2024年11月10日日曜日

ICT活用で生徒の学びを支援!一人一台端末の効果と教育の可能性


2022年以降、日本の公立校では一人一台の端末が導入され、ICTによる学習が日常となりつつあります。なぜこのような学習環境が必要なのでしょうか。学校現場にICTを導入することの意義と課題とは何でしょうか。ICTを活用した学びが教員と生徒にどのような可能性を提供するのか考えてみました。

 

ICTデバイスが導入されている主な目的は、生徒に情報を適切に扱うスキルやクリティカルな思考力を身につけさせるためです。ダイアナ・ニービーとジェン・ロバーツの著書『11台で授業パワーアップ!』では、「情報をクリティカルに評価し、効果的に情報を収集・処理し、共同作業で高品質な作品を作るスキル」が必要とされています。このスキルは、将来の大学生活や職場での成功に不可欠なものです。一人一台の端末があることで、こうしたスキルを日常の学びを通じて体得する環境が整い、ICTを通じて効率的かつ豊かな学習が可能となります。ICTの利用は、生徒が多様な学習方法を選択できる点でも有用です。テキストを音声で聞くことができるオーディオブックや、手先が不自由な生徒向けのタッチペンなどのサポートツールが、学習体験を多様化してくれます。




 

ICTの導入にはメリットが多くありますが、一方で、その効果や影響についても議論が必要です。昨今のヨーロッパ一部の国では、ICTデバイスを小学校中学年で使わない方針をとる学校が増えており、デジタル機器の使用が子どもの心理的・健康的な面に与える影響が懸念されています。教育の現場では、ICTがもたらす学びのメリットとリスクの両方を認識し、慎重に活用していくことが求められます。

加えて、テクノロジーの使用に際しての重要な視点として、Googleの教育エバンジェリスト、ジェイミー・カサップ氏は「テクノロジーはあくまでツールであり、学びに焦点を当てるべきである」と本書で述べています。ICTは教師に代わるものではなく、教師とテクノロジーが相互に補完し合いながら学びの深まりを支援するべきだという考え方が根底にあります。

 

ICTの最大の利点は、生徒個々のニーズに合わせた学習支援ができる点です。たとえば、読むのが苦手な生徒には、音声での読み上げ機能を提供することでテキストの理解を助けることができます。また、授業のホワイトボードの内容をデバイスで記録したり、段階的なチェックリストを表示して自分のペースで取り組むことができるなど、学習過程の自己調整をサポートします。また、特別なニーズを持つ生徒には、学習内容を補完するためにデジタルツールを用いたサポートも重要です。例えば、視覚に障害がある生徒には音声読み上げアプリを、聴覚に障害がある生徒には視覚的な手がかりを増やした学習教材を提供するなど、生徒それぞれに適した学びを実現できます。

本書においては、その実践について著者の具体的な事例をもとに紹介されています。ICTを使うことで、生徒同士が学び合い、協力して課題に取り組む環境が整います。リアルタイムで共有されたテキストにコメントを残したり、ディスカッションスレッドで意見を交換する「いっしょ読み」など、双方向性の高い学びが可能となります。これにより、生徒は他者の意見を尊重しながら自己表現を磨くことができ、チームワークや協働力が育まれます。また、授業内でフィードバックを受ける際にもICTは役立ちます。Googleフォームを用いた相互評価や、音声コメントを活用したフィードバックなどにより、すぐに生徒に応じたサポートが提供できます。こうした工夫により、生徒は自分の成長を実感しやすくなります。

 

一人一台端末の活用に不安を感じる教師もいるかもしれませんが、まずはICTを積極的に活用している教師とのつながりを作り、実際の授業見学やオンラインでの情報交換から始めてみる提案がされています。これによってICTの活用方法は多様であり、まずは身近なところから少しずつ取り組むことで、ICTがもたらす可能性を実感できるはずです。

 

ICTは、教育の現場において生徒一人ひとりの学びを支え、学習を豊かにするための有用なツールです。しかし、テクノロジーはあくまで「学びのための道具」であり、教師の存在や指導の価値は変わりません。教師と生徒がICTを有効活用することで、生徒の学びを深め、将来に向けたスキルの基盤を築いていくことがこれからの教育において重要です。各教員が自らの授業に適したICT活用方法を模索し、柔軟な姿勢で取り組んでいくことによって、ICTはさらに有効な教育ツールとなるはずです。あるのに使わないなんてもったいない!

2024年11月3日日曜日

日本の学校はソフトスキルとどう向きあうのか?

先日、ある会合で、地域の高校の校長が次のようなことを言っていました。

「近年、「連帯」が不足しているのではないかと感じます。どういうことかというと、我々の時代には、体育祭のようなイベントの最後にフォークダンスを踊ったり、ファイアーストームをやったりしたものです。あのような人と人とをつなぐようなものが欠けてきているんじゃないかと。」

この校長は、一人一人の個性を尊重し、特性を理解して、個に応じた対応が不可欠だということは分かる。その一方で、人と人とが切り離されているように感じてしまうと言いたかったとのこと。その場に居合わせた私たちは、(同世代でもあり)フォークダンスやファイアーストームという言葉に、思わず微笑んでしまいましたが、同時に、今の若者が抱える深刻な状況が垣間見える気がしたのです。

その発言に対して、大学の事務局に勤める参加者からも、興味深い発言がありました。

「コロナ禍が始まったころ、感染者の感染源をたどるために、一人一人に丁寧に聞き取りをしていました。感染源としてもっとも多かったのが部活動関連。部活動仲間は一緒に行動していることが多いことが分かった。次に多かったのが、バイト先での感染。一方で、もっと驚いたのは、感染源をたどれない学生がかなりの数いたことでした。まったく、他人と接触していない若者です。」

コロナ禍で、人と人との接触が大幅に制限されていた時期ではありましたが、よくよく聞いてみると、普段から食事も1人で食べることが多く、人と一緒にいることが少ないという学生がかなり多くいたことに驚いていました。

濃密なコミュニケーションをもてている若者と個の中に埋没してしまっている若者の間に大きな格差が生まれてきているのではないかと思えました。人との良い関係を築ける若者がいる一方で、それがうまく築けない若者がかなりいるのではないか。日頃、10代、20代の若者と接している人たちは、ある程度、そのような感覚をもっているのかもしれません。

近年、ソフトスキルの重要性が注目されています。★1

ソフトスキルとは、仕事をする上でベースとなる個人の性格特性や行動に関わるスキルのことで、コミュニケーション力、リーダーシップ、問題解決力、柔軟性、協調性などが含まれています。一方で、ハードスキルとは、資格や技術、専門知識など、教育や訓練で獲得した能力のことを言います。

ソフトスキルが求められる背景として、1) 働き方改革の進行 2)AIの進化 3) エンゲージメントの低さがあると指摘しています。1)は、ソフトスキルが生産性を向上させ、働き方改革の実現につながるということ。2)は、AIが進化すればするほど、AIにはない、強調性や柔軟性、創造性など、人間ならではの能力が重要になるということ。3)のエンゲージメントは、ここでは会社や仕事に対しての愛情や思い入れのことを指しています。同サイトの説明によると、「エンゲージメントが低い会社では、業績や定着率、社員のモチベーションの低下、組織の衰退などが起きていると言います。ソフトスキルが高まることで、仕事に対するモチベーションやチャレンジ精神なども向上しやすくなると言われています。」と述べています。

世界最大のIT企業の一つであるグーグルの人材の採用基準について論じた、エリカ・アンダーソンさんの記事は、この問題と大きく関連しているように思います。★2 この記事があげている、グーグルの採用基準のトップ5は次のとおりです。

5  専門知識(Expertise)
4  自分事として捉えられる/取り組もうとする姿勢、マインドセット(Ownership)
3  謙虚さ(Humility)
2  リーダーシップ(Leadership)
1  学ぶ能力(Ability to Learn)

このリストは、例えば、謙虚さといった項目が意外性もあり面白いですが(自分よりも素晴らしい考えをもっている人がいたら、率直にそれを認めるようにしようという意味のようです)、あげられた項目よりも、その順序がとても興味深く感じます。

プログラミングなどの専門知識がもっとも求められそうな企業において、主体性や謙虚さ、リーダーシップなどの方が上位にきているのです。そして、もっとも重視しているのが「学ぶ能力」。その説明の中に、ここで言う「学ぶ能力」をよく言い表している一節があるので引用しておきます。

すべての会社は、好奇心にあふれ、間違えたり、危険を犯すことをおそれず、バカバカしい質問でも平気で聞く、そうやって新しい能力を磨き、新しい解決策を見出していくことができる人材を求めているのです。そして、そうやって組織は成長し、未来に向けて伸びていいけるのです。」

(原文 Every company needs employees who are curious, who are willing to make mistakes and go out on a limb and ask dumb questions in order to develop new capabilities and new solutions - that's how organizations will thrive and grow into the future.)

我が国の学校教育は、長年に渡り、ハードスキルを追い求めてきたように思えます。ハードスキル一辺倒であったと言えなくもない。もちろん、授業以外の場面、例えば、部活動や学校行事などでは、ソフトスキルを育むことのできる場面はあったと思います。

このソフトスキルをどうとらえ、どう学校教育の中に組み込んでいくのか。これが、今後の重要なテーマの一つになるように思えます。


★1 ソフトスキルとは? 具体例一覧と鍛え方、ハードスキルとの違い, カオナビ

https://www.kaonavi.jp/dictionary/soft-skill/

★2 「Googleの人材採用基準とは?」

Erika Andersen, How Google Picks New Employees (Hint: It's Not About Your Degree), Apr 07, 2014.

https://www.forbes.com/sites/erikaandersen/2014/04/07/how-google-picks-new-employees-hint-its-not-about-your-degree/?sh=6ae1775f25e4