2025年11月29日土曜日

AIと教育 その2

 

私の担当した前回の8月の記事で、これからAIが学校教育、特に授業にもかなり入り込んでいくことを述べました。それからわずか3か月しか経っていませんが、その間にも次々とAI関連の進展が続いています。

たとえば、米国のAI企業アンソロピックが開発したAIは、人間の1回の指示で、コンピュータのプログラミング改良の仕事を7時間連続して行いました。また、グーグルの作成したAI科学研究支援システム「サイエンティスト」が新たな研究テーマを考案したことなど、次々と新たな試みが発表されています。(101日付・日本経済新聞)

このAI「サイエンティスト」は、ある科学者が10年かけて考えた成果をたった2日で提案したとのことで、これは実に驚くべき内容です。このようにAIが自律的に作業をこなしていく機能を「AIエージェント」と呼びますが、これが今やさまざまな分野で現実のものとなりつつあります。

教育現場でもこうした「AIエージェント」がいろいろな形で実現していくものと思われます。企業では「AI社長」「AI部長」などと銘打って、経営者・管理職の日々の仕事内容をAIに読み込ませることで、AIが本人に代わりに、部下からの報告を受けたり、相談にのったりすることができるわけです。あるIT企業では、AI社長が社員の人事評価まで行うというところまできているようです。これは極端な例かもしれませんが、これからは管理職の決裁が必要な稟議書などもすべてAIが代行することになるでしょう。学校は企業に比べれば、職階の多くない、比較的フラットな職場であり、それほどのメリットはないかもしれません。それでも事務的な仕事に関しては、確実にその労力は低減されていくでしょう。現状は事務作業が多くて、子どもたちに向き合う時間が確保できないという面もありますので、そこは大幅に改善されていくと思います。

授業に関しては、前回も述べたように、教科書中心の授業を転換する大きなチャンスです。それが実現するかどうかは各自治体の首長と教育長の考え方次第です。これらの関係者の方々には、ぜひその方向転換に全力を注いでほしいと願わずにはいられません。

教師主体から子ども主体の授業へ転換することが、AIの力を借りて、これまでよりもはるかに容易にできるようになります。知識理解の基礎的なところはAIの力を借りて、学習者の興味・関心のもとに進める探究学習をAIと教師のサポートで行うことが可能になります。よくお題目のように言われる「個別・最適化」が本当の意味で実現する可能性が見えてきました。ただ、AI教師が人間教師の仕事のすべてを代行するのは、難しいでしょう。必要なのは人間教師のサポートです。

その際、特に注意すべきことは、次の2点です。

1点目は、基礎・基本の利用以外のところでは、AIに投げかける「問い」の質が重要であることです。AIを使いこなすためには、AIに対して「どう質問するか」が大切だということです。自分がその解決を求めている問題に対して、AIからどのような答えを引き出すのかはすべてこの問いにかかっています。すでにビジネス界では、さまざまな分野で、「こうすると、確実によい答えを引き出せる」といったようなマニュアル本が出版され始めています。今後、その流れはさらに加速されていくでしょう。

教員研修もこれからはAIに対する「問いかけ」の質をどのように上げていくかということが焦点の一つとなります。その方策の一つとして、教育センターも教育における「AIエージェント」の先駆けとして、「AI指導主事」を構築したらどうでしょうか。過去の実践事例、最新の教育データをもとに、ディープラーニングをさせることで、ある程度可能になると思われます。この「AI指導主事」により、現場の先生方はいつでも授業のアイデアや進め方のアドバイスを受けることができるようになります。そして利用者が多くなれば、そのデータから、AIはさらに深化します。学校訪問の形式的な場ではなく、いつでも気軽に相談できる機会が用意されていることで、学校での研修なども大いに変わってくると思います。

気をつけるべき2点目は、AIが根拠とするビックデータには、誤謬やうそが混じっている可能性があることです。これは、なかなか見抜くのは難しいことかもしれませんが、人間教師のチェックが必要なところです。

 

この「質問づくり」にとりかかるにあたって、『たった一つを変えるだけ』(新評論・2015)は触れておきたいと思います。その冒頭の「訳者まえがき」に次のような一文が紹介されています。

 

教育の鍵は、知識よりもむしろ「問いかけること」です。(中略)ワールド・スタディーズが目指すのは、学びかたを学ぶ力、問題を解決する力、自分の価値観を自覚する力、自分で選択できる力です。これは、ひとえに「問いかけ」に、単に質問するだけでなく、子どもたちが自分で疑問点を洗いだし、答を見つけていけるようにすることにかかっています。「問いかけ」は、情報が目まぐるしく移り変わる今日の世界では、私たち教師が子どもたちに提供できる最良のものと言えましょう。(『ワールド・スタディーズ』国際理解教育センター編訳・1991年、15ページ)

 

ここに、AI時代にも通用する「問いかける力」の重要性が指摘されています。

まさに「情報が目まぐるしく移り変わる今日の世界」にあって、マスメディアが流す情報を鵜呑みにせず、それを問い続ける力こそ、民主主義社会を支えていく力になるものと思います。

 

最後に、最近読んだ『タングル』(真山仁・小学館文庫)の一節を紹介します。

(同書131ページ)

「音は波形の曲線で伝わるものです。でも、デジタルは数字で表現するしかない。すると、折線近似と言って、波形を数値として分解して音を構成することになるんです。」

 

AIのすごさは改めて言うまでもないことですが、所詮AIもデジタルで動くものです。先ほどの話は、「デジタルはアナログを完全に再現することはできない」ことを教えてくれるものです。教育においても、アナログの部分を完全にデジタルでカバーすることは困難です。そのデジタルの隙間のところを埋めていくのが、これからの教師の主な仕事ではないでしょうか。その仕事とは、具体的には何なのか。それは後輩のみなさん一人ひとりが実践を通して、ぜひ考えていただきたいと思います。

 

2025年11月23日日曜日

教師が辞めないために(そして、よりよい教師になるために)メンターの存在が大切!

教師が辞める理由は、はっきりした統計があるわけではありませんが、あまり高くない給与、限られたサポート、そして劣悪なワークライフバランスが、あると思われます。しかし、最近の教員不足の議論は、いかに多くの教師を「採用」するかに重点が置かれており、教育行政も、当然のことながら、いかに多くの教師をこの職業に就かせるかに注意を集中しがちである。しかし、雇った教師が数年で辞めてしまってはその政策も税金の無駄遣いになってしまいます。欠けているのは、生き生きと仕事をしてもらう環境や関係をどう作るか、優れた教師に長くいてもらう(「定着」してもらう)だけでなく、新人たちをサポートしてもらうにはどうしたらよいか、といった議論の方が費用対効果が見合っています!

 「教師不足」は、アメリカ等の他国でも長年抱えた課題です。そこで、中学校で教えながら、教育リーダーシップの博士号に取り組んでいるジェシカ・チャットマン先生の、新人教師の定着と教師間のいい関係の構築に寄与するだけでなく、授業を中心に教師の仕事を改善し続ける手段として、なぜ自分がメンタリングに情熱を注いでいるかについて書いた小論を紹介します。彼女は、自分がなぜ教職に留まり続けているのかを考えたとき、他の教師から受けたサポートほど強力なものはなかったと振り返っています。困難を乗り越える手助けをし、目的を思い出させてくれたのは、メンターと言える人たちの存在だったのです。

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気にかけてくれる人

初年度のあった特に困難な日のことを覚えています。同僚の先生との協力がうまくいかず、生徒の行動は手に負えなくなり、自分の授業も手応えがありませんでした。

放課後、一人で教室に座りながら、「自分には良い教師になる素質があるのだろうか」と考えていた時、廊下の向かいにいるベテラン教師の私のメンターが、特に用事もなく、ただ様子を見に立ち寄ってくれました。彼女は私の隣に座り、話を聞いてくれ、励ましの言葉をかけてくれました。そのささやかな行為、その人間的なつながりが、私に教師をし続けるために必要な安心感を与えてくれたのです。

しかし、問題はここです。すべてのメンタリングが同じように機能するわけではないということです。

だからこそ、次に問うべき質問は、「どのようなメンタリング・プログラムが効果的なのか?」です。これを探るため、私は数人の若手教師と話をしました。彼らは、貴重な視点を提供してくれました。(以下に紹介するのは、正式な調査結果の一部ではありませんが、彼らの振り返りを通して三つの大切な特徴が浮かび上がってきたので紹介します。

1. メンターとメンティーの間に共通する特性

一番目の特徴である「共通する特性」は、成功するメンタリング関係にとって極めて重要な基盤を築きます。二人の共通点は、学年や教科といったものかもしれませんが、人種、性別、あるいは教育に対する考え方といったより深い要素を含むこともあります。

ある特別支援教育の教師は、以前に同じ生徒層を扱っていたメンターが、授業計画、個別教育計画(IEP)の作成、そして生徒の行動管理などに関して、いかに意義あるヒントを提供してくれたかを語りました。

高校の数学教師は、二人のメンター(両者ともベテランの教師)がいたと話してくれました。彼女たちはカリキュラム設計やプロジェクト型学習だけでなく、保護者との連絡や学校文化といった、教員養成プログラムでは必ずしも扱われない仕事の側面を乗り切る方法も教えてくれたそうです。

また、幼児教育に携わる別の教師は、当初、メンタリングを自分の不十分さを示すものと見なし、抵抗していたことを認めました。しかし、早期学習についての彼女の核心的な信念を共有するメンターとつながって初めて、その価値を理解し始めました。そのメンターは、彼女が自信と能力を得るのに役立つツールや方法をいろいろ提供してくれました。

これらの話は、思慮深いメンターとメンティーの組み合わせの重要性を強調しています。あまりにも頻繁に、意図的ではなく無作為にペアが組まれてしまう★ため、意味のある影響を与える可能性が制限されてしまうのです。

2. 観察し、観察される機会

二つ目の特徴は、定期的にミーティングをもち、互いの実践を相互に観察する機会をもつことです。私が聞き取りをしたすべての教師が、メンターの授業を観察すること、そして自分自身が観察されることがいかに価値あることだったかを強調していました。本で新しい方法について読むのと、実際の教室で、実際の生徒を相手にそれが実行されるのを見るのとでは大違いです。

しかし、この種のサポートには、意図的なスケジューリングと、学校側がメンタリングを教員研修の重要な一部として優先するというコミットメントが必要です。ある教師は、放課後の自分の時間を定期的に犠牲にして、必ず自分と会う時間を確保してくれたメンターのことを話してくれました(これはメンターの献身を示すエピソードですが、常に期待できるものではありません)。

優れた管理職は、メンター制度のための時間を意図的に優先し、確保することが不可欠です★★。それにより、メンタリングが学校の勤務時間内に価値あるものとして認められ、支援されることを保証しなければなりません。授業について話し合ったり、困難な状況の振り返りをしたり、効果的な指導が実際に行われるのを見たりできることは、新任(や若い)教師が成長するために必要な手段と自信を与えます。

3. 初年度以降も続く継続的なサポート

三つ目の特徴は、メンタリングの継続性の大切さに焦点を当てていました。私は、メンタリングの専門家であるキャシー・クラムが示しているメンタリングの4段階の、特に最後の二段階である「分離」と「再定義」を思い出しました★★★。これらの段階では、メンターとメンティーは同じ建物や同じ教育委員会で働かなくなるかもしれませんが、関係は再定義されつつも、多くの場合、そのまま維持されます。

私が話を聞いたメンティーのほぼ全員が、指導、励まし、あるいは単に成功や課題を共有するために、今でもメンターと連絡を取っているそうです。私もまた、長年にわたり、公私両方で多くのメンターと連絡を取り続けています。持続的なメンタリングは、実務的な事柄を超えて生涯にわたるプロの教師としての成長へと続く絆を生み出します。こうした継続的な関係は、教師としてのキャリアの段階ごとに助言や激励が形を変えていく、 実践的な学びの場であり続けます。

より質の高いメンタリングが、より質の高いティーチングを生む

教育の分野に足を踏み入れることは、一つの到達点があるわけではなく、確かな準備と一貫したサポートを必要とする継続的な旅に出ることを意味します。教職の初年度を終えたからといって、教師がすべてを理解したわけではありません。むしろ、そこからが始まりです。毎年、 状況は新しく変わり、 考えさせられる問いも深まり、 さらなる成長を遂げます。メンタリングは、教師が役割に慣れ、成長していく中で、学びを続け、自信を深めることを可能にする足場を提供します。

メンタリングは、スキルの向上や実践的な知識をサポートするだけでなく、新しい教師が自分自身をどう捉えるかを形づくる上でも役立ちます。若手教師は、教育者として自分が何者なのか、つまり「どう教えるか」だけでなく「教育者としての自分自身」を模索している途中にあり、今まさに職業上のアイデンティティーを形成しているのです。

このプロセスを通して、新米教師を肯定し、挑戦させ、導くメンターは、永続的な影響を与えることができます。この関係は、新しい教師が、複雑で要求の多い仕事で、「自分は認められ、サポートされ、進化していくための力を備えている」と感じるのを助けます。

もし私が学校向けのメンタリング・プログラムを設計できる立場にいるなら、それは意図的であることと長期にわたることの両方を基盤とするでしょう。メンターは研修を受け、サポートされ、報酬が支払われるべきです。マッチングは、メンターとメンティー双方からの意見を取り入れ、思慮深く行われる必要があります。観察、協働作業、そして正直な会話のための確保された時間があるべきです。そして最も重要なのは、このプログラムを初年度で終わらせないことです。教師が新しい役割、新しい生徒、そして新しい課題に直面する翌年以降も継続されるべきです。

メンタリングを教師の選択肢として扱う余裕はありません。教師の離職を食い止めたいと本気で思うなら、 意義があり、ニーズに応え、長く続くメンタリングに資金と時間を投入する必要があります。私自身の話を含め、若手教師たちが共有してくれた物語は、人間関係、支え合う仲間、そして指導は、追加的なものではなく、本質的で必要不可欠なものであると強く訴えています。

 

出典・ https://www.ascd.org/blogs/the-role-of-mentorship-in-teacher-retention

★あまりにも多くの日本の指導教官と新任教師のペアがそうであるように!?

★★メンタリングに直接かかわるメンターとメンティーだけでなく、周囲の人(特に、管理職)の協力は大事! しかし、主役はあくまでもメンティーと、そのサポーターであるメンター(場合によっては、複数いることも)の極めて個人的なやり取りとそれから得られる学びや成長がメンタリングの核心です。

★★★4段階は、創始期(Initiation Stage)、育成期(Cultivation Stage)、分離(自立)期(Separation Stage)、再定義(見直し・再構築)期(Re-definition Stage)。 出典は、Phases of the Mentor Relationship, by Kathy E. Kram (Academy of Management Journal, Vol. 26, No. 4, Nov 30, 2017)

★★★★ 学校で学びを実現するための22の方法の一つとして、メンタリングのやり方を紹介している本に『「学び」で組織は成長する』(光文社新書)があります。

2025年11月16日日曜日

『ほんものの学びに夢中になる』を読んで

小学校と中学校で教える二人の先生の感想(紹介)文を紹介します。


●白井 雄大 さん(佐賀県 小学校)

この本は、「子どもが夢中になる学びをどうつくるか」を、10の視点から紹介してあります。授業の工夫や教材の選び方だけでなく、子どもと世界との関係をどうデザインするかという大きなテーマが語られます。

 第1章では、教材を「鏡」と「窓」に例え、自分を映し出す学びと他者を知る学びの両方が大切だと説かれています。第6章では、子どもが課題をどう意味づけるかが学びの深まりを決めるとし、第9章では「協働」を分担作業ではなく、共に理解をつくる探究と捉え直してあります。そして、本の最後の「おわりに」では、「業務」と「仕事」の違いを通して、教師の本質的な使命について説かれています。

 私自身、現場で教える身として特に共感したのは、「課題をどう意味づけるか」という視点でした。良い課題を用意しても、子どもが自分事として受け取らなければ深い学びにはなりません。子どもが「自分で選んでいる」「自分の思いを重ねている」と感じられる場面をつくることが、教師の役割だと感じました(第4章と第5章)。

 また、対話を通して互いの考えを育て合う姿勢は、学級づくりにも直結しそうです。グループ活動の中で子どもたちが違いを尊重しながら進む姿は、まさに本書が目指す「夢中になる学び」です(第8章)。忙しい日々の中でも、子どもが心から学びに向かう瞬間を支えることこそ、私達教師の「仕事」なのだと改めて思いました。

 

●寺田 愛子 さん(長崎県 中学校)

今年度、教員3年目として中学校3年生の担任、国語の授業は1、3年生を2クラスずつ受け持たせていただいています。高校入試を控えているはずの3年生。受験へ向けたやる気スイッチはどこにあるのか。どうすれば生徒がもっと主体的に学級を動かしてくれるのか。なかなか思うようにいかない学級経営に頭を抱える毎日です。教科においては、初任の年に国語の授業を担当した1年生(今の3年生)と今年の1年生の生徒の雰囲気の違いに戸惑いながら、なるべく生徒が前のめりになって取り組んでくれるような言語活動を模索しています。そのような最中、幸運にもこの『ほんものの学びに夢中になる』を読みました。その中でも一番の悩みであった、無気力な 3 年生のやる気を引き出す方法について、本書の第7章「生徒と一緒に考える成功の定義」を紹介したいと思います。

「教室では、教師が価値を置くものに対して選択的な注意を向けると、生徒たちが自分の価値観を行動ややりとりにどのように反映させているかに気づかなくなるおそれがあります。」(130ページ)

この文章を読んだとき、授業や学校生活の諸場面における、私自身の「選択的な注意」から生まれた発言が、生徒の主体的な言動を制限してはいないだろうかと不安になりました。

国語の授業で言うと、各単元で提示する学びの目的(目指す国語力)ばかり注目して、生徒自身の考えや価値観などを後回しにしてしまってはいないか。生徒の問題行動を指摘するだけで、行動の原因を軽視してはいないか。知らず知らずのうちに投げかけた言葉が、やる気や自信の低下につながっているのではないか。

手立てとして本書で提案されているのは、教師と生徒の併記されたルーブリックをつくり、それぞれに教師がフィードバックをすることです。本書の「生徒の価値観を尊重しながら教師の期待に応える方法を提示すること」こそが、生徒のモチベーションにつながる方法なのだと気づきました。教師が書いたフィードバックを読んだ生徒が何を思うのか。生徒の立場になって考えることがいかに大切か、痛感した次第です。

これからの生徒との関わりの中で、自分一人では解決できないさまざまな場面に遭遇したとき、解決の糸口を見出だしてくれるような心強い一冊です。

2025年11月9日日曜日

教わることより、一緒に考えたい ピアカンファランスが拓く子どもたちの対話の力

 東京大学の一柳智紀さんは、教室で交わされる子どもたちの言葉を「発表的会話」と「探索的会話」という二つの型で整理しています★。

発表的会話とは、すでに整理された考えを筋道立てて明瞭に伝える対話のことです。「ここは76を足して13になるでしょ」「この式を使えば求められるよ」といったように、結論と根拠を整えて他者に伝えるやりとりです。思考を整理し、他者に伝える力を育てるという点で重要ですが、「思考の過程」よりも「結果の伝達」に焦点が当たりやすい側面があります。

一方の探索的会話は、未完成の考えを出し合いながら共に考える対話です。「ここ、繰り上がりはどうなるんだろう?」「うーん、ちょっと違うかも」「こうしたらできそうかな」といった試行錯誤のやりとりです。そこでは、誤りや迷いも含めて思考の生成そのものが共有されていきます。発表的会話が「整理する思考」だとすれば、探索的会話は「生まれつつある思考」です。どちらが優れているということではなく、この二つの会話が往還しながら授業が展開するとき、子どもたちの学びはもっとも豊かに動いていきます。

 

 しかし実際の授業では、教師も子どもも無意識のうちに発表的会話に寄っていくことが多くあることに気付かされます。「できた人いる?」「わかった人、教えてくれる?」と問いかける構造の中で、教師の目線は「理解できた子」に集まりがちです。結果として、いままさに迷っている子どもや、途中で考えが止まっている子どもの声が置き去りにされることがあります。授業を前に進めようとする意識が強いほど(教師も子どもも)、探索の時間は短くなり、誤りを資源として活かす余地が減ってしまうのです。

 

 ワークショップ授業では、子ども同士が支え合うやりとりを「ピアカンファランス」と呼びます。私はこれまで、まず教師によるカンファランスがあり、そのあとに子ども同士のピアカンファランスがあると理解していました。つまり、教師が一人ひとりを支えながら「できるようにする」ことを重視し、その姿を手本にして、子どもたちも「できる子がわからない子に教える」ような小さな相談場面をつくっていくものだと考えていたのです。しかし、最近になってそれは本質を捉えきれていなかったのではないかと感じるようになりました。子どもたちは、誰かに教わることを求めているのではありません。むしろ、自分たちで考えたい、一緒に悩みたいと思っているのです。学びが本当に深まる瞬間には、「一緒に迷い、一緒に考える」仲間の存在があります。教師が支えるから学ぶのだけではなく、仲間とともに探るからこそ学びが生まれる、そのことに気づかされました。

 

 先日の「数学者の時間」でも、そのことを実感しました。授業では、「チョコレートバーゲーム」をアレンジした「タコ焼きゲーム」(3×5のマス目上で順番にタコ焼きを食べ、左上の「タコなし」を食べたら負け)を扱いました。最初にルールを説明すると、子どもたちはすぐに盤面を囲んで対話を始めました。何年生でもできますし、もちろん大人でも考えると面白い問題なので、ぜひ挑戦してみてください!




 

 「これ、ただの運じゃないよね?」

 「ううん、きっと何か勝ち方があるはず」

「先行有利ゲーじゃね?」

 「タコをL字に残すと勝てる気がする」

 「いや、待って。最後に取らせる場所をこっちが決めるんだから」

L字にするため、この斜めにある1個をとらせた方がいいのかも!」

「うーん、どっちだ!?」

 

 このとき、子どもたちは誰かに「答えを教わりたい」のではなく「一緒に考えたい」という欲求に突き動かされていました。教師が正解を与えるよりも、友だちと仮説を出し合い、試行錯誤を重ねる過程そのものを楽しんでいるのです。やがて彼らは、「残すタコ焼きの形がL字になること」と「どちらが先にその形を作らせるか」が勝敗の鍵だと突き止めました。答えは教師が与えたものではありません。探索的会話の積み重ねによって、彼ら自身が到達したのです。

 

 このような場面を見ていると、教師によるカンファランスだけでは本質的に補えない領域があることを感じます。教師はすでに答えを知ってしまっています。だからこそ、どれほど問いかけを工夫しても、どこかで「導く」方向に傾いてしまいます。教師のカンファランスは、発表的会話の要素を帯びやすいのです。もちろん、それは学びの過程で不可欠であり、行き詰まりを整理し、次の一歩を見通す支援になります。

 

 それに対して、子ども同士の探索的会話には、教師には担えない実存的な共感があります。教師は「わかってしまっている存在」であり、子どもたちは「まだわからない存在」です。この非対称性ゆえに、教師はどんなに寄り添おうとしても、「わからなさの只中」に並んで立つことはできません。ピアカンファランスは、その「わからない同士」が同じ地点に立ち、手探りで考えをつないでいく営みです。教師がどんなに緻密に設計しても、この瞬間を再現することはできません。

 

 だからこそ、授業では、教師が「支援する人」としてだけでなく、「聴く人」として教室に存在することが大切になります。子どもたちの探索的会話を守るためには、教師が「未完成の考えが歓迎される時間」を意識的に設計する必要があります。そこでは、途中で止まってもいい、間違ってもいい、うまく説明できなくてもいい。そうした文化の中で、子どもたちは安心して考えの途中を言葉にできるようになります。

 

 ピアカンファランスには、教師には実存的に担えない「わからない同士の探索」があって初めて成立するものです。子どもたちは教師に気づかせてもらうよりも、自分たちで発見したいと強く願っています。実はそこに、学びの根源的な喜びがあります。教師はすべてを導く存在ではなく、その喜びが生まれる環境を支える存在でありたいと思うのです。発表的会話と探索的会話の往還のなかで、子どもたちが互いの「わからなさ」を口にしながら、一歩ずつ学びを紡いでいく。その姿に、学びの本質が宿っているのだと感じます。

 

★『これからの授業研究法入門〜23のキーワードから考える〜』第1章「話し言葉の質」より

 

2025年11月2日日曜日

教師と学習者の信頼関係の構築 原則3 学習者の個性を尊重する

サラ・マーサーさんとゾルタン・ドルニュイさんの著書『外国語学習者のエンゲージメント』から、教師と学習者の信頼関係を構築するための6つの原則を紹介しています。★1 第3回目の今回は、原則3「学習者の個性を尊重する(原著では”Be Responsive to Learner Individuality”)」です。

「学習者の個性を尊重する」というのは、あまりに当たり前過ぎて、具体的には教師のどのような行動を指しているのか、やや漠然としているようにも感じます。原著では、Be responsiveという言葉が使われています。responsiveという言葉の定義を見ると、”responding readily and with interest or enthusiasm”(自ら進んで、そして、興味と情熱をもって応える)とあります。この定義で、少しイメージしやすくなります。★2

同書では、個々の学習者の固有の特徴に注目するということは、「個々の児童・生徒・学生を、教室の外の世界にも生活の場がある一人の人間として、あるいはすでに一定の知識と経験を備えた一人の学習者として理解すること」であると述べています。

また、一人一人と意思疎通を図り、信頼関係を深めるには、さまざまな段階があるとして、その一番の基本は、「学習者の名前を覚える」ことであるとしているのが興味深く感じます。学習者が帰属意識を実感し、大事にされていると思えるからであるとしています。

これ以外にも、個々の学習者との信頼関係を築くための方法がいくつか紹介されています:

  • あいさつを交わし、名前を覚える。
  • 一人ひとりの学習者の個性を把握し、折に触れてそれを伝える。
  • 趣味や学校外での生活について尋ねる。
  • 誕生日を覚える。
  • 授業内容を話し合うときに、個人的な話題や事例を含める。
  • 欠席した学習者にメモや課題を伝達する。

みなさんは、年度当初、生徒たちとの新しい関係を構築するために、どのようなことをされていますか?

私は名前を覚えることが苦手です。顔と名前が一致するまでにとても時間がかかる。直接やりとりをしたり、発言する機会を与えて、それを聞くなど、一人一人と何らかの形で接触する機会をもたないと、記憶に残らないのです。

ここで提案されている方法をみてみても、顔と名前を丸暗記するのではなく、まずは、あいさつを交わして名前を覚えたり、学習者の個性を見極めそれを折に触れて伝えるなど、何らかのやりとりをして、そのプロセスで記憶に残そうとしているように感じます。関与の深さを上げることがキーではないかと思います。

同書には、ルヴィエ=デイヴィスという人の言葉が引用されています。

「時間をかけて、学習者を知り、受け入れ、能力を正しく評価することは、彼ら一人一人との絆を深めるのに大いに役立つ」

この言葉の中に、学習者の個性を尊重することの本質が語られているように思えます。


★1 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク.(原著 Mercer, Sarah and Dörnyei, Zoltán (2020) Engaging Language Learners in Contemporary Classrooms,Cambridge Professional Learning.),p.78.

「教師と学習者の信頼関係を構築するための6つの原則」

原則1 近づきやすさ

原則2 共感的態度で応じる

原則3 学習者の個性を尊重する

原則4 すべての学習者を信じる

原則5 学習者の自律(立)性を支援する

原則6 教師の情熱を示す

注)原則5の「自律性」は”autonomous”の訳語ですが、「自立性」を採用する方が本来の意味に近いと思われます。

★2. Responsive Teachingについては、これまでもPLC便りで取り上げています。参考になさってください。PLC便り: responsive teachingの検索結果