2021年7月11日日曜日

11時の1分前は、10時69分 


 いよいよ1学期末。多くの先生が単元末テストの採点や成績処理に追われている頃。「このテストが本当に子どもの評価に値するものなのか」「時間がない中、わからないままではおわらせられないな」など、本来ならば、もう少し子どもたちと時間をかけて考え合いたかったことや、しっかりと復習してあげたかった気持ちが交錯します。自分の至らなさを振り返り、葛藤する時期ではないでしょうか。

 

今回は、数学者の谷口隆さん★が子どもの間違えについて探究するお話です。お子さんの間違いを「事件簿」と名付け、ほっこりするエピソードが語られています。殺伐としたこの学期末、少し息をついて子どもの思考により沿ってみませんか? 

 

予定の11時前よりちょっと早く家に着くときの話。11時より前の時間が話題になったときに、「11時の1分前っていつ?」と谷口さんはお子さんに聞いてみました。すると子どもはしばらく考えた末に「1069分」と答えました。谷口さんは、69分という存在しない時刻に「ある種の不協和音のような響き」と印象に残ったようです。

 

では、どういう思考の筋道でこの事件が起きたのか、みなさんもぜひ考えてみてください。

 

この問題は複雑な繰り下がりが繰り返される、3つのステップを経ます。

    11時から1分は引けない。11時を10時とし、1時間を60分に繰り下げて引く。

    繰り下げてきた60分から1分を引くが、これにも繰り下がりの引き算がある。

    601は、十の位の6から1繰り下げて、101=9と引き算ができ、601=59である。

 

“こう考えてみると1069分と言う答えは誤ってはいるもののほとんど正解であると言えないだろうか。どうやら601の引き算で繰り下がりに失敗し、69になってしまったようだが、このように3つのステップに分解し2度の繰り下がりの計算は実行したことがうかがえる。

谷口隆著「子どもの算数、なんでそうなる?」(岩波書店)P.70より

 

“人は自分が興味を持ったこと、自分にとって意義があると感じられる事は、自発的に試みて、幾度もの繰り返しから誤りや修正点を見出し、次第に精度を上げていくことができる。時刻について考える機会は、この先この子には無数にある。そう思えば、せっかく子ども自身で考え出した答えの誤りを、とやかく指摘しなくても良いような気がする。”

谷口隆著「子どもの算数、なんでそうなる?」(岩波書店)P.70より

 

 

間違えを、子どもの計算技能の未熟とみるのか、はたまた考える筋道に寄り添うのか、子どもにとっての命運が分かれます。算数は正解・不正解がはっきりしているだけに、苦手をつくりがちの教科です。間違えの中にも部分的には正しい思考の筋道があります。もし、子どもの推論を予想できなければ、子どもに「どうしてそう思ったの?」と聞こうとすることから始められます。そこには、子どもの思考プロセスを汲み取ってあげようとする優しさが伝わってきます。

 

テストを返却するとき、一つ誤答をみんなで考え合ってみませんか。ちょっとスピードを落として「どうしてそう思ったのだろう?」と、子どものつまずきに興味をもって寄り添ってみると、その中に広がる豊かな子どもなりの思考世界が分かってきます。そして、間違えや思考の途中にこそ学びが生まれてくるその意味が分かってくるはずです。海外にはすでにドラフト算数・数学という間違えや下書きを共有しながら対話ですすめる授業実践もあります。★★

 

ある時点で誤った認識をしていても、月日がたち、学びが深まるにつれて、自ら誤りに気付いて修正する力が子どもにはあります。とくに算数のカリキュラムは時期を空けながらも繰り返し学ぶ機会を持てるように、学習単元は配列されています。すべてを今、ここで理解させようとすることを手放して、少しゆとりをもって子どもの事件簿に向き合ってみませんか?

 

谷口隆著「子どもの算数、なんでそうなる?」(岩波書店)

著者の数学者ならではのものの見方とその優しさが伝わってきます。

 

315」にマルをつけた数学者が語る、子どもの算数の見守り方 間違いを否定せず、考えた道筋を共有しよう

2021/06/18(東京新聞WEB

https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/education/44649/

 

★★

デラウェア大学教育学部教授のアマンダ・ヤンセン氏は『ラフドラフト算数・数学』で、これまでのような正答を求めるだけの算数・数学から、生徒同士がアクティブに考え合う、共有に重きを置いた新しい数学実践を提案しています。

 

ラフドラフトとは、下書きのことです。ラフドラフト算数・数学は、生徒がその未完成で進行中の自分の考えを共有し、アイディアを修正するために話し合えるようにすることです。答えや計算の手順ではなく、自分の考えについて話してもらうことで、生徒同士が考える機会を増やすことができます。詳しくは以下のPLC便りを参考にしてください。

 

PLC便り「答えよりも考え方へ 下書きアイディアを共有するラフドラフト思考」

20201115日(日)

https://projectbetterschool.blogspot.com/2020/11/blog-post_15.html

 

 

 

 

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