日本の教育でイノベーションという言葉が使われることは、まだあまりないと思います。★
イノベーション(英: innovation)とは、物事の「新結合」「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」(を創造する行為)のこと。一般には「新しい技術の発明を指す」と誤解されているが、それだけでなく「新しいアイディアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する」(以上、ウィキペディア)言葉です。
(https://projectbetterschool.blogspot.com/2015/02/agencyagent.html)と同じレベルで、教育や授業で大切にされていないといけない言葉/概念(考え方)です。教育や授業を含めて、イノベーションを大切にするとはどういうことかを考えていたら、いい資料を見つけました。それは、次にリストアップしたことを実践することが、イコール「イノベーションを大切にする」だというのですから分かりやすいと思います。
①生徒(学ぶこと)に焦点を当てる。
②疑問があったら、試してみる。
③まずは見本/モデルを作ってみる。
④協力して取り組む。
⑤曖昧さを受け入れる。
⑥常にマインドフルに行動する。
⑦
見える形で進める。
以下に解説を加えます。
① いま行われている教育や授業のほとんどは、残念ながら教師/教えることが中心です。生徒や学ぶことは、それに付随する形で「お付き合い」のレベルで存在していますから、学びの質と量は極めて少ないままが続きます。(これは、上記の「agency」と「engagement」と密接に関係しています。教師主導ないし教科書主導の授業で、これら2つをつくり出すことはほぼ不可能です。)それを生徒/学ぶことに焦点を当てることは、まさに新機軸であり、イノベーションです。ひょっとしたら、すべてを逆さまにやらないといけないぐらいの!
② 疑問や質問がわかないと、何も動き出さないことを意味します。それほど、現状を「おかしいんじゃないか?」「もっと他にいいやり方があるんじゃないか?」と思えることは大切だということです。教育や授業で、ベストの方法は存在しないのですから。
③ これは②と直結していますが、試すためには「見本/モデル」が不可欠です。まずは現状に代わる代替案をつくってみて、試してみるのです。そして、それをドンドン修正・改善していきます。★★
④ その際に、一人でするよりも、最低でも二人、願わくは三人ですることが望ましいです。よりよいアイディアを得るためにも、継続的に取り組むためにも。しかし、最初から人数が多くなりすぎると、イノベーションは起こらなくなってしまいます。今の多くの学校のように。『校長先生という仕事』で詳しく紹介されている「変化の原則」をしっかり認識することが大切です。(本ブログの左上に「変化の原則」を書き込んで検索すると、その一部が紹介されています。)
⑤ 教育と授業に、確実なものなどありません。学習指導要領や教科書ですら、時間と共に「変わります」。一つの指導案が、すべての生徒に対して機能することはありません。★★★ 対象や時間や、その場の環境や関係性次第で、臨機応変に対応することが欠かせません。曖昧さや不確実さを前提にすることが、イノベーションを起こすことに通じています。
⑥ 「マインドフル」という言葉も、「イノベーション」と同じレベルで、まだ教育界では受け入れられていない言葉の一つと言えるかもしれません。とても大切な言葉であるだけでなく、実践されることが求められています。『校長先生という仕事」の中(218~219ページ)では、「いろいろな視点から物事を捉えることができ、新しい情報等に心が開かれており、細かい点をも配慮することができ、従来の枠の中に納まっているよりもはるかに大きな、人々の可能性を信じることができる」ことと定義しています。それに対する「マインドレス」は、「物事への注意を欠いたり、柔軟性や応用力のない心の状態」です。両者を比較した表が掲載されていますので、興味をもたれた方は、ぜひチェックしてみてください。
⑦ 隠れてするのではなく、ブログ等でプロセスを含めて同僚たちには見えるようにしながら、実験を進めていくことが大切です。興味のある人には、常に門は開けておく、ということです。それによって、徐々に興味関心の輪を広げられるかもしれませんし、自分たちの実践のポートフォリオができ、かつ振り返りまでできますから、一石二鳥です。
来春には、教育とイノベーションをテーマにした本(日本の教育風土からは残念ながら出てこないので、翻訳書です)を出します! 楽しみにしていてください。
最後まで書いてきて思ったことは、「innovationやengagementやagency(+critical thinking)抜きで教育を語れるのかな?」ということです。しかし、そうであり続けているのが日本の教育? それは、真の教育とは言えるでしょうか? 単に、暗記と従順さや忖度を教えているだけではないでしょうか? (この辺についても詳しく書いてあるのが、『遊びが学びに欠かせないわけ』です。)
★ 日本でも、ビジネス/産業界ではだいぶ前から、この言葉は当たり前になっています。それなしでは存続できないので。
★★ ①~③を実際にモデルとして示してくれている例が、『成績をハックする』です。
★★★ 悲しいかな、これは歴然とした事実です。
Agencyという概念、OECD2030で知りましたが、吉田さんは3年以上前から唱えていたのですね。私も生徒のAgencyロールモデルになれるよう日々努力したいと思っています。
返信削除まっつさん、コメントありがとうございました。
返信削除思い返すと、私は、このagencyにずっとこだわり続けていると思います。
それは、出してきた本の根底に必ず流れていたからです。
特に、『言葉を変える、授業が変わる!』、『たった一つを変えるだけ』、『PBL』、『ギヴァー』、そして「作家の時間、オススメ図書」で検索して見つかる本のリストはすべて。
ある意味では、70年代の後半に「まちづくり」に興味をもった時からと言えます。各住民のagencyなしに、いいコミュニティーづくりは不可能ですから。
でも残念ながら、日本の教育と社会は、agencyとは反対方向に向かっている気がします。