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2025年7月6日日曜日

エンゲージメントを探し求める旅

これまで、数ヶ月にわたり、学ぶことのエンゲージメントについて考えてきました。★1 ここ数年、注目されてきてもいますし、これからの教育を考えていくうえで、キーとなる考え方だろうと思います。エンゲージメントが生じているかどうかが、主体的な学びの中核にあると言えるでしょう。


4月から二ヶ月くらいかけて、小中高の現職の教員と、ブッククラブをやりました。読んだ本は、サラ・マーサーとゾルタン・ドルニュイさんの著書『外国語学習者のエンゲージメント』★2 。翻訳版を二ヶ月くらいかけて、読みました。週に一章づつ読み、オンラインのドキュメントに記入し、それに対して、お互いがフィードバックを描き込み合う形で進めました。

先日、そのメンバーが集まる「英語教員CAFE」★3 で、この本についての、まとめのブッククラブをやりました。とても、白熱し、話題が尽きませんでした。なぜ、そのように盛り上がったのか、また、現在教壇に立っている先生方は、エンゲージメントについて、何を感じ、何を考えたのでしょうか。その時の議論からまとめてみると:

1点目は、エンゲージメントという観点から授業を見直すことは、自分自身の授業のあり方を根本から見直すきっかけになったということです。日々の業務をこなしながら、ブッククラブをやるのは、なかなか大変そうでしたが、多くの人が、どうしても読み続けたいと感じていたそうです。今やっていることが、本当に子どもたちにとって意味があるのか?長年、続けてきたことに、価値があったのだろうか?自分が信じて続けてきたことを、否定するのは勇気のいることですが、この機会にじっくり考えたいと思ったそうです。

2点目は、これまで学んできた、授業に関することを再確認することができたという点です。この本で、読んだことは、決して新しい考え方ではないと思ったそうです。動機づけや教室環境の問題など、従来、言われ続けてきたことがほとんどだったと感じたそうです★4。それらのことを、エンゲージメントという観点で、考え直してみることに、とても意味があったと感じたようです。

3点目は、子どもたちのリアルな声を聞くことの大切さを実感したそうです。今回、ブッククラブと並行して、出口チケット ★5 や経験サンプリング ★6 といった方法を使って、授業内でエンゲージメントを測定するデータをとる、ミニ・リサーチをやりました。今回は、あくまでパイロット的な調査だったのですが、みなさん、様々な気づきがあったようで、全員で継続してやっていきたいと思ったようです。どのような結果がでると、今から楽しみです。

同書の結びに言葉に「授業に対する学習者のエンゲージメントは決して偶然の産物ではない。」(p.236)とあります。これは、教員に対する厳しい激励でもあると思います。また、同時に、子どもたちが夢中で学ぶ教室を実現することは、不可能ではないという希望の言葉でもあるとも思えます。

筆者らは、エンゲージメントについて考えてきた中で、3つの大きな主題があったことに気づいたと述べています。

1 ポジティブな感情がもつ力
2 教育のパートナーとして学習者に権限を委譲すること
3 学習活動への積極的参加

先生方の探究の旅は、これからです。子どもたちが夢中になれる授業づくり。そのことに、参加した先生方がとても夢中になっているように見えました。それが、とても希望を感じさせてくれました。



★1  「PLC便り」におけるエンゲージメントに関する記事
2025年2月「エンゲージメントの周辺」
2025年3月「エンゲージメントを決定づける要因」
2025年4月「エンゲージメントを実現するための教師の行動」
2025年5月「教師の情熱と冷静のあいだ」
2025年6月「能力と困難の黄金比」

★2 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク.(原著 Mercer, Sarah and Dörnyei, Zoltán (2020) Engaging Language Learners in Contemporary Classrooms,Cambridge Professional Learning.)

★3  「英語教員CAFE」は、英語教員が、楽しく、ワクワク探究し続けることによって、子どもたちが、楽しく、ワクワク英語を学び続けることのできる英語教育の実現を目指して、小中高大の英語教員有志によって、2025年2月に創設された研究グループです。

★4   同書の章立ては次のとおり:
    第1章 学習者エンゲージメントを取り巻くもの
    第2章 学習者の促進的マインドセット
    第3章 教師と学習者の信頼関係(ラポール)
    第4章 ポジティブな教室力学(クラスルーム・ダイナミックス)と教室文化
    第5章 タスク・エンゲージメントの喚起
    第6章 タスク・エンゲージメントの維持

★5  1−2つの質問が書かれた、小さな紙や情報カードのこと。

★6  授業時間内で、10分ごとにチャイムを鳴らすなどして、その時点のエンゲージメントの深さを、生徒に自己評価してもらう方法。

2025年4月6日日曜日

エンゲージメントを実現するための教師の行動

これまで、数回にわたって学習者のエンゲージメントについて考えてきました。★1 今回は、そのまとめ。生徒たちのエンゲージメントを実現するために教師はどのように行動すべきかということを考えたいと思います。

先日、仲間の英語教員と、エンゲージメントに関する本のブック・クラブをやりました。参加者の一人、高校教員の振り返りです:

「エンゲージメントとは?という問いに戻って、もう一度1章を見直したことでした。生徒に何ができるようになってほしいか、何を考えてほしいか、を考えてゴールを設定しますが、夢中になっているか?満足しているか?を踏まえて授業を考えていたかと言われれば、Yesと言えません。教科書を進めること、単元末のゴールとなる活動をやりきることに必死になっていることの方が多いです。教科書の内容をどう進めるのか、評価や定期テストのためではなく、エンゲージメントのための授業づくりをする時間が欲しい。。。今、次年度の「論理・表現」★2 の授業を変えようと勤務校の英語科教員で話し合っています。定期テストはなくてもいいかも? 教科書は必要か?など、話し始めたところです。」

エンゲージメントという考え方の大切さは分かるけれど、自分自身の授業の中で、実現できているのか確信がもてないでいるようです。「今でもそれなりにがんばっている。この上にさらに何ができるんだろうか」といった声もありました。

これまで参照してきた、マーサーさんとドルニュイさんは、エンゲージメントを生み出すマインドセットを、生徒たちの中に創り出すために、教師が行動すべき5つのことを紹介しています。★3

行動1 コーチのように考え、行動する

 学習者が自らの力で、目標を達成できるように、パートナーして行動する。あくまで、目標達成の主体者は学習者本人。 

行動2  学習者の進歩を可視化する

 学習者に進歩を実感させること。それにより、満足感や有能感をもたせる。

行動3  信念について明示的 ★4 に話し合う

 学習についての、後ろ向きな考え方をやめさせ、前向きで健全な考え方を育む。

行動4  選択や意見を取り入れる

 学習のプロセスに、学習者自身の選択や意見を組み込むことで、学びへの自律性と積極性を育てる。

行動5  学び方を教える

 自分の学び方の特徴、学習課題の性質、効果的な学習ストラテジーへの意識を高める。

ここから、見えてくるのは、生徒たちが学びに対する主体者意識や当事者意識、あるいは、自らがコントロールしているといった感覚がもてるようにするために、生徒との対話を進めていく、そのような姿でしょうか。従来であれば、教師が生徒に伝えて(押し付けて)いたようなことを、生徒自身が自分自身で見出し、自分自身の学びの世界を切り開いていく。それを教師が後押ししていくといったイメージが浮かびます。

これらの行動を、授業の中でどうやって実現していけば良いのか、まずは探っていく必要がありそうです。

先に紹介したブッククラブのメンバーは、経験サンプリング★5 という方法を使って、授業中の生徒たちのエンゲージメントがどのような場面で高まり、どのような場面で低下するか、そのタイミングを探ってみることにしました。その結果をもとに、これからの授業づくりを考えていきたいと言っています。教師のエンゲージメントの探究の始まりです。

メンバーの一人は、エンゲージメントに関するブッククラブの振り返りで、次のように書いています:

「本当に授業が楽しかった時は、授業の後に、「今日の授業たのしかったぁ」と言ってくれる子がいます。また、年度末や異動で変わる時にメッセージで授業のことを書いてくれる子がいます。色々と工夫してがんばって授業をしていたことは子ども達は見てくれています。」

子供たちが夢中で授業に取り組む姿をみることが、教師のエンゲージメントにつながる。これは、いつの時代でも不変の真実のようです。

★1 PLC便り

2025年2月 「エンゲージメントの周辺」

https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/02/blog-post.html

2025年3月 「エンゲージメントを決定づける要因」 https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/03/blog-post.html

★2 現行の学習指導要領にある高等学校の英語の科目名。旧「英語表現」に代わって導入されたもの。

★3 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク, pp.61-75.

★4 直接、口に出して話し合うという意味で用いられているようです。原著では、”Discuss Beliefs Explicitly”となっています。

★5 授業中に10分ごとにチャイムのならし、その時点での認知エンゲージメントのレベルを生徒の自己評価させる方法。『インストラクショナル・コーチング』(ジム・ナイト著、図書文化、2025、近刊予定)第5章に紹介されています。

2025年3月2日日曜日

エンゲージメントを決定づける要因

前回に続いて、しばらくエンゲージメントの問題を考えていきたいと思います。★1

私たちは、これまでは学ぶ動機ついて考えてきました。カタカナでいえば、モチベーションです。では、モチベーションとエンゲージメントの違いは何なのでしょうか。従来からある動機付けだけでなく、エンゲージメントも考えていくべきなのはなぜなのでしょうか。

モチベーションとエンゲージメントの違いは、モチベーションは「なぜ、私たちが行動するか」を説明するもので、エンゲージメントは、「どの程度私たちがその行動に関与しているか」という説明するものだという定義が分かりやすいと思います。★2 やる気と行動をつなぐものとも言えるでしょう。やる気が具体的な行動につながるプロセスを理解することが、エンゲージメント理解の鍵となりそうです。

そこで、やる気が具体的な行動につながる要因について、サラ・マーサーとゾルタン・ドルニュイさんの、著書を参照しながら考えていきたいと思います。★3

やる気が具体的な行動につながる重要な要因として、学習者がもつマインドセットがあると述べています。同書では「促進的マインドセット(facilitative mindset」と呼んでいます。「学習に積極的に取り組む価値があると感じるようにさせる信念や感情」という言い方で表現しています。

そして、学習者が学びに没頭するためのレディネスと意欲を促進する五つの原則をあげています。

原則1 有能感を高める
原則2 成長マインドセットを育む
原則3 学習者の当事者意識と自己統制感を高める
原則4 積極性を育てる
原則5 粘り強さを育てる

そのうち、今回は、有能感を高める方法についてみてみましょう。有能感というのは、自己効力感(self-efficacy)のことで、「ある状況で特定の課題をうまくやり遂げられるかどうかをめぐる個人の信念」と定義されています。

今では、多くの人が、自己効力感の重要性を認識していて、学習者との関係を築く中で大切にしていると思いますが、具体的にどのようなスタンスで接すれば良いのか、十分な理解が広がっているとは言えないと思います。同書では、有能感を高める方法として次の4つが紹介されています。

1 成功体験
 「自分の努力で獲得した真の成功」をおさめる体験をする。ろくに努力もせずに、転がり込んできた成功では有能感は育たない。

2 フィードバックと足場がけ
 すでに達成されていることに焦点化し、学習者の進歩を肯定的に評価すること。そして、学習者が自分の力で達成できるように課題を細分化するなどの足場がけを行うこと。

3 ロールモデルと代理学習
 自分と似た立場の人がうまくやっているところを見たり、思い描いたりすることで自己効力感が高まると言われている。ロールモデルとなるような人を観察し、その人たちの体験を通して学ぶ代理学習も役に立つ。
 
4 感情調整
 授業内の活動を通じて、楽しさや自尊心のような肯定的感情を得ることができること。授業の中で、豊かで、ポジティブな感情を味わうことができれば、有能感が高まる可能性は高い。一方で、授業で不安や心配、恥ずかしさを感じると、有能感はぐらついてしまう。
 
生涯にわたって学び続ける意欲やスタミナを支える土台は、学習者の心に芽生える、このような自信や前向きな感情なんだろうと思います。

最後に、同書に掲載された引用を掲載しておきます(p.48):

「私たちは理性と感情の生き物である。したがって両者が連動すると、がぜん学び始める。」(VanDeWeghe 2009, 249)  
 
  
★1  「エンゲージメントの周辺」PLC便り, 2025年2月2日 https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/02/blog-post.html

★2 廣森 友人/ 小金丸 倫隆(2024) 『エンゲージメント×英語授業 「やる気」と「意欲」を引き出す授業のつくり方 』 明治図書出版

★3 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク


2025年2月2日日曜日

エンゲージメントの周辺

 エンゲージメントという言葉を聞くことが多くなりました。これからの教育を考えるうえで、重要なキーワードの一つだと言えるでしょう。エンゲージメントは、生徒たちの学習成果、成績、さらには、生涯学び続ける姿勢を身につけるためにも、重要な土台であると考えられ始めているのです。

ビジネスの世界でも注目されているようです。ビジネス界で、エンゲージメントとは、「従業員の会社に対する「愛着」や「愛社精神」のことを言います。従業員が会社の理念・ビジョンに共感し、会社に貢献する意欲を持っている状態はエンゲージメントの高い状態だと言えます。」★1 人材の確保や会社の業績の向上にとってエンゲージメントを高めることは不可欠と考えられていて、従業員のエンゲージメントを向上させる要素として、働きやすさ、やりがい、指針への共感などがあると言われています。

教育の分野において、「学習者エンゲージメント」とは一般に、ある活動に積極的に参加していること(active participation)あるいは特定の行動に関与していること(involvement)を指しています。学校での活動や学習課題に「夢中でとりくんでいる状態」と言えるでしょう。

エンゲージメントということが注目されているのは、主体的な学びを、実現するうえでは、避けてとおることができない考え方だからだと思います。

一見、その活動に夢中になって取り組んでいるように見えても、心の中ではその学びに意義を感じていないこともあります。また、真に没頭しているのではなく、外部から期待に応えるために、夢中で取り組んでいるような素振りを見せるていることもあるでしょう。「うわべだけのエンゲージメント(‘shallow’ engagement)」★2 や「戦略的コンプライアンス(strategic compliance)」★3 といった言葉で表される状態です。

動機づけ、モチベーションが必要であることは間違いありませんが、何かに興味をもち、学びたいという気持ちはあっても、それを阻害する要因や誘惑は数限りなくあると言えます。学ぶためのリソースも、時間も、方法もすべてあるのに、それよりも刺激的で、愉快なことが、私たちの周りには溢れています。

学ぶ必要性は認識しているけれど、実際に行動に移すことができない学習者は、数多くいます。モチベーションが高い人が、必ずしもエンゲージメントが高いわけではないのです。なぜ、その行動をするかという理由や動機はあったとしても、その行動にどの程度深く自分自身が関与するかは別物であるということでしょう。

サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイは、前掲の著書で次のように述べています。★2 

「学習者をエンゲージさせるとは、学習者のモチベーションを喚起し、同時にそのモチベーションを実現するということに他ならない」(p.18)

これこそが、問題の核心であり、エンゲージメントという考え方が重要視されている理由でしょう。

学習者エンゲージメントの周辺には、私たちがこれまで考えてきた意欲や動機といったものに加えて、学習者のマインドセットや学校文化などの学ぶ環境、教師やクラスメートの人間関係、学習行動を引きだすタスクや活動の設定など、実に多くの要因が作用していると言われています。

モチベーションや意欲を超えて、高いエンゲージメントを達成するには、どのような働きかけや環境づくりが必要なのか、これから考えていくべき重要なテーマとなりそうです。



★1 人材育成・組織開発 お役立ち情報・用語集,リクルート・マネジメント・ソリューションズ https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000185/

★2  サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク

★3 Phillip C. Schlechty (2011) Engaging Students: The Next Level of Working on the Work , Jossey-Bass.

★4 廣森 友人/ 小金丸 倫隆(2024) 『エンゲージメント×英語授業 「やる気」と「意欲」を引き出す授業のつくり方 』 明治図書出版