2024年6月29日土曜日

論理国語と文学国語

 

令和4年度からの高等学校での学習指導要領改訂のなかで、国語科に大きな変更がありました。それまでの国語が文学作品の読み取りに偏りすぎていたという声を受けて、「実社会で使われるような文章を読ませるべき」という考え方に基づいて、必修の「現代の国語」のほかに、選択教科として「論理国語」「文学国語」が設けられることになりました。

(それ以外に、従来の古文の内容も含む「言語文化」が必修科目で、選択科目として「国語表現」「古典探究」が設置されました。「国語表現」は、「実社会において必要となる、他者との多様な関わりの中で伝え合う資質・能力の育 成を重視して新設」(学習指導要領解説編)され、「古典探究」は「ジャンルとしての古典を学習対象とし、古典を主体的に読み深めることを通して伝統と文化の基盤としての古典の重要性を理解」するという科目構成になっています。)

 

この「論理国語」の学習指導要領の解説にある文を取り上げて、分析している本があります。それが『文章は「形」から読む』(阿部公彦・集英社新書・2024)です。

そのなかに面白い一文があります。それは「論理国語」の学習指導要領における解説です。

共通必履修科目により育成された資質・能力を基盤とし、主として「思考力・判断力・表現力等」の創造的・論率的思考の側面の力を育成する科目として、実社会において必要となる、論理的に書いたり批判的に読んだりする資質・能力の育成を重視して新設した選択科目である。 

この文章は一見すると色が特についていなくて、明晰そうな感じがします。それを先ほどの『文章は「形」から読む』の著者・阿部さんは文章の形に注目して、次のような特徴を指摘しています。(同書24ページ)

・内容が列挙的もしくは箇条書き的にならべられている。

・説明するために立ち止まったり、詳細を差し挟んだりせず、一本調子に文章が進んでいく。

・文言の重複がある(ただし、何のための重複なのかははっきりしない)

 

そして、さらに次のように続けています。(同書25ページ)

 

なぜこの文章はこのような「形」をとっているのでしょう。また、結果としてそこからどのような効果が生まれるのでしょう。

そこで、頭に入れておきたいのは、この文言の背後にさまざまな会議での討議や、行政的な手続きなどがあり、その「まとめ」としてこうした一節が書かれているということです。実際、こうした列挙をされると、含みとしては「こうした文言ができあがるまでには、一言では示せないが、さまざまな思慮と狙いがあったのだ。それをなるべく網羅的に言えば、こんな感じなのだ」という姿勢がありそうです。

 

 要するに、学校現場の先生方に、「確かにこの科目につついては、もれなく言ったからな」という姿勢であり、「みなさんの意見を聞く気はない。後はここに書かれているねらいに沿って頑張りなさい」と宣言しているようなものです。阿部さんの言葉を借りれば、

「君臨し、規定し、従属を命ずる構えが見え隠れする」(同書26ページ)ということです。

 また、先ほどの特徴として挙げた3点のうちの一つである「文言の重複」に注目し、阿部さんは次のように指摘しています。(同書33ページ)

 

 この短い一節の中に、「資質」「論理」「思考」といったことばが繰り返されている。作成者は、これらが今回の学習指導要領の中で鍵となる重要な理念だから、何度も繰り返すことで強調しようと思ったのでしょうか。しかし、これでは逆効果。文章とは不思議なもので、無駄にことばを重ねるとかえって読み手は注意を払わなくなってしまう。ことばは重ねれば重ねるほど力を失い、意味が希薄になっていくことが多いのです。

 

 つまり、学習指導要領の文章ですら「形」に注目することでいろいろなことが見えてくるわけです。ましてや「実社会で必要となる文章」をきちんと読むためにも、文学作品も含めたさまざまな文章を読むことが大切だということです。「論理国語」を解説するための文章が読み手に伝わらない文章になっていたというのは笑えない話だと思います。そうなると、「論理国語」と「文学国語」という区分け自体が果たして正しいことなのかと疑問になってきます。

「国語の時間に文学作品を扱うのはもういい。実社会に役立つ契約書やマニュアルの読み方をしっかり勉強させろ」という産業界からの要請がこうした科目の新設の背景にあるとすれば、「この国の国語教育は危うい」と言わざるを得ません。

 相変わらず、「読むこと」と「書くこと」を別物としてとらえる考え方からも抜け出せずにいます。周回遅れのやり方にしがみつくのは、国語ばかりではありませんが、それを吹き飛ばすような大胆な実践を期待したいものです。

 

最後に『文章は「形」から読む』からもう一つ紹介します。

4章「断片を読む」では、ニュース記事の見出し、メモ、注釈などを「断片」として扱っているのですが、その特徴のまとめとしてあげた中に次の一文があります。(119ページ)

 ・情報は短く断片的であるだけで、注目に値するものであると感じられることがある。ことばは、多くを語らないことでこそ、むしろ多くを語る。

 

この文に接したときに、じっくりと噛みしめたいものだと思いました。私たちは文章を書くときに、「伝えよう」という気持ちから、ついあれもこれもと詰め込みたくなりますが、それは逆効果だということです。この本の帯にもありますが、これは「画期的な日本語読本」の一冊であることは間違いありません。

 

 

2024年6月23日日曜日

(若手)教師におすすめの本・第2弾

 前回https://projectbetterschool.blogspot.com/2024/05/blog-post_19.html

は5人の日本の先生たちのおすすめの本を紹介しました。今回は、6人の先生たちのリストを紹介します。

その前に、前回の記事では「常に、学び続けているモデルを生徒たちに示し続けることが教師の大切な役割ではないでしょうか? そのためには実験というか、新しいことにチャレンジし続けることが不可欠です」と書きました。教師の役割について書いてあるとてもいい本があります。

 ピュリアスほか著の『教師―その役割の多面性』(文教書院、1970年)です。全部で22の教師の役割が紹介されています。これは、55年前に出版された本なのに、内容的には今でも十分に参考になります(ということは、教育分野の成長の速度があまりにも遅すぎるということ?)。

それでは、先生方の本のリストをお楽しみください。(と同時に、ご自分のリストをぜひつくって、pro.workshop@gmail.com宛にお送りください。その方が、はるかに学べます!)


F先生(大学・国語専門)

1『一斉授業をハックする』新評論

2『教えることの復権』ちくま新書

3『雑文集』村上春樹、新潮文庫

4『読んでいない本について堂々と語る方法』ちくま学芸文庫

5『現代思想入門』講談社現代文庫

6『幼児期』岩波新書

7『種をまく人』あすなろ書房

8『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー』早川書房

9『アフォーダンス入門 知性はどこに生まれるか』講談社学術文庫

10『学力とは何か』中内敏夫、岩波新書

『みんな羽ばたいて』と『たった一つを変えるだけ』

 

G先生(中学校、理科) ~ 思いついた順です

ジェニ・ウィルソン (), レスリー・ウィング・ジャン (), 吉田新一郎 (翻訳)『増補版 「考える力」はこうしてつける』新評論、2018

岩瀬直樹 ()『クラスづくりの極意―ぼくら、先生なしでも大丈夫だよ』 農山漁村文化協会、2011 

ダン ロススタイン (), ルース サンタナ (),吉田 新一郎 (翻訳)『たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」』 新評論、2015

平野朝久(著)『はじめに子どもありき』東洋館出版、1995

佐伯胖 ()「学び」の構造』東洋館出版、1975

今井むつみ(著)『学びとは何か――〈探究人〉になるために』岩波新書、2016

ピーター・グレイ (), 吉田 新一郎 (翻訳)『遊びが学びに欠かせないわけ―自立した学び手を育てる』新評論、2018

 

H先生(高校・英語)

宇佐美寛『私の作文教育』さくら社, 2014

人は、ある読者に何らかの影響を与えようとして文章を書く。----この目的を達成するために必要なことは何でしょうか。そして、この立場に立つと、いかにひどい文章が巷に溢れていることでしょう。著者はそれを嘆き、丹念にそれを批判していきます。それを通して、一文一義、引用する、細部を具体的に書く、などの大切さを伝えています。

宇佐美寛・池田久美子『対話の害』さくら社, 2015

対話は、それ自体は善でも悪でもありません。ただし、強い立場の者が仕掛けた対話には警戒を要する、と著者は言います。テレビでも放映されて話題になった、マイケル・サンデル氏の「ハーバード白熱教室」の実践を、実証的に批判しながら、授業づくりの本質に迫ります。

田中克彦『ことばと国家』岩波新書, 1981

ある時期まで国語の教科書に載っていた、ドーデの「最後の授業」の作品で、フランス語教師のアメル先生が、アルザス地方を去る時に、「フランス語は世界で一番美しいことばだ。」と言い、「フランス万歳!」と黒板に書いた場面は、矛盾に満ちていると著者は言います。国語や外国語教師だけでなく、すべての教師に勧めたい1冊です。

長田勇・桜井均・石井仁・遠藤忠『なぜ少女は走ったか---文化分析としての教育学』川島書店, 1990

生徒のためにという大義名分で行われた、罰マラソンで、少女が死んだ。----教師の何気ない行為、それを疑うことがない日常の信念の中に、大きな問題が隠れていて、時に、それが悲惨な結果を引き起こします。様々な事例を取り上げ、具体的に分析と検討することで現代の学校教育の問題を考えます。

小浜逸郎『学校の現象学のために』大和書房, 1995

「子供は天使である」「悪いのはいつも大人であり教師だ」「子供は学びたがっている」「学校では子供が神様だ」といった世間の通俗的な言説を、著者は切れ味よく批判していきます。子供中心主義か管理主義かといった二項対立の言説に依拠することで、学校現場の現実が見えなくなっている、と著者は警告しています。

向山洋一『いじめの構造を破壊せよ(教育新書121)』明治図書, 1991

いじめ問題を根本から解決する具体例を読むと、教師がいじめをする子供の差別構造に気づかせ、子供に心底から後悔させることが大切だと著者は言います。論旨は明快で、方法論も確かです。向山氏の初期の著作で、入手しにくくなっていますが、この本は優れた本だと思います。

鶴見俊輔『教育再定義への試み』岩波書店, 1999

「人は、生まれ、育ち、おいて死ぬ。その一生を支え続ける『教育』は可能か」と帯に書かれています。

葛藤に満ちた自分自身の人生体験と、様々な人々との交流を振り返りながら書かれている本書は、単なるハウツー本にはない深さがあります。私にとって大切な本です。(この本も1990年代ですね!)

 

I先生(元中学校理科、校長、大学教授)

 『たった一つを変えるだけ』(新評論)・・・まずはここから。

 『世界は一冊の本』(みすず書房)・・・本がいかに大切か

 『ギヴァー』(新評論)・・・世界・歴史・人間を考えるために

 『心の病気をどう直す』(講談社現代新書)・・・心の病とどう向き合うか

 『学校の戦後史』(岩波新書)・・・これまでの日本の教育の歴史を踏まえる

 

J先生(中学校理科、現在小学校校長)

ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ

「考える力」はこうしてつける

オープニングマインド

作家の時間

宿題をハックする

不安な心に寄り添う

質問・発問をハックする

ケーガン協同学習入門

人的環境のユニバーサルデザイン

「読む力」はこうしてつける

学びはすべてSEL

 

K先生(中学校・英語)

EQ20』『チーズはどこへ消えた』『ケーキの切れない非行少年たち』『発達障害の人がみている世界』『飛びはねる思考(東田直樹)』『さあ、才能に目覚めようストレングスファインダー20』『7つの習慣』『ライフシフト』『他者と働くーわかりあえなさ から始める組織論』『本当の心の力』『自分の小さな箱から脱出する方法』『ものがわかるということ』『好きノート(たにかわしゅんたろう)』『ことばのかたち(おーなり由子)』『すきなこと にがてなこと』『21世紀に生きる君たちへ(司馬遼太郎』『14才の君へ(池田晶子)』『せんせいのつくりかた これでいいのかな と考えはじめたわたしへ』『SELを成功に導くための5つの要素』

2024年6月16日日曜日

教師の働き方(あり方・生き方)を変える2冊の本を読み比べて

 以前は国語教師で、いまは仙台市で管理職をしている飯村先生が書いてくれた2冊の本の「読み比べ」を紹介します。

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 読んだのは、『学校がしんどい先生たちへ それでも教員をあきらめたくない私の心を守る働き方』と『教師の生き方、今こそチェック! あなたが変われば学校が変わる』でした。

 「学校がしんどい」というフレーズに、「わかる、わかる」とうなずく先生は全国に数多いのではないでしょうか。世の中の「働き方改革」の始まりと時期を同じくして、学校の多忙が問題として扱われるようになり、既に数年が経ちます。それでも、こうした本が昨年出版され、そして多くの読者を得ています。つまり、学校の多忙の問題をなかなか変えることができず、そして今なお先生方の心身の健康を削っているということです。

 そんな現状に対して、私たち教員はどうすればいいのか。そのヒントを与えてくれるのが、本書です。「働き方」、「教室」、「職員室」、「保護者」、「プライベート」の5つの分野で、その「しんどい」状況を語り、著者のゆきこ先生がどのようにそれを受け止め、しのいだのか、ということを説明しています。挙げられた話題は、日本の先生ならどれも「あるある」と思い当たる内容です。読者はゆきこ先生のしのぎ方、かわし方をヒントに、自分の身の処し方を考えることができるでしょう。

 一方、一昨年に出版された『教師の生き方、今こそチェック!』は、教師としてバーンアウト(燃え尽き)に陥った人が再生するまでの手引き書です。海外でも教師の「燃え尽き」は大きな問題となっています。もちろん、海外の学校・教育事情と日本のそれとは異なる点がありますが、学校や教育に対して情熱を持っていたはずの人が燃え尽き、疲れてしまっている点は共通のものです。教師としての自分の生き方を見つめ直し、この先、再び疲れてしまっても再スタートできるような手順が紹介されているので、読者はステップを踏みながら再生の道筋を考えることができるでしょう。

 いずれも、教師として学校に疲れている先生方を対象とした本です。この2冊を私なりに解釈し、いくつかの点で比較し、表にまとめてみました。

 このようにみると、『学校がしんどい先生たちへ』は、今現在、学校が辛いと感じている人がひとまず難を逃れ、身を守るために有効だと思いました。実際、紹介されている状況は、多くの先生が体験し、感じている事柄だと思います。日本の現状がすぐ変わるわけではないでしょうから、これらの問題に対する具体的なかわし方はとても参考になることでしょう。

 しかし、ひとまずその場をしのいだとしても、その後、充実した教師人生を送ることができるのか、という疑問が残ります。この本に則って、不要な仕事を減らし、授業での手間も省き、ストレスになるあれこれをかわし、プライベートを確保する、というやり方を採用したとして、本当に納得のいく学校生活、人生になるのでしょうか。もちろん、プライベートは人それぞれ。空いた時間で何をするかは自由ですから、そこまで指図する必要はないでしょう。しかし、その部分のケアも必要な先生はいるのではないでしょうか。

 そうなると、『教師の生き方、今こそチェック!』が生きてくると思います。この本では、ステップを踏んで、自分の問題を把握し、価値観を見つめ直し、自分がどういう人生を歩みたいか、というところまで踏み込んでワークが準備されています。この手順に沿っていけば、自分がどんな人間で、どんな強みがあって、どのような教師人生を送りたいかが見えてくると思います。もう一度、立ち上がるための部分が充実しているのがこちらの本の特長です。

 スティーブン・コヴィーの『七つの習慣』を読まれた方は多いと思います。自己啓発本の最たるものとして有名であり、そこに書かれているのは、まさに自分自身を変えることで環境の捉え方、関わり方を変えていくことです。『教師の生き方、今こそチェック!』も同様です。おそらく著者アンバー・ハーパーは『七つの習慣』の影響を受けており、燃え尽きて疲れた教師を変化させることを使命と感じている人です。この本を読めば、きっと自分の人生を変えることができるでしょう。

 まとめると、現状に疲れて、ひとまず難を逃れ、一息つきたい人は、まず『学校がしんどい先生たちへ』を読むとよいと思います。そして、その後、『教師の生き方、今こそチェック!』を読んで、具体的なワークを通して、充実した人生を目指していくのがよいのではないでしょうか。

2024年6月9日日曜日

算数・数学が得意になるためのメタ認知の活用

算数や数学が得意な人にはどのような特徴があるのでしょうか。これまで観察してきた生徒たちの中には、がりがり勉強して知識や解法パターンを暗記する子たちもいましたが、特に上手くいっている生徒たちは意図的にメタ認知を使っているように思います。

 

メタ認知とは、自己の思考や学習プロセスを意識的にコントロールする能力です。これにより、生徒たちは創造的で自立的になり、柔軟な問題解決能力を持つようになります。メタ認知を学ぶことで、生徒は好奇心旺盛で学習に熱心になり、多様な視点を受け入れることができるようになるのです。さらに、問題解決能力だけでなく、コミュニケーション能力や共感力、自己制御能力も向上しますので、取り組まない手はありません。

 

しかし、試験や成績に振り回され、学校や家庭、職場においてもメタ認知の重要性が奨励されることはあまりありません。では、このメタ認知を算数・数学の学習にどう取り入れられるのでしょうか。

ジョン・ハッティは、70,000件の研究と3億人の生徒からの調査をもとに、効果的な教育的アプローチを明確にしました。彼の研究によれば、メタ認知に取り組むことは0.750.4以上が効果的)という高い効果を持ちます。具体的方法についての詳細は示されていませんが、生徒が自分の進歩を報告することが非常にメタ認知的であると述べています。

 

ここで重要なのは教師の役割です。教育者のポール・ブラックとディラン・ウィリアムは、『学習のための評価(未邦訳)』というアプローチを提案し、生徒が現在どこにいて、どこを目指すべきか、そしてそのギャップを埋める方法を提示することが重要だとしています。これは、算数・数学ワークショップ「数学者の時間」においけるまさにカンファランスアプローチと呼ばれるものです。

ここに授業で効果的に使える9つの数学的ツールを紹介します。これらのツールはメタ認知を高め、算数・数学の学習に大いに役立ちます。たまたま数学的思考について調べていたところMathish.orgHPで見つけたものですが、明日からの教室に大いに役立つものです。




 

メタ認知を高めるための9つの数学的ツール

①一歩、さがってごらん

馬鹿らしいと思うかもしれませんが、問題を声に出して読んでみることをお薦めします。問題から一歩下がって、この問題が私に何を「求めているのか」を考えることが大切です。ほとんどの人は問題を読んだら、すぐに「できそうだ」と考えるか、またはすぐにあきらめてしまうかのどちらかに陥ってしまいます。

 

②問題を絵にしてみよう

これはすべての問題に応用でき、この方法の価値についてはいくら言っても足りないくらいです! 数学が得意な人とそうでない人とを分ける脳の活動部位は、脳の視覚野に由来することがわかっています。早速、絵にしてみたり、触れるものに置き換えてみましょう。

 

③ 他の方法はない?

問題に対する別の解法を考えることです。生徒の解法速度に差が出てしまうときや、数学が優秀な生徒には特に効果的です。これにより、生徒が数学的な多様性をもって考えることができるようになります。多様な考え方により概念を獲得しやすくなります。

 

④ どうしてそうなるの?

「どうして、そうなるの?」という論理的な説明を繰り返し生徒に問い返します。「なぜ、そうなるのか」を知ることは、生徒が数学の問題の特徴を理解するために非常に重要です。特に女子は、男子よりもこのような深い理解を望む割合が高いことがわかっています。

 

⑤ 問題を変えてみよう

数や形を変えることで難易度を操作し、問題解決の柔軟性を高めます。つまり、問題を理解しやすく、計算しやすく、見やすくしてくれます。数学の得意な生徒がこっそり行っている数学的行動のひとつです。

 

⑥より小さなケースを試してみよう

より小さな事例に変えて問題を解くよう生徒に求めます。例えば、8×8のチェス盤にいくつの四角形があるかを求めるには、まず2×23×34×4のチェス盤を調べて、そこに隠れているパターンを見つけることから始めます。

 

⑦パターンとつながりをみつけよう

この問題に隠れているパターンや規則はありませんか。または、これまで習ってきたこととのつながりはありませんか。見つけてみましょう。これこそ算数・数学の美しさに触れられるよい機会です。

 

⑧予想してごらん

生徒に自分なりの予想を考えさせることです。数学における予想は、まだ証明されていないアイデアの段階のものです。科学ではこれを仮説と呼びます。数学においては、解き方を重視するあまり、多くの生徒は予想するような、自由に考えるゆとりや遊びの価値を見落としがちです。

 

⑨疑い深くなろう

数学ではどうしてそう考えたのか、その理由を共有することが非常に重要です。なぜ自分がこの解法を選んだのか、この解法の論理的なつながり、そしてなぜこれが有効なのかを説明・説得することはとても重要です。これは「推論」と呼ばれ、数学の本質です。この推論には3つのレベルがあります。最も低いレベルでは「自分自身」を納得させること、次に「友人」を、さらには自分の考えを「疑っている人」を想像して説得することです。算数・数学において、推論と疑うことは強力な対をなします。

 

 

これら9つの方法は、どんな数学問題にも役立つはずです。特に数学の授業においては、学習内容を教えることに夢中になるあまり、積極的に使われていないものがあったのではないでしょうか。学習者のメタ認知を磨くために、大きな力を与えてくれるものです。ぜひ使ってみてください。

2024年6月2日日曜日

学校の危機を救うインストラクショナル・コーチング

深刻な教員不足が大きな問題となっています。志願者の大幅な減少、早期退職者の増加。解決する気配の見えない働き方改革など、日本の教育の衰退の序章ではないかと思えるほどです。今、手を打たないと大変なことになる。

国や地方教育委員会なども手をこまねいてるわけではなく、様々な施策や提言を出してきています。例えば、東京都教育委員会は、2024年2月「教員確保策の充実について」というプレスリリースを出しています。★1 そこでは、応募人員の増加策(増やす)、教員支援体制の充実(減らさない)、教員の負担軽減の3つの領域について、新規の取り組みやこれまでやってきた事業の拡充策などがリストアップされています。

このうち、2つ目の、教員を減らさないため一連の支援策に注目しました。

◆教員支援体制の充実(減らさない)
○ アウトリーチ型相談事業の実施
○ 「先生たちのほっとLINE」を開設
○ 新規採用教員メンターの導入
○ 「若手教員等とのコミュニケーションの手引」の作成
○ 教育用語集の作成

「新規採用教員メンターの導入」では、「メンターに対しより良いコミュニケーション手法の研修を実施」することが謳われています。また、 「若手教員等とのコミュニケーションの手引の作成」では、「若手教員を取り巻く教員が配慮すべき点などをまとめた手引を作成」するとしています。

近年、日々多忙な業務に追いまくられている教員を、エンパワーするコミュニケーションが、著しく減少しているのではないかとの危機感の現れでしょう。現職の教員とやりとりをしても、意欲を失ったり、やる気を削がれてしまうような機会が多いと言います。

待遇面などの改善や業務上の負担の軽減のような、いわば、仕事の量的・物理的な改善も重要ですが、教員のメンタル面へのサポートは不可欠であろうと思います。むしろ、こちらの充実がなければ、他の対策が形式だけのもので終わってしまう危険性すらあると思えます。

これらの問題に対する処方箋として、大きな可能性をもっているのが、インストラクショナル・コーチングの導入です。東京都が導入しようとしているメンター制度や若手教員とのコミュニケーションの改善などにとっても、すでに実績を積んでいるインストラクショナル・コーチングが参考になるはずです。

「インストラクショナル・コーチは、生徒が学校で成果をあげられるように、教え方や学び方の改善を、教師のパートナーとして支援します。そのために、コーチは教師と協働して、現状の的確な把握、目標設定、目標達成のための教え方の選定、進捗の管理、目標達成までの課題解決などを行います。一言で言えば、インストラクショナル・コーチの役割は、生徒の学びが最大限になるように、教師の仕事を後押しすることと言えます。」★2

教員のメンタル面のサポートに限らず、教職の業務全般に対するサポートを行うことが目的であることが分かります。

『インストラクショナル・コーチング』の著者ジム・ナイト氏は、コーチにとってのコミュニケーション・スキルの重要性を説いた章で次のように記しています:

「最も優れた質問は、知識を育てるための肥料のようなものです。それはより多くのアイディアやより深い考えを生み出し、答えることに知的な楽しさをもたらします。バーガーは、優れた質問とは、「回答しがいがあるほどに難しく(そして面白く)、実際に答えられる程度にはやさしい質問のことである」と述べています。」

最も優れた質問は短く明確であり、質問者ではなく共に成長する教師に焦点を当てています。優れた質問はコーチの聡明さをひけらかすものではなく、相手が深く考える助けとなります。また、教師を肯定し、希望を育み、自分の強みと成功に目を向けるよう促します。質問はうまくいっていないことを深く掘り下げるのではなく、ポジティブな未来を想起させます。素晴らしい質問は敬意を伝えるものであり、それは「なぜあなたは生徒にもっとフィードバックを与えないのですか?」というような暗に批判を含むものではありません。コーチングの専門家であるジュリー・スターが述べているように、「素晴らしい質問は、誰かに自分は間違っていると思わせないものです」」

教員を元気にし、学校を、学び合える、ポジティブな空気の充満したコミュニティーに変えてくれる。そのような可能性をインストラクショナル・コーチングはもっていると思います。

日本の学校教育が、大きな危機に瀕している今、寄って立てる重要な考え方だと思うのですが、皆さんはどう思われますか?

★1 教員確保策の充実について
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/press/press_release/2024/release20240201_05.html
★2 インストラクショナル・コーチの役割
 ICG(インストラクショナル・コーチング・グループ)ホームページより https://www.instructionalcoaching.com
 ★3『インストラクショナル・コーチング』(ジム・ナイト著、図書文化、2024)まもなく発刊予定です。