2018年3月4日日曜日

PBIS(ポジティブな行動介入と支援)


 「K先生!T君の算数のノートを見てください。こんなにきれいにテープ図や式が書けているんですよ。すごいですよね!」 

これは、昨年4月から私が少人数授業教員としてティームティーチングをしている2年生の学級担任のM先生の言葉です。1週間ほど前、私が、休み時間にM先生の教室に入ったときの出来事でした。 

M先生が見せてくれたT君のノートを見て、私はすぐに「ほんとだ、ほんとにすごいね!素晴らしいね!」と言葉を発していました。 

二人の教師に褒められているT君は、はにかみながらも本当に嬉しそうでした。 

このT君は、算数が苦手で、繰り下がりのある引き算や九九の暗誦もなかなかできず、個別指導が必要な子でした。1学期の頃は、ノートの字も乱暴でお世辞にもほめられるものではありませんでした。 

 子どもだけでなく、私たち大人だって、自分の行動が認められたり称賛されたりすればやる気が上がるし、自信にもつながります。そして、ポジティブな・望ましい行動が増えていきます。 

 M先生については、昨年5月のPLC便りでも紹介しましたが、常に「ひとに対する敬意」をもって、子どもたちや教職員に接している力のある教師です。 

 しかし、M先生の子どもたちに対する指導・アプローチの仕方は、低学年のほかのクラスの学級担任の先生たちに影響を及ぼしてはいますが、学校全体には及んでいません。さらに、子どもたちへの影響については、せいぜいM先生がかかわっている2年生の子どもたちの範囲にしか及んでいません。 

 このように日本の学校(特に学級担任制の小学校)では、個々の教師の資質・能力によって学習指導も生徒指導・生活指導とその成果も大きく異なってしまうのです。 

 M先生が毎日実践しているような子どもたち一人一人の良さや頑張り、ポジティブな行動に対する称賛・プラスのフィードバックを、学校全体で子どもたちにかかわる全教職員がコーチングなどの行動科学や学校心理学、特別支援教育の専門家と連携・協同して行う取り組みが、1996年からアメリカで始まったPBISPositive Behavioral Interventions and Supportsポジティブな行動介入と支援)です。 


PBISは、研究者とアメリカ教育省の特別支援教育プログラム局とが連携して開発した児童生徒の行動面へのアプローチです。「応用行動分析」「予防的アプローチ」「ポジティブな行動支援」が、その基盤になっています(第1 PBISの基礎理解 10ページ)。 

PBISは、全校規模で実施される生徒指導の概念的フレームワークで、エビデンスに基づいた介入を構造化して実施し、すべての児童生徒が、学業においても行動においても最大限に成果を出せるように支援することを目的としています(同上、10ページ)。 

PBISが成功するために不可欠な条件として挙げられているのが、以下の6つです(同上、10ページ)。

1.全校規模で行うこと★

2.全校規模で行うための核となる専門部署(教育委員会)内での専門性の確立

3.データを収集・分析し、改善のための判断に活かすこと

4.データを取り続けること

5.組織に構造的な支援システム(人的・経済的・専門的な情報知識のリソース、研修、ポリシー等)があること

6.効果的な研修を継続的に行うこと 

さらに、これら6つの条件を成立させるために満たすべき「ガイドライン」が、米国教育省特別支援教育プログラム局から出されています(同上、1314ページ)。★★ 

 つまり、教師の経験や勘に頼って行っていた生徒指導を行動科学や学校心理学などの専門家と先生方がチームを組んで、財政面や研修面での教育委員会の強力かつ継続的なバックアップ・フォローアップを得ながら、学校全体ですべての先生方が取り組むのがPBISなのです。 


◆【学校全体で取り組むPBISのサイクル】〈資料2111参照〉 


PBISはその取り組みの成果である子どもたちの行動変容について、参与観察やインタビューなどの「質的データ」と意識調査や子どもたちの自由記述などの「量的データ」に基づいて、科学的に分析・評価し、取り組みそのものの改善のためにフィードバックするという実践のサイクルを繰り返していくのです(第2 PBIS実践マニュアル48ページ、資料2111「学校全体で取り組むPBISの連環」)。これは、正に「探究のプロセス」と同じです。 

◆【ポジティブな行動を生みだすサイクル】〈資料2112参照〉 

 

PBISでは、児童生徒に対して、「どうあってほしいか」「どういう行動をとるべきか」という具体的な行動レベルの期待像・ポジティブな行動を初めから明確に示し、それらの行動をとるために必要なスキルをすべての児童生徒が身につけられるようにします。資料2112は、子どもたちのポジティブな行動を増やしていくためのサイクルです。このサイクルは、行動科学や心理学の知見に基づいた「応用行動分析」によるものです。 

 これまでの生徒指導・生活指導の多くが、問題を起こした児童生徒に注目し、その問題行動に対症療法的に行われてきました。それに対し、PBISは、予防的、開発的・発達促進的なアプローチで、児童生徒のポジティブな行動を増やしていくために、学校が何をできるかという視点で考え、学校全体で探究的に実践していく画期的なものだと思います。★★★ 

 ただし、栗原氏も述べているようにアメリカのPBISをそのまま日本に導入するのではなく、「データと理論に基づく」視点をしっかりともって日本なりの工夫をしながらPBISの実践の輪を広げていくことが重要なのだと思います。



★  全校規模で行うPBISは、グリーン(すべての児童生徒への支援)イエロー(リスクの高い児童生徒への支援)レッド(より専門的な支援が必要な児童生徒への支援)の三層構造による支援になっています。これは、学校心理学3種類の心理教育的援助サービスすべての児童生徒を対象とした「一次的援助サービス」、学業面や心理・社会面、進路面で苦戦している児童生徒を対象とした「二次的援助サービス」、長期欠席やいじめ、非行など特別な援助ニーズをもつ児童生徒を対象とした「三次的援助サービス」に相当するものです。 

★★  ガイドラインで示されているものは、次の10個です。詳細については、この本をお読みください。

<リーダーシップチーム> <財源> <透明性> <行政からの支援> <ポリシー> <研修能力> <コーチング能力> <評価能力> <行動科学の専門性> <学校・学校区のモデル> 
★★★  栗原氏らを中心として始まった日本の学校におけるPBISの取り組みは、マルチレベルアプローチMLA)という包括的生徒指導を推進する4つの柱の1つに位置づけられています。その4つとは、PBISSELSocial and Emotional Learning社会性と情動の学習ピア・サポート協同学習です。〈資料「PBISSEL・ピア・サポート・協同学習の構造」参照〉 

 

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