2025年8月30日土曜日

生成AIと教育

現在、私たちが日常的に見聞きする「AI(人工知能)という言葉が初めて使われたのは、1956年です。その後、いくつかのブームを経て今日に至るわけですが、第2次ブームの1980年代に「エキスパートシステム」という特定の専門領域に特化したAIに注目が集まりました。代表的なものは、「マイシン」と呼ばれた医療診断システムです。しかし、このシステムもすぐに壁にぶつかりました。その理由は教え込む知識の「質と量」があまりにも膨大であったからです。当時のコンピュータの性能、半導体の能力では実用的な診断システムの完成は不可能でした。それを超えられたのは、その後の半導体の性能の飛躍的な向上と、ニューラルネットワーク型手法による深層学習の実用化のおかけでした。

それによって、オープンAI社の開発したChatGPTによる「生成AI」が出現しました。これはコンピュータが画像や文章などのデータをつくり出すという画期的なものです。そこで、今回のテーマは「生成AIによって学校教育はどう変わっていくか」です。

 すでにマスコミ等の報道にもあるように、企業では、稟議書や報告書、会議録など、これまで社員が時間をかけて作成していた文書を生成AI(以下、「生成AI」を「AI」と書くことにします。)に任せることが可能になりました。数時間かかっていた会議録なども数十分で完成するというそのパフォーマンスは圧倒的です。こうした状況をふまえて、企業では自律的に作業する「AIエージェント」の活用が急速に進んでいるようです。同様に今後、学校内の事務的な仕事や作業も効率化が図られていくでしょう。(しかし、そのための機器やソフトウェアの整備に国や自治体がどれだけ本腰を入れるかで実現の速さが変わるものと予想されます。)

 さて、本題は「授業」です。もうこれまでの「教科書による知識の切り売り」の授業では時代に取り残されるばかりです。そもそも教科書だけを頼りに授業を展開すること自体が問題なわけですが、まだこのレベルにとどまっている教師が少なくないことも事実です。

すでにオープンAIが開発に着手した「AIコンパニオン」は、スマホのように持ち歩きのできるディバイスです。『週刊ダイアモンド』掲載の記事(2025614日号,94ページ「KEYWORDで世界を読む」牧野洋)によると、このディバイスの特徴は、「ユーザーの環境を理解する、ユーザーの邪魔にならない、ポケットに収まる」という特徴を有する計画です。これが実現すれば、生徒一人ひとりに専属の先生がつくようなものです。その使い方も、単に記憶すべき事柄を教えてくれるレベルから、探究のヒントを与えてくれるものまで、さまざまでしょう。こうなると、一斉授業は意味がなくなります。

教師が生徒に向けて話をするのは授業開始直後に授業の目標や内容の確認、注意事項の伝達、終了時刻の確認だけで済むことになります。こうなれば、教師は教室内を移動して、生徒からの個別の質問に答えたり、進捗状況を確認したり、成果物の評価も可能になります。

さらに、授業に関しては、「授業名人」の授業記録を生成AIに読み込ませて、深層学習をさせれば、「授業名人AI」が誕生するかもしれません。そうなれば、授業づくりの相談相手として教師が活用することも可能です。そうなると校外での教員研修はほとんど不要になります。  

さて、持ち運びのできる携帯AIが実現するまでは、どうしたらいいのでしょうか。それには、現在の「一人一台端末」を使い、そのなかに搭載されているグーグルやマイクロソフトなどに組み込まれているAI(CopilotGeminiなど)を利用していくことです。それにより、文章作成をしたり、語句の意味を調べたり、課題追究の方向性に関するヒントをもらったりすることも充分にできると思います。

すると、いわゆる「基礎・基本」の習得はどうしたらいいかという質問が当然出てきます。たとえば、算数・数学の計算ですが、これはAIを利用したドリル式のコンテンツがすでにいくつも開発されていますが、これがさらに進化するでしょう。あるいは国が「算数・数学AI」のようなものをつくり、データセンター(クラウド)から国内のすべての学校がアクセスできるような形も考えられます。他教科も同様に考えれば、これが教科書の代わりになると言っても良いかもしれません。(ただ、教科書会社やそれに連なる企業の既得権益を考えるとハードルは高いかもしれません。)

英語などは生徒が個別にAIを手にすることになるわけですから、「AIコンパニオン」を相手に会話や英作文の練習が個別にできることになります。(すでに自分の相談相手として、友だちのようにAIを利用している10代の若者が増えているという報道もあります。)

また、国語では意味の分からない言葉を教えてくれたり、書いた文章をすぐに校正してくれたりするわけですから誤字脱字の確認もでき、これ以上のサポートはありません。

さらに、テスト問題もAIに作らせることができますから、生徒自身がある単元の終わりに自分がどの程度理解できたかを判定する問題を自作して、その場でフィードバックを受けることができます。これをポートフォリオとして蓄積すれば、成績評価の資料に活用することも可能です。 

要するに、AIをうまく使いこなしていけば、文科省好みのフレーズを使えば、授業はほぼ「個別・最適化」されるということです。神経生理学者の池谷裕二氏は、AIと教師について次のように述べています。

「教える」ことがメインだった仕事が、変化することは間違いありません。AIの指導についていけなかった生徒をフォローしたり、AIが教えた内容を補足したりする仕事へと変わっていくでしょう。それはAIの尻拭いのように感じるかもしれませんが、私はこれこそが人がやるべき重要な仕事だと思います。(『生成AIと脳』扶桑社新書・2024年・198ページ) 

こうした授業が目の前に迫ってきているわけですが、課題もあります。一つは、AIにどのような質問をするかによって、AIからの回答が異なってくるということです。子どもの発達段階に応じて、どのような質問をしたらよいかをアドバイスしていくのは、教師の役割になります。この役割を担うためには、教師が「AIプロンプター」(プロンプターとは「質問者」の意味)になれるようにしていく必要があります。(すでにアメリカでは「AIプロンプター」が職業として確立しつつあるようです。)

また、別な問題点として、AIがどれほど大量のデータをもとに学習をしても、「誤情報」が含まれてしまうことです。データ自体に誤情報が含まれてしまう可能性があるからです。この点も教師のフォローが必要になるでしょう。

こうした問題点を踏まえて、メリットとデメリットを整理したうえで、AIを適切に使用していくことがこれからの学校に求められるものだと思います。

このようにAIは今の学校教育を根本から変えていく可能性を有する技術ですが、この潜在能力を充分に発揮していくのは、やはり「教師」の力です。未来志向で考えれば、すでに周回遅れになってしまった日本の教育に訪れた新たなチャンスと言うこともできます。こう考えると、実に面白い時代がやってきたとも言えるでしょう。

 先生方には、この面白さを味わいながら、素敵な実践を創りだしていってほしいと願っています。 

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