2020年11月29日日曜日

イノベーション、そして気候変動問題

まず、『イノベーションはいかに起こすか』(坂村健・NHK出版新書2020)を紹介します。この本の冒頭に次のような一節があります。

 

「イノベーション(Innovation)」は日本語に訳しにくいが、元々はオーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが1911年に言い出したとされる言葉で、その意味するところは「経済活動において利益を生むための差を新たにつくる行為」ということだ。

経済学では、理想の市場においては、競争原理により価格は限りなく原価に近づき、利益はいずれ最小になると考えられていた。しかし実際にはそうならない。なぜかということで、シュンペーターは何らかの「差」が新たに生まれ続けることで、市場がリセットされ、利益も生まれ続けるのだと考えた。そしてその要因に「イノベーション」と名付けた。利益を生みさえするなら、その「差」は新しい技術で性能が上がったことによるものでも、原料の調達先を変えて価格を下げたことによるものでも、なんでもいい。

ところが、我が国で「イノベーション」といえば、1958年の経済白書で「技術革新」と訳したことをはじめ、意味を狭めて長らく使われていた。何か新技術によるものだけでなければイノベーションではないと思いこまれてしまったのだ。しかしネット社会が我が国でも進展し始めた2007年になって、経済白書も新しいビジネスモデルなどに注目し、本来の意味に戻ったというべきか、広い意味での革新に注目し始めたようである。

 

こんな経緯があったのかと今更ながらに思うわけですが、こうしたイノベーションがなかなか起きなかったところに今日の我が国の経済の衰退(衰退と考えている人も少ないかもしれませんが)、及び教育におけるICT化の遅れなどにも大きな影響を与えているのだと思います。

ところで、イノベーションで一つ思い出したことがあります。ここでのイノベーションは狭義の「技術革新」の方です。

何を思い出したかというと、気候変動について、もう本気で私たちが考えなければいけない、「ポイント・オブ・ノーリターン(以前の状態に戻れなくなる地点)」が目の前まで来ているということです。今まで、環境保護やリサイクル運動、あるいは技術革新による二酸化炭素の削減等、こうしたことに取り組めば何とか地球の生態系は維持されるのではないかと私も考えていました。

しかし最近、『人新世の「資本論」』(斎藤幸平・集英社新書2020)を読んで間違いであることに気づかされました。「経済成長」という旗を掲げたままでは、エネルギー消費量は抑制できず、結果として地球上の平均気温の上昇を抑えることができないということです。それでは、「成長」なしに人間は生きていくことができるかという大きな問題にぶつかることになります。その点に関しては、著者はマルクスの『資本論』に学ぶことで解決のヒントが得られるのではないかと提言しています。

(『資本論』は第1巻のみマルクスの手で出版されましたが、その後彼が亡くなってしまったため第2,3巻の編纂は盟友のエンゲルスの手によるものだそうです。マルクスの残した膨大な「研究ノート」を含めて、新たに国際的な全集発刊のプロジェクトがスタートしているようです。)

詳しくは、先ほどの本を読んでいただくことにして、ここで一つ付け足しておきたいことは、次のことです。最近、SDGsが教育分野でも盛んに語られるようになりました。

「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals)は、2015年の国連総会で採択され、経済成長、貧困、人権、気候変動、教育(識字率)など17の目標の達成を目指したものです。そして、これが持続可能な経済成長のあり方として、「最後の砦」の旗印となっているということです。そこのところを同書から引用します。(61ページ)

 

例えば、イギリスや韓国を含む七ヶ国によって設置された「経済と気候に関するグローバル委員会」は、「ニュー・クライメイト・エコノミー・レポート」を発行している。そのなかで、「急速な技術革新、持続可能なインフラ投資、そして資源生産性の増大といった要素の相互作用によって、持続可能な成長は推し進められる」とまとめ、SDGsを高く評価している。そして、「私たちは、経済成長の新時代に突入している」と謳いあげた。エリートたちが集う国際組織において、気候変動対策が新たな経済成長の「チャンス」とみなされているのが、はっきりわかるだろう。

 

「成長」を前提としたこのような施策を続ける限り、二酸化炭素排出量は地球全体としては削減できないでしょうし、地球の限界と相いれるものかどうかが疑問なのです。先ほど教育分野においてもこのSDGsを積極的に取り入れようという動きがあることに触れましたが、このあたりのことを深く考えておかないと、とんだお先棒を担がされることになりかねません。本物の「深い学び」とはこうしたところまで考えることを指すのではないでしょうか。富裕層を中心にした現在の新自由主義(自己責任論と格差是認)に支えられた資本主義が追求するのはどこまでいっても利潤です。そのためには、目下の危機から目を背けさせるSDGsが政府や企業のアリバイづくりにしか過ぎない面があることを見抜く目や感性が大切なことを確認し、多くの人々が現実を直視できるようにしていかなければならないということです。

問題解決のための処方箋は簡単にはできません。前回取り上げた「集中から分散へ」という考え方も必要ですし、様々な視点からの検討が求められるものと思います。学校においても、「総合的な学習の時間」や教科横断的な取組のなかで、「いま地球にある危機」を子どもたちと共に考えていければと思います。(日本は二酸化炭素排出量が世界で5番目に多い国です。)


併せて、科学技術と社会のあり方を問うような取組が教育のなかでも積極的に進めていかなければいけないと思います。それは、このコロナ禍の様々な出来事や原子力、エネルギー政策に対する考え方を見ていて痛感するところです。このような科学技術と社会のあり方に関しては、『解放されたゴーレム』(ちくま学芸文庫2020.11)を読んでいただくことをお勧めします。

2020年11月22日日曜日

新刊『「学校」をハックする』紹介


 原書タイトルは、Hacking Education(教育をハックする)で、アメリカですでに15冊以上出ているハック・シリーズの最初の本です。訳者として、書かれてある内容を精査すると、「教師の仕事をハックする」というタイトルを考えましたが、「それでは売れないよ」と編集者に言われて、間を取って、『「学校」をハックする』を選択したという経緯があります。(どれも外れていません! 教師が変われば、学校は変わり、教育もよくなりますから。)

 この本の著者の一人で、シリーズの発行人でもあるマーク・バーンズは、「ハック」を次のように捉えています。(本書のviviiページからの引用)


 ハッカーたちは、世の中を当たり前であると考えない。彼らはおかしいと思った部分を壊し、つくり直している。

 ハッカーは試行錯誤を繰り返す人であり、修理人でもあります。彼らは、誰もが思いつかない解決策を提示します。・・・彼らは、すでにある課題に対する解決法をより良くしよう、つまりハックしようとしています。それらの課題を、逆さまの視点から見たり、まったく違った視点から考えようとしているのです。

 ハッカーの視点は、課題について影響されておらず、課題に内在する問題を違ったところから見ることができる人の視点です。

**** 

 このような視点に立って学校というか、教師の仕事を見た結果、かなりニーズが高い10のハックにまとめて編集したのが、この本だったということです。そのプロセスについても結構詳しく書かれているので、似たようなことを別のテーマで考えたい人の参考になります。(その後、教育のというか、学校の多様なテーマを扱ったハック・シリーズに成長したわけです。3週間後には、シリーズの中で最も売れている『生徒指導をハックする』の邦訳が発売されますので、ご期待ください!)

 この本で扱われているのは、いずれも日本でも共通の(しかも、切実な?!)課題ばかりです。

  長時間の無駄な会議を葬り去り、クラウド(オンライン)会議に切り換える

  ほとんど行われていない授業の相互見学を実現する「見学可能な授業の一覧表(オープンクラス・チャート)」で教師の協働を後押しする

  喧騒から逃れ、静かに授業準備をする(静かなひと時を過ごす)教師の静寂エリアを設ける

  生徒の小さな問題行動に対応しきれないのを、一冊のノートに行動の記録を収録し、クラス運営をスムースにする

  ICTサポートの不足を、得意な生徒たちに活躍してもらうことで補う

  機能していない指導教官制をやめ、複数のメンターで若い教師を育てる

  家庭学習の部分がうまくいかない反転授業を、家庭学習の部分を授業内で行うことで乗り越える

  本に触れる生徒を増やすために、学校のあちこちに図書コーナーを設置する

  ブラックボックス化している授業を、SNSで透明化する/発信する ~ 発信できるレベルの授業をする!!

  生徒を数字に置き換えるのではなく、多様な視点から生徒の情報を集め、それを授業に活かす

タイトルからほとんど中身が想像できるのではないかと思いますが、例えば最後の10番目は、教師は教科書を教えて、テストをして、成績をつけてという習慣を改め、まずは、生徒のことを知る努力をしましょうということです。教える相手を知らないで、本当によく教えることなどできるはずがないのですから★。紹介されているのは、生徒の①情熱、②家族構成、③課外活動、④学習状況(得意不得意)、⑤食事関係(好きなもの)、⑥健康状態、⑦スキル、⑧その他、です。(これを一つの表/スプレッドシートに書き出すと、埋められていないところが、情報が把握できていないところだとすぐに分ります!)こういった生徒にとって大事なことを無視したまま、教師と生徒の関係が続くのと、こうしたことも踏まえながら授業が展開されるのとでは、生徒のやる気や取り組み具合は大分違ったものになるのは明らかです。

この本を読めば、あなたもハッカーになれるように書いてあります。ぜひ、ご一読を。


★ それに対して、文科省のアプローチは、教師が誰であろうと、生徒も誰であろうと、教科書さえあれば、「同じ指導が受けられる」を前提にしていないでしょうか? 結果的に、生徒のことをよく知るという当たり前のことがおざなりにされているのではないでしょうか? これこそをハックしないと! (『教科書をハックする』や『教育のプロがすすめる選択する学び』などが参考になります。)

 

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2020年11月15日日曜日

答えよりも考え方へ 下書きアイディアを共有するラフドラフト思考

みなさんは学生時代の算数・数学の授業を振り返ってみると、どのような生徒でしたか? すぐに正解へ辿り着く賢い生徒でしたか? それとも正答を出せずに教室の中では、こっそりと過ごそうとしていた生徒でしたか? 

正解か不正解かを重視する授業では、数学が得意な生徒も苦手な生徒も失敗やリスク犯してまで深く考え、探究しようとしません。何も考えずに解法を丸暗記するのが落ち。しかし、算数・数学の授業そのものが、協力的な環境へと変化すると、生徒たちは自分のアイディアをより積極的に共有し、自信を持ってやる気を感じ、授業へ考える事へ参加するようになります。

 

デラウェア大学教育学部教授のアマンダ・ヤンセン氏は『ラフドラフト数学』で、これまでのような正答を求めるだけの算数・数学から、生徒同士がアクティブに考え合う、共有に重きを置いた新しい数学実践を提案しています。

 

ラフドラフトとは、下書きのことです。ラフドラフト数学は、生徒がその未完成で進行中の自分の考えを共有し、アイディアを修正するために話し合えるようにすることです。答えや計算の手順ではなく、自分の考えについて話してもらうことで、生徒同士が考える機会を増やすことができるのです。算数・数学の問題のラフドラフトを作成し、それらを共有し議論することにより「私のアイディアは重要なんだ」と、生徒はお互いの学習に貢献する喜びが生まれてくるのです。

 


 

 

デラウェア州の数学教師クリスティン・ヒューバード先生は、生徒にドット図をパッとTV画面に簡単に見せ、「いくつの点があるかを考えてください」と、何個の点があるのか尋ねます。すると生徒全員が8つあることを発表しました。「なぜそこに8つの点か、その数え方を共有してくれる人はいますか?」と質問し、生徒が点をどのように数えたのかその方法を検討するようにしました。ある生徒はホワイトボードやGoogleスライドを使い、様々なアイディアを共有しました。




 

その後、生徒たちはダイヤモンドのような形を何と呼ぶか質問し、議論しました。「この形には2組の平行な辺があるので、平行四辺形かもしれない」と提案します。その後、五角形や「まだ見たこの無い奇妙な四角形」など、複数の生徒がアイディアを出し合いながら、数学概念を理解するための探究的な対話に参加することで、クラスは正解へとたどり着きました。  

 

"生徒に数学に興味を持ってもらうためには、生徒が真の意味で探究する機会を提供する必要があります。教科書や教師ではなく、子供たちに質問をしてもらいたいのです。

★★

 

これらのラフドラフト思考を促す問題には、複数の解法や正解がある課題を設定する必要があります。複数の解法や正解がある課題は、数学についての議論を促し、考え方を見直す機会を与えてくれるからです。例えば、ドット図の多様な数え方、グラフから分かることや方程式の中で起こっているストーリーを一人ひとりのアイディアとして紹介し合うことができます。

 

最初に、ラフドラフト(まだ考え中の自分のアイディア)を他の人と共有すること。それには生徒が安心して、自分の考えを聞いてもらう安心感を醸成しなければなりません。最初のアイディアは大切であるけれど、最初に問題を解くことは期待されていないことを、生徒たちが事前に知っている必要があります。アイディアは完璧である必要はありません。何か新しいことを考え、それが自分にとって意味のあることなのかどうかを理解しようとするときには、まだうまく言葉にできないため流暢に伝えられるものではありません。

 

ラフドラフトの共有は、生徒がそれぞれのアイディアを紹介した後、グループで比較検討します。他の人との類似点を見つけることは、今の考え方を広げて深く考えるきっかけとなります。また、他の人のアイディアとの相違点に気づいた場合、その違いが重要かどうか、自分の考え方の間違えや修正する機会ともなります。これらは教師や生徒、そして生徒同士の対話によって、または文章に書き直したものを共有することによって、算数・数学におけるセンスメイキング(自分の学習への意味づくり)の能動的な学習プロセスを作り上げることができるのです。

 

授業の最後に、生徒達は、自分の考え、友だちの考えから、最終的に修正した自分の考え「ファイナル・ドラフト」を書き出します。それは、決して正答や解決方法の結果発表会ではなく、それまでの生徒の思考の変遷そのものが、価値あるものとして体験できるはずです。(そのためのワークシートは、P163。)

 


上:自分の考え

左下:他の人からの考え  右下:考え直したアイディア

 

“生徒が成果を発揮する必要がある(正確な答えを求めること)と感じている教室空間から、生徒が探究する教室空間へと変化していくことが、私の夢です。”P16より

 

教師は、生徒の考えに欠けているものを見つけることよりも、生徒の考えがどのように変化していくか、そのことに喜びを感じるようになることができるとヤンセン氏は語ります。

算数・数学を「共有の探究」として捉え直すことで、より多くの生徒がお互いの問題解決に貢献し、算数・数学の概念を共に考え合い理解する機会を得ることができるのです。生徒一人ひとりのアイディアには強みがあります。教師がラフドラフトの価値を強調し、生徒同士がそのアイディアの何に価値あるのかを指摘し始めると、誰もがみな数学的な強み(生まれつきの数学が苦手な人はいない!)を持っていると考えるようになってきます。

 

正答を直線的に求めることから、その途中のプロセスを仲間と共有し一緒に考え合うこと、深く考えることで、学びにエンゲージし(夢中になり)、間違えや失敗することに臆すことなく自信をもって考えるようになります。ラフドラフト思考は、算数・数学の授業を、生徒が声に出して話し合い、考えることそのものが心地よいと感じるような、魅力的な探究の共有の場にしてくれる強力なツールです。このような実践がより一般化されるためにも、邦訳が待ち遠しいところです。

 

     

Amanda Jansen Rough Draft Math: Rough Draft Math: Revising to LearnStenhouse Publishers (2020/3/17)

 

★★ 

Rough Draft Thinking Can Make Math Class More Inclusive 

https://www.edutopia.org/article/rough-draft-thinking-can-make-math-class-more-inclusive

 

2020年11月8日日曜日

書評:『「おさるのジョージ」を教室で実現~好奇心を呼び起こせ!』

  この4月から小学校では、2017年に改訂された学習指導要領が完全実施されました。来年度は中学校で完全実施されます。高校は再来年度からです。新学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」を実現するための授業を展開することが求められています。また、「主体的な学び」と「深い学び」に関連して探究的な学習も重視されています。特に、高校では「総合的な探究の時間」、「古典探究」、「地理探究」、「日本史探究」、「世界史探究」、「理数探究基礎」、「理数探究」と探究科目がいくつも新設されました。

 しかし、実際の教室では、やはり教科書を中心とした旧態依然の「教えること」が中心の授業が展開されているように思えてなりません。これが、私の勘違いなら嬉しい限りです。

 子どもたちの探究の原動力となるのが、本のタイトルにある「好奇心」です。絵本に登場する「おさるのジョージ」は、正にその好奇心の代名詞のような存在です。本書では、ジョージのように幼稚園や小中学校・高校で、子どもたち一人ひとりが生まれつきもっている好奇心を発揮し、自立的な学習「探究」をどのようにして実現するか、以下の構成で一つひとつ丁寧に解説されています。

 はじめに―好奇心に満ちた教室にするために

 第1章 探究と試行を促進する

 第2章 学習を自立的で苦にならないものにする

 第3章 内発的動機づけを取り入れる

 第4章 想像力・創造力を強化する

 第5章 質問することを支援する

 第6章 時間をつくる

 第7章 好奇心の環境をつくる

 おわりに―教える際には何が大切かをしっかり見極める

著者のウェンディ・L・オストロフは、発達心理学と認知心理学の専門家で、大学で教師教育に携わっています。子どもの発達、学習、教育に関する学際的な講義を構想し、実践してきた人でもあります。それぞれの章で述べられている好奇心の特徴や子どもたちの学びとの関係、好奇心を発揮させるための具体的な手立て、教師が教室で行うべきこと、行ってはならないことなどについて、発達心理学や認知心理学、学習科学など様々な研究の知見を基に述べられていて、説得力があります。

また、本書で紹介されている実践例は、幼稚園から小中学校、高校、大学まで幅広く、教科も広範囲に及んでいます。文献研究だけでなく、教師教育にかかわる著者自身が、幼稚園や小中学校・高校を実際に訪問したり、現場の教師との交流をしっかりと行ったりしていることも想像できます。

さらに、大学の教育者としての著者自身のユニークな教育実践・授業実践も紹介されています。それも成功した実践例ばかりでなく、失敗例とそこから学んだことが書かれています。著者の誠実な姿勢が伝わってきます。

子どもたちが好奇心を発揮しながら自立的な学習「探究」を行えるようにするために、教師として意識すべきこと、行うべきこと、してはならないことなどを本書から抜き出してみました。

・子どもは生まれながらに、素晴らしい学習能力をもっている。

・子どもを信じる。子どもに任せる、委ねる。

・忍耐強く見守る。

・子どもが自分で決める。教師がコントロールしない。

・教師自身も探究する(子どものロールモデルとなる)。

・自由で計画に縛られない時間を保障する。

・子どもが試行錯誤できる。教師も子どもも失敗を受け入れる。挑戦する。

・選択できるようにする。

・成長マインドセットを促進する。

・想像力が好奇心を支える。

・想像力に富んだ子どもは、優れた認知的発達と学問的成功を示す。

・ストーリーテリングが想像力を育む。

・質問することは、学習に火をつける。

・質問は、理解を可能にし、理解を反映するので、学習方法およびカリキュラムデザインの最前線に位置するものです。

・質問は、思考そのものの「種」なのです。

・質問することで、生徒はより積極的に学習に取り組み、認知プロセスを刺激し、思考の枠組みを明確にするようになる。

・拡散的思考

・もっとも成功を収めた思考者(科学者、作曲家、芸術家、作家)は、もっとも多くの失敗を経験するのですが、それは多くの試みを行うからです。

・急ぐことは、深い学びへの道ではない。

・途切れることのない長い時間が好奇心を開花させる。

・空間を工夫して配置することは、指導目標を達成するための強力な要因となり得る。

・生徒の参加と学習の進捗度は、部屋の色、空間の柔軟性、環境の複雑さ、そして照明にもっとも影響を受けている。

・好奇心を育成するためには、教室空間が学習者中心になっていなければならない。

 特に、私が重要だと感じたのは、第5章「質問することを支援する」です。質問は、好奇心の現れです。

哲学者のスコット・サミュエルソンの言葉「質問すること自体が、私たちを変えるのです」や社会学者のニール・ポストマンの「質問の仕方とつくり方に関する技術は、教育における中心的な焦点の一つであるべきだ」が引用され、「よい質問や効果的な質問をするためには、学習に対して創造的に取り組むような活力が要求されます。その理由は、「質問することは、さらなる質問につながる行動を生み、その結果として、さらに大胆な探究につながっていく」」という、質問によって探究が大きく促進されることが述べられています。

そして、子どもたちの質問を促進するための具体的な方法として、ダン・ロススタインとルース・サンタナの「質問づくり」やソクラテス式の「問答法」、豊田佐吉の「5つの「なぜ」」が紹介されています。

さらに、子どもたちの好奇心を育み、活性化するための教室空間について、詳細に述べていることは本書の極めてユニークな点だと思います。

 書評の結びに、本書と共に以下の本で紹介されている具体的な手立ても参考にしながら、「おさるのジョージ」のように子どもたちが生まれながらにもっている好奇心を発揮し、自立的な学習「探究」が多くの教室で実現されることを切に希望しています。

■『たった一つを変えるだけ~クラスも教師も自立する「質問づくり」』新評論

■『教科書をハックする~21世紀の学びを実現する授業のつくり方』新評論

■『遊びが学びに欠かせないわけ~自立した学び手を育てる』築地書館

■『だれもが〈科学者〉になれる~探究力を育む理科の授業』新評論

■『教育のプロがすすめる選択する学び~教師の指導も、生徒の意欲も向上!』新評論


 以上は、主には中学校で長らく教え、管理職を務めた後、いまは大学で教えている大関先生が送ってくれた書評でした。


2020年11月1日日曜日

新刊紹介『退屈な授業をぶっ飛ばせ-学びに熱中する教室』


多くのアメリカの高校生が、授業に退屈(Boredom)を感じているという。その現状を、本書の第1章の最後のページから、少し長くなるが引用しておきたい:

「UCLA名誉教授で、教育の機会均等が専門のジーニー・オークスは、個人の教育的ニーズに応えることを装って、低所得層の、非白人の家庭の子どもたちが、楽しくもなく、魅力もないクラスに割り振られる傾向があると、繰り返し主張している。一方で、学力上位クラスに割り振られた生徒たちには、知的に高度な考察や興味深い問題解決学習の機会が与えられている。低学力層のクラスでは、答えを書き写すだけだったり、同じような問いに繰り返し応えるだけの、単純な記憶や簡単な内容理解が求められる活動に限られていた。 

ファインは、この問題について教師たちと議論を続けてきた。そこで明らかになったことは、より主体的に学べる課題が与えられれば、低学力の生徒でもよく学べるという数多くの事例があるにも関わらず、学校や教師たちの多くは、来る日も来る日も、生徒たちに基礎基本を覚えるためのドリル的学習を課し続けているという事実であった。 

生徒たちは、これが終わったら、もっと楽しい学習に進むと繰り返し聞かされている。でも、そのような日は決して訪れない。

結局、生徒たちは、そのような学習を続けることに幻滅し、学ぶことをやめ、多くの場合、中途退学してしまうのである。ワクワクするような学びを一度も経験することなく。」


我が国も、まったく同じ状況ではないだろうか。学ぶことは、もっと楽しいことだったはずだ。ワクワクするような学びのある教室とはどのようなものだろうか。

21世紀を生きていく若者には、新しい学力が求められている。わが国でも、「総合的な学習の時間」の導入以降、自ら考え、自ら学ぶ児童生徒の育成が期待されたが、日本の学校教育はいまだ変革の途上だ。多くの学校では、今でも一斉授業が主流であり、教師が熱心に話し、生徒は真面目にそれを受け入れている。新しい学び方が求められていることは、認識しつつも、従来型の古い教え方を捨て去ることができていない。「主体的、対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」への関心も高まりつつあるが、部分的に討議や発表を取り入れる程度で、授業の本質的な変革には至っていないと思われる。

本書(Beat Boredom-Engaging tuned-out teenagers)は、そのような現状に一石を投じ、本格的な授業改革に踏み出したいと考える教師に、実践のアイディアと多くの示唆を提供してくれる貴重な一冊である。

本書には、ジャーナリストから教員に転じた筆者が、試行錯誤しながらその退屈さを打ち破り、生徒主体の授業をつくりあげていく様子が生き生きと描かれている。伝統的な授業や保守的な先輩教員との葛藤に揺れ動きながらも、生徒にとって本当に必要な学びとは何かを問う、映画のような教育ドキュメントとなっている。

本書で紹介されている事例は、著者が指導していた高校の政治経済、歴史、ジャーナリズムに留まらず、理科、数学、国語など多くの教科に及んでおり、教科統合的な授業づくりへのヒントも数多く散りばめられている。また、生徒の主体性を引き出す手法や考え方は、小中学校は言うに及ばず大学などでも応用が可能なものとなっている。

あらゆる校種、あらゆる教科において、主体的、対話的で深い学びを実現するためのエッセンスがちりばめられた一冊と言える。


◆書籍情報

マーサ・ラッシュ著(長崎政浩,吉田新一郎訳) (2020) 『退屈な授業をぶっ飛ばせ-学びに熱中する教室』新評論.

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