2020年5月31日日曜日

語彙の新しい学び方

 最近、知人が新たに学習塾を立ち上げようとしています。私は時々ボランティアとしてお手伝いをしていますが、その塾のスタイルはある会社が制作した学習コンテンツ(小学校から高校まで)を子どもたちにWeb上で学ばせるというものです。
 もちろん基本は塾に通う「通塾スタイル」なのですが、今の感染症対策から自宅でのオンライン学習も認めるようです。感染症対策のなかで、学習塾もしばらく自粛の対象となり、対面授業は中止しているところが多かったので、このオンラインスタイルは需要が結構多いようです。もちろん子どもだけに任せていては、なかなか目標を達成することは難しいので、途中の進行管理は必須です。学び方の多様性については、このブログでもいろいろと取り上げてきましたが、これからは学校の授業もそうですが、このような様々な学びのスタイルがあっていいように思います。
各分野の学びのなかで、「語彙」を学ぶことは基本の一つです。前回も紹介した『教科書をハックする』(新評論/2020)にも、いかに子どもたちに語彙学習を楽しく進めさせるかという章があります。(3101ページから138ページ)
そのなかのある節「よい教科書の語彙の使い方」には、次のような一節があります。

 もし、あなたが使っている教科書が複雑すぎて、あなたでさえ二回読まなければ分からないような定義を載せていたり、新しく登場する難しい言葉に説明がなかったり、「たとえ」が提供されていなかったりする場合は、可能ならば教科書を換えるか、補足的な資料をもとにして授業を展開することをおすすめします。理想的と言えるものは、以下のような方法で新出語彙にアプローチしている教科書です。

・語彙を予習し、生徒の予備知識とつなげている。
・生徒になじみやすく語彙を定義している。
・語彙がどのように使われるかという例を載せている。
・章のなかで、違った形で語彙を使っている例を数回以上載せている。

実際問題として、教科書を変更することはできないと思いますので、上記の例にあるような形で補足資料を使いながら、子どもたちが語彙を学ぶことをサポートしたいものです。この語彙の定着には、ある程度のドリルが必要な場合もあると思いますが、そこは今まで以上にICTの力を借りてもいいと思います。これまでの紙ベースの教科書と異なり、ディジタル教科書では、重要な語彙や新出語彙について、子どもたちの理解を助ける機能が付いているので、こうした機能の利用も進めたいものです。

さきほどの『教科書をハックする』には、次のような一文もあります。(116ページ)

予備知識は、生徒が内容に関連した新たな情報をどれだけ学べるかを示す重要な指標となります。同様に、生徒たちが語彙に関連した予備知識と結び付けられるとき、彼らはその言葉の意味をよく理解し、より容易に文章を把握することができます。

この後に、具体的な指導方法として「語彙をごちゃ混ぜにする」「質問カード」「語彙知識を精巧化するためのモデル」などが紹介されています。興味のある方はぜひこの本をお読みください。

話は変わりますが、「Monoxer」というアプリがあります。「モノグサ」(ネーミングも面白い)と呼ぶらしいですが、これはアップルでもアンドロイドでも両方用意されているようです。個人でアプリをダウンロードしてスマホなどで使う分には無料で使えます。(もちろん課金されるコンテンツも含まれています。)このアプリの特長は、自分が覚えたい語彙などをその説明とその語彙を入力するだけで、選択肢のある問題などをAI機能の利用によって、そのアプリが自動で作成してくれるところにあります。しかも、語彙の定着度を自動判定してくれる機能までついています。

中学校では、中間テスト、期末テストを実施している学校が多いと思いますが、その定期試験対策としても使えます。試験範囲の英単語や歴史の年号、元素記号や新出漢字など、覚えなければならない語彙はたくさんあります。その定着のためのアプリとしてこんなに便利なものはないでしょう。こういうイノベーションはどんどん取り入れるべきです。そして、こうして学んだ語彙を使って、探究の学びの範囲をもっと大幅に広げることができるでしょう。

2020年5月24日日曜日

オンライン授業でのコミュニティーのつくり方 by ケイトリン・クラウス


 自分の授業をオンライン中心にシフトしたのは、10年前です(今回のコロナ・パンデミックのはるか前です!)。従来の対面式の授業をしていた時よりも、はるかに柔軟で、クリエイティブになる必要がありました(同じマインドセットでは、ダメだということです!)。生徒とのつながりを、あらゆる手段を利用してつくり出しました。Padletの前身のTitanPadを愛用しました。他に使ったのは、ブログ、一対一での反応、生徒のジャーナル、ディベート、そして質問づくりなどです。

 私は、成績を出すことから、口頭でのフィードバック、話し合い、振り返りをベースにした自己評価に転換しました(この点については、『成績をハックする』が参考になります。成績を出すことから解放されると、授業の仕方はもちろん、生徒との関係も変わります!)。その結果、生徒たちの学びは開花しました。それは、ICTによるものではありませんでした。それは、学びのコミュニティーができあがり、生徒たちが相互にケアし合ったからです。
 以下に、その強固なコミュニティーをつくり出し、それを維持するための5つの方法を紹介します。

1.まずは自分のベルトをしっかり締める★
 私は教師が自分を大切にすることを、長いリストの最後にされているのをたくさん見てきました。でも、それが最も大切なので、最初に挙げました。学びは量ではなく、質が大事です。瞑想も、振り返りも、マインドルな呼吸でも何でもいいですが、自分を取り戻すことを最優先してください。この点については、『校長先生という仕事』の中で校長に求められるリーダーシップの枠組みを6つに整理し、その中の一つが「自分を大切にする」で紹介していますので、ぜひ参考にしてください。クラス単位では、すべての教師も間違いなくリーダーですから。残りの5つも役立ちます!)

2.つながりを築く活動をする
 あなたが強調すべきは、内容ではなく、つながりです。関係と信頼さえ築ければ、あとはすべて付いて来るとさえ言えるぐらいです(逆に、これらがなければ、すべては難しくなります!)。
 オンラインでの授業のときも、アイスブレーキングが大切です。(いくつか紹介しますが、ご自分の持ち駒の中から、いいと思ったものや、ここで紹介しているバリエーションを考えてやってください。)

3.全員に役割を与える!
 オンラインでの授業は、各生徒が情報を受け取る時間は必ずしも同じではありません。生徒たちは、自分の都合のいい時(やりたい時)に、やりたいペースで、やりたいだけやれることを意味します。
 考えられる役割としては、「語彙(言葉)博士」「参考文献博士」「キューレーター(集めた情報を評価判断して、発信する人)」「マインドマッパー(集めたものや学んだことを整理するための図化する役)」などです。(これによって、単に情報を受け取るだけでなく、発信することや貢献することを意識しはじめます。情報を受け取るだけだと、すぐにわかった気になれますが、それを発信するとなると、自分が本当は理解していないことに気づかれた方は多いと思います!)

4.質問を大事にする
 多くの場合、質問は答えよりも大切です(その方が、記憶にも残ります!)。オンライン・スペースでは、たくさんの質問、探究、研究、発見が起こる可能性が、対面式よりもはるかに大きいです(オンラインの方が、自分で考えたり、振り返ったり、思いを膨らませたりする時間が多いので、対面の場合よりも、はるかに好奇心を表に出しやすいからです。いま『Cultivating Curiosity(好奇心に満ちた授業のつくり方)仮題』を翻訳中ですので、お楽しみに)!
 もちろん、教師の役割も、これらを促進するように、問いかけをモデルで示します!

5.話すことよりも、聴くことに焦点を当てる
 対面式の授業では、教師は生徒たちの言うことを聞くことよりも、自分が話す方に焦点を当てていました。しかし、オンラインの場合は、その転換が可能です。だからといって、慣れていないことがすぐにできるようになるわけではありません★★。意識して生徒たちの言いたいことに耳を傾ける努力が必要です。(聴くことに関しては、『好奇心のパワー』がおすすめの本です。)
 ここでも効果的なのは、各生徒のブログとジャーナルおよび一対一でのやり取り(=カンファランス)です。



★これは、飛行機に乗った時、子どものシートベルトよりも、親のシートベルトや酸素マスクを先に付けるように指導されることから来ています。


2020年5月17日日曜日

オンラインでの授業のやり方のコツ

もともとのタイトルは「効果的なオンライン動画のつくり方」ですが、最近増えている高校や大学でのオンライン授業でも同じです。
またそれは、コロナウィルスの時にだけ効果的なのではありません! 平常時に、授業をする際の講義の仕方でも同じです。というか、ライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップ(WW&RW)のミニ・レッスンと同じことになります!

何よりのメリットは、生徒一人ひとりのペースで学ぶことを可能にします。
と同時に、個々の生徒をサポートする時間を教師に提供します。(まさに、WW&RWと同じです! だから、WWRWは効果的なのです。通常の授業には、それがありません。)

しかし、いくつかのポイントを間違えてしまうと、効果的に使えません。
主な間違いは・・・
・動画が長すぎる
・分かりにくい
・人を引き付けない(魅力がない/興味をそそらない)
(これらの間違いは、通常の授業で行われている講義と同じと言えないでしょうか!?)

以上の間違いを犯さないための、5つの秘訣を紹介します。

秘訣1・動画は短く。
 6~9分ぐらいで、生徒の集中は切れていきます。
 これは、ライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップのミニ・レッスンを原則5~10分で行うことからも分かります。
 また、私は30年前には人権教育に入れ込んでいたのですが、私のオーストラリア人の師匠は、「15分以上、一人が一方的に話すことは人権侵害だ」と言い切っていました。それを知って以降、私は講演形式の研修ができなくなりました。みなさんも、授業や動画で人権侵害を侵すことはやめましょう!

 生徒たちが飽きてしまう(内容を受け入れられなくなる)のを避けるために、短く分割すればいいのです。

秘訣2・文字を画面で使うときは、短く、はっきりと。
 パワポのプレゼンでも同じですが、文字が画面いっぱいに出続けると、見ている/聞いている気がしなくなります。プレゼンをしている当人にとっては、明らかなことでも、見ている/聞いている側にとっては、新しいことが多いので、一度に受け入れられる量をはるかに超えてしまっているのです。
 文字の大きさや色を変えたり、矢印等のサインを使ったり、さらには、図表を使ったりして、重要なコンセプト(概念)を強調するようにしましょう。逆に言えば、情報や事実は少なめにするということです。

秘訣3・アクティブ・ラーニングを促す。
 ただ、見たり/聞いたりしているだけでなく、という意味です。単に受動的に聞いているだけでは、学べる量は限られています。動画を通じて、自分で考えたり、メモを取ったりするように仕向けます。
 頻繁に、理解している度合いを確認できるように、問いかけやクイズをするのは効果的です。

秘訣4・スキャンできるようにする。
 動画を、章立てにすることで、生徒は見直す際に、すぐに見つけ出せます。(この生徒の自主的な見直し機能を最大限に活用することが、動画の最大の武器と言えるでしょう!)

秘訣5・自分自身を出す。
 生徒はビデオが、本物(自分に語りかけられたもの)と思えるとより打ち込んで聞け/見られます。そのためには、変に自分を装ったりせずに、普通に(打ち解けた口調で)しかも励ますように話しかけます。(これは、リアルに対面で話すときも大事なことです! できていますか?)




2020年5月10日日曜日

遊びが宿題に欠かせないわけ


緊急事態宣言の延長が決まり、さらにもう一月。休校はこれで3ヶ月目に入ろうとしています。その間の学習について、3月は年度のまとめ学習でなんとかしのぎ、4月はこれまでの復習プリント送付。焦り始めた学校がオンライン授業に乗り出しました。そして、5月。このまま中途半端な宿題の課題を推し進めることはできず、いよいよ文科省も新年度の教科書を使った家庭学習を推奨し始めました

現状ではオンライン授業や宿題を一方的に送らざるを得ません。家庭の様子や子どもたちの学びの様子をキャッチしたくとも、その手段がありません。あったとしても、職員室にある電話2台と事務室の電話1台で計3台を全学年で利用する惨状。このような状態では、子どもの気持ちを引き取りながら、何のために子どもたちはその学習をするのか、大切なことが抜け落ちてしまっています。

子どもたちにとって、この時期だからこそ、本当に必要な学びとは一体何なのでしょうか? この休校中の課題は、全員が同じ宿題(教科書の自学)をやるべきなのでしょうか? 休校が続く中では、宿題を使って子どもの生活を全て学校が管理しようとしがちです。今、やることは、新学習指導要領の教科書をカバーすることだけではありません。子どもにとって本当に意味のある宿題を提案し、よりよく成長できるようにすることです。子どもらしく育つことを保障してあげることです。子どもの不安を、学びを通して癒やしてあげることです。

最近の取り組みをふりかえって、学校から出されている宿題について考えてみましょう。『遊びが学びに欠かせないわけ 自立した学び手を育てる』★★の巻末に、おもしろいエキササイズがありました。紙と鉛筆を用意して、今の学校から出されている宿題をイメージしてみて、ぜひやってみてください。

“「遊び、学び、勉強の3つのサークル(輪)を描き、それらの大きさや相互関係を図で示してください。」ピーター・グレイ著・吉田新一郎訳『遊びが学びに欠かせないわけ 自立した学び手を育てる』P.313

このイラストは16年以上前の中学生のものです。今と比べてみると、よくなっていますか? 理想から遠いものとなっていませんか? きっと、驚くほど「遊び」が抜け落ちてしまっているのではないでしょうか。「子どもたちのために」と思って出される宿題。ここは少しこらえてみて、バランスをとってみませんか。ここでの「学び」は子どもたちが自発的に取り組むもの、「勉強」は一方的にやらされているもの、では子どもにとって「遊び」とはなんでしょうか? 遊びには人を育てるパワーがあります。子どもの遊びを保障し、家庭学習に遊びを推奨していくことです。

遊びには、以下のようなものがあります。

1.遊びは、自己選択的で、自主的である。
2.遊びは、結果よりもその過程が大事にされる活動である。
3.遊びの形や規則は、物理的に制約を受けるのではなく、参加者のアイディアとして生まれ出るものである。
4.遊びは想像的で、文字通りにするのではなく、「本当の」ないし「真面目な」生活とはいくらか意識的に解放されたところで行われるものである。
5.遊びは、能動的で、注意を怠らず、しかもストレスのない状態で行われるものである。
ピーター・グレイ著・吉田新一郎訳『遊びが学びに欠かせないわけ 自立した学び手を育てる』P183より

今こそ、この子どもたちの自己選択的で、自主的な遊びを宿題の中に入れるときです。ドリル学習のみの宿題はもってのほか。このことについては、先月のPLC便りで紹介した「創造的休暇」にその例が挙げられています。★★

いくつかの方法がとても効果的です。あらためて遊びの具体例として挙げてみます。

遊びの宿題例
    自分が学びたいと思っていることに好奇心に夢中になろう。
    動画、歌、美術作品、ツリーハウス、車の改造、アニメや漫画、衣服、料理レシピ、豪華な食事やデザートなど、好きなものをものづくりしよう。
    自然の中で観察記録をしよう。観察する植物を決めて、毎日、最低でも20分からその場所で観察します。見たこと、聞いたこと、感じたこと、嗅いだことなど、観察したことを日記に書いてみよう。

他にも『宿題をハックする』には、遊びを学びに関連付ける例として、遊びをベースにした学校外での活動を子どもにリストアップしてもらう実践も紹介されています。★★★★ 子どもたちに課さなければならない宿題があることは重々承知です。「つまんなーい」と声が聞こえてきそうな宿題に別れを告げ、子どもたちが好奇心を発揮して学習に夢中になるような、遊び宿題を開発してみませんか? 

「遊びこそ、学びの理想型です」アルベルト・アインシュタイン

子どもたちは、遊びと学習、社会性、感情面、身体面の成長を関連付けながら成長し
ます。遊びは宿題に欠かせません。ぜひ、この休校中の遊び宿題の取り組みで、よかったことがあったらメールで pro.workshop@gmail.comまでお知らせください。



    新型コロナウイルス感染症対策のための臨時休業等に伴い 学校に登校できない児童生徒の学習指導について(通知)
<家庭学習の内容の例
    教育委員会や学校作成のプリントを活用した学習 ・NHK Eテレ等のテレビ放送を活用した学習
    委員会や教科書発行者などの民間事業者等かが提供する ICT 教材や動画を活用した学習
    文部科学省ホームページ「子供の学び応援サイト」1に掲載されている教材や動 画等を活用した学習
    パソコンやタブレット端末等による個別学習かが可能なシステムを活用した学習
    一定のテーマについてインターネットを活用して調べまとめる学習
    テレビ会議システム等を活用した教師による同時双方向型のオンライン指導を通じた学習

★★ ピーター・グレイ著・吉田新一郎訳遊びが学びに欠かせないわけ 自立した学び手を育てる』新評論 P.313


★★★ オンライン学習だけがすべてじゃない! 子どもに創造的休暇を!

★★★★ スター・サックシュタイン+コニー・ハミルトン著 高瀬裕人・吉田新一郎訳『宿題をハックする』新評論 P.114参照

2020年5月3日日曜日

新型コロナ対策とデザイン思考

 『だれもが科学者になれる!』のメインの訳者である門倉正美さんが、いま興味をもっているという「デザイン思考」についてのタイミングのいい寄稿をしてくれたので紹介します。

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 新型コロナ蔓延による緊急事態宣言の下、教育現場では一斉休校やオンライン授業への対応にせまられ、たいへんなことと思います。
新型コロナ感染防止のための政府の対応は全般的ににぶく、後手後手にまわってしまっている感じをいなめません。テレビや新聞でひんぱんかつ大量に流される新型コロナ関係のニュースに接するたびに、やきもきしている方が、私を含めて多いのではないでしょうか。

しかし、考えようによっては、政府や地方自治体による新型コロナ対策のさまざまな局面は、問題発見解決学習やプロジェクト学習の課題として応用できるものが多いようです。これまでに提示された「問題」を思いつくままに列挙してみます。

1.大型クルーズ船で新型コロナ感染者が出た場合、船内の感染をどのように防止するか。また、感染を船外に拡散しないためにはどのようにしたらいいのか。
2PCR検査の実施可能量が限られている場合、だれをどのように検査したらいいか。検査結果が陽性だった感染者をどのように隔離したらいいか。
3.医療崩壊を引き起こさないようにしつつ、PCR検査体制を拡充するにはどうしたらいいか。
4.マスクや防護服などの医療必需品をどのように確保したらいいか。
5.一斉休校と、それにともなう諸問題にどのように対応したらいいか。
6.店舗や企業などの休業補償、従業員、アルバイトなどの給与補償をどのようにしたらいいか。

こうしたさまざまな大問題が次々と表面化してくるのに対して、政府の対応はあまりに場当たり的です。対策を決定するプロセスに、近年日本のビジネス界で積極的に採り入れられつつある「デザイン思考」1的な発想や手法が適用されていたら、もう少しましな方策が実施されていたのではないか、などと思ってしまいます。

デザイン思考は一言でいうと、製品やプロジェクトを開発・立案するデザイナーの発想と手法をさしています。その思考プロセスのキーワードは、「共感→問題設定→アイディア出し→プロトタイプ(試作品)→テスト」です。悪評高いアベノマスク2のプロジェクトをデザイン思考で振り返ってみましょう。

第一に、アベノマスクでは「共感」のプロセスが全く見受けられません。この場合、「共感」とは配布されるマスクを使う人の身になって、マスクの意味を考えることを表しています。次に「設定」されている「問題」は、「マスク不足への国民の不安を解消させる」ということでしょう。「アイディア出し」は、「洗えば何回も使える布マスクを全国民に配布する」、「日本郵便を使ってすべての郵便受けに投函する」というものです。どういう布マスクを作ればもっともユーザーに喜ばれるかという「試作品→テスト」のプロセスが行われた形跡は、できあがったもの(サイズや密閉性の度合い)を見る限り見あたりません。

デザイン思考では、「共感」の段階を重視します。マスクの場合、新型コロナ感染対策として、マスクはそもそもどのような機能を果たしているのか。マスクが市場に不足しているのはなぜなのか。国民一般はどれだけマスク不足に悩まされているのか。布マスクにはどのようなメリット、デメリットがあるのか等々、ユーザーである国民の身になって調査したりインタビューしたりすることは山ほどありそうです。

プロセスの各段階ですべきことが山ほどあっても、デザイン思考では、与えられた課題を与えられた期限内に果たすことが大前提です。報道(朝日新聞42日朝刊)によると、マスク不足問題をなんとかするために、3月初めには厚労省、経産省、総務省からの40人の官僚からなる「マスク・チーム」が立ち上がっているようですが、すでに2か月経っているにもかかわらず、国民が「共感」するような目立った成果はあがっていません。

政府の新型コロナ対策の立ち遅れはともかくとして、教育現場で上述のようなデザイン思考を組み入れることはできないでしょうか。学校現場からすれば、今回の唐突に決まった一斉休校や、これまた突然浮上してきた9月新学期移行案について、そのメリット(一斉休校のメリットについては前々回の通信が論じています)とデメリット、そしてそれらのメリット・デメリットにどうつきあっていくかについて、生徒たちといっしょにデザイン思考してみませんか。

注1) デザイン思考については、ウィキペディアの記述がちょっと入り組んでいますが、概要を知るのに便利です。本では、ティム・ブラウン『デザイン思考が世界を変える』(早川書房)、ジャスパー・ウ『実践 スタンフォード式デザイン思考』(インプレス)がおすすめです。
アイリーニ・マネジメント・スクール(旧・デザイン思考研究所)の以下のウェブサイトから、デザイン思考に関する豊富な情報を無料でダウンロードできます。
初等・中等教育におけるデザイン思考実践としては、2009年に設立された日本教育デザイン学会(JEDI)の活動があります。
大学・大学院教育と政策決定におけるデザイン思考の適用の報告は以下のサイトを参照。
黒川利明(2012)「大学・大学院におけるデザイン思考 (Design Thinking)教育」『科学技術動向』2012910 月号
NIRA総研『わたしの構想―No. 46』「デザイン思考で 人間中心の政策を」20202

2) アベノマスクについては、以下のサイトを参照。
http://thegiverisreborn.blogspot.com/2020/04/blog-post_27.html