学生時代、算数・数学のもつおもしろさを教えてもらえなかった。挫折した。今こそ、考えるおもしろさとその魅力とりかえしましょう。苦手だなって思う人にほど、読んでほしい1冊がこの『教科書では学べない数学的思考: 「ウーン!」と「アハ!」から学ぶ』です。もちろん、算数・数学教育にかかわる全ての人にも!
この本の特徴は、これまでのように読んで数学的思考の知識を増やす本ではなく、実際に紹介されている問題を試行錯誤し解こうとすることで、数学的に考えるとはどういうことなのかを実感し、考えることができる本です。
著者は数学的思考とは、「私たちが対処することのできるアイディアの複雑性を広げ、そして理解を押し広げてくれるダイナミックなプロセス」と教えてくれます。さらに、「だれもが数学的に考えられる」というメッセージには大変、勇気づけられます。
この本は考えて理解するための問題が紹介されています。著者が繰り返し述べているように「まだ試していないなら、いま試してみてください」、ページをめくれば何度もしつこく「試してみましたか?」と先に読み進めようと思考の節約をする読者を挑発してきます。
かくいう私自身も最初は手軽に情報収集をしようと読んでしまい、全く歯が立ちませんでした。しかし、次に紹介する問題をじっくりと解いてみることで、数学的に考える楽しさや解ける面白さに加え、解けない楽しさも味わえることができたのです。
数ある骨太の問題の中から、おすすめの問題を一つ紹介します。
私はこの問題を解くことを通して、
① 数学的思考はプロセス
② 数学的思考はたった二つ
③ 数学的思考はとても情的なもの
この3つを体感することができました。ぜひ、この問題に挑戦してみてください。特に算数数学に苦しんできた人ほど、その数学イメージが刷新されるはずです。★
① 数学的思考はプロセスである。
数学的思考とは、「帰納的思考」や「演繹的思考」、「類推的思考」といった難しそうな思考方法だけでは決してなく、考える作業をまるごと体験するそのプロセスにあります。
一般的に授業では学習者にわかりやすいように、きまり探しをする場面の授業(帰納)、説明する場面の授業(演繹)といったように部分、部分で切り分けて授業展開されていきます。学習者にわかりやすく細切れに練習をすればするほど、数学的思考は一連の思考のプロセスであることがみえにくくなってしまいます。そこでは教科書の内容はカバーできる一方で、数学的思考の本質である「問題を入り口から最後まで解いてみる」「悩みながらも考え続けながら解こうとする」「解けた、または解けなかったプロセスそのものを振り返る」といった考え方を身につけることができません。
実際の問題解決場面では、自分できまりやパターンを見つけようと予想もするし、根拠を持って説明もします。解けないときには、これまで解いたことのあった似ている問題を探したりもします。問題を入り口から振り返りまでやってみること、そのプロセスこそが数学的思考でした。
② 数学的思考はたった二つでなりたってしまうこと。
これまでの数学的に考える方法には、帰納、演繹、類推だけにとどまらず、その思考方法はざっと数えただけで20以上もありました。★★これでは、携帯電話の決して使われることのない細かい機能のようなものです!多すぎて一体どの問題解決の場面で何を使っていいのか学習者には手に負えませんし、使いこなせる人はごくわずかな数学マニアだけでしょうか。
本書が示す数学的思考とは、シンプルな二つだけで成り立ってしまいます。「特殊化」とよばれるいろいろ試してみることと、「一般化」とよばれる筋道立てて説明をする、この二つの繰り返しで数学的思考を働かせて問題を解いていきます。
難しい帰納、演繹などの専門用語に頼らずとも、上で紹介した「ご婦人たちの昼食会」では絵に表して問題を解こうといろいろ試してみて(特殊化)予想をし、説明したり確かめてみる(一般化)といったプロセスの中で、問題解決し、どこが解けたっかけなのかを振り返りつつ、他の問題へも広げていく、そういった数学的思考を働かせることができてしまうことを教えてくれました。★★★
③ 数学的思考は感情的なもの。
算数・数学ギライの多くの人々が持つそのイメージには、論理的であるがゆえに直線的で、感情抜きの機械的な冷たいものがあるのではないでしょうか。実際に私たちが問題に取り組んでいるときは、「解けそう!」といった自信や、難しくて「うーん、これもう無理だ」といった気持ちに大きく左右されてしまうものです。
これまでの算数・数学の本では、あまり触れられてこなかったその心情面にも焦点を当て、分からないときの「ウーン」や、なにかひらめいたときの「アハ!」と添え書き(メモ)してしまうことで、自分の思考そのものさえも、解法のヒントとして活用することができてしまいます。さらには、自分の思考を一歩ふりかえりながら問題を解いていく、メタ認知の練習にもなっています。
上の「ご婦人たちの昼食会」問題でいえば、自分が今つまずいていることに気づくことがわかるようになり、冷静にそこまで取り組んだ解法を整理して、なにかひらめくことはないか冷静になることができました。
この本の数学的思考とは、弱音や喜びといった情的で人間的なものも受け止めて、解法にいかしていける。そんな、心の通ったものでした。
さて、これを読んでいるみなさんは、紹介した問題を挑戦してみましたか?やってみることで、より多くのことを学べるとはずです。「まだ試していないなら、いますぐ試してみてください」ね。
★この問題で求められている数学的思考ことはどんなことなのかは本書に譲ります。ぜひ、手にとってご覧ください。
★★日本では数学的思考の共通した定義づけはまたありませんが、数学的な考え方として教育課程部会の算数・数学ワーキンググループで参照にされていたのは片桐重男氏の数学的な考え方でした。それは約20以上の考え方があり、数学的思考を分類し特定することに意味はありましたが、多すぎるために、使いこなせるものとしては学習者に負荷が高すぎます。
教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(第3回)資料 P18
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/02/19/1367186_12.pdf
★★★なぜ、日本では人気の帰納・演繹といった言葉を使わないのか訳者の吉田新一郎さんから著者にメールをしてもらいました。すると、著者のケイ・ステイスィーさんは、「証明が十分に演繹なとき、思考錯誤の段階で、全ての思考プロセスが要求されています。そこでは演繹、帰納、類推、そして私が知らない他の考え方ももちろんのこと」とありました。つまり、どうしてそれが正しいのかを証明し、説明しようとするプロセスで、演繹、帰納などの推論がすでにおこなわれているからでした。また欧米では、証明には「mathematical induction(数学的帰納法)」と呼ばれる演繹的数学テクニックもあり、言葉の混同してしまうことをさけるためでもあったようです。
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