2020年11月8日日曜日

書評:『「おさるのジョージ」を教室で実現~好奇心を呼び起こせ!』

  この4月から小学校では、2017年に改訂された学習指導要領が完全実施されました。来年度は中学校で完全実施されます。高校は再来年度からです。新学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」を実現するための授業を展開することが求められています。また、「主体的な学び」と「深い学び」に関連して探究的な学習も重視されています。特に、高校では「総合的な探究の時間」、「古典探究」、「地理探究」、「日本史探究」、「世界史探究」、「理数探究基礎」、「理数探究」と探究科目がいくつも新設されました。

 しかし、実際の教室では、やはり教科書を中心とした旧態依然の「教えること」が中心の授業が展開されているように思えてなりません。これが、私の勘違いなら嬉しい限りです。

 子どもたちの探究の原動力となるのが、本のタイトルにある「好奇心」です。絵本に登場する「おさるのジョージ」は、正にその好奇心の代名詞のような存在です。本書では、ジョージのように幼稚園や小中学校・高校で、子どもたち一人ひとりが生まれつきもっている好奇心を発揮し、自立的な学習「探究」をどのようにして実現するか、以下の構成で一つひとつ丁寧に解説されています。

 はじめに―好奇心に満ちた教室にするために

 第1章 探究と試行を促進する

 第2章 学習を自立的で苦にならないものにする

 第3章 内発的動機づけを取り入れる

 第4章 想像力・創造力を強化する

 第5章 質問することを支援する

 第6章 時間をつくる

 第7章 好奇心の環境をつくる

 おわりに―教える際には何が大切かをしっかり見極める

著者のウェンディ・L・オストロフは、発達心理学と認知心理学の専門家で、大学で教師教育に携わっています。子どもの発達、学習、教育に関する学際的な講義を構想し、実践してきた人でもあります。それぞれの章で述べられている好奇心の特徴や子どもたちの学びとの関係、好奇心を発揮させるための具体的な手立て、教師が教室で行うべきこと、行ってはならないことなどについて、発達心理学や認知心理学、学習科学など様々な研究の知見を基に述べられていて、説得力があります。

また、本書で紹介されている実践例は、幼稚園から小中学校、高校、大学まで幅広く、教科も広範囲に及んでいます。文献研究だけでなく、教師教育にかかわる著者自身が、幼稚園や小中学校・高校を実際に訪問したり、現場の教師との交流をしっかりと行ったりしていることも想像できます。

さらに、大学の教育者としての著者自身のユニークな教育実践・授業実践も紹介されています。それも成功した実践例ばかりでなく、失敗例とそこから学んだことが書かれています。著者の誠実な姿勢が伝わってきます。

子どもたちが好奇心を発揮しながら自立的な学習「探究」を行えるようにするために、教師として意識すべきこと、行うべきこと、してはならないことなどを本書から抜き出してみました。

・子どもは生まれながらに、素晴らしい学習能力をもっている。

・子どもを信じる。子どもに任せる、委ねる。

・忍耐強く見守る。

・子どもが自分で決める。教師がコントロールしない。

・教師自身も探究する(子どものロールモデルとなる)。

・自由で計画に縛られない時間を保障する。

・子どもが試行錯誤できる。教師も子どもも失敗を受け入れる。挑戦する。

・選択できるようにする。

・成長マインドセットを促進する。

・想像力が好奇心を支える。

・想像力に富んだ子どもは、優れた認知的発達と学問的成功を示す。

・ストーリーテリングが想像力を育む。

・質問することは、学習に火をつける。

・質問は、理解を可能にし、理解を反映するので、学習方法およびカリキュラムデザインの最前線に位置するものです。

・質問は、思考そのものの「種」なのです。

・質問することで、生徒はより積極的に学習に取り組み、認知プロセスを刺激し、思考の枠組みを明確にするようになる。

・拡散的思考

・もっとも成功を収めた思考者(科学者、作曲家、芸術家、作家)は、もっとも多くの失敗を経験するのですが、それは多くの試みを行うからです。

・急ぐことは、深い学びへの道ではない。

・途切れることのない長い時間が好奇心を開花させる。

・空間を工夫して配置することは、指導目標を達成するための強力な要因となり得る。

・生徒の参加と学習の進捗度は、部屋の色、空間の柔軟性、環境の複雑さ、そして照明にもっとも影響を受けている。

・好奇心を育成するためには、教室空間が学習者中心になっていなければならない。

 特に、私が重要だと感じたのは、第5章「質問することを支援する」です。質問は、好奇心の現れです。

哲学者のスコット・サミュエルソンの言葉「質問すること自体が、私たちを変えるのです」や社会学者のニール・ポストマンの「質問の仕方とつくり方に関する技術は、教育における中心的な焦点の一つであるべきだ」が引用され、「よい質問や効果的な質問をするためには、学習に対して創造的に取り組むような活力が要求されます。その理由は、「質問することは、さらなる質問につながる行動を生み、その結果として、さらに大胆な探究につながっていく」」という、質問によって探究が大きく促進されることが述べられています。

そして、子どもたちの質問を促進するための具体的な方法として、ダン・ロススタインとルース・サンタナの「質問づくり」やソクラテス式の「問答法」、豊田佐吉の「5つの「なぜ」」が紹介されています。

さらに、子どもたちの好奇心を育み、活性化するための教室空間について、詳細に述べていることは本書の極めてユニークな点だと思います。

 書評の結びに、本書と共に以下の本で紹介されている具体的な手立ても参考にしながら、「おさるのジョージ」のように子どもたちが生まれながらにもっている好奇心を発揮し、自立的な学習「探究」が多くの教室で実現されることを切に希望しています。

■『たった一つを変えるだけ~クラスも教師も自立する「質問づくり」』新評論

■『教科書をハックする~21世紀の学びを実現する授業のつくり方』新評論

■『遊びが学びに欠かせないわけ~自立した学び手を育てる』築地書館

■『だれもが〈科学者〉になれる~探究力を育む理科の授業』新評論

■『教育のプロがすすめる選択する学び~教師の指導も、生徒の意欲も向上!』新評論


 以上は、主には中学校で長らく教え、管理職を務めた後、いまは大学で教えている大関先生が送ってくれた書評でした。


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