エンゲージメントの問題を考えるときに、個人的に一番難しく感じるのが、難易度とエンゲージメントの関係です。
私は長らく高校の教員をしていて、いくつかのタイプの高校で勤務をしました。実業系の学校に勤務していたときは、できる限り魅力ある授業をして、多くの生徒を惹きつけていきたい。一人も取りこぼさないことを正義として、授業と向き合っていました。一方で、いわゆる進学校といわれる学校に勤めた時は、実業系の学校とは異なる課題に直面しました。全員が達成できるようなゴールを設定すると、事もなく、多くの生徒たちが達成してしまうのです。
英語教育では、目の前に赤いペンがあるのに、”What color is this pen?”のような、自明かつ単純な発話を繰り返すことを、必要な練習としてやってきました。外国語の構造を理解させ、習熟させるには、必要不可欠であると、考えられてきたのです。「明らかなことがらをただ発話させるだけといった知的レベルの低い活動は、学習者に退屈さと苛立ちをもたらす。(p.191)」★1 このようなことを、疑うことなくやってきたのです。★2
「能力と困難の黄金比」という考え方があります。チクセントミハイによると、「困難の度合いとその人間の行動能力との間に程よいバランスがとれたとき、退屈と不安の境界線上に喜びが現れる。」という考え方です。(p.190) 要するに、生徒のもっている力と学ぶことの難易度のバランスがうまくとれたときに、真のエンゲージメントが生まれるというのです。
私は、長年、現職の先生たちと、ブッククラブや研究プロジェクトを一緒にやってきました。その中で、ずっと気になっていることは、生徒たちに負担をかけたくないと考える「やさしすぎる」先生が多くいるということです。
生徒たちにストレスをかけたり、困難を経験させたくない。生徒たちに降りかかる負担や不安を取り除いてあげたいという気持ちは分かるのですが、その姿勢が行きすぎてしまうと、本当にワクワクするような学びから、生徒たちを遠ざけてしまうかもしれないのです。一見、やさしさのように見えて、実は、学びの豊かさや醍醐味を、先生が制限しているのかもしれないのです。
「望ましい困難」はある。このことを、常に意識して、生徒たちに、もっともっとチャレンジさせてみてはどうでしょうか。そこに、学びのエンゲージメントへの一つの突破口がありそうです。
★1 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク.
★2 もちろん、今では言語の構造のみに焦点を当てた授業は少なくなってきています。今の高等学校学習指導要領には、「論理・表現」という、外国語の科目とは思えないような名前のものがありますが、象徴的なものかもしれません。
「高校の新しい英語授業「英語コミュニケーション」「論理・表現」とは」
https://eikaiwa.weblio.jp/school/information/education/new-subjects-in-english/#:~:text=
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