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2020年3月28日土曜日

クライシスへの対応

 コロナウイルス対策で、「一斉休校」により学校現場の先生方はこれまで経験したことのないような困難な場面に立たされたことと思います。
元外交官で作家の佐藤優氏によると「危機管理には2種類ある」とのことです。(『サバイバル組織術』文春新書2019)その部分を少し長いですが、引用します。 

リスク・マネジメントとクライシス・マネジメントです。混同しがちですが、この二つは性質が違い、対処法も変わってきます。リスクとは「悪いことが起きる可能性」で、計量化できる概念です。ある一定の確率で起きるのが予想されるため、あらかじめ危機を回避したり予防できたりする。その予想可能なトラブルの対応策をまとめたものがマニュアルです。したがってリスク・マネジメントで扱うのは、マニュアルで対応可能な危機ということになります。
それに対して、クライシスは予測不可能な危機です。自然災害や交通事故、経済でいえば株価の大暴落、会社でいえば経営者の急死などは、非常に稀な現象で、前もって予想するのが難しい。ひとたび危機が発生してしまえば、生きるか死ぬか、ダメージをいかに最小限に食い止めるか、というマネジメントになります。
だから、クライシス・マネジメントにはあらかじめ決まった正解はありません。クライシスのあり方はそのときそのときで異なるからです。またクライシスの規模が大きくなるほど、対処すべき要素が増大し、複雑化してしまいます。だから、個別の対応策を列挙するタイプのマニュアルはあまり役に立たないのです。 

マニュアルが役に立たないというのであれば、その都度関係者の知恵を集めて最善と思われる対策を実行する以外にありません。今回のウイルス対策もまさにこの事例です。官邸や文科省も大枠のみを示して、後は自治体ごとに判断をしてくださいというスタンスですから、現場の判断が問われることになります。 
海外からのニュースで目を引いたのは台湾のウイルス対策でした。


特に、ディジタル担当政務委員(大臣に相当)のオードリー・タン氏の活躍です。世界的に有名なプログラマーで、現在38歳であり、8歳からプログラミングを学び、15歳でIT企業を起業した逸材です。その後、トランスジェンダーであることを公表し、36歳で入閣したときには性別欄に「無」と記入したというエピソードが残されています。
 この台湾が誇る天才が、感染症対策でもその力をいかんなく発揮して、マスク不足対策に当たっては、衛生福利部と協力して、台湾国内の薬局にあるマスクの在庫データをネット上に公開しました。それを受けて、民間のITエンジニアがそのデータを地図上に落とし込み、在庫状況をだれでも確認できるアプリを開発して、無償配布したそうです。
 それだけにとどまらず、デマ情報の拡散を防ぐため、ラインなどのアプリを通じて間違った情報を信じないように注意を促す情報を発信するなど、まさにIT担当大臣としての役割を十二分に果たしているのです。

 わが国でまだまだ続くマスク不足などに対して、政府は緊急対応をすると言っていますが、どうなのでしょうか。もうすでに3週間以上たちますが、相変わらず町のドラッグストアには「入荷未定」の張り紙がなされたままです。学校再開にあたり、「会話時にはマスクをつけるように」とのことですが、ほとんど手に入らないマスクを学校は、あるいは保護者はどうやって調達するのでしょうか。

このようなクライシスに直面して、改めて学校という組織のあり方が問われています。「学校運営」から「学校経営」へとこの二十年くらいの間に文言は変わりましたが、組織マネジメントのできる管理職がもっと必要だと思います。年度末から年度初めにかけて、人事異動の季節になりますが、校内の人事をどうするかは校長にとって非常に大切な仕事になります。 

教員の人事は教育委員会の所管事項ですから、校長が望んだ教員ばかりが配当されるわけではありません。当然、指導力不足の教員もいれば、過去に懲戒処分を受けた教員も含まれています。そのメンバーから、だれを学年主任や生徒指導主事(児童指導主任)などにするかは大いに悩むところです。 


今回のクライシスを乗り切るためにも、思い切った発想で校内人事をすることも必要だと思います。若手の中で、意欲的に物事に取り組める人、あるいはみんなと一緒になって何かに夢中になって取り組める人材を見つけ出し、彼らを「主任」のポストにつけて取り組ませるのです。これは、とても挑戦的なことであり、悪くすれば学校という組織に混乱だけをもたらすことにもなります。しかし、彼らがうまく機能し、周りの人々がそれをサポートするようになれば彼ら自身だけでなく、学校全体も飛躍的に伸びるに違いありません。そのためには、もちろん管理職のサポートが欠かせないわけですが。
 しばらく前に読んだ『大学生のためのドラッカー』(松本健太郎/リーダーズノート出版2011)の一節にこうありました。

 人事の鉄則は、挑戦する者に機会を与えることです。挑戦する意思がある限り、魂は燃えています。

 そのためには、事前に彼らの能力をよく見極めることと、校内での人間関係などにも注意を払いながら進めることです。それには、日ごろからの校長の観察力がものを言います。当然、観察するだけでなく、日常的に職員との会話を大切にするという姿勢が求められることになります。日ごろから、校内をよく見て回り、教室での教員や子供たちの様子を見ることが重要であり、人事評価のための授業観察のときぐらいしか教室に来ない管理職はそれだけで落第点でしょう。
 『教育のプロがすすめるイノベーション』をしばらく前にお勧めしましたが、その本にも登場したサイモン・シネックは『「一緒にいたい」と思われるリーダーになる』(ダイヤモンド社2019)で、次のように述べています。

 チームに仕事を命令するだけでは、「労働者のトップ」にぎない。チームを信頼して仕事を任せてはじめて「リーダー」になれる。

リーダーとそのチームのメンバーの間に信頼関係があってこそ、リーダーの言葉がメンバーに届くものだと思います。信頼関係のないリーダーが何を言っても、それはただの命令にしか過ぎません。そのような状態ではチームがチームとして機能することはないでしょう。学校のリーダーがまずやるべきことはこの関係づくりです。
4月になり多くの学校は授業を再開することになると思いますが、このクライシスを教職員相互の信頼関係をベースにした「学びの共同体」の力によって、ぜひ無事に乗り越えていっていただきたいと思います。

2019年12月28日土曜日

イノベーションを起こせる組織とは

    イノベーションを起こせる組織とはどのようなものか。山口周さんによるとその要因の一つは「人材の多様性」であると言います[1]。この人材の多様性は、「考え方の多様性」「意見の多様性」につながるものです。また、ただ人材の多様性が確保されていればよいかと言うとそうでもなくて、大切なことは「多様な意見」を促す組織運営に関するリーダーシップです。このようなマネジメントはますます学校という組織で求められていくものだと思います。

『次世代スクールリーダーのための「校長の専門職基準」』という本があります[2]。このなかに「基準1」として次のように書かれています。 

「学校の共有ビジョンの形成と具現化」小項目1「情報の収集と現状の把握」
校長は様々な方法を用いて学校の実態(児童生徒の学習・生活、教職員の資質・能力や職務の実態、保護者・地域からの期待、地域社会の環境、これまでの経緯など)に関する情報を収集し、現状を把握する。 

実態の把握、現状分析はまずマネジメントの出発点で重要な要素です。そのために、自ら求めて、様々な立場の人とコミュニケーションを図り、日頃から学校内外の情報を取りに行かなくてはなりません。それを校長室で待っているだけではご機嫌伺の部下からの耳触りの良い情報しか入ってこないのです。それでは、校長として学校経営の大切な場面で、判断や指示を誤ることになります。人には残念ながら二面性があり、自分の利益を優先する姿を表面的には隠していたり、相手への嫌悪感や嫉妬などを笑顔の下に隠したりしているものです。それを見抜くことは難しいことですが、絶えずその二面性を意識しながら話を聞くという心構えがリーダーには求められるのではないでしょうか。 

また、最近出版された『先生、この「問題」教えられますか?[3]では、高校の職員会議の様子を再現するということで、次のように紹介しています。議題は「新学習指導要領による2022年以降の高校のカリキュラムをどうするか」とのことです。そこに描かれた会議の冒頭のあいさつと最後の締めくくりとしての校長の発言は以下のようなものです。 

「今日は、2022年以降から実施される高校の新学習指導要領について皆様の意見をお聞きしたい。生徒たちにとって大変重要なものであると認識しているので、しっかりと議論をしたうえで、本校の独自性が感じられる内容にしていきたいと考えている。」
「今日は、活発な議論をありがとうございました。カリキュラム改訂は、「学校」としては教育の根幹を担う重要なものと考えておりますので、今後も皆様のご意見を聞きながら検討していきたいと思います。」 

これを読まれてどのように感じられましたか。
この類の話は学校ではよく聞く話かもしれません。しかし、考えてみれば、このような話では、校長が学習指導要領の改訂をどう受け止めているかわかりませんし、この学校でそれをどう展開したいのかが全くわかりません。学校の現状を踏まえたうえで、学習指導要領が求めているような生徒を育てていくためには、「何を」「どうやって」いけばいいのか、具現化するための道すじを示す必要があります。その過程で、職員の多様な意見を拾いながら、活かせるものは提案として活かしつつ、具体的な方針を示すことで、学校が組織として動き出すことになります。
結局、このようなマネジメントが行われないために、ただ表面上「やっているふり」をするだけの状態が続くことになるのです。これでは、いくら学習指導要領で次世代の教育方針を示したところで、学校現場で効果をあげることは難しいと思います。

本来、校長会、教頭会はチャレンジ精神のある会員をサポートする役割を担うべき組織のはずですが、これもまた年間の様々なイベントをこなすだけの組織になってしまっています。米国にも校長で構成する職能団体がありますが、ここには学校経営に役立つ情報やサポートがふんだんにあります。
この彼我の差を埋めるための情報提供もこのブログの目的の一つです。ぜひ、『教育のプロがすすめるイノベーション』(新評論2019)をまだお読みでない先生方には手に取っていただきたいと思います。改革のための道すじがはっきりと見えてきます。学校にはICT教育など取り組まなければならないことが山ほどありますが、それを仕方なく、「やらされているという意識」で取り組むのと、自ら主体として取り組むのとでは天地ほどの差があります。 
今年一年このブログの記事をお読みいただき、ありがとうございました。
また、年明けからも引き続き、皆さんとともに、「学びの共同体」づくりを考えていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

[1]山口 周『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』光文社新書/2013
[2]日本教育経営学会実践推進委員会編『次世代スクールリーダーのための「校長の専門職基準」』花書院/2015
[3]石川一郎・矢萩邦彦『先生、この「問題」教えられますか?』洋泉社/2019

2019年11月23日土曜日

PDCAサイクルの神話

この「PDCA」という用語をめぐってはいくつかの神話があるということを初めて知りました。社会方法調査論や組織社会学が専門の佐藤郁哉さんの著書『大学改革の迷走』ちくま新書2019.11に書かれていた内容を紹介します。同書の92ページから96ページにかけて次のような説明があります。

     使用言語に関する神話
×(誤解)PDCAは英語表現である→〇(事実)和製英語である
PDCAPlan ,Do ,Check ,Actionは通常アルファベット表記されます。そのため、これらは英語の略語と受け取られる場合が少なくありません。しかし、これは完全な誤解です。・・・・(以下省略)

     発案者をめぐる神話
×最初にPDCAを提案したのは米国の統計学者エドワーズ・デミングである
→〇提唱者は日本の工学者である
使用言語をめぐる神話は、PDCAサイクルの発案者をめぐる誤解と密接に結びついています。・・・実際には、PDCAサイクルは1960年代に、石川馨(東京大学教授を経て武蔵工業大学学長)と水野滋(東京工業大学教授)の両氏を中心とする日本の工学者たちによって提唱されていった手法なのです。・・・(以下省略)

     学問分野に関する神話
×経営学分野の学術用語である→〇生産管理や品質管理の分野で使われてきた経営用語である
『新大学評価システムハンドブック』(大学基準協会2009)には次のような解説があります-----「経営学で言われてきたPDCAサイクルとは、目標・計画を立て(Plan)、実行し(Do)、結果を点検・評価し(Check)、改善・見直しを行う(Action)といったプロセスを意味しています」。これは、明らかに事実とは異なります。・・・・(以下省略)

     国際的な認知をめぐる神話
×国際的に広い分野で高い評価を受けてきた→〇限定された分野で一定の評価を受けてきた
PDCAサイクルの図式は、1990年代後半から2000年代にかけてISO14001(環境マネジメント・システムに関する規格)ISO9001(品質マネジメント・システムに関する規格)などの国際認証規格シリーズにも取り入れられてきました。この点を根拠にして、PDCAサイクルが国際的に広い範囲で高い評価を受けてきた、という印象を与えるような解説がなされる場合があります。しかし海外では、認証規格や工業製品の品質管理の分野以外では、PDCAサイクルが取り上げられることはそれほど多くはありません。

     汎用性に関する神話
×広い適用範囲を持つ万能のマネジメント・サイクルである→〇特定の業務については有効である
日本では、PDCAサイクルをほとんどあらゆる業務に応用できる経営原理として扱うことが少なくありません。実際、PDCAが適用可能だとされる業務や課題の範囲は、企業活動だけでなく病院や学校の運営、資格試験のための勉強さらには「婚活」にいたるまで非常に多岐にわたっています。
これは一種の幻想に過ぎません。・・・(以下省略)
 
 どうですか。これが「PDCAサイクル」の神話です。
多くの組織がその出所をよく確かめもせずに、いわゆるコピー&ペースト「コピペ」をしてきたわけです。そもそもの適用範囲は工業製品の生産管理・品質管理の範疇でした。それを学校のマネジメントにまで拡大解釈して、果てはカリキュラム・マネジメントに応用することなど、もっともらしい話として語られてきたわけです。
先ほどの③に登場した大学基準協会のハンドブックにも書かれていました。学生にはコピペするなと言いながら自分たちがやっていたという笑えない落ちまでついてきました。この協会自身がPDCAサイクル(?)を回してこなかったことを図らずも証明したようなものです。
それと文部科学省です。最近、「PDCAサイクル」を呪文のように唱えてきた文科省自身がこのサイクルを回していたならば、この30年ほどの様々な施策がほとんど失敗するようなことにはならなかったでしょう。(もっとも彼ら自身は失敗とは認めないでしょう。官僚に誤謬はないそうです。)

これ以外にも、これまでの文教施策が迷走してきた理由が明解に説明されています。興味のある方はぜひ、佐藤郁哉さんの著書『大学改革の迷走』ちくま新書2019.11をお読みください。
また、審議会方式の意思決定のあり方がいかに恣意的なものであるかなどについても考えさせられることがたくさんあります。結論ありきで官僚の書いた筋書き通りに進められる政策決定のあり方を根本的に考え直す時期に来ています。
教育の世界で言えば、「中央教育審議会」における「教育には素人の人々」の思い付きの発言がいかに本質をゆがめているか、あるいは利益誘導とも思える大学入試をめぐる最近のさまざまな出来事など、その類の事例には事欠きません。まず、そのような事実を多くの人と共有することから始めるしかないようです。

2018年9月30日日曜日

組織づくりのリーダーシップ

 今回は学校組織の形成に校長がどうかかわるかということを考えてみたいと思います。
 以下は2006年にジョージア州を訪問したときにお会いしたジョージア大学のゼペーダさ 
  んの著書Ref lective  Supervisor」の一部をヒントに作成したものです。
 組織づくりをしていく上で、校長がどうあればよいかを考えたものです。
 そこで、具体例を通して、大きく分けて次の5つの視点から考えることにします。

1 校長は学校の状況(実態)をどう把握すればよいのでしょうか

昇任又は異動によって新しい学校の校長になった者が自分の担う役割をどう現実的に考えるかを例に取り上げます。

情報源
 まず行動を起こす前に、校長としてどのような役割を期待されているのかという情報を
  集める必要があります。第一段階は、多くの情報源から公平な立場で情報を集めること
  です。


★情報収集の重要性
 公立学校では転任者が毎年何名かいます。
 校長は次年度の職員構成を考えるにあたり、転任者の情報を必要とします。
そのようなとき、電話で前任校の校長から情報を仕入れるわけですが、
 手が正直に答えてくれる場合ばかりとは限らない。したがって、時にはその


誤った情報で学級担任などを決めてしまうこともあります。
年度始めの数日でその人となりを見極めることはなかなか難しいのが現実で
す。


校長にとって最初の情報源は教頭(副校長)です。教頭が新しい校長に何を期待しているのかを理解する必要があります

2の情報源は前任者です。また、教頭(副校長)と教務主任、学年主任たちとの関係を 理解しておくことが必要です。前任者が主任層との関係に問題があった場合は、主任層との信頼関係を築くことが学校経営上不可欠でしょう。
また、これまでずっと続いてきた仕事、問題解決のパターン、重要なデータファイルのある場所について、前任者から個人的に引き継ぐ必要があります。

第3の情報源は主任層です。
主任たちと学校に関すること、学校に今必要なこと、その方向性について話し合うことが求められます。このことは、リーダーシップとして大切な傾聴と問題解決という技能を発揮するよい機会を与えてくれることになります。異なる意見に対して寛容であることが求められます。
 批評的な情報を集めるには他にも方法があります。他の職員とも話したらよいでしょう。尋ねるべき質問はたくさんあるでしょう。「彼らがその役割についてどう感じているのか」「管理職とはどのようにつきあってきたのか」「校長のリーダーシップについてどう考えているのか」など。
また、過去のメンバーの評価、予算や連絡、管理に関する覚書や会議の議事録などが重要なデータとなります。

振り返り
あなたは校長として新しい学校に赴任して、その学校の職員の雰囲気、人間 
関係を知るためにどのような方法を取りましたか?

2 校長はビジョンをどのように作ればよいのでしょうか

 校長に求められていることは自分の役割を理解することです。校長として求められているものは何でしょうか? 
だれもがその役割について違った意見を述べるでしょう。この質問にうまく答えるためには、進むべき進路を定めることです。一方で、どのメンバーも喜ぶようなことをしようとすれば結果的にはだれも喜ばすことはできないでしょう。また一方でだれの言うことにも耳を貸さないとすれば、すべてのメンバーとの関係が壊れてしまうでしょう。
いずれにしても、仕事をうまく進めることもできないし、組織への貢献もできないと思われます。
力のある校長になるためには、教頭や職員と一緒にうまく仕事を進めていくべきです。校長がその組織の目標を達成するためには、共にやることが大切なのです。協働者なしには、どんな組織も、そのミッションを達成することはできません。

学校の実態を把握した後は、学校として目指す目標・ビジョンを明らかにする必要があります。結果としてできあがったものよりも、作成する過程の方がはるかに重要です。
学校の実態を明らかにする作業と同時に、ビジョンづくりの参考となる様々な事例・情報を収集することです。
その結果、集められた情報を関係者と共有します。この関係者の中には、保護者・地域住民の代表が参加している地域協議会のような組織が含まれます。そして、ビジョン作りの会議を持つのです。(中学校であれば、生徒代表が入ることも考えられます。)

 部下職員の所属意識を高めるにはどうすればどうすればよいのでしょうか

 心理学者は人間にとって所属意識が重要であると言います。それは人間にとって大切な動機です。われわれは所属意識が感じられないときは、他のメンバーや組織に対して疎外感をふくらませてしまうでしょう。所属感を感じられる職員は、学校のためによく働くし、忠実に仕事を進めることができます。
 ◆振り返り
 あなたは部下の所属感を高めるためにどんな工夫をしています
 か?






4 生き生きと部下が働けるようにするためにはどうしたらよいでしょうか

校長の中には、校内に競争原理を持ち込むタイプがいます。
しかし、これは結局、職員たちにとって利益になりません。
競争原理を持ち込めば、絶えず自分たちの利益を守ることが目標になってしまいます。
したがって、校長が学年間の連携・協力関係を作ることが重要となります。校長が職員に対して、同僚との良好な関係を築くよう配慮すれば、協働的な雰囲気が醸成されます。
もうひとつの失敗例は、タテとヨコの組織の分裂です。校長があるグループと他のグループを競わせるようなことをすると、内戦状態になります。

例として予算要求の例が考えられます。
もし、ある教科が昨年削減された予算の回復に成功したとしても、それは近視眼的な勝利です。なぜなら、その教科が予算の回復に成功したとしても、それは他の教科を削って得たものにすぎないからです。その小さな勝利はまた新たな敵を生み出してしまうことになるのです。


 ★これは給与・待遇に連動した教員評価において同様の例が見られます。 
ある自治体の公立学校では、教員に対して4段階の評価がなされ、下のランクに評価された教員は昇給が延伸されたり、賞与の額が減額されたりしています。その減額分は成績優秀者に対して与えられるというシステムです。これなども互いに競わせて勤労意欲を高めようという競争原理に基づいた組織活性化法と言えるでしょう。
しかし、上記の話からも、これは両刃の剣であることがよく理解できます。
  たしかに、一生懸命働いても、そうでなくても給料に差がつかないのはお 
 かしいという考えも成り立ちます。しかし、時代の変化と共に、「協働
 性」が重視されている学校において、チームプレイや連携プレーが要求さ 
 れているにもかかわらず、その協働性を分断するような成果主義であれば
 それは学校にとってマイナスです。


5 組織づくり成功のために校長に求められるものは何でしょうか

  力のある校長は部下の話をよく聞く
  リーダーシップというと、常に部下に対して指示を与えることと思いがちですが、決してそうではなく、部下職員の話に耳を傾けることが大切なのです。
このコミュニケーションの基本が守られていて、初めて部下職員は校長の言うことをきくのです。

  力のある校長は正直である

正直さは校長の行動やことばに滲み出ています。
これらの行動やことばはどのような与えられた状況のなかでも、常に正しいことをやろうとする意欲と関連しているものです。正直さをもって校長が行動しているときは、すべての部下がその校長を言行一致の人とみなすでしょう。陰での取引や依怙贔屓などがないことです。そのときは校長の行動が、組織に対して正直さ、公平さ、統一性として反映されるのです。正直に行動することにより、校長は信頼と高い倫理的な原則に基づいた校内文化を作り始めることができます。


 ★部下職員が意欲をもって仕事を進めることができるためには、やはり
  校が自らそのモデルとなる必要があります。
 「正直さ」という範を示すことで部下は安心して職務にあたることができます。




「モデル」となって示すことは「言うのは簡単だが、実行は難しい」のです。自分のことは棚に上げて、言行不 一致の上司にはだれもついていきません。生徒が担任教師のことをよく見ているように、部下職員も校長のことをよく見ているものです。



 ◆振り返り
 校長として部下の信頼を失わないためには、どのように行動すればよいの 
 でしょうか?



2018年1月28日日曜日

上司と部下


先週のブログ記事に紹介された「プロジェクト酸素」はそのネーミングもさることながら、改めて組織には何が必要かを確認させてくれる事例だと思いました。みなさんはどう考えましたか? 以下のようなくだりがありました。

 最高の上司の特徴を以下の8つの点に絞り込んだのです。グーグルは、これを「ビッグ・エイト」と呼び、重要な順位に並べました。
 
1.よきコーチである


2.チームを後押し、細かいマネジメントはしない

3.チームメンバーの成功や生活に対し、関心がある

4.臆病にならない~生産的で結果主義である

5.よいコミュニケーター~よき聞き手である

6.部下のキャリア形成を助ける

7.明確なビジョンと戦略をもっている

8.チームにアドバイスできる技術的な専門知識をもっている


1は当然そうだろうと思いますが、2の「チームを後押し、細かいマネジメントはしない」はできそうで、案外できないことです。

学校で言うと、細かいマネジメントばかりに目がいく校長は部下職員を委縮させるケースが多いと思います。この20年くらいで教育委員会の管理的な志向に振り回される校長が特に多くなっています。上ばかり見て、下のことを考えない、いわゆる「ヒラメ型」のタイプです。こういう人は、部下の手柄も自分の手柄のように吹聴して、自身の出世ばかり気にします。こういう人の下についた職員は「早く、この人異動してくれないかな」とそればかりを念じるしかありません。当然、職員室の雰囲気も悪くなります。

私が20代の教師だったころ、その学校の校長だったW先生はまさにこの「チームを後押し、細かいマネジメントはしない」タイプの校長でした。若手教師の多い学校でしたので、学校行事にしても文化祭にしても、毎年新しい企画案が出てくるのですが、それをいつも「やってみろ」の一言で後押ししてくれたのです。こういう学校は活気あふれる学校文化につつまれた、よい学校の典型だと思います。結果として、「よいマネジメント」がついていくのでしょう。

この「2」が「7」「8」よりも、上位にあるというのも、面白いことですし、組織としてはそうなのだろうなと納得します。

 4の「臆病にならない~生産的で結果主義である」は、校長として少し勇気がいります。
 
でも、校長になろうと思った人なら、自分が目指す教育が本来あったはずです。それが、できる立場になったのですから、遠慮なく自分の方針を出せばいい、と私などはすぐに思いますが、案外、前任者のやったことを踏襲するだけで、任期を終えてしまう校長がいかに多いことか。校長会という組織がありますが、そこでの話題が学校経営に役立ったという記憶はありません。「こんな学校行事をやってみよう」とか「こんな活動を企画してみよう」などという話題は滅多に出ません。「新たしいことやって失敗するよりは、前年踏襲でそつなくやること」を信条とした、守りの姿勢ばかりが目につきます。こんな保身第一の校長が子供に「チャレンジすることの大切さ」などを説いてみても、虚しい話です。




100%いきなり、すべてを変えたらそれはうまくいきません。でも、30%変えるぐらいはそれなりの準備や段取りを踏めば可能であると思います。それを3年続けたら、どんな学校でも変わります。

 5の「よいコミュニケーター~よき聞き手である」も当然と言えば、当然です。校長がまずよきコミュニケーターにならなくて、どうして子供たちにそれが身に付きますか。
 

6の「部下のキャリア形成を助ける」も大切です。チャンスがあれば、どんどん若手に校内の主要なポジションを経験させるぐらいの度量がなくてはだめです。(そうしたときには、サポートが必要なことは言うまでもないことですが)


大学院派遣や長期研修などの機会があれば、積極的に応募させて、チャレンジさせることです。当然、そのような教師は有能ですから、学校にとっては居てもらった方が自分の学校経営上は楽なのです。しかし、自分の都合でそのようなチャンスを奪ってしまうのは管理職としてと言うよりも、人としてどうなのかと思ってしまいます。

 

 

 

 

2015年5月31日日曜日

変化の原則


「校長先生という仕事」(吉田新一郎・平凡社新書2005)165ページに「変化の原則」が取り上げられています。

 
・影響を受ける者が意思決定に参加することが大切。

・本当に意味のあること、真のニーズのあることをわきまえることが大切。

・変化はイベントではなく、プロセスである。従って時間がかかる。

・学校を変えることは、その中にいる人を変えることである。

・変化には準備が必要。

・あれもこれもではなく、少ないものを確実に実現する。・・・・・・・

 
学校ほど、変わらないところはないと思いませんか。

変化を嫌うというか、新しいことに対する抵抗感。

「教室」というハード面の形式も、もう100年以上変わっていません。

教科書をカバーするだけ授業もなかなか変わらない教室が多いのではないでしょうか。

 

「学校を変えることは、その中にいる人を変えることである。」

これも、「言うは易く、行うは難し」です。

教師は5年も経てば、自分なりの指導スタイルができあがってしまい、それをこう変えたらいいと周りで言っても変わらないケースが多いですね。

まずは、先輩教師は後輩に対して、自分が学んでいる姿を見せることが大切ですね。校内で学び合いの機会(いわゆる校内研修以外にペア又は小グループで)が持てればさらにいいです。また、管理職は自らが学びのリーダーとなって、学び続けることです。「管理の論理」よりも「学びの論理」を優先させることです。よほどの緊急事態でもない限り、これはどの学校でもできることです。

話は変わりますが、大学生でも人間関係がうまく作れない学生が増えています。ですから、週1回のセミナーの時間に、小中学校でやっている「学級活動」のようなことを取り扱っています。休みが続く学生には連絡を取ったり、個人面談をしたりしてサポートしていますが、面談の時によく話をするのが、この「変化の原則」です。

だれかがやってくれるのを待つのではなく、自分から動くことの大切さです。

他力本願で、良くない状況が好転するのをただ待つのではなく、自分から変わること、そして変化には時間が必要なことを話しています。

 

2015年3月29日日曜日

年度末にあたって


 今日は3月29日です。あと2日でわが国の学校教育では年度の終わりを迎えることになります。学校に勤務されている方にとって、平成26年度はどのような1年でしたでしょうか。

 このPLCだよりのなかで、すでに何回か掲載されている文章を再度掲載したいと思います。

 それは、「授業に真摯に臨む教師」「蝶であり続けたい教師」「情熱をもって教え続けたい教師」への10の提案です。

 

1.常に学び続ける ~ これしかありません! 学び切ることなどあり得 
  ないので

2.あなたが生徒の最初の先生ではない ~ 責任を背負い込まない。同僚
  や親と協力する

3.同じ学校は存在しない ~ 学校は一つひとつみな違う

4.他の授業を見せてもらう。自分の授業を見てもらう

5.ネットワークを築く ~ バラバラではどうにもなりません! サポー
  トし合うこと/刺激し合うことが鍵です。個人レベルとプロとしての両 
  方で

6.親との関係を築く

7.規則よりも物事の進め方(ルーチン)に重きを置く ~ 管理するので
  はなく、生徒たちが主体的に動けるようにする

8.生徒に敬意を持って接する、パートナーとして接する、質の高さを求め
  る

9.成績に引っ張られず、評価を学びに生かす ~ これについては近々  
  扱いたいと思っています

10.生徒たちがイキイキと学んでいることが何よりも大切 ~ そのため
  にも教師こそがイキイキと学びのモデルを示し続けていることが不可
  欠!

参考: The Passionate Teacher, Robert Fried, Beacon Press, p. 302

(2012429日「PLC便り」に掲載) http://projectbetterschool.blogspot.jp/2012/04/blog-post_29.html

 
 これらは、『校長先生という仕事』(平凡社新書)と『効果10倍の学びの技法~シンプルな方法で学校が変わる』(PHP新書)(どちらも吉田新一郎著)においても、説明されている項目ばかりです。

この10か条は、どれもいろいろな立場で考えることのできる項目です。

 たとえば、「1 常に学び続ける」ことは、教師であればだれもが続けたいことであり、校長などの管理職であれば、自分が学び続けるばかりでなく、職員がどうすればよく学べるようになるか、組織的な面からも考えることが求められます。
   
 また、「3 同じ学校は存在しない」を実現するには、地域や子ども、保護者の実態を知らないとできないことですし、それぞれの立場でかかわり方も変わってくるはずです。よく「横並び」という言葉が使われ、あまり目立たないようにすることがよいことだと言わんばかりの、当たり障りのない経営を信条とする校長をたくさん見聞してきましたが、少なくとも校長には自校の実態を踏まえて、自分なりのカラーを出してほしいものです。そうでなければ、仕事をやっていても何の面白みもないと思うのは、私だけでしょうか。

   ぜひ、新年度を迎えるにあたり、この10か条を自分の仕事の中で見直してみることは大切なことだと思います。

 

 

 

 

2014年4月13日日曜日

教科書をこなすだけの授業からの脱却


ここ数週の「PLCだより」では、パートナーから年度末・年度始めということで、「学校経営方針」、「学びのリーダー」が取り上げられました。

 

私も中学校長の時代には、毎年この作業は悩みでもあり、楽しみでもありました。

もちろん、校長一人が勝手に計画を作り上げてもだれも見向きもしませんし、この計画・方針の策定には多くの職員が係わっていく(係わらせていく)ことが大切です。

 

中学校ならば生徒たちも立派に自校の問題点に気づく力を持っています。子どもたちを対象に「こんな学校にしたい」というアンケート調査をやってもいいと思います。中には、「階段を上がるのが大変なのでエレベーターがあるといい」のような意見を出してくる生徒もいますが、「図書館の本が古すぎるので新しい本を入れてほしい」というよう建設的な意見もたくさん出てきます。また、学校周辺の住民の声も取り入れることができることもできます。


要するに、校長が校長室で一人作成した「学校経営方針」ではなく、可能な限り学校に関係する人たちの意見・アイデアを取り入れて作った「経営方針」が本当に活きて働くということです。

 

現在勤めている大学では、自分が「経営方針」を作る場面はありませんが、学生たちに「今年の目標」を立てるように働きかけています。大学生なのだから自分で目標を作るのが当たり前なのですが、その当たり前がなかなかできません。

「自己管理能力」とよく言いますが、これが身についていないまま大学に入ってくる学生が増えています。小中学校の学習指導要領の特別活動の目標などで、「自己管理能力」の指導が強調されていますが、まさに義務教育レベルでさらに力を入れる必要がありそうです。

 

教科の指導でも特別活動の指導でも、肝心なことは「単に教科書や指導計画に書かれたことをそのとおりやる(いわゆるカバーすること)」のではないということです。そのためには、目の前にいる子どもたちの実態から出発した授業が求められるということです。

 

2014年2月2日日曜日

学びで組織は成長する


先週の金曜日、1月31日の読売新聞「くらし教育版」に次のような記事が掲載されました。

 

『学校改革 東京から指南役 ※高知』

「高知県の公立小中学校で、東京都の元小学校長が授業や校内運営の改革に活躍している。「指南役」として招いた県教委は、児童生徒の学力アップにつなげたい考えだ。

 この元校長は西留安雄さん(64)。2004年、東京・東村山市立大岱小の校長に就くと、職員会議を廃止し、教師が児童と向き合う時間を増やした。授業では、問題の解き方を自分で考え、グループで教え合った上で、発表する方式を取り入れ、思考力を伸ばすようにした。・・・・」

 

ちょうど、先週のこの「PLCだより」で取り上げられた「学校常識からの脱却」の著者の西留さんです。高知県教委は西留さんの考え方を全面的に取り入れて、改革をしようという意向のようですが、それだけではなく、もう少しその考え方を分析してみたらいいと思います。自分たち(県教委)がこれまでやってきたことの方向性やあり方を再検討するということです。

先週のブログの執筆パートナーの文章を引用します。

 

「最初の章の「学校常識からの脱却」は、見事なぐらいに学校が抱えている課題を明らかにしてくれています。(現職の校長や教師で、課題をこれだけ明確に言える人はどれだけいるでしょうか? 西留さんもこの本を書いたのは、公立の校長を退職してからです。在職中には、書けない内容でしょうか? 校長会あたりからメンバーの総意として、こういうのを教育委員会に指摘し、かつ提案として出すようなことはできないものでしょうか?)」

 

⇒「校長会の総意として」は全く同感です。本来そうあるべきなのです。校長会とはそのような目的で組織されるべきものなのでしょうが、実際はそうなっていないのです。高い会費を取られて、単なる親睦団体ではどうしようもないですね。

やはり、現職中は書きにくいのでしょうね。

 

 後半では、教員の力量向上の話が出てきました。たびたびこのブログでも取り上げるテーマですが、PLCの考え方を理解して、できるところから学校づくりをやれば、3年で変わりますね。

 

また、先週の記事を引用します。

「日本の国語教育には、この題材集めや選書という考え方がありません。同じように、教員研修や研究にも。すべて上から(誰かから)与えられるものとして、それらは存在し続けています。それでは、残念ながらよく学べません。よくて、「お付き合い」のレベルが続くだけです。」

 

⇒「上から与えられたもの」では子どもも大人もよく学べないということです。学び続ける組織をどう作るのか、ここに力を注ぎたいものです。


その方法については、ぜひ『「学び」で組織は成長する』 (吉田新一郎・光文社新書)を読んでください。ここに書かれていることをもとに、各自がその持ち場で取り組めば、学校は確実に変わります。

2013年9月29日日曜日

教科書で教える


教科書のメリット、デメリットが前回も話題になりました。

教科書をカバーするだけの授業なら、教師という職業も楽な仕事です。それなら、3年もやれば一通りのことはわかるでしょう。だから、教師になって3年ぐらい経つと、勉強しなくなる教師がいます。教科書をカバーするだけの授業なら、毎年同じようなことの繰り返しです。おそらく、つまらない授業になるでしょう。子どもたちはそんなものかとあきらめてしまうのかもしれません。

 

しかし、目の前の子どもたちの実態を踏まえて、指導プランを考えると、おそらく時間がいくらあっても足りないような状況になるでしょう。自宅に持ち帰っても、プラン作りに取り組まなければなせないかもしれません。でも、見方を変えると、こんなに充実した時間はないということにもなります。自分の経験でも、夜10時くらいまで学校に残って、翌日の授業の準備をしていたということはよくありました。

肉体的には疲労していても、心は実に充実していた記憶があります。あまり長時間労働することはほめられたことではありませんが、これが教師の仕事の面白さの一端を表しているのではないでしょうか。自分が苦心して用意した教材やワークシートが子どもたちの興味・関心をうまく引き出せたときの喜びは何にも代えがたいものです。これぞ、教師という仕事の醍醐味だと思います。

 

 今は大学生を相手に教えていますが、同様のことが言えます。一方通行の講義をいくら続けたところで、どれほどのものが学生の頭や心に残るのでしょうか。学んでみたいと思えるような学習内容があって、初めて学習が成立します。そのためには、それにふさわしい教材を用意する必要があります。この半年間、学生が「学んでみたい」と思えるような教材作りを絶えず考えています。それには、たくさんの本を読んだり、準備をしたりするのに時間がかかりますが、それでもやっていて自分が楽しく感じられる時間です。

 

 教師が教材作りやカリキュラムづくりに意欲をもって取り組めるような学校環境を作ることが管理職の大きな仕事だと思います。それには、まず校長・教頭が学び続けなくてはなりません。「管理の論理」は必要最小限にして、「学びの論理」を校内に行きわたらせることです。そんな学校を作ることが、校長・教頭という仕事の面白さでなければなりません。

2013年2月17日日曜日

教育の情報化について


昨日、教育情報化に関連するフォーラムに行ってきました。

その中で、学校のホームページ運営や校務の情報化について話を聞きました。

 

学校のホームページがどれくらいの頻度で更新されているかという調査結果が紹介されていました。なんと、およそ60%の学校は週1回も更新していないようです。反対に、週に4回以上更新している学校は全体のわずか7%だそうです。自分の学校はどうなのかと考えてみると、だいたい週1回です。今回のフォーラムの主催団体に所属している人たちの学校はほとんど毎日更新しているぐらいのレベルのようです。

 

 その主催者の一人が、ある地区の中学校長会研修会に講師として呼ばれたときに、校務の情報化の一つとして、このホームページ更新の話をしたそうです。この方は、ある中学校の現職校長でもありますが、学校の中でホームページ運営を自分が中心になって行っています。
 

 そのことを校長会の研修で話すと、研修後のアンケートのなかに、「ホームページ運営は校長がやるべきことなのか」という批判が一つあったそうです。

 「校長がそんな仕事までやるべきでない」「係りに任せればいい」という考え方の校長はかなりの数いることでしょう。私の地区の校長さんたちもそういう考え方をしている人がかなりいることを知っています。

 私は、情報発信、あるいは地域とのネットワークづくりの大切さが言われている今日では、校長こそ「ホームページ運営」の中核を担う必要があると思っています。ホームページで不適切な表現を使ったり、著作権や肖像権を無視した内容を提示したりしたら、それこそ学校の信用は大幅にダウンします。それだけ、重要なものだと思います。だからこそ、校長が積極的にかかわる必要があると思います。

 

 今日のフォーラムで学んだことが一つあります。
 それは、学校のホームページは外部の人に見てもらうだけでなく、内部の職員にこそ見てもらい、それを経営に生かす方略もあるのだと言うことです。つまり、「校長室だより」に書いたことが職員へのメッセージにもなり、学習指導や生徒指導の方向性を示すのに大切な役割を果たしてくれるということです。
 また、いろいろな授業風景を写真入りで紹介することで、先生方相互の研修のきっかけづくりや情報提供にもつながるということです。ということは、ホームページも使い方一つで、校内研修、職員研修につなげることができるということです。これは発見でした。

 往復の新幹線運賃と参加費を含めて、13,000円かかりましたが、それだけの価値はあったと思います。