2024年9月21日土曜日

学校にとっての「貴重な存在」

  埼玉で教務主任/初任者校内指導教諭をしている田所昂先生のhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2024/08/blog-post_18.html に続く、第2弾です。

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「1年目の先生に教えてもらえるなんて、うちの孫は恵まれている!たくさんいる先生の中で、一番子どもたちのことに本気で向き合ってくれる先生なんだから…。」

これは私が初任者時代に受け持った児童の家族から言われた言葉だ。13年経った今でもそのときのことは鮮明に覚えている。

私が勤めている学校にも初任者の先生方がいる。初めて学校の先生として赴任しているのだから、分からないことだらけの毎日だ。周りの先生方に質問したり、時には周りの先生方から声をかけたりして、一つひとつの問題を乗り越えている。

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文部科学省が2025年度の概算要求のポイントを公表した。その中には教員志望者の減少や離職率の上昇に対する処遇改善策が多く並んでいる。教職調整額の改善や各種手当の改善、新たな職の創設など。初任者に関しても採用数の増加による持ち時数の削減や、担任を持たせないなどの具体的な例までもが挙げられている。

アメリカ国防総省教育活動の教育研究アナリストのメーガン・テグラーと教師のマッケンジー・ハンプトンは『新人教師のためのリレーショナルサポート』【https://ascd.org/blogs/relational-support-for-new-teachers】という記事を書いている。そこには「新しい教師が、個人的にも職業的にも、教室、チーム、学校、教育委員会、そして教育の専門職にとって重要であることを認識できるようにする」ことがとても大切であると記されている。

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1学期最後の初任者研修の校内指導。初任者の先生方が4月に立てた「理想の(目指したい)教師像」=「目標」にどれだけ近づいたかの振り返りや2学期に向けての課題と手立てについてフィードバックし合った。私はその様子を見たあと、先生たちにただ一言「子どもたちのために学校のために、クラスを守ってくれてありがとう」とだけ伝えた。校内指導教諭としては物足りない一言だったかもしれないが、私は本当に大切なことだと考えて伝えた。

1年の初めから、「学校で初任者を支える」と考え、様々な手立てを打ってきた。

① 初任者研修校内指導の役割分担

校内指導教員と初任者間で行われがちの初任者研修校内指導を、より多くの教員に初任者と関わってもらうような形に変えた。それぞれの先生方の専門を見ながら、話してもらう内容を決め、事前にこちらからお願いをする。研修が終わったあとはこちらから声をかけ、研修の様子を伺ったり、お礼を伝えたりする。初任者は様々な先生のことを知ることができ、自然と目指したい教員の姿をより具体的に見つめたり、相談や指導を仰ぐ相手が増え、学校の中に居場所を見出したりすることができる。学校側としては、自然と教職員同士の会話が増え、同じ目標に向かって行動する姿が増える。それぞれが違った分野・アプローチであっても、目指すところが同じだと一体感が生まれる。自然と初任者だけでなく学校組織全体が活性化され、組織力が向上するのだ。

② 「指導する」ではなく「共に考える」というスタンス

校内指導を多くの先生方と分担することで、校内指導教員である私は、初任者と年間目標を対話する中で設定し、達成するための手立てを決め、その振り返りとフィードバックを毎月行っている。また校内で公開授業や研究授業があった際は、その振り返りも合わせて行っている。そこで私が年間を通して貫いているスタンスが「共に考える」というものだ。「共に考える」というスタンスは、会話の中に問いを立てながら初任者の考えを整理するというものだ。初任者自身の考えを整理しながら、何がしたいのか、どう考えているのかを引き出していく。その中で自分が行いたい手立てを自己決定させたり、自分の課題・強みを言語化できるようにしたりする。そうすることで初任者は自ら考え、試行錯誤しながら、目標とする教師像をめざしていく。課題を設定し、その課題解決のための手立てを自ら選んで、時に一人で時に協働して試行錯誤する。その上で出た考えや結果を振り返ったり、互いにフィードバックしあったりすることで、次の課題を見出していく。子どもの学びにおいても大切なこのサイクルは教師の学びにおいても大切なのではないかと考える。

③ メンターメンティーチームの確立

今の職について3年。その前の1年は大学院での学びの機会を得た。そこで出会ったメンターメンティーチームという仕組み。その仕組みをより学校の実態に合わせて、この4年間をかけて形にしてきた。2年目から4年目の教員はすべて私とメンターメンティー研修を初任者時代に経験している教員たち。その教員が集まって、初任者のためにできること・必要なことは何かを考え、話し合いながら活動を計画していく。その計画と活動の中で、初任者は自分と年次が近い教員、すなわちより目標としやすい教員の中から自分のスタイルに合っている教員を探して学びを深めていく。「このことはこの先生。あのことはあの先生に…」と初任者が選んで学べる、真似できる姿が目指すところだ。もちろん、メンティーである初任者だけでなく、メンターである若手教員にとってもメリットは多い。学校の中枢を担っていくという実感。自分の実践の見直し、考え方の整理。それが自然と関わりをもつ中でできる。なるべく勤務時間内でその機会を設定し、メンターへのフィードバックも欠かさずに行う。この取り組みが学校としての組織力を高めることにつながっていくと私は考えている。

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文科省の改革で変わることがあるのであれば、それは推し進めていくことも必要であると思う。ただ、その改革だけでは今言われている学校の問題・課題の根本的な改善にはならないのではないか。目の前にいる共に働く若手たち。その若手たちが学校にとってどんな存在なのか。それを学校全体で見直し、本当の意味での「チーム学校」を目指すことが、今本当に求められていることなのではないだろうか。

2024年9月15日日曜日

授業づくりのための2冊の本の比べ読み

 石井英真『授業づくりの深め方』とキャロル・アン・トムリンソン『みんな羽ばたいて』の比べ読みをしました(飯村寧史・執筆)。

 まず、『授業づくりの深め方』ですが、日本のこれまでの教育や授業の傾向、風潮について、その歴史的な変遷を丁寧に綴っているという印象を受けました。その中で、これまで行われてきた一斉授業の限界を述べ、現状での「わかる」授業、そして将来的には「教科する」授業への移行を提言しています。

 この移行については、第8章で詳しくまとめられています。表にまとめてみました。

一方、『みんな羽ばたいて』は、「生徒中心」をキーワードに、それを実現するために、学校の諸要素をどのように意識し、変えていくと良いかを述べています。

 生徒中心にするのは、筆者の言葉では「在学中でも卒業後の人生でも、受け持った生徒の一人ひとりが有意義で生産的に、そして満足できる人生が送れるように十分な準備をする義務が教師にあるから」という理由からです。したがって、授業での学習内容だけでなく、生徒一人ひとりの個性(境遇や心情も含む)や、その成長に資するもの、所属するコミュニティーの部分にも重点を置くことを主張しています。

 そして、生徒中心を実現するために、教師、生徒、学習環境、カリキュラム、評価、教え方を観点として、それぞれの章でどのような姿や方法を目指すかが具体的に描かれています。各章では読者の思考を促すために、考えるポイントを問いとして提示しており、読者は自分のこととして考えることができるようになっています。

 この2冊の共通点としては、従来型の一斉授業からの転換を述べていることです。後者は海外の教育書ではありますが、変えていくべき従来型の授業は、先ほど提示した表の左端の欄と全く同じです。つまり、変化の必要性は日本も海外もどちらも同じで、そこからのスタートという点は変わりません。ですから、従来型の一斉授業に疑問を抱いている人、変化させたいと思う人が読者として想定されていると言えるでしょう。

 一方、相違点としては、「目的」の違いが最も大きいです。

 『授業づくりの深め方』は、タイトルにもあるように、授業改善を目的とした本です。日本型の従来の授業を踏まえ、この先どのような改善の方向性が良いかを示すことが目的ということです。そういう意味では、日本の教師が、無理なく自分の授業を変えていくために読む本だといえます。

 『授業づくりの深め方』は、確かに無理のない移行を考えているのでしょうが、果たしてそれが学校教育に対して大きなインパクトを与えられるのか、疑問が残ります。「教科する」授業は確かに魅力的ですが、日本の現行の教育制度=教科書使用や単元、教科縦割りなどの条件を満たしつつ、実行可能と言えるのか疑わしいところがあると思います。海外書籍で紹介される「教科する」授業は、従来の制約を脱して、教師が発想を転換したところからスタートしたものです。そういう意味では、現状制度のもとでこの「教科する」授業を目指したところで、「木に竹を接ぐ」ようなものにならないかという懸念があります。

 それに対して、『みんな羽ばたいて』は、生徒中心の学校、授業を実現することを目的としています。ですから、自分で授業を改善することは一つの手段になっていますが、そこが目的ではありません。従来の学校や授業の枠組み、何よりも教師が生徒を見る「目」を大きく捉え直して行くための方向性や手段、実践などが書かれています。

 ここで紹介されている方向性や手段、実践などは、もしかしたら、日本の学校でチャレンジするのには抵抗があるかもしれません。土台となる考え方からの転換は、ともすると、現実離れしたものに見えることもあるでしょう。しかし、先に述べたように、著者の国でも授業は一斉指導が当たり前の時代があり、著者はそこを脱却するために様々な実践を経て、体系的に教育に関する考え方を変え、実践を積み重ねた、という経緯があります。日本で実行することも、不可能とは言えないでしょう。より大きく日本の学校や授業を変えることを望んでいる教師が読む本だと思います。

 また、もう一つの相違点として、教育を変えるための「観点」の差があります。

 『授業づくりの深め方』では、授業づくりの観点として、①目的・目標、②教材・学習課題、③学習の流れと場の構造、④技とテクノロジー、⑤評価の5つを挙げています。それに対して、『みんな羽ばたいて』は、教師・生徒・学習環境・カリキュラム・評価・教え方を観点として設定しています。

 『授業づくりの深め方』の方は、やはり、タイトルどおり、授業づくりに特化していることがよくわかります。いわば、ミクロな視点です。しかし、気になるのは、どの観点についても、「教師」が主語であり、主導する存在だという考え方が貫かれている点です。肝心な要素としての「生徒」が観点の中にありません。確かに、同書では、生徒が自立して学ぶ、主体的に学ぶことを期待して「教科する授業」を志向しているのですが、この観点が欠けていていいのでしょうか。一人ひとりの生徒が決して均一ではなく、「違う」存在である以上、教師主導の授業づくりには限界があるように思います。従来と同様、より上手な先生によって、導かれるような授業ができ上がることは予測できますが、それで主体的な学びになるかどうか疑問です。

 一方、『みんな羽ばたいて』では、より大きな観点設定がなされています。最初に教師のあり方や生徒との関係性、生徒同士の関係性について、考え方の転換を求められます。「授業」を変えることが目的ではなく、その授業を通して、どう一人ひとりをいかし、育てるか、ということに主眼が置かれています。当然、生徒については、生活背景から、学習体験、関心、学び方の癖など、一人ひとりが異なっている、という前提で考えられています。テクニックというよりは、「生徒中心のクラス」、「生徒中心の授業」を実現するために、どのように考え、どのように声をかけ、どのように行動するのか、それを考えてもらう、マクロな視点で書かれた本だといえます。

 以上をまとめると、『授業づくりの深め方』は、従来の日本型授業をふまえ、その延長線上にあるものとしての「わかる授業」「教科する授業」への移行を促すものですが、日本の教育のこれまでの慣習や制度上の制約、あるいは教師主導体制が変わらない以上、実現はやや難しいように思います。

 一方、『みんな羽ばたいて』は、教育の根本から見直すのに大いに参考になる本です。確かに日本の教育の慣習や制度は強固で、覆しにくいものを感じます。しかし、生徒中心のクラス、授業にはしたくない、と思う先生が果たしているでしょうか。教師であれば、誰もが理想としながらも、実現は難しいと思って、諦めているだけではないでしょうか。従来の延長、ではなく、考え方の転換によって新しい授業をつくっていく、そう考えたい人にお勧めしたい本です。

2024年9月8日日曜日

ネガティブな感情と向き合い、考え続ける力を引き出す 

これまでの学校教育における算数・数学は、本物の数学的思考を育むには十分ではありませんでした。その一因は、算数・数学の学習内容を単に習得することに重点が置かれていたためです。

短時間で手順を覚え、教科書通りに考え、それを他の問題にできるだけ早く適用する。こうした教科書の内容を網羅することを重視する教育では、子どもたちが自ら質問を作り出したり、数学的解決に向けて挑戦したりする機会が十分に与えられていません。さらに、解法の応用や他の問題への活用を深く振り返る時間も確保されていないのが現状です。

果たして、あの膨大な知識量は本当に必要なのでしょうか。むしろ、教える内容を減らし、じっくりと数学的に考える時間と環境を提供することが求められます。理想的には、定期試験や受験問題も、ていねいに数学的思考を問う問題へと変わっていくべきでしょう。

これまで、算数や数学は筋道立てて論理的に考えることを中心に語られてきました。しかし、問題を解く過程では、自分の感情や信念と向き合うことが欠かせません。数学的思考を身につけるためには、この感情に気づき、それを起点にして解決方法を見つけ出すことが重要です。そうすることで、より深い数学的思考を育むことができるのです。このことについて、『教科書では学べない数学的思考』の9章には、多くの示唆を与えてくれるものとなっていますので、ぜひ再読してみてください!




 

問題に行き詰まったときに感じる「わからない」「もうダメかもしれない」といった不安や諦めの感情は、実は思考を深める上で重要な要素なのです。しかし、これらの感情が強すぎると、問題への興味を失い、思考が止まってしまいます。そして問題解決では、あまりこの感情との向き合い方について語られてこなかったのではないでしょうか。このネガティブな感情と向き合い、考え続けるためには、これまでの考えと新たに浮かんだ予想との「ギャップ」を活かすことが重要です。このギャップを埋めようともがくことで、思考が持続するからです。そのためには、問題の「わかっていること(条件文:例えば、何人でわけられますか?)」と「求めること(求答文:例えば、3人で同じ数ずつ分けます)」を再確認することが効果的なのです。これによって、新しい予想や疑問が生まれ、「これはどういうことだろう」「確かめてみよう」と予想がふっと立ち上がり、思考が続いていきます。これが行き詰まった現状と予想から生まれたギャップを埋めるためには必要なのです。そして、このプロセスを実現するには、じっくりと考えるための十分な時間が必要です。より多くの学習内容を身に付けようとする学び方とは相容れません。

 

ここで私たち教師ができるサポートは、子どもが自分で導き出した結論を尊重し、教師がその問題解決のプロセスとそこでの感情を支えることは非常に重要です。湯傷待ったときに思考のギャップを乗り越えるには、心理的な安心感と「やってみたい」「もしかしたら?」という挑戦する気持ち、自信が欠かせません。子どもの思考や興味に敏感になり、その挑戦を励ますことはその場にいる教師にしかできないことなのです。

 

問題解決し、感情に対処できる優れた数学的思考者を育てるためには、「質問すること」「チャレンジすること」「ふりかえること」の3つが重要です。

 

1. 質問すること

 数学的探究において、質問する力を身につけることは非常に大切です。疑問を持つことで、知識や情報に頼らず、自分で思考を深める鍵となります。質問を通じて、予想を立てたり、疑ってみたりする探究心が育まれ、数学的思考が鍛えられます。これは教室に一人しかいない教師に対してする質問よりも、自分自身、もしくは友だち同士で質問し合うことのほうがより効果的です。自問自答することは思考の習慣です。

 

2. チャレンジすること

 予想を立て、それを検証し、修正する過程で数学的思考が発展します。正解を求めるだけでなく、予想を立てて挑戦できる環境を整えることが、子どもたちの成長に繋がります。「やってみよう」と思えるような環境には、ギャップを埋めるために条件文や求答文に立ち返ること、そして考え合える学習環境は欠かせません。

 

3. 振り返ること

 自己批判や異なるアプローチを求める姿勢が大切です。自分の考えを振り返ることで、方向性を修正し、他者との合意を求める力が養われます。「数値や式が正確か」「他の方法はないか」「どこで予想がひらめいたのか」「似たような問題はないか」「他の問題でも同じことがいえるのか」など、常に自分の頭をモニターすることとなります。

 

授業では、正解を求めることよりも、これらの3つの要素を育む文化を作ることが重要です。こうした文化が自然に数学的思考を育てるのです。こういった授業を続けていくと、どんなに美しい解法を見つけたり、どんなに難しい問題を解決したりしても、単に答えを得るだけでは満足できないことがあります。数学的思考の目的は、ただ数学的に考えること自体にあるわけではありません。むしろ、数学的に考える問題解決のプロセスを理解し、それを身につけることで、より広い分野の問題にも応用し、世界の理解を深めるための自己認識(豊かな気づき)を成長させることにあることでしょう。数学的思考は、このように算数・数学を通じて「気づき」を育てる上で非常に効果的な学問なのです。



 

2024年9月1日日曜日

国が想定する教師の「新たな職」

 2024(R6)年8月27日、文部科学省は「「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について」という答申を公表しました。★1 教師の働き方改革はここ数年大きな話題となってきましたが、その更なる加速化。教員志願者の急激な減少が引き金となった教師の処遇改善、主に教職調整額の割合の引き上げ。さらには、学校の指導・運営体制の充実など。教師を取り巻く環境整備を、一体的・総合的な推進しようとする政策のパッケージです。

その答申文書の結びには、次のように述べられています:

「我が国の学校教育は、世界トップレベルの学力の育成や、知・徳・体にわたる全人的な教育の提供など国際的にも高く評価されている。このような結果の背景には、自己研鑽や学び合いによる教師のたゆまぬ努力と国際的にも長時間の勤務実態がある。

強い使命感や責任感の下で、時に自らを顧みることなく、子供たちのために尽力している教師には、まずもって謝意を伝え、心から敬意を表したい。

しかし、その中で教師が疲弊していくのであれば、それは結果として子供のためにはならない。そのような働き方が、教師の心の余裕を失わせ、意図と反して、教育の質を低下させてしまうことがあるとすれば、これほど悲しいことはない。」

この問題意識は、多くの方が共有できるものだと思います。私も賛同します。同時に、相当の危機感も読み取れます。

一連の政策パッケージの中で、目を引いたは「新たな職」の創設という部分でした。
答申の「(4)組織的・機動的なマネジメント体制の構築」の中に「新たな職の設置」という記述があります(p.41):

「現在は、こうした職務を主として教諭という同一の職が校務分掌の1つとして担っているが、若手教師へのサポートの充実を体制面でも支える新たな仕組みの構築も含め、ベテラン・中堅・若手層の教師が専門性を発揮し、効果的に校務を役割分担しながら、知識や経験の共有や継承を行う体制を早急に整備することが必要である。

このため、学校の組織的・機動的なマネジメント体制の構築に向けて、若手教師へのサポート機能を抜本的に強化するとともに、子供の抱える課題への対応や学校横断的な取組への対応について、学校内外との連携・調整機能を充実させるため「新たな職」を創設し、中堅層の教師をこの新たな職として学校に配置することができるような仕組みを構築することが必要である。」

しかも、

「なお、こうした職務については、教務主任や学年主任、生徒指導主事等のいわゆる省令主任として位置付けることも考えられるが、各学校において組織的に対応が必要な事柄については、地域や学校の状況により異なるとともに、その時々の状況により変動するため、個別に国が一律に法令上の位置づけを与えるよりも、「新たな職」となる教師に対する校長等の職務命令により地域や学校において柔軟に対応できる仕組みとすることが適当である。

また、具体的には第5章において詳述するが、「新たな職」が制度上位置付けられ、配置される場合には、その職務と責任に見合った適切な処遇を図るため、都道府県等において、給料表上、教諭とは異なる新たな級を創設することが必要である。」

各地域や学校が、その状況に応じた、新たな職を考案、創設し、しかも、その処遇についても、相応の仕組みを準備せよと書かれているのです。

これまで、学校における中間管理職的な職が、いたずらに増えてきたように感じていましたが、学校が真に必要とする「新たな職」を、学校が独自に研究し、創設するのであれば、大いに期待できるのではないかと思います。

まさに、このあたりに、私が「PLC便り」で繰り返し主張してきた、インストラクショナル・コーチング導入の糸口(というかチャンス)があるのかもしれません。

『インストラクショナル・コーチング』の筆者ジム・ナイト氏は、その終章「結論:コーチングと豊かな人生」に次のように記しています:★2

「豊かな人生とは、学びのある人生です。そして、学びこそがコーチングの中心にあるものです。私にとっての座右の銘とも言えるピーター・センゲの言葉を紹介しておきましょう。「学習を通じて、私たちは自分自身を再形成する。学習を通じて、以前は決してできなかったことができるようになる。学習を通じて、私たちは、自分の中にある創造する能力や人生の生成プロセスの一部になる能力を伸ばす。私たち一人ひとりの中に、この種の学習に対する深い渇望があるのだ。」コーチは、教室をよりよい学びの場にするために、教師と協力し、この「深い渇望」に働きかけるのです。そして、パートナーシップにより、教師がよりよい学習者に成長することをコーチが後押しするのです。この過程において、コーチ自身も、人や生徒、教え方、コミュニケーションなどについて学び続けるのです。」

先の答申の副題は、「全ての子供たちへのよりよい教育の実現を目指した、学びの専門職としての「働きやすさ」と「働きがい」の両立に向けて」でした。このことの実現に、もっともふさわしい「新しい職」は、このあたりにあるような気がするのです。

今、我々は、教師を取り巻く環境整備の大きなターニング・ポイントにあると言えます。このタイミングで、教師の成長を助け、教師の「働きやすさ」と「働きがい」をサポートしつつ、自らも学び、成長し続ける、そのような「新しい職」を、日本の学校は必要としているのではないでしょうか。



★1「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する
総合的な方策について~全ての子供たちへのよりよい教育の実現を目指した、
学びの専門職としての「働きやすさ」と「働きがい」の両立に向けて~(答申)
(令和6年8月27日)中央教育審議会

★2『インストラクショナル・コーチング』(ジム・ナイト著、図書文化、2024)まもなく発刊予定。