2021年11月14日日曜日

てるちゃんのかお

新型コロナの感染状況もようやく落ち着きをみせ、学校は通常に戻りつつあります。これまで最小限に抑えられていた子ども同士の関わりが増えるに従い、トラブルも同じように増えてきます。子どもたちが気軽にふざけあって、からかってしまうのが見た目や容姿。それが深刻ないじめ問題へ進展していくこともあります。

 

本来ならば、教師と共に話し合いを通して、相手の気持ちを推し量ったり、自分の本当の気持ちを伝えてみたりと、一人ひとりが成長する機会となっていきます。そういった個別の問題を関係する子どもたちとは話し合うことはできたとしても、学級全体で考え合う機会をもつことはなかなか難しいものです。見た目問題は、子どもたちにとってとても気になるトピックでもある一方、話題にしたくともしづらくもあり、一人ひとりの悩みや個性にどう向き合っていくのか、教師として腕がためされるところです。

 

そのきっかけにふさわしい絵本が文:藤井輝明/絵:亀澤裕也『てるちゃんのかお』金の星社です。この絵本をもとに、教室で子どもたちと考え合ってみてください。著者の藤井さんは2歳の頃より、顔の右側に大きなコブができました。見た目問題に悩みながらも、医学博士として顔に病気や傷などを抱える人達に対する差別・偏見をなくすため、講演や授業をされていた方です。

 

絵本の読み聞かせをもとに、主人公てるちゃんの辛い経験やそこから努力してきたこと、まわりの家族の支えがあったことなど、子どもたちとてるちゃんの気持ちについて話し合いました。バケモノ呼ばわりされて心が傷つき、なんでこんな顔になってしまったのかその悲しい気持ちやみんなとちがう自分に悩んでいるてるちゃんに共感しました。みんなとちがっている顔のコブこそが個性ではないのか、だから強く生きてこられたのではないかと。子どもたちからは「顔のことについて気になることが私にもあるかも」と素直な感想もきけました。

 

てるちゃんこと藤井輝明さんは、見た目で辛い経験をずっと経験する中で、落ち込んだまま生きていくのも人生だけど、前向きに生きて行ってやろうじゃないかと「前向きに生きる五つの誓い」として、自分に掲げていることがあります。

 

素志貫徹のこと「常に志を抱きつつ、懸命に為すべきことを為すならば、いかに困難に出会うとも、道は必ず開けてくる。成功の要諦は、成功するまで続けるところにある」

 

自主自立のこと「他を頼りに、人を当てにしていては事が進まない。自らの力で自らの足で歩いてこそ、他の共鳴も得られ、知恵も力も集まって良き結果がもたらされる」

 

万事研修のこと「見るもの聞くこと全てに学び、一歳の体験を研修と受け止めて慎むところに真の向上がある。心してみれば万物ことごとく我が師となる」

 

先駆開拓のこと「既製に捉われず、絶えず創造し開拓していく姿に日本と世界の未来がある。時代に先駆けて進む者こそ、新たな歴史の扉を開くものである」

 

感謝協力のこと「いかなる人材が集うとも、和がなければ成果は得られない。常に感謝の心を抱いて互いに協力しあってこそ信頼が培われ、真の発展も生まれてくる」

藤井輝明著『運命の顔』草思社 P.225P.226より

 

信じられないかもしれませんが藤井さんの顔を見ただけで、ツバを吐きかけてくる人もいます。藤井さんがバスに乗っていると中高年の男性から嫌な視線を感じていました。目が合うと上から下へ、完全に見下したように下げずむかのような視線。藤井さんがバスから降りる間際、中高年の男性はペッとツバを吐き捨てたのです。頭上に何かが落ちてきた瞬間、すぐにそれがツバだとわかったそうです。動揺してしまうと、怒りや悲しみが一気にこみ上げてしまうので、必死に気持ちを押し殺しました。「このようなことはゆうに百回以上も経験してきているじゃないか」と心の中で言い聞かせ、ポケットからハンカチを取り出し、まだ生暖かいツバを拭き取りました。バスを降りて、何食わぬ顔で歩くその男の人の横顔を見ながら。

 

“かつては目いっぱいの怒りを視線に込めてにらみ返していました。これはものすごく疲れることであり、不愉快な気持ちになります。そしてときどきあることを試すようになりました。それは、笑顔でおじぎを返すことです。不愉快な思いをさせられて、おじぎを返すなんて、おかしな話かもしれません。私がおじぎをすると、まずほとんどの人がキョトンとします。知り合いでもないので、当然のことでしょう。私がおじぎをすると、あわてて視線をそらす人や、気まずそうにうつむく人など、反応はさまざまです。けれども、なかには私につられて笑顔になる人や、おじぎを返してくれる人もいるのです。このほうが、どこか知り合いになれたような気がして、よっぽど気分がいいことだと思いませんか? 私にとっても、きっと相手にとっても。”

藤井輝明著『運命の顔』草思社 P.223より

 

藤井さんは「ただ前を向いていたいと思って生きていただけに過ぎない」と言っています。「自分の目の前に立ちはだかる何かそれにぶつかった痛みに屈すれば障害になり必死に乗り越えようとすれば目標になり得ると。藤井さんにとって顔のコブは克服してきたことではなく、今の現状から逃げずに、前を向いてて生きようとしつづけてこられた個性なのかもしれません。

 

藤井さんは今年の5月にお亡くなりになりました。コロナ前には私の勤務校にも来ていただき、講演や子どもたちと気さくにおしゃべりしてくださり、実際に顔のコブにも触らせてくださいました。実にぷにぷにしていて温かい。触られている藤井さんは、終始ニコニコしていて嬉しそうでした。これは藤井さんにしかできない「ふれあいタッチ授業」です。

 

もう一度本校にお呼びしたいと思っていましたがそれはかなわぬこととなり、残念でしかたありません。しかし、藤井さんが残された多くの著作は、子どもたちがこれから思春期になって見た目問題に悩んだとき、藤井さんと再び出会い直し、励まし、前向きに生きる支えになってくれると信じています。

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