2020年7月19日日曜日

探究の学びを目指した授業改革


 大学で中・高の国語科教育法などを教えている島根の古賀洋一さんが、 現在チャレンジしている授業改革について寄稿してくれましたので、紹介します。

私が大学で担当している授業には、論説・評論などのノンフィクションを扱う授業があります。「ノンフィクションを読む」というと、ほとんどの学生が嫌な顔をします。これまでの経験のなかで、それらの文章は面白くないと思い込まされているからです。段落ごとに要点を抜き出したり、全体の要旨をまとめたり。そこには、自分で文章を選ぶことも、書き手に疑問や反発を覚えることも、問題を追究していくこともありません。もっとマズいのは、そうした授業を受けていくと、「ノンフィクションには正しいことが書かれてある」という思い込みが作られていくことです。一つの文章は一つの「窓」でしかありません。正面から見ると美しい山も、横から見ると板張りかもしれません。山の反対側には砂漠が広がっているかもしれません。ノンフィクションを読むということは、そうした色々な「窓」を覗いてみて社会の複雑さを知り、自分が追究したい問題を選び取り、探究していくことなのだと思います。そうした学びを、まずは自分の大学の授業で実現したいと思い、授業改革にチャレンジしました。
 その際に参考にしたのは、「クリティカル・シンキング」の考え方です。日本では「相手を論破する力」という偏ったイメージを持たれがちですが、そうではありません。「クリティカル・シンキング」は「他者と共生する力」です。もう少し詳しく言うと、「自分とは違う考えを否定するのではなく、まずは対立のポイントをはっきりさせ、次に相手の良い所と自分の足りない所を見つけ、そのうえで自分も相手も納得できるような判断や行動を作り出していく力」です。ノンフィクションを読むということは、まさにクリティカル・シンキングを発揮しながら、問題を探究してみる行為なのではないでしょうか。
 今日は、こうした学びを目指した授業の進め方や評価の工夫について紹介します。

1.「ホット」なテーマを設定する。
 何よりも、学生自身が探究したいと思えるテーマが必要です。初回の授業では、学生に「考えてみたいテーマ」を挙げてもらい、授業で扱うテーマを決めていきます。ちなみに、2019年度に扱ったテーマは、「原発」「死刑制度」「観光」「環境問題」「生命倫理」でした。原発が大学と同じ市内にあること、学生の多くが観光の仕事に携わりたいという志望を持っていることなどが、良く表れていると思います。

2.反対の考えが書かれた複数の文章を用意する。
 授業ではテーマについての複数の文章、しかも反対の考えが書かれた文章を用意します。「原発」であれば、市民の安全面から原発に反対する文章と、雇用や補助金などの経済面から原発を容認する文章を用意します。「観光」であれば、地方創生の観点から観光を推し進めようとする文章と、「観光公害」の観点から観光を制限しようとする文章を用意します。学生はこれらを同時に読んで、初めて問題の複雑さが分かります。そして、考えが対立しているからこそ、「自分はどう考えるのか?」が問われていきます。自分が賛同できる考えをまずは選び取ってみること。ここから、探究がスタートします。

3.追究したい問題を学生自身が選び取る。
 次に「質問づくり」を行います★★。学生は反対の立場への疑問や質問、意見(「私は…と思いますが、あなたはどう思いますか?」という形に直させます)を一つずつ付箋に書き出していきます。それを同じ立場の学生と共有し、似ている質問をグルーピングしていきます。その中から、自分が追究したいものを選び取っていきます。これが、学生が追究していく問題になります。

4.「偵察」→「取材」→「作戦会議」→「討論」のプロセスで交流する。
 各自が選び取った問題について、次のようなプロセスで交流していきます。
 まずは、それぞれが選び取った問題を自由に見て回る「偵察」です。次に、話を詳しく聞いてみたい相手を選び、耳を傾ける「取材」です。さらに、相手への応答を同じ立場の学生と一緒に考える「作戦会議」です。ここでは、スマホやPCを積極的に活用することも推奨します。最後に、相手との自由な「討論」に入ります。
これらの交流では、席や相手は指定しません。学生によって話を聞いてみたい相手が違うからです。また、教室の中心でワイワイ話すことを好む学生と、教室の隅でコソコソ話すことを好む学生とが居るからです。

5.結論作りを行う
 面白いのは、このように交流を繰り返していくと、「相手の考えにも一理ある」ということが否応なしに見えてくることです。ここまでの土壌を作っておいて、結論作りに移ります。相手との対立点を整理し、それら一つ一つへの判断を下しながら、最終的な結論を作っていきます。

6.探究のサイクルを回しながら徐々にステップアップする
 以上のように、授業では、「複数の文章を読む」→「賛同できる立場を選び取る」→「質問作りを行う」→「交流する(ここにも小さなサイクルがあります)」→「結論作りを行う」というサイクルを回していきます。このサイクルのなかで、教師は「ミニ・レッスン」と「カンファランス」★★★に取り組みます。
 「ミニ・レッスン」では、「質問づくり」や「結論づくり」の方法を教えます。「閉じた質問と開いた質問の違い」や、「違う視点に立った質問の仕方(○○〇の立場から見たら、Aとは言えないのでは?)」「許容範囲を問う質問の仕方(Aが許されるのはどこまで?)」などです。「結論づくり」の場合には、「場合分け(観光を抑止しないといけない場合があるとすれば、どういった場合?)」「両立(原発の安全面と経済面を両立させるにはどうすれば良い?)」など、自分と相手が共に納得できる結論を作るための方法を教えていきます。
 「カンファランス」では、学生に応じて助言を変えます。どちらの考えを選び取るべきか迷っている人には「自分の生活とのつながりを考えてみたらどう?」、相手への応答に苦しんでいる人には「…について調べてみたらどう?」、考えを聴いてみる相手を迷っている人には、「○○さんが、あなたと対立する考えをしていたよ」などです。
 特に「ミニ・レッスン」では、実際に学生が書いたものを紹介しながら、具体的に方法を教えるようにしています。また、少しずつ方法を教え、それを実際に「使って見る」場面を確保するように心がけています。一度に多くのことを教えないことが大切です。最後の授業までに、結果的に全ての方法を教えることが出来ていれば良いのです。

 さて、このような授業を行ってきて、困ったのは評価でした。この度の新型コロナウイルスによる在宅勤務の推奨を受けて、企業でも勤務態度や勤務時間に偏った人事評価を見直す動きが広がっているようです。私も同じ問題に直面しました。学生によって、取り組んでいる内容が違うからです。まず、力を入れて読んでいる文章が違います。話し合いの内容も、規模や場所も違います。こうなってくると、表面的な活発さで学生を評価したり、一つの規準で一律に全員を評価したりは出来ません。また、成績が出たらそこで終わりの評価ではなく、学生の達成感や今後の探究につながっていくような評価にしたいとの思いもありました。そこで、複数の方法を組み合わせて評価を行ってみました。

1.話し合いではなく、書かれたものを評価する。
 評価の対象に定めたのは、話し合いの活発さではなく、それを踏まえて書かれたものです。話し合いの様子を評価してしまうと、活発ではないけれど深く物事を考えている学生が見えなくなってしまうからです。また、評価の観点も、どのような内容を書けているかではなく、「ミニ・レッスン」で教えた方法に即して設定しました。質問づくりや結論づくりの方法として教えたもののうち、「どの」方法を使っているか、「なぜ」それを使っているのかを評価するようにしました。

2.自己評価を評価する。
 もう一つ評価の対象としたのは、学生による自己評価です。授業の最終コマでは、それまでに書いたもの全てを振り返り、自分が成長したと思うことや、まだまだ足りないと思うことをまとめていきます。いわゆるポートフォリオ評価です。自分の成長を実感できているかだけではなく、自分にとっての課題を自覚できているかも評価します。自分の課題を自覚できていることは、裏を返せば、これから学ぶべきことがハッキリしていることの表れだからです。

 もちろん、改善の余地はたくさんあります。授業の進め方で言えば、交流の規模や内容が多岐に渡り過ぎて、全体を把握できないときがあります。現在注目しているのは、チャット機能です。チャット機能を使えば、交流の様子を遡って把握できます。そうすると、もっと一人一人に寄り添った助言ができると考えています。評価に関しても、振り返りの内容について個別に面談する機会を設けることが出来れば、学生の言葉にならない思いを汲み取って評価に生かすことが出来るでしょう。これらの方法についても、今後チャレンジしてみたいと考えています。


★ ここで紹介しているクリティカル・シンキングの考え方を詳しく知りたい方には、リチャード・ポール、リンダ・エルダー著『クリティカル・シンキング』(東洋経済新報社、2003)がおススメです。ビジネスパーソン向けに書かれた本で、読みやすいと思います。
★★ 「質問づくり」の進め方はダン・ロススタイン、ルース・サンタナ著『たった一つを変えるだけ』(新評論、2015)を参考にしています。
★★★ 「ミニ・レッスン」と「カンファランス」は、ライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップおよびそれを国語以外の教科に応用した実践の中心的な教え方です。ミニ・レッスンは5~15分ぐらいに時間を限定した一斉指導で、カンファランスは生徒や学生たちがひたすら書いていたり、読んでいたり、探究していたり、問題解決していたりする時に、教師が個別ないし小グループを対象に実態を把握しながら相談に乗る形で「指導と評価の一体化」を実現する教え方です。詳しくは、ブログWW/RW便り(http://wwletter.blogspot.com/)の左上にキーワードを入力して検索してください。

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