2018年9月30日日曜日

組織づくりのリーダーシップ

 今回は学校組織の形成に校長がどうかかわるかということを考えてみたいと思います。
 以下は2006年にジョージア州を訪問したときにお会いしたジョージア大学のゼペーダさ 
  んの著書Ref lective  Supervisor」の一部をヒントに作成したものです。
 組織づくりをしていく上で、校長がどうあればよいかを考えたものです。
 そこで、具体例を通して、大きく分けて次の5つの視点から考えることにします。

1 校長は学校の状況(実態)をどう把握すればよいのでしょうか

昇任又は異動によって新しい学校の校長になった者が自分の担う役割をどう現実的に考えるかを例に取り上げます。

情報源
 まず行動を起こす前に、校長としてどのような役割を期待されているのかという情報を
  集める必要があります。第一段階は、多くの情報源から公平な立場で情報を集めること
  です。


★情報収集の重要性
 公立学校では転任者が毎年何名かいます。
 校長は次年度の職員構成を考えるにあたり、転任者の情報を必要とします。
そのようなとき、電話で前任校の校長から情報を仕入れるわけですが、
 手が正直に答えてくれる場合ばかりとは限らない。したがって、時にはその


誤った情報で学級担任などを決めてしまうこともあります。
年度始めの数日でその人となりを見極めることはなかなか難しいのが現実で
す。


校長にとって最初の情報源は教頭(副校長)です。教頭が新しい校長に何を期待しているのかを理解する必要があります

2の情報源は前任者です。また、教頭(副校長)と教務主任、学年主任たちとの関係を 理解しておくことが必要です。前任者が主任層との関係に問題があった場合は、主任層との信頼関係を築くことが学校経営上不可欠でしょう。
また、これまでずっと続いてきた仕事、問題解決のパターン、重要なデータファイルのある場所について、前任者から個人的に引き継ぐ必要があります。

第3の情報源は主任層です。
主任たちと学校に関すること、学校に今必要なこと、その方向性について話し合うことが求められます。このことは、リーダーシップとして大切な傾聴と問題解決という技能を発揮するよい機会を与えてくれることになります。異なる意見に対して寛容であることが求められます。
 批評的な情報を集めるには他にも方法があります。他の職員とも話したらよいでしょう。尋ねるべき質問はたくさんあるでしょう。「彼らがその役割についてどう感じているのか」「管理職とはどのようにつきあってきたのか」「校長のリーダーシップについてどう考えているのか」など。
また、過去のメンバーの評価、予算や連絡、管理に関する覚書や会議の議事録などが重要なデータとなります。

振り返り
あなたは校長として新しい学校に赴任して、その学校の職員の雰囲気、人間 
関係を知るためにどのような方法を取りましたか?

2 校長はビジョンをどのように作ればよいのでしょうか

 校長に求められていることは自分の役割を理解することです。校長として求められているものは何でしょうか? 
だれもがその役割について違った意見を述べるでしょう。この質問にうまく答えるためには、進むべき進路を定めることです。一方で、どのメンバーも喜ぶようなことをしようとすれば結果的にはだれも喜ばすことはできないでしょう。また一方でだれの言うことにも耳を貸さないとすれば、すべてのメンバーとの関係が壊れてしまうでしょう。
いずれにしても、仕事をうまく進めることもできないし、組織への貢献もできないと思われます。
力のある校長になるためには、教頭や職員と一緒にうまく仕事を進めていくべきです。校長がその組織の目標を達成するためには、共にやることが大切なのです。協働者なしには、どんな組織も、そのミッションを達成することはできません。

学校の実態を把握した後は、学校として目指す目標・ビジョンを明らかにする必要があります。結果としてできあがったものよりも、作成する過程の方がはるかに重要です。
学校の実態を明らかにする作業と同時に、ビジョンづくりの参考となる様々な事例・情報を収集することです。
その結果、集められた情報を関係者と共有します。この関係者の中には、保護者・地域住民の代表が参加している地域協議会のような組織が含まれます。そして、ビジョン作りの会議を持つのです。(中学校であれば、生徒代表が入ることも考えられます。)

 部下職員の所属意識を高めるにはどうすればどうすればよいのでしょうか

 心理学者は人間にとって所属意識が重要であると言います。それは人間にとって大切な動機です。われわれは所属意識が感じられないときは、他のメンバーや組織に対して疎外感をふくらませてしまうでしょう。所属感を感じられる職員は、学校のためによく働くし、忠実に仕事を進めることができます。
 ◆振り返り
 あなたは部下の所属感を高めるためにどんな工夫をしています
 か?






4 生き生きと部下が働けるようにするためにはどうしたらよいでしょうか

校長の中には、校内に競争原理を持ち込むタイプがいます。
しかし、これは結局、職員たちにとって利益になりません。
競争原理を持ち込めば、絶えず自分たちの利益を守ることが目標になってしまいます。
したがって、校長が学年間の連携・協力関係を作ることが重要となります。校長が職員に対して、同僚との良好な関係を築くよう配慮すれば、協働的な雰囲気が醸成されます。
もうひとつの失敗例は、タテとヨコの組織の分裂です。校長があるグループと他のグループを競わせるようなことをすると、内戦状態になります。

例として予算要求の例が考えられます。
もし、ある教科が昨年削減された予算の回復に成功したとしても、それは近視眼的な勝利です。なぜなら、その教科が予算の回復に成功したとしても、それは他の教科を削って得たものにすぎないからです。その小さな勝利はまた新たな敵を生み出してしまうことになるのです。


 ★これは給与・待遇に連動した教員評価において同様の例が見られます。 
ある自治体の公立学校では、教員に対して4段階の評価がなされ、下のランクに評価された教員は昇給が延伸されたり、賞与の額が減額されたりしています。その減額分は成績優秀者に対して与えられるというシステムです。これなども互いに競わせて勤労意欲を高めようという競争原理に基づいた組織活性化法と言えるでしょう。
しかし、上記の話からも、これは両刃の剣であることがよく理解できます。
  たしかに、一生懸命働いても、そうでなくても給料に差がつかないのはお 
 かしいという考えも成り立ちます。しかし、時代の変化と共に、「協働
 性」が重視されている学校において、チームプレイや連携プレーが要求さ 
 れているにもかかわらず、その協働性を分断するような成果主義であれば
 それは学校にとってマイナスです。


5 組織づくり成功のために校長に求められるものは何でしょうか

  力のある校長は部下の話をよく聞く
  リーダーシップというと、常に部下に対して指示を与えることと思いがちですが、決してそうではなく、部下職員の話に耳を傾けることが大切なのです。
このコミュニケーションの基本が守られていて、初めて部下職員は校長の言うことをきくのです。

  力のある校長は正直である

正直さは校長の行動やことばに滲み出ています。
これらの行動やことばはどのような与えられた状況のなかでも、常に正しいことをやろうとする意欲と関連しているものです。正直さをもって校長が行動しているときは、すべての部下がその校長を言行一致の人とみなすでしょう。陰での取引や依怙贔屓などがないことです。そのときは校長の行動が、組織に対して正直さ、公平さ、統一性として反映されるのです。正直に行動することにより、校長は信頼と高い倫理的な原則に基づいた校内文化を作り始めることができます。


 ★部下職員が意欲をもって仕事を進めることができるためには、やはり
  校が自らそのモデルとなる必要があります。
 「正直さ」という範を示すことで部下は安心して職務にあたることができます。




「モデル」となって示すことは「言うのは簡単だが、実行は難しい」のです。自分のことは棚に上げて、言行不 一致の上司にはだれもついていきません。生徒が担任教師のことをよく見ているように、部下職員も校長のことをよく見ているものです。



 ◆振り返り
 校長として部下の信頼を失わないためには、どのように行動すればよいの 
 でしょうか?



2018年9月23日日曜日

「書くこと」と「学ぶこと」の関係?!


 日本の教育は、残念ながら、書くことを学ぶ際にまったく活かせていません。
 「ノート指導」という言葉は存在しますが、そのほとんどは、教師が板書したものをどれだけきれいにノートに取れるかに集中しています。
 何が欠けているかというと、書くことを通して自分の思考を育てる部分です。
 それは、教師(大人全般)が会議やミーティング等で熱心に話者の言っていることをメモに取ることからも言えます。全員が熱心にメモを取るのですが、残念ながら、それをしている過程の思考はほぼゼロですし★、メモが読み直されることもほぼゼロなので、見た目にはみんな熱心そうに見えますが、その場から生まれるものは、限りなくゼロに等しい状態が続きます。(ということで、教室で起こっていることは、一般社会で常日頃行われていることの縮図に過ぎないということです!)

 『イン・ザ・ミドル』に、以下のような記述があります。

「書くことは、紙の上でひたすら考えに考え抜くことで、多くのやり方がある。書き手は何をするのか?」
自分の経験から、「書く」とは「紙の上で考える」ことだと学びました。書いたことを読んでそれについて考えるし、時には少し、時にはたくさん考え直し、さらに考えてもっと書き足します。考えが頭の中から順序良く、切れ目なく流れてきて、それを書きとめる、というようなものではありません。そうではなくて、書くことで、考えを発見するのです。意味を創り出すのです。書き手がすることは乱雑で複雑であると同時に、素晴らしいことでもあります。考えることができて、そのための時間をとれる人なら、誰でも書くことができます。さあ、できるだけ限りのブレインストーミングしてみましょう。みんなも話すし、私も話します。私が記録しますから、今から、書き手がすることを、どんどん考えてみましょう。161ページ)

 あるクラスでのブレインストーミングで出てきた結果が図版4-1です。
  
 ブレインストーミングが一段落すると、『イン・ザ・ミドル』の著者は、次のように生徒に話して締めくくりました。

書き手が実際にしていることがとてもたくさん出てきました。書くことは、楽しくって、大変で、直線的には進まないものです。書き手は、ここで挙げたいろいろなことの間を、行ったり来たりします。もちろん、ある時点で、ここでよしとして、迷うことをやめて、作品を世に送り出します。授業では、ここにリストされたことを上手に行う方法を教え、それを練習する時間も提供します。カート・ヴォネガット・ジュニアが言うように、作家とは、頭がいい人とは限らないけど、紙の上で考えることと時間の使い方、そして忍耐することを学んだ人たちなのです。162ページ)

・日本の作文教育は、こういう視点で行われているでしょうか?
・問題は国語の書く指導に止まりません。国語以外の教科で「書くこと」を、思考を深めたり、広げたりすることに活かせているでしょうか?
 ここまでは、書くことに焦点を当ててきましたが、まったく同じことが「読むこと」についても言えてしまいます。
・読むことを、思考を深めたり、広げたりするために活かさなければならないのですが、活かせているでしょうか? (これも、国語の読解の授業だけでなく、すべての教科で、です!)
・さらには、話すことや聞くことでも同じなのですが、やれているでしょうか?
 学ぶこと=書くこと、読むこと、話すこと、聞くこと=考えること、です。★★
・書くこと、読むこと、話すこと、聞くことを通して考えていなければ、いったいどうやって学んでいるというのでしょうか?

★ もっと言えば、メモを取ることが思考させない結果を生んでいるとさえ言えます! この方法を乗り越える方法については、『会議の技法』を参照してください。

★★ このことを私に気づかせてくれたのが、『「読む力」はこうしてつける』でした。

 以上のことを、私に考えさせるきっかけになった文章を以下に貼り付けます。(訳を付けないですみません。ひょっとすると翻訳ソフトを使うと、かなりの精度で日本語になるかもしれません。たとえば、https://translate.google.co.jp/?hl=ja の左側に下のコピーを貼り付けると、瞬時に右側に日本語訳が表示されます。)

Unfortunately, few teachers ever learn about writing’s "incredible" power to "enable thought to operate much more deeply" on everything we read and learn (Walshe, 1987). Although teachers realize writing’s general importance, most aren’t adequately aware of the fact that higher-order, analytic thought likely isn’t possible without engaging in some form of writing, or that we can literally "write our way" into a deeper understanding of complex texts or concepts that previously mystified us (Zinsser, 1988). Decades of research attest to writing’s unrivaled ability to facilitate understanding and help people evaluate, reconstitute, and synthesize knowledge. Writing enables students to generate their best thinking in its most effective form (National Commission on Writing, 2003; Sundeen, 2015).
That’s why writing and speaking constitute the most sought-after skill set in business and industry and why many corporate recruiters rank these abilities twice as high as managerial skills (Hurley, 2015). Writing plays a more significant role in the school systems in countries that score high on PISA than it does in the schools in the United States (Darling-Hammond, 2010; Ripley, 2013). But extensive student writing is a frighteningly low priority in U.S. schools.
Having students write across the disciplines could have more impact on college success than any other factor.

Reference: Demystifying Writing, Transforming Education (Writing enables deeper thinking and learning in every content area. Let’s teach it in every content area), by Mike Schmoker, in Educational Leadership, Volume 75, Number 7, April 2018, p.23.


2018年9月16日日曜日

受験パスポートにポートフォリオ評価を




この時期、高校3年生にとっては推薦入試が決まり、中学3年生は受験校をしぼるにあたっての成績を振り返っている頃でしょう。

その際の規準には通知票といった成績が使われることが多いのですが、こういった成績を進学するための「パスポート」扱いにしてしまっていいのでしょうか。

成績は、そもそも自分自身が成長するためのものです。自分をよりよく知り、自分を伸ばしていくためにあります。もちろん定期的に評価することは必要ですが、進学に使われる材料として、数字で切り取られた成績はそれにふさわしいのでしょうか。

学期末ごとに配布される(一方的に渡される?)終末評価の通知票をもらっても、学習者はもうやり直すことはできませんし、数字や文字だけの評価では学習者の学びの全体像をつかめません。このような成績では成長のためのツールとはなっていません。

そこで、それにかわる評価としてポートフォリオを導入してみませんか。



「成績をハックする評価を学びにいかす10の方法」
スター・サックシュタイン著 高瀬裕人、吉田新一郎(翻訳)


この本の10章に「ハック10 クラウドベースのデータを保存するポートフォリオ評価へ移行する」とあります。テストや数字だけで学習者を評価するのではなく、自分がつくった作品やふりかえりシート、授業のノートだったりと、その学習のプロセス★をためたものを記録していきます。このような日々の学習を継続的にファイルしていくものは「ワーキングポートフォリオ(元ポートフォリオ)」と呼ばれます。

ワーキングポートフォリオから、学習者が自分自身の努力に納得し、いくつかのハイライトを選びだしたものが「パーマネントポートフォリオ(凝集ポートフォリオ)」と呼ばれるものです。学習者が何を学んだり、失敗や困難をどう乗り越えたししたのかがわかるものです。このような方法に取り組むと、確実にメタ認知が高まると思いませんか。

ポートフォリオを海外では、卒業時に「グラディエイションバイポートフォリオ(卒業ポートフォリオ)」として、学習の軌跡を携えて卒業していくようです。このような取り組みがデジタルで★★行われ、しかも、すでに採用面接にも使われているように聞きました。このポートフォリオを元にして、自分の学びのよい例をどうやって選び、なぜそれを選んだのかについて説明していくことで、少なくとも、学びの結果に一喜一憂せず、学びのプロセスにこだわれるようにはなれます。

今後、ポートフォリオをもとに、日々の授業の視点をプロセス評価★★★へと変革していくことは可能です。ゆくゆくは、高校進学や大学受験、採用面接(デザイン系ではすでに活用されています)のパスポートとして活用されていくことになるでしょう。数字や文字の成績よりも、はるかに説得力のあるものです。

ポートフォリオ評価では、今、その地点の力のみだけではなく、プロセスを含めて、学習者をもっと全人的にみとることできます。「あなたは、なぜその点を取ったのか?」そう問われたとき、テストだけでは説明できませんが(説明できたとしても学習内容はすぐに忘れてしまう!?)、ポートフォリオは説明できるため、成績の正反対の効果があるのです。


★その他、写真、音声、動画、ブログ、発表の記録も含まれます。これらをデジタル情報にためていくデジタルポートフォリオの取り組みは、海外では2000年代からすでに行われています。保護者、学校間や校種を越えてもその学習者の情報を共有することが可能となっています。日本の指導要録はそのような機能を果たせるものになっているでしょうか?

★★もちろん個人データ保護のため規正の強い日本の学校現場にいきなりデジタル情報で生徒の作品や日々のノートなどをストックしていくことは難しいかもしれません。まずは紙ベースといった、できるところからの取り組みです。よいものは広がっていきます。その意味からたくさんのアイデアや実践のヒントをもらえる参考になる10章です。

★★★
プロセス評価とは、学習単元を通して、または、年間を通して学習者が今、どのような状況で、学習目標に到達するには何を支援していくのかといった、形成的評価とよばれるものです。単元の事前にすでに知っていたり、できることを評価することを診断的評価、単元末のテスト評価などは終末評価とよばれます。

2018年9月9日日曜日

教師の仕事を評価の観点から見直す


教師の仕事とは、生徒たちの学びをモニターし続ける必要性を感じ、生徒たちがたどっている多様な学びの旅に意味のある形で対応するために自分の教え方を修正することです。評価を形成的と言えるのは、教師が評価の結果を自分の教え方をより効果的にするのに使った時のみです。そうすれば、評価の情報をもたないか、もっていても使わなかったときに比べて、教え方は改善されるのです。診断的評価と形成的評価を効果的に使うには、情報に基づいた仕事の仕方、自分の仕事を継続的に振り返ること、そしてそれを持続することなどが必要です。それは、私がジムでやるエクササイズにちょっと似ています。トレーニングをしに1~2回行ったところで何も達成できません。

 以上は、『一人ひとりをいかす評価』の206ページからの引用です(太字は、引用者の強調)。

 これまで(いまでも)日本の評価は、教えた後に行われるものと捉えられてきました。そのおかしさに気づいたので、文科省も20年ぐらい前に「指導と評価の一体化」と言い始めました。しかし、その具体的な方法については依然として提示されていません。(提示されていますか?)この本を読むと、それがスッキリ分かりますし、実践への糸口を得ることもできます。

 表7.1(207ページ)は、『一人ひとりをいかす評価』のエキスをまとめたものです。この中で、あなたが
  大切にしたいと思ったことは何ですか?
  理解できなかったことや、おかしいと思ったことはありますか?
  すぐにでも実践しようと思ったことは何ですか?
  そのための情報収集や助けを得ようと思ったことは何ですか?
 本書は、「どのように」の部分が、それぞれ第3~6章で実際にやれるように詳しく紹介されています。(必ずしも、第6章=生徒の自己評価ではありませんが・・・自己評価については、『「考える力」はこうしてつける・増補版』や『イン・ザ・ミドル』の第8章を参照してください。)

★ 本書については、http://projectbetterschool.blogspot.com/2018/08/blog-post_19.html (8月19日号)や、WW便りhttp://wwletter.blogspot.com/2018/08/blog-post_24.html でも紹介していますのでご覧ください。


2018年9月2日日曜日

「ブック・クラブでオススメの一冊:トーマス・トウェイツ(翻訳 村井理子)(2012)『ゼロからトースターを作ってみた結果』新潮社.」

あいかわらず、ブック・クラブを楽しんでいます。(ブック・クラブについてはPLC便りをご覧ください,「ブック・クラブを始めませんか」http://projectbetterschool.blogspot.com/2018/06/blog-post.html)。

ブック・クラブの例会での楽しみの一つは、ブック・イントロダクション(本の紹介)です。いったいどんな本をもってくるのか、その本について何を語るのか、みんなワクワクして待ちます。メンバーの皆さんが、口を揃えて言うのは、「一人では決して選ばなかった本が出てくる。」ということです。ブック・クラブに参加することで、読書の世界が豊かに広がっていく。そのような実感をもつようです。

ナンシー・アトウエルさんは、「読むことも、書くことも、自分で選択できるからこそ、生徒は学びに夢中になれる、私はそう信じています。」と述べています。良い本を選択できる力は、大切な力ですし、良い選書を支えるものも一つが、情熱的なブック・イントロダクションだと思います。
(『イン・ザ・ミドルーナンシー・アトウエルの教室』三省堂、2018,p.45, PLC便り http://projectbetterschool.blogspot.com/2018/07/blog-post_22.html)

そこで、今回は、これまでブック・クラブで読んだ本の中から、好評だった本、当日の議論が盛り上がった本を紹介したいと思います。これからも、不定期に紹介していきたいと考えているので、気になる本があったら、ぜひ、友人や同僚とブック・クラブで盛り上がってください。

☆トーマス・トウェイツ(翻訳 村井理子)(2012)『ゼロからトースターを作ってみた結果』新潮社.

この本は、イギリスの美術専攻の大学院生が、トースター(パンを焼く機械)を、ゼロから作ってしまったてん末を、自らが語ったドキュメンタリーです。「ゼロから」というのは、「原材料から」という意味です。鉱山から鉄鉱石を手に入れた鉄鉱石と銅から銅線をつくったり、じゃがいものデンプンからプラスチックをつくるといった調子です。実に非生産的なことをやったわけです(しかも、大学院の卒業研究だそうです)。

こんなバカバカしいことを大真面目でやったこと、それがこの本の一つの価値。そして、そんなバカバカしいストーリーを、文字にして語ろうと思ったこと。それが二つ目の価値かもしれません。しかも、その語り口は、まったく「あざとさ」を感じさせない。何か、意味のあることを語ろうとして、意図的にバカバカしい行いをしようとした形跡が認められない。極めて、純粋に、自分自身の好奇心と情熱に突き動かされ、トースターづくりという偉業(?)をなしとげているのです。それが実に痛快。

この本は、不思議な魅力をもった本です。彼の行動や考え方に、時に吹き出してしまったり、あきれたりしているうちに、彼のトースター作りの物語に引き込まれていくのです。そして、気がつくと、私たちの日常にあるものごとの見方が変わる。解説者は、この体験を「洗脳が解ける感じなのだ。」(p.204)と言っています。

もう一点、私がおもしろいと思ったのは、彼のトースターづくりに関わった人たちの大らかで寛容な姿勢です。彼が最初に相談した高度鉱物の専門家シリアーズ教授しかり、鉄鉱石の鉱山の鉱夫さん、BP(ブリティッシュ・ペトローリアム)社で働く人などなど。彼の冒険を支えた多くの人が、実現可能性の低さは指摘しても、決して彼の試みを頭ごなしに否定しない。少なくとも、筆者の書きぶりからはそう読める。一人の若者の心に湧き起こった好奇心をなんとか大切にして育ててあげたいと思っているかのようです。イギリス文化がそうさせるのか、偶然そういった人たちの巡り会えたのか、それは分かりません。しかし、私たちが、好奇心をもった児童生徒にどのように接するべきなのかについては、考えさせられてしまいます。

「探究」が今の教育のトレンド・ワードの一つになっていますが、成績は良くて、読み書きもよくできるのに、自ら学ぼうとしない子どもが増えてきていると言われます。「どうやって子どもたちの学ぶ意欲に火をつけよう?」と悩んでいる先生。ぜひ、この本を手にとってみてください。ワクワクする気持ちが、どのようなものなのか、どこから湧いてくるのか、ヒントがつかめるかもしれません。先生方ももちろんですが、中高生にぜひ読んでもらいたい。クラス・メートと一緒にブック・クラブをやって読んでみてほしい本です。

我々の中に埋もれていたり、忘れかけている好奇心や情熱を思い起こさせてくれる不思議な力をもった本です。