新年度が始まりました。あれもやりたい、これにもトライしたい。とてもポジティブな空気に満ちているでしょうか。それとも、新しいスタートに強い不安を抱えて、おしつぶされそうになっているでしょうか。
一喜一憂しても仕方がないと思いつつも、日々起こりうる出来事、多様な子どもたち、難しい保護者への対応などなど、数多くの物事に出会い、意思決定をし、前に進んでいく。教職という仕事は、実に幅が広く、人間的で、複雑。もちろん、そこに他の仕事では得られない、達成感やよろこびもあるのですが。
様々な思いの中でスタートしたであろう新年度。この一年間を、より良いものにするために、ジャーナリングに取り組んでみませんか。★1
なぜ、ジャーナリングをお勧めするかというと、多忙な日常の中で、気づけなかったこと、見逃していたこと、新しい発見などをもたらしてくれる、とても良い方法だからです。
私の2025年12月のジャーナルのエントリーです。
「この授業も3サイクル目に入りました。昨年、大改革を行った後半戦です。今年はさらに内容を精選して、よくなったと感じています。いや、むしろ、自分自身の「肩の力が抜けた」ことで、学生諸君がエンパワーされたと言った方が良いのかもしれません。学生MC(その日の授業リーダー)を4名毎回置いているのですが、彼ら彼女らの最後のリポートには本当に感心します。「おー、こんなことに気づいているのか」と思うことは一度や二度ではありません。長らく教員やってきて、ほぼ終着点が近づいたところで、気づくのですね。」
続けて、2026年1月。
「昨年も繰り返し書きましたが、捨てることで、内容が充実していくということ。Less is moreという言葉がありますが、まさにそれ。無駄を削ぎ落とすことで、本質的なところが充実してくるということ。色々な角度から見てもらいたいと思って、事例をたくさん用意して、これまでは、それらを見せていた。でも、少し「くどい」気がしていた。今年は、それらを毎回削ぎ落としていった。毎回、一瞬、逡巡する。せっかく、集めた事例やモデルなのに!と。しかし、削ぎ落とすことで、伝えたいことが焦点化できていったような気がする。教師が必要だと思うこととと、それを全て受け入れられるかどうかということは、別物のようです。」
さらに、2026年2月。
「僕自身が関与を下げたことによる、学生たちの主体的な動きの実現。主体性、エイジェンシーなど、学習者に学びの権限を委譲することについて、理屈では分かっていて、その大切さを、ことあるごとに語っていたに、自分自身が満足にできていなかったことを悟った。どうしても、手放す勇気がなかったのかもしれないですね。いやむしろ、自分自身が主役でいたかったのかもしれません。」
学習者に学びの権限を委譲することの大切さについては、ずっと前から気づいていたし、認識はしていたんだけど、実際、教室の中では、それが真に実現できていたとは言えなかった。
そして、それは長年の私自身の問題意識でもありました。そのような問題意識を、ずっと持ち続け、ジャーナルの中で、自問し、行動を変えることで、やっと、自分の描いていたものに近づいていった実感があった。
これは日々流れている、実践や思考、感情を少しづつでも、書き留めていったことによって、もたらされた気づきではないかと思います。
私が取り組んできたジャーナリングの進め方を紹介しておきます。2015年に、7−8名のグループで、ブログを使ったジャーナリングを始めました。Googleのフリーのサービスである、Bloggerを使って、各自が個人のBlogをもち、そこに日々の授業実践について、ジャーナルを書いていきます。学習者の固有名を使った方が、生き生きと語りやすいということで、非公開のブログにしています。
特に、記入する内容や形式は定めていないので、各自が書きやすい方法で、自由に書くようにしています。形式や報告よりも、自分の経験や振り返りを書くことを重視したいからです。
私は、[Procedure]としてその日の流れを数行で記し、その後に[Reflection]として、感じたこと、気づいたことを書くようにしています。その際、できるだけ、学生たちの様子が分かるように(自分が後から思い起こせるように)、写真やビデオを掲載するようにしています。
ジャーナルを書くことの意義については、メンタルヘルスのため、思考の整理・生産性の向上、自己理解・自己成長、生活の質の向上、振り返りと今後の計画などが挙げられています。
私は、ジャーナルを書くために、立ち止まって、考える。その時間を取れることが最大のメリットだと感じています。通常であれば、やり過ごしたり、流れていくだけの出来事について、じっくりと向き合うことになる。向き合い、考えをめぐらさなければ、書けませんから。
なお、このブログは、メンバーのみが閲覧可能で、お互いがジャーナルを読み合い、コメントを記入し合うようにしています。当初は、ピア・メンター的な役割をお互いに果たし合おうと話していたのですが、そこはうまくいきませんでした。メンターやコーチとして、仲間に関わる余裕も知識もなかったことが原因だろうと思います。
しかし、一言でも、反応があることは、重要でした。もちろん、返信を期待して書いているわけではありませんが、自分のエントリーに対して、何らかの反応があることは、このような取り組みが継続されるためには、とても重要な意味を持つと思います。
10年以上続けてきて実感することは、これらの思索が、蓄積され、いつでも読み返せるということです。「時間をかけて蓄積してきたジャーナルを読み返すことで、その中に何らかのパターンのようなものがあることに気づき始めました。折に触れて、読み返すことで、読み返すプロセスこそが、ジャーナルを書くことそのものよりも重要であると気づいたのです。」★2
私たちのジャーナリングの実践では、ジャーナリングの蓄積を振り返りにつなげる工夫をしています。月に1回、1ヶ月間のジャーナリングを振り返る、全員の集約版ブログを準備しています。メンバーは、1ヶ月分のジャーナルを読み返し、次の質問に対する自分なりの、振り返りを書きます。
---Blog Journaling 毎月の振り返り質問---
1.この間、心が動いたことは? 嬉しかったこと、悲しかったことは? 人に伝えたいことは?
2. 実践のハイライトは何でしたか? 特に、よかったことや成功したことです。 うまくいった要因は何だと思いますか?
3. うまくいかなったことはどのようなことでしたか。児童・生徒が動かなかった時や自分らしさを発揮できなかった時です。 それらに共通することは考えられますか? パターン/傾向のようなものです。
その他、何でも気づいたこと、思ったことは
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日々のジャーナルは、気軽に書いたとしても、月に一回の、この振り返りの質問に答えるときに、いつも筆が止まる(立ち止まる)と皆さん言います。
日記をつけたり、マメに手紙を書いたりするわけではない私ですが、書き続けることで、実に多くの学びも気づきも生まれたと思っています。
多忙な、学校の仕事の中で、バーンアウトしてしまっている人も多いと思います。でも、それを超えるには、一歩踏み出して、自分に良い負荷をかけるしかない。その一つの方法がジャーナルを書くことだと思います。
まずは、しばらく続けてみませんか?
★1 吉田新一郎(2006)『「学び」で組織は成長する』光文社新書,pp31-42 などに紹介されています。
★2.Thomas Farrell(2013)Reflective Writing for Language Teachers, equinox, p.85から。
「当初は、ピア・メンター的な役割をお互いに果たし合おうと話していたのですが、そこはうまくいきませんでした。メンターやコーチとして、仲間に関わる余裕も知識もなかったことが原因だろうと思います」のところがかなり大事です。
返信削除私が市販の出版物という形での成果を目的にやっている交換ジャーナルは、この部分が特に大事です。コメント/フィードバックの量と質が実践を左右しますから。そして、その質がいいと、どんどん相互の振り返りの質も、実践もよくなっていきます。
最後の部分の「メンターやコーチとして、仲間に関わる余裕も知識もなかったこと」に関しては、このブログhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2012/08/blog-post_19.htmlで紹介している「大切な友だち」を練習して自分のものにできるか否か、モデルで他のメンバーがそれをやってくれているか次第で、格段にいいコメント/フィードバックができるようになります。(ちなみに、この大切な友だちは、小学校の中学年生もみごとにやれますし、最後の「愛を込めたメッセージ」=ファン・レターは宝物として取っておく価値のあるものになります! そして、コメント/フィードバックを送る側にも多くの学びを提供します。「大切な友だち」を意識して他のメンバーのジャーナルを読む時と意識しないで読む時に得られるものは大きく異なるからです!)
さらには、ジャーナルを書き続けることのメリットは、実際の成果物である本を書く際の練習にもなります。20年ぐらい同じことをしていて、先生たちの文章力はドンドン低下しています。(いったい何が原因なのでしょうか? 書かなくてもいい世の中になりつつあるのかも、とまで思わされます!)