2020年3月7日土曜日

今こそ、教育の本質を見つめ直すとき 〜世界人権宣言26条解説 ジャン・ピアジェ『教育の未来』から〜



こんな時期だからこそ「何のための教育か」を振り返ってみませんか? 今、子どもたちもそれぞれ家庭学習で努力しているはず。私たち教師も同じように学習して、教師としての自分のあり方や教育ビジョンを磨き直してみましょう。それにお薦めの本がジャン・ピアジェ『教育の未来』です。




ところで、みなさんは、世界人権宣言の教育に関する項目をご存じですか? 26条にその教育の本質が謳われています。★

世界人権宣言 第26
二、教育は、人格の完全な発展並びに人権及び基本的自由の尊重の強化を目的としなければならない。教育は、すべての国又は人種的若しくは宗教的集団の相互間の理解、寛容および友好関係を増進し、かつ、平和の維持のため、国際連合の活動を促進するものでなければならない。

この世界人権宣言26条に、ジャン・ピアジェが解説を寄せています。今から70年も昔のものですが『教育の未来』という本にわかりやすくまとめられていますので、ぜひご一読ください。心理学者かつ教育学者のピアジェは、子どもの人格を発展させるためには、探究的な自発的活動の重要性を当時から訴え、学級集団やグループの社会的な自治活動が欠かせないと、すでに解き明かしていました。未来の教育を描き出したピアジェによる、教育の本質への解説は、瞠目に値します。

ピアジェは、子どもの認識能力や知能は遺伝的に決まっているものではないとして、大人が一方的に知識を教え込むことを批判し、子ども自身の「自発的な活動」によってこそ、認識能力や知能が磨かれていくことを明らかにしました。この「自発的な活動」を重んずる教育とは、子ども自身が真理を発見したり再構成したりすることを指します。そこでの教師の役割は、子ども自らが知識を発見するように導いていき、考える場を作ったり、実験器具を整えたり、反証事例を挙げ、子どもが出そうとする結論を急がせずに省察させ、失敗や誤りは、正しいものへ近づくためのものと尊重しました。

“自発的活動を重んずる教育法の基本原理は、科学の発達の歴史を辿る中で考え出されたものであります。それを一言で言えば、つぎのように表すことができるでしょう。「理解するということは、発見し発明すること、言いかえれば、再発見して再構成することである。」将来、単に教え込まれたことを反復するだけの人間でなく、ものをつくり出したり創造したりすることのできる人間をつくるためには、まずこのような条件を必然的条件として引き受けることが必要です。”『教育の未来』p22より

世界人権宣言26条二項「教育は、人格の完全な発展並びに人権及び基本的自由の尊重の強化を目的としなければならない」に、教育の本質的な目的が明示されています。この「人格の完全な発展」とは、自分の人格だけに限らず、他者の人格がもつ権利と自由をも尊重することも意味しています。日本の教育基本法においては「人格の完成」と表現されていますが、そもそも完成するものなのでしょうか!?

ピアジェはこの人格を、未成熟な自己中心性の状態を「個人」とし、その自己中心性を乗り越え、自分の自由な判断で規律を受け入れ、その規律をつくりあげる個人こそを世界人権宣言で示す「人格」であるとしました。社会生活の中でゆずったりゆずられたり、共に一緒に生活する社会共同体の規範をつくりあげながら、知的にも、道徳的にも自立した行動ができるように育てるプロセスこそが、この「個人」が「人格」へと成長させてくれます。これこそ教育の本分です(翻訳には「自律」とありますが、「自立」のほうがふさわしいと考え、ここではそう表現しました)。

”知的・道徳的な自律性を持って行動できる個人をつくることであり、相互性の規則を重んずるが故に、他の人の持っている自律性を尊重する個人をつくることであって、この相互性の規則こそが各人の自律性を正当化するものである。『教育の未来』p88より

これまでの伝統的教育法によって行われている教師からの教え込み授業や、管理され外から課された受け身の訓練では、子どもの自立性は発揮されません。教師は、子どもが理性を働かせられるように、子ども自身が自分の考えを自分で形づくれるように導いていかなければなりません。アクティブラーニングという名の一斉抗議型の授業でグループ討議が行われています。あたかも教え合ったりしているようにみえるかもしれませんが、子どもが自発的に話し合いたい場となっているのでしょうか?

子どもの自発的な活動を重視する教育を導入するには、まず、子どもの興味のあることからはじめ、生活に身近である具体的なところから出発することです。自発的な活動によって、徐々に具体物から抽象的な思考へと移行するように、少しずつ筋道立てて考えられるよう、理性を育てていきます。そこでは失敗したり、できないこともあり、感情が揺さぶられることだってあります。そういった自分自身の思考や気持ちをモニターしながら、少しずつ自分を律し、成長していきます。

教科指導に併せて社会的な自治活動によって、「個人」としての自己中心性から、自分を自分でコントロールできる自立性へ、お互いに尊重し合う「相互他律性」(権力者による一方的な他律とは異なる)へと「人格」を発展させていくことが肝要です。他者の人権と自由を尊重するには、この相互性が求められます。「人格」を育てるためには、子どもたち同士の社会的生活、つまり、授業や学級における規範をその必要性に応じて、自分たちの手でつくりあげていく自治的な学級づくりが必須です。そのためにも、子ども同士のつながりをいかして互いに検討し合い、批判的精神を働かせる思考の協同作業を教育の基礎とします。



自発的な活動や協同体験は、これまでplc便りで継続して伝えてきた学習者中心の学びとして繰り返し紹介してきたものです。ピアジェのいう授業における子どもの自発的な活動と学級自治は十分、今でも通用します! というよりも、今こそ求められている教育の本質ではないでしょうか。ご自分の教師としてのあり方や教育ビジョンを磨きあげるため、これを機会に、本書を手に取ってみるのはどうでしょうか?



★ 世界人権宣言 第26
世界人権宣言は、19481210日の第3回国際連合総会で採択された、すべての人民とすべての国が達成すべき基本的人権についての宣言です。26条には、地球規模での教育宣言がされています日本は1952年サンフランシス講和条約の前文で世界人権宣言の実現に向けた努力を宣言しています。

一、すべて人は、教育を受ける権利を有する。教育は、少なくとも初等の及び基礎的の段階においては、無償でなければならない。初等教育は、義務的でなければならない。技術教育及び職業教育は、一般に利用できるものでなければならず、また、高等教育は、能力に応じ、すべての者にひとしく開放されていなければならない。
二、教育は、人格の完全な発展並びに人権及び基本的自由の尊重の強化を目的としなければならない。教育は、すべての国又は人種的若しくは宗教的集団の相互間の理解、寛容および友好関係を増進し、かつ、平和の維持のため、国際連合の活動を促進するものでなければならない。
三、親は、子に与える教育の種類を選択する優先的権利を有する。


1 件のコメント:

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