2026年7月19日日曜日

リーダーシップは肩書きではなく、日々のふるまいとして扱うべき理由

長いあいだ多くの組織は、「リーダーは一部の人だけ」という前提で動いてきた。役員や部長など、限られた人が方向を決めるという考え方である。しかし、環境が複雑になるいま、このやり方だけではもう足りない。

本来のリーダーシップとは、役職ではなく、周りの人との関わり方やふるまいのこと。影響力をもち、責任を引き受け、さまざまな背景をもつ人たちを共通の方向へ動かす力のこと。そしてその力は、組織のあらゆる場所に眠っている。

リーダーシップを「一部の人だけの特権」として扱うと、組織は自分たちの可能性を取りこぼしてしまう。顧客に一番近い人の気づき、現場で働く人の問題解決力、貢献したいと願う人のエネルギー──それらが活かされない。

これからの組織をつくるのは、少数のリーダーではなく、多様なみんなのリーダーシップを引き出せる組織である。

 

リーダーシップは肩書きではなく、ふるまいである。

 本当に強い組織は、上層部だけが引っ張るのではなく、どの層でも「自分から動く」「考える」「協力する」「責任を引き受ける」といったリーダーシップの行動が育つ文化をつくっている。

「命令して管理する」やり方から、リーダーシップをみんなで担うものとして捉え、 多様性を受け入れ、心理的に安心できる文化へと転換すると、より多くの人が前に出て、主体的に動き、変化を定着させていく。

リーダーシップが「特別な人だけのもの」ではなく、誰にでも開かれたものだと感じられる職場では、人はより深く関わろうとする。自分が見られ、聞かれ、居場所があると感じられるとき、人はもっと力を注ぐ。自分の行動が組織や地域の未来を形づくっていると実感できるとき、人はより大胆に動く。そして、リーダーシップが「上から押しつけられるもの」ではなく、自分たちとともにつくるものだと信じられるとき、人は自然と同じ方向に向かっていく。★

 

広い層でつくる変化の仲間づくりの力

どんな成功した動きも、企業の内外を問わず、「自分より大きな目的」を信じる人たちの集まりから始まる。強い組織は、変化を支える仲間が 役員や権限をもつ人だけで成り立つわけではないことを理解している。むしろ、影響力や信頼をもち、周囲が「この人なら」と自然に耳を傾ける人たち──たとえ正式な権限がなくても、人が共感し、信頼し、ついていきたくなる人たちが欠かせない。

こうした声を早い段階から、しかも形だけでなく本気で巻き込むことで、動きは一気に加速する。納得感が自然に生まれ、抵抗も小さくなる。変化が「上からの指示」ではなく、みんなで取り組む使命として感じられるようになる。

そして、人は仲間がリーダーシップを発揮する姿を見ると、「自分もやってみよう」と心が動く。★その連鎖が、組織の変化を本物にしていく。★★

 

「より多くの人がリーダーシップを発揮する」=「より強い当事者意識と納得感が生まれる」

考え方はとても単純で、物ごとが自分に対して決められるのではなく、自分と一緒に決められていると感じられると、人は結果にもっと力を注ぐ。伝統的なリーダー像にとらわれず、より多くの人を意思決定や議論の場に招き入れた組織では、次のような変化が起こる。

変化の定着が速くなる 自分が解決の一部だと感じられると、人は変化を押し進める側に回る。

創造的な問題解決が増える 視点が広がることで、より深く、偏りのない解決策が生まれる。

チームの結束が強まる 自分の声が届き、価値を認められていると感じる人は、より高いレベルで貢献する。

勢いが続く 変化が「一時的な取り組み」ではなく、文化として根づいていく。

 

これからのリーダーシップは、みんなでつくるものになる。

いま求められているのは、素早く動き、工夫し、しなやかに立て直す力。今の世界では、硬直した上下関係にしがみつく組織は遅れをとる。リーダーシップを「組織全体に広がる動的なふるまい」として捉えられる組織こそ、変化の速さに追いつくだけでなく、むしろ流れをつくっていく。

これからの変化は、一部の人が密室で決めるものではない。多くの人の力を引き出し、みんなで前に進む動きをつくることが鍵になる。そうして初めて、変化は「上からの施策」ではなく、それを実行する人たち自身が動かす本物の流れになる。★★★

人は「意味のあることの一部になりたい」と願っている。多様な人のリーダーシップを引き出すことは、単なる納得感づくりではなく、自分の居場所があり、力を発揮したいと思える文化をつくることにつながる。

組織が進化し続ける力を手に入れるのは、リーダーシップを希少な資源として囲い込むのではなく、みんなで分かち合う豊かな資源として育てるときである。誰もが「自分より大きなものに貢献できる」と感じられる環境こそ、持続的な成果を生み出す土台になる。

 

出典・https://www.kotterinc.com/unlocking-leadership-power-of-the-many/

 

★この段落に書かれていることは、エイジェンシー、オウナーシップ、エンパワーメントなどの考え方(捉え方、概念)を表現しています。それらがまだカタカナ言葉としてしか存在していないことを考えると、多くの日本の組織はこれらの概念が定着していないことを表していると言えます。

★★こちらは、Collective Efficacy(集合的効力感ないし推進力)あるいはShared Commitment(共有された覚悟)ないしDistributed Ownership(分散した当事者意識)、さらには、transformational organization(変容し続ける組織)やtrue learning organization(学び続ける組織)になります。ウ~ン、全部カタカナ語ばかりだ!!

★★★文科省や教育委員会は、いつになったら、このことに気づけるのでしょうか?

2026年7月12日日曜日

『真正の評価』から、数学者の時間における評価をどう捉えるのか

 これまで僕は、授業の評価とは、事前に目標を定め、その目標に照らして子どもの姿を見取り、どこまで到達したかを判断するものだと捉えてきました。「数学者の時間」を続けるなかで、評価は本当にそれだけでよいのだろうかと考えるようになっています。

 

数学者の時間では、子どもたちは一つの問題に向き合い、具体的な場合を試したり、条件を変えたり、友だちの考えに触れながら問いをつくり直したりします。そこでは、教師が事前に予想していなかった考えや、めあてには直接表れない迷い、行き詰まり、夢中になって考える姿が生まれます。

 

その場で生成的に立ち上がってくる出来事を、あらかじめ設定した授業目標への到達度だけで捉えてよいのでしょうか。数学者の時間にふさわしい評価とはどのようなものなのか、改めて考える必要があると感じていました。

 

参考になったのが、ハロルド・バーラック他による『真正の評価 テストと教育評価の新しい科学に向けて』です。この本を読み、自分の教育実践と照らし合わせながら、数学者の時間ではどのような評価を目指したいのか、これまでどのような評価を行ってきたのかを考えてみました。理論と実践を往還させながら、自分の評価観を捉え直す試みです。

 

 

 

1章では、能力を個人の内側にある固定的なものとして捉え、共通の尺度によって測定する評価観が問い直されています。学びや能力は、子どもの内側だけにあるのではなく、課題や友だち、教師との関係、その場の文脈のなかに現れると考えられています。そうであるなら、評価も「この子にはどのような力があるか」を判断することにとどまりません。「この子と問題や友だちとの間に、何が起きているのか」まで捉える必要があります。

 

「一般化することができた」と判定するだけでは、その子の思考がどのように動いたのかは見えてきません。どのような事例に注目し、何をきっかけに考え方が変わったのかを記述することで、その場で生まれた学びの意味が表れます。

 

評価とは、目標への到達を判定することだけを指すのではなく、その場で起きた出来事の意味を読み取り、言葉にする営みでもあるのだと思います。ただし、事前に固定的な評価項目を設けないからといって、教師が何の見方ももたずに子どもを見ることはできません。ここで重要になるのが、第2章に示されている「数学すること」の捉え方です。

 

2章では、数学的能力を計算技能や正答数だけで捉えるのではなく、問題を捉え、試し、表現し、推論する活動として見る必要が示されています。子どもの行為が目の前に現れていても、教師が数学的な営みについての見方をもっていなければ、その意味を理解することは難しくなります。教師には、「数学するとはどういうことか」についての豊かな見通しが必要です。

 

ただし、その見通しは、子どもを分類するための固定的なチェックリストとは異なります。子どもの行為を数学的な営みとして理解するための視点であり、実際の子どもの姿に出会うなかで更新されていくものです。

 

数学者の時間では、テストにこだわらず、数学者ノートに残された記述や、教師や友だちとの対話など、その子が今どのように数学と関わっているのかを理解するための大切な資料にしています。特に重要なのが、個別カンファランスです。第7章では、標準テストだけに頼らず、学習活動や文脈に即して、さまざまな資料から子どもの学びを捉える必要が示されています。この考えは、数学者の時間で行っているカンファランスと深く重なりました。

 

カンファランスは、教師が理解度を確認し、正しい方向へ導くためだけの場ではなく、子どもと教師が、その子の考えてきた過程や今もっている問い、必要としている支援について、一緒に考える場です。教師は、すぐに答えやヒントを与えるのではなく、まずその子が何を考え、どこで立ち止まっているのかを理解しようとします。そのうえで、どのような関わりがあれば考え続けられるのかを考えます。

 

形成的評価も、子どもの不足を見つけて修正することだけに限られません。その子が自分の考えを続けていくために、何を必要としているのかを捉えることも含まれます。僕自身も、少しずつそのように考えられるようになってきました。そして、教師による見取りや支援は、やがて子どもの自己評価につながっていくと考えています。第8章では、評価を教師や専門家が外側から行う測定にとどめず、学習者も参加する判断や対話の営みへと開いていく方向が示されています。

 

自己評価とは、「できた」「できなかった」と自分を判定することよりも、自分の考えが今どこにあり、何に困り、次に何を試したいのかを、自分で捉えることだと考えています。

最初は、教師が子どもの思考に言葉かけをします。その言葉を手がかりに、子どもは少しずつ自分の思考を振り返り、自分に必要な支援を考えられるようになります。数学者ノートやカンファランスは、そのための大切な道具になっていくのです。

                                                                                                                

 

 

数学者の時間における評価では、子どもが問題や友だちと関わるなかで、どのように考え、立ち止まり、問いをつくり直しているのかを捉えたいと考えています。そのためには、教師が「数学するとはどういうことか」という見方をもちながらも、それを固定的な評価項目として当てはめず、目の前の子どもの姿から自分の見方を更新していく必要があります。

 

数学者ノートや対話、個別カンファランスは、その子が今どのように数学と関わっているのかを理解するための大切な資料になります。教師が思考の動きを読み取り、必要な言葉や支援を返していくことで、子どもも少しずつ、自分が何を考え、どこで立ち止まり、次に何を試したいのかを捉えられるようになるのではないかと考えています。

 

『真正の評価』を読むことで、これまで数学者の時間で行ってきた見取りやカンファランスを、一つの評価実践として捉え直すことができました。評価とは、学びを終わらせるための判定ではなく、子どもが自分の思考を見つめ、自分の足で考え続けていくことを支える営みなのだと思います。

 

 

2026年7月5日日曜日

変容するリーダーシップの形

サムライブルー(サッカー日本代表)が北中米ワールドカップを戦っています(6月30日ブラジルに惜敗し終戦)。近年のサムライブルーの成長には心躍ります。

選手の成長もだけれど、森保一監督のマネジメントにも大きな注目が集まっています。前回のカタールワールドカップの決勝トーナメント一回戦のクロアチア戦のペナルティーキックで、キッカーを選手が自ら手をあげる形で決めたことが話題になりました(賛否はありましたが)。今回のワールドカップでは、この形はやめたようですが、選手の主体性を生かす、マネジメントを取り入れられたことは、注目されました。

リーダーシップの在り方は変わりつつあるようです。

先日、ある中学校を訪問をする機会がありました。授業参観の後、校長から学校の概要の紹介がありました。学校の在り方や自分自身の考え方を、分かりやすく語ってくれて、好印象。ビジョンが明確な、いいプレゼンだと思いました。どこの学校に行っても、ほぼ同じような印象を持ちます。近年は、学校においても、支配的かつカリスマ的な校長は少なくなってきているように感じるのです。

長らく、続いてきた学校のリーダーシップは、次のようなものでした。

「校長の仕事に対する一般的な認識は、二十世紀初頭からあまり進化していません。かつての校長には、生徒たちや教師、学ぶことや教えることにほとんど関係なく、校長室で学校を管理することのみが期待されていました。(p.100)」★1

ビジネス、スポーツ、学校、あらゆる場面において、リーダーシップのあり方は、強烈な個性をもった「個人が導く」から「集団を活かす」へのシフト。さらに、「権限による支配」から「信頼による支援」へのシフトしていると言われます。★2 今は、転換期にあるのだと思います。

確実に、トップダウン型のリーダーは減ってきてはいる。しかも、誠実に、思いやりをもって、子どもたちファーストで、力を尽くしている校長には、たくさんいます。

しかし、これからの学校におけるリーダーシップはどうあるべきか。そして、それを実践するには、校長がどのように行動すれば良いのか。具体的なイメージは描けていない校長もまだまだ多いのではないかと思うのです。

そのような方に、まず、実行してほしいのが、リード・ラーナーになるということです。校長自らが、学び続けるモデルとなって、その姿を、校内に、地域に、生徒たちに示して欲しいのです。生徒たちは言うに及ばす、教職員、地域の人たちと良い人間関係を築き、皆さんの声に耳を傾け、学び続ける姿勢を示しましょう。

『学校のリーダーシップをハックするー変えるのはあなた』には、リード・ラーナーを目指すときに、すぐにできることとして、次のようなことを挙げています(pp.14-19)。★1 

◉ひたすら聞く

生徒、教職員、保護者など、さまざまな人の声に耳を傾ける。毎日のスケジュールに短時間でも2回以上、立場の異なる人たちとコミュニケーションを取ることが推奨されています。

◉質問をする

オンラインのフォームやSNSなどを使って、質問を送ることを指しています。質問を受けた人にとっては、回答を考える時間が大切な時間になりそうです。回答が得られたら、何らかの対応をすべきとの提案がなされています。

◉生徒と一緒に昼食を取る時間をつくる

カジュアルな雰囲気の中で、生徒たちの声に耳を傾けることができます。生徒たちの視点でみた学校の様子を知ることができますね。学校が生徒たちのためにあると言うことを示すことにもなると言えます。

◉目に見える形でお祝いをする

これはSNSなどを使って、学校で起こった素晴らしいこと、素敵なことを、一日一回投稿することです。学校の何気ない日常を祝福し、それを公開することは、学校外との良い関係づくりの第一歩にもなります。

◉校長室から出る

1日一回、一時間程度は校長室を出て、様々な人と直接関わる。もしかすると、これが第一番に校長がすべきことかもしれませんね。


新しいリーダーシップ求められる時代になりました。もし、あなたが、校長室にこもって、教育委員会や他の学校の校長との電話を生きがいにしているようであれば、新しいリーダー像を実現するために、ぜひ新しい一歩を踏み出してください。あるいは、あなたが、意欲と情熱にあふれた新米校長であれば。新しいリーダーシップを実現するチャンスを手にしていると言えます。あまり、周りに同調することなど考えず、自分の信じる道を進んでください。あなたが、新しいリーダーシップを創り出してはどうでしょうか。

校長のリーダーシップが変われば、学校が変わります。

なお、この記事の中で紹介した『学校のリーダーシップをハックするー変えるのはあなた』には、学校のリーダーシップを変革するためのアイデアが満載です。ここに掲載しているのは、その目次です。ぜひ、ご一読ください。★3


1 リード・ラーナーになる―校長は、学び続けるモデルを見せよう

2 C.U.L.T.U.R.E(文化)をつくりだす―リーダーが率先してはじめよう

3 関係を構築する―意図的に関係をもとう

4 学校の壁を取り払う―コミュニティーとパートナーになろう

5 生徒の声を拡散する―声を見える化し、周囲の人の支持を高めよう

6 生徒を学校の中心に据える―子どものための学校をつくろう

7 スーパー教師を見いだす―スペシャリストのチームを育てよう

8 教師も情熱を注げるプロジェクトをする―教師を励まして学びと成長を推進しよう

9 協働して学ぶ―仲間とともに成長しよう

10 マインドセットを変える―ネガティブ思考をやめよう


★1 ジョー・サンフォリポ&トニー・シナシス (2021) 『学校のリーダーシップをハックするー変えるのはあなた』新評論.

★2 リーダーシップ理論とは?変遷と近年注目されるリーダーシップの特性

https://mba.globis.ac.jp/careernote/1351.html

★3  加えて、以下もご覧ください。

PLC便り: 管理職はもちろん、教師も教育書を読む時間はつくれる! 

校長先生の巡回の意味は|コーチング便り 

明日が最後の1日だったら・・・|コーチング便り