2023年2月25日土曜日

教師自身が絶えず挑戦することの大切さ

 

今日の教え方・学び方のイノベーションの視点の一つは「個別化」です。ただ、言うのは簡単ですが、実行するのは容易なことではありません。

3年前から家族で学習塾を開いているのですが、その塾のコンセプトは「個別学習」です。「個別最適化」はICT教育において盛んにPRされていますが、その子の学びの特徴や学びの内容、また性格に応じたサポートのあり方など考えればきりがありません。しかし、ボランティアではないので、どこかで妥協することも必要です。したがって、いつも理想と現実のはざまを行ったり来たりしている状況です。「個別最適化」で、参考になる文章に出会いました。

『英語と日本人』(江利川春雄・ちくま新書2023)です。(同書279ページ) 

「個別最適な学びとは各自がコンピュータでAIドリルを解くなどの究極の習熟度別授業だ。これを先行実施した諸外国の研究では、教育効果が乏しいことがわかっている。学習者同士のつながりを断ち切り、孤立させてしまう。脳を最も活性化させ、学びを深めるのは、人間同士の協同的で探究的な活動である。

これらを知った上で、デジタルやAIを外国語学習に慎重かつ限定的に活用する必要がある。」 

その通りだと思います。デジタル教材はどの教科でも限定的に使うというスタンスが望まれます。ただ常に学習を変革していくという姿勢は大切です。

「学習は変革につきものだ。うまくいっても、いい気になると、昨日通用したものが明日も通用するという錯覚に陥る。」(『教育のプロがすすめるイノベーション』第17ページ・新評論・2019)

 まさにその通りで、ある子どもにうまくいったからといい気になっていると、別な子どもにはさっぱり通用しないということがよくあります。まさに使いまわしが利かないのが一人ひとりの学習です。同書15ページには次のような記述もあります。

「教師にとって毎日問われなければならないことは、「この学習者にとって、何が一番よいのだろうか」ということです。」

 今でも、「この学習者にとって、何が一番よいのだろうか」というフレーズは常に自分自身に問い続けていることです。このような問いかけこそ、イノベーションのスタートであると、同書にも書かれています。(14ページ)

 また、その部分には「奉仕する」という言葉が出てきます。そこの訳注には、「日本の教育界で、『教師が生徒に奉仕する』という感覚はまだ希薄だと思いますが、単に「かかわる」や「接する」と訳してしまっては、教師自身が絶えず挑戦し、変わる必然性は見えてこないと思いますし、この言葉が原書のキーワードの一つであることからも、この聞きなれない言葉を使うことにします。」とあります。この「奉仕」という視点は、教師としての使命感に通じる大切なポイントです。

また「教師自身が絶えず挑戦」ということもイノベーションに通じるものであると思います。『変わらないために変わり続ける』とは、生物学者・福岡伸一さんの有名なフレーズですが、教師も学校も、「変わり続ける」必要があるのではないでしょうか。福岡さんによると、ヒトの体を構成する原子は、1年もするとすべて入れ替わるとのことです。原子レベルで言うと、1年前の私と今の私は別人なのです。ですから、人は自身が変わろうと思えばいくらでも変わることのできる存在という見方もできます。そう考えると、面白いですね。

イノベーションというと何か全く新しいものをつくり出したり、新しいことをやるといったりしたイメージが強いですが、たとえば、「授業で自分がしゃべる場面を減らして、子どもたちの発言を聞く」というところからスタートすることでも充分だと思います。

そうした際にはぜひ自身の「質問・発問」を見直してみるのが良いですね。質問・発問を考えるならば、『たった一つを変えるだけ』『質問・発問をハックする』(どちらも新評論)がとても参考になります。

2023年2月19日日曜日

評価は多様な視点で

年度末になると「評価」が始まる。私はこの時期あまりハッピーではない。というか、いつも悩み続けているといった方がいい。

不合格をつけるときは、本当にそれまでに十分に声がけや励ましをしたのか、学習のプロセスは適切だったか、さまざまなことに思いを巡らせ、難しい決断をします。良い成績を残している学生たちに対しても同様です。十分に学びがいのある内容であったか、それによって、気づきや成長をもたらすことができたのかといったことは、とても気になります。それを、5段階(私のところは、AA,A,B,C,Fです)の単純な記号や数値に置き換えて示す。実に難しいと思うし、納得のできない思いが残り続けます。

各学校が、一年間の教育実践を評価(自己評価)し始めるのもこの時期です。私は、職場のある町の小学校のコミニティースクール運営指導委員会の委員をしていて、先日は学校が一年間の取り組みを自己評価し、それに対して運営指導委員会が意見を述べるという会合がありました。この日、学校が示した自己評価は、S,A,B,CのうちすべてがB。日頃から学校の様子を見ている委員からも、「そんなに低いはずがないだろう」との意見がでました。学校の見解を正したところ、「この程度の目標は、100%達成されて当然である」と頑なに主張する人がいて、達成度が80-90%を超えているものも、ことごとく低評価になっていたというのです。当然のことながら、委員からは「達成可能なゴール設定をすることが大切ではないか」との意見が出されました。

研究指定校なども年度末の実践を評価します。私のかかわってきた学校では、実践研究の客観性を高めたいとの思いが強すぎて、数量的データを多用しすぎる事例もありました。数値的、量的な評価にのみ依存してしまうと、授業の中で測定しやすいデータのみを取り出そうとするなど、単純化、断片化した結果分析に陥る危険性もあります。

教育というのは、とても複雑で、雑多な営みです。そして、人間的営みであるとも言えます。数量的データに加えて、教員による観察やひらめきが必要だったりすることもあるはずです。

評価のためのデータ収集の方法も多様化すべきです。いくつか事例を紹介しておきたいと思います。★1

1  授業記録(フィールドノート)
2  授業記録のグラフ化(タイムログ)
3  観察ノート(生徒の発言の回数を記録するなどテーマを設定して)
4  日誌や感想文(ジャーナルとも呼ぶ)
5  ビデオによる撮影
6  転写(トランスクリプション、授業内の発言を文字で書き起こしたもの)
7  写真や絵
8  言葉による収集(アンケート、インタビュー、生徒の事故報告、生徒の作品など)

また、一つの数値や記号による評価に、様々な要因を入れ込むことへの対応策として、「三つのP」を使ってはどうかという提案は、実に示唆に富んでいます。★2

三つのPとは次のようなものです。

Performance / Product(パフォーマンスないし成果物):学習目標としての知識・理解・スキルに対する生徒の状況

Process(プロセス):困難な時にどのようにやり通せるか、改善するのにどうフィードバックを生かしているか、必要に応じて確認の質問ができるかなど

Progress(成長):成績表をする期間における学習目標としての知識・理解・スキルにおける生徒の成長

この3つのPを平均して成績を出すのではなく、それぞれが別々に報告され、それぞれが何を表しているのか明確な指標と一緒に提示されるとしています。

評価は、懲罰のためにするものではないはずです。生徒や学校が成長するために、本当に必要な評価とはどのようなものか、これからも考え続けていきたいものです。




★1  佐野正之(2000)『アクション・リサーチのすすめ』大修館書店, pp. 61-85.

★2  C.トムリンソン&T.ムーン(2018)  『一人ひとりをいかす評価: 学び方・教え方を問い直す』北大路書房, pp. 193-196.

2023年2月12日日曜日

ナンシー・アトウェルから学ぶ「段階評価」よりも「丸ごとの評価」

 前回は、ナンシー・アトウェルの実践をもとに学習者の自己評価における重要性についてふれました。アトウェルは各学期末に行う質問用紙「自己評価用紙」を使って、自己評価を総括的な評価に活用しています。

 

PLC便り『イン・ザ・ミドル』から学ぶ 学期末に向けた自己評価

 http://projectbetterschool.blogspot.com/2023/01/blog-post_08.html


 

『イン・ザ・ミドル』から、今回は「教師からの評価」について考えていきます。

 




私は1つひとつの作品に成績をつけることはしません。同書P.330

 

例えば、アトウェルは、 ライティング・ワークショップ(日本における「作家の時間」実践)においては まず生徒の自己評価を読みます。それから、生徒がするのと同じように、評価の根拠になるものを以下の資料を見てふるい分けていきます。

 

完成作品ファイル、批評家ノート、簡単な説明書きを加えたポートフォリオ(自分で選ぶ一番良いレター・エッセイ、筆記記録と読書記録、自分のメモ付きの一番良い詩、校正項目リスト、役に立ったミニレッスンの情報)、 毎回授業で使う今日の予定表とチェックイン表などなど。これらすべてのデータに基づいて、 学習者の読み書きについて、まずメモ書きをしてから、生徒の成長記録を書くというわけです。

 

そのあらゆる場面で、生徒は書き手として成長しています。一つの作品で、生徒の能力を正確に測ることなど不可能です。ある作品は、生徒の成長過程にある段階を示しているに過ぎません。しかも、新しい技巧、形式、ジャンルに取り組むのは、どの年代の書き手にも負担が大きく、いつも前進できるとは限りません。同書P.330

つまり、学習者の成長には、一直線ではいかずに、なかなか時間のかかるものなのです。

 

ここにアトウェルの評価観は、学習者を総合体として丸ごとみようとする重要さを示しています。このあたりの感覚は日々「個別最適」に翻弄されてしまう私たちとって、学ぶことが多くあることでしょう。

 

パーソナリティー心理学においては、学習者を各要素に分けたその総和として「個」を理解する「特性論的アプローチ」の限界がすでに指摘されてきました。(Argyris1957) 現行における個別に評価される観点別評価は、一人ひとりを要素にわけて「できる/できない」といった視点で捉えると一見、合理的のように見えます。しかし、学習者を一人ひとり、かけがえのない唯一無二のユニークな存在としてみることができません。トータルな総合体としてまるごと捉えることこそがより重要な実践的課題となっています。

 

この段階別の成績を出さざるを得ない状況においても、学習者の目標設定をもとに評価を決めようとアトウェルは既に対応していました。

 

教師が評価をするのではなく、読み手、書き手としての自分で設定した目標の進捗状況を土台にすることで、この問題を解決しました。各自で立てた目標達成していればA。着実に学び、一定のレベルを超えていたらB、 水準レベルで可もなく不可もなければC、目標に遠く及ばず取り組み不足のせいとはD、になりました。同書P.340

 

ここにおいても生徒の自己評価をベースにして、教師からの評価をしている点が特徴的です。これは、通知表の文言をさがすためのあらかじめ生徒にとる事前アンケートとは全く意味が異なります。

 

意味のある評価は、自分の学習成果への見方、先生からの見方が一致すること、結果、それが信頼性となります。こういった評価を工夫することで、評価が誰の物かが明確になるはずです。

2023年2月5日日曜日

新刊『学びは、すべてSEL』を読んで

 今週末に出る予定の『学びは、すべてSEL』(ナンシー・フレイほか著、新評論)の下訳段階の原稿を去年の夏の間に読んでくれていた私立かえつ有明中・高等学校の大木理恵子先生(国語)が、書評を書いてくれましたので紹介します。

SEL(感情と社会性の学習)が生徒にとって大切なもので、教室の中にその実践を取り入れたいと思ってはいるものの、そのための特別な時間を捻出することはできない、と足踏みをされている先生方も多いのではないでしょうか。この本は教科の指導とSELの取り組みは別枠で取り組むべきと思い込んでいた私に目からウロコの視点を与えてくれました。

 本書を読むと教科指導にこそSEL の土台づくりが必要だということがよくわかります。生徒たちが本当に「よく学ぶ」ためには、彼らのエージェンシー(主体性)が必須です。そのマインドセット無意識の思考・行動パターン)が出発点となって、真に意義ある学びの世界の扉が彼らの前に開かれます。生徒たちが自らの感情に意識を向け、そして上手に扱えるようになること、また社会性を育み、共に生きる他者との良好な関係性を結ぶことで、生徒にとって安心安全の場がつくられ、自らの学びを豊かに広げていける環境は整っていきます。SELを単独で扱うのではなく、教科の学びのベースとして組み入れていくことが、生徒の学びをより充実したものにしていくだけでなく、豊かな成長を促すという相乗効果が期待できるという点でも、非常に重要なアプローチだと思います。本書は、教科の中でどのようにSELを扱うのか、豊富な実践例が紹介されています。

さらに本書は、生徒の成長マインドセットを育む機会は日常の何気ないシーンの中に転がっていることを教えてくれます。生徒からの些細なサインや私たちにとって好ましくないような行動にこそ、彼らのマインドセットをより良い方向へ変えていくチャンスがあります。彼らの一番身近にいる大人である私たち教員が、彼らのサインを見落としたり、目を背けたりせず、丁寧に受け止め、豊かな学びの世界に招き入れるためにも、SELのスキルや知識を理解し実践していくことが大切です。そのための指南書として、本書は多くの先生方に手にとっていただきたい一冊です。

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