学校は変化を嫌う体質であると言われてきました。私は、長く学校教育に、様々な形で学校教育に関わってきました。高校教員として、教育行政として、大学教員として、そして、保護者としてです。やはり、学校は変わらない組織であるというのが実感です。実際、変わらない学校に対する考察はネット上でも多く見られます。★1
なぜ、学校は変わらないのか、変化を拒むとする要因を考えてみます。
第一に、教育というものの本質に関わる特殊性でしょう。変革を成長の糧として、新しいことにトライするビジネス界とは異なります。失敗すれば、修正すればいいというチャレンジはなかなか受け入れられない。子どもたちの未来、すなわち、成長や受験、就職といった人生の大きなハードル対して、実験的な試みを行うことは、かなり勇気がいることです。実験はできない。また、新しい取り組みの良し悪しを、短期的なデータで示すことはできても、子どもたちの長期的な成長までもは、見定めることが難しい。そのため、前例踏襲主義に陥りがちですし、新しい試みよりも、「これまで通り」が優先されがちです。新しい挑戦で成果を出すよりも、安全第一に、ミスやトラブルを少なくしたいという意識が働きがちです。
第二に、ステークホルダー(利害関係者)の多様さがあると思えます。教員、保護者、地域住民、教育委員会など多くの人が関わります。トップダウンで物事を進めることは嫌われる傾向もあり、関係者の合意を作り上げるには、膨大な時間と労力がかかるものです。また、保護者を含めて教育に関わるすべての人が、自分が受けてきた教育に「馴染み」があり、それが基準になりがちで、新しい変化や挑戦に反発を感じやすい傾向があると言えます。
第三に、多忙を極める学校現場の実情があります。授業、部活動、生徒指導、事務処理、保護者対応など、毎日毎日、それらに忙殺されています。新しい仕組みを学び、それらを取り入れようとする、精神的余裕も、時間的余裕もないと、痛感している教員が多いと感じます。
これらの要因が根強くある中で、教育にイノベーションを起こすことは、容易ではなさそうです。
ただし、一つだけ楽観的な見通しを与えてくれるのは、子どもたちが持っているポテンシャル、可能性を、自らの力で切り開くことは、できるということです。全体主義国家のように、思想や行動が制限されることはない。自ら進みたい方向に進む権利も、チャンスもある。極めて保守的で、これまで通りの教育が維持されたとしても、それをも突き破り、学び成長する子どもたちは必ず出てくる。子どもたちが伸びゆくことは許される社会にいるのです。
そうであるとすれば、なおさら、教育にイノベーションをもたらすことの意義は大きいと言わざるを得ません。子どもたちのポテンシャルを、今よりも、何倍も、何十倍も大きく発揮させられる方法があるとするのなら、そこに賭けるしかない。現状に留まるのは、罪深いことであるのかもしれません。
子どもたちの可能性を、最大限に引き出すことのできる新しい教育。これまでにない教育。今、私たちは、それを見据えた、大きな変革のうねりの中にいる。
私たちが、一歩を踏み出す勇気をもつことです。★2
★1「学校教育、変化嫌う体質から脱却できるか」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE023WV0S1A101C2000000/
「【学校はなぜ変われないのか】本気で変化を望むならば「変えようとしないことが大事」という驚きのシステム思考」
https://diamond.jp/articles/-/345939
など多数
★2 新しい授業を創造する本・新しい教育を考える本
https://www.shinhyoron.co.jp/3331.html
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