2024年12月29日日曜日

私たち(育てる/見守る側)の意識改革

私は校内で教務担当という仕事を任されています。校内には一人。ほとんどの学校がそうかと思います。様々な学校の教務担当者は、普段の仕事を管理職と自分の判断で悩みながらこなしているというのが実情です。定期的に同じ地区の学校の教務担当者が集まり、各学校の悩みや情報を共有しています。

今年度、その担当者会で「教務担当として困っていることはなんですか?」というアンケート調査が行われました。その結果、「人材不足による補強の手配」や「時間割・教科担任編成」が上位に入りました。人材不足は深刻で、補強の手配はなかなか難しく、教務担当が入ることが多いです。時間割編成は教科担任制が導入されてからというもの、さらに難しさを増しています。学校ごとに実態が異なり、教育委員会が示した例通りにはもちろんうまくいかず、毎年度末から頭を悩ませることの一つです。

そのような項目が並ぶ中、私が目を引いたのは、その次に多く入った「若手教員の育成」という項目です。担当者会の中でもよく初任者の校内指導についての話題が挙がります。

「初任者教諭用のテキストをどのように話せば内容を伝えることができるか。」

「校内研修は基本的に教務担当者が全て行わなければならないのか。」

「日々の業務に追われ、指導を行っている時間がとれない。」

 私はそんな話を聞く度、もったいないなぁという思いに駆られます。確かに若手教員の育成や初任者教諭の指導は教務担当者の役割の一つです。でも、本当に業務として役割として考えて行うことなのでしょうか…。

 私はどうしても人員が足りなく、補強に入らなければならない日以外は、毎日全クラスの様子を見回るようにしています。各クラスの子どもの実態や先生方の様子を見回ることで、何か起きた際の対応に組織的に対応できるようにすることや先生方の困り感に寄り添って共に解決策を考え、決定していく必要が大切だと思うからです。その見回りの中で感じる初任者や若手の先生方の試行錯誤している姿や子どもたちと生き生きと真剣に向き合っている姿を見ると「何か力になりたい」と自然と思います。折角、初任者指導としての時間が確保されているのだから、その時間を使わない手はない! 私はそう思い、以下のポイントに気をつけながら計画を立てています。

① 初任者の先生がどんな先生になりたいのかを理解する。

初任者と言え、一人の先生です。どんな先生になりたいのか理想や目標があるはずです。自分と同じ訳ではない。なのに、自分の教育観やものさしで関わってしまっても本当の意味でその先生のためにはなりません。最初の研修の時間にまずはその先生のことを知るという時間を設けます。その先生の教育観や目指す教師像に合わせて、課題は何なのか、どんな手立てを打っていったらよいかを共に考えるようにします。決めるのは初任者自身ですが、経験が多い分、手立ての例や考える際の視点については提供したり、問いの形で投げかけて気が付かせたりするようにしています。そんなやりとりの中で、初任者教諭と一緒に独自に立てている年間計画も自然とたち、それに対しての振り返りとフィードバックを繰り返していきながら、成長点やよかった点についてひたすらに日々見取り、認めていく。そんな関係づくりに日々取り組んでいます。

② なるべく多くの先生と初任者を関わらせるようにする。

 初任者の担当は教務である私たちであることが主流です。しかし、その担当者だけが初任者と関わりを築いていくだけでは、広い視野や引き出しの数を増やせません。学校組織として初任者を育てるという環境づくりが非常に重要になってくると思います。その道のスペシャリストやそれぞれの先生方の得意を知り、それぞれの先生方から学んでもらえるようにする。その人員配置の計画やそのためのコミュニケーションが実は大切なのです。全てを教務担当がやろうとする時点で、初任者にとっては貴重な時間を送れないことになる。年度当初は様々な事務仕事でてんやわんやではありますが、最初の関係づくりも兼ねて、多くの先生方とコミュニケーションを図りながら、組織的な校内指導計画を立てて人員配置を行っていくことがその後の成長に大きく関わってくると私は思います。

③ メンターメンティーチームの醸成

 私はこれまで3年間、この仕事を行ってきました。毎回3学期に入ってから初任者の先生に「今年1年で大変だったことや困ったことは来年入る新しい先生方に還元してほしい」ということを伝えています。初任者の1年を過ごして2年目を迎えた若手の先生方や少しずつ「先生の仕事」が分かってきた3年目~5年目の若手の先生方を中心にメンターチームを組むことができるようにします。そのチームを中心に普段、なかなか相談できない課題や悩みを共有できる環境づくりをすることが非常に大切です。そういった場があるかないかだけでも働きやすさは変わってきます。その一員に来年はなるということを意識しながら残りの3学期を過ごしてもらうことで、

「来年の初任者の先生にはこれを話そう! こんなことを一緒に考えよう!」

と言った自主的な研修の計画や進行を行うことが可能になります。実際、本校では学期に1回、メンターチームが主催の研修が行われ、時に真剣に、時に笑いながらとてもよい雰囲気の中、研修を行っています。教務担当である私が行うのは、素敵な研修内の一人ひとりの役割を認め、それぞれとフィードバックを行うことだけ。計画・実践(司会・進行)・振り返り・次回の検討等は全てメンターチームが主導で行います。この仕組みは初任者のためだけにとどまらず、若手教員の先生方にとっても自然と学校組織の一翼を担っているという自覚が芽生えるよいきっかけとなっています。

 初任者の時代に不安だった先生が、今、生き生きと子どもたちと向き合ってある程度の自信をもって日々の教育活動を行っている。そんな成長を見守るのは、まさに学級担任となんら変わりないなと今、私は思います。であるとするならば、「初任者がすぐにやめてしまう」「なかなか若手が育たない」といった最近よく聞かれる悩み解消の一手は私たち見守る側の意識改革、手立ての見直しにあるのではないでしょうか?

 「教室と職員室は入れ子構造である」と思う私はこれからも先生方との向き合い方、共によりよい教育を目指すための学び方を試行錯誤していくことで、輝く子どもたちの育成につながると信じて今日も実践を積み重ねます。

以上は、8月18日、9月21日、10月6日、11月17日、12月15日と続いている、埼玉で教務主任/初任者校内指導教諭をしている田所昂先生の第6弾です。

2024年12月22日日曜日

チームスポーツで金メダルを獲得するためのマインドセット・5つの特徴

 学校を含めた、多くの組織が職場の文化を偶然の成り行きに任せてしまっています。以下に紹介するのは、金メダルに値する結果を達成するための5つの特徴(原則)です。

 その5つとは、

・最も重要なことを明確にする ~ つまり、目標ないし目的(達成したい結果)を明確にします。

・オープンさと率直さにコミットする ~ 互いの視点や経験を共有し、学び合い、聴き合い、最も重要なことを達成するために一緒に働く環境を意図的に作り出すことを意味します。ベースには、互いに信頼し、尊敬し合う関係が不可欠です。

・コミュニケーションを強みとする ~職場の誰もが組織の成功に真摯に貢献できる場にするために、全員が自分の役割ややれることを果たすことを意味し、上記の2番目の特徴を能書きとしてではなく、常に実施している状態です。

・共有されたオウナーシップ(所有権)の力 ~ 組織の一人か二人だけが目標達成のために努力しているのではなく、たとえどんな役割を担っていようと、メンバー全員が自分は貢献しているという意識をもてるようになっていることです。

・「勝者モード」と「愚痴モード」の違いをわきまえて、前者を選ぶ ~ 金メダルのマインドセットを受け入れる人々は、常に「勝者モード」で行動することを選び、「愚痴モード」で過ごす時間を最小限に抑えるという一貫した選択をします。「愚痴モード」を選んでしまうと、何かを達成できない理由に焦点を当て、過ちを探し、他人を責める必要性を感じる傾向があります。結果的に、自分たちは無力で停滞しているように感じます。このようなマインドセットは、特に急速な変化やイノベーションが常態化している現在では、学校や教育委員会などの組織にとって有害です。「勝者モード」で運営している組織は、前例踏襲や現状維持の真逆の、学び・成長・進歩に焦点を当てています。これらの組織は、挑戦や障害を恐れません。

これまでに紹介したすべてが勝者になるには(目標達成には)不可欠ですが、私たちは「愚痴モード」の入りやすい傾向があります。制度レベルへの影響力を感じにくい状況に置かれているからでしょうか? 私たちは、人生や仕事において積極的で前向きな態度を取るか、それとも否定的で後ろ向きの態度を取るか常に選択をもっています。

 

最後に、ChatGPTに両者の違いについて尋ねた結果を紹介します。

Winner Mode(勝者モード)

  • 積極的・前向き: 挑戦や困難に直面したとき、それを成長の機会として捉え、自分がコントロールできることに集中する。
  • 責任感: 結果に対して責任をもち、自分の行動が未来を形づくると認識する。
  • 建設的: 問題に対する解決策を見つけようとし、失敗してもそこから学び、次にいかす。

Whiner Mode(愚痴モード)

  • 否定的・受動的: 困難や逆境に直面したときに、それを不公平と感じ、他人や環境を責める。
  • 被害者意識: 自分の問題や不満を他者のせいにし、自分の状況を変えようとする努力を怠る。
  • 消極的: 失敗や問題に対して愚痴をこぼすだけで、改善や解決に向けた行動を取らない。

 この「勝者モード」と「愚痴モード」は、昨日別のブログ(https://selnewsletter.blogspot.com/2024/12/blog-post_21.html)で紹介した「成長マインドセット」と「固定マインドセット」と似ているというか、同じと捉えられると思いませんか?


出典:https://www.chieflearningofficer.com/2024/08/05/5-traits-of-a-gold-medal-mindset/

2024年12月15日日曜日

「○○先生だから」から「私たちの学校だから」へ

 学校組織の中で、「○○先生だから」というフレーズをよく耳にする。「○○先生の学級だから…」「それは○○先生がいたからできた話で…」そんな会話をよく耳にする。しかし、私はこの「○○先生だから」という言葉を「私たちの学校だから…」という言葉に変えていきたいと考えている。「○○先生がいるからできること」ではなく、「私たちの学校だからできること」という考え方や文化を根付かせていきたいのだ。これは今、私が学校の組織づくりの中で重要だと感じているメンター/メンティー・チームの仕組みや初任者指導に関することにおいても同じである。

 「先生は大学院で学ばれていたからこんなに知識があって実践ができるのですね。」その言葉は嬉しくないと言ったら、嘘になる。もちろん学んできた自負はあるし、実践も計画を立てて試行錯誤しながら取り組み続けてきた。しかし、私が目指すところは「○○学校にはこんなに素晴らしい実践が根付いている」と言われる日がくることである。そのためには私がはじめた実践が効果的で意味のあることだと、多くの教員に知ってもらい、私がいなくなっても続けようと考え、取り組み続けてもらうことが重要だ。

 今、私が取り組んでいるのが正にこのフェーズ。自分がこれまで取り組んできた手立てを深め、学校の風土として根付かせるための1年である。これまでの研修との違いは大きく分けて2つある。

1つ目は今まで3年間をかけて私が計画を立てて取り組んできたメンター/メンティー研修を、4年目から2年目の先生方でなるメンターたちに計画し実践してもらう点だ。自分たちが初任者だったときに経験したメンター/メンティー研修の良いところは取り入れ、逆にこんなことしてもらえたら嬉しかったと思うところは変える。そんな初任者であるメンティーに寄り添った研修を行ってもらう。

2つ目は私が第三者としてメンターとメンティーそれぞれへのフィードバックを行うという点だ。経験はしているとはいえ、研修の計画実践に慣れてはいないメンターたち。そのメンターたちがより自分たちが取り組みたい内容を実践できるように、研修後に毎回フィードバックを行う。何がうまくいって、逆に思い通りに進めることができなかったのか。よりメンティーである初任者のためになる手立てにはどんなものがあるのか。次回の研修に向けて問いを与えながら、メンターたちの思考を整理し、次への計画の手助けを行う。

この計画→実践→フィードバック→計画の習慣がよりよい研修時間の設定につながる。この経験を繰り返すことで、私がいなくなってもつぎの若手が中心となってメンター/メンティー研修を実施し、毎年よりよいものへアップデートされていく。正に学校の風土として根付いていくという訳だ。

 初任者であるメンティーたちとは初任者研修のための個々に課題設定をし、それに基づいた年間計画を立てて、毎回必ず振り返りを行っている。その中にメンター/メンティー研修も位置づけているので、個々に振り返りを行い、それに対して私がフィードバックをしている。その振り返りとフィードバックの内容をメンターたちにも共有することで、メンターたちの価値付けも行っている。メンターたちがメンティーである初任者のことを思い、計画してくれた研修のおかげで、どれだけメンティーである初任者たちが学びを得ているのか。学校の組織づくりにメンターたちがどれだけ寄与しているのかを実感させることができるようにするのも、今の私の務めである。

 いつか訪れる今の職場からの異動。異動したあとの楽しみの一つとして、このメンターチームの行末がある。私がここまで計画し、実践し、根付かせようと努力してきたことがどの程度、学校の風土として残るのか。よりよい風土となっていくのか。そんなワクワクを楽しみに、私は日々実践に邁進していく。

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以上は、8月18日、9月21日、10月6日、11月17日と続いている、埼玉で教務主任/初任者校内指導教諭をしている田所昂先生の第5弾です。

2024年12月13日金曜日

 イエナプラン20の原則が支える学校運営

 

かねてよりずっと見学したい学校がありました。それは長野県にある「しなのイエナプランスクール大日向小学校・大日向中学校」です。念願かない、見学させてもらうこととなりました。

いざ学校に足を踏み入れると、まず感じたのは、子どもたち一人ひとりの個性あふれる姿を自然に受け入れる温かい空気感でした。人懐っこく話しかけてくる子、自分のペースを決して崩さない子、それぞれが自分らしくありながら、互いを尊重し合っている姿が印象的でした。まるで「ちがいが当たり前」であるかのような空間がそこにはありました。

しかし、それは決して子どもだけではありません。教員一人ひとりが自分の個性や意見を活かしながら、学校運営に主体的に関わっていることが伝わってきたからです。学校づくりについて語る教員たちの姿は、そこに関わるすべての人が「この学校をつくっているのだ」という誇りを共有していることを物語っていました。

この学校では、イエナプラン教育の重要な特徴である「マルチエイジ」(異学年混合)が取り入れられています。設立当初は本来の3学年混合で実践していたものの、現在は2学年混合に転換したそうです。初めてのマルチエイジでは、どんな子どもも初学者でした。そのため、本来の先輩が後輩を支えてあげるその文化をつくるのが大変難しく、子どもたちは落ち着かない様子も見られたそうです。そこで先生方で話し合ってまずは2学年の異学年集団から始めることになりました。この決断は大変大きなものでしたが、結果として子どもたちの生活の安定につながったとのことでした。

その一方で、2学年の中でもマルチエイジの利点はしっかりと活かされています。異なる学年の子どもたちが共に過ごし、学び合うことで、年齢の違いや経験値の差が自然に教育の一部となるのです。例えば、「初心者」として新しい学びに挑戦する姿、「リーダー」として集団を導く経験。そして、ときにはその役割を脇に置いて自由になれることもありました。それぞれが、自分の立場を通じて責任感や協力の大切さを学んでいます。このような多層な経験が、単一学年では得られない幅広い学びをもたらしていると感じました。

こうした学びの形を支えるのは、教員たちの柔軟なサポートと、子どもたちに寄り添う姿勢です。それは、サークル対話のグループリーダーと呼ばれる教師の姿に顕著に現れていました。サークル対話では、教師と子どもという枠を超え、参加者全員が対等な一人の人間として尊重されます。この場では、意見を伝えることも、相手の言葉に耳を傾けることも大切にされており、学校全体に「聞き合う文化」が根付いていることを強く感じました。

イエナプランの理念をただそのまま取り入れるのではなく、現場の状況に即した柔軟な運営を通じて、子どもたちが最も豊かに学び、成長できる形を模索し続ける。その姿勢に、学校全体の本質的な強さを感じてしまいます。

これらの実践を支えているのが、イエナプラン教育の「20の原則」です。

https://japanjenaplan.org/jenaplan/rule/

この原則は、「どんな人も、世界にたった一人しかいない人です。つまり、どの子どももどの大人も一人一人がほかの人や物によっては取り換えることのできない、かけがえのない価値を持っています。」という、人間の本質を示す理念から始まります。そして、「どの人も自分らしく成長していく権利を持っています。」と続きます。これらの理念を支えるために、どのような社会や学校が求められるのかが、具体的に語られています。

 

これらの原則は、学校運営や教育活動において一貫性のある指針を提供しており、その中には本質的で普遍的な理念が含まれています。重要なのは、これらが単なる理想論にとどまらないということです。学校の日常生活に深く根付いており、教員たちは迷いや課題に直面したとき、「原則に立ち返る」ことで次の行動や判断の道筋を見出しているのです。

職員室を訪れた際にも、学校全体での対話の重要性が印象に残りました。その日の朝もある教員が「もっと話し合いたい」という声があったことを聞きました。教員たちが「どんな学校をつくりたいのか」「どんな子どもを育てたいのか」といった本質的なテーマについて共有する時間を意識的に確保していることは、他校においても大いに参考になる取り組みだと思いました。

 

見学を通じて、現在の学校現場の状況についても考えさせられることがありました。多くの学校では、職員会議が計画の確認だけで終わり、本質的な議論が行われる機会が限られています。また、働き方改革の影響で、教員同士が深く語り合う時間が十分に取れなくなっている現状もあるでしょう。教育現場においては、目の前の子どもたちにどう成長してほしいのか、そして学校や社会、さらには世界全体がどう変わるべきかについて話し合う場が必要です。このような対話を促進し、全体の方向性を示すリーダーとしての校長の役割も、これからの学校運営には欠かせないと感じました。

 

「しなのイエナプランスクール」は、近い将来、中高等学校の設立も予定していると聞きました。この新たな挑戦がどのような形で進むのか、非常に期待が膨らみます。学校運営には常に困難が伴いますし、時には迷いが生じることも避けられません。しかし、この学校で感じたのは、一人ひとりの教員が原則に立ち返りながら、学校や子どもたちの未来を信じて挑戦し続ける姿勢でした。

教育現場は、日々の忙しさの中でさまざまな問題に直面します。しかし、そこに立ち止まることなく、少しずつ理想の教育に近づいていく。そのプロセスこそが教育の本質ではないでしょうか。「しなのイエナプランスクール」で見た取り組みは、私たち自身が教育の未来を考えるきっかけを与えてくれるものでした。

 

2024年12月1日日曜日

教員にとっての絶望の時代が来る前に私たちにできることはあるか

子どもの頃、私にとって、教員という職業は輝いて見えました。教壇に立ち、若者たちと、共に悩み、語りあう。そのような姿にあこがれていたのです。学園青春ドラマ『飛び出せ!青春』(昭和47年)などが全盛期を迎えたころ、思春期を過ごしたからかもしれません。学校というところは、どこか牧歌的で、のびやかで、大らかなところであり、あこがれでした。

しかし、今の教員は、まるで絶望の淵にいるかのようです。教員志願者の減少についての学生アンケート★1 の結果は衝撃的なものでした。その自由記述の回答を読んで、本当の絶望的な気持ちになりました:

「両親が教師ですが、人生のほとんどの時間を仕事に充てていて、自分の家庭を大切にする余裕がないことが何より辛いと思います。何か家族イベントがあるごとに謝っていて、何のための人生かと思うことがよくあります。教師は、教師になった人の人生を踏みにじる仕事です。(大学生・2年)」

「やりがい搾取」という言葉も出てきました。ものすごい言葉ですね。

「一言で言えばやりがい搾取。それを現職の大半が受け入れてしまっている構図。教師たちは、気付けば抗う余裕と時間が無くなり、自分らがとんでもない職場で働くことを自覚できないまま、「生徒のため」の奴隷とされてしまっている。改善したい(されてほしい)が、事なかれ主義の管理職やベテラン教師が多く蔓延る学校ほど、改善など夢のまた夢なのだろう。(大学院生・2年)」

教員にとっての絶望の時代が訪れようとしているのかもしれません。

このような現状を目の当たりにして、2021年3月文部科学省は、教師のバトンプロジェクトを立ち上げました。★2 このプロジェクトは教員が若年層に仕事の魅力を伝えることで、教員志望者の増加を目的としたプロジェクトでした。SNSを使った、教員の声を広く伝える試みは、当初は好意的に受け止められていましたが、教員の労働環境の切実さを訴える声が目立ち過ぎ、炎上気味になったことも記憶に新しいところです。

この試みは、必ずしも意図した結果が得られたわけではないですが、とても貴重なものだったと思います。

教員の成り手がいないことは、もう立派な社会問題です。日本という国の未来を傾かせる危険性さえもっている。

教員不足の原因は、教員の労働環境、教員給与の低さ、社会的な評価の低下など実に様々なものがあり、どれか一つが決定的要因であるということはなさそうです。複合的かつ長期的に形成されてきた、教職に対するネガティブなイメージが、社会の隅々までひろがり、共有されてしまった。残念なことです。

それに対して、実に多くの提言や取り組みが試みられ始めています。労働環境の改善、給与水準の引き上げ、教員養成課程の充実、リタイア教員の再活用、教員の研修とサポートなどです。特に、教職調整額の引き上げが一つの対策として話題になっていますが、特効薬になりえないと思えます。私の知っている現職の教員たちは、口をそろえて「そこじゃないだろう!」と言います。本質的な解決策にはならないでしょう。

この問題に対して、我々現職の教員にできることはないでしょうか?例えば、

◉古いものをアンラーンする。「教師が、土日休んでどうするんだ?」といった、長い時間をかけて形成され、へばりついて離れなくなった、教育観、労働観、価値観などを捨て去る。スポーツの時に水を飲んではいけないと言った考え方は、完全にアンラーンできています。自分の信条を疑うのは、容易ではありませんが、一歩踏み出すことはできる。

◉安心でき、信頼できる仲間を探す。自分の所属するところが、心安らげない場所であることは、とても辛いものです。心から安心できる職場、信頼できる仲間のいるチームづくりに自ら貢献しませんか。仲良しクラブではなく、お互いが切磋琢磨できる緊張感とプロ意識のあるチームを。

◉学び手の学ぶ力を信じる。教員のなり手が減ったとしても、子どもたちの学びを持続させるための、全く新しい発想も必要でしょう。例えば、AIを大胆に取り入れるといったことも一つの方法。そもそも子どもたちが、自ら主体的に学び続ける姿勢を身につければ、教師が手取り足取り、教える必要はなくなる。

◉授業の魅力化。結局のところ、授業が楽しくて、刺激的であることが、もっとも中核にあることかもしれません。ワクワクするように授業に参加した生徒たちは、その環境を生み出した教員をある種のロールモデルととらえ、あこがれる。自分もそのようなワクワクする体験を創り出す側に回りたいと思う若者が増える。それが、教員志望につながる。

◉教師自身が、楽しく元気に学び、生き生きと働く姿を見せる。教師が輝いている姿を見せること。教師が常にポジティブな姿勢を示すこと。個人的にはこれが、誰にでもできる対策ではないかと思います。確かに、そのような大らかさや闊達さを奪う状況が存在していることは分かるけれど、それでも、前向きなマインドセットを維持することはできるはずです。

即効性を期待できる方法は見当たりません。しかし、政治や行政任せにせずに、自らの手で、学校の危機を救うためのアクションを起こすことはできる。ぜひ、我々にできることから始めませんか。皆さんからのアイデアも送ってください。共有しましょう。


★1 「なぜ教員志望の学生は減少しているのか?学生アンケート結果から」
室橋祐貴、日本若者協議会代表理事, 2022/4/17
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/07449a732fdf1693321cbe7388cda2545e82ce17

★2 「#教師のバトン」プロジェクトについて、文部科学省
https://www.mext.go.jp/mext_01301.html

2024年11月23日土曜日

授業のあり方を見直す

 少し前になりますが、今年の923日付の『読売新聞』に、「デジタル教科書 巨額予算推進ありき」という記事が掲載されました。この記事は、「小中学校で英語を教える教員のうち、授業で紙の教材を使わず、「デジタル教科書」のみ使用している割合は3%にとどまることが財務省の調査でわかった。」で始まっています。続いて、「文部科学省はデジタル教科書の活用拡大を検討しているものの、多くの教員が紙の教科書を支持していることが浮かび上がった。」とあります。この記事の終わりは、「デジタル教科書をもっと活用していく」と文科省は前のめりで、中教審の作業部会も「デジタル推進」を鮮明にしたとまとめられています。★

 この記事はいろいろな受けとめ方があると思いますが、ICT活用は何も「デジタル教科書」を使うこととイコールではないはずです。「端末を一人一台」で整備したことは、何も紙の教科書をデジタル教科書に置き換えるためではないわけです。単に端末に置き換えるだけなら、「教科書をカバーする」これまでの授業と全く同じことになってしまいます。

 そこで、今回は9月に出版された『一人一台で授業をパワーアップ!』で原著から割愛した第9章の一部を紹介して、ICT教育のあり方を考えたいと思います。

 第9章のタイトルは「授業時間を考え直す」です。これまでは「ほとんどの授業は、対面している時間に学習内容を詰め込み(記憶し、理解する)、生徒を家に帰して自分だけで学んだことを練習する(応用する、分析する、評価する、創造する)ように設定されています。」(原著180ページ)という問題意識からスタートします。

「記憶」「理解」「応用」「分析」「評価」「創造」は、「ブルームの改訂された思考の分類法」で取り上げられた6つの思考です。これまでの授業では、思考レベルで言うと、低い方の「記憶」「理解」をもっぱら行い、それ以外の「より高いレベル」の学びを行う時間が確保できないことが多かったわけです。

そこで、「時間管理」の発想を大胆に転換して、「記憶」「理解」を映像コンテンツなどのその取扱い方を事前に指導した上で生徒に預け、家庭で学習してきてもらう方法が考え出されました。そして、家庭学習の翌日以降の授業では「応用」「分析」などの「より高いレベル」の思考を扱うという「反転授業」が生まれたわけです。

この点を『一人一台で授業をパワーアップ!』では次のような例とともに、紹介しています。

「国語の授業では、ライティングの指導をすべてオンラインで見られる動画などに移し、すべての作品づくりと編集(修正と校正)を授業の中心に置き換えました。教師がガイドする演習が授業時間内で行われ、指導の一部が宿題として課されるこの指導法は、反転授業またはブレンディッド学習★と呼ばれています。」(原著178ページ)

ライティングの指導に当たり、作品づくりやその編集作業を授業の中心にすえるために、「記憶」「理解」にあたる部分を「動画」の視聴で行ったわけです。これによって、「評価」「創造」まで含めた高次の思考を実現する授業となりました。その点を著者は次のように述べています。

「講義ベースの指導を教室の外に移したことによって、生徒が互いに協力し合い、学習を創造的に応用するダイナミックな活動を行う時間が増えます。その結果として、私の役割がよく言われる「舞台上の賢者」から、夢であった「脇役のガイド」という立場に明確に変わったことをとても好ましく思っています。」(原著178ページ)

 教師が「舞台上の賢者」として、授業の中心になってしまう従来の授業スタイルではなく、「脇役のガイド」という立場になり、まさに「生徒が主役の授業」が実現したわけです。さらに著者は次のように続けます。

「適切なタイミングで適切な指導を提供できる私の経験は、ブレンディッド指導の利点の一つであり、一人一台端末で得られる贈り物の一つです。私の授業計画は、授業時間の開始時と終了時のベルによって決まるのではなく、生徒のニーズに耳を傾け、それに応じて計画を立てられる自由がありました。このやり方は、これまでとは異なる新しい時間管理の方法です。」(原著179ページ)

 まさにここで述べられていることが「一人一台端末」の良さです。単に教科書の知識をドリルするための使い方ではなく、「記憶」「理解」レベルを超え、最も求められている高度な「思考力」を鍛える方法がここにあります。さらに著者はこう続けます。

「一人一台端末によって教室を変革できるようになると、過去に教えることと学ぶことを束縛していた同じ時間というルールに従う必要がなくなりました。単に一連の授業の次の時間だから、あるいは生徒と一日に五〇分しか会わないからという理由だけで、学習活動を計画するのに何日もかける必要はなくなったのです。むしろ、授業の内外で行う学習経験の種類を融合し、「学校の勉強」と「宿題(家庭での学習)」の境界をあいまいにすることで、限られた対面の時間を最大限に活用して本当に教師のサポートと仲間の協力を必要とする授業を行うことができます。」(原著179ページ)

コロナ禍を経験する中で、私たちは「対面授業」と「オンライン授業」のそれぞれの意義を確認しました。限られた「対面授業」の中に、何を指導内容として盛り込むのか、これをもう一度考える必要がありそうです。

また、反転授業にしろ、ブレンディッド学習にしろ、事前に動画などの学習題材を用意する必要があります。授業改善をしたくても、このような資料をつくる時間がないと言われるかもしれません。その問いに対する答えとして、著者は「徐々に」と書いています。いきなりすべての単元の資料を用意することは不可能ですが、最初は一つ、次の学期は一つと増やしていくことは可能です。同時に、校内の同僚や地区の先生方と協働で作成していくことも考えられます。こうした学びのネットワークの大切さは、このブログでもたびたび強調されているところですので、ぜひそうしたつながりを積極的につくっていくことが大切です。

教職を志望する学生が減少し、さまざまな困難が押し寄せている学校において、こうした取組が一筋の光明になるものと思います。

★今年度は小学5年から中学3年までの英語と算数・数学の一部で本格導入が始まりました。

★★集団と個別、オンラインとオフライン、インプットとアウトプットなどの形式から、あるいはテキストや動画などのコンテンツまで、さまざまな学習要素を組み合わせて行う学習です。

2024年11月17日日曜日

先生方の変革

 先日のとある職員室での風景。何やら若手の先生方が、2人で相談しながら作っている。よくよく見ると先日終えたばかりのメンター/メンティー研修で使用した資料だった。何かお願いしたか、その時の記憶を呼び起こすが、そんな記憶はどこにもない。恐る恐る何をしているのか尋ねてみた。

 「こないだの研修の時間では取り上げきれない相談や悩みがあったので、こんな方法があるよリストを作ってます!!」3・4年目とは思えないほどの行動力。そして何も言わずともメンティーのことを考え、動こうとする、その姿勢。やってきたことが報われてきている。そんなことを感じた瞬間だった。

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 私が学び、考え、実行してきた本校における研修もいよいよ一番大切な時期に入ってきた。そもそもこの研修は様々な段階を考え、計画したところから始めたのだ。

   出会い:理論と実践の往還

    

   拡充:2年目を巻き込んだ研修

    

   成熟:メンターチームの組織づくり

    

   深化: 学校風土として根付き

①は、当時現職大学院生だった私の立場を活かして、大学院での学びを実践してみるという形で初任者教諭2人と時間をもった。当時を今振り返ると、2人には満足したものを提供できなかった。しかし、このなかで大切だと感じた要素があった。

「勤務時間内に行う」「メンターをメンティーが選べるようにする」「お互いに自分事で必要感のあるものにする」

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 次の日。校内を私が巡回していると、職員室で話した4年目の先生が、初任者のクラスを後ろからじっと見つめていた。放課後、声をかけてみた。「何をしてたの?」と。

「この間の研修で出た悩みが実際どのレベルなのか、子どもたちの様子をみてみたくて。実態が分かれば、自分だったら、ということも考えやすいし、他の先生にも相談できるかなと思いまして…。授業をのぞいてました。」

この4年目の先生は何を隠そう、①の時期に私とともに初めてメンター/メンティー研修を行った初任者だった先生である。心の中で、満足なものを提供できなかったことが残っていたので、自分がそこまでいつも考えて見てあげられなかったことや今のような研修が設定できなかったことなどを詫びると…

「こんな研修をやっている学校はないです。それもこれもあの年があったからかと思うとありがたいです。」お世辞でもそう思って、自主的に動き、考えてくれる先生が本当に頼もしい限りだった。

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②・③と毎年少しずつメンター/メンティー研修を繰り返し、研修を経験した先生方が次の年のメンターとなってくれることになった。メンター/メンティー研修のくくりとしてはその初任者がメンティーであり、若手の5年次まで、そして私がメンターとなる。私はここで、大きく考えを広げ、そもそも校内の初任者研修自体をメンター/メンティー・チーム化してしまおうと考えることにした。より多くのベテランからミドルリーダーの先生方に校内初任者研修の各研修担当になっていただき、それぞれの専門や分掌に合ったお話や指導をしていただいた。メンター/メンティー研修のなかでは、初任者と手立てや課題を考える際に、他の校内の先生方の実践や手立てを紹介したり、一緒に確認しにいったりすることも意識的に取り組むようにした。そうすることで、普段から初任者が職員室内になじみ、事案によって相談する相手を選べるように環境づくりを行った。少しずつ自分が描いた形が目の前にできてきている。あとはこの風土を根付かせること。今年度が始まる際、私の中で一番の課題として考えたことである。

※※※※※※※

 今年度第2回のメンター/メンティー研修は、3年目の先生が中心に企画・運営をしてくれた。なぜその先生が中心に運営しているのか、気になった私。先生に直球で聞いてみた。

「今まで、自分は参加して、言いたいこと言ってきただけなので。こんなことがやったらいいんじゃないか。これが必要なんじゃないか。少し考えてみまして。先輩方(4年目の先生2人)に相談しました。」

この先生は、私が教務主任となり初めてみた初任者である。先日の運動会の打ち上げ。ふらっと傍によってきた先生がこんなことを聞いてきた。

「私、成長できていますかね?」

 初任者時代は「辞めないでくれ!」と願っていた先生だった。しかし、今となっては学校の中心となって様々な仕事を任されている。思ったことをそのまま伝え、労うと

「先生に言われるといろんな思いがこみ上げます。いつも話を聞いてくださり、相談にのってくださりありがとうございます」と返してきた。

いえいえ。ありがとうはこちらがですよ。今年度のはじめ、初任者が初めての授業参観を前に、悩み、遅くまで残っていたとき、最後まで初任者に寄り添い、共に流れを考えてくれた先生。

「自分のことで精いっぱいです。」

そんなことを常々口にしていた先生が、学校のためにそして初任者のために考え、動いてくれるようになった。その事実が私の力となり、次の手立てへの活力となっている。今、まさに、本校では「先生方の変革」が起こっている。私も負けていられない。次の一手を打てるように、広い視野をもって、今何が必要かを考え、よりよい学校風土を培えるように今日も、子どもたちそして先生方との対話を重ねていく。

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以上は、8月18日、9月21日、10月6日と続いている、埼玉で教務主任/初任者校内指導教諭をしている田所昂先生の第4弾です。

2024年11月10日日曜日

ICT活用で生徒の学びを支援!一人一台端末の効果と教育の可能性


2022年以降、日本の公立校では一人一台の端末が導入され、ICTによる学習が日常となりつつあります。なぜこのような学習環境が必要なのでしょうか。学校現場にICTを導入することの意義と課題とは何でしょうか。ICTを活用した学びが教員と生徒にどのような可能性を提供するのか考えてみました。

 

ICTデバイスが導入されている主な目的は、生徒に情報を適切に扱うスキルやクリティカルな思考力を身につけさせるためです。ダイアナ・ニービーとジェン・ロバーツの著書『11台で授業パワーアップ!』では、「情報をクリティカルに評価し、効果的に情報を収集・処理し、共同作業で高品質な作品を作るスキル」が必要とされています。このスキルは、将来の大学生活や職場での成功に不可欠なものです。一人一台の端末があることで、こうしたスキルを日常の学びを通じて体得する環境が整い、ICTを通じて効率的かつ豊かな学習が可能となります。ICTの利用は、生徒が多様な学習方法を選択できる点でも有用です。テキストを音声で聞くことができるオーディオブックや、手先が不自由な生徒向けのタッチペンなどのサポートツールが、学習体験を多様化してくれます。




 

ICTの導入にはメリットが多くありますが、一方で、その効果や影響についても議論が必要です。昨今のヨーロッパ一部の国では、ICTデバイスを小学校中学年で使わない方針をとる学校が増えており、デジタル機器の使用が子どもの心理的・健康的な面に与える影響が懸念されています。教育の現場では、ICTがもたらす学びのメリットとリスクの両方を認識し、慎重に活用していくことが求められます。

加えて、テクノロジーの使用に際しての重要な視点として、Googleの教育エバンジェリスト、ジェイミー・カサップ氏は「テクノロジーはあくまでツールであり、学びに焦点を当てるべきである」と本書で述べています。ICTは教師に代わるものではなく、教師とテクノロジーが相互に補完し合いながら学びの深まりを支援するべきだという考え方が根底にあります。

 

ICTの最大の利点は、生徒個々のニーズに合わせた学習支援ができる点です。たとえば、読むのが苦手な生徒には、音声での読み上げ機能を提供することでテキストの理解を助けることができます。また、授業のホワイトボードの内容をデバイスで記録したり、段階的なチェックリストを表示して自分のペースで取り組むことができるなど、学習過程の自己調整をサポートします。また、特別なニーズを持つ生徒には、学習内容を補完するためにデジタルツールを用いたサポートも重要です。例えば、視覚に障害がある生徒には音声読み上げアプリを、聴覚に障害がある生徒には視覚的な手がかりを増やした学習教材を提供するなど、生徒それぞれに適した学びを実現できます。

本書においては、その実践について著者の具体的な事例をもとに紹介されています。ICTを使うことで、生徒同士が学び合い、協力して課題に取り組む環境が整います。リアルタイムで共有されたテキストにコメントを残したり、ディスカッションスレッドで意見を交換する「いっしょ読み」など、双方向性の高い学びが可能となります。これにより、生徒は他者の意見を尊重しながら自己表現を磨くことができ、チームワークや協働力が育まれます。また、授業内でフィードバックを受ける際にもICTは役立ちます。Googleフォームを用いた相互評価や、音声コメントを活用したフィードバックなどにより、すぐに生徒に応じたサポートが提供できます。こうした工夫により、生徒は自分の成長を実感しやすくなります。

 

一人一台端末の活用に不安を感じる教師もいるかもしれませんが、まずはICTを積極的に活用している教師とのつながりを作り、実際の授業見学やオンラインでの情報交換から始めてみる提案がされています。これによってICTの活用方法は多様であり、まずは身近なところから少しずつ取り組むことで、ICTがもたらす可能性を実感できるはずです。

 

ICTは、教育の現場において生徒一人ひとりの学びを支え、学習を豊かにするための有用なツールです。しかし、テクノロジーはあくまで「学びのための道具」であり、教師の存在や指導の価値は変わりません。教師と生徒がICTを有効活用することで、生徒の学びを深め、将来に向けたスキルの基盤を築いていくことがこれからの教育において重要です。各教員が自らの授業に適したICT活用方法を模索し、柔軟な姿勢で取り組んでいくことによって、ICTはさらに有効な教育ツールとなるはずです。あるのに使わないなんてもったいない!

2024年11月3日日曜日

日本の学校はソフトスキルとどう向きあうのか?

先日、ある会合で、地域の高校の校長が次のようなことを言っていました。

「近年、「連帯」が不足しているのではないかと感じます。どういうことかというと、我々の時代には、体育祭のようなイベントの最後にフォークダンスを踊ったり、ファイアーストームをやったりしたものです。あのような人と人とをつなぐようなものが欠けてきているんじゃないかと。」

この校長は、一人一人の個性を尊重し、特性を理解して、個に応じた対応が不可欠だということは分かる。その一方で、人と人とが切り離されているように感じてしまうと言いたかったとのこと。その場に居合わせた私たちは、(同世代でもあり)フォークダンスやファイアーストームという言葉に、思わず微笑んでしまいましたが、同時に、今の若者が抱える深刻な状況が垣間見える気がしたのです。

その発言に対して、大学の事務局に勤める参加者からも、興味深い発言がありました。

「コロナ禍が始まったころ、感染者の感染源をたどるために、一人一人に丁寧に聞き取りをしていました。感染源としてもっとも多かったのが部活動関連。部活動仲間は一緒に行動していることが多いことが分かった。次に多かったのが、バイト先での感染。一方で、もっと驚いたのは、感染源をたどれない学生がかなりの数いたことでした。まったく、他人と接触していない若者です。」

コロナ禍で、人と人との接触が大幅に制限されていた時期ではありましたが、よくよく聞いてみると、普段から食事も1人で食べることが多く、人と一緒にいることが少ないという学生がかなり多くいたことに驚いていました。

濃密なコミュニケーションをもてている若者と個の中に埋没してしまっている若者の間に大きな格差が生まれてきているのではないかと思えました。人との良い関係を築ける若者がいる一方で、それがうまく築けない若者がかなりいるのではないか。日頃、10代、20代の若者と接している人たちは、ある程度、そのような感覚をもっているのかもしれません。

近年、ソフトスキルの重要性が注目されています。★1

ソフトスキルとは、仕事をする上でベースとなる個人の性格特性や行動に関わるスキルのことで、コミュニケーション力、リーダーシップ、問題解決力、柔軟性、協調性などが含まれています。一方で、ハードスキルとは、資格や技術、専門知識など、教育や訓練で獲得した能力のことを言います。

ソフトスキルが求められる背景として、1) 働き方改革の進行 2)AIの進化 3) エンゲージメントの低さがあると指摘しています。1)は、ソフトスキルが生産性を向上させ、働き方改革の実現につながるということ。2)は、AIが進化すればするほど、AIにはない、強調性や柔軟性、創造性など、人間ならではの能力が重要になるということ。3)のエンゲージメントは、ここでは会社や仕事に対しての愛情や思い入れのことを指しています。同サイトの説明によると、「エンゲージメントが低い会社では、業績や定着率、社員のモチベーションの低下、組織の衰退などが起きていると言います。ソフトスキルが高まることで、仕事に対するモチベーションやチャレンジ精神なども向上しやすくなると言われています。」と述べています。

世界最大のIT企業の一つであるグーグルの人材の採用基準について論じた、エリカ・アンダーソンさんの記事は、この問題と大きく関連しているように思います。★2 この記事があげている、グーグルの採用基準のトップ5は次のとおりです。

5  専門知識(Expertise)
4  自分事として捉えられる/取り組もうとする姿勢、マインドセット(Ownership)
3  謙虚さ(Humility)
2  リーダーシップ(Leadership)
1  学ぶ能力(Ability to Learn)

このリストは、例えば、謙虚さといった項目が意外性もあり面白いですが(自分よりも素晴らしい考えをもっている人がいたら、率直にそれを認めるようにしようという意味のようです)、あげられた項目よりも、その順序がとても興味深く感じます。

プログラミングなどの専門知識がもっとも求められそうな企業において、主体性や謙虚さ、リーダーシップなどの方が上位にきているのです。そして、もっとも重視しているのが「学ぶ能力」。その説明の中に、ここで言う「学ぶ能力」をよく言い表している一節があるので引用しておきます。

すべての会社は、好奇心にあふれ、間違えたり、危険を犯すことをおそれず、バカバカしい質問でも平気で聞く、そうやって新しい能力を磨き、新しい解決策を見出していくことができる人材を求めているのです。そして、そうやって組織は成長し、未来に向けて伸びていいけるのです。」

(原文 Every company needs employees who are curious, who are willing to make mistakes and go out on a limb and ask dumb questions in order to develop new capabilities and new solutions - that's how organizations will thrive and grow into the future.)

我が国の学校教育は、長年に渡り、ハードスキルを追い求めてきたように思えます。ハードスキル一辺倒であったと言えなくもない。もちろん、授業以外の場面、例えば、部活動や学校行事などでは、ソフトスキルを育むことのできる場面はあったと思います。

このソフトスキルをどうとらえ、どう学校教育の中に組み込んでいくのか。これが、今後の重要なテーマの一つになるように思えます。


★1 ソフトスキルとは? 具体例一覧と鍛え方、ハードスキルとの違い, カオナビ

https://www.kaonavi.jp/dictionary/soft-skill/

★2 「Googleの人材採用基準とは?」

Erika Andersen, How Google Picks New Employees (Hint: It's Not About Your Degree), Apr 07, 2014.

https://www.forbes.com/sites/erikaandersen/2014/04/07/how-google-picks-new-employees-hint-its-not-about-your-degree/?sh=6ae1775f25e4

2024年10月27日日曜日

教員研修を実のあるものにする4つの原則

 ある研究者が6つの大陸の29か国の136人の教師に、教員研修についてのインタビューをしました。教師たちが明らかにしてくれた、その体験内容は大きく異なるものでした。「一度も参加したことがない」から、「その内容が自分にとって関連性がないので失望した」や「参加した教員研修によって力を与えられ、意欲的に実践に取り組んでいる」まで多様でした。この多様な反応は、日本国内の教師を対象にインタビューしても、似たような結果が得られるのではないでしょうか?(一度も参加したことがない、という人は悉皆研修が多いのでいないでしょうが。)

 彼女の調査結果が導き出した驚くべきことの一つは、これらの異なる経験にもかかわらず、意味のある教員研修を設計するために重要だと考える同じ一連の原則にたどり着いたのです。学校は、新しい派手なことをするのではなく、むしろ、教師のためにこれらの核となる普遍的原則が常に存在することを確保することに焦点を当てるべきだとしています。

 以下に、その4つの原則を紹介します。


1教員研修を参加者に関連性のあるものにする。

インタビューを受けた教師たちにとって、効果的な教員研修は、まず日々の教室での経験に関連している必要があります。関連性のある研修は、教科に特化しており、エビデンスに基づいた最善の教え方★に根ざし、教師たちが直面する最も一般的な課題(たとえば、特別支援が必要な生徒のサポート、神経多様な生徒への配慮、教えることと学ぶことへのICTの効果的な統合★★など)に対処します。関連性のある教員研修はまた、実践的であり、教師が実施することが期待されるスキルをモデルで示し、実践と振り返りの機会を豊富に提供します。最も重要なのは、実用的で即座に適用可能な方法を提供し、教師の学びが直接的に教え方の向上(=生徒の学びの向上につながること)を保証するものであることです。

 以上と同じことがすでに、https://projectbetterschool.blogspot.com/2015/11/blog-post_29.htmlの2つの表に表されています。

 アメリカのワシントン州にある高校では、教師たちは最も関連性のある教員研修の例としてコーチングを挙げていました。これは、学校に常駐するコーチとペアで、45週間教師たちが特定した最も差し迫った授業の課題に取り組むというものです。このような対象を絞ったアプローチにより、教師たちは直面している最も関連性が高く緊急の問題に対処し、自分の教え方を向上させることができます。

 コーチングについては、来年出版予定の『インストラクショナル・コーチング』とThe Art of Coachingの邦訳を参照してください。

 

2教員研修を協働的にする

教師は同僚と共に学び、同僚から学びたいと考えており、教師が最も重視する教員研修は、教師同士の協力に基づいています(間違っても、講師などの話を聞くことではありません!)。チームベースの学び、教師が互いに観察し合い、ピア・コーチング、協力して授業/単元案の開発、教科の枠を超えた学びの機会などが、教師たちによって最も効果的な学びの方法として挙げられています。

 教師にとって、協働的な教員研修は、専門的な学びを深め広げるだけでなく、学びが行われる支援的で安全なプロの教師集団=PLC(このブログのそもそももねらい!!)を生み出し、継続的な改善、体系化された実践、共通の言語を育む環境を促進します。教師が自らの専門知識を同僚と共有する教師主導の取り組みを奨励することで、豊かな教師相互の知識基盤を生み出し、学校全体のコレクティブ・エフィカシーが向上する可能性があります。 ~レクティブ・エフィカシー(集合的効力感)については、『コレクティブ・エフィカシー~自立的で相互依存的な学習者を育てる』ジョン・ハッティほか著、北大路書房を参照ください。

 

3教員研修を継続的にする

教師たちがインタビューで繰り返し述べたように、彼らは教育を専門的成長の生涯にわたる旅と見なしています。それに伴い、専門的な教師の学びはこの長期的な成長のために必要なサポートを提供しなければなりません。すでに分かっているように、イベントとして行われる教員研修では、教室での実践向上に不可欠な持続的な変化にはつながりません。したがって、効果的な教員研修は継続的である必要があり、教師たちが学び、アプローチや技術を実施し、振り返り/修正するための定期的な機会を提供することになります。~ ある意味では、このサイクルを回し続ける中長期間の時間(しかも、毎週ないし隔週というペースで)が欠かせないと言えます!

 学校に常駐するインストラクショナル・コーチは、教師が新しく学んだことが適切に理解され、実施されることを助けます。インストラクショナル・コーチは、各教師に対して最善の教え方をモデルで示し、教室での実施を観察し、教師にフィードバックを提供して教室での実践を向上させます。この継続的なアプローチにより、教師が学んだことが教師の教え方に移行し、さらに定着することが保証され、時間とともに教師の教え方により意味のある変化がもたらされます。

 

4教師をエンパワーメントする

私たちがインタビューした多くの教師にとって、教員研修はしばしば彼らに対して行われるものであり、彼らと共に(ないし、彼ら主導で)行われるものではありません。教育委員会や教育センターの研修担当が、いくらがんばって、受講者のニーズを把握しようとして、テーマを掲げて、適当な講師を呼んできて、その話を聞かせたところで、残念ながら、それが受講者に伝わること(ましてや、残って活かされること)はほとんどありません。その意味で、この無駄なアプローチは早々に改めるべきです!

教育委員会や教育センターは、教師による教師のための一日がかりの教師が学び合うためのフォーラムを組織することができます。例えば、カナダのニューブランズウィック州では、すべてのセッションが教師によって設計され、教師のために実施される人気のある年次一日フォーラムを開催しています。教師に自分たちの研修の設計に関与してもらうことと、教師の専門性を認め活用することになります。また、教師が参加する教員研修の種類についてより多くの選択肢を提供することは、教師の「オウナーシップやエイジェンシー(自分事や主体性の意識)」を高めます。また、教員研修のプロセスにおいて教師が大切にされ、「声や意見」が聞かれていると感じることは、学びのプロセスへのより積極的な取り組みとコミットメントを確保します。これらの要素~エンパワーメント、参加者の声や選択、オウナーシップやエイジェンシー、積極的な取り組みやコミットメント~を総合的に取り入れることで、世界中の教師に響く強力な教員研修の枠組みが形成されています。

逆に言えば、これらの大切な要素がまったく考えられていない日本の教員研修のほとんどが、見事に「実にならない」研修であり続けている理由も明らかになります!

 

★日本で一般的な教え方は残念ながら、単に習慣だからという理由だけで、このエビデンス(証拠)がないものがあまりにも多すぎます。

★★この最後の点に関しては、先月に新刊の『一人一台で授業をパワーアップ! 教育の質を飛躍的に向上させるICT活用実践ガイド』(ダイアナ・ニービー&ジェン・ロバーツ著、学文社)https://projectbetterschool.blogspot.com/2024/10/ict.html

出典:https://ascd.org/blogs/4-universal-principles-for-effective-teacher-pd

2024年10月20日日曜日

教育にICTを導入する必要性 (→新刊案内)

 立命館守山中学・高等学校(国語科)の犬飼龍馬先生が、『一人一台で授業をパワーアップ! 教育の質を飛躍的に向上させるICT活用実践ガイド』(ダイアナ・ニービー&ジェン・ロバーツ著、学文社)の紹介文を書いてくれました。

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社会は凄まじいスピードで変化していきます。現代では人工知能(AI)が小説を書き、車が高速道路を自動で運転し、ビッグデータがマーケティングを支配しています。これらはわずかこの数年間の変化だというのに、私たちはもう数年前の生活に戻ることができません。

10年前はどんな社会だったのでしょう? 30年前は? 例えば30年前、私たちはお気に入りの音楽をカセットテープにダビングし、友達にプレゼントをしていましたね。隔世の感があります。これが100年前ともなれば、社会は今とは全く異なるものだったに違いありません。

社会は大きく変わりました。しかし、学校の授業だけが、100年前と同じやり方をしています。数十人の生徒を一つの教室に押し込み、全員に前を向かせ、教師が黒板に書いた文字を生徒がノートに写す。これでいいのでしょうか?

Society5.0の社会において、子どもたちは情報を自ら選び、活用していくことが求められます。教師が全生徒に同じ情報を与えているだけでは、子どもたちの情報選択・活用の力を育てることはできません。ICTはその力を育てるのに有効なツールです。子どもたちがそれぞれに選択した情報を活用して、建設的に議論し、協働をする。そのトレーニングは学校でしかできないのです。教育にICTを導入することは今や急務といえそうです。

 

本書をおすすめするポイント

 ICTの利活用に関し、どの段階にある先生方にも充実した学びがあることが、本書をおすすめする大きなポイントです。

 まだICT導入前の学校に務めておられる先生は、本書によって、学校にICTを導入することにまつわる様々な心配を和らげることができるでしょう。

 ICT導入したての先生は、学校にICTを使った教育を根付かせるための様々な工夫を学ぶことができます。

 ICTの利活用を一通り成し得た先生は、その利活用の方法を更新し、さらにパワーアップした教育活動を始めるきっかけを得ることができるでしょう。

 本書の著者であるニービーとロバーツは、この新しい教育方法に期待し、挑戦し、悩み、乗り越えていきます。著者たちの(そしてもちろん子どもたちの)ICTにまつわる様々な出来事は、彼らの息遣いまで聞える鮮明さで示されます。この本はICTの理想だけではなく、現実も示されます。そして彼らは、その解決策も懸命に語ってくれるのです。

 私の印象に最も残っているのは、ニービーとダイアン・メインのエピソードです。ニ―ビーのメンターであるダイアン・メインは、ニ―ビーのクラスが初めて一人一台端末に移行したとき、「不快な状況に慣れることが必要だ」と言いました。メインは、新しく取り組もうとしている方法が、うまくいくかどうかわからないことを認めているのです。ニービーはそんなメインを信頼します。ニ―ビーは、メインが不確実性を心地よく感じ、リスクを冒して教える方法を変え、成功した姿を目にします。ニービーはそこから、一人一台端末の教え方と学び方に伴う曖昧さを受け入れる覚悟をかためたのです(57ページから)。

 ICT導入以前の先生も、もうベテランの域に達した先生も、本書を手に取り、ニービーとロバーツ、そして生徒たちの勇気と挑戦に触れ、ICT利活用の具体的なスキルを更新するとともに、明日の教育活動に挑戦する勇気を掴みましょう。

 

本書の章立て

第1章 一人一台の端末の準備ができた。さて、どうする?

第2章 コミュニケーションとワークフロー

第3章 エンゲージメント

第4章 コラボレーション(協働)

第5章 オーディエンス(発表の対象)

第6章 一人ひとりをいかす

第7章 フィードバックと評価

第8章 創造性とイノベーション

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2024年10月13日日曜日

現場の声が求める教育改革 カリキュラムオーバーロードを見直す時

 

「先生ともっといっしょに遊びたい」

先日、クラスの子どもが私にそう言いました。教員として20年以上のキャリアを積んできましたが、振り返ると、以前は昼休みや放課後に子どもたちと一緒に遊ぶ時間がたくさんありました。しかし、いつの頃からか、学級の仕事や学年の業務に追われるようになり、子どもたちとゆっくり過ごす時間も気力も少なくなってきてしまいました。

そんなことを考えていたとき、朝日新聞の朝刊に「小学生で毎日6時間は『負担』 研究者らが授業時数を分析 本を出版★」という記事が目に入りました。紹介されていたのは『学校の時数をどうするか 現場からのカリキュラム・オーバーロード論★★』という本で、授業時数に関する分析が記されているとのことでした。興味を持ち、すぐにその本を取り寄せて読んでみたところ、納得できる内容ばかり。

現在、次期学習指導要領の改訂が検討されていますが、「少なく教えて豊かに学ぶ」ためには何が必要か、深く考えさせられるきっかけとなりました。

 

現在の子どもたちは、昔と比べて授業時間が大幅に増えてしまっています。1977年当時は、毎日5時間授業が基本で、放課後は友だちと遊ぶ時間もありました。しかし、今の小学生は、低学年でも6時間授業が多く、帰宅すると「疲れた」と言ってホッとする子どもが増えています。特に、外国語や道徳の授業が新たに増えたことで、子どもたちは余裕を失い、友だちと遊ぶ時間も減少してしまいました。

「カリキュラムオーバーロード」とは、教育内容が増えすぎ、学校や教師、子どもに過剰な負担がかかっている状態を指します。この問題は、日本では特に顕著です。日本の教育システムには入試を重視する文化があり、そのために多くの学習内容を教える必要があるという期待が強くあります。これが結果的に、教師や子どもに過度の負担を強いる形になっているようです。

 

学習内容は常に変化し、時代に合わせて新しい科目やスキルが追加されます。しかし、その一方で、旧来の学習内容は削減されることなく残され、新しい内容がどんどん上乗せされてしまっているのが現状です。その結果、学習の負担はますます大きくなっています。

特に、2017年の学習指導要領では、標準授業時数が過去最高の16時間に達しました。子どもたちは毎日6時間の授業をこなさなければならず、これにより授業の質を維持するのが難しくなっているだけでなく、教師が授業準備に費やす時間や、子どもたちとの対話や遊びを通じて関係を築く時間も削られているのが現実です。

振り返ってみると、1977年や1989年頃は15時間授業が当たり前で、教師も授業の準備にじっくりと時間をかけ、楽しみながら授業をつくり上げていました。しかし、1998年と2008年の学習指導要領の改訂では、PISAショックを背景にゆとり教育が批判され、外国語活動などの新しい要素が導入されました。2017年にはさらに授業時数が増加し、今やカリキュラムは過去最大級に膨れ上がっています。「これも必要」「あれも必要」と次々に新しい内容が加わる一方で、子どもたちがそのすべてを十分に学び取れるかどうかは、あまり考慮されていません。たくさんの内容を詰め込み、長時間の授業を行うことが本当に子どもたちのためになるのか、今こそもう一度見直す必要があるのが今なのです。

 

1972年に遠山啓が「日本の子どもたちは拡大したカリキュラムによって、学習が消化不良を起こしている」と指摘しました。それからすでに数十年が経過しましたが、現在でもカリキュラムの膨張は続いてしまっています。他の教科の時間が削減されることなく、外国語活動の授業時数が増えてしまい教育現場を混乱させてきました。このような学習負荷の増加は、子どもたちの学びに集中する時間を奪い、教師の働き方にも悪影響を与えているのが実感としてあります。

また、2017年の標準字数は歴代最高の授業時数を誇り、これに対して多くの教員が「負担が大きい」と感じています。さらに、働き方改革の一環として、授業時間を見直す声も上がっていますが、本来、子どもたちが民主的な自治について学べる委員会やクラブ活動の時間が圧迫されたり、働く時間を短くするために「家族とのふれあいを大事にしましょう」と、午後6時には退勤が決められてしまいます。本来、十分に検討すべき学校行事や子どもの姿について語り合われる場が失われ、先生たちの実践の自由や、主体生をくじかれるようなことが続いています。現行の学習指導要領ではこれらの「現場からの声」に十分応じられていない状況です。

 

カリキュラムオーバーロードを解消するためには、教育内容そのものを精査し、最も重要なコンテンツに絞り込む必要があると教育学者たちは指摘しています。しかし、単に内容を減らすだけでは解決にはなりません。白井俊や那須正裕といった研究者らは、特定の学問分野における重要な概念や思考パターンに焦点を当て、それ以外の内容を削減することで、子どもや教師の負担を軽減できると主張しています。

すべての学習内容には関係者が存在し、その削減には強い抵抗があるのも事実です。そのため、カリキュラムの目標を「資質や能力の育成」に置き、これに直結するコンテンツを優先すべきだと提案されています。しかし、学習内容というものは、どの場面においても「資質や能力の育成」と密接に関わっているため、単に「資質や能力の育成」という抽象的な基準で学習指導要領を整理することは、理想論にとどまってしまう可能性があります。

このような状況下で、書籍では、子どもや教師にとって最適な授業時間や学びの形態を再考するためには、1時間1時間の授業をどう充実させるか、そして子どもたちの学びの質を高めるためにどのような環境が必要かを「現場の声」から議論することが不可欠であると痛烈に批判していました。

 

カリキュラムオーバーロードの解決策として、小学校のガイドラインの提案が紹介されています。現行のカリキュラムが子どもたちに合っていないという問題を解決するためには、授業時間の見直しが不可欠です。1日の授業を5時間に制限し、週25時間以内とする提案があります。

 

小学校標準授業時数ガイドラインの提案

1.ガイドラインの必要性

学校現場の側から、子どもに合った標準授業時数の案を作成します。現在の標準授業時数の改善に向けた参考資料として役立てることです。長期目標としては、国が一律に標準授業時数を定めること自体に問題があることを踏まえ、再考を促すことを目指していきます。

2.授業時数の見直し

授業は15時間までとし、子どもに過度な負担や我慢を強いないようにすべきです。子どもたちや教師達から現場の声を聴き取り適切な授業時数を検討した結果、15時間が妥当でした。これにより、週25時間、年間875時間と設定されます。これはコロナ禍での実践を踏まえた数値でもあります。

3.新設教科の見直し

新たに追加された教科や領域の授業時数については、再検討すべきです。特に、2008年に導入された外国語活動は、その妥当性や効果が十分に検証されないまま、1日平均授業時数が5.8時間に増加しました。2017年にはさらに、平日16時間という負担が追加されました。これらの新設教科の影響を見直し、必要な修正を行うべきです。

4.評価の時数設定

授業時数は35の倍数で設定し、時間割をわかりやすくする必要があります。これにより、毎週の時間割作成や配布作業が軽減され、授業計画がより安定します。複雑な時間割のために事務作業が増え、多忙さを助長している現状を改善することができるからです。

5.特別活動の時数の確保

特別活動の授業時数を70時間に設定し、児童会活動やクラブ活動、学校行事の時間を充実させるべきです。2017年の標準授業時数では、学級活動には35時間が配当されていますが、児童会活動や学校行事のための時間は十分に確保されていません。このため、学校は複雑な管理を強いられ、正確な授業時数の把握が困難となっています。特別活動の時数も標準授業時数内で統一的に管理されるべきです。

6.時数のあるべき姿

現在の標準授業時数が「現場の実情」に即したものであるか、再考する必要があります。現場からの意見を反映させ、子どもや教師にとって最適な授業時間や学習環境を提供するための議論が今、強く求められています。




 

カリキュラムオーバーロードの問題は、子供たちや教師の負担を減らすために、今後も議論が必要です。特に、教育内容の精査や授業時間の見直し、現場の声を反映したカリキュラムの改善が求められています。子どもたちが少ない内容で豊かに学び、成長できる環境を整えるためにも、教育制度の再考が必要であり、この声を届けるのは、学習指導要領改訂の検討をしている今なのです。

 

 

「小学生で毎日6時間は『負担』 研究者らが授業時数を分析 本を出版」

https://www.asahi.com/articles/ASS9Z261RS9ZUTIL00HM.html

★★

大森 直樹 (編集), 永田 守 (), 水本 王典 (), 水野 佐知子 ()『学校の時数をどうするか 現場からのカリキュラム・オーバーロード論』(明石書店2024

2024年10月6日日曜日

私は何のためにこの職についたのか

埼玉県の公立小学校で教務主任/初任者校内指導教諭をしている田所昂先生の第3弾です。

 ※※※※※※

 「私は何のためにこの職についたのか。」

 最近、このことについてよく考えます。あこがれていたこの職についたものの、担任として子どもたちと関わったのはわずか9年。もちろん、その間に様々な経験をした上で、ステキな子どもたちにも恵まれてきました。

 ※※※※※※

「私は何のためにこの職についたのか。」

 初めてこのことを考えたのはこの職について3年目のときでした。子どもたちとの関係で、はじめて大きな躓きを経験しました。もともと打たれ弱いガラスのハートの私は、どうにかなってしまいそうで…。でも、その時周りにいた同じ学年の先生や生徒指導主任、管理職に助けられました。

「どうしてこの職についたの?」「これからどうしていきたいの?」「一緒にそうなれるようにがんばろう。」

ある時の何気ない会話から自分自身を見直し、どうにかその状況から立ち直ることができたと思います。子どもたちと全力で向き合うためには職場の環境や先生たちの関係性が大切なのだと思いました。

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「私は何のためにこの職についたのか。」

 ある年、私は初めて研究主任という立場を任されました。教育委員会からの委嘱も受けている研究を2年目から引き継ぐ形でなりました。そこから3年間学校の研究の中心に身をおくこととなり、子どもたちの様々な変容を感じることができました。私としてはたくさんの学びになったのです。

 でも、この3年の間に先生方の様々な意見や考えの違い、子どもたちへの向き合い方の違いに悩まされました。「私の普通はみんなの普通ではない」ということが当時の私にはものすごく高い壁のように感じ、子どもと向き合うことと同じように先生方とも向き合っていくことの重要さと大変さに気が付きました。もう一度、この職についた意味と自分が子どもたちのために何ができるのか。そのことと向き合うためにもう一度学ばなければと大学院へと足を向けました。

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「私は何のためにこの職についたのか。」

 私は大学院にもともと興味のあった小学校の英語教育がもつ可能性について追究することを目的に行きました。実際、大学院に行かなければ得ることのできない経験や学びを得ることができ、行く前よりも自信をもって小学校英語教育において大切なことや、その可能性について考えをもつことができました。

しかし、それ以上に私は多くのことを大学院で学びます。1つは様々な教育に携わっているそしてこれから携わろうとしている人々と多くの意見交換をする機会を得たということです。自分の見方だけでは考え付かないことも様々な人と協働するとよりいいものが生み出せる経験をたくさん積むことができました。

他には学校を組織として見て考える経験をたくさん積みました。実際に当時の教頭先生にシャドーイングをさせてもらい、1日はりつきながら管理職の仕事とはどのようなものかを考えました。また、様々な都道府県の管理職を目指す先生方と学校を組織としてまとめていくために大切なこととは何かを考え、若手育成のための研修のあり方についても考えました。

加えて、新たな教育の形にも触れました。IB教育の実態や実際の指導法を学び、資格をとりました。そこから現場に戻った際にすぐにでも活用できることは何か。近い将来、変えていける学びの形はどんなものかを考えることもできました。

「この多くの学びを早く現場に戻って活かしたい。」

ただただその思いで修了証を受け取り、現場へと戻りました。

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「私は何のためにこの職についたのか。」

 

大学院から戻ると今のポジションに収まります。担任外。先生方のことが一望できる席。初めてその席についたとき、正直、こんなはずじゃ…と思いました(笑)初めてのその場所は、本当に転職したかのよう。仕事の内容がガラリと変わり、子どもと関わる以上に先生方との関わりが大きく増えました。私と同じように初めてこの職につく初任者の先生がその年もいて、日々悪戦苦闘する姿は、私と同じ。

 「どうしてこの職についたの?」はじめて会話したその日から、ぜひその先生にこの職の魅力をもっともっと感じてもらいたい。そう思いました。そのためには多くの先生たちと関わりをもって、自分が学びたい人や学びたいことを見つける必要があると考えました。それまで初任者研修の校内研修は基本的に校内指導教員が計画を組み、示範授業以外はマンツーマンでテキストをもとに講義形式で行っていました。それを私は、

 「○○先生のこの実践をもとにお話をしていただきたい。」

 「先生にお話いただければ初任者は本当に勉強になる。」

といったことをこれまでの経験を活かして、それぞれの先生一人ひとりにお願いしてまわりました。そして実際に研修を行っていただいたあとにも

 「お忙しい中、ありがとうございました!」

「初任者があのお話が勉強になったと言っていました。他にはどんな実践があるんですか?」

とお礼も兼ねたコミュニケーションを図るようにしたのです。

本当に他愛もない会話ですがこのおかげで、私が担当するはずだった講義のものが半分以上、ちがった先生のものとなり、ただの講義がリアルな現場の話や実践例、そしてともに自分の学級だったらどうするかと検討等に形が変わっていきました。本音で相談したり、考えを共有したりすることで、初任者は様々な先生方の考えに触れることができ、研修以外の時間でも他の先生方との会話が増えている様子が伝わってきました。

 初任者だけでなく、私自身にも、お願いや事後の会話をしにいったことで、他の場面でその先生方から

「先生、聞いてくださいよ~。」「実は相談があって…」と多くの先生方が話しかけてくれるようになりました。

学年に所属していない孤職はなかなかコミュニケーションを取る機会がなく、関係づくりが難しいなと感じていました。しかし、一つのやり方を変えただけで、少しずつ自分が、「どの学年にも所属している」という感覚に変わってきたのです。

 それから私は広い目でそして、耳をダンボにして先生方の様子や会話をキャッチするようにしました。機会を逃さず、先生方に寄り添い、そしてコミュニケーションを図る。まずは自分が中心・仲介となって、職員室の雰囲気を良くして、様々な先生方をつなぎ、考え方の理解を図れる場所にしたいと思うようになったのです。

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「私は何のためにこの職についたのか。」

 先日も隣に座る教頭先生とこの話になりました。子どもの笑顔がみたい。子どもと関わりたい。子どもの人生の中の一部分に関わることができるから。今も昔もそういった理由に変化はありません。

 でも、今は子どもの笑顔の先には必ず先生の笑顔がある。先生の笑顔の先には職員室の笑顔がある。そう考えるようになっています。私は少しでもその様々な笑顔を作り出すためにできることをコツコツと少しずつ実践したい。今日もそんな答えを自分自身に述べながら、先生方の様子をじっくりと見つめています。

2024年9月29日日曜日

エージェンシーを培う授業のつくり方

「エージェンシー」という言葉は最近よく耳にします。子どもたちは興味や情熱、さらにはもっと知りたいという好奇心をもって学校にやってきます。私にとって、生徒がエージェンシーをもつ教室とは、「生徒が自らの学びにおいて選択し、決定し、行動する力をもつ教室」です。しかし、私たちが提供する学習機会を通して生徒のエージェンシーを育むとは、具体的にどういうことなのでしょうか?

 以下に、効果の高い五つのアイディアと、それらに取り組む際に参考になる本を紹介します。


1つながりと帰属意識の構築

生徒たちがエージェンシーをもっている教室の基盤には、教師と生徒の関係があります。これにより、生徒が自立的に学ぶための実践を発展させる土台が提供されます。 ~『「居場所」のある学級・学校づくり』『好奇心のパワー』

子どもたちが話すときは深く耳を傾け、学校外での彼らの生活について学びましょう。問題が大きいか小さいかに関わらず、発生した際には話し合う時間をもつ準備をしましょう。「わからない」と、子どもたちが自信をもって言えるようにしましょう。 ~「子どものための哲学」や「哲学対話」関連の本、『最高の授業』『生徒指導をハックする』

 

2意図的に生徒のスキルを育む

生徒がメタ認知的な学習者になるよう教えましょう。さまざまな学び方を試す機会を与えるのです。たとえば、ある生徒は創造的な方法で学ぶことを好むかもしれませんが、別の生徒はもっと支援/足場が必要かもしれません。彼らの好みは、取り組む内容や課題によって異なることがあります。生徒は異なるアプローチを探る必要があり、自分の学びに何を適用するかを決定する際に備えることができます。学びの計画を立てたり、振り返ったりする方法を直接教え、モデルを示しましょう(教師が自分では使わないような、市販の振り返りは選択肢に入らないはずです)。その後、振り返るための機会を頻繁に提供し、生徒が自分にとって最適な学びを実現する要素を特定できるようにします。 ~『「考える力」はこうしてつける』『「学びの責任」は誰にあるのか』『教育のプロがすすめる選択する学び』『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』『一斉授業をハックする』

メタ認知的な実践を埋め込み、生徒のエージェンシーを育むために、自分が得意とする教科で始めましょう。(その際、一つの概念やスキルに対して異なるいくつかの学習活動を設計してみるのは出発点かもしれません。たとえば、生徒はペア作業、個別の探究、小グループでの協同/協働活動など、同じ学習目標を達成することができます。 ~たとえば国語なら、https://x.gd/Y9zuJ

一つの教科で練習を積んだら、日常全体や教科を統合する形で広げていきましょう。~上の国語の応用として、他教科では『だれもが「科学者」になれる!』『社会科ワークショップ』(いま『数学者の時間』を執筆中!)、教科横断のアプローチでは『あなたの授業が子どもと世界を変える』『プロジェクト学習とは』『PBL~学びの可能性をひらく従業づくり』『子どもの誇りに灯をともす』

 

3壁を使って思考と学びを可視化する

 教室や廊下の壁のスペースを使って生徒の思考や学びを展示することで、生徒のエージェンシーを重視した実践が強化されます。生徒は自分たちの成果を視覚的に見ることができ、教室全体が学びに満ちた活気ある環境になります。その際は、生徒を自分たちの学びの展示に参加させ、あらゆる場所にその成果を示すよう促しましょう。

 これは、成果物を生徒がつくり出す学びとも言え、従来のテストが最終目的であった学び方を卒業して、終わりのないサイクル型の学びへの移行を意味します。というのは、暫定的には壁に貼り出したものが成果物ではあるのですが、それにクラスメイトや校内・校外の他の人たちからのフィードバック(付箋)がつくと、探究が新たなサイクルを回し始めるきっかけになるからです。なお、今の時代は一人一台端末を持っているので、壁スペースを使った展示は、オンラインで校外の人も対象にしたサイトなどをつくる活動へと発展させることは容易です。 ~『一人一台で授業をパワーアップ!』

 

4生徒を専門家として位置づける

 生徒は他の生徒と共有できる専門知識をもっています。ディジタル・リテラシーのスキルなどは、生徒が専門家となることができる分野の一例です。生徒同士で授業やワークショップを開催し、スキルを共有し合うことで、互いにサポートし合いましょう。生徒たちは自分が講師役を務めることに喜びを感じ、教師であるあなたも参加したくなるかもしれません。

 また、学校の広いコミュニティー(関係者)を活用して特定の内容についての教えてもらう機会をつくることも大切です。保護者や地域のエキスパートや上級生(クラスメイトでさえ!)は素晴らしい専門家となり、あなたとは異なる視点を学びにもたらしてくれます。生徒たちは、教師(や教科書)以外の専門家から学ぶことで成長し、学びを深めるでしょう。これは、教科の学びとSELの統合にもなります。 ~『国語の未来は「本づくり」』(やhttps://x.gd/Y9zuJのほとんど!)『学びは、すべてSEL

 

5イノベーションのモデルを示し、生徒が創造的になれるように促す

 学習者が遊び、探究し、問題解決する機会をもつことで、エージェンシーが育まれます。ユニットの終わりには、生徒が自分の理解を固め、応用し、自分のアイディアを創造するための時間を提供しましょう。 ~『たった一つを変えるだけ』『あなたの授業が子どもと世界を変える』『プロジェクト学習とは』『「おさるのジョージ」を教室で実現』『退屈な授業をぶっ飛ばせ!』『教育のプロがすすめるイノベーション』、そしてhttps://x.gd/v1ufG

 

参考: https://x.gd/cVIyk

2024年9月21日土曜日

学校にとっての「貴重な存在」

  埼玉で教務主任/初任者校内指導教諭をしている田所昂先生のhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2024/08/blog-post_18.html に続く、第2弾です。

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「1年目の先生に教えてもらえるなんて、うちの孫は恵まれている!たくさんいる先生の中で、一番子どもたちのことに本気で向き合ってくれる先生なんだから…。」

これは私が初任者時代に受け持った児童の家族から言われた言葉だ。13年経った今でもそのときのことは鮮明に覚えている。

私が勤めている学校にも初任者の先生方がいる。初めて学校の先生として赴任しているのだから、分からないことだらけの毎日だ。周りの先生方に質問したり、時には周りの先生方から声をかけたりして、一つひとつの問題を乗り越えている。

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文部科学省が2025年度の概算要求のポイントを公表した。その中には教員志望者の減少や離職率の上昇に対する処遇改善策が多く並んでいる。教職調整額の改善や各種手当の改善、新たな職の創設など。初任者に関しても採用数の増加による持ち時数の削減や、担任を持たせないなどの具体的な例までもが挙げられている。

アメリカ国防総省教育活動の教育研究アナリストのメーガン・テグラーと教師のマッケンジー・ハンプトンは『新人教師のためのリレーショナルサポート』【https://ascd.org/blogs/relational-support-for-new-teachers】という記事を書いている。そこには「新しい教師が、個人的にも職業的にも、教室、チーム、学校、教育委員会、そして教育の専門職にとって重要であることを認識できるようにする」ことがとても大切であると記されている。

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1学期最後の初任者研修の校内指導。初任者の先生方が4月に立てた「理想の(目指したい)教師像」=「目標」にどれだけ近づいたかの振り返りや2学期に向けての課題と手立てについてフィードバックし合った。私はその様子を見たあと、先生たちにただ一言「子どもたちのために学校のために、クラスを守ってくれてありがとう」とだけ伝えた。校内指導教諭としては物足りない一言だったかもしれないが、私は本当に大切なことだと考えて伝えた。

1年の初めから、「学校で初任者を支える」と考え、様々な手立てを打ってきた。

① 初任者研修校内指導の役割分担

校内指導教員と初任者間で行われがちの初任者研修校内指導を、より多くの教員に初任者と関わってもらうような形に変えた。それぞれの先生方の専門を見ながら、話してもらう内容を決め、事前にこちらからお願いをする。研修が終わったあとはこちらから声をかけ、研修の様子を伺ったり、お礼を伝えたりする。初任者は様々な先生のことを知ることができ、自然と目指したい教員の姿をより具体的に見つめたり、相談や指導を仰ぐ相手が増え、学校の中に居場所を見出したりすることができる。学校側としては、自然と教職員同士の会話が増え、同じ目標に向かって行動する姿が増える。それぞれが違った分野・アプローチであっても、目指すところが同じだと一体感が生まれる。自然と初任者だけでなく学校組織全体が活性化され、組織力が向上するのだ。

② 「指導する」ではなく「共に考える」というスタンス

校内指導を多くの先生方と分担することで、校内指導教員である私は、初任者と年間目標を対話する中で設定し、達成するための手立てを決め、その振り返りとフィードバックを毎月行っている。また校内で公開授業や研究授業があった際は、その振り返りも合わせて行っている。そこで私が年間を通して貫いているスタンスが「共に考える」というものだ。「共に考える」というスタンスは、会話の中に問いを立てながら初任者の考えを整理するというものだ。初任者自身の考えを整理しながら、何がしたいのか、どう考えているのかを引き出していく。その中で自分が行いたい手立てを自己決定させたり、自分の課題・強みを言語化できるようにしたりする。そうすることで初任者は自ら考え、試行錯誤しながら、目標とする教師像をめざしていく。課題を設定し、その課題解決のための手立てを自ら選んで、時に一人で時に協働して試行錯誤する。その上で出た考えや結果を振り返ったり、互いにフィードバックしあったりすることで、次の課題を見出していく。子どもの学びにおいても大切なこのサイクルは教師の学びにおいても大切なのではないかと考える。

③ メンターメンティーチームの確立

今の職について3年。その前の1年は大学院での学びの機会を得た。そこで出会ったメンターメンティーチームという仕組み。その仕組みをより学校の実態に合わせて、この4年間をかけて形にしてきた。2年目から4年目の教員はすべて私とメンターメンティー研修を初任者時代に経験している教員たち。その教員が集まって、初任者のためにできること・必要なことは何かを考え、話し合いながら活動を計画していく。その計画と活動の中で、初任者は自分と年次が近い教員、すなわちより目標としやすい教員の中から自分のスタイルに合っている教員を探して学びを深めていく。「このことはこの先生。あのことはあの先生に…」と初任者が選んで学べる、真似できる姿が目指すところだ。もちろん、メンティーである初任者だけでなく、メンターである若手教員にとってもメリットは多い。学校の中枢を担っていくという実感。自分の実践の見直し、考え方の整理。それが自然と関わりをもつ中でできる。なるべく勤務時間内でその機会を設定し、メンターへのフィードバックも欠かさずに行う。この取り組みが学校としての組織力を高めることにつながっていくと私は考えている。

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文科省の改革で変わることがあるのであれば、それは推し進めていくことも必要であると思う。ただ、その改革だけでは今言われている学校の問題・課題の根本的な改善にはならないのではないか。目の前にいる共に働く若手たち。その若手たちが学校にとってどんな存在なのか。それを学校全体で見直し、本当の意味での「チーム学校」を目指すことが、今本当に求められていることなのではないだろうか。