2023年1月28日土曜日

『デンマルク国の話』

デンマークは人口579万人(2020年の統計資料による)、国土の面積は43千平方キロと、日本の約九分の一の広さです。立憲君主制で、女王マルグレーテ2世が在位されています。

自治領として、グリーンランドとフェロー諸島があります。最近放送されたテレビドラマでこのフェロー諸島を舞台にしたものがありましたが、手つかずの自然が残る地域のようです。ただ、北欧に近く、いかにも寒そうな印象を受けました。

 さて、何でこのような話をしたかというと、年明けに内村鑑三の『デンマルク国の話』を久しぶりに読んだからです。私が最初にこの話を読んだのは、中学生のころでした。もう半世紀以上の前になりますが、その後の生き方に大きな影響を受けました。

 これは、191110月に行われた講演がもとになっているものです。 

その内容はおおよそ次のようなものでした。

1864年、ドイツとオーストリアとの戦争に敗れた小国デンマークが南部の肥沃な土地を奪われ、経済的にも困窮しました。それを植林によって、肥沃な大地をつくり出し、国を立て直したという実話に基づくものでした。その中心がダルガス親子なのですが、不屈の精神をもって、作物の育たない不毛の大地を肥沃な土地に変えていくという、多くの人に勇気と希望を与えた話です。当時、内村は最愛の娘を亡くし、人生の大きな試練に立たされていたのですが、そのさなかに自らの生きる力を鼓舞するようにこのお話を語ったということです。

また、『後世への最大遺物』も多くの人々に力を与えてきましたが、『君たちはどう生きるか』の著者である吉野源三郎も内村に大きな影響を受けた一人です。彼が、高校生のときに内村の『リビングストーンの一生』という講演を聞き、その感動を長く忘れることはなかったと書いています。その後『後世への最大遺物』に触れる機会があり、それが自分の人生に不安を抱いたときに自分を支える大きな拠り所となったようです。

この二つの講演はこれからのわが国の未来を考えるうえで、とても大きな指針になるように思います。また、人間の強い意志というものは、人から人へと伝わっていくものであることがわかります。ここにこそ未来への希望があり、「バトンを渡していく」ことが教育の大きな目的であることを改めて確認させてくれます。 

2004年の国立大学の法人化に伴って、国立大学の予算を年に1%ずつ削減していきました。このことが今になって、じわじわと日本の科学技術の先行きを暗いものにしています。

思いつきのような施策を展開するのではなく、百年先を見据えて手を打つことがいかに大切か、私たちも内村や吉野から受け取ったバトンを次世代につないでいきたいものです。

前回も書きましたが、日本の企業の稼ぐ力が本当に弱くなっています。過去の成功体験に引きずられて、なかなか改革の進まないのは、あらゆる分野に共通することです。ここでじっくりと未来を見据えて新たな道を切り拓くことです。多くの若者が未来に希望が持てるようなイノベーションをあちこちで起こしてほしいものです。 

2023年1月22日日曜日

新刊『成績だけが評価じゃない ~ 感情と社会性を育む(SEL)ための評価』

 これまでに評価関連の本は、すでに何冊か出してきました。たとえば、

・『テストだけでは測れない! : 人を伸ばす「評価」とは』

・『成績をハックする ~ 評価を学びにいかす10の方法』

・『一人ひとりをいかす評価 ~ 学び方・教え方を問い直す』★

です。それらに加えて、なぜ新たな本を加える必要があるのでしょうか?


  著者本人の言葉(「はじめに」より)で紹介します。

私たちが生徒を評価する方法を思い浮かべれば、何を重視しているかがよく分かります。また、それを重視すれば誰が一番得をするのかという点についても分かります。誰が意思決定をしているのか、そしてその決定が、生徒を評価し、レッテルを貼り、彼らを無気力にしてしまうプロセスをつくりだす方法にどのような影響を与えているのかについて、教師として認識しなければなりません。言い換えれば、生徒にレッテルを貼ってしまうと、彼らに固定観念をもたせてしまい、時にはそのレッテルが剥がせなくなってしまうということです。

生徒は、教師の話すことを聞き、それを自分のなかに取りこみ、良くも悪くも「これが自分だ」と信じこんでしまいます。

本書の目的は、管理職と教師などの教育者を対象にしたもので、「感情と社会性の学習(SEL)」★★を教科内容に組みこんで評価を実践する場合、どのような評価が最適なのかについて検証する際に手助けすることです。そして、その結果、すべての生徒が学習に対する前向きな気質を育み、学校と教育の制度が一人ひとりの学びの尊厳を保障することを目指します。

たとえ教育を管理する際の効率化のためであっても、テストや成績を使って子どもを序列化してはいけません。また、「将来、あなたはリーダーという立場に就くとよい」とか「あなたは従属的な役割が向いている」などと社会的なヒエラルキー(階層)を指定するようなことが言ってもいけません。

 (中略)


私は、オルタナティブ・アセスメントとアセスメント改革にかかわってきた経験(『成績をハックする』を参照)とSELに関する研究から、これらの領域が重なる部分をさらに深く掘り下げる必要があることを知りました。そして研究を進めるなかで、核となる5つのSELに出合いました。これらのスキルは、教科指導とSEの統合を推進する目的で1994年に設立された非営利団体「Collaborative for Academic, Social, and Emotional LearningCASEL」によってまとめられたものです。

自己認識とは――自分の感情を認識し、それに名前をつけ、その感情が自分の学習、他者とのつながり、自分の反応などにどのような影響を与えるのかを特定する能力です。評価の観点では、自己認識は振り返りの形で現れ、生徒自らが学びとったことを根拠にして、自分の知っていること、できることを表現する能力です。生徒自身が自分の学習状況を理解すれば、自分が何を必要としているのかを私たちに伝えられます。

自己管理能力とは――自分の感情を調節し、整理して、自らを動機づける能力です。ここでは、目標設定と結果責任について考えます。生徒は振り返りのなかで、自らの形成的な学習経験からのフィードバックを受け取り、次の目標設定に活かせます。このようにして私たちは、学習状況を把握し、目標を設定し、自己評価への理解を深めるように生徒を指導します。

社会認識とは――他者の視点をもって、他者に共感する能力です。また、文化的な認識と多様性にもかかわるものであり、さらに教育の場合は公平性(公正)の問題ともなります。評価の領域では、クラスメイトからのフィードバックと相互評価を指します。

生徒がお互いに協力しあい、より良い学習環境が構築できるように指導するときは、少し難しい会話ができるような空間をつくって、私たち全員が学習者として成長できるようにします。また、他人の対応やフィードバックの仕方についていえば、その人を丸ごと理解していく必要があります。

対人関係は――私たちを互いに結びつける、持続可能で健全な人間関係の形成です。この能力において鍵となるのは、コラボレーション(協働)とコミュニケーションです。教室において、とくに評価にかかわる会話のなかでは、いかに協力して一緒に取り組めるようにするのか、つまり問題を解決するための方法を提供するといった形で生徒が共感し、理解するために、お互いの声に耳を傾けられるようにしなければなりません。

こうした関係性のスキルを深く学ぶ機会を何度も設けて、雰囲気づくりを行うなど、将来、一緒に働く人たちとのコミュニケーションが円滑になるための準備をします。

責任ある意思決定とは――状況を把握し、起こりうる結果を検討しつつ適切な選択をすることです。問題を特定し、複数の解決法を考え、そのなかから一つを選んで行動を起こします。

この能力を評価するためには、生徒が何をしなければならないかを見定め、よりよい選択ができるような機会を提供する必要があります。生徒の意見が一致しないときに介入するのではなく、意見の相違を自分たちで解決させて、その会話がどのように学習を改善したり、妨げたりしたかについて振り返ってもらいます。さらに、この能力はプロジェクト学習の一環となるので、単に時間を管理するだけでなく、生徒の各チームが目標を達成するように配慮します。

これら5つのSELの核となる能力は、学習するときを含めて、生きていくうえで不可欠となる「思考の習慣」(https://projectbetterschool.blogspot.com/2022/11/blog-post_20.htmlの2つ目の表を参照ください)として研究者が提示しているものと重なります。それらはすべて教えられますし、教えられるべきものです。また、誰にも居場所があるクラスを築くために、すべての年齢層の生徒と接する際には不可欠な要素となります。

 (中略)


本書では、第1章から第4章までにおいて「CASEL」の能力を取り上げ、その内容と、生徒の感情と社会性のウェル・ビーイングを促進しながら、子どもたちの学びをよりよく評価するために学校がすべきこと、そしてそれらの能力との重なりを説明していきます。

また、各章では、単元末のテストや総括的な文章課題だけでなく、継続的に行われる日々の形成的評価も含まれていることを念頭に置いて、全人教育(「whole-child education」のことで、教科の学習だけでなく、感情と社会性の発達など、子どもの成長を包括的に支援する学びを指す)とその評価の経験を築くための授業のあり方を紹介していきます。さらに、第5章では成績について、第6章では個別の評価について取り上げています。

評価とは、固定的なものではなく活動です。すべての生徒が必要なものを得ていると確認するために、継続的に取り組む形成的なプロセスであることを忘れてはいけません。日常的に生徒の学習を評価するというのは、いうまでもなく教師の責任です。これは、教師だけでなく生徒にとっても重要です。

生徒は、自分が何を知っているのか、何ができるのか、そしてそれをどのように学んだのかについて話し合う必要があります。一方、教師は、すべての生徒が効果的に学習できるように、指導はうまくいっているのか、何を修正し、改善する必要があるのかについて知る必要があります。

テストに表れるような成績は、評価全体のごく一部分でしかありません。目につきやすいため思わず重要視してしまいますが、ほんの些細な部分にすぎないのです。このような総括的なものでは、子どもが何を知っていて、何ができるのかは明らかになりません。さらに悪いことには、その後の学習に役立ちません。

フィードバック、振り返り、そして生徒一人ひとりのニーズを考慮した個別的な学習アプローチこそが効果的な学習者を育てるのです。このような学び方であれば、生徒が新しい知識やフィードバックを適用し、練習し、目標を設定し、教師やクラスメイトの助けを借りながら、スキルや内容についての知識を習得する機会が継続的に提供されます。このような取り組みこそ、私たちが重視すべきことなのです。

 

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★上記のリスト以外に、本全体ではなくても、その一部(かなりの部分)で評価が扱われているものには、

・『イン・ザ・ミドル ~ ナンシー・アトウェルの教室』

・『歴史をする ~ 生徒をいかす教え方・学び方とその評価』

・『一人ひとりを大切にする学校 ~ 生徒・教師・保護者・地域がつくる学びの場』

・『シンプルな方法で学校は変わる ~ 自分たちに合ったやり方を見つけて学校に変化を起こそう』

・『あなたの授業力はどのくらい?~ デキる教師の七つの指標』

・『プロジェクト学習とは ~ 地域や世界につながる教室』

・『教科書をハックする ~ 21世紀の学びを実現する授業のつくり方』

・『増補版 「考える力」はこうしてつける』

・『ピア・フィードバック』

などがあります。

 

★★SELについては、

・『感情と社会性を育む学び(SEL)~子どもの、今と将来が変わる』

・『学びは、すべてSEL ~ 教科指導のなかで育む感情と社会性』

・『エンゲージ・ティーチング――SELを成功に導くための5つの要素(仮題)』

を参照してください。

2023年1月15日日曜日

いい授業の妨げになっている指導案(単元計画)と教科書!?

 WW/RW便り: 従来のアプローチ と 求められるアプローチ (wwletter.blogspot.com)PLC便り: 『イン・ザ・ミドル』から学ぶ 学期末に向けた自己評価 (projectbetterschool.blogspot.com)の二つの記事と関連して気づいたことです。

 後者に書かれているような評価をするためには、かなりの部分、前者の表の右側の部分が実現できている授業を、年間を通してしていない限りは難しいからです。

 そんななかで、最近、いくつかの(国語、社会、生活、総合など)授業案・単元計画を見る機会がありました。

 それらは、教師ががんばり、生徒はお客さんないし教師にお付き合い(と忖度を強要する★★)授業です。結果的に、私の知り合いの小学校教師が以下のように書いた状態を起こしてしまう授業です。

 

 娘が小学校で勉強をすることを何よりも楽しみにしていたのですが、そんな気持ちもそう長続きはせず、「国語がつまらない」「算数がわからない」と言い出したのです。どうしてなのか尋ねてみると、「登場人物の気持ちを何度も聞かれるのが嫌」というのです。

 

目標/ゴールがズレている。

 多くの子どもが夢を抱いて学校に通い始めるのに・・・すぐに、苦役になってしまう実態があります。しかし、学年が上がれば上がるほど、その度合いは増し、「七五三」などと言われる(高校生の7割、中学生の5割、小学生の3割が授業を理解できない)状態も続いています

 日本で目にすることのできるほぼ100%の指導案は、単元の終わりがそのテーマに関する学習の完結になっています(子どもにとっても、教師にとっても)。

 おそらく、教科書を書く人や、教科指導を専門的に考えている人たちは、年間10前後の単元を教師がこなせば、「あるべき教科の姿になる」と錯覚しているからだと思います。それぞれの単元は、ブツ切りになっていますから、そんなことにはなりませんし、教科の「あるべき姿」すら描かれていません!(それとも、どこかに書かれているでしょうか? 学習指導要領の目標? それは、教師に、ましてや生徒に伝わるものでしょうか?)

 何よりも、それぞれの教科を好きになってもらうことが大切です。(果たして、それを念頭に置いて教科書や指導案はつくられているでしょうか? 苦役をやらされ続けて、好きになれる人はいません! 私自身、社会科以外のすべての教科が嫌いになりました。社会科だけは、空間認識に秀でているので、学校で学ぶ/学ばされることとは関係なく、地理や歴史は得意であり好きであり続けました。他の教科も、空間に関連させて教えてくれたら、好きになれていたでしょう!)

 すべての教科で、自立した学び手・考え手★★★になってもらうことも最重要の目標です。(そんなこと言っている各教科の指導的立場にある人はいますか? いたら、ぜひ教えてください。)

 好きになってもらうことと同じレベルで、それぞれの教科で、自立した書き手や読み手や話し手や聞き手(国語)、自立した問題解決者(算数)、自立した探究者(理科、社会)などに育てることが目標です。

 しかし、私自身、上記の目標のどれも日本の公教育で身につけたとは言えませんでした。海外の公教育や大学教育でも身につきませんでした。やっていたことは、ひたすら「正解あてっこゲーム」でしたから、偉大な時間の無駄遣いでした。

 それが、単元ベースで教科書をカバーしていく正解アプローチの限界(おかしさ!)です。一番大切なことを軽視どころか、無視し続けています。

 

 上記の目標を実現するためには、サイクルを年間を通して回し続けることが効果的です(それらは、すべて基本的には同じといえます)。

国語ではWW/RW便作家のサイクルの検索結果 (wwletter.blogspot.com)

算数では、WW/RW便り新刊案内『教科書では学べない数的思考 ~「ウ〜ン!」と「アハ!」から学ぶ』 (wwletter.blogspot.com)

理科ではPLC便り: 新刊『だれもが<科学者>になれる!』 (projectbetterschool.blogspot.com)

社会では、PLC便りサイクルを回し続けることで自立的なびの姿勢を育てる『社会科ワークショップ』とは (projectbetterschool.blogspot.com)

そして、生活科でおもちゃ作りなどの単元では、https://projectbetterschool.blogspot.com/2021/05/blog-post_16.html(デザイン思考)が参考になり、これもサイクルを回し続けることでは同じです。小学生(それも、低学年)でも回せてしまうことが、この本で紹介されています。『あなたの授業が子どもと世界を変える』の第7章でも、デザイン思考が紹介されています。

 これらのサイクルを回し続ける(それも、一回や二回程度ではなく、身につけるために何回も回す)ことの大切さを知ったのは、私が50歳、60歳を過ぎてからでした!

 ちなみに、このサイクルを回し続ける教え方は、

https://projectbetterschool.blogspot.com/2015/03/blog-post.htmlの表の一番右側に紹介されている教え方です。別名は「カンファランス・アプローチ」といいます。それは、常に生徒にフィードバック/サポートし続けるアプローチです。残念ながら、表の左側二つのアプローチには、その機能はありません。すでに教師が事前にお膳立てしたシナリオをこなすことが目的になっていますから。それらには、「形成的評価」という発想すらもありません。

 サイクルを回し続ける授業には、すべてWW/RW便り: WWが成功する要因分析 (wwletter.blogspot.com)のような環境も整備されているのが、大きな特徴です。(言い方を変えると、居場所https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794812247が確保され、SELhttps://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794812056も、知的な部分と同じレベルで大事にされていることを意味します。)

 

★これの続編が、https://projectbetterschool.blogspot.com/2023/07/blog-post_16.html で読めます。

★★お付き合いや従順・複縦・忖度に値するような授業は、そうあるものではありませんが、これらは今の学校で「隠れたカリキュラム」として、「見えるカリキュラム」(教科指導)よりもはるかに効果的に生徒たちに身についてしまっています。それに対して、授業の多くが「従来のアプローチ」で行われる限りは、そのほとんどが生徒たちには残らない/身につかない形で行われ、教師だけは「やった、カバーした」と言えるものであり続けます。

★★★「自立した学び手と考え手」と「自立して行動する人」は切り離せない関係にあると思います。前者がないので、「観客や傍観者や忖度する人」をつくり出しているという結果になっていると思います。サイクルを回し続けていたり、適切なフィードバックやサポートを受けたりしていたら、行動を起こしたくならない方がおかしいです! それほど、この世界はおもしろいと同時に、問題をたくさん抱えていますから。

2023年1月8日日曜日

『イン・ザ・ミドル』から学ぶ 学期末に向けた自己評価


 

3学期が始まります。この一年間続けてきた学びの集大成に向けて、今、準備をしておくといいことはどんなことでしょうか。私は、この3学期の学びを終えたとき、「私という先生がいなくなったとしても、子どもたちには学び続けることを大切にしてほしい」ということでした。それは、学びの主人公になるということ。子どもたちが学びの質を自分で見定められるように評価を中心にすえることでした。つまり、自己評価です。私自身の反省をこめてこう叫びたい。「学校には教師よる一方的な評価がいかに多いことか!」と。


自己評価は本来、個別化されて、教師と学習者が協力して考えた目標が示され、学習者の知っていることやしたこと、そして、すべきことなどをもとにした判断から始まるものです。そこで、読むこと・書くことに貢献し、教育界のノーベル賞と呼ばれるグローバル・ティーチャー賞の初代受賞者ナンシー・アトウェル著『イン・ザ・ミドル』(三省堂)を読み直してみました。すると、3学期の評価に向けて、第8章「価値を認める・評価する」の自己評価用紙とポートフォリオがまさに! 大いに役立つヒントとなり、さっそく参考にさせてもらいました。

 

自己評価には、各学期末に行う質問用紙「自己評価用紙」を作成します。そこには「書くこと」の質問例が挙げられています。

 

自己評価用紙

l  完成作品数・ジャンルを振り返ることで、生徒が(保護者も)達成できたことをはっきりと知ることができる。

l  自分の作品の特徴を見つける。自分が使った書くことの技について、ミニ・レッスンやカンファランスで教わった文学用語を使って答えることで、その技を自覚し、自分のものになる。

l  書き手としてどう幅を広げたのかを、包括的に振り返る。最初と今を比べ、その成長を喜ぶことができる。

    本書P.317に詳しい項目が挙げられていて、大変参考になります。

l  最後には「執筆量」「綴り」「綴り以外の書き言葉の慣習」「書き手の技における目標」を振り返る。

 





エイブリーの自己評価用紙(書くこと)例

 

 私は現在、小学校5年生の全クラスの算数を担当し、そこでは算数ワークショップに取り組んでいます。そこで『イン・ザ・ミドル』の自己評価用紙を参考に、振り返り項目を書き出してみました。

 

数学者自己評価用紙

l  この学期に解いた良問の数は? 問題づくりをした数学作品の数は?

l  よくできたと思う数学作品ベスト2を選び、その題名を書き、その下に数学者として行ったことを書きましょう。

l  今学期、数学者としてどうやってその問題解決の質を高められましたか。「問題」「計画」「解決」「ふりかえり」「共有」という点から考えましょう。

l  優れた問題解決するためには、どうして「試行錯誤(試すこと、予想すること、確かめること)」が大切なのか、数学者ノート、ミニ・レッスンやカンファランスから学んだことをふりかえり書きましょう。

l  優れた問題解決するためには、どうして「思考のスピードを落とす記録(添え書き)」が大切なのか、数学者ノート、ミニレッスンやカンファランスで学んだことをふりかえり書きましょう。

l  ミニレッスンで学んだ一番よかった問題解決スキルはどれですか。どうしてそれがベストなのか、その問題解決スキルの優れた点を箇条書きしましょう。

l  優れた問題解決者として取り組んでいること、または、苦労していることはどんなことがありますか。

l  今学期のテーマである「算数・数学におけるアート」とはなんですか?

l  次の学期にむけて、優れた問題解決者として成長したいことを、以下の点から考えましょう。

    問題解決の量

    算数授業の単元学習(小テスト・まとめテスト最終版)

    問題解決者の技

 

8章はさらに、日々の学習記録である自分の学習プロセス、その結果、この間の成長、課題を自己分析するための材料となるポートフォリオの紹介もありました。

 

ポートフォリオ(書くことと綴り)に入るもの(本書P.327より)

l  自己評価用紙

l  最も良い作品のコピー

l  執筆記録。書いた量、ペース、題材の選択、成長という点から、書き手としてのあなたについてわかることを簡潔に説明する。

l  ワークショップノートの授業ノートセクションから、最も有益だった情報を3つ選び、書き手としてなぜそれが有益だったのか簡単に説明する。

l  この学期で読んだ回想録のうちベストのもの

l  校正項目リスト

l  一学期の書き取りテスト

l  執筆や綴りに取り組んでいるときの写真

 

また、同じように算数ワークショップのポートフォリオも作ってみました。

 

数学者ポートフォリオに入れるもの

l  数学者自己評価用紙

l  最も良い作品(優れた問題解決記録、問題づくり、数学アート作品)のコピー

l  問題解決記録(数学者ノート量、そのペース、選んだ良問)に、成長という点から、数学者としてのあなたについてわかることを簡潔な説明を付箋に書く。

l  数学者ノートから、最も有益だった問題解決スキルを3つ選び、数学者としてなぜそれが有益だったのか簡単に説明する。

l  この学期で問題解決したベストの良問とその記録ノート

l  この学期の単元テスト(最終のもの)

l  問題解決に取り組んでいるときの写真

 

これらをもとに、実際に3学期取り組めた内容を修正しながら見通しを持って取り組もうと考えています。本書にもあるように、きっと最後の一週間は、学期でしたことをふりかえり、次の学期に向けての計画を立てるなど、この自己評価に費やす時間となることでしょう。

 

実際に『イン・ザ・ミドル』をモデルにしてつくってみると、読み書きの項目は、算数・数学にも同じように使える共通点も多くありました。おもしろいことに、概観すると算数・数学における「解くこと」は国語でいう「読むこと」であり、算数・数学における「問題をつくること」は国語いう「書くこと」に似ている事に気付きました。すると、普段の算数授業では、いかに解くことしかやってこなかったのか! 算数・数学の教科における解くことでみつけたパターンをいかして問題をつくって広げてみるなどの、決定的な欠陥事項に気付けてしまいました。

 

上記のリストを見直して、今学期の見通しがたち、子どもたちがどのように自己の学びの材料を増やしていけるのか、安心した気持ちにもなれました。みなさんも、担当している一つの教科に絞って実際に自己評価用紙を作ってみるだけで、3学期の授業の目標や活動の質が高まり、学習者がいかに学びの主人公であることが大切なのか、教育の見方が大きく変わるはずです。学年末に、達成したことを自分で自分を誇りにして、祝福できる、そんな自己評価できる学びにスタートを切ってみませんか。






2023年1月1日日曜日

教師としてのあなたのブランドは?

明けましておめでとうございます。

教員や学校を取り巻く環境は年々厳しさを増しているように感じられます。昨年末には、精神疾患での病気休職の教員が過去最多を記録したという辛い報道がありました。★1 近年、教員志願者の減少も大きな問題となっています。★2  働き方改革の一環として、教員給与の見直しの議論も始まりました。★3 本質的な見直しが行われるのか、注視していきたいと思っています。

私は、小中高の現職の先生方と、交流する機会が多いのですが、実感としても、多くの人が、常に何かに追い立てられているようで、ゆとりや自信を失っているようです。学校という場所は、教師が生き生きと輝ける場所ではなくなりつつあるのかもしれません。大きな問題です。

藤拓弘(とう たくひろ)さんは、ピアノ教室を成功させるためのコンサルティングなどを行っている方です。藤さんは、「こんな先生に習ってみたい!選ばれるピアノの先生が当たり前のように大切にする「5つのこと」」★4 の中で、多くの生徒が集まる教室づくりの鍵は「教室のブランド化」にあると述べています。

教室のブランド化は、生徒集めに役立つだけでなく、ピアノ講師としての自分自身を見つめ直すことになると言います。「自分の理想の教室とは何か?」「講師として自分が目指すべきもののは何なのかを?」を考えるきっかけも与えてくれるというのです。それにより、「レッスンと教室運営を心から楽しめる余裕にもつながること」になると述べています。

藤氏は、多くの成功したピアノ教師に接する中で、ブランドを確立している教師には5つの共通点があることに気づいたそうです。

1  自分のフィールドを持っている

自分が堂々と戦える分野(フィールド)を持っていて、それが自分自身の自信にもつながり、周りの人からも認められている。

2  勉強熱心である

学ぶことに貪欲で、自己を「高める」という意識が人一倍強い。学び続けない限り、自分のブランドは錆びていくという危機感をもっている。

3  自己投資というマインドを持っている

お金も時間もエネルギーも惜しまずに、必要な投資をする。「それは全て自分に返ってくる投資である、ということを認識している」からだと言います。

4  自分の「軸」を持っている

考え方に「ブレ」がなく、確固たる信念に基づいて生きている。絶対に譲れない核をもって、それが指導や学びの根幹となっている。

5  他者に「与える」ことが自然にできている

この部分の説明を、原文のまま引用します:

「自分の仕事に誇りを持ち、そして楽しめる先生は、同時に、自分以外の人に「与える」ことが好きです。自分が良いと思ったことはシェアしたい、という気持ちが強いと言えるでしょう。また、意識しない「無償のサービス」的なマインドが、いつも心の中にあります。こうした先生のもとには、生徒や保護者はもちろん、同業の先生など、その人柄や思いに共感する人が集まります。それが、多くの人が認める「ブランド」となり、講師としてのさらなるブランドとなっていくのです。」

とても分かりやすい言葉で、まとめられていますね。学校とピアノ教室とでは、同じでありませんが、とても参考になる提言です。

教師のブランド化については、アンバー・ハーパー氏の『教師の生き方、今こそチェック!-あなたが変われば学校が変わる』にも取り上げられています。★5 

ハーパー氏は、「あなたのブランドを見出すのは簡単で、あなたの大切な人に尋ねればよいだけです。その人が教えてくれるのは、あなたの基本的価値観と人生の目的が重なり合っている部分です。あなたのブランドは、あなた自身の発言、行動に根ざしており、あなたの自身やあなたの仕事、生活全体にかかわっているものですから、大切な人はわかっているはずです」と述べ、教師が自分自身のブランドを見出すための活動を紹介してくれています。

新しい年を始めるにあたり、あなた自身の「教師としてのブランド」は何か、振り返ってみてはどうでしょうか。多忙な中で、日々こなすだけになる中で、見失いがちな、大切なものを思い出すきっかけになるかもしれません。

今年もよろしくお願いします。


★1「精神疾患で病気休職の教員 過去最多の5897人」

https://news.yahoo.co.jp/articles/a3004f04f18aa48796139ad05bcbb0ff3a4d603d

★2 「なぜ教員志望の学生は減少しているのか?学生アンケート結果から」

https://news.yahoo.co.jp/byline/murohashiyuki/20220417-00291333

★3 「教員給与見直しへ議論開始 文科省の有識者会議が初会合」

https://www.sankei.com/article/20221220-AL7Y2D6ZB5MFTDQROJSAEGBQNA/

★4 藤拓弘(とう たくひろ)「こんな先生に習ってみたい!選ばれるピアノの先生が当たり前のように大切にする「5つのこと」」 https://www.pianoconsul.com/1968/

★5  アンバー・ハーパー (著)飯村寧史 /吉田新一郎(翻訳) (2022)『教師の生き方、今こそチェック!-あなたが変われば学校が変わる』新評論, p.56.

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794812193