以前の記事で、私は生徒とつながることの大切さ、そしてその一つの方法として生徒の物語を引き出すことについて述べました。
同じように、私は他の教師ともつながる必要があります。そこで「あなたは、なぜ教えるのですか?」と尋ねます。ほとんどの教師は、この問いを投げかけられると夢を見るような表情になります。しばらく考えていなかったからです。
私たちがなぜ教えるのかという理由を思い出し、それをいつも新鮮なまま心の中心に置いておくこと――それこそが、長くて大変な一年間の学校生活を支え続けるための鍵だと私は思います。
私はなぜ教えるのか
私が教えるのは、私にとってそれが世界を変える最も効果的で、そして最も楽しい方法だからです。結局のところ、私たちはこの世界を変える必要があり、私はそのための方法として教えることを選んでいます。教えるという営みは、人の心と考え方に働きかけ、力をつけ、読み書きができ、夢中で取り組み、創造的で、解き放たれた人間へと導くことを可能にします。そしてそうした人々が、世界を変える取り組みに参加したいと思うようになるのです。
私はその変化が実際に起きるのを見てきました。生徒が読み書きができるようになり、高校を卒業するだけでなく、自分を変え、自分自身を見いだすことができると、私はずっと信じてきました。しかし今、その瞬間を目の当たりにしています。小学校や中学校で教えた生徒たちが高校を卒業し、自分の技能や情熱を発見し、大学へ進んでいく姿を見ています。私はいつも「彼らならできる」と思っていましたが、今まさに彼らはそれを実現しています。だから私は教えるのです。
私が教えるもう一つの理由は、うまくいかなかった子どもたちがいるからです。何年も前に私が教えた、優しくて、聡明で、穏やかな6年生の何人かは、今は路上にいたり、ギャングになったり、刑務所に入ったり、トラブルの中にいます。彼らの名前と顔はすぐに思い浮かびます。12歳だった頃の、探求するような表情、鋭い質問、音楽の作品、演技の才能を私は鮮明に覚えています。私は彼らを小さな男の子として知っていました。今はもう、あの頃の姿ではありません。胸が痛みます。(サンフランシスコの対岸にある)オークランドではあまりにも多くの子どもたちを失っているので、私は教え続けています。
私が中学校で働くのは、そこでの戦いが最も激しくなる一方で、問題をまだ逆転できる場所だからです。私は中学生が大好きです。彼らの知的な位置と感情の位置が大好きです。6年生(アメリカでは、中学1年生)頃にならないと準備が整わないような厳密な議論に彼らを夢中で取り組ませることができるのが好きですし、ときどきハグをもらえるのも好きです(小学生は一日に8回ハグを求めてきますが、中学生はそうではありません)。中学校なら、まだ彼らの人生を変えることができます。私はそれを知っています。実際に見てきたからです。
私はこれらの理由、そしてほかのすべての理由を、かなり頻繁に自分に思い出させています。子どもを教えることも、大人を教えることも、大変です――本当に、本当に大変です。だから私は、なぜこの仕事をしているのかを定期的に思い出す必要があります。壁には何十もの視覚的なヒントになるものを貼っています。引用句、昔の生徒の写真、生徒の作品や文章です。うまくいった生徒の名前と、うまくいかなかった生徒の名前を並べています。家族の写真もあります。私がこの仕事をするのは息子のためでもあり、母や祖母の存在があるからでもあり、そして夫の尽きることのない支えがあるからです。私は、この仕事を選んだ理由に、自分の知的・感情的な受信装置のピントを常に合わせ続ける必要があります。なぜなら、この仕事は本当に大変で、疲れ果てるもので、終わりがなく、圧倒されることも多いからです。
では、あなたはなぜ教えるのですか? なぜ読み書きや科学や芸術を教えるのですか? なぜ幼稚園児や9年生(日本の高校1年生)や大学生を教えるのですか? あなたの物語を語ってください。ここで語り、新しい学期の始まりに同僚と語り、生徒とも語ってください。
そして何よりも、自分がなぜ教えるのかを思い出してください。
出典・https://www.edutopia.org/blog/sustaining-passion-reasons-teaching-elena-aguilar
この記事の執筆者のエリーナ・アギラーさんは、『教師のためのアート・オブ・コーチング』(図書文化)の著者で、コーチングや教員研修を中心に10冊近くのとても中身の濃い本を書いています。その中身の濃さを、唯一邦訳のある『教師のためのアート・オブ・コーチング』でぜひ味わってください。