私の担当した前回の8月の記事で、これからAIが学校教育、特に授業にもかなり入り込んでいくことを述べました。それからわずか3か月しか経っていませんが、その間にも次々とAI関連の進展が続いています。
たとえば、米国のAI企業アンソロピックが開発したAIは、人間の1回の指示で、コンピュータのプログラミング改良の仕事を7時間連続して行いました。また、グーグルの作成したAI科学研究支援システム「サイエンティスト」が新たな研究テーマを考案したことなど、次々と新たな試みが発表されています。(10月1日付・日本経済新聞)
このAI「サイエンティスト」は、ある科学者が10年かけて考えた成果をたった2日で提案したとのことで、これは実に驚くべき内容です。このようにAIが自律的に作業をこなしていく機能を「AIエージェント」と呼びますが、これが今やさまざまな分野で現実のものとなりつつあります。
教育現場でもこうした「AIエージェント」がいろいろな形で実現していくものと思われます。企業では「AI社長」「AI部長」などと銘打って、経営者・管理職の日々の仕事内容をAIに読み込ませることで、AIが本人に代わりに、部下からの報告を受けたり、相談にのったりすることができるわけです。あるIT企業では、AI社長が社員の人事評価まで行うというところまできているようです。これは極端な例かもしれませんが、これからは管理職の決裁が必要な稟議書などもすべてAIが代行することになるでしょう。学校は企業に比べれば、職階の多くない、比較的フラットな職場であり、それほどのメリットはないかもしれません。それでも事務的な仕事に関しては、確実にその労力は低減されていくでしょう。現状は事務作業が多くて、子どもたちに向き合う時間が確保できないという面もありますので、そこは大幅に改善されていくと思います。
授業に関しては、前回も述べたように、教科書中心の授業を転換する大きなチャンスです。それが実現するかどうかは各自治体の首長と教育長の考え方次第です。これらの関係者の方々には、ぜひその方向転換に全力を注いでほしいと願わずにはいられません。
教師主体から子ども主体の授業へ転換することが、AIの力を借りて、これまでよりもはるかに容易にできるようになります。知識理解の基礎的なところはAIの力を借りて、学習者の興味・関心のもとに進める探究学習をAIと教師のサポートで行うことが可能になります。よくお題目のように言われる「個別・最適化」が本当の意味で実現する可能性が見えてきました。ただ、AI教師が人間教師の仕事のすべてを代行するのは、難しいでしょう。必要なのは人間教師のサポートです。
その際、特に注意すべきことは、次の2点です。
1点目は、基礎・基本の利用以外のところでは、AIに投げかける「問い」の質が重要であることです。AIを使いこなすためには、AIに対して「どう質問するか」が大切だということです。自分がその解決を求めている問題に対して、AIからどのような答えを引き出すのかはすべてこの問いにかかっています。すでにビジネス界では、さまざまな分野で、「こうすると、確実によい答えを引き出せる」といったようなマニュアル本が出版され始めています。今後、その流れはさらに加速されていくでしょう。
教員研修もこれからはAIに対する「問いかけ」の質をどのように上げていくかということが焦点の一つとなります。その方策の一つとして、教育センターも教育における「AIエージェント」の先駆けとして、「AI指導主事」を構築したらどうでしょうか。過去の実践事例、最新の教育データをもとに、ディープラーニングをさせることで、ある程度可能になると思われます。この「AI指導主事」により、現場の先生方はいつでも授業のアイデアや進め方のアドバイスを受けることができるようになります。そして利用者が多くなれば、そのデータから、AIはさらに深化します。学校訪問の形式的な場ではなく、いつでも気軽に相談できる機会が用意されていることで、学校での研修なども大いに変わってくると思います。
気をつけるべき2点目は、AIが根拠とするビックデータには、誤謬やうそが混じっている可能性があることです。これは、なかなか見抜くのは難しいことかもしれませんが、人間教師のチェックが必要なところです。
この「質問づくり」にとりかかるにあたって、『たった一つを変えるだけ』(新評論・2015)は触れておきたいと思います。その冒頭の「訳者まえがき」に次のような一文が紹介されています。
教育の鍵は、知識よりもむしろ「問いかけること」です。(中略)ワールド・スタディーズが目指すのは、学びかたを学ぶ力、問題を解決する力、自分の価値観を自覚する力、自分で選択できる力です。これは、ひとえに「問いかけ」に、単に質問するだけでなく、子どもたちが自分で疑問点を洗いだし、答を見つけていけるようにすることにかかっています。「問いかけ」は、情報が目まぐるしく移り変わる今日の世界では、私たち教師が子どもたちに提供できる最良のものと言えましょう。(『ワールド・スタディーズ』国際理解教育センター編訳・1991年、15ページ)
ここに、AI時代にも通用する「問いかける力」の重要性が指摘されています。
まさに「情報が目まぐるしく移り変わる今日の世界」にあって、マスメディアが流す情報を鵜呑みにせず、それを問い続ける力こそ、民主主義社会を支えていく力になるものと思います。
最後に、最近読んだ『タングル』(真山仁・小学館文庫)の一節を紹介します。
(同書131ページ)
「音は波形の曲線で伝わるものです。でも、デジタルは数字で表現するしかない。すると、折線近似と言って、波形を数値として分解して音を構成することになるんです。」
AIのすごさは改めて言うまでもないことですが、所詮AIもデジタルで動くものです。先ほどの話は、「デジタルはアナログを完全に再現することはできない」ことを教えてくれるものです。教育においても、アナログの部分を完全にデジタルでカバーすることは困難です。そのデジタルの隙間のところを埋めていくのが、これからの教師の主な仕事ではないでしょうか。その仕事とは、具体的には何なのか。それは後輩のみなさん一人ひとりが実践を通して、ぜひ考えていただきたいと思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿