2024年4月28日日曜日

探究力を育む理科の授業(3)

 

今回は「実験や観察」の記録を取ることを考えます。

 以前紹介した「発見ボックス」のなかには、「調査シート」「科学的発見シート」といった記録用紙が入っています。「調査シート」には、自分の探究テーマとそれに関連する「問い」を一つ記入することになります。また、「科学的発見シート」には、自分の問いや探究活動の記録を記入することになります。このシートの記入と合わせて、各自のジャーナルに気づいたことなどを書きこみます。

 ジャーナルの記入は、自分たちの探究を振り返って、自分の観察や冒険について書きます。最初の問いは答えられたか?びっくりした観察結果があったか?何が発見されたか?このテーマで次の探究をするとしたらどのようになりそうか?などについて書いていきます。(『だれもが<科学者>になれる!』新評論・2020年・85ページ)

 この「書く」ことについては、このブログですでに何度も取り上げられている「ライティング・ワークショップ」を参考にするのがおすすめです。

  こうした書く活動が研究報告につながっていくことになります。本物の科学者も研究論文を書くときに、先行研究の知見を「引用」することがありますが、この本に登場する小学生たちも過去の文献から引用することを学びます。それは、自分たちの研究発表の場である「子ども探究大会」用に作成された過去の論文集などからです。これは規模が小さくても立派に科学者としての研究活動そのものと言えます。この「子ども探究大会」には、近隣の学校からの生徒たちや保護者が参加し、時にはそこに本物の研究者が参加します。また、会場も大学や企業の研究所などの施設で行われることが多く、研究発表の合間には、研究室の見学などもスケジュールに組まれているようです。まさに学校の教室が社会の一部になっており、「社会に向かって開かれた」授業がそこに成立しているわけです。

それだけでなく、探究大会の運営も教師たちがやるのではなく、生徒たちの手で行われているということです。日本でも、地区の理科研究発表会などが開かれていますが、運営は教師中心です。生徒はあくまで発表者に過ぎません。(もし生徒の手で運営されている地区がありましたら、それはすごいことです。残念ながら私の住む県ではもう何十年もその状態のままです。)

生徒にできることは生徒に任せる、これが今日の教育の基本です。

さらに、この探究活動の仕上げとして、「科学読み物を書く」という課題を設定することが『だれもが<科学者>になれる!』には紹介されています。この活動は「サイエンス・コミュニケーション」につながる大切な学びだと思います。「サイエンス・コミュニケーション」とは、科学者が一般の人々に科学の内容をわかりやすく伝える活動です。イギリスの科学者ボドマー卿がとりまとめた1985年のロイヤル・ソサエティ(王立協会)のリポートがその重要性を最初に指摘したようです。(イミダス『時事用語辞典』より)

以前ここでも紹介したことのある、分子認知科学が専門の石浦章一さんもこの「サイエンス・コミュニケーション」の重要性をその著書で指摘しています。科学者が市民に対してわかりやすく科学を伝える「アウトリーチ活動」★はもちろんのこと、博物館や科学館で開催される〇〇講座や自然観察会、またテレビの科学番組なども「サイエンス・コミュニケーション」の場になります。

そこで活動する人たちのことを「サイエンス・コミュニケーター」と位置づけることができますが、先ほどの「科学読み物を書く」ということも当然そのなかに含まれます。理科の授業のなかで、わかりやすく科学の内容を伝えることを続けていれば、「科学リテラシー」★★を有する人が増え、科学と社会の望ましい関係を築くことが可能な基盤をつくることができると思います。その意味で、「探究力を育む理科の授業」の成果物である「レポート」や「科学読み物」のもつ重要性は計り知れないものがあると言えます。

 

★「国民の研究活動・科学技術への興味や関心を高め、かつ国民との双方向的な対話を通じて国民のニーズを研究者が共有するため、研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動」のことです。(文部科学省・「科学技術・学術審議会」学術分科会・学術研究推進部会(第10回)平成1767日資料より)

★★単に科学的な知識を知っているだけではなく、社会における科学の役割を理解して、その知識を個人や社会のために使える能力のことです。

2024年4月21日日曜日

できる人とできない人を分けるEQの4つの習慣

 今日の職場で成功するには、技術的なスキルやIQ(頭の知能指数~テストの点数)だけでなく、人間関係、効果的なコミュニケーション、複雑な感情を扱う能力などが重要だとする証拠があります。それが、EQ(こころの知能指数)★が注目されている理由です。

 これは、低いEQをもっている人と高いEQをもっている人を比較することで目立たせることができ、過去20年以上の経験を踏まえて、特に4つの習慣が後者のEQが高い人の特徴として示すことができます。

1.自分の本当の姿を見せる。

多くの場合、人々は困難な状況や対立を避けるために仮面をかぶります。そして、その仮面の裏に隠れているのは私たちの本当の姿です。成功しているチームでは、人々は仮面をかぶっていません。彼らは感情的に正直であり、他の人とコミュニケーションをとる際も自分であり続けます。つまり、自分自身の感情やチーム内の他者の感情に対して自己認識やコントロールができています。これにより、不必要な食い違い/意見の相違や衝突(感情を無視したり、必要以上に過度に反応したりすること)を排除し、より速く問題を解決するためのより良い協力とコミュニケーションが生まれます。

2.好奇心が旺盛!

職場で行われる(デジタルも含めて)すべてのコミュニケ―ションを考えると、私たちはどのようにして相互のやり取りを人間らしくし、人々を引き付け、信頼を築くことができるでしょうか? それは一つの言葉に帰結します。好奇心です★★。研究によれば、好奇心旺盛な人々はより良い関係を築くことで知られており、好奇心を示す個人に対して他の人々はより簡単に惹かれ、より近く感じます。人に対する好奇心だけでなく、こと(いろいろなテーマ)に対するも好奇心も大切であることをお忘れなく(両者は、不可分!?)

3.健全な楽観主義者である。

EQの高い人は、人生の出来事や困難な状況に対して健全な楽観主義を示します。自分自身の楽観主義のレベルをテストするために、次の3つの質問を自問してみてください。

この状況は永続的に続くと考えているか? EQが低い人は自分自身に、「この状況は決して良くならないだろう」と考える傾向があります。

・この状況が蔓延しているし、変えられないと感じているか? EQが低い悲観的な人は、普遍的な最悪のシナリオを描く傾向があります。

・自分の力を放棄していないか? もしかしたら、この状況で自分は無力だと結論づけているかもしれません。「私には何もできない」というような考えがあなたの思考プロセスに浸透していませんか? そのような低いEQの考えに陥らないでください。

 上記の3つの質問に関連するEQを鍛えるためには、立ち止まって、振り返り、深く探究する必要がります。自分の否定的/後ろ向きな考えや見解の根拠を集めます。もしそれらが誤っていて不正確なら、より現実的で正確で肯定的/前向きな考えを選ぶための理由を挙げ、具体的な方法も思い浮かべてみます。そうすることで、より高いEQの状態に移行することができます。

4.助けを求めることを恐れない。

多くの職場は、同僚(や上司)から助けを求めることに開かれていない状態になっています。「ハーバードビジネスレビュー」で引用された研究によると、同僚がお互いに提供するサポートの7590%は、求めることから始まります。問題は、あなたの職場環境がそれを行う自由と安全性を育んでいるかですか? 高いEQをもつ人は、自分の脆弱性を受け入れるため、サポートを求めることを恐れません。それをモデルで示すことが、他のチームメンバーもあとに続くことを可能にします。結果的に、チーム全体がより効果的かつ効率的に創造的な解決策に向かって取り組むことができるのです。

 IQを伸ばすことは難しいとされていますが、EQは誰でも伸ばせますので、これら4つからぜひスタートしてみてください。

 

EQについて詳しくは、ダニエル・ゴールマンの本(特に、『EQこころの知能指数』『ビジネスEQ: 感情コンピテンスを仕事に生かす』『EQリーダーシップ: 成功する人のこころの知能指数の活かし方』)がおすすめです。欧米では、1990年代の中ごろからIQと同じか、それ以上に大切だと言われるようになっています。それを育む方法については、https://selnewsletter.blogspot.com/2023/10/eq.htmlを中心に、そのブログの他の情報をご覧ください。SELは、感情と人間関係など、これまで学業とは関係ないと思われていた分野を教科指導と関連づけることを目的としてスタートしています。また、https://selnewsletter.blogspot.com/2024/04/sel.htmlからは、教師にとってEQSELの大切さがうかがい知れることでしょう!

★★まさにこのことをテーマにした本が『好奇心のパワー』ですので、ぜひご一読を!

出典: https://www.inc.com/marcel-schwantes/4-emotional-intelligence-building-habits-that-separate-winners-from-wannabes.html

2024年4月14日日曜日

疲れたときこそ『センス・オブ・ワンダー』

新学期が始まり、子どもたちの登校を指導するために朝の街へ出かけました。その日は残念ながら大雨でしたが、新しい制服を着た中学生たちに紛れて、子どもたちは狭い場所で傘を広げつつ、元気にあいさつを交わしながら登校していました。

通常、雨の日は不快感や面倒を感じるものですが、この日は少し違った感覚を覚えました。雨が傘に打ちつける音、春のぬくもりを帯びた風、そして桜の花びらが一斉に舞い散る荘厳な光景など、新たな自然の美しさを感じ取ることができたのです。

新年度の4月がスタートし、2週間が経過しました。準備に全力を尽くした結果、身体だけでなく心も疲れを感じている時期です。年度末からの積み重なる疲労があり、やる気も少しずつ落ち始めていました。このような状況で、自分を取り戻す必要性を痛感していました。教職に20年以上従事している私でも、この時期は非常に厳しいものです。特に、若くて新しく着任した先生たちにとっては、さらに困難を感じる時期でしょう。

こんな時には、自分を自然の中に没入させる経験が特に重要だと感じています。心を落ち着かせ、再び自分自身を見つめ直す手助けとなるために、私がおすすめする1冊の本があります。

それはレイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』です。レイチェル・カーソンは、環境意識、政策、教育に大きな影響を与えた人物で、自然界との関わりやその保護への関心を世代を超えて喚起しています。この春には、独立研究者である森田真生による新訳と解説が加わり、自然の豊かさをより深く理解する新たな視点を提供しています。この一冊が、自分自身を取り戻すための貴重な助けとなるはずです。

 

この本の中で特に心に響いた言葉があります。「知ることは感じることの半分も大切でない」というものです。私たち教育者は知識を教えることに重点を置きがちですが、感じることを後回しにすることもしばしばあります。このように、授業をただ進めるだけでなく、生徒たちの感情に訴えることがおろそかになると、心がすり減ってしまい、教師としての本来の目的に疑問を感じるようになるかもしれません。仕事の量が多いからや慣れていないからではなく、私たち自身が原体験を通じて自分を取り戻すことが必要なのです。心の疲れは、私たちが忘れがちな感情の部分を再発見することで癒されるのです。

 

最近、大妻女子大学の久保健太教授から学んだ内容にも触れたいと思います。彼は主体性には「主体性A」と「主体性B」があると述べています。私たち教員はしばしば主体性B、つまり課題をこなす能力が強調されがちですが、本来は主体性A、つまり自分の内部から湧き出る感情や感覚を大切にすべきです。これを「心が動く主体性」とも言えるでしょう。レイチェル・カーソンが述べた「知ることは感じることの半分も重要ではない」という言葉は、まさにこの主体性Aを育むための重要な示唆と言えます。感じることを通じて、私たち自身の野生の感覚を呼び覚ますことが、教育の本質につながるのです。

 

一方で、主体性Bは、感じた感覚を整理しながら「する/しない」を判断する能力です。これは頭が主導する主体性であり、OECDが言及するエージェンシー(行為主体性)がこれに該当します。主体性Aを十分に感じた後に、主体性Bを通じて知識を深めることの重要性が明らかになります。しかし、学校教育はしばしばカリキュラムを予定通り進めることに焦点を当て、生徒たちが持つ主体性A、つまり感じる力を見失いがちです。この問題は子供たちだけでなく、多忙を極める教員たちにも当てはまります。心と頭が連動しているとき、真の主体性が発揮されます。

 

成長や育成とは、「するか/しないか」の判断を複雑にし、体を使い心を動かすことです。レイチェル・カーソンのように生きることが目指せるといいです。大人にとっても必要なのは、自らの制約を解除すること。子どもたちが砂浜を見つけたら裸足で歩くように、大人も子どものようになって裸足で歩いてみましょう。自然の一部になることで、自分自身の小さな存在を実感し、内面から湧き出る主体性Aを感じることができるはずです。日常の中に心を休めるスペースを作ることが重要です。私自身も、子どもたちと朝の校庭で自然を満喫する時間を持つことで、精神的なバランスを保っています。

 

週末は、自然を楽しむ時間を大切に過ごせるといいでですね。遠足の下見ではなく、ただひたすら自然を満喫するために散歩に出かけることをおすすめします。春の空気を吸い込むことで、センス・オブ・ワンダーを引き出し、新たな感覚を呼び覚ますことができるでしょう。

2024年4月7日日曜日

「インストラクショナル・コーチング」の時代が来る

教師は悩み多き職業です。仕事に正解はないと言っていい。日々、決断と意思決定の連続です。「悩み多きは正常の証。悩みがなくなった時は教壇を降りる時である」と、私の尊敬する先輩が熱く語ってくれたのを今でも覚えています。

そのような悩みに対処するための手立てがなかったわけではありません。従来の学校は、先輩教員や同僚が、丁寧に時に厳しくリードしてくれたものです。教育委員会の指導主事や指導教諭、主幹教諭なども、教師の日々の実践を支える存在として、期待されているはずです。退職教員が、アドバイザーとして学校に関わる事例も多くあるようです。

しかし、このように教師を導いたり、助言したり、指導したりする立場にある人たちは、その立場に相応しい教育やトレーニングを受けてきているでしょうか。多くの場合、経験や自分自身の学びに基づいた知見に依存していると思われます。個人の経験則に基づいた、時に非常に偏った見識が披露されることがあるとの声も耳にします。

もちろん、豊かな教養や見識、豊富な経験をもった、力のある教師が、学校現場での仕事ぶりを評価されて、そのような立場に就くことが多いでしょうから、その人物や力量に疑いはないはずです。

しかし、この現状は打破すべきだろうと思います。

近く刊行予定の『インストラクショナル・コーチング(仮題)』★ の前書きから引用します:

「日本の学校に、教師のためのコーチングを導入したい。

これが私たちの提案であり、この本を翻訳した理由です。

本書の主題は、教師が教育専門職として成長することを目的としたコーチングです。私たちは、これを「インストラクショナル・コーチング(Instructional Coaching)」と呼ぶことにします。 教師が、教師として成長し、自身のもつ資質、能力、ポテンシャルを最大限に発揮できるようにサポートするコーチングのことです。教育者としての幸せな人生を送ってもらうためのコーチングと言ってもよいと思います。」

本書の原著者であるジム・ナイト氏らは、ICG(インストラクショナル・コーチング・グループの頭文字をとったもの)という団体を運営していますが、そのホームページ(https://www.instructionalcoaching.com)に、インストラクショナル・コーチの役割が書かれています:

「インストラクショナル・コーチは、生徒が学校で成果をあげられるように、教え方や学び方の改善を、教師のパートナーとして支援します。そのために、コーチは教師と協働して、現状の的確な把握、目標設定、目標達成のための教え方の選定、進捗の管理、目標達成までの課題解決などを行います。一言で言えば、インストラクショナル・コーチの役割は、生徒の学びが最大限になるように、教師の仕事を後押しすることと言えます。」

本書の柱は、ICGの長年の研究成果と実践に基づいてまとめられたインストラクショナル・コーチング成功の7つの要因です。

1. パートナーシップの原則
2. コミュニケーション力
3. リーダーとしてのコーチ
4. インパクト・サイクル
5. データ
6. 教師のためのプレーブック
7. サポート

経験則に基づいた指導助言ではなく、教師が自らの力で成長していくことを支援する。主人公は教師であり、コーチはあくまでパートナー。専門的で、厳しい、そして、情熱をもって教師の成長を見守る。

インストラクショナル・コーチングこそが、日本の教育のゲーム・チェンジャーになるかもしれません。


★『インストラクショナル・コーチング』(ジム・ナイト著、図書文化、2024)まもなく発刊予定です。