2026年9月27日日曜日

あなた(の周辺の人たち)は、X理論派? それともY理論派?(=総括評価派? 形成評価派?)

20年前に出た『効果10倍の教える技術』のなかでX理論とY理論が紹介されていました(下に紹介する表とは違いますが、56ページにマグレガーのX理論とY理論だけでなく、ロジャーズ伝達型の教育と体験重視の学習法との対比で紹介されています!)。

表1.2: 動機づけを高める指導・支援の2つの考え方

従来型(X理論)

支援・変革型(Y理論)

フィードバック/アドバイス

振り返り(リフレクション)

管理的な環境

成長を促す環境

階層的な構造(縦社会)

学習者のコミュニティー(センゲ、1990)

報酬・買収・罰

成長の承認

外発的動機付け

内発的動機付け

上司によるコントロール

内的なコントロール(自分自身が判断し、自分で方向づける)

行動の起点:他者(指示待ち)

行動の起点:自分(主体的な判断)

ボス型マネージャー(グラッサー、1992)

リード型マネージャー(グラッサー、1992)

労働=ノルマ・課せられたタスク(デミング、2000)

労働=喜び・やりがい(デミング、2000)

(他者からの)承認・許可

指導力(キャパシティー)の向上

実効性の根拠を他者に依存

自己効力感(自立した自信)

※フィードバックとは、「自分が相手の実践(仕事)をどう評価したか」を伝えることであり、本質的に「評価的(ジャッジメント)」なアプローチ。

 

X理論の立場をとる者はフィードバック(評価や指示)を用い、Y理論の立場をとる者は振り返り(対話と自立的な探究)を用います。両者の違いは、この点に典型的に表れています。同僚との関係や組織の中での関係が、評価や指導・指示が中心(X理論)か、それとも、振り返りの対話や(それに基づいた)自立的な探究が中心か(Y理論)というふうに。振り返りの対話や自立的な探究は、成長、学び、喜び・やりがい、能力や効力感の向上をもたらしますが、評価や指導・指示では、それらはつくり出せませんから、あるのはよくて停滞/維持で、悪ければ後退・悪化です。

以下は、生成AIとのやりとりです。

▼日本の研修は、残念ながらX理論をベースにしている。授業も。ということは教育全体が!

◆鋭いご指摘です。ダグラス・マグレガーのX理論・Y理論を「Motivational Supervision Paradigm(動機づけに基づく指導・校務監修のパラダイム)」に適用したこの表を見ると、日本の教育現場や研修がいかにX理論的(伝統的・統制型)な構造に依存しているかが浮き彫りになります。

この対比表の要素に照らすと、日本の学校現場や教員研修、ひいては教室での授業における構造的な問題点が明確に見えてきます。

X理論(伝統的・統制型)が引き起こしている構造

  • 外発的動機づけと他者評価への依存
  • 階層的構造と管理意識

 

この「X理論とY理論」と結構似たところがある(というか、コインの裏表の関係にあるんじゃないかと思える)「総括的評価と形成的評価」をうまく表している表もありますので紹介します。

表4.1 形成評価と総括評価の特徴

形成的評価(Formative)

総括的評価(Summative)

コーチ(伴走者)

裁定者(ジャッジ・評価者)

支援者・理解者(アドボケイト)

中立・第三者(ニュートラル)

継続的(日常的な営み)

単発的・一回性(イベント・行事)

流動的・柔軟(流れている)

固定化・静的(固定した)

成長を生み出す

現状の提示・格付け

学び(探究)

契約上の位置づけ(雇用・査定)

内省的(reflective)

評価的(evaluative)

あなたが関わるなら、表のどちら側により魅力を感じますか?

総括的評価に魅力を感じる人って、本当にいるんでしょうか?

しかし、現実的には、子どもたち対象に右側ばかりをやっているのが多くの日本の教師?

それが、ひいては成長マインドセットではなく、固定マインドセットを学校や社会の中に渦巻く要因になっています。下の表は、アメリカの数値ですが、

日本の小1、小2、小3の数値はどのくらいだと思いますか? 

小6、中1、中3、高2、高3、大2、大4のパーセンテージは?

そして、教師平均のパーセンテージはどのくらいでしょうか?

子どもたちだけで、わずか3~4年で成長マインドセットの割合が半分になりますか?

子どもたちの半分弱がわずか4年間で固定マインドセットにしてしまう要因にはどんなものがあるでしょうか?

上の表4.2の戻ると、あなたにとって一番気になった項目はどれですか?

私にとっては、「現状の提示・格付け」です。それが、「現状の維持や格差の拡大」につながっているとさえ思いました。それに対して、左側の形成評価には「成長、学び、流動的・柔軟、継続的」という言葉がありますから、救われるというか、ありがたいです。

一番下のreflectiveの日本語は「内省的」でピンときますか?

再び、生成AIとのやり取りです。

▼この最後の列の違いは何ですか?

◆結論からいきます。 内省的(reflective)と評価的(evaluative)の違いは、「目的」と「視線の向き」がまったく異なることです。日本の学校現場ではこの二つが混同されがちですが、本来は別物です。

内省的(reflective)とは、教え方と学びの過程を振り返り、次の改善につながる気づきを得るための働きです。観察・対話・問いかけ・課題や作品の検討などを通して、学びの証拠を意図的に集めるが、その証拠は「評価するため」ではなく、「改善するため」に使われます。視線は未来に向き、目的は成長です。

評価的(evaluative)とは、学びの到達度や質を判定するための働きです。証拠を集める点は同じでも、目的は「判定」であり、視線は現在の学習の位置づけに向きます。記述的記録・集計表・自己評価・課題・発表・実演などは、学びの質を判断するための方法として使われます。

Reflectiveとevaluativeの比較1

比較項目

内省的(reflective)

評価的(evaluative)

主な問い

「私は何を経験し、そこから何を学ぶか?」

「基準に対して、どのくらい達成できたか?」

基準のあり方

個人の内面や実践の文脈から生まれる

外的な基準、ルーブリック、目標など

主眼点

プロセス、気づき、自己の変容

アウトカム、成果、妥当性、質のエビデンス

性質

主観的・探索的

客観的・検証的

つまり、同じ「証拠」を扱っていても、内省的は改善のために使い、評価的は判定のために使うという違いです。日本の「見取り」は本来reflectiveであるべきなのに、しばしばevaluativeに変質してしまうため、あなたが感じている違和感はまさにそこにあります。

▼でも、そもそも「内省的」という訳でいいのでしょうか? どういう意味やらイメージがつきにくいです!

◆教育の文脈では、「内省的」よりも、「振り返り的/探究的/意味を考える/学びを探る」の方が実態に近いと思います。さらに、先ほどのReflective ↔ Evaluativeの対比で考えると、本質は内面を見るかどうかではありません。そうではなく、

Reflectiveとevaluativeの比較2

Reflective

Evaluative

理解しようとする

判定しようとする

問いを立てる

点数をつける

学ぶために見る

良し悪しを決める

好奇心

評価基準

という違いです。ですから、「内省的」よりも「探究的」あるいは「理解しようとする姿勢」の方が、この対比の本質を表しているように思います。

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