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2023年2月19日日曜日

評価は多様な視点で

年度末になると「評価」が始まる。私はこの時期あまりハッピーではない。というか、いつも悩み続けているといった方がいい。

不合格をつけるときは、本当にそれまでに十分に声がけや励ましをしたのか、学習のプロセスは適切だったか、さまざまなことに思いを巡らせ、難しい決断をします。良い成績を残している学生たちに対しても同様です。十分に学びがいのある内容であったか、それによって、気づきや成長をもたらすことができたのかといったことは、とても気になります。それを、5段階(私のところは、AA,A,B,C,Fです)の単純な記号や数値に置き換えて示す。実に難しいと思うし、納得のできない思いが残り続けます。

各学校が、一年間の教育実践を評価(自己評価)し始めるのもこの時期です。私は、職場のある町の小学校のコミニティースクール運営指導委員会の委員をしていて、先日は学校が一年間の取り組みを自己評価し、それに対して運営指導委員会が意見を述べるという会合がありました。この日、学校が示した自己評価は、S,A,B,CのうちすべてがB。日頃から学校の様子を見ている委員からも、「そんなに低いはずがないだろう」との意見がでました。学校の見解を正したところ、「この程度の目標は、100%達成されて当然である」と頑なに主張する人がいて、達成度が80-90%を超えているものも、ことごとく低評価になっていたというのです。当然のことながら、委員からは「達成可能なゴール設定をすることが大切ではないか」との意見が出されました。

研究指定校なども年度末の実践を評価します。私のかかわってきた学校では、実践研究の客観性を高めたいとの思いが強すぎて、数量的データを多用しすぎる事例もありました。数値的、量的な評価にのみ依存してしまうと、授業の中で測定しやすいデータのみを取り出そうとするなど、単純化、断片化した結果分析に陥る危険性もあります。

教育というのは、とても複雑で、雑多な営みです。そして、人間的営みであるとも言えます。数量的データに加えて、教員による観察やひらめきが必要だったりすることもあるはずです。

評価のためのデータ収集の方法も多様化すべきです。いくつか事例を紹介しておきたいと思います。★1

1  授業記録(フィールドノート)
2  授業記録のグラフ化(タイムログ)
3  観察ノート(生徒の発言の回数を記録するなどテーマを設定して)
4  日誌や感想文(ジャーナルとも呼ぶ)
5  ビデオによる撮影
6  転写(トランスクリプション、授業内の発言を文字で書き起こしたもの)
7  写真や絵
8  言葉による収集(アンケート、インタビュー、生徒の事故報告、生徒の作品など)

また、一つの数値や記号による評価に、様々な要因を入れ込むことへの対応策として、「三つのP」を使ってはどうかという提案は、実に示唆に富んでいます。★2

三つのPとは次のようなものです。

Performance / Product(パフォーマンスないし成果物):学習目標としての知識・理解・スキルに対する生徒の状況

Process(プロセス):困難な時にどのようにやり通せるか、改善するのにどうフィードバックを生かしているか、必要に応じて確認の質問ができるかなど

Progress(成長):成績表をする期間における学習目標としての知識・理解・スキルにおける生徒の成長

この3つのPを平均して成績を出すのではなく、それぞれが別々に報告され、それぞれが何を表しているのか明確な指標と一緒に提示されるとしています。

評価は、懲罰のためにするものではないはずです。生徒や学校が成長するために、本当に必要な評価とはどのようなものか、これからも考え続けていきたいものです。




★1  佐野正之(2000)『アクション・リサーチのすすめ』大修館書店, pp. 61-85.

★2  C.トムリンソン&T.ムーン(2018)  『一人ひとりをいかす評価: 学び方・教え方を問い直す』北大路書房, pp. 193-196.

2019年11月3日日曜日

やはり学校は入試でガタガタするのか

2020年から新しい学習指導要領とともに、大学入試制度も大きく変わる。大学入試センター試験が廃止になり、大学入学共通テストになる。

思考力、表現力などを見るために国語と数学で記述式試験が導入されるし、英語では「話す」、「書く」を加えて4技能を測定するために、民間機関による外部テストが導入される(この原稿を書いている真っ最中に英語外部試験の導入延期が決まった。このことについても書きたいことはあるが、別の機会に譲りたい。入試制度そのものよりも、現職文部科学大臣の教育格差容認発言の方がインパクトは強かった)。

しかし、政策として順風満帆とは行っていないようだ。

高校2年生の意見を取り上げた小林哲夫氏(教育ジャーナリスト)のレポート「筑駒生、大学入学共通テスト中止を訴える 「ぼくたちに入試を受けさせてください」(2019年10月18日)★1」が興味深い。

興味深いというよりも、取り上げた生徒の堂々とした主張に舌を巻く。新テストのプレテストについての考察が実に的確で、本質をついているのだ。皮肉な話だが、このような力をもった高校生が育つのであれば、つまらない「記述式問題」の導入などまったくもって不要だと思わされてしまう。

この高校生は、小林氏の「大学入試はどうあるべきでしょうか?」という質問に次のように答えている。

「本来、入試は大学が入学してほしい学生を選抜するために考えるものです。それを国が見繕って第三者に作らせた試験で試そうとする。これは大学の受験生選抜の意志に反していませんか。入試の仕事じゃないものを入試にさせている。入試を入試ではないものにしています。思考力、表現力を身につけさせたいならば、アクティブラーニング、ディベートのような営みは教育現場で行えばいい。それをたかだか1、2時間の入試で思考力、表現力を試すとか、まして、これらを民間に委ねるとか、やり方は間違っています。」

さらに、英語外部試験の導入延期に合わせて、国語記述問題導入も延期すべきという意見も出てきている。★2 新しい入試に対する意見が、ネット上でとにかく賑やかだ。高校生がかわいそうであるという意見があれば、高校として今後どのような対策を立てるのかかといった見通しを語ったものもある。

入試に、学校が振り回される。相変わらずの風景だ。

ナンシー・アトウエルの『イン・ザ・ミドル』に「ジャンルとしてのテスト対策」という考え方が紹介されている(p.235-236)。★3 「読み手を育てるミニ・レッスン」という章の中の一節だ。生徒が共通テストを受ける1週間前くらいに、共通テストがどのようなものかを知るための授業をやっているのだ。「自分たちが受ける共通テストの形式や何が要求されているのかを知って、その練習に2、3日かければ、十分に適応できます。」とさえ述べている。真の読む力さえついていれば、何も問題はないということだろう。

何という発想の転換だろうと思った。私にとっては、「ジャンルとしてのテスト対策」という捉え方は衝撃でさえあった。入試やテストで振り回されている我々とは対照的な姿勢だと思った。

テストや入試に、学校として、どのようなスタンスで臨むのか。これからの学校のあり方を考える時、避けることのできないテーマだと思う。入試突破や学力テストの点数アップを、学校の最も重要な目標として掲げる。何と小さな志だろうと思うのだが、皆さんはどう思われるだろうか。

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★1 「筑駒生、大学入学共通テスト中止を訴える 「ぼくたちに入試を受けさせてください」(2019年10月18日) https://dot.asahi.com/dot/2019101800113.html?page=1

★2 「英語だけじゃない…大学入試改革の「国語記述式問題導入」の害悪」(2019年11月1日)https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191101-00068154-gendaibiz-life&p=2

★3 ナンシー・アトウエル(2018)『イン・ザ・ミドルーナンシー・アトウエルの教室』三省堂.

2017年8月27日日曜日

指導と評価の一体化


この言葉を最初に聞いたのは、もう30年くらい前でしょうか。
まだ教職経験5年くらいのときの研修会で聞いたことを覚えています。     

そんな昔から言われている言葉ですが、今でも「不易」のこととして、教育書でもたびたび取り上げられています。「指導」をすれば「評価」は当たり前ですが、案外日頃の授業の中では実現できていないことの1つです。
   

教育実習で学生の授業を参観に行くと、「どこで評価したの?」と聞くと、学生からは「指導案には書きましたが、できませんでした」「自分ではやったつもりですが」という返事が返ってくることがあります。「指導」に手一杯で「評価」まで手が回らないというのでは、その時間のねらいが本当に達成できたかどうかわからないわけですから、はなはだ心もとないことです。ここでも、教師が主体の学習を続けている限りは、評価まで手が回らないということがわかります。子供主体の学習に切り替えていけば、教師はその分子供たちの評価に力を注ぐことができるわけです。
   
  
また、改訂された学習指導要領の重点のひとつである『知識の理解の質を高め資質・能力を育む「主体的・対話的で深い学び」』を実現するためには、評価が重要になってくるのは当然です。そこで、真正評価と呼ばれるパフォーマンス評価が注目されています。これらの評価については、『Understanding by Design(G.Wiggins)が何と言っても名著です。その翻訳本『理解をもたらすカリキュラム設計』(西岡加名恵・訳/日本標準2012)がありますが、定価6,480(税込)は高すぎますね。図書館等で読む機会があればいいのですが。 

同じ西岡さんの『パフォーマンス評価で生徒の「資質・能力」を育てる』(学事出版2017・定価2,160(税込))は実践事例も掲載されているので、わかりやすいと思います。まずこの本から「パフォーマンス評価」について学び始めるのがよいかもしれません。
   

いずれにしても、良い教材、良い指導法を授業で用いたとしても、評価がいい加減ではねらいとする目標に達することはできないでしょう。常に、指導と評価は一体であることをこの機会にもう一度確認しておくことが大切なことだと思います。

2016年8月28日日曜日

アメリカの理科教育から


先月下旬、私はアメリカ・コロラド州デンバーでNSTAという理科教師の団体のカンファレンスに、参加してきました。全米のみならず、世界中から参加者が集まってきましたが、当日の暑さもさることながら、参加者の熱気もそれを上回るものでした。
     
今回のテーマは「STEM(Science Technology Engineering Mathematics)でしたので、科学技術につながっていくような「ものづくり」のイメージが強いように思いました。身近にある素材を利用して、橋の強度を教えるような教材や顕微鏡を使用しての観察に適した教材の提示などがあり、その場で気にいったものは購入できるようになっていました。日本と異なり、教材開発なども地元の企業がスポンサーになって、共同開発したものが結構ありました。 

 また、このNSTAという団体は本も出版していますので、当日の会場でもおすすめ本を販売していました。その中の1冊を紹介したいと思います。

Differentiated Instructional Strategies for Science,Grade K-8Gayle H.Gregory,Corwin Pressです。Differentiated Instructional Strategiesは、「子供一人ひとりをいかす」指導法です。この本の序章にも書いてあるように、このやり方を使えば、「アクティブで意味のある学びを通して、子供の関心や意欲を高めることができる」のです。

 1,2章には「一人ひとりをいかす」指導法のためのプランニングガイドが書かれています。

『効果10倍の教える技術』(吉田新一郎)にも紹介されていたコルブの「学びのモデル」やマカーシーの4MATシステムなども解説されています。このあたりのことは世界の常識なのですね。(日本人の教師だけが知らないようです) 

 面白いと思ったのは、子供の実態を知って、その子に合った学び方を用意するために、ある単元に入る前に「理科学習にかんするアンケート調査」のサンプルが紹介されていたことです。少し手直しすればどのクラスでも使えるのではないでしょうか。

 この調査でそれぞれの子どもの興味・関心を把握して、それに応じた教材、指導方略を用意することができます。教室の一角を○○コーナーとして、その内容に関心のある子どもはそこで自分の計画にしたがって学習することができるわけです。

「学びの原則」については、たびたびこのブログで紹介されていますが、その原則の一つに「選択できる」という項目があります。クラス全員が同じ教材を学習するのではなく、子供自身が課題を選べるというのがいいことです。これなら「やる気」が出ます。

 そのような仕掛けが教室の中にいくつもある。これが「一人ひとりの子供をいかす」教室です。それこそが、「アクティブ・ラーニング」だと思います。

今あちこちで語られている「アクティブ・ラーニング」はそのごく一部だけを取り上げて、「これがアクティブ・ラーニングです」と言っている例が多いようです。
     

「理科に関する興味・関心調査」を最後に紹介しておきます。

Differentiated Instructional Strategies for Science,Grade K-8Gayle H.Gregory,Corwin Press,p.44より 



理科に関する興味・関心調査
氏名              日付           
1. 理科という科目に対する興味・関心(○をつけて) 
 低い  まあまあ  高い

2. 理科で一番好きなことは                           

  理科であまり好きでないことは                        

3. 理科の分野で好きな領域は? (○をつけて)

 生命科学     地球/宇宙科学    物理科学

4. 好きな学び方はどれ? (□にチェックを入れて)

□ 本や論文を読むこと

□ ゲームやパズル

□ 問題解決

□ パターンを探すこと

□ ロールプレイング

□ 実験

□ 対象物やできごとのデータを集めること

□ ビデオやスライドショーやパワーポイントのプレゼンを見ること

□ 体を動かす活動

□ 戸外や地域を調査すること

□ 自然を探検すること

□ モデルをつくるようなプロジェクト

□ 動物の世話をしたり、調べること

□ 友だちと一緒に活動すること

□ 一人で活動すること

□ 拡大器や顕微鏡を利用すること

□ その他                                  

 

理科の中で一番学びたいことは                            

2015年8月2日日曜日

中教審の論点整理


日本教育新聞727日号によると、学習指導要領の改訂を議論している中央教育審議会の教育課程企画特別部会が22日、報告のたたき台となる「論点整理」を基に話し合ったそうです。

記事の冒頭に次のような記述があります。
   
「論点整理」は、現在の観点別評価の「関心・意欲・態度」の下では、学校現場で正しいノートの取り方や挙手回数も評価対象とされるなど本来の趣旨とは異なる評価が行われていると指摘。
   
 みなさんはこれまでの「関心・意欲・態度」の評価項目についてどう感じておられたでしょうか。私自身は、当初から「関心・意欲」は必要ないと感じていました。(後出しじゃんけんだろうと言われるかもしれませんが)

「関心・意欲」はあくまで学習者自身の自己評価の対象となるべき項目であり、教師が見とるべきものとは違うだろうと思っていました。学校における学習評価は、学習者自身の自己評価と教師による評価(必要であれば、学習者相互の相互評価も含めて)によって、「学びのための評価」(assessment for learning)となることが望ましいと思います。それが実際は「学んだことの評価」(assessment of learning)で、学習の改善にはつながらない、教師による評価、というか「評定」で終わっているのが実態でした。     

さらに「見直しの方向」について記事には次のように書かれています。
   
観点別評価全体の整理にも言及した。学校教育法が定める学力の3要素の定着を重視するため、現在の4観点から3観点に見直す考えを示した。「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の三つに整理し、指導と評価の一体化を進める。

 
最後の項目の「態度」を入れるかどうかには異論はあると思いますが、「関心・意欲・態度」のすべてを削除してしまうと、これまでのあり方との隔たりが大きくなってしまうということも「態度」を残したという背景にあるのかもしれません。

それともう一つ。高校については次のように記述されています。 

高校では知識を問うペーパーテストなどに偏重した評価が行われているとして、観点別評価を普及させる考えを示した。 

これが高校の実態ですね。もちろんしっかりと観点別に取り組んでいる高校もあるでしょうが、多くの実態はこれです。これから「普及」させるとは・・・。この20年間、観点別評価は高校とはほとんど無縁だったようです。

さきほどの記事にあったように、「指導と評価の一体化」が小・中・高校で実現されるように多くの知恵を結集したいものです。

2014年6月29日日曜日

学びのための評価


次期学習指導要領では「評価」が一つのキーワードになるものと思われます。

 
これまでも「指導と評価の一体化」とか、「形成的評価」が大切なことは繰り返し強調されてきました。研究指定校などでも、評価のあり方については繰り返し研究されてきました。

評価に関しては、今でも忘れられない思い出があります。

2000年に「総合的な学習の時間」がスタートしてから、評価のあり方が明示されていなかったために学校現場は混乱しました。当時、私は教育委員会で指導主事をしていましたので、評価を何とかしたいと考えました。そして、自分なりにいろいろと調べて、「ポートフォリオ評価」が最も有効なのではないかと考えるようになりました。

その成果を持って、管轄の学校に出向き、「ポートフォリオ評価」に取り組むことを勧めました。その中のいくつかの学校では、その後数年に渡って、ポートフォリオ評価の研究に取り組みました。しかし、私が教育委員会を離れると、次第にその研究も先細りになり、数年後には跡形もなく消えてしまいました。

結局、学校の先生方は、私からの指示で、「やらされている」という受け止め方をしていたようです。良かれと思うことでも、「やらされている」のでは長続きしません。その評価の良さを自分自身で納得できて、子どもの指導に活かせなければ、「ほんものの評価」にはなりません。

ですから、私にとっては「ポートフォリオ評価」やその評価の規準であるルーブリックの普及は、ぜひもう一度挑戦してみたいテーマでもあります。また、このポートフォリオ評価と同様に、今後の取組の中心になりそうなのが、「パフォーマンス評価」です。

これはポートフォリオ評価と同様にオーセンティック評価(真正の評価)であり、子どもたちの学びを改善していく「学びのための評価」でもあります。これまでは、「学んだことの評価」(結果の評価)はあっても、学習改善や教師の指導法改善のための「学びのための評価」という面が弱かったのは事実です。これをぜひ今後は改善の大切なポイントにしていく必要があります。

 

 

 

2013年3月31日日曜日

学びのための評価


 年度末の話ということで、評価の話で締めくくりたいと思います。

一番下の表は吉田さんの「テストだけでは測れない」(NHK生活人新書)に掲載されているものです。
 
 
 ときどき私もこの表を見返すのですが、「学びのための評価」がどれくらい日常の活動の中で行われているかが、「よい学びが展開されている」学校だと感じます。評価規準一つとっても、学習者である生徒たちが関わっていくように授業を変えていくことが求められているのだと思います。通知表という形で、学びの結果だけを半ば義務的に通知しても何も変わらないというのが現状です。
本気になって、学力向上を目標とするのならば、まず「評価」から変えなくてはならないでしょう。まず、指導目標から評価法を考えることを当たり前のこととして行えるようにする必要があります。
 「形成的評価」も私が30代のころはよく耳にしたのですが、最近はあまりこのことを強調する人も少なくなりました。でも、この形成的評価、いわゆるプロセス評価にもっと注目していいと思います。
 そのためには、「教師ががんばる一斉授業」から「生徒ががんばる授業」へ転換することが必要です。教師が系統だって記録を取り、生徒への適切なフィードバックをしていくためには、教師ががんばる授業では不可能です。
「生徒ががんばる授業」が実現できれば、生徒とのやり取りを通じて適切に生徒をサポートしていくこともできるようになります。そのような授業では、学習のねらいを明確にして、評価の基準も明らかにした上で、生徒たちに課題を提示して、学習活動に入ることになります。
このような授業がどの学校でも当たり前のように行われることが大切です。そのために、PLCの考え方をもっと広めていく必要があります。
 
 私事ですが、この3月末で公立中学校の校長を退職しました。
 4月からは東京の私立大学で教育方法論などを教える予定です。
 今後は、教員養成の様子についてもお知らせしていきたいと考えています。引き続き、よろしくお願いいたします。
 
 
学んだことの評価
学びのための評価
目 的
平均、目標、教師が決める
学力を伸ばすため
生徒の成長のため
評価の焦点
テストをしているという事実
平均点
教科書の中の知識
学習のねらい、生徒の目標
使いこなせること、できること
評価基準
平均、目標、教師が決める
生徒が基準にかかわる
意 義
説明責任
改善
特 徴
正解は一つ
過去志向
競争
たくさんの答えがある
未来志向
協力
性 格
公式
非公式
方 法
テスト
多様な評価方法
表示の
しかた
わかりやすい数字による成績。
具体的なことば
改善のための具体的な手立てを提供
動 機
アメとムチ
努力すればできる
時 期
授業が終わったあと
学習が行われている間
情報の使い手
教師、保護者など、どちらかと言えば学習活動に関係ない人のためにしているというニュアンス
生徒と教師
教師の役割
事務的な管理者
プロとしての教育者
授業改善
生徒を評価に巻き込む
生徒の役割
テストのための勉強
学ぶのは自分
自分の得意な学び方の把握

   

2011年12月25日日曜日

学校評価・考

これも、12月14日の「あらためて、問い直すこと」が必要な項目の一つです。
 つまり、いまの学校教育の中で起こってしまっているたくさんの構造的な問題というか、「ボタンの掛け違え」問題の一つです。

 そもそも、教育委員会や文科省が、効果のあるものならモデルを示す形で率先して取り組むべきですが、これらのレベルで見本にできるような「組織評価」の例はまったく聞いたことがありません。文科省や教育委員会は、学校や先生たちにやらせることには忙しくても、自分たちですることはほとんどありません。教育で大切なのは、指示したり、教えたりすることではなく、モデルで示すことなのに。★

 先週の記事では、いまの学校評価が機能していないと現状を明らかにした上で★★、それを機能させるためには「外部の専門家集団」に頼るのがいいと提案しています。確かに、イギリスには長い歴史があり、このアプローチを導入しているアメリカのいくつかの地域もあります。

 しかし、日本で機能するかと言われても、残念ながらその「専門家」が少なすぎます。「いない」と言ったほうがいいかもしれません。
 (ある意味では、教員養成課程を4年から6年に延長=教員全員大学院卒という無謀な提案と同じです。効果的に教えられる「専門家」が大学に少なすぎる/ほとんどいない状況=効果的に「教員養成ができるシステムとして大学が機能していない」状況で、年数を長くして、いったいどういう効果が得られるというのでしょうか?)

 これは、人事考課が機能していなかったり、学校運営協議会が機能していなかったり、教育委員会や指導主事訪問が機能していなかったり、教員研修が機能していなかったり、職員会議が機能していなかったり、そして何よりも日々の多くの授業が機能していなかったり+子どもたちに対する評価・成績が機能していなかったりにつながる構造的な問題です。★★★

 構造的な問題を一つの原因だけに言及し、解決策を考えることは危険ですらありますが、少なくとも上に掲げた問題に共通するのは「評価」です。
 日本の教育界の「評価」に対する理解とその実践のレベルは、あまりにも貧困です。

 一言でいうと、「よくするため/学びや成長を促すための評価」は存在せず、「誰にとってもほとんど意味のない数字や記号で示す成績を出すこと」にすり替えている状況が長年続いています。
 ですから、それに関わる人たちはなかなか達成感を味わえず、残るのは徒労感だけです。(唯一の例外は、受験に関わる人たちだけ?)

 たとえば、生徒の評価を考えた場合、大切なのは以下のようなことです。
1.生徒の多様なニーズに合う多様な評価法を使う
2.学習目標に合った評価法を使う ~ パフォーマンス評価が効果的
3.生徒も関わる形でルーブリック(評価基準表)をつくる。学習目標を満たすいいモデルも見せる
4.教え直したり、評価し直したりする機会を提供する ~ 教えることや学ぶことはイベントではなく、プロセス。総括的な評価(成績)よりも、形成的な評価を重視する
5.自己評価や相互評価を奨励する ~ ポートフォリオ、ジャーナル、生徒主導の三者面談など
★★★★

 これらの評価にまつわる項目を読んで何を感じられたでしょうか?
 私が感じるのは何よりも、「主役の転換」ということです。
 生徒こそが、主役になる評価が実現されています。「自立した学び手」になるために必要不可欠なことです。
 それは、イコール長年の夢であった「指導と評価の一体化」の実現も意味しています。
 評価から出発して、教え方や、教師と生徒の関係や、親との関係まで変えてしまうことも可能です。

 以上の5項目を、学校評価、人事評価、学校運営協議会、教育委員会や指導主事訪問、教員研修、職員会議等にも応用すればいいわけですから、難しいことはありません。

 他人任せでは(他の誰かに期待しても)、何も変わっていきません。
 自分が何かちょっとしたことを変えることからしか! 
 来年、あなたが変えたいことは何ですか? 

 変えなければならないことは山積していますが、一つだけで十分です。
 すべてはつながっていますから。
 先だってのアンケートにも答える形で、ぜひこの年末・年始に考えてみてください。
 そこから、新しい教育をつくり出していきましょう!!


注)
★ 文科省や教育委員会は「マネジメント・システム」を学校(管理職)には押し付けますが、文科省や教育委員会はいっこうにそれを自分たちで導入する気配がありません。大事なことの多くは、論理的かつ戦略的に決まるというよりも、(情報不足の中で、声の大きい人の意見が通るような)政治的に決まる旧態依然とした体質の中にあります。そうでなければ、単なる「習慣」で。 やらされる側のことを考えることもありません。 たとえいいものも、やらされた場合はその効果は半減どころか、ほとんどないのに。 自らの「選択」というのは、それほど大切です。 この選択が、今の教育界にはどれほどあるでしょうか?

★★ 私も、10年ぐらい前から学校評価の情報はそれなりに集めていますが(『テストだけでは測れない!』を書く際に子どもの評価だけでなく、教員評価や学校評価も当初は扱いたかったので・・・構造的にはどれも同じですから)、紹介に値する学校評価も教員評価も日本では見つけられないでいます。ご存知の方は、ぜひ教えてください。

★★★ 構造的な問題ですから、これらを別物として扱い、個別にアプローチするのではなく、どれか1つを徹底的に改善することで、より効果的なやり方が見出せると、それが他にも応用できることに気づけます。しかし、すべてに満遍なく時間と労力を費やし続けると、これまでのようにすべてがいい加減なままが続いてしまいます。

★★★★ これらの各項目について詳しくお知りになりたい方は、『テストだけでは測れない!』をお読みください。(残念ながら品切れですが、まだアマゾン等で定価と同じぐらいで購入できます。)