本は、『PBL〜学びの可能性をひらく授業づくり〜』(リンダ・トープ&サラ・セージ著、北大路書房、2017年9月)です。
「この本の構成は、本当に読みやすかったです。最初で概観を示し、少しずつ詳細へと螺旋的に書かれていく感じは、理解が深まりました。一読して、最初の1・2章をもう一度読むと、さらに理解が深まっていることがよく分かり、この本の読み物としてすばらしさも感じています。
PBLは、教師のインストラクショナル・デザインの力が試されると思いました。スタンダード(指導要領)・子どもの実態・地域の材という集合の中で、問題としてよいものを見つけ出す力は、教師のアイディアと創造力でしょう。しかし、こういうことがやりたくて僕は教師になったわけですから、腕がなるといえます!! のびのびと実践し、経験を積みたいです」と、メールをくれた横浜市の冨田先生が、読みながら付けたメモをベースに感想も送ってくれたので、紹介します。(Pは、ページ数です。)
● PBLの3つの特徴
・学習者は、問題をはらむ状況の中で、利害関係者として問題を解決する。
・教師は、学習者が自分と問題とのつながりを感じながら学べるように、適切な方法を用いて包括的な問題を中心に据えてカリキュラムを編成する。
・教師は、学びの環境を整え、学習者の思考をコーチし、探究活動をガイドして、深い理解へと促す。(P18)
● 構造化されていない問題と、子どもたちが担う役割(立場)の重要さ
・問題をはらんだシナリオの中で、学習者に利害関係者の役割を与える
・学習者が、構造化されていない問題をはらんだ状況に浸る
・構造化されていない問題は、その不完全な状況そのものがもつ力で、彼らに「知っていること」と「知るべきこと」を明確に区別する作業に取り組ませる。(P23~P25)
最初、PBLとかつて私が取り組んでいた問題解決的な社会科の違いについて考えながら読んでいました。
まず、PBLは構造化されていない、問題をはらむ状況そのものを扱うのに対し、私の問題解決的学習はかなり私が構造化し、子どもが消化吸収しやすいようにしていました。問題解決的学習は、国語や算数のように、完全に系統立って単元の授業計画を配列させていませんでしたが、私自身が子どもたちの学習の舵取りをして、学びやすいように経路を選択していました。PBLは、役割をつかって問題の利害関係者となり、その立場で自分の意志で探究していくので、その学びの責任や自由度はとても高いです。
「役割」というのは、キーワードだと思いました。一つの資料や問題記述を見ても、その役割(立場)によって見方・考え方は大きく違うことを学習に利用しています。子どもたちは、子ども(学び手)の立場以外にも、いろいろな社会的な立場に立って学習を探究するので、多様な立場からの考える力を育むだけでなく、立場を生かして学習を楽しむことができます。立場を変えれば、同じものを見ても全く違うものになるという学習経験は、これから社会に出て実際の問題を解決する子どもたちにとって、本当に大切です。
一般的な学習だったら、次は農民の立場で、次は武士の立場でと、画一的に教師の指示の下に行われていくことはありますが、PBLでは、小グループがそれぞれ異なる立場を担いながら、同時に学習を展開し、学習のフィールドで役割になった遊ぶ感じがすごく楽しそうです。
●問題記述
・与えられた問題を解決する過程で学習者に「今の段階で取り組むべき問題を具体的に記述したもの」(問題記述)を書き表すようにさせています。
何度も繰り返して問題記述を書き改めてきたことで明確になった本質的な課題と、それが満たすべき条件に照らし合わせて、これらの解決策を評価します。(←意思決定マトリックス) (P27)
・コーチとしての教師の仕事は、簡単な問題記述で満足させず、タマネギの皮をむき続けさせることなのです。(P48)
・問題記述では、「〜という条件の下で、どうしたら私たちは〜できるだろうか?」という問いかけのひな形を使うことがよくあります。(P53)
・自分たちの手で現実の問題を明確にしていかなければならないのです。(P85)
そして、この問題記述の考え方が、私には抜け落ちていたと感じました。
ワークショップで「選書」や「問い・テーマ選び」など、学習プロセスとして簡単には表現するものの、本を選んだり、問いを作ったりすることは非常に難しいし、さらにそれが授業ではできても、日常生活の中でまったく役に立たないというのは、よく見られることです。
日常生活は、目の前の状況を問題として捉えようとするプロセスから入って、問題解決がスタートします。どのように問題を捉えるかというところから始まるのです。それに対し、授業場面では出来上がった問題が提示されます。問題を捉えるというプロセスが抜け落ちていて、そこに現実に存在する問題(←これが、構造化されていない問題)のような複雑さはありません。
選書で言えば、いつも児童書コーナーでその子の学年相当の本がきれいに並べられているようなもので、本当の選書力は、雑然とした情報の山から読みたい本を検索するところから始まるでしょう。「問い・テーマ選び」でも、子どもたちの様子を見ていたら分かるように、問いやテーマを発見することこそ、本質的な学びの肝であり、それができればほぼ探究的な学習は自立的に進んでいく確証を得たようなものです。けれど、本当の「問い・テーマ」は、複雑な現実社会の中で試行錯誤して、すこしずつ具体化していくもの。授業のように、黒板の一番上に学習問題が出ることなどないのです。
目の前の状況を問題として捉えるという学習プロセスをしっかり授業の中に取り込んで、子どもたちに日常生活で生きる問題解決能力を身につけるのがPBL。目の前に食材が置かれるように問題が運ばれてくるのがわたしたちの学校の授業のように感じます。問題解決的学習は子どもから問いを生むという表現が使われますが、教室全体で一つの学習問題を追っていくために、一人ひとりが問題を捉える力や具体化する力を養えるとは思えません。けれども、PBLでは厳しくも、資料や立場から「知っていること」「知りたいこと」「思いついたこと」で複雑な現状を整理し、問題記述を一人ひとりが作成することを通じて、目の前の問題を具体化する(=学習問題をつくる)という学習プロセスを踏みます。最初の問題作りを丁寧に、そしてしっかり子どもたちに委ねて探究へと進ませるところが、私にとっては驚きでした。子どもにとって、日常生活の困った状況から問題を明確にすることこそ、本当に役立つ力です。
●学習サイクル
・PBLの単元のテンプレート (P48)
・問題との出合い:蚊の問題に出合うための「指示書」
教師の環境の工夫
教師が活動目標を提示したり、問いを立てたりしない。子どもが「指示書」から「知っていること」「知るべきこと」「思いついたこと」を整理し、問題記述を作る。(P52)
・重要だと思って選んだ「知るべきこと」が共通する学習者同士で3〜5人のグループ(専門家グループ)をつくり、協働して活動するのがよくあるやり方です。そして情報収集が完結した時点で、それぞれの専門家グループからひとりずつ集まって新しいグループを作り、収集した情報を新しいグループ内で共有するのです。「ジグソー」
←問題記述の後に専門家グループ。最初から専門家グループではない!!(P55)
・問題に出合う・知っていること、知るべきこと、思いついたことを特定する・問題を定義する(テーマ・問いを立てるプロセス)→情報を集め、共有する (P67)
学習サイクルについても、かなり今までと違う視点が入っていると思いました。最初の問題記述を作ってから、ジグソーをうまく使って、グループ学習でしかも一人ひとりが学びの責任を感じられるような学習デザインがされています。グループ学習で、友達に頼りすぎて依存的な学習になる子の課題や、支援を得られないで孤立化してしまう課題を、うまく解決へと導いています。そして、問題記述に立ち返らせることで、問題をより具体化していくというのも、学習の目標や問題解決から逸れないための自己評価の方法として機能していますし、学習が深まれば深まるほど問題記述が具体化し、カンファランスの材料や学習の指標になるという点にも、なるほどという思いでした。問題記述に立ち返るというのが、ポイントです。
●評価がやる気を引き出す
・各グループがそれぞれ解決策を発表して、それぞれのグループの発表の後で生徒たちが審査委員会の委員と質疑応答する
・評価は、教師と生徒が一緒に作成したルーブリックによってなされることが多い。(P59)
・学習者とは、自分の努力の結果を知りたくなる存在です。自分たちの取り組みをきちんと考察し評価してくれる人がいると信じられるとき、彼らは情熱と厳しさをもって任務を引き受けるのです。(P87)
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