2021年6月26日土曜日

問いと民主主義

以前このブログで『文部省著作教科書 民主主義』を紹介したことがありました。

最近このタイトルを久しぶりに目にする機会がありました。

それは、今月10日に発行された『プリンス』(真山仁・PHP研究所)という小説の中です。真山さんは新聞記者を経て作家になった人で、2004年に『ハゲタカ』でデビューしました。大森南朋さん主演でドラマ化されたので、ご覧になった方も多いと思います。その真山さんの最新作が、「アジア最後のフロンティア」というメコン国という架空の国を舞台に描かれたこの小説です。「ラストフロンティア」という文言を聞くと、モデルはあの国だろうと見当はつくかと思います。この本の帯には次のように書かれています。 

「軍事政権下の東南アジアの国・メコンから日本に留学したピーター・オハラは、大学での政治活動に情熱を注ぐ犬養渉と知り合う。祖国メコンを民主化するため、父・ジミーが大統領選に出馬することを知ったピーターは、父の選挙を応援するため、渉とともに帰国する。一方、人々の期待を一身に背負い、ジミーが帰国するが--------」 

 この本の各章の扉に、実は『文部省著作教科書 民主主義』からの引用があるのです。

 たとえば、第2章『狙撃』には次のような文言が引用されています。

「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。民主主義の根本は、もっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である。」

 この本の舞台となっている途上国と先進国の関係は、かつての宗主国と植民地の関係をそのまま引きずり、支配・被支配の関係が長年続いているとも言えます。特にアフリカではそれが顕著であると言えるでしょう。今日のアフリカの飢餓問題などはすべてそのあたりに根っこのある問題です。

 それにしても、「民主主義」を大切にしていくには、多くの努力が必要なことがわかります。特に教育におけるそれが重要なことは明らかです。そのためには、『たった一つを変えるだけ』(新評論2015)が一つ重要な手掛かりを提供してくれます。その「おわりに」にこう書かれています。(274-275ページ)

①      どの学校のどのクラスでも、すべての生徒に質問ができるように教えることで、教育を改善することが今日からでもできる。

②      生徒たちに質問ができるように教える教師は、より高い満足とより良い結果が得られる。

③      自ら質問することをすべての生徒に教えることで、広い見識をもった市民と、市民中心で、力強く、より活気のある民主的な社会をつくり出すことができる。

 このあたりを手掛かりに、日々の実践を積み上げていきたいものです。

 

 

2021年6月20日日曜日

学校のマインドセットを変える

初めて教壇に立った日のことを覚えていますか。少し高揚した気分を胸に、校門をくぐった日のことです。これから起きるであろう、少年や少女たちとの様々なエピソードに胸をときめかせていました。彼ら彼女らの成長を見つめ、一緒に歩めることに、心躍らせていたのです。

しかし、そのような思いが打ち砕かれるのに時間はかかりませんでした。私が最初に赴任した学校は、いわゆる指導困難校と言われているところでした。「この子たちには無理。。。」「厳しい親の家庭が多からね。。。」「教師も楽をすることしか考えたないし。」とにかく、ネガティブな発言のオンパレード。多くの教員は年齢に関わらず、面倒な仕事から逃れようとしていました。仕事の押し付け合いの対立など日常茶飯事。

指導困難な学校でなくても、学校というところは、ネガティブな思考に陥りがちな傾向があるようです。『学校リーダーシップをハックする』★には、アメリカの学校の様子が具体的に描かれていますが、学校の一つの大きな問題として、教師がネガティブ思考に陥りがちであることをあげています。しかも、一章すべてを、このネガティブ思考の問題に充てているのです。この章の書き出しは「全国の教師たちと関われば関わるほど、彼らがネガティブ思考にどっぷり浸かっていることを実感します。」です。

教師や学校がネガティブ思考に陥ることは、悲劇的とも言える状況をもたらします。教室で、教師は、子どもたちの可能性を否定し、子どもたちの質の高い学びを奪ってしまうのです。教師や学校が、問題点や欠点にのみ目を向けると、子どもたちの可能性の芽は摘まれてしまいます。

では、学校リーダーは、どうすれば、学校からネガティブ思考を追い出すことができるのでしょうか。先にあげた『学校リーダーシップをハックする』の提案を見てみましょう。

ステップ1 子どもがもつ潜在力に着目する。

課題や問題点を指摘することから、強みに焦点をあてることにシフトする。しかも、教員個人ではなく、組織としてこの取組を進めること。また、その際、生得的な知能や能力ではなく、生徒が実際に起こした行動やプロセスに焦点をあてることの重要性も強調されています。

ステップ2 学校リーダーがモデルを示し続ける。

教師であれ、生徒であれ、リーダーが、その強みを発見し、それを認める姿勢を示すこと。そうすることで、職場全体のマインドセットが、優れた実践を探り、生み出そうとする協力的なものになっていく。

 ステップ3 難易度の高い学びにチャレンジさせる。

ものすごくシンプルなことですが、子どもも、大人も、ダメなことを指摘されて学ぶよりも、褒められて学びたいはずです。自分が学習者だったときのことを心情を思い出しましょう。そして、子どもたちを質の高い学びに導いていきましょう。

ステップ4 生徒たちに多様な学びの機会を与える。

生徒たちの能力は多様です。★★すべての生徒がその能力を伸ばすことができるように、「主要五教科」と言われるもの以外も大切にしましょう。入試に出ることだけが学びのゴールではありません。狭い世界に子どもたちを閉じ込めるのではなく、広い分野での学びを紹介することで、子どもたちにポジティブなマインドセットを育んでいきたいものです。

ステップ5 学校で起こっている秀逸なことを祝福する。

この本で繰り返しでてくる提案です。日本の学校は特に弱い部分と言えるかもしれません。秀逸な取り組みを発掘し、それらを高く評価するだけでなく、コミュニティー全体にまで広げましょう。地域の皆さんはきっと学校のファン、そして、心強いサポーターになってくれるはずです。

この章の結びには、「子どもたちが安心して、しかも夢中になって学べる教室こそが、イノベーションの土台となるのです。失敗を恐れず、再挑戦ができる場所です。子どもたちができないことではなく、できることに焦点が当たる教室です。」とあります。

問題点や課題を、新しい学びや成長のチャンスであるととらえなおす。ポジティブなマインドセットに変えること。まずはそこから、学校イノベーションを始めましょう。★★★


★近日発刊予定 『学校リーダーシップをハックする』第10章(ハック10 マインドセットを変える ―ネガティブ思考を葬り去る)

★★ 人の能力の多様性については、『マルチ能力が育む子どもの生きる力』を参照ください。

★★★ このテーマに特化した本が『教育のプロがすすめるイノベーション』です。


2021年6月13日日曜日

声をあげる 大阪市立木川南小学校の久保敬校長「提言書」より

 先月、大阪市立木川南小学校の久保敬校長が、市の教育行政への「提言書」を松井一郎市長に実名で送りました。それは、4月の緊急事態宣言期間中は市立小・中学校の授業をオンラインで実施する考えを示したことへ批判してのこと。一律オンライン授業の実施により、環境が整っていない家庭や学校現場から悲鳴の声が聞こえています。久保校長は、この時期に実名で提言書を出し、教育行政に声をあげました。多くの先生は「よくぞ言ってくれた」と勇気をもらったのではないでしょうか。あらためてここに紹介し、声を上げることの大切さについて考えてみます。

 

2021年5月20日の朝日新聞デジタルにその提言書全文が載っています★。提言書には「豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために」とあり、子どもたちが豊かな未来に向けて、公教育は今、一体どうあるべきか真剣に考えるときだと訴えられています。

 

“学校は、グローバル経済を支える人材という「商品」を作り出す工場と化している。そこでは、子どもたちは、テストの点によって選別される「競争」に晒(さら)される。そして、教職員は、子どもの成長にかかわる教育の本質に根ざした働きができず、喜びのない何のためかわからないような仕事に追われ、疲弊していく。さらには、やりがいや使命感を奪われ、働くことへの意欲さえ失いつつある。”

 

この「何のためかわからないような仕事」に追われている教員の本音を代弁してもらえたのではないでしょうか。そして、評価のための評価、効果検証のための報告書やアンケート、目標管理シートによる人事評価、GIGAスクール構想への懸念、全国学力学習状況調査もいらないなど、持続可能な学校にするためには、本当に大切な事だけを行う必要があり、特別な事業はいらないと言います。学力調査に関して言えば、そのような調査がなくたって“毎日、一緒に学習していればわかる話”であり、現状を“この地球規模の危機を乗り越えるために必要な力は、学力経年調査の平均点を1点あげることとは無関係である”と見事に反駁しています。そして、これらのことが “結局、子どもの安全・安心も学ぶ権利もどちらも保障されない状況をつくり出していることに、胸をかきむしられる思いである。”と、声をあげました。

 

“本当に子どもの幸せな成長を願って、子どもの人権を尊重し「最善の利益」を考えた社会ではないことが、コロナ禍になってはっきりと可視化されてきたと言えるのではないだろうか。社会の課題のしわ寄せが、どんどん子どもや学校に襲いかかっている。”

 

“子どもたちと一緒に学んだり、遊んだりする時間を楽しみたい。子どもたちに直接かかわる仕事がしたいのだ。子どもたちに働きかけた結果は、数値による効果検証などではなく、子どもの反応として、直接肌で感じたいのだ。1点・2点を追い求めるのではなく、子どもたちの5年先、10年先を見据えて、今という時間を共に過ごしたいのだ。テストの点数というエビデンスはそれほど正しいものなのか。”

 

“これは、子どもの問題ではなく、まさしく大人の問題であり、政治的権力を持つ立場にある人にはその大きな責任が課せられているのではないだろうか。”

 

コロナによって、図らずも日本が抱える縦割り行政の問題の一端が浮き彫りとなり、学校現場では様々な不満や「もっとこうしてほしい、こうしたい」といった願いがいろいろ出てきました。今回のように公立学校の一校長が役職と実名をもって声をあげることの賛否はあるかもしれません。しかし、その役職と実名をもって提言したからこそ、その影響があったことは事実です。こと学校教育に関しては、匿名性の高いSNSではこういうことは起こりません。自分で声をあげること、そしてそれを真摯に聴こうとすること、これは民主的な社会において最も基本とされる一つです。子どもたちの声を、そして子どもの学習や遊ぶ権利が学校の中で、どれほど尊重されているのでしょうか。

 

実名で公表されたため木川南小の学校名は一気に知名度があがり、保護者の中には不安に思う方もいるかもしれません。けれども、以下のようなメッセージも届いていることもまた事実です。

 

“お名前や役職を公表して意見を述べられたことは、子どもたちに正々堂々とおかしいことはおかしいと、声をあげてもよいと、子どもたちに行動で見せて、大切なことを教えてくださいました。この木川南小学校で我が子が学べることに感謝し、誇りに思います。” 

大阪市立木川南小学校HPより★★

 

一方で、提言に対し大阪市長の松井一郎氏は、以下のようなコメントを残しました。

 

“「僕とは考え方が違う」とした上で「校長だけど現場がわかってない」「ルール違反ならやめてもらわな」などと批判し 〜 松井氏は、久保校長の書面が教育振興基本計画を否定しているとして「公務員には職務専念義務がある。ルールに従えないというような表現をされたので職務専念義務違反だ」と主張。 〜 「ルールを守るのは当たり前。学校でルールを守れって教育してるんじゃないの。そのルールが自分と違っても決まったルールは守る。当たり前のことだ」と強調した。”

Yahoo!ニュースより★★★

 

この一件からみなさんは何を感じ、考えましたか? よかったら教えてください。★★★★

 

★

朝日新聞デジタル「大阪市立木川南小学校・久保校長の「提言」全文

https://www.asahi.com/articles/ASP5N6KWMP5NPTIL00R.html

私の働く私立校においても、この全文は職員会議で全職員に配られ「今、大切なことだから読んでおいてほしい」と紹介されました。

 

★★

大阪市立木川南小学校HP  

http://swa.city-osaka.ed.jp/swas/index.php?id=e641402

 

★★★

Yahoo!ニュース

松井大阪市長 法曹関係者らの声明に不快感「処分すると一言も言ってない」オンライン授業巡り

https://news.yahoo.co.jp/articles/6e368cc55789c534e80da592cdefa72775455092

 

 

★★★★

著:デイヴィッド・ブース、訳:飯村寧史・吉田新一郎『私にも言いたいことがあります! 生徒の「声」をいかす授業づくり』新評論

https://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1175-2.html

この本の子どもたちの小さな声を大切にする実践群、とても参考になりました。子ども時代にこそ、声をあげ、聴いてもらえる経験を積むことが、よりよい民主的な社会を築くその一歩。大人はそのモデルとしてありたいものです。

 

 

2021年6月4日金曜日

教師の「希望」を実現する教え方・学び方

「なぜ私たちの州には『州の昆虫』がないのですか?」


第2章に示されているPBL(プロジェクト学習)の展開として紹介されている学習のスタート地点が、この生徒の発言です。

この生徒の疑問から、州のシンボルの意味や昆虫の生息地、絶滅危惧種とは何か、それを決める存在である議会とは何か、州議会への働きかけ・・・というように、生徒がさまざまな学びを展開する。これがPBLの醍醐味です。


 しかし、「PBL」と言われても、横文字の名前の学習はとっつきにくい人も多いのだろうと思います(昨年度、当時のゼミ生に「PLB!」と言われて、私はポカーンとしてしまいました…)。でも、そう特別なものでもないように思います。


帯文にもある、教員にPBLを展開していくための問いである「あなたが教職を志した理由は何ですか?」という文言。

おそらくほとんどの人が、「生徒に◯◯を考えて欲しい!」と思って教職を志したのではないでしょうか。そしてそれは、一つの教科の枠にはおさまらないほど、壮大なことだったのではないでしょうか。今思えば、恥ずかしいところもあるかもしれませんが(私は「ラブ&ピース」を考えてほしいなどと本気で思っていました。お恥ずかしい…)、そんな「希望」を持っていたことでしょう。きっと、それが生徒たちにとって、「学ぶ意味を感じられるもの」となるはずだと信じて。


ただ、私も、そして皆さんの多くも、大学で教員養成の道を歩み始めてから今まで、教科という枠を大切にしてきて育ち、主に中学校・高校ではその枠で採用され、そして教科書に過度に縛られすぎるなどの現実に向き合い…こうして私たちは、その「希望」を一旦棚上げしたり、もしかすると視野も狭くなったりしてしまっているかもしれません。


「カリキュラム・マネジメント」、「教科横断」、「探究」…このようなことばをキーワードとして、これからの時代の学習のあり方の議論がなされている今なら…。そんな「希望」を形にすることも「よい取り組み」だと見なされるのではないかと思います。世のなかが後押ししてくれているのも同然です。自分が本来もっていたその「希望」を実現できるはずです。その方法がPBLだと言えるでしょう。


もちろん、「先生の想い100%」で突っ走るだけではいけません。学習として成立するために考慮すべき、さまざまなポイントもあります。そこで、本書で扱われている内容が役に立つのです。本書は、その先生の「想い」を見据えつつ、学習者が駆動させる学びの設計をサポートしてくれます。

*****


  以上は、『プロジェクト学習とは』の訳者の池田匡史さん(兵庫教育大学大学院)が書いてくれた紹介文でした。


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2021年5月30日日曜日

『読書からはじまる』

このブログでもかつて紹介されたことがあったと思いましたが、長田弘さんという詩人がいました。(残念ながら2015年逝去されました)

福島県出身で大学卒業後、詩人として活動し、1982年エッセイ集『私の二十世紀書店』で毎日出版文化賞、2000年『森の絵本』で講談社出版文化賞を受賞されています。

今月、筑摩書房から『読書からはじまる』という本がちくま文庫の1冊として出版されました。2001年にNHKライブラリーとして出版されたものの再刊の形です。

 

この本の中で、第1章「本はもう一人の友人」がまず印象的です。少し引用します。

 

「友人としての本」というふうにして本を考えるとき、まず考えることは、友人とはどういうものかということです。ここでいう友人というのは、友人というあり方のことで、どういうあり方を友人と言い、そしてそうした友人というあり方が、本というもののあり方において、どういう意味をもつのだろうか、ということです。

友人というのはその場かぎりではありません。「ずっとつづく」関係です。親しい、よく知っているという以上に、友人というあり方の根をなすのは、「ずっとつづく」ということ。

~途中略~

 目の前に毎日の生活がある。その毎日の生活のもう一つそちら側にずっとつづくもの、自分の心のなかにずっとつづいているものとして、友人が存在する、ということです。

 

 生きていく上で、実生活のなかでの友人はもちろんいるわけですが、それと同じように本が友人であるという視点はとても大切なものだと思います。親しい友人とは年に何回か実際に会って話をしたりするわけですが、本も同様に人生の折々に同じ本を読み返すことがあると思います。また、同じ本を読んでも、そのたびに新たな気づきや発見がありますし、いい本は一生の友人と言えるでしょう。

 そのような友人としての「本」とどのくらいめぐり合うかというのも生きていく上での楽しみの一つではないかと考えます。子どもたちがそうした生涯の「友人」を持つことができるように先生方の働きかけが重要な意味をもつことになるのでしょう。「読み」に関しては、このブログでもこれまで何回も紹介されましたので、それらを参考にされるとよいでしょう。

 

 これも今読みかけの本なのですが、『デジタルで変わる子どもたち』(バトラー後藤裕子・筑摩新書2021)にデジタルと紙の本はどう使いわけるのがいいのかという話題について、次のように触れていました。(同書138ページ)
 

読みの達人たちは、紙媒体、デジタル媒体のそれぞれの特徴を把握した上で、目的に応じて、両者を使いわけ、それぞれの有効なストラテジーを身につけていることがわかる。たとえば、ある現象の大まかな傾向をつかみたい時には、デジタル媒体でヘッドラインや写真をとばし見し、詳細な情報を正確に得たい時には、プリントアウトして、他情報へのリンクがあえてできない状況を作り、テクスト情報の理解に集中するなどである。こうした達人は、紙媒体、デジタル媒体の持つ特徴を有意義に利用して、情報を効率的に選別し、知識として蓄えている。(Hillesund, 2010)

 

こうした力がないまま情報過多のデジタル環境に放置されたままになっていると、子どもたちは学校教育で求められている読解に影響が出てくるのではないかと、著者は結論付けています。これから、小・中学校でデジタル教科書などが導入されるようになると、この問題は決して看過できないものとなると思われます。

 

2021年5月23日日曜日

『教育のプロがすすめるイノベーション―学校の学びが変わる―』(以下「プロイノ」)を読んで

所属する日本語学校では、昨年度コロナ禍で一気にオンライン教育へと加速しました。教育のパラダイムシフトと言われて久しくも、大きく代わり映えしなかった学校にICT化という意味でのイノベーションが起こったのは確かです。この本からの気づきもコロナ以前と今では少し違っていますが、「プロイノ」に書かれていることが今、さらに実感されるようになりました。

この本が目指しているのは「変化のための変化ではなく、教師と生徒が飛躍的に成長できるようにエンパワーする」学校づくりです。多くの気づきを得つつ、「話し合いのための問い」で自分と対話しながら、読み進めましたので、私の体験も交えて、読後感の一端をご紹介させていただきます。

 

●影響のある学びが第一、テクノロジーは第二(p.290)

 これを読んで、これまで決して進んでいると言えなかった、所属校のICT化が約半年でできた訳が分かりました。それはコロナ禍で、オンラインでも双方向の学びを続けなければという教師の思いだったと思います。そのためにはGoogle ClassroomやZOOMを使い、全員参加で教師が必死に勉強しました。テクノロジーを使うことを目的とし、変化のための変化を望んでいる間はテクノロジーの活用は進まなかったのです。

 

●ICTは学びを加速化し、拡充し、作り直させる力を私たちに与えてくれます。(p.194)

しかし、使ってみて「ICTは単なるツール」でもないと感じています。オンライン授業になってから、音声指導等やりにくい面もありますが、一方で思ったより、やりたいことができている感じがします。在宅でみんながPCの前にいる状態では調べ学習も容易で、Googleスプレッドシートを使って、各自が調べたことの共有をしながら発表もできます。ICTはツールではあるけれど、グーテンベルグの印刷機以来の情報革命だと言われるのも今更ながら納得できました。「ICTは標準化するべきではなく、個別化するべき」(p.196)ともありますが、自立的な学びに移行しやすいと感じています。

 

●イノベーターのマインドセットは生徒たちへの共感からはじまります。(p.46)

 テクノロジー関係から書いてしまいましたが、実は「共感(empathy」がイノベーションのキーワードです。これがないとイノベーションの必要性もありません。別の本になりますが、ブレディ・みかこさんによると、empathyはsympathyのような自然に湧きだす感情ではなく、自分と立場の違う人が何を考えているのか、どういう気持ちなのかを想像する知的な作業と言えるそうです。

学生が何に躓いているのか、どんな気持ちで授業を受けているのか、想像力を働かせるところから、解決すべき問題があぶりだされてきます。「自分がこのクラスの生徒になりたいか?」(p.40)自問する、「丸一日、生徒をシャドーイングする(後について同じ生活を送ってみる。)」(p.105)など、共感力を養う方法も紹介されています。

 日本語学校から外国人の若者を日本の大学や社会に送り出す立場からすると、これから多文化共生社会に円滑に移行するためにも、日本人、外国人を問わず、この共感力の育成が決定的に必要になってくるものと思われます。

 

●振り返りを促すための質問(p.266)

①今日あなたが学んだ中で、さらに探究したいことは何ですか?なぜ、そのテーマを探究したいのですか?

②あなたが前に進むためのもっとも大切な質問は何ですか?

③あなたが共有したいと思う他の考えは何ですか?

 この質問を読んで思いました。学ぶことはたぶん自分との対話なのかもしれません。「私は学ぶ」ポスター(p.273)には 「学ぶ」方法が10の動詞で明示されています。自身を含めて「学べ」と言われてもどうしていいか分からない学習者が大勢いるので、このような明示されたインストラクションは学習者の学びを助けます。

 

●よりオープンになれば、素晴らしいことが起こり得る可能性が飛躍的に増加する。(p.240)

秘密主義における第二のより厄介な問題は、目的が生徒を助けることではなく、学校自体を助けることにあるということです。(p.248)

NHKで「オープンシェア革命」という番組を見て、この潮流だと思いました。番組の中でトレバー・バウアー投手が語っています。
「共有しなければ、他人からフィードバックがもらえない。『こうじゃないのか?』という指摘や、『こうやってみたら?』という提案も得られない。共有をやめたら学ぶスピードが落ちる。それは損だと思う」

教育のイノベーションも常にうまくいくとは限りません。けれども、よりオープンにすることで、発展、成長が加速する可能性があります。試みや躓きを同時進行でシェアすることでイノベーションが早まるのではないでしょうか。本当はSNSなどで、全世界とシェアしたいところですが、そうもいかない現実があります。手始めに同じ研究会のメンバーでシェアしたりするのもいいかなと思いました。

「イノベーションか死か」(p.6)とは恐ろしい言葉ですが、学校法人も収入を得て組織が成り立つ以上、ユーザーである学生や社会のニーズに合わせて変わっていかなければ生き残れません。「プロイノ」はよりよい何かに向かって一歩踏み出そうとする人をエンパワーする本です。私自身も学習者に共感し、エンパワーすることを目指して、イノベーションを模索していこうと思いました。(日本語教師:髙橋えるめ)


2021年5月16日日曜日

小学生でもデザイン思考でプロジェクト学習ができる!

 ――デイヴィッド・リー『教室におけるデザイン思考』を読む――

                             門倉正美

 「デザイン思考」とは、商品や都市などのデザインをするときにデザイナーが行う手順を、「共感・問題定義・創造・プロトタイプ・テスト」の5つの局面に定式化したものです。

IDEO(アイディオ)という商品デザインの会社が先駆的に打ち出して以来、ビジネスの世界ではアメリカから発して、日本を含む世界中の企業で取り組まれるようになっています。

 このデザイン思考というプロセスは単に商品開発に役立つだけではありません。教育の世界でも応用できるよう、デザイン思考の創始者によって、アメリカの名門大学スタンフォードに「デザインコースd.school」が開設され、数多くの学生が学んできています。教育界でデザイン思考を採り入れる動きもアメリカ発で、世界中で徐々に行われるようになっていますが、日本では、まだごく一部の大学において手探りで試行されている段階です。

【デザイン思考の5つのフェーズ(局面)】

スタンフォード大学「d.shool」資料(bootcamp bootleg)より引用

 こうした中、本場のスタンフォードの初等・中等教育へのデザイン思考応用コース(k12ラボ)で学んだデイヴィッド・リーは、韓国のインターナショナルスクール小学校課程の1年生から5年生までのクラスでデザイン思考を用いたプロジェクト学習を試みました。その成果をまとめた本、David Lee ”Design Thinking in the Classroom(教室の中のデザイン思考)”が2018年に公刊されました。

 この本を読むと、デザイン思考がプロジェクト学習を行ううえで、いかに効果的な方法かがよく分かります。また、著者によれば、デザイン思考は、単なる「方法」にとどまらず、デザイン思考がめざす「探究的な学び」(文科省の指導要領が言うところの、「主体的・対話的で深い学び」)の態度・行動様式を生徒の中に育てることもできるのです。

 では、リーのデザイン思考クラスの生徒たちがどのようなプロジェクト学習を行ったかを見てみましょう。 1年生は、クラスメートが家族のレクリエーションの際に使える用具をお互いに作りました。2年生は、自分たちの学校がある地域の「市街地計画」を立案しました。3年生は、世界の特定の地域を選んで、その地域の特徴に合った校舎のデザインを工夫しました。4年生は、各国のフェスティバルの山車のミニチュアを作って、それぞれのフェスティバルの意味を考えました。5年生は、エコトレード(生態系を顧慮した貿易)ショーに出品するための作品をデザインしました。

このように小学生でも、デザイン思考を活かしたプロジェクト学習ができるのです。2年生の「市街地計画」プロジェクトの中では、このような形でデザイン思考が行われました。

デザイン思考では、「共感」が非常に重視されます。デザインの根本は、デザインされたものを使う「ユーザー」のニーズにあると考えるからです。2年生たちは、地域で働く人、住む人にインタビューして、その人たちのニーズを掘り下げます。このプロセスでは、的確な「インタビュー」が行われる必要があり、著者はインタビューにおける問いのあり方やインタビューの仕方について生徒とともに考えています。

次に、地域の人々のニーズと問題点の所在への気づきをもとに、プロジェクトで解決すべき「問題」をはっきりと文章化します(問題定義のフェーズ)。

そして、その「問題」を解決するためのアイディアをできるだけ多様で数多く出すように「ブレインストーミング」を行い、その成果の大量のアイディアの中からすぐれたものをしぼっていきます(創造フェーズ)。

すぐれたアイディアは、実現可能なプランや試作品という形にされなければなりません。試作案や試作品をつくるときは、精度にこだわらずラフな形で手早く「見える化」する必要があります。そうした試作案・試作品を「プロトタイプ」と言います(プロトタイプのフェーズ)。

試作案は、ユーザーである地域で働く人・住む人からのフィードバックを得て、十分にその人たちのニーズを満たすものでなければ、何回もプロトタイプをつくり直すことになります(テストのフェーズ)。

このように、デザイン思考では、5つのフェーズは必ずしもすんなりと直線的に進行していくわけではなく、それぞれのフェーズ間で何回も試行錯誤的に反復されます。こうした「反復」は忌避されることではなく、デザインをみがくために歓迎されるべきことなのです。

 2年生の「市街地計画」プロジェクトでは、地域の人々のレクリエーション施設の不足への解決策と地域の地形的構造からくる浸食問題への対応策をまとめあげ、それらの成果を都市計画の専門家にアピールする手紙を書くことになりました。

 このプロジェクトの例からもうかがえるように、この本には、デザイン思考をプロジェクト学習で用いる際に役立つアイディアや、練習のワーク、実施の際の注意点、生徒たちに伝えたい事例やエピソードが豊富に盛り込まれています。

 この本については、吉田新一郎さんと私で全体を共訳した試訳稿があります。プロジェクト学習にデザイン思考を組み込むことに関心がある方々に、この試訳稿を無償で配布し、今後のプロジェクト学習の進展に少しでも寄与することができたらと考えています。試訳稿入手希望の方は、門倉のメールアドレス:masamikadokuraアットマークhotmail.comに

メールタイトルに「試訳稿入手希望」、本文に「試訳稿入手希望・お名前」を書いて送信してくだされば、折り返し、試訳稿を送付いたします。