2018年5月27日日曜日

新刊案内『最高の授業』




 今回の本ほど、最初に読んでから、訳されて出版されるまでの時間が短かった本はありません。(そのように行動したのは、この本のニーズが極めて高いと思った表れです。)

この授業で、教師の役割は主役から観察者/コーチに転換し、生徒たちは
・クリティカルに思考し、
・協働して事を運び、
・完全に参加し、
・理にかなった行動をし、
・高い思考レベルの問いかけをし、そして答え、
・自分の考えを、証拠をもって裏付けし、さらに、
・自分たちのしたことを評価して、していることを修正・改善し続けます。

そうなのです、このような夢のような授業をすべての教師が実現できる極めてシンプルな方法があるのです! その名前は、Spider Web Discussion。日本語では「スパイダー討論」としました。この名称は、生徒たちが討論に積極的に参加する様子を記録した観察者が実際につくり出すクモの巣のような図から来ています。互いの学びを導き合うと同時にサポートし合い、そして学びのコミュニティーさえつくり出します。

 スパイダー討論は、すべての教科と学年を対象に使えることが証明されていますし、行う際に必要なのは、簡単な手順と達成目標(ルーブリック)★と紙と鉛筆だけです。
生徒たちはスパイダー討論を練習するにしたがって、コミュニケーション・スキルは向上し、クラスメイトに対してはより共感的になり、よりよい問題解決者になり、自立した学び手になっていきます。これらのスキルはすべての職場でも求められてもいますから、生徒たちの短期的なニーズから長期的なニーズまで満たすことになります。
 本書で、スパイダー討論を実践するための分かりやすい手順を紹介してくれています。

 なお、翻訳中の12月に、ある先生から「授業の話し合い活動で苦労をしているので、何かいい方法はありませんか?」と尋ねられ、スパイダー討論以上のものはないので紹介したところ、彼女と同僚たちは、1月から早速取り組み始めました。(なので、すでに日本でも実践可能であることは証明済みです。それどころか、極めてパワフルであることが証明されています。訳者あとがきに、この学校での実践例が詳しく紹介されています。その様子は、https://www.youtube.com/watch?v=goFqrpQA4j4&feature=youtu.be で見られますので、ぜひご覧ください。)

1冊(書店およびネット価格)2700円のところ、
WW便り割引だと、      1冊=2300円(送料・税込み)です。
5冊以上の注文は      1冊=2000円(送料・税込み)です。

ご希望の方は、①冊数、②名前、③住所(〒)、④電話番号を 
pro.workshop@gmail.com 宛にお知らせください。 

※ なお、送料を抑えるために割安宅配便を使っているため、
到着に若干の遅れが出ることがありますので、予めご理解ください。

★ いくつかある中で、もっとも大切なことは「みんなが同じくらい話すこと」です。これは、普通の授業でも、そして大人の会議等でも、もっとも難しいことではないではないでしょうか?


2018年5月25日金曜日

「1回性の学校指導訪問よりもかかわり続けることを」には続きがありました

前回の「1回性の学校指導訪問よりもかかわり続けることを」には、学校現場の嘆き?のような続き(というか、前段)がありました。

学校は、行政である教育委員会と学校現場が呼応するように一体となり、はじめて子ども達に質の高い教育を施すことができます。学校が今、どのような現状か実態を加味せず、各校、順番に「学校指導訪問スタンプラリー」が行われています。すでに、教員の病休、学級が落ち着かない状態が生まれている学校も出始めているこの5月。現場にはどのような支援が必要なのでしょうか。もう、お付き合いのやらせ授業はぜひ、ごめんこうむりたいものです。

学校訪問では、市や県の教育委員会の訪問に向け、子どもの実態や学校現場を置き去りにした「みせるため」の指導案をまとめることになります。なかには、指導案冊子の厚さでその学校の善し悪しを測っていると話をしていた教育行政の方もいました。熟練教師になるともう手慣れたもので、指導訪問用指導案の日付をちょいと変えてリサイクルしており、指導主事が同じ方でドキドキした、という話も聞きました。もちろん相手は覚えていなかったのでほっと胸をなでおろしたとか。子どものためと、昨今の教育事情をうけての思いをもってていねいに指導案を仕上げてみても、指導主事からの指導助言はどこかピントが外れていることもあります。

「ねり消しをいじっている子がいました」
「座っている姿勢が悪い子が3人います」
「あの落ち着きのない子は問題ですね」
けれども、身を乗り出して「あの指名されてから、あの子の返事ハイッはすばらしかったです」

いずれも、授業の本質とは異なることばかりです。もちろん、練り消しなんて授業中にいじらないにこしたことはありません。しかし、そうしないと落ち着かない子ども達の実態や、教えにくさを抱えている教師たちの思いよりも、指導案の文言やフォーマットの指導を微に入り細をうがつように行われます。教師ひとりひとりの願いに寄り添った指導・助言がなされることはめったにありません。

中には管理的に規律をおしすすめさえすれば学習が成立する、そこができていないのは教師の厳しさが足りないからだといった声もあります。ベテラン教師をほめて、ビギナー教師にはベテラン教師へ直接言えなかった細かい指導を間接的に伝えてくる高度な技術を使っている指導主事もいました。
 すると、学校現場はどこか違和感を抱えながらも、学校全体の決まりや規律ルールを増やしていくことばかり。

このような学校訪問が、子ども達の困り感や教師の持つ願いとは別に、管理的に教室が運営されていく一因となっているのかもしれません。一方、教育委員会の革新を願って委員会へ配属されても、慣習の強さに引っ張られてしまい、泣く泣くまたは知らず知らずその組織の一部になってしまうのでしょうか。少しせつなくなってきます。

自分たちが指導主事訪問を受ける側だった時にいい体験をもっている方は、おそらく皆無だと思うので、勇気をもって、指導主事たちが「従来の学校訪問はもう必要ない!」と言い出してみてはどうでしょうか?

最近ではワークライフバランス、時間をかけないで指導案をつくれという管理職からのお達しもあります。元を正せば教育委員会から発信されている働き方改革。それらもすべて、お互い通過儀礼としか受け取っていないのかも!?


2018年5月20日日曜日

1回性の学校指導訪問よりもかかわり続けることを



この時期には、どの学校においても年度当初の学校指導訪問があります。ある市町村において学校指導訪問とは、「学校経営、教育課程、校内研究、学習指導、児童・生徒指導等への指導・助言を行います。また、学校教育全般にわたる諸問題を把握し、学校との信頼関係、連携の強化を図り、教育の充実に資します」とのこと。

しかし、本当にそうなっているのか疑問がのこります。学校訪問で現場にためになる指導・助言とは一体どのようなものなのでしょうか。

指導主事が「形成的評価」の学習モデルを現場の教師への伝道師となるのはどうでしょうか。教師自身も子ども達と同じように、一人一人の個性に応じて支援を受けながら学び続ける学習者体験が求められています。大人の学び体験は子どもたちへの学びへ直接通じる授業そのものであり、入れ子のようなものです。

私たち大人が豊かな支援を受ける学びを提供できる立場にある、その学びの影響力をもっているのが指導主事だからです。だからこそ、指導すべき文科省のお題目や参考資料が先にあるのではなく、授業者である教師の願いを評価判断せずに、そのまま受け取って一緒に考えてくれる、そんな人こそが教師を教師として育てることができるのだと思います。

「効果10倍の教える技術 (P.157)」にある表1に出会ったとき、衝撃を受けました。




これを知ってしまってからは、一回性の研修や単発で学習することへの恐ろしさが常につきまとっています。人が新しい学びを獲得してゆくには、やはり試行錯誤できる時間とそれへの潤沢な支援が必要です。講座をするにしても、もう単発では本当によいものになっていかないと実感し、研修が終わったその日から、一月程度は一緒に学び合えるそんな場を継続していくことを常につくってきました。そのほうがよく学べると思い、実際にそうでした。

引きずりながらも学び続けていくためにこそ、学校訪問といった仰々しい大名列よりも、学校現場の相談役として、一緒に考える同士として、足繁く通ってサポートしてほしいと思います。そこでの共感的で温かくも身の引き締まるフィードバックこそ、教師を育てる指導主事だからと思うのです。それこそが形成的評価の学習モデルです。今、教師は建前の指導を求めてはいないのです。

学び続ける人にしか、相手の学びの火をつけることはできません。指導する人が学び続け、関わりつづけている姿があるからこそ、感化され、学びが起動するのでしょう。そして、学校現場に求められる教育委員会となり、やりがい、働きがいが持てるのではないでしょうか。一緒に学び続けてくれる指導主事がいること。それが現場を大きく励ましてくれるはずです。

何をしたかではなく、なんのためにしたのか。★
そう問い直していきたいです。

★これにおすすめの映画があります。「雨上がる」です。貧しい村人のために、優しく腕の立つ侍がその道に反して賭けし合いをする話です。なにかこれは学校訪問に当てはまるのではないでしょうか。小説もありますが、映画の空気感がなによりもよかったです。

2018年5月13日日曜日

自由な学びが子どもの翼★



「作家の時間」や「読書家の時間」を社会科に応用した実践をしている冨田先生が最近書いてくれたことを紹介します。

子どもの主体的な学びを大切にした授業を実践する際に、「これでは教師が子どもの学習を把握できないな」と迷う場面があります。

子どもたちが、「読書家の時間」のように、自分で本を選んで読んでいる場合、
 ・何の本を読んでいるのか
 ・どんな内容の本を読んでいるのか
 ・どうやって読んでいるのか
 ・何を考えて読んでいるのか
これらを教師が把握できないという理由で、それは学校ではできないと判断してしまうことがあります。(この辺は、冨田先生自身が最初の2~3年間、従来の国語の授業と「読書家の時間」を行ったり来たりした理由です。詳しくは、『読書家の時間』の第10章を参照してください。)

今行なっている「歴史家の時間」でも、子どもが一人一人テーマを持って学んでいるので、
 ・どんなテーマで学習をしているのか
 ・どのプロセスにいるのか
 ・どんな発表を行ったのか
 ・40人の子どもが本気を出したら、全部把握するのはそもそも不可能
 ・子どもたち全員の学習を補足することは不可能
です。

それは当然です。40人の子どもたちが、学習に夢中になってペラペラ本を読み、がしがしノートをとって、各単位で熱い発表を繰り広げるので、教師は子どもたちの学習の全てを把握していません。狭い教室とはいえ、全ての子がロボット作業のように同じ学習をしないので、無理です。

では、そのような学習は、してはいけないのでしょうか。

子どもたちの学習活動量は、一斉指導と比べて半端なく多いです。困っている子にはカンファランスに入れますし、大体の子は、黙々と資料を読んでいるか、がしがしノートを書いているか、友達と情報交換をしているか、何かしています。
最近では、土器が教室にあるので、土器を食い入るように見つめたり、同じく教室にある雛人形を手にとって眺めたりしている子もいます。

大人一人が把握できる学習量で、子どもを収めてはいけない!
一斉指導は、子どもの学習を制約して教師が学習を把握しやすい状態にします。
子どもたちが全員同じ作業をしているので、ABCがつけやすく、Cの子の対応に入りやすい。

けれど、それは、教師が仕事をしやすいだけで、子どもたちには学びやすい環境になっているのでしょうか。
子どもたちが学習に熱中できる環境を作れているのでしょうか。

教師が見とれる学習というのは、逆にいえば、大人一人で情報把握できる学習活動以上には、子どもたちを学習させないということでもあります。
教師の掌からは、子どもたちを出させないということです。
自分が子どもを見やすいように、整列させて、行動規制をかけて、同じ作業をさせる。
教師が最も仕事がしやすいように、子どもたちをコントロールしているにすぎません。

しかし、子どもたちの本気の学習量なんて、大人一人の情報把握量を簡単に超えます。(教師もかなわないミニ・レッスンができる子が、ボロボロ出てきます!! 一斉授業は、そういう活躍の場も提供しません。)
そこで、子どもたちの頭を抑えようとするから、子どもたちの力が伸びない、学習に情熱を傾けられないように思うのです。
学習の分散化/非中央集権化を実現する必要があります。(まさに、脱『授業の見方』のアプローチです!)
子どもたちすべての学習を把握しようとするのではなく、効率的に子どもたちの学習に関する情報を得られるような仕組みを作りましょう。
そして、すべての学習を教師が評価するのではなく、相互評価や自己評価を組み入れて、総合的な評価が行えるような仕組みを作りましょう。

全ての学習を教師が評価をしようとするから、教師のフィルターを通らなければ学習が進められない仕組みになってしまい、子どもたちの学習が料金所の前の渋滞のように滞ってしまうのです。

学習の非中央集権化、分散化が、学習のステージを一段あげることになります。
私がやっている工夫は、教師が仕事をしやすい学習から、子どもが学びやすい学習へとシフトチェンジです。
具体的には、発表の相互評価と、発表のダイジェスト版の作成が柱です。
子どもたちが一週間に一回ぐらいの頻度で、全員がミニ発表(共有の時間)をするので、それを教師が全て見ることはできません。そこで、発表者のダイジェスト版と相互評価を行わせます。これで、教師が直接見ていなくても、発表内容の大体はわかります。そして、ダイジェスト版を作って評価する子も、要約する力や、良い学習を判別し評価する力が身につきます。教師が評価をしないというわけではありません。教師もできる限りグループを回って、カンファランスノートにメモをしたり、記録をとったりします。情報が足りない子や、気になる子には、マークして情報を集めます。しかし、人を評価するという力がつく学習活動を、教師が取り上げて、自分だけの仕事であるかのように振る舞う必要はありません。評価という学習において大切なプロセスを子どもにも委ねて、学習の責任をゆっくりと移譲していくべきだと思います。それが、学習コミュニティを作る、学習エコシステムを作るということです。
また、学習ログとしてジャーナルを書かせます。出口チケットという言い方もできます。

ジャーナルをつけることによって、教師は対面していなくてもカンファランスが可能になります。ワークショップで学習を行う際には、必須のアイテムになります。

私の場合は、現在のテーマと振り返りという形式です。テーマを育てることを大切にしていますし、テーマがどう変遷して、どう明確化していっているかが、子どもの学習を見る大切な視点になっています。(詳しくは、http://tommyidearoom.com/2018/04/29/post-1251/
カルテのようなカンファランスノートを作る。
基本的なことですが、子ども一人一人の学習を記録するカンファランスノートは、必須です。閻魔帳とも言えるかもしれません。しかし、もっとポジティブなノートです。医者でいうカルテです。その子のためのこれからの戦略を書いたり、記録を保存したりするノート。
ポートフォリオは子どもが作る学習Facebookです。
今年度まだできていないのが、ポートフォリオです。いわば、子どもたちの学習のダイジェスト版です。Facebookは一人一人の活動の記録や思い出が貯まっているはすです。それを子どもたちが作ります。なので、ポイントは、一人一人ばらばらのポートフォリオができるはずです。ポートフォリオ・マネージメントの力を育てる必要もあります。 

以上です。冨田先生の実践のイメージ、つかめましたか? (冨田先生の文章をほとんどそのまま載せました!)
これからも、指導案、教科書、教師の行う評価などが、どれだけ教師を縛り、結果的に「子どもの学びの翼をへし折っているか」気づいていただけたでしょうか?★★

彼の実践を含めて、「作家の時間」や「読書家の時間」を社会科に応用した実践本の『市民/生活者/歴史家の時間』(タイトル未定)は来年あたりに出版される予定ですのでご期待ください。(同じアプローチで『数学者の時間』と『科学者の時間』も実践中です!)

★ 「自由な遊びが子どもの翼」は、冨田さんのアイディアで『遊びが学びに欠かせないわけ』のタイトルになるはずだったのですが、寸前で却下されました。「いまいちフック感が弱い」という理由で。今回のタイトルは内容的に、まさに「自由な学びが子どもの翼」にピッタリと思って付けました。

★★ この点については、来月出る予定の(中学高校および英語での実践を加えた)『作家の時間』の増補版(特に、90~91、99~101、199、215、218ページ)と、本ブログの第1回(http://wwletter.blogspot.jp/2010/05/ww.html )に書かれています。

2018年5月6日日曜日

「ゴールはどこだ?」

平成30年3月、「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」(スポーツ庁)が公表された。中学校での部活動に週2日の休養日を設けることなどが示されている。ようやく、学校教育の「アンタッチャブル」な領域に、国が指針を示した形となった。

このガイドラインに対する反応は様々なようだ。やっと前に進み始めたと歓迎する意見がある反面、「部活動の価値を理解していない!」とする怒りも聞こえる。「あんなものが出ても、無視してやり続けるだけだ。」という中学校教員もいた。部活指導で悩んでいた若手教員は、先輩から「中学校教員が、土日休んでどうするんだ。」とまで言われたそうだ。

このタイミングで、実に興味深い記事を目にした。 加部究という人が書いた「ドイツ人元Jリーグ監督が“部活”に抱いた違和感「練習が休みと言ったら全員喜ぶ」」(THE ANSWER,2018.02.06,https://the-ans.jp/column/16911/)である。

ドイツ人元Jリーグ監督とは、ゲルト・エンゲルスという人で、横浜フリューゲルスや浦和レッズなどの監督を務めたらしい。エンゲルス氏は、Jリーグの前に、兵庫・滝川二高のコーチをやっていた。その時に、サッカー部の活動が、上意下達で進められることや、100人近いサッカー部員がおり、卒業まで一度も公式戦に出ない生徒もいたことなど、数々の疑問を感じたという。

「たぶん生徒たちは、明日の練習が休みだと言ったら大喜びする。でもドイツの子供たちは、今日はサッカーが出来ないなんて言われたら、みんながっかりして落ち込むよ。もしかすると日本は義務と趣味のバランスが悪いのかもしれない。」

そこで、エンゲルス氏は、ミニゲーム行ったり、クラブ内ミニ大会を開催するなど、サッカーの楽しさを味わえるクラブ運営に努めたという。同校でサッカーを楽しんだ少年たちの中から、岡崎慎司(レスター)などの優秀なプロサッカー選手が数多く育っている。この記事は、エンゲルス氏の次の言葉を引用して結ばれている:

「トレーニングをして試合に勝つのも結果だけど、サッカーを好きになってもらうのも大切な結果だよ。僕は80人の部員全員を、しっかりと見たかった。プロになれる可能性のある子と同じように他の子も助けたかった。」

すべての部活動の指導者を、勝利至上主義という言葉で、くくってしまうことはできないが、ガイドラインがでた、この機会に、部活動のあり方を考え直してみてはどうだろうか。勝利に向けて、必死で努力することは、価値のあることに違いないが、そのゴールを、中学校在学中の最優先事項とするのか、もっと先の、生涯スポーツを楽しむための素地をつくることにおくのか。そのビジョンの違いは、子どもたちの人生に大きな影響を及ぼすはずだ。

みなさんの学校は、どのようなビジョンを描いていますか?「土日休んでどうするんだ。」と言われた先生の学校では、50代のベテラン体育教師が、「われわれももう一度考え直してみないといけないかもしれないね。」と提案したことで、空気が一変し、議論が始まったそうである。

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今回から、月に一回「PLC便り」を書くことになりました。いまは大学に勤務していますが、元は高校の英語教員です。学生時代から今の学校教育に疑問をもち、本当に学ぶ楽しさや醍醐味を実感できる学校や授業とはどのようなものか考えてきました。小中高の先生たちと、様々なプロジェクトを行い、共に学び続けることがライフワーク。彼ら、彼女らの日常や学校で起きていることを通して、教師が学校で成長していくとはどういうことなのか、一緒に考えていきたいと思います。

 [高知工科大学 長崎政浩]