2022年12月11日日曜日

男子なんだから速く走ってよ! 差別のないインクルーシブな社会を考える

勤務校5年生の教室には、子どもたちと一緒に遊んだり、学習支援をしてくれる大学生がボランティアに来てくれています。最近の大学授業のひとつに、サービス・ラーニングというものがあるようです。自分なりに課題意識を持って30日間、継続したボランティア活動を実施し、世界平和のために考え行動するための経験を学ぶとのこと。私の学級にも、子どもたちの性に対する課題意識をもったボランティア大学生が来ています★。

 

★日本のジェンダーギャップ指数(男女の違いで生じている格差や観念により生み出された不平等)は146か国中116位。

 

思春期まっただ中の5年生の子どもたち。保健の授業ではちょうど「心と体の成長」について学習をしています。子どもたちの悩みの多くに「ニキビができやすい」「体重が増えるのがいや」「生理がくることの不安」「イライラすることがふえてきた」「親に言われたことはやりたくなくなる、嫌になるときがある」など、日々、悩みと不安に葛藤しています。

 

それとは別に性のあり方として課題意識をもっている、ボランティア大学生と一緒に「性の多様性」について、子どもたちと「性別って誰が決めるのか?」について考え合う授業を行いました。このテーマは、決して私の教室だけの問題ではありません。どの教室においてもその当事者がいるだろうし、差別されずに大切にされる必要があることなど、とても大切なことを考えるきっかけを与えてくれました。

 

「男子なんだから速く走ってよ!」こう言われてみんなはどう思いますか?

 

運動会練習において、実際にあった一場面のことです。「OK!まかせとけ!って思うよ」「女子だって男子より速く走れるし(怒)」「僕は足が遅いからこれにはちょっと当てはまらないなぁ」など、子どもたちは思い思いに語り合いました。多くの子どもたちはTVからの先行知識として、男女差別はいけないと分かってはいるようでしたが、あまり身近な自分たちの問題だとは考えていないようでした。

 

「じゃぁ、この子たちの性別は?」と、男の子らしいイラスト、女の子らしいイラスト、さらには男の子とも女の子とも区別できないイラストが掲示されました。子どもたちは口々に「それって髪短いから男子でしょ」「まつげが長いから女子だよ」「うーん、わからない。それオカマじゃん!」と続きます。すかさず大学生から「オカマという言葉は差別用語だから、私は使ってほしくな」と切り返されていました。的確ですばらしい。

 

「では、実際に男子とか、女子って誰が決めるものなの?」と、大学生から問いが続きます。「え!?生まれたときに決まっているからぁ〜、やっぱり神様じゃないの?」「親に言われて決まる?」「もしかして自分?」と、子どもたちはどうも自信なさそう。私からも「さっき、髪が短いから男子! まつげが長いから女子! って堂々と言ってたじゃん。それって誰が決めたのさ?」と問われて「あ、おれたち? つまり他人が決めているってこと?」と、少しずつ性別を誰が決めているのか、課題意識を持ち始めてきました。

 

そこで大学生から「性をきめるには、好きになる性、心の性、表現する性、体の性の4つがあります。そして、それを決めるのは自分自身であって、大切にされなければなりません」と4つの指標であるSOGIESC(ソジエスク)★★に照らし併せて大学生自身の経験、そして、これらはとてもプライベートなことであり、安易に口にすることではないことや、他人が決めていいものではないことの説明がありました。

 

SOGIESC(ソジエスク)

① 性的欲望の対象が何かを示す「性的指向(Sexual Orientation)」 

② 自分の性に対する認識である「性自認(Gender Identity)」

③ 服装・仕草・役割などにあらわれる社会的な性役割である「社会的性(Gender Role/Expression

④ 生まれてきたときに割り当てられてきた「身体の性(Sex)」

 

子どもたちの感想は様々でした。

 

     「男だから」「女だから」という言葉をなくしたいです。そういう言葉にしばりつけられて苦しんでいる人がいる。自分の呼び方も「女だから、『僕』なんて言っちゃだめ」とか、そんなの自由だって! もう少し思いやりをもちましょうよ。

     今までたまに「あなたは女」とか決めつけちゃったり、「オカマきもい」とか思っちゃったりしていたから、そういう考えを少しずつ変えていこうと思う。

     ハロウィンでもないのに男性がプリキュアの格好をしていたり、そういう人が以前、駅にいていわかんがあった。なんでだろう?  世の中に性別というものがなかったら、こんなことを思わないのかなぁ。

     心の性、表現する性、好きになる性は自分で決められる。けれど、体の性は自分では決められない。だから女子と男子という考え方はよくないな。それでいやな思いをしている人とがいるかもしれない。それと、性別がいっぱいあるのは悪いことでもないかも。

     人は性を外見で判断してしまうことが多い。自分で勝手に決めてしまうのではなく、まずは相手がどう思っているかをきいてみるのがいいと思った。

 

子どもたちは、これまで表面的に「②身体の性」で周りから判断してしまっていたことが見えてきたようです。授業の最後に、自分は足が遅いからと話してくれた子が次のようなことを伝えてくれました。

 

一人ひとり性があると僕は思っていて、性とは周りの人が表面的に決めて良いことではないと思います。自分でひとつの自分だけの性というものを尊重するべきだと僕は思います。先入観の思い込みを外して、自分の性という大事な個性を見つけるのが大事だと思います。

 

今回、学び考え合うにふさわしい感想がたくさんありました。子どもたちは、これまで「ふつう」だと思っていたことがじつは、当たり前ではないことが少しずつ見えてきています。

 

4つの視点をクラスで共有することから、身近にできることを探し、差別のない、多様性が大切にされる社会を目指していけるとよいです。そういう私自身も男子だから、女子だからとつい教室で口にしてしまいがち。若い大学生から大いに刺激をもらいながら、日々、無自覚に行われてしまっていること、ステレオタイプに囚われてしまっているものの見方などに目を向けて反省しつつ、アップデートできる機会に感謝です。

 

★★




野口 晃菜 , 喜多 一馬 (編集)『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育 誰のことばにも同じだけ価値がある』(学事出版2022

 

今回、授業づくりにあたってはこの本を参考にさせてもらいました。第3章にあたる実践者である星野俊樹さんの「第3限 包括的性教育について学ぼう」から、私たちの生活の中には意識していない差別あがることや、性の多様性がその人の生き方であることなど、たくさんのことを学ばせてもらいました。知的に理解するだけでなく、クラスの中で情的に理解する手立てが紹介されています。ぜひ手に取ってみてください。この授業は、子どもたちだけではなく、バイアスをつくっている私たち教員や保護者にとても大切なものです。

 


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