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社会科ワークショップで学ぶ子どもたちは、自ら調べ、考え、表現し、問いを導き出していきます。どうしてそのような主体的な学習が可能なのでしょうか? 「探究のサイクル」を中心に説明し、社会科ワークショップの魅力についてご紹介したいと思います。
一般的な社会科の授業というと、教師が問いや資料を提示し、子どもたちが調べたり考えたりして、意見を重ねていく活動が一般的です。このような学習ならまだ良い方で、教師が情報や資料を独り占めにし、それを少しずつ子どもたちに分け与えていくような授業も見られます。つまり、子どもたちが教師によって飼い慣らされてしまっているような学習です。これでは、主体性が育つどころか、受動的学習姿勢を主体的に身につけてしまうような(ないし、忖度するのが得意な)子どもが育ってしまいます。
毎回教師の出す問いや資料によって子どもの学習が始まるのであれば、教師の問いや資料がないと学習をスタートすることができない子どもになります。主体性とは、教師の敷いた学習計画通りに従順に学んでいく力のことではありません。
社会科ワークショップでは、社会科の学習プロセスを「探究のサイクル」という図で説明しています。これが円環という形で示され、各ステップを往還しながら向上していくことがポイントです。自分のペースで次のステップに進むことができるので、じっくり取り組みたいところに時間をかけたり、残された時間によって簡単に済ませたりすることも、その子どもに任せられています。
また、戻ることができるのもポイントです。私たち大人も、調べていたら新しい疑問が湧いてきたり、発表資料を作っていたら良い考えが思い付いたりすることがあります。子どもの頭の中で起こった思考のチャンスを、子ども自らが成果に変えていきます。教師が「まずはテーマを作りましょう」や「次に調べてまとめましょう」と明確に区切り過ぎると、子どもたちの学びのチャンスや可能性を制限してしまうことになります。
学習プロセスが「1 単元の見通しを持つ」「2 〇〇について調べる」「3 〇〇について自分の意見を発表する」のような単線型(ないし、一方通行)の学習計画の場合、全員が同じ活動を行っていることで、教師にとっては一斉の支援を行いやすくなるメリットはあるでしょう。しかし、子どもにとってみれば、教師が学習進度を調整するために「待て!」を食らったり、もっと立ち止まって丁寧に理解したいのに「次!」と急かされたりすることを意味します。これでは主体者意識をもって学べる子はごく少数になることでしょう。教師の進むスピードと偶然に波長が合う子ならばよいですが、教師と波長を合わせることで過適応(忖度?!)してしまう子を育ててしまうことになるでしょう。
さらに、サイクルがまた最初に戻ることにも良いことがあります。それは、最初にサイクルを回し始めた自分と、2回目や3回目にサイクルを回す自分との違いを感じることで、自らの成長に気がつけるということです。最初に心配しながらテーマを選んだり発表準備をしたりしていた子でも、次のサイクルを回す時には、少し余裕をもって問いをつくり発表に臨んでいるはずです。子どもは同じサイクルで学んでいるからこそ、自己の成長を振り返りに書き留めることができますし、教師もそれに気づいて子どもの変化を一緒に喜ぶことができます。毎回、学び方の違う打ち上げ花火のような学習方法では、自分の変化に気づく「自己評価の機会」をつくることは難しいでしょう。
探究のサイクルを使って、行きつ戻りつしながら自分のペースで学び、学習の主体者性を育んでいくことができるのが、「社会科ワークショップ」をはじめとしたワークショップの教え方・学び方の魅力の一つであります。
一つ一つのプロセスの詳細については、『社会科ワークショップ』第4章をご覧ください。具体的な子どもたちの活動を例に挙げて、紹介しています。
さて、この探究サイクルを子どもたちが自分の力で回すことにより、教師には時間の余白が生まれます。今まで、子どもたち全員に向かって「さて、学習問題はこれです」や「今日みんなで考える資料はこれです」のような全体に向けての発問や指示を行う機会が激減するからです。また、学習を始める前に、自分で手に取れる本や資料のコーナーを設置します。つまり、学習環境から自分の意思で支援を受け取れるように場の工夫を行います。学習環境はもう一人の教師です。
これにより、教師にさらに余白が生まれます。その余白で教師が行うべきことが、カンファランスです。
カンファランスとは、「教師が一人ひとりの子どもの様子を観察し、話をしっかりと聞くことでその子どもの学習状況を把握し、子どもにあった助言や指導を行っていく方法のことです。さらに、その助言や指導の成果を評価し、指導の仕方を調整しながら支援していきます。」(『社会科ワークショップ』P172より)です。
社会科ワークショップでは、基本的に一人ひとりがそれぞれの興味関心や体験などに応じたテーマを設定します。それにより、学習の主体者性を涵養し、主体的な学習姿勢を経験していきます。しかし、これにはもちろん個に応じた指導が必要になります。子ども一人ひとりの学習状況を理解し、それに応じた支援を行っていくことが大切です。
探究のサイクルは、年間を通じて回していくので、子どもたちは社会科ワークショップの学習の仕方に慣れていきます。また、カンファランスを通じて、知識以上に、「探究のサイクルを回す」という学び方についての助言や指導が行われるので、段々と自分だけの力で探究という学び方に熟達していきます。そして、子どもたちの振り返りも、「探究のサイクルがうまく回せたかどうか」という視点で行います。こうして、4月から始まって前期の終わりの10月頃には、探究のサイクルを中心に据えた社会科ワークショップでも安心して学べるようになり、本質的な問いを探したり、聞き手に届く発表になるよう工夫したりと、探究の質を高める方向へと舵を切っていくことになります。
教師は、子どもを学習させるために支援をするのではなく、探究のサイクルを活かして動き始めた子どもたちが、自分の決めた目的地へと近づけるように支援をしていきます。もうすでに動いている子どもたちに対して、助手席からその子の自己実現へと方向性を指し示すように、子どもと同じ方向を向いて支援をしていくのです。
大人も子どもも、私たちが経験する自然な探究では、誰にも教えられることなく、このサイクルを機能させています。探究したい事象との素晴らしい出会いがあり、心が動き、問いが起こり、体は自然とその事象を探し求めてしまいます。仮説はトライ&エラーを生み、「あんな時は? こんな場合は?」と抽象化させていきます。気づいたときには、子どもたちはまた新しい事象と出会い、初めて経験することへのワクワクで居ても立ってもいられずに、対象を自分なりに表現しようとしているはずです。そう、本質的には、探究のサイクルは生得的で本能的なものであるとも言えます。
子どもの探究の質を、さらに磨いていくためには、自分自身を振り返る視点が必要で、その時の有効な言語の一つが探究のサイクルで使われている言葉になるでしょう。
子どもたちの体験を大切にするユニットの場合には、サイクルは自然に起こるものなので、教師が探究のサイクルをあえて明示する必要がないですし、子どもの思考とはそぐわないものを示すことでかえって子どもには違和感しか感じられないかもしれません。3・4年生でサイクルを示すのであれば、言葉を優しくしたり、シンプルにしたりすることもできます。「記者になろう」や「観光親善大使になろう」などの専門家に成り切る設定にして、その仕事のプロセスから探究のプロセスを生み出すことも可能です。
大切なことは、探究のサイクルは、子どもたちがいきいきと学習するために活用されたり、アセスメント(評価)を行う教師の視点の一つとして活用されることが大切で、子どもたちの学習を無理に定義付けたり、区分したりするために活用されてしまうことがないように気を付けなければなりません。
中学年の社会科ワークショップで冨田が活用した探究のサイクル
探究のサイクルは、子どもの主体性を育み、教師を黒板の前から解放する、子どもにとっても教師にとっても主体者意識を高める仕組みとなります。それは、本来、生得的に人が持っている知的活動を表現したもので、学校という人工的なカリキュラムと自然でオーセンティックな(本物の)学習との橋渡しになる役割があるでしょう。子どもたちが、学校や教室で学習の主人公となれるように、是非とも、探究のサイクルを生かして学習環境を構築して欲しいと思います。
サイクルの学び方は、特別支援学級でも効果を発揮しています。こちらも参照してください。
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