2025年4月27日日曜日

「チェックリスト」という優れもの

 日本の教育界では、まだその威力がほとんど知られていないチェックリスト、およびそれを中心につくられる様々なプレイブックが欧米では、ここ5年ぐらいの間にたくさん出版されています★。普及の理由は、(使う側の立場での)使いやすさと、(つくる側の立場での)学びの多さが挙げられるかと思います。そして、強調すべきは、そのチェックリストは固定化されたものではなく、流動的なものであるということです。つまり、使う人の状況や場面によって臨機応変に修正を加えられるもの、ないし加えるべきものと捉えていることです。

 このチェックリスト、医療界ではしばらく前から当たり前になっています。それも、日本を含めた全世界で。それは、アトゥール・ガワンデの『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で"正しい決断"をする方法』を読んだり、彼のTEDトークを見ることで明らかです(https://digitalcast.jp/v/13267/ で日本語字幕付きで、この動画が見られます)。「ハーバード大学の外科医である私が、多くの時間を費やしてチェックリストなどに頭を悩ませることになろうとは思いもしませんでした。しかし我々が発見したのは、それが専門家の能力を更に引き出すツールだということです(動画の13:50付近)」と彼自身が言っています。

 『インストラクショナル・コーチング』(近刊、図書文化)のなかでは、この優れものであるチェックリストがどのように教育界でも使えるようにしているか詳しく紹介されています。少し長くなりますが、その該当箇所を下に引用します(翻訳書のページ数がまだ確定しないので、原書の151~3ページです)。

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 ガワンデは世界保健機関と協力して、世界中の八つの病院で手術の際のチェックリストの効果を研究しました。調査は、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、イギリスの豊かな国々とタンザニア、ヨルダン、インド、フィリピンの貧しい国々の病院で実施されました。結果は、驚くべきものでした。手術チームがチェックリストを使った場合、すべての病院で合併症発生率が平均で35%低下し、死亡率は47%も低下したのです。この結果を主な要因として、チェックリストは世界中の病院で効果的なケアを行うための必需品と位置づけられています。もしあなたが最近病院を訪れたなら、たぶんあなたは誰かがチェックリストを使っているのを見ることでしょう。

 手術室と同じように、私たちは教室でもチェックリストが重要であることを発見しました。チェックリストは、コーチが教師にどのように抽象的な概念を具体的な行動に移せるのかを示す助けになります。教え方に関するやりとりが抽象的/一般的過ぎるとき、教師は話し合われていることを実践に移すのに苦労します。たとえば、私たちは授業でより高次の思考★★を見たいと言いますが、それを実現するための具体的な方法についてははっきりさせない場合があります。一般的なレベルの話し合いは助けになりますし、概念を探究する機会も提供してくれますが、それだけで本当の変化がもたらされることはありません。私たちがインタビューをしたコーチたちは、チェックリストがあることで、コーチの働きかけがより具体的になり、効果を上げるのを助けていると声をそろえて言っています。

 テキサス州のあるコーチは言います。「チェックリストをつくり出すことは、自分自身の能力を高めます。つくる過程では教師にくだらないものを提供しないよう常に自身を戒めているのです。自分自身に対して高いレベルの思考力と根気を課すことで、教師にも同じものが提供できますし、それが最終的に生徒たちにも提供されることになります」

 プレイブックのためのチェックリストをつくろうとする時、コーチはどのような教え方が役立つのかを深く考え、それを簡潔かつ明快に説明する必要があります。チェックリストをつくり出すことの最も重要な理由の一つは、まさに、それをつくり出す過程で得られる深い理解の経験にあると言えます。コーチが個々の方法についてよりよい理解がもてたら、彼らの説明はより明快になり、教師による実践はより強力になり、生徒の学びの利益になります。

 チェックリストはまた、とてもよいコミュニケーションの媒体でもあります。チェックリストはコーチのものでも教師のものでもないので、コーチがどのように教えるべきかを伝えるときよりも、チェックリストを介して教え方を話し合うことは、両者がはるかに協力関係を感じることができます。チェックリストの各項目は、コーチに教師の声(考え)を発せるようにすると同時に、深い理解をもたらす機会を提供します。自分と共に成長する教師が生徒に教える際に教え方を修正したいかとコーチが尋ねるとき、教師は自分の声を大事にしてくれていると思い、それに修正を加えるためにはよりよく理解する必要があるので、その方法を深く学ぶことになります。

 チェックリストには、いくつかの目的があります。ある時は、何かの仕方を説明するために使われます。またある時は、作品の質を測るルーブリックとしての役割も果たします。さらに、チェックリストは、教師ないし生徒がすることを説明するのに、コーチによって使われることもあります。教師であれば、授業の導入で使い、生徒であれば自己評価やテスト勉強に使うことができます。

 チェックリストは、生徒の学びとウェルビーイングに確実にプラスの影響を与えるように、教師が教え方を実践するのを容易にするものでなければなりません。それを実現するために、チェックリストは重要な情報を除外することなく、できるだけ短いものが望ましいです。加えて、チェックリストは、その教え方について鍵となる情報を、簡潔で、誰にでも分かる表現を使って書かれたものです。

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 最後に、具体的なチェックリストの例を示します★★★。

上の訳は、次のようになります。

形成的な評価を効果的に使うためのチェックリスト 

・すべての生徒が回答する(よく考えて反応する)。

・グループで回答するための方法を練習しておく。

・個別に自分の回答を説明するように尋ねる。

・必要に応じて、評価を繰り返しすることで、より鮮明にする。

・評価の結果を活用することで、生徒の学びを補強する。

・効果的な問い方を使って生徒がよく考えられるようにする。

 

https://projectbetterschool.blogspot.com/2022/05/blog-post_15.html を参照。

★★「高次の思考」は応用、分析、統合、評価で、「低次の思考」は暗記(知識)と理解といわれています。「ブルームの思考の6段階」で検索してください。

★★★出典:666c8337cbda758723998bfd_model-Instructional-Playbook.v4.pdf

2025年4月20日日曜日

「教員研修は、受講者の実践を変える」と「教師は、変化に抵抗する」という神話

 『インストラクショナル・コーチング』(近刊、図書文化)の著者のJim Knightは、過去25年間、教員研修に携わってきた人です。その過程で学んできたことを振り返るなかで、かつて自分が信じていた、そして教育者全体の意識のなかに今も根強く残っている、いくつかの教員研修(プロとしての教師の学び)にまつわる神話を特定したので、紹介してくれています。今回は、その1回目です。

●神話1・教員研修は、受講者の実践を変える

 私が25年以上前に教員研修に携わり始めた頃、ワークショップ★が主な手法でした。そして現在に至るまで、ワークショップは世界中の教育者にとって最も一般的な研修の形態の一つであり続けています。年に数回、教師たちは大きな会場に集まり、効果的な教え方や学級・学校運営に関するアイディアを講師から聞くことになります。ワークショップは、多くの教育者が同時に研修を受けられるため、実践を変えるための費用対効果の高い方法として捉えられています。

しかし残念ながら、人々が研修で学んだことを実際に実践に移すことはほとんどありません。その理由の一つは、多くの場合、聞いたことの大半をすぐに忘れてしまうからです。実際、エビングハウスの忘却曲線(1913年)によれば、人は聞いたことの50%24時間以内に忘れ、1週間以内には7080%を忘れてしまうとされています。研修で学んだことを実際に実践している少数の教師たちも、おそらく学んだ内容を自分で再度学び直しているからこそ、それが可能なのだと私は推測しています。

さらに、ワークショップを含めた研修は「個々の違いやニーズを無視した画一的な方法」で変化を促そうとするため、個々の教師が抱える差し迫った課題には対応できないことが多いのです。また、専門家が「どのような実践をすべきか」を教師に伝える形になるため、教師たちは自分に押し付けられていると感じ、主体的に関わっているとは思えないような「一段下の立場」に置かれてしまうこともあります(『人を助けるとはどういうことか~本当の協力関係をつくる7つの原則』エドガー・H・シャイン著、金井真弓訳、英治出版、2011年)。

こうした理由から、教員研修で共有された方法がうまく実行に移されない(あるいは全く実行されない)ことは、もはや驚くべきことではありません。さらに問題を深刻にしているのは、教師たちが「研修で紹介された内容が実際には現場で使われていない」と気づくと、変化への意欲が減ってしまうという現実です。研修が実施されても実行に移されないという経験を繰り返すたびに、教師たちは新たな改革の取り組みに対して注意を払わなくなっていくのです。

 その結果、研修を型通りに実施している学校では、「(不易が何であるかわからないのに)不易と流行」という言葉がよく聞かれるようになります。つまり、どんな新しい取り組みも一時的なもので、どうせすぐに通り過ぎてしまうという皮肉まじりの諦めの表現です。さらに、研修のテーマが整理されていなかったり、互いに矛盾していたりすることも多く、教師が学びの内容を理解するのが難しくなるだけでなく、変化に対する教師の前向きな姿勢をさらに損なってしまいます。

こうした限界はあるものの、研修にも重要な役割はあります。たとえば、効果的な実践に対する「認識を高める」ことや、教育委員会レベルでの「共通理解を深める」ことには貢献します。しかし、それだけでは十分ではありません。私自身が研修について学んできたことは、ジョイスとシャワーズ(1982年)が40年以上前に示した結論を裏付けています――すなわち、「本質的で深い変化」は、ワークショップだけでは実現せず、「ピア・コーチング」や「インストラクショナル(授業改善のための)コーチング」といったフォローアップが必要不可欠だということです(https://projectbetterschool.blogspot.com/2015/11/blog-post_29.html の2つ目の表を参照)。

そこで提案ですが、もし教育界のリーダーたちが、「教員研修/ワークショップは気づきを教師に与えることはできても、真の変化を生み出すものではない」と認識し、その理解をもとに、コーチングやメンタリングのような、実際に持続的な変化へとつながるプロの教師としての資質を向上する専門的研修を提供するようになったらどうでしょうか。

★以下では、ワークショップ(体験型の学び)を講演形式の従来の研修会(さらには、話し合いをその場でするだけの勉強会等)と同義と捉えてください。

 

●教員研修の2つめの神話・ 教師は、変化に抵抗する

私(Jim Knight)がコーチやリーダーと仕事をする際に最もよく聞かれる質問のひとつが、「変化に抵抗する教師にどう対応すればよいか?」というものです。私自身も、教員研修に関わり始めた頃、期待した成果が見られなかったときに、同じ疑問を抱いていました。私は、自分が共有した内容を裏付ける研究を説明し、自分自身の成功体験を話し、私が使った実践方法を教師たちに勧めました。しかし、多くの場合、教師たちは私の提案した実践を取り入れようとはしませんでした。そうして私は、変化への抵抗は人間の一般的な性質なのだと考えるようになっていきました。

けれども、私がその後学んだのは、人は変化そのものに抵抗するのではない、ということです。彼らが抵抗するのは、「自分が安心して取り組めない変化」や「その意味が見いだせない変化」なのです。

ジョセフ・グレニーら(『インフルエンサー: 行動変化を生み出す影響力』吉川南訳、パンローリング、2018年)は、人が変化を受け入れるかどうかを決定づける2つの重要な問いを挙げています。「それはやる価値があるか?」そして「自分にそれができるか?」という問いです。もし誰かが、ある取り組みについて「価値がある」と感じ、「自分にもできる」と思えれば、その人は実行に移します。逆に、「価値がない」と思ったり「自分には無理だ」と思えば、その人は実行しないでしょう。表面上は衝突や批判を避けるために、最低限の期待に応じて形だけ従うかもしれませんが、本気では取り組みません。人は「うん、わかった」と頷きながら、実際には何もしないということに、とても長けているのです。

 ウイリアム・R. ミラーとステファン・ロルニック(『動機づけ面接』原井宏明ほか訳、星和書店、2019年)は、変化という個人的な経験を研究することにその職業人生を捧げてきた人たちですが、彼らは「抵抗」という言葉を使うのをやめ、「ミスアラインメント(ずれ/不一致)」という言葉を使うべきだと提案しています。リーダーやコーチは、教師が最も必要としていることを共に見つけ出し、その望ましい未来への道筋を示すことで、教師との間にアラインメント(一致)を築くことができます。要するに、教師が現実をよりはっきりと見られるようにし、生徒のために重要だと教師自身が考える力強い目標を立てられるように支援する教師の専門性を向上する研修は、本当の変化をもたらす可能性が高いのです。

結局のところ、変化に抵抗しているとして教師を責めるのは、生徒が学んでいないことを理由に生徒を責めるのと同じです。もっとよいアプローチは、本当の変化が起こりうる条件をつくり始めることです。だから私は今では、教師を「変化に抵抗している」と責めるのではなく、「教師が実行に移さないのは、自分の何が原因なのか?」と自問するようにしています。

そこで提案ですが、もし変化を導くリーダーたちが、「抵抗」に注目するのではなく「アラインメント(一致/共通理解)」に焦点を当て、教師に「何が必要か」を尋ねたうえで、その分野での教師の専門的な学びを支える持続可能な★★教員研修の機会を提供したとしたら、どうなるでしょうか?

★★今行われている教員研修は、残念ながら、生徒たちまで還元されることがほとんどない、「専門的」とも「持続可能」ともいえない研修がほとんどです。教師たちのほとんどは、それに対して「ノー」と言っているのであって、生徒たちに還元でき、自分の専門性が高まり、持続可能なものであれば、喜んで取り組んでくれるはずです!

出典:https://ascd.org/el/articles/five-myths-about-teacher-professional-learning

2025年4月13日日曜日

学習科学における文化とはなにか 「この子らしさ」を見失わないために

教室で、「あの子、なんだか話し合いが苦手そうだな」「この子は、やる気がないわけじゃないのに集中しづらそうだな」と感じたことはありませんか? どんなに教材研究をしても、ていねいに説明しても、なぜか学びがうまくいかない。そんなとき、私たちは「子ども側の問題かな」と思ってしまいがちです。でも、もしかすると、子どもを取り巻く「文化」のことが見落とされているのかもしれません。

 

学習科学(Learning Sciences)は、学びのしくみを多角的にとらえる学問です。学校での授業だけでなく、家庭や地域、友だちとのやりとりなど、生活のなかの学び全体を対象にしています(Sawyer, 2018)。その中でとても重要な観点のひとつが、「学びは文化や文脈と切り離せない」という考え方です。子どもは、家庭や地域、育った環境のなかで自然に「学び方」や「考え方」の型を身につけていきます。つまり、子どもがどんなふうに学ぶのかは、その子が過ごしてきた文化と深くつながっているのです(Nasir et al., 2006)。

 

文化と聞くと、外国の習慣や伝統行事といった「特別なもの」を思い浮かべるかもしれません。でも、学習科学における文化とは、もっと身近な、私たちの暮らしのなかで当たり前になっている「ものの見方」や「ふるまいのパターン」を指しています。たとえば、「分からないことはまず自分で調べてみよう」と育てられた子と、「分からなかったらすぐに人に聞いてみよう」と言われて育った子では、学び方そのものがまるで違います。何をどう学ぶかにまで文化は影響を与えているのです(Cole & Packer, 2005)。

 

この文化の力は、学校現場にも色濃く表れます。たとえば、教室には教室なりの空気があります。「発言は手を挙げてから」「正解が出せる子ができる子」「静かにしているのがよい子」などなど。こうした雰囲気は明文化されていなくても、多くの子どもたちはそれを敏感に感じとっています。でも、その空気がしんどくなる子もいます。じっと座っているより体を動かしたい子、静かに考えていたい子、人前で話すのが苦手な子。そうした子たちが、「やる気がない」「聞いていない」「理解していない」と誤解されてしまうこともあります。

 

学習科学では、学びを「頭の中で知識を増やすこと」とはとらえません。むしろ、学びとは、誰かと一緒に行動しながら、文化的な実践に参加していくプロセスだと考えます。レイヴとウェンガーは「正統的周辺参加」という言葉でそれを説明しました。新しくその世界に入る人が、最初は「まわり」に参加しながら、少しずつ経験を重ねて「まんなか」のメンバーになっていく。その過程こそが学びなのです(Lave & Wenger, 1991)。

 

この視点で見ると、子どもたちが教室のなかでどう関わっているかが違って見えてきます。たとえば、意見を言えなかった子が、ノートに小さなメモを書いていたら、それは周辺参加のサインかもしれません。学級活動で発言せずとも、友だちの声にうなずいていることも、その子なりの参加かもしれません。学びは「中心」にいなければいけないのではなく、むしろ「まわり」からゆっくり育っていけるような環境こそが大切なのです。

 

さらに文化は、子どもの発達そのものにも影響を与えます。たとえば、アフリカのある地域では、赤ちゃんの手足を日常的にマッサージしたり、早くから運動を促す習慣があり、歩き出す時期が欧米よりも早いことがわかっています(Karasik et al., 2010)。また、アメリカの親は創造性を重視し、「型を破る」ことに価値を見出すのに対し、バヌアツの親は「正確に模倣すること」が知性の証だと考える傾向があるという研究もあります(Clegg et al., 2017)。

 

つまり、どんな子どもに育つかは、持って生まれた資質だけではなく、関わる大人のまなざしや、文化的な期待によって大きく形づくられているのです。教室で出会う子どもたちのふるまいを見たとき、「なぜこの子はこうなんだろう?」と考えるとき、そこにはその子が属してきた文化があるかもしれない。そう思うだけでも、私たち教師の見方は変わります。

 

教師にできることは、子どもの背景に想像力をもつことです。家庭の文化、地域の文化、そして教室の中の「当たり前」までを問い直す力です。ある子にとって当たり前だったことが、教室では通じない。ある子にとって居心地のよい空間が、別の子にとっては窮屈かもしれない。そうした違いに気づき、教室の中に「多様な学び方があっていいんだ」という文化をつくることが、子どもたちの可能性を開いていくのだと思います。

 

文化は変えられます。そして、文化を変えていくのは、毎日のちょっとした問いかけや対話、まなざしの重ねです。子どもの学びに違和感を覚えたときこそ、その背景にある文化に目を向けてみる──。それはきっと、目の前の子どもにとっての「本当の学び」を支える第一歩になるはずです。

 

2025年4月6日日曜日

エンゲージメントを実現するための教師の行動

これまで、数回にわたって学習者のエンゲージメントについて考えてきました。★1 今回は、そのまとめ。生徒たちのエンゲージメントを実現するために教師はどのように行動すべきかということを考えたいと思います。

先日、仲間の英語教員と、エンゲージメントに関する本のブック・クラブをやりました。参加者の一人、高校教員の振り返りです:

「エンゲージメントとは?という問いに戻って、もう一度1章を見直したことでした。生徒に何ができるようになってほしいか、何を考えてほしいか、を考えてゴールを設定しますが、夢中になっているか?満足しているか?を踏まえて授業を考えていたかと言われれば、Yesと言えません。教科書を進めること、単元末のゴールとなる活動をやりきることに必死になっていることの方が多いです。教科書の内容をどう進めるのか、評価や定期テストのためではなく、エンゲージメントのための授業づくりをする時間が欲しい。。。今、次年度の「論理・表現」★2 の授業を変えようと勤務校の英語科教員で話し合っています。定期テストはなくてもいいかも? 教科書は必要か?など、話し始めたところです。」

エンゲージメントという考え方の大切さは分かるけれど、自分自身の授業の中で、実現できているのか確信がもてないでいるようです。「今でもそれなりにがんばっている。この上にさらに何ができるんだろうか」といった声もありました。

これまで参照してきた、マーサーさんとドルニュイさんは、エンゲージメントを生み出すマインドセットを、生徒たちの中に創り出すために、教師が行動すべき5つのことを紹介しています。★3

行動1 コーチのように考え、行動する

 学習者が自らの力で、目標を達成できるように、パートナーして行動する。あくまで、目標達成の主体者は学習者本人。 

行動2  学習者の進歩を可視化する

 学習者に進歩を実感させること。それにより、満足感や有能感をもたせる。

行動3  信念について明示的 ★4 に話し合う

 学習についての、後ろ向きな考え方をやめさせ、前向きで健全な考え方を育む。

行動4  選択や意見を取り入れる

 学習のプロセスに、学習者自身の選択や意見を組み込むことで、学びへの自律性と積極性を育てる。

行動5  学び方を教える

 自分の学び方の特徴、学習課題の性質、効果的な学習ストラテジーへの意識を高める。

ここから、見えてくるのは、生徒たちが学びに対する主体者意識や当事者意識、あるいは、自らがコントロールしているといった感覚がもてるようにするために、生徒との対話を進めていく、そのような姿でしょうか。従来であれば、教師が生徒に伝えて(押し付けて)いたようなことを、生徒自身が自分自身で見出し、自分自身の学びの世界を切り開いていく。それを教師が後押ししていくといったイメージが浮かびます。

これらの行動を、授業の中でどうやって実現していけば良いのか、まずは探っていく必要がありそうです。

先に紹介したブッククラブのメンバーは、経験サンプリング★5 という方法を使って、授業中の生徒たちのエンゲージメントがどのような場面で高まり、どのような場面で低下するか、そのタイミングを探ってみることにしました。その結果をもとに、これからの授業づくりを考えていきたいと言っています。教師のエンゲージメントの探究の始まりです。

メンバーの一人は、エンゲージメントに関するブッククラブの振り返りで、次のように書いています:

「本当に授業が楽しかった時は、授業の後に、「今日の授業たのしかったぁ」と言ってくれる子がいます。また、年度末や異動で変わる時にメッセージで授業のことを書いてくれる子がいます。色々と工夫してがんばって授業をしていたことは子ども達は見てくれています。」

子供たちが夢中で授業に取り組む姿をみることが、教師のエンゲージメントにつながる。これは、いつの時代でも不変の真実のようです。

★1 PLC便り

2025年2月 「エンゲージメントの周辺」

https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/02/blog-post.html

2025年3月 「エンゲージメントを決定づける要因」 https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/03/blog-post.html

★2 現行の学習指導要領にある高等学校の英語の科目名。旧「英語表現」に代わって導入されたもの。

★3 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク, pp.61-75.

★4 直接、口に出して話し合うという意味で用いられているようです。原著では、”Discuss Beliefs Explicitly”となっています。

★5 授業中に10分ごとにチャイムのならし、その時点での認知エンゲージメントのレベルを生徒の自己評価させる方法。『インストラクショナル・コーチング』(ジム・ナイト著、図書文化、2025、近刊予定)第5章に紹介されています。