2018年10月28日日曜日

読書会は江戸時代にもあった

「批判的な読み」の大切さはいろいろな場面で指摘されているわけですが、それを実践する場の一つとして「ブッククラブ」があります。人は所詮自分の視点でものを見たり、書いたりするわけですから、偏りがあります。そのバランスを取るための方法の一つが、「ブッククラブ」のような場で、自分以外の多様な意見に接することです。
「『学び』で組織は成長する」(光文社新書2006)にも紹介されていますが、「ブッククラブ」(読書クラブ)は組織内での研修手法として効果的なものです。忙しい職場でも、今はオンラインでやり取りできますし、離れたところに住むメンバーでもコメントのやり取りはSNSやメールでできるわけですから、非常に便利になったものです。
最近『江戸の読書会』(前田勉・平凡社ライブラリー2018)を読んだのですが、そのタイトルにもあるように江戸時代に「読書会」が盛んにおこなわれていたことを知りました。
同書の「はじめに」には次のように書かれています。

明治の自由民権運動の時代は「学習熱の時代」であった、と評したのは、民衆思想史のパイオニア色川大吉である。1880年代、現在、名前が判明しているだけでも、2000社を超えるという全国各地の民権結社では、演説会や討論会が催され、国会開設の政治的な活動をするばかりか、定期的な読書会も開かれ、政治・法律・経済などの西欧近代思想の翻訳書を読み合い、議論を闘わせた。この時代の民権結社のほとんどは「学習結社的な性格」を備えていたのである(色川大吉『自由民権』岩波新書1981)

2000社を超える民権結社があったことも驚きですが、著者の前田さんはさらに続けてこう書いています。

討論会などは、はたして本当に、明治になってから始まったものなのであろうか。
ここで、示唆を与えるのは、蛙鳴群(現在の岡山県にあった結社)の午前中に設定されていた「法律書会読」をするという読書会である。この「会読」は、定期的に集まって、複数の参加者があらかじめ決めておいた一冊のテキストを、討論しながら読み合う共同読書の方法であって、江戸時代、全国各地の藩校や私塾などで広く行われていた、ごく一般的なものだった。

「会読」(かいどく)が共同読書であり、あらかじめ決めておいたテキストを読んで、それをもとに討論が行われ、しかも全国の藩校や私塾で一般的に用いられていた学びの手法であったということです。私たちの感覚からすると、日本では民主主義社会になって初めて「討論」することが始まったのではないかと考えて当然だと思いますが、実は江戸時代から共同読書があったという事実は意外です。これが自由民権運動以降、下火になってしまったのは残念です。先ほどメールでの読書会も可能という話もしましたが、できれば対面でやれればさらによいのかもしれません。『江戸の読書会』のあとがきには、著者の大学時代の友人が職場の同僚と30年以上も読書会を続けているという話が紹介されていました。校内で、同僚と、あるいは保護者や地域の方たちも含めて、このような読書会を開けたら素敵だと思います。(『ペアレント・プロジェクト』J.ボパット/新評論2002にもそのような実践に役立つ情報が掲載されています。)

このような人とのコミュニケーションやネットワークが、新しいアイデアづくりやイノベーションに大きく作用しているという話が『ソーシャル物理学』A.ベントランド/草思社文庫2018に紹介されています。この著者はMIT(マサチューセッツ工科大学)教授でメディアラボの創立に関わった人で、様々なビックデータをもとに数式を駆使して、集合知やアイデアを生み出す組織のあり方などを研究しているこの分野の第一人者のようです。興味のある方はぜひそちらもご参照ください。
 

2018年10月21日日曜日

学力向上に効果的なフィードバックとは?



作家の時間や読書家の時間などのワークショップ授業では、個別カンファランス(個に応じた指導・相談)が欠かせません。ワークショップ授業の導入時には、子ども達はみるからに意欲的に学習を進め、話し合っています。しかし、教師や子どもたちも、学力がのびている実感をあまりもてないことがあります。その一因に、授業を子どもに任せっぱなしにしてしまい、フィードバックの必要な場面に介入していない。学習者の実態にあわせたフィードバックがおこなわれていないことがあります。

教育の効果の最も高い方法の一つに、フィードバックがあります。★

フィードバックとは、教師や親、友だちなどからの「人」や、教科書や参考書、作品などからの「もの」といった情報を媒体として、学習者の情意面(やる気や集中力など)と認知面(知識や考え方など)に働きかけ、学習者の知識を増やし、その知識を再構築するものです。

現状の教育現場ではフィードバックを誤解されることが多く、あまり効果的に用いられていません。例えば、フィードバックは「たくさん量を増やすほうがいい」「関わりは多いにこしたことはない」と思われていますが、大切なことは決して量だけではありません。学習に効果の高いフィードバックが、子どもの学習に対しておこなわれているかどうかです。それは、学習者同士でもいえることです。子どもたち同士で教え合ったりする授業のやりとりのフィードバックの大方は間違っているとする論文もあります。(Nuthall,2005) 

シールや賞などのご褒美といったフィードバックは、学習の成果に対しておこなわれています。しかし、学習者にとってシールや賞などは学力そのものを伸ばす情報提供とはなっていないため、効果的なフィードバックとはいえません。(Deci,Koestner,&Ryan 1999)また、学習者に向けて「すごいね」「いいね」と人物そのものを褒めてフィードバックすることは、プロセスに対しては何も言っていないので、内発的動機づけを高めるとはいうものの、学習に対してそれほど効果はありません。

大きな誤解の一つは、「フィードバックは教師から、学習者へ(一方的に)与えられるもの」と理解してしまっていることです。フィードバックは、学習者の視点に立つことが何よりも大切です。学習者がどのように教師からのアドバイスを受け取り、その後、学習者がどのように行動したのかが大切なのです。フィードバックは、教師から与えられて決して終わりではありません。

フィードバックが効果的に発揮するためには、情意面において、とくに学習者の「心理的な安心感」が大切です。学習者がよりよく、素直にフィードバックを受け入れるためにも、日頃より関係をつくり、学習の目的へ一緒に向かっていく姿勢が求められます。

その際、フィードバックが学習者の人格に踏み込まず、脅かすことがないとき、学習者の注意はその学習そのものへと安心して向くようになります。教師は、学習者に、できないところを指摘するのではなく、できるようになるためのアドバイスをします。過去との比較でより成長した点を伝える方がより効果が高いことがわかっています。このようにフィードバックを素直に受け取り、学習者が変わっていこうと学び始めるためにも、学級集団がもつ「失敗しても許される、もしくは、歓迎されている」雰囲気を醸成していく必要があります。

認知面を伸ばすには、学習の3つのレベル向けてフィードバックすることです。

レベル1 浅い学びとしての基本的な知識・技能(かけ算九九の仕組みを理解しているか、覚えているか)
レベル2 深い学びとしての考え方や学び方(かけ算九九とこれまでの筆算の形式をつかって、2桁×2桁の筆算を自分でつくろうと、問題解決しているか)
レベル3 自分をふりかえるメタ認知(自分の問題解決をふりかえり、取り組み初めの気持ちや自信、どこで解法のアイデアがひらめいたかなど)

フィードバックは、レベル1の知識・技能からレベル2の考え方・思考法へ、さらにはレベル3のメタ認知へと、より高度なレベルへと適切に与えていきます。

ワークショップ授業における具体的なカンファランス場面では、①~③のステップで取り組むとよいでしょう。
①「今、どんなかんじかな?」とその学習の現状の進み具合を確かめます。
②「何ができるといいの?」とその学習の目的や到達度を問いかけ、現状とのギャップを見つけます。
③「じゃぁ、何をしようか?」とそのギャップを埋めるために、具体的に次の行動目標を示すことです。この際、レベル1〜3に応じて、知識・技能を理解するためのアドバイスや、問題解決のプロセスの仕方への援助、ふりかえりの視点をフィードバックしていきます。


学習の認知面において、学習がそもそも挑戦しがいのある適度な難易度のある課題となっているかによって、フィードバックの効果が大きく左右されます。すでに計算技能のある学習者に対して、「計算ドリルを3回!おわらせましょう」といった課題では、学習者に効果的にははたらきません。

また、基本的な浅い知識として学習内容を理解していない場合では、フィードバックを与える関わりよりも基礎的なことをしっかりと指導したほうが効果的です。かけ算九九を理解していない子は、かけ算九九を理解して覚えるところから始めようということです。

このように、学力者の成長プロセスには、効果的なフィードバックが欠かせません。継続的に学習を支援し、形成的評価はフィードバックと言い切れるぐらいに大切なものです。ぜひ、これを機に、ふりかえってみてください。

★「教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化」ジョン・ハッティ(著) 山森光陽(監訳)の第8章「フィードバックを重視する指導」より

2018年10月14日日曜日

成績を問い直し、改める



多くの先生たちが成績を出す時期になるたびに負担を抱えています。
自分が費やしている苦労が、いったいどう生徒たちの学びに寄与するのか疑問に思いつつも、長い習慣は変えられないと、「しかたなく」取り組んでいます。★

成績(および、その前段の評価)の仕方は、学校単位で決められることなので、何も「上」からのお達しを待つ必要はありません。(評価に関しては、教師単位でもOKです!!)

以下のような質問について考える形で、無駄な努力と時間を、はるかに生産的な時間に転換するとっかかりにしてください。

1. 学校の目的は何か? その中での生徒の役割は? 教師の役割は?
2. 教え方は、その目的や役割とどれくらいマッチしているか?
3.評価と成績は、その目的や役割とどれくらいマッチしているか?
4.授業で生徒はどのように評価されているのか? その中に、扱っている知識や技能と関係ないものはあるか? もしそうなら、それはなぜか?
5.どの生徒たちが容易に高い評価を得ているか? 低い評価を得ているのはどの生徒か? そのことが生徒たちに与えている影響は何か?
6.あなたはなぜある生徒はよくでき、他の生徒はよくできないと思うのか? 生徒たちができたりできなかったりすることに、私たちはどのような前提を設けているか?
7.信頼できる評価の方法として、どんなものを使っているか? それ(ら)によって、得をしている者と損をしている者は誰か?
8.私たちが評価のために集めるデータが有効で、信頼性があることを確かめるにはどうしたらいいか?
9.現行の成績をつけるシステムのプラス面とマイナス面は何か?
10.もし、現行のシステムが生徒たちのためになっていないとしたら、どうしたらいいか? 生徒のためにはなっていず、大人の都合でしかなかったらどうするか?

 これらすべての質問を使う必要はありません。これらのいくつかから話し始めて、『成績をハックする』『一人ひとりをいかす評価』をブッククラブ形式で、数人の同僚と読み合い、自分たちの学校で何が可能かを考えてみてください。(自分たちが今していることと、可能性として自分たちの前に提供されていることのギャップの大きさに驚かれることと思います。)
 そして、明日にでも生徒たちのために(いろいろな生徒がいます!!)できることを一つでも、二つでも選んで、取り組み始めてください。いつまでも生徒たちのためにならないことに時間とエネルギーを費やすわけにはいきませんから。

 成績以外に、あなたが学校のなかで「問い直し、改め」たいことはありますか?
 たくさんありませんか?


★ この問題に文科省も気づいたのか、中教審で成績の出し方を変えようと検討しているそうです。しかし、20年前の「指導と評価の一体化」がいまだに実現しないぐらいですから、あまり期待は持てません。それとも、今度は持てるでしょうか? いずれにしても、大切なのは自分たちで考えて、よいと思ったものをすることです。総合的な学習などのようにどこかの誰かがいいと思ったものも、自分たちが納得して取り組まない限りは、消えてなくなる運命であることを、すでに証明済みですから。


2018年10月7日日曜日

書くことの力 ー 一人でのジャーナリングから仲間との豊かな学びへー

もうかれこれ5年近く、授業についてのジャーナルを書いています。ジャーナリングとは、日記のようなものですが、自分自身が経験していることについて、個人的な反応、疑問、気持ち、知識などを記録するものをいいます(吉田,2006他)。ジャーナルを書くことで、自分自身の実践を振り返ることができ、改善につながるヒントが得られると言われています(Richards & Farrell, 2005)。

私のジャーナリングは、一人でやっているのではありません。英語の授業に、ライティング・ワークショップ、リーディング・ワークショップを応用できないかと考えている仲間と協働でやっている、ブログを使ったオンラインでのジャーナリングです。各自のブログに、授業についてジャーナルを書き、それに対して仲間がコメントを書き込んでいくという流れで進めています。ブログは非公開にしてあり、メンバー以外は読むことができません。また、月1回、一歩後ろに引いて自分たちの実践を眺めるために、ジャーナリングの活動自体の振り返りも行なっています(*振り返りの質問)。さらに、年に2回オフライン・ミーティングを開催しており、オンラインで語りつくせなかったところや今後の進め方について直接話し合う機会をもっています。

書き続けることは、決して楽ではありません。時々、スキップしていまいます。しかし、私たちの仲間が共通して感じていることは、書かなければ得られなかったこと、書き続けなければ得られなかったことがあるということです。ブログでのジャーナリングなしには、今の実践は考えられないとまで思っています。ある調査によれば、ジャーナリングが有効だと感じたのは教師は96%で、ジャーナルを書くことを楽しめなかったとする教師はたったの4%だったそうです(Richards & Farrell, 2005,p.70)。

実践をして、書く。たったこれだけのシンプルな活動ですが、書くという行為の中に、深い思索や省察を生み出す力があるようです。

仲間との実践を踏まえて、ジャーナルを書くことのメリットを考えてみます:

1 授業について深く考えざるをえなくなる。(授業の後に書くことがなければ、すべてはそのまま流れてしまっていったはずです。ジャーナルを書くためには、自分自身の実践を振り返り、そこから何か意味を見出す必要があります。)

2 記録が残る。(ジャーナルを書いていなければ、忘れ去られてしまった大切な気づき、発見、そして、失敗がたくさんあったはずです。「書いておいてよかった!」と思うことがよくあります。)

3 無意識のパターンに気づく。(長く続けていると、繰り返し出てくるパターンや無意識の習慣が浮き彫りになります。そこには、改善や成長のチャンンスがあります。)

4 グッド・プラクティスが浮き彫りになってくる。(これも一定期間続けることのメリットです。授業というものは、複雑な要素がからみあったものですが、長期間のジャーナルには良いものが残っていきます。)

5 仲間のコメントで、気付くことができたり、勇気付けられる。(一人で気づくことができないことはたくさんあります。反応をもらえるだけでうれしいものです。)

6 自分自身の感情や浮き沈みを自覚できる。(心がおどるような変化がない時や書く気持ちがわかない時があります。それが、自分自身の状態を自覚する機会にもなります。)
 
今は、日記帳やノートを準備しなくても、パソコンやスマートフォンを使えば、気軽にものを書ける時代になりました。仲間との共有も簡単にできます。今、この時を記録していくことは、教師として成長するための大切な第一歩となるはずです。

ジャーナリングを意味のあるものにするためには、以下のことを念頭においておくと良いと言われています:

1  目的を決める。
2  読み手を決める。(自分だけ、仲間と、メンターと)
3  時間を決める。(いつ書くか、どれだけ時間をかけるか)
4  定期的に読み直す。(何か浮かび上がってくることはないか?)
5  一定の期間をおいて振り返る。(目的を達したか、うまくいったことは何か、新しい学びはあったか、仲間と共有できることはあるか)(Richards & Farrell, 2005,p.75-76)。

さあ、まずは、1ヶ月。ぜひ、挑戦してみてください。


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*<月間の振り返り質問>
1.この間、一番心が動いたことは? 嬉しかったこと、悲しかったことは?人に一番伝えたいことは? 
2.ブログを書くことでプラスになったと思えること、得られたことは?
3.他の人のブログを読むことでプラスになったと思えること、得られたことは?
4.自分の変化は?自分についての発見は?
5.困ったことは? 改善が必要な点は?
その他何でも気づいたこと、思ったことは?
<中長期に振り返るための設問>
1 チーム・ブログとして機能していたか否か? その理由は?
2 今からのブログを書くことについて、達成可能と思える自分の目標は?
3 振り返り質問事項の修正点は?


[参考文献]
吉田新一郎(2006)『「学び」で組織は成長する』光文社新書
Jack Richards and Thomas Farrell (2005) Professional Development for Language Teachers, Cambridge.

2018年9月30日日曜日

組織づくりのリーダーシップ

 今回は学校組織の形成に校長がどうかかわるかということを考えてみたいと思います。
 以下は2006年にジョージア州を訪問したときにお会いしたジョージア大学のゼペーダさ 
  んの著書Ref lective  Supervisor」の一部をヒントに作成したものです。
 組織づくりをしていく上で、校長がどうあればよいかを考えたものです。
 そこで、具体例を通して、大きく分けて次の5つの視点から考えることにします。

1 校長は学校の状況(実態)をどう把握すればよいのでしょうか

昇任又は異動によって新しい学校の校長になった者が自分の担う役割をどう現実的に考えるかを例に取り上げます。

情報源
 まず行動を起こす前に、校長としてどのような役割を期待されているのかという情報を
  集める必要があります。第一段階は、多くの情報源から公平な立場で情報を集めること
  です。


★情報収集の重要性
 公立学校では転任者が毎年何名かいます。
 校長は次年度の職員構成を考えるにあたり、転任者の情報を必要とします。
そのようなとき、電話で前任校の校長から情報を仕入れるわけですが、
 手が正直に答えてくれる場合ばかりとは限らない。したがって、時にはその


誤った情報で学級担任などを決めてしまうこともあります。
年度始めの数日でその人となりを見極めることはなかなか難しいのが現実で
す。


校長にとって最初の情報源は教頭(副校長)です。教頭が新しい校長に何を期待しているのかを理解する必要があります

2の情報源は前任者です。また、教頭(副校長)と教務主任、学年主任たちとの関係を 理解しておくことが必要です。前任者が主任層との関係に問題があった場合は、主任層との信頼関係を築くことが学校経営上不可欠でしょう。
また、これまでずっと続いてきた仕事、問題解決のパターン、重要なデータファイルのある場所について、前任者から個人的に引き継ぐ必要があります。

第3の情報源は主任層です。
主任たちと学校に関すること、学校に今必要なこと、その方向性について話し合うことが求められます。このことは、リーダーシップとして大切な傾聴と問題解決という技能を発揮するよい機会を与えてくれることになります。異なる意見に対して寛容であることが求められます。
 批評的な情報を集めるには他にも方法があります。他の職員とも話したらよいでしょう。尋ねるべき質問はたくさんあるでしょう。「彼らがその役割についてどう感じているのか」「管理職とはどのようにつきあってきたのか」「校長のリーダーシップについてどう考えているのか」など。
また、過去のメンバーの評価、予算や連絡、管理に関する覚書や会議の議事録などが重要なデータとなります。

振り返り
あなたは校長として新しい学校に赴任して、その学校の職員の雰囲気、人間 
関係を知るためにどのような方法を取りましたか?

2 校長はビジョンをどのように作ればよいのでしょうか

 校長に求められていることは自分の役割を理解することです。校長として求められているものは何でしょうか? 
だれもがその役割について違った意見を述べるでしょう。この質問にうまく答えるためには、進むべき進路を定めることです。一方で、どのメンバーも喜ぶようなことをしようとすれば結果的にはだれも喜ばすことはできないでしょう。また一方でだれの言うことにも耳を貸さないとすれば、すべてのメンバーとの関係が壊れてしまうでしょう。
いずれにしても、仕事をうまく進めることもできないし、組織への貢献もできないと思われます。
力のある校長になるためには、教頭や職員と一緒にうまく仕事を進めていくべきです。校長がその組織の目標を達成するためには、共にやることが大切なのです。協働者なしには、どんな組織も、そのミッションを達成することはできません。

学校の実態を把握した後は、学校として目指す目標・ビジョンを明らかにする必要があります。結果としてできあがったものよりも、作成する過程の方がはるかに重要です。
学校の実態を明らかにする作業と同時に、ビジョンづくりの参考となる様々な事例・情報を収集することです。
その結果、集められた情報を関係者と共有します。この関係者の中には、保護者・地域住民の代表が参加している地域協議会のような組織が含まれます。そして、ビジョン作りの会議を持つのです。(中学校であれば、生徒代表が入ることも考えられます。)

 部下職員の所属意識を高めるにはどうすればどうすればよいのでしょうか

 心理学者は人間にとって所属意識が重要であると言います。それは人間にとって大切な動機です。われわれは所属意識が感じられないときは、他のメンバーや組織に対して疎外感をふくらませてしまうでしょう。所属感を感じられる職員は、学校のためによく働くし、忠実に仕事を進めることができます。
 ◆振り返り
 あなたは部下の所属感を高めるためにどんな工夫をしています
 か?






4 生き生きと部下が働けるようにするためにはどうしたらよいでしょうか

校長の中には、校内に競争原理を持ち込むタイプがいます。
しかし、これは結局、職員たちにとって利益になりません。
競争原理を持ち込めば、絶えず自分たちの利益を守ることが目標になってしまいます。
したがって、校長が学年間の連携・協力関係を作ることが重要となります。校長が職員に対して、同僚との良好な関係を築くよう配慮すれば、協働的な雰囲気が醸成されます。
もうひとつの失敗例は、タテとヨコの組織の分裂です。校長があるグループと他のグループを競わせるようなことをすると、内戦状態になります。

例として予算要求の例が考えられます。
もし、ある教科が昨年削減された予算の回復に成功したとしても、それは近視眼的な勝利です。なぜなら、その教科が予算の回復に成功したとしても、それは他の教科を削って得たものにすぎないからです。その小さな勝利はまた新たな敵を生み出してしまうことになるのです。


 ★これは給与・待遇に連動した教員評価において同様の例が見られます。 
ある自治体の公立学校では、教員に対して4段階の評価がなされ、下のランクに評価された教員は昇給が延伸されたり、賞与の額が減額されたりしています。その減額分は成績優秀者に対して与えられるというシステムです。これなども互いに競わせて勤労意欲を高めようという競争原理に基づいた組織活性化法と言えるでしょう。
しかし、上記の話からも、これは両刃の剣であることがよく理解できます。
  たしかに、一生懸命働いても、そうでなくても給料に差がつかないのはお 
 かしいという考えも成り立ちます。しかし、時代の変化と共に、「協働
 性」が重視されている学校において、チームプレイや連携プレーが要求さ 
 れているにもかかわらず、その協働性を分断するような成果主義であれば
 それは学校にとってマイナスです。


5 組織づくり成功のために校長に求められるものは何でしょうか

  力のある校長は部下の話をよく聞く
  リーダーシップというと、常に部下に対して指示を与えることと思いがちですが、決してそうではなく、部下職員の話に耳を傾けることが大切なのです。
このコミュニケーションの基本が守られていて、初めて部下職員は校長の言うことをきくのです。

  力のある校長は正直である

正直さは校長の行動やことばに滲み出ています。
これらの行動やことばはどのような与えられた状況のなかでも、常に正しいことをやろうとする意欲と関連しているものです。正直さをもって校長が行動しているときは、すべての部下がその校長を言行一致の人とみなすでしょう。陰での取引や依怙贔屓などがないことです。そのときは校長の行動が、組織に対して正直さ、公平さ、統一性として反映されるのです。正直に行動することにより、校長は信頼と高い倫理的な原則に基づいた校内文化を作り始めることができます。


 ★部下職員が意欲をもって仕事を進めることができるためには、やはり
  校が自らそのモデルとなる必要があります。
 「正直さ」という範を示すことで部下は安心して職務にあたることができます。




「モデル」となって示すことは「言うのは簡単だが、実行は難しい」のです。自分のことは棚に上げて、言行不 一致の上司にはだれもついていきません。生徒が担任教師のことをよく見ているように、部下職員も校長のことをよく見ているものです。



 ◆振り返り
 校長として部下の信頼を失わないためには、どのように行動すればよいの 
 でしょうか?



2018年9月23日日曜日

「書くこと」と「学ぶこと」の関係?!


 日本の教育は、残念ながら、書くことを学ぶ際にまったく活かせていません。
 「ノート指導」という言葉は存在しますが、そのほとんどは、教師が板書したものをどれだけきれいにノートに取れるかに集中しています。
 何が欠けているかというと、書くことを通して自分の思考を育てる部分です。
 それは、教師(大人全般)が会議やミーティング等で熱心に話者の言っていることをメモに取ることからも言えます。全員が熱心にメモを取るのですが、残念ながら、それをしている過程の思考はほぼゼロですし★、メモが読み直されることもほぼゼロなので、見た目にはみんな熱心そうに見えますが、その場から生まれるものは、限りなくゼロに等しい状態が続きます。(ということで、教室で起こっていることは、一般社会で常日頃行われていることの縮図に過ぎないということです!)

 『イン・ザ・ミドル』に、以下のような記述があります。

「書くことは、紙の上でひたすら考えに考え抜くことで、多くのやり方がある。書き手は何をするのか?」
自分の経験から、「書く」とは「紙の上で考える」ことだと学びました。書いたことを読んでそれについて考えるし、時には少し、時にはたくさん考え直し、さらに考えてもっと書き足します。考えが頭の中から順序良く、切れ目なく流れてきて、それを書きとめる、というようなものではありません。そうではなくて、書くことで、考えを発見するのです。意味を創り出すのです。書き手がすることは乱雑で複雑であると同時に、素晴らしいことでもあります。考えることができて、そのための時間をとれる人なら、誰でも書くことができます。さあ、できるだけ限りのブレインストーミングしてみましょう。みんなも話すし、私も話します。私が記録しますから、今から、書き手がすることを、どんどん考えてみましょう。161ページ)

 あるクラスでのブレインストーミングで出てきた結果が図版4-1です。
  
 ブレインストーミングが一段落すると、『イン・ザ・ミドル』の著者は、次のように生徒に話して締めくくりました。

書き手が実際にしていることがとてもたくさん出てきました。書くことは、楽しくって、大変で、直線的には進まないものです。書き手は、ここで挙げたいろいろなことの間を、行ったり来たりします。もちろん、ある時点で、ここでよしとして、迷うことをやめて、作品を世に送り出します。授業では、ここにリストされたことを上手に行う方法を教え、それを練習する時間も提供します。カート・ヴォネガット・ジュニアが言うように、作家とは、頭がいい人とは限らないけど、紙の上で考えることと時間の使い方、そして忍耐することを学んだ人たちなのです。162ページ)

・日本の作文教育は、こういう視点で行われているでしょうか?
・問題は国語の書く指導に止まりません。国語以外の教科で「書くこと」を、思考を深めたり、広げたりすることに活かせているでしょうか?
 ここまでは、書くことに焦点を当ててきましたが、まったく同じことが「読むこと」についても言えてしまいます。
・読むことを、思考を深めたり、広げたりするために活かさなければならないのですが、活かせているでしょうか? (これも、国語の読解の授業だけでなく、すべての教科で、です!)
・さらには、話すことや聞くことでも同じなのですが、やれているでしょうか?
 学ぶこと=書くこと、読むこと、話すこと、聞くこと=考えること、です。★★
・書くこと、読むこと、話すこと、聞くことを通して考えていなければ、いったいどうやって学んでいるというのでしょうか?

★ もっと言えば、メモを取ることが思考させない結果を生んでいるとさえ言えます! この方法を乗り越える方法については、『会議の技法』を参照してください。

★★ このことを私に気づかせてくれたのが、『「読む力」はこうしてつける』でした。

 以上のことを、私に考えさせるきっかけになった文章を以下に貼り付けます。(訳を付けないですみません。ひょっとすると翻訳ソフトを使うと、かなりの精度で日本語になるかもしれません。たとえば、https://translate.google.co.jp/?hl=ja の左側に下のコピーを貼り付けると、瞬時に右側に日本語訳が表示されます。)

Unfortunately, few teachers ever learn about writing’s "incredible" power to "enable thought to operate much more deeply" on everything we read and learn (Walshe, 1987). Although teachers realize writing’s general importance, most aren’t adequately aware of the fact that higher-order, analytic thought likely isn’t possible without engaging in some form of writing, or that we can literally "write our way" into a deeper understanding of complex texts or concepts that previously mystified us (Zinsser, 1988). Decades of research attest to writing’s unrivaled ability to facilitate understanding and help people evaluate, reconstitute, and synthesize knowledge. Writing enables students to generate their best thinking in its most effective form (National Commission on Writing, 2003; Sundeen, 2015).
That’s why writing and speaking constitute the most sought-after skill set in business and industry and why many corporate recruiters rank these abilities twice as high as managerial skills (Hurley, 2015). Writing plays a more significant role in the school systems in countries that score high on PISA than it does in the schools in the United States (Darling-Hammond, 2010; Ripley, 2013). But extensive student writing is a frighteningly low priority in U.S. schools.
Having students write across the disciplines could have more impact on college success than any other factor.

Reference: Demystifying Writing, Transforming Education (Writing enables deeper thinking and learning in every content area. Let’s teach it in every content area), by Mike Schmoker, in Educational Leadership, Volume 75, Number 7, April 2018, p.23.


2018年9月16日日曜日

受験パスポートにポートフォリオ評価を




この時期、高校3年生にとっては推薦入試が決まり、中学3年生は受験校をしぼるにあたっての成績を振り返っている頃でしょう。

その際の規準には通知票といった成績が使われることが多いのですが、こういった成績を進学するための「パスポート」扱いにしてしまっていいのでしょうか。

成績は、そもそも自分自身が成長するためのものです。自分をよりよく知り、自分を伸ばしていくためにあります。もちろん定期的に評価することは必要ですが、進学に使われる材料として、数字で切り取られた成績はそれにふさわしいのでしょうか。

学期末ごとに配布される(一方的に渡される?)終末評価の通知票をもらっても、学習者はもうやり直すことはできませんし、数字や文字だけの評価では学習者の学びの全体像をつかめません。このような成績では成長のためのツールとはなっていません。

そこで、それにかわる評価としてポートフォリオを導入してみませんか。



「成績をハックする評価を学びにいかす10の方法」
スター・サックシュタイン著 高瀬裕人、吉田新一郎(翻訳)


この本の10章に「ハック10 クラウドベースのデータを保存するポートフォリオ評価へ移行する」とあります。テストや数字だけで学習者を評価するのではなく、自分がつくった作品やふりかえりシート、授業のノートだったりと、その学習のプロセス★をためたものを記録していきます。このような日々の学習を継続的にファイルしていくものは「ワーキングポートフォリオ(元ポートフォリオ)」と呼ばれます。

ワーキングポートフォリオから、学習者が自分自身の努力に納得し、いくつかのハイライトを選びだしたものが「パーマネントポートフォリオ(凝集ポートフォリオ)」と呼ばれるものです。学習者が何を学んだり、失敗や困難をどう乗り越えたししたのかがわかるものです。このような方法に取り組むと、確実にメタ認知が高まると思いませんか。

ポートフォリオを海外では、卒業時に「グラディエイションバイポートフォリオ(卒業ポートフォリオ)」として、学習の軌跡を携えて卒業していくようです。このような取り組みがデジタルで★★行われ、しかも、すでに採用面接にも使われているように聞きました。このポートフォリオを元にして、自分の学びのよい例をどうやって選び、なぜそれを選んだのかについて説明していくことで、少なくとも、学びの結果に一喜一憂せず、学びのプロセスにこだわれるようにはなれます。

今後、ポートフォリオをもとに、日々の授業の視点をプロセス評価★★★へと変革していくことは可能です。ゆくゆくは、高校進学や大学受験、採用面接(デザイン系ではすでに活用されています)のパスポートとして活用されていくことになるでしょう。数字や文字の成績よりも、はるかに説得力のあるものです。

ポートフォリオ評価では、今、その地点の力のみだけではなく、プロセスを含めて、学習者をもっと全人的にみとることできます。「あなたは、なぜその点を取ったのか?」そう問われたとき、テストだけでは説明できませんが(説明できたとしても学習内容はすぐに忘れてしまう!?)、ポートフォリオは説明できるため、成績の正反対の効果があるのです。


★その他、写真、音声、動画、ブログ、発表の記録も含まれます。これらをデジタル情報にためていくデジタルポートフォリオの取り組みは、海外では2000年代からすでに行われています。保護者、学校間や校種を越えてもその学習者の情報を共有することが可能となっています。日本の指導要録はそのような機能を果たせるものになっているでしょうか?

★★もちろん個人データ保護のため規正の強い日本の学校現場にいきなりデジタル情報で生徒の作品や日々のノートなどをストックしていくことは難しいかもしれません。まずは紙ベースといった、できるところからの取り組みです。よいものは広がっていきます。その意味からたくさんのアイデアや実践のヒントをもらえる参考になる10章です。

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プロセス評価とは、学習単元を通して、または、年間を通して学習者が今、どのような状況で、学習目標に到達するには何を支援していくのかといった、形成的評価とよばれるものです。単元の事前にすでに知っていたり、できることを評価することを診断的評価、単元末のテスト評価などは終末評価とよばれます。