2021年8月15日日曜日

探究に関する2冊の本の比べ読み

 これまでにも、理科やカウンセリング関連の記事を書いてくれている創価大学の大関健道さんが、2冊の理科(探究)の本の比べ読みをしてくれましたので紹介します。

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 小学校に続き、この4月から中学校では2017年に改訂された学習指導要領が完全実施されています。新学習指導要領が目指している「主体的・対話的で深い学び」を実現するためには、子どもたち一人ひとりの疑問や問題を基にして、仲間と協同しながら共にその疑問や問題を解決していく「探究的な学習」をどれだけ実現できるかどうかが極めて重要なポイントです。端的にいえば、今までの教科書に書かれている内容をカバーするような教師主導の授業を、どこまで子どもたちの疑問や問題を解決する子どもたちの自立的な学習「探究」に転換できるかということです。

 今回は、「理科の探究」について書かれた以下の2冊の本を読み比べてみました。

1.『探究する資質・能力を育む理科教育』小林辰至(編著),大学教育出版,2017

2.『だれもが〈科学者〉になれる!~探究力を育む理科の授業』チャールズ・ピアス(著)門倉正美ほか(翻訳),新評論,2020


『探究する資質・能力を育む理科教育』

 やはり、特筆すべき内容は、この本で紹介されている6つの「探究する資質・能力を育むための具体的なアプローチ・手立て」です。

【1】自然と触れ合う「原体験」(理論編:第2章、第3章)

【2】仮説を立てる力を育む指導方略“The Four Question Strategy4QS)”とこれを生かした仮説設定シート(理論編:第4章、第5章、第9章、第14章,実践編:第3章、第4章、第5章、第6章、第8章)

【3】日本版プロセス・スキルズ「探究の技能」(理論編:第7章、第13章)

【4】観察と実験の「問い」の立て方(理論編:第8章)

【5】小学校中学年(34年生)の子供を対象とした仮説を立てる力を育む指導方略“The Two Question Strategy2QS)”とこれを生かした仮説設定シート(理論編:第10章,実践編:第1章)

【6】探究の過程の8の字型モデル(理論編:第11章,実践編:第2章、第4章、第6章)

 どれも、子どもたちの探究的な理科学習を推進していくうえで役に立つ、極めて重要な探究のアプローチの方法です。

しかし、本質的な問題として、書かれている内容の視点がやはり教師側にあるのです。つまり、本の内容が、教師による理科の授業・指導を通して、子どもたちの理科における「探究」を推進していくために必要な資質・能力を育てるためには、「理科教育」はいかにあるべきかという視点で書かれているのです。探究・学習の主体者である子どもたちの視点ではありません。

それを端的に表しているのが、【2】仮説を立てる力を育む指導方略“The Four Question Strategy4QS)”云々に書かれている「指導方略」という術語(テクニカル・ターム)です。指導方略とは、目標達成のために教師がどのような方策・手立てをもって子どもたちを指導するかというものです。

もちろん、この本は教師を主たる読者として書かれた「理科教育」の本ですから、当然のことかもしれません。本の内容は、多くの理科教育の実践的研究と学校現場での研究的実践に基づいて、理科における子どもたちの探究を推進していくために必要な資質・能力について書かれています。「問い」の立て方や「仮説」を立てる力などを含め、子どもたちが探究を進めていくために必要なさまざまなプロセス・スキルズ「探究の技能」について具体的に書かれている、素晴らしいものだと思います。

しかし、私には、この本を読みながら、子どもたちが「学びの主体者・当事者」として生き生きと目を輝かせながら探究しているイメージが湧くことは、ほとんどありませんでした。

 もう一つ、この本に物足りなさを感じたところがあります。それは、【4】観察と実験の「問い」の立て方に書かれている内容です。「問い」の立て方については、理論編の第8章「観察と実験の「問い」の立て方」で解説されているのですが、理科室や教室で実践するために具体的にどのようにすればよいのか、いま一つよく理解できませんでした。その理由を私なりに考えてみると、その原因が、この本では理科の教科書に載っている観察・実験を基にして「問い」の立て方を考えているところにあるということがわかりました。

学習の主体者である子どもたち一人ひとりの「不思議に感じたこと」や「疑問に思ったこと」、「もっと調べてみたいこと」など子ども自身の疑問や興味・関心から「問い」を立てることは、自立的な学習「探究理科」の過程の中で最も重要なプロセスの一つです。この意味で、この本に書かれている「問い」の立て方は、子ども主体の「問い」の立て方になっていないのです。


◆『だれもが〈科学者〉になれる!~探究力を育む理科の授業』

 この本の特筆すべきことの一つ目は、大阪大学医学部大学院で研究と医学教育に携わっている仲野  氏もこの本の書評で書いているように、大学院教育で行われていることが小学校の理科の授業を中心に行われていることです。https://honz.jp/articles/-/45579

すなわち、チャールズ・ピアス先生の教室では、教師が小学生の子どもたちを「科学者」として認め、子どもたちがもっている「可能性」と「潜在能力」を信頼すること、信じ抜くことを教育の原点として授業が行われているのです。このことによって、子どもたちは自分自身を科学的な素養をもっていると思うようになるのです。そして、ピアス先生の理科の授業では、その目的地が、子どもたち一人ひとりを自立した学習「探究理科」ができる人に育てることなのです。

まさに大学院では、ゼミや授業、実験・実習を通して、一人前の研究者・科学者として研究・探究していくために必要な資質・能力の育成が図られるわけですが、ピアス先生の教室では、自立的な学習「探究理科」の中核に子どもたち自身の「問い」を位置づけています。その「探究理科」の原動力となる「問い」を子どもたちが立てられるようにするために、以下のようなさまざまな手立てと工夫を行っています。これが、本書の特筆すべき二つ目の特徴です。

「クエスチョン・ボード」:ホワイトボードの掲示板で、子どもたちが思いついた「問い」を自由に書いていくものです。

「問い探し」の活動:籠の中に入っている奇妙な形の貝殻や電気器具の部品、種子、おもしろい形の岩石、分解された機械の部品、道具などの中から一つを選び、それをじっくりと観察し、「問い探し」のシートに記録する。記録する内容は、自分が選んだものの名前や状態、スケッチ、それについての問いと問いに対する答えを見つけるための方法です。

「実証しやすい問いの立て方」:「実証できる問い」の立て方を学ぶ際に行うミニレッスンのためのワークシートです。

「発見ボックス」:電気、ミールワーム、飛行、工作(模型づくり)、光と色、液体と固体、磁石、シャボン玉など、テーマに応じて、さまざまな素材や器具が入っているものです。発見ボックスの外側には、科学的発見をするための具体的な「指示」と中に入っているものを使って子どもたちが探究したくなるようないくつかの「問い」が書かれた紙が貼ってあります。さらに、箱の中に入っている素材などを見て、子ども自身が独自に考えついた「問い」をそれらの素材を使って探究していきます。

「科学発見シート」:自分が思いついた「問い」を書き留めたり、「発見ボックス」に取り組んだりしたときに試行錯誤してみた内容やその結果を記録するものです。科学者の「研究ノート」に相当するものです。

「発見ブック」:子どもたちが、発見ボックスの中に入っているものを自由にいじくりまわしたり、ボックスの外側に書かれている「問い」に答えるために試行錯誤したりした内容と結果を、「科学発見シート」に記録します。これをバインダーに綴じて、誰でも見ることができるようにします。

「野外活動」:校庭の樹木を生かした「自分の木」の観察、定期的に行われる「野外教室」での捕虫網を使った昆虫やクモなどの観察と生物調査、水辺の生き物である両生類の観察調査、「生物多様性の日」に行う野外調査などです。

このように、子どもたちがさまざまなものを自由にいじくりまわしたり(自由試行・Messing About)、校庭や公園などを自由にフィールドワークしたりしながら、たっぷりと時間をかけて、子どもたち一人ひとりが興味をもったことや、「なぜだろう?」、「どうして?」、「どんなふうに?」、「何と関係があるのだろう?」と疑問をもったことを基にしながら、クラスの仲間と共に、さらに先輩たちの「探究理科」での取り組みを参考にしながら、「実証できる問い」を練り上げていくのです。

自立的な学習「探究理科」にとって最も重要なプロセスの一つである「問い」を立てることが、子どもたち自身の手でしっかりとできるのは、上記のようなさまざまな手立てや工夫を行っていることと、子どもたちの「探究」のために時間を保障しているからです。こまごまとした「指導方略」を駆使しているのではありません。この点が『探究する資質・能力を育む理科教育』との大きな違いです。

この本の特筆すべき三つ目の特徴は、子どもたち自身が自立的な学習「探究理科」を進めていくために「書くこと」と「読むこと」を重視していることです

読むことと書くことを関連づけるためのものとして、科学読み物を自分たちの探究に生かすための「理科と本とのつながり」シートや、科学読み物についての話し合い活動を行ったり、書評を書いたりするための「おすすめの本」シートがあります。さらに、それぞれの子どもたちが、探究してきたプロセスをふりかえって自己評価したり、探究している内容を記録したりする「探究ジャーナル」、発見ボックスや野外活動に取り組んで発見したことを記録する「科学発見シート」、さまざまな探究テーマごとの「シート」、発見ボックスを使った活動を行うための「教師と生徒の契約書」「探究実施計画書」など、自分たちの探究を進めていくために、本当に子どもたちは多くの機会に書くことに取り組みます。

 そして、四つ目の特徴は、科学者と同じように、子どもたち自身が自分たちの探究に必要な費用を取得するための「探究助成金申請書」を作成したり、「子ども探究大会(研究発表会)」に参加して、ほかの学校の子どもたちや科学者を含めたさまざまな人々から「探究理科」で取り組んだ研究に対するフィードバックをもらったりしながら、人とのつながり・科学者コミュニティを醸成していることです。まさに大学や企業などの研究者や技術者=科学者と同じことを行っているのです。このような視点と具体的な学習活動は、『探究する資質・能力を育てる理科教育』には見られないことです。

 今回の比べ読みを通して、子どもたちに「~させる」という使役表現を用いるような、教師が中心の授業観ではなく、子どもたち一人ひとりが自立した学習者として学び・成長するために、教師は何ができるのか、どんな工夫や手立て・支援ができるのかを考えていく、子ども中心の学習観をもつことが大切であることを改めて感じました。


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