なことを教えてくださいました。この木川南小学校で我が子が学べることに感謝し、誇りに思います。” 

大阪市立木川南小学校HPより★★

 

一方で、提言に対し大阪市長の松井一郎氏は、以下のようなコメントを残しました。

 

「僕とは考え方が違う」とした上で「校長だけど現場がわかってない」「ルール違反ならやめてもらわな」などと批判し 〜 松井氏は、久保校長の書面が教育振興基本計画を否定しているとして「公務員には職務専念義務がある。ルールに従えないというような表現をされたので職務専念義務違反だ」と主張。 〜 「ルールを守るのは当たり前。学校でルールを守れって教育してるんじゃないの。そのルールが自分と違っても決まったルールは守る。当たり前のことだ」と強調した。

Yahoo!ニュースより★★★

 

この一件からみなさんは何を感じ、考えましたか? よかったら教えてください。★★★★

 

朝日新聞デジタル「大阪市立木川南小学校・久保校長の「提言」全文

https://www.asahi.com/articles/ASP5N6KWMP5NPTIL00R.html

私の働く私立校においても、この全文は職員会議で全職員に配られ「今、大切なことだから読んでおいてほしい」と紹介されました。

 

★★

大阪市立木川南小学校HP  

http://swa.city-osaka.ed.jp/swas/index.php?id=e641402

 

★★★

Yahoo!ニュース

松井大阪市長 法曹関係者らの声明に不快感「処分すると一言も言ってない」オンライン授業巡り

https://news.yahoo.co.jp/articles/6e368cc55789c534e80da592cdefa72775455092

 

 

★★★★

著:デイヴィッド・ブース、訳:飯村寧史・吉田新一郎『私にも言いたいことがあります! 生徒の「声」をいかす授業づくり』新評論

https://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1175-2.html

この本の子どもたちの小さな声を大切にする実践群、とても参考になりました。子ども時代にこそ、声をあげ、聴いてもらえる経験を積むことが、よりよい民主的な社会を築くその一歩。大人はそのモデルとしてありたいものです。

 

 

2021年6月4日金曜日

教師の「希望」を実現する教え方・学び方

「なぜ私たちの州には『州の昆虫』がないのですか?」


第2章に示されているPBL(プロジェクト学習)の展開として紹介されている学習のスタート地点が、この生徒の発言です。

この生徒の疑問から、州のシンボルの意味や昆虫の生息地、絶滅危惧種とは何か、それを決める存在である議会とは何か、州議会への働きかけ・・・というように、生徒がさまざまな学びを展開する。これがPBLの醍醐味です。


 しかし、「PBL」と言われても、横文字の名前の学習はとっつきにくい人も多いのだろうと思います(昨年度、当時のゼミ生に「PLB!」と言われて、私はポカーンとしてしまいました…)。でも、そう特別なものでもないように思います。


帯文にもある、教員にPBLを展開していくための問いである「あなたが教職を志した理由は何ですか?」という文言。

おそらくほとんどの人が、「生徒に◯◯を考えて欲しい!」と思って教職を志したのではないでしょうか。そしてそれは、一つの教科の枠にはおさまらないほど、壮大なことだったのではないでしょうか。今思えば、恥ずかしいところもあるかもしれませんが(私は「ラブ&ピース」を考えてほしいなどと本気で思っていました。お恥ずかしい…)、そんな「希望」を持っていたことでしょう。きっと、それが生徒たちにとって、「学ぶ意味を感じられるもの」となるはずだと信じて。


ただ、私も、そして皆さんの多くも、大学で教員養成の道を歩み始めてから今まで、教科という枠を大切にしてきて育ち、主に中学校・高校ではその枠で採用され、そして教科書に過度に縛られすぎるなどの現実に向き合い…こうして私たちは、その「希望」を一旦棚上げしたり、もしかすると視野も狭くなったりしてしまっているかもしれません。


「カリキュラム・マネジメント」、「教科横断」、「探究」…このようなことばをキーワードとして、これからの時代の学習のあり方の議論がなされている今なら…。そんな「希望」を形にすることも「よい取り組み」だと見なされるのではないかと思います。世のなかが後押ししてくれているのも同然です。自分が本来もっていたその「希望」を実現できるはずです。その方法がPBLだと言えるでしょう。


もちろん、「先生の想い100%」で突っ走るだけではいけません。学習として成立するために考慮すべき、さまざまなポイントもあります。そこで、本書で扱われている内容が役に立つのです。本書は、その先生の「想い」を見据えつつ、学習者が駆動させる学びの設計をサポートしてくれます。

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  以上は、『プロジェクト学習とは』の訳者の池田匡史さん(兵庫教育大学大学院)が書いてくれた紹介文でした。


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