2024年1月27日土曜日

探究力をはぐくむ授業とは(歴史を学ぶ)

 

   前回は「探究力をはぐくむ理科の授業」というタイトルで、理科授業について考えました。

 今回は社会・歴史の授業について考えてみたいと思います。

 社会の歴史の授業というと、みなさんはどんなことを思い浮かべますか? おそらく、「年号やできごとの暗記ばかり」「どこかのだれかの話を聞かされた時間」といった答えが多いように思います。

私にとって中学・高校の歴史の時間は非常に楽しいものでした。それは私自身が歴史に興味をもっていたことに加え、担当の先生の授業がとても楽しいものだったからです。一つには、授業の冒頭で先生から出される「問い」がとても興味を引くようなものであったことにありました。

戦後初期にはアメリカの経験主義の影響を受けて、課題解決学習が志向されましたが、その後1958年の学習指導要領で、系統主義への転換が図られました。しだいに歴史学研究が精度を上げたために、専門分化による研究成果は教科書の本文の追加やコラムの増量に反映されることになりました。そのため、戦後初期の高校世界史の教科書の索引に収録された用語は1300語程度でしたが、2000年代に入るとそれが約3500語に膨れ上がりました。これにより、世界史・日本史という高校の歴史授業が「大学入試のための暗記科目」になってしまったわけです。当然、中学校の社会科もその趨勢に逆らうことはできませんでした。

しかし一方で、年号やできごとの暗記に終始する授業から抜け出して、生徒一人ひとりが歴史と向き合う授業を模索した教師がいました。長野県の高校教師である小川幸司さんによると、東京都立広尾高校の吉田悟郎さんや都立町田高校などで教壇に立った鈴木亮さんなどがこうした授業に取り組んだとのことです。詳しくは、『世界史とは何か』(岩波新書・2023)102~103ページをご覧ください。

 

先ほどの『世界史とは何か』の著者である小川さんはそうした先達の挑戦の延長線上に2022年度から全国の高校で始まった新教科「歴史総合」を捉えています。(小川さんはこの「歴史総合」の科目を立ち上げる際の中央教育審議会の専門委員として、学習指導要領の作成にかかわりました。)その小川さんが「世界史の主体的な学び」を構想するにあたり、影響を受けた一人として東北大学大学院の小田中直樹さんの名前を挙げています。( 『世界史とは何か』岩波新書・2023年・113ページ)

実はこの小田中さんは2022年に『歴史学のトリセツ』(ちくまプリマ―新書)を出されていますが、その本の第1章「高等学校教科書を読んでみる」の中で次のように書かれています。(22ページから24ページ)

 

教科書は、歴史の専門家である歴史学者が、自分たち歴史学者コミュニティの大多数が事実と認めたことを、歴史の専門家でない生徒や学生のみなさんにむけて「これが事実です」と教え込む、という構造をもっているわけです。  ~途中省略~

専門家によって書かれた事実が並ぶ歴史を一方的に「正しい」知識として受けとることは、面白いでしょうか。それとも、読者ができるのは単なる消費行動としての読書だけなのでイマイチというべきでしょうか。

いろいろ意見はあるだろうと思いますが、ぼくは、ここでもやはり「う~む、ちょっと・・・」です。だって「これって本当なんですか?」といった疑問を感じる余地がないじゃないですか。

 

つまり、専門家集団が認めた歴史叙述をただ他人事として眺めているだけでは、今を歴史主体として生きる生徒・学生には単なる事実の羅列に過ぎないということです。これは以前ここで紹介した『歴史をする(Doing History)(新評論)にも登場した「エイジェンシー」に関わってくることでもありますが、歴史主体の立場から過去のできごとを描くという主体性が学習者にも必要であるということです。

そもそも歴史とは何でしょうか?『歴史をする』には、冒頭に「歴史とは解釈することである」と書かれています。(17ページ)

つまり、誰かによって語られる歴史は、その人の立場、時代性、視点などによって左右されるということです。そうであれば、私たち一人ひとりも歴史を実践している主体そのものですから、私たちが「歴史を学ぶ」ということは、過去の歴史叙述の内容を検討したり、因果関係や類似性、連関性などを探究したりすることにほかなりません。そして、検証や解釈を経て、他者(授業であれば他の生徒や教師)とともに協働して、探究を続けることになります。最終的には、その結果を参照しながら、自分の進むべき道を見いだして、歴史主体として生きることになると思います。この最後の部分を先ほどの小川幸司さんなどは「歴史実践」と呼んでいます。つまり、「歴史叙述」から「歴史実践」に至る一連の活動が社会科における「歴史の授業」であると言えます。

次回は、「歴史叙述」と授業について考えてみたいと思います。

 

 

2024年1月21日日曜日

『「学びの責任」は誰にあるのか』を読んで

 神奈川県の山賀先生が、本を読んでのメモを送ってくれましたので、紹介します。

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 職員室の先生方にこの本を紹介します。子どもたちに「学びを渡す」方法が分かります。一緒に読んでみませんか?

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『「学びの責任」は誰にあるのかー「責任の移行モデル」で授業が変わる』(新評論) 


1.段階的に責任を移行させる

 子どもたちに任せる部分が少ない一斉授業中心の授業では、教師にほぼ100%責任があります。学習計画や目標、学び方、成果物、評価、これをすべて教師がやっている場合です。なるべく失敗させないように、手厚くフォローして、テストの点数を上げ「させる」というのが今までの教育です。

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 P5「効果的な教え方は、教師が段階的に自分のすることを減らし、生徒達が学習の責任をより多く担うように移行することである。生徒たちが段階的により多くの責任を担う。このプロセスによって有能で自立した学習者になって行くのである。」

 「子どもに任せる」のは放任、丸投げではなく、段階的に子どもたちに学びを渡していくイメージです。最終的な目標は、学習内容の理解だけではなく、「自立した学習者」にすることです。そのためには、教師が責任を負っていてはいけないのです。

2.どうやって責任を移行させるか

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出典『「学びの責任」は誰にあるのか: 「責任の移行モデル」で授業が変わる』
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3.それぞれの段階

①焦点を絞った指導

 この段階では、授業の目的を設定することが含まれています。「学習内容」だけではなく、「言語」と「社会的な側面」の目標も含みます。何を学ぶか、どんな言葉を使うか、どんな社会的スキルを身に付けるか★、ということです。そして、子どもたちに実際に見本を示します。行動だけでなく、考え方の見本を見せる「考え聞かせ」をします。
 通常、クラス全体に対して、15分以内で行います。

②教師がガイドする授業

 ほとんど小グループに対して行います。(もうこの時点で一斉授業ではない。)形成的評価を基に編成された同じ目的をもった子どもたちが対象。そのグループに適した情報を、教師は周到に準備します。(いやー結構大変そう…。)

③協働学習

 ①②で学んだことをもとに、友だちと考えや情報について話し合ったり、ほかのメンバーと探究に取り組んだりします。すでに知っていることを応用する段階です。問題に立ち向かうことが協働学習の必要条件なので、順調に課題をこなしているときは、個別学習に取り組ませるほうがよい。

④個別学習

 他人が提供した情報やアイディアに依存しないで、自分で学んでいける段階です。(こうなったら最強だなぁ。)①②が不十分のまま、もしくは、①②がないままに、個別学習に入ると、学びが起こらないし、定着しません。

4.個別学習における教師の役割

 子どもたちが個別学習に取り組んでいる間、教師の役割は、子どもたちを継続的に観察して、フィードバックをすることです。フィードバックは個別学習の間に行われるもので、後に行われるものではありません。フィードバックの種類があります。

①課題についてのフィードバック(矯正のため)

 子どもが間違ったときだけに効果がある。

②課題のなかのプロセスについてのフィードバック

 子どもが使っている方法を分析させるという投げかけをするので、効果的。

③自己調整についてのフィードバック

 生徒の自己効力感を活用する。「あなたが書いたこのレポートからは、一生懸命取り組んだことや学んだことが身に付いていることが伝わっていきます。」自己決定、粘り強さ、レジリエンスなどを伸ばすので、とても効果的。

④その人自身に対するフィードバック

「よくできました!」というただの誉め言葉。ほとんど意味がないどころか、逆効果。

(要約ここまで)

 それぞれの段階でどういうことを心がけるか、どんな実践をすればいいかが書いてあります。ぜひ一緒に読みましょう!

5.考えたこと① 急にはできない!

 何事にも急にはできません。私は、4月から少しずつ子どもに「学びを渡す」ことを続けていたので、3学期の今、自分たちで学ぶことがスムーズに自然にできるようになってきました。この段階を知っているだけで、教師の取り組みもかなり変わります。そして、「この段階は行きつ戻りつ」と書いてあったので、授業のねらいによって、どの段階にするかを考えることが大事だと思いました。

6.考えたこと② 教師の役割が変わる!

 教師は、教室の前に立って教える役割は縮小されます。これからは、教室を歩き回って質問する役割になります。また、教材研究も変わりますね。教え方を一つに決めて考えるのではなく、それぞれの子どもたちに合わせて、様々な情報を集めておく必要があります★★。

出典: https://note.com/enchant_teacher/n/n8cd5bd71f38f

★ SELのことです。https://selnewsletter.blogspot.com/を参照ください。なお、この本の著者たちもSELの本を書いています。https://wwletter.blogspot.com/2023/02/sel.html

★★この点については、『教科書をハックする』が参考になります。

2024年1月14日日曜日

OECDが目指す共同エージェンシーの実現

最新のPISAテストの結果では★、日本は読解力で15位から3位に、数学リテラシーで5位に、科学リテラシーで2位にそれぞれランクアップしました。この成果は、他国に比べて短かったコロナ学校閉鎖期間と、教育活動への積極的な対応が大きな要因とされています。日本の生徒は比較的短い期間の学校閉鎖しか経験しておらず、OECD平均の50.3%に対してわずか15.5%でした。これが数学を中心としたPISA評価で高いスコアにつながったと分析されているようです。

OECD生徒の学習到達度調査2022年調査(PISA2022)のポイント

https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2022/01_point_2.pdf

一方で教育の先進国と呼ばれていたフィンランドの凋落が大変気になるところです。読解力で14位、数学リテラシーで20位、科学リテラシー9位)に。過去最高だった2006年と比べて64ポイントもの大きな落ち込みが見られました。これは数学だけでなく、読解力や科学リテラシーにおいても同様の傾向が見られ、特に読解力では30ポイントの減少が見られました。

そこでフィンランド政府は基礎教育への投資増加、学習を支援するサービスの改革、数学や母国語の教育時間の増加など、教育成果の低下に逆転しようとしています。特に、小学1年生と2年生には、文学と母国語の授業時間が週に2時間増やされ、3年生から6年生には週に1時間の算数が202581日から追加される予定です。今後も注目していく必要があります。

 

 

OECDのラーニング・コンパス2030では★★、PISAテストのスコアを上げることを目的とせずに、個人が自らのウェルビーイングを追求するための「エージェンシー」の能力を強調しています。この概念は、個人が自分の目標を設定し、それに向けて行動し、その過程を振り返り、結果に責任を持つ能力を意味します。VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)と呼ばれる現代社会の特徴において、このエージェンシーは特に重要です。それは、単に誰かの指示に従うのではなく、主体的に考え、目標を設定し、必要な変化を起こしていくことを要求されるからです。

★★OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030

https://www.oecd.org/education/2030-project/teaching-and-learning/learning/learning-compass-2030/OECD_LEARNING_COMPASS_2030_Concept_note_Japanese.pdf

 

エージェンシーには、個人の社会的責任意識も含まれており、自分の行動が社会にどのような影響を与えるかを理解し、自覚することが求められます。個人が自分自身を振り返り、目的を持って行動することによって、社会全体のウェルビーイングに寄与することができるのです。

ラーニング・コンパスにおいて特にエージェンシーが重視される理由は、従来の教師主導の一方的な授業が、実社会の変化や不確実性への適応に十分でないという危機感からでした(リードビーター2016)。エージェンシーは、個人だけでなく地域や社会との相互関係の中で育ちます。これは直線的なものではなく、協力して発揮される「共同エージェンシー」として理解されます。

 

ロジャー・ハートの梯子モデルは、子どもたちの参加を評価するためのフレームワークで、彼らの意見がどの程度尊重され、実際の決定過程に影響を与えているかを8段階で示しました。子どもたちが単に活動に参加するだけでなく、その活動を主導し、意思決定プロセスに影響を与えることができるレベルまで関与することを目指しています。              



白井俊『OEDE Education2030プロジェクトが描く教育の未来』(ミネルヴァ書房)P.96

 

OECDは、教育システムにおける学生のエージェンシー育成を推進し、ロジャー・ハートの梯子モデルを改良しています。この取り組みにより、生徒は自らの学習環境と経験に積極的に関与し、教育プロセスにおいて自分の意見を反映させることができるようになります。共同エージェンシーの発揮を通じて、生徒は自分たちのウェルビーイングを追求し、包括的かつ参加的な教育環境を実現し、民主的な社会づくりの一歩を練習することができるのです。





白井俊『OEDE Education2030プロジェクトが描く教育の未来』(ミネルヴァ書房)P.98

 

エージェンシーを育むことで、個人は自分の人生においてより意味のある選択を行い、社会の中で積極的な役割を果たしていくことができるようになります。生徒たちは未来のあらゆる変化に適応し、よりよい社会をつくる一因となるための基礎を築くことができるのです。

 

 

2024年1月7日日曜日

変化は来ることを確信して

明けましておめでとうございます。また新しい一年が始まりました。本年もよろしくお願いします。


学校に行く機会が増えてきました。コロナ禍で控えられていた接触も普通に戻りつつあり、授業を見る機会、公開の授業研究会に参加することも増えました。その中で、最近実感することは少しづつですが授業の様子が変わりつつあるということです。

英語で言えば、生徒たちが英語を使うことへの抵抗感のようなものが、なくなってきています。先日、参観した高等学校の授業でも、先生が投げかけた結構難しい問いに、生徒たちは英語で議論をしていました。しかも、楽しげに。小グループでのディスカッションやペア・ワークをやっても、実に自然に活動しているように見受けられるのです。

高等学校で、「オーラル・コミュニケーション」という科目が導入され、聞く・話すなど「使える英語」をめざした英語教育改革が本格的にスタートしてのは、1990年代でした。まだ、訳読式の授業が多かったころです。英語授業に関する賛否両論はありながらも★1 、それから約30年。その間、実に様々な施策が実施されてきましたし、学校での教育実践、教育研究の場でも、様々なことが試されてきました。

成功も失敗もあったと思いますが、一つだけ言えることは、当時、掲げられていたビジョンの一部は、教室の中で実現しているということでしょう。一貫したビジョンを掲げ、やり続けることで、変化は必ず訪れる。改めて、それを実感しているところです。

一方で、教育の環境という点でも私たちは様々な変化を目撃しています。

◯生成AIの衝撃
おそらくここ数年でもっとも大きなインパクトがあったのは、ChatGPTに代表される生成AIの登場でしょう。これまで、教室で学習者に求められていたことは、ほぼ全てAIが自然言語で答えることができます。むしろ、大多数の学習者より、優れた解答を出してくれる。少し前までは、AIやコンピューターの発達によって、多くの単純労働が失われるだろうと言われてきましたが、今や単純労働に留まらない。裁判における判例の検索や病例を元にした病気の診断などは、新米弁護士や新米医師よりもAIの方が的確であると言われます。

これを活用しない手はないと思います。危険性がないわけではないでしょうが、新しい、今よりも豊かなものを生み出せる可能性も秘めている。人間にしかできないことは何か、それを見極めたうえで、教室はどう変わっていくべきなのか、考える必要があるのでしょう。しかも、かなり早急に。

◯あふれる学びのリソース
今やYouTubeなどの動画を見れば、ほぼ何でも学ぶことができます。日曜大工的なこと、料理、スポーツ、とにかくジャンルを問わず、必要な情報は、簡単に入手できるのです。2021年佐々木紀彦氏によって創業された、PIVOTという会社は、「ビジネス」+「学び」に特化した映像コンテンツを毎日無料で配信することを目的としています。同社のホームページには、「日本がピボット(方向転換)して、新たな事業や希望を生み出すために大事なのは、「大人がいきいきと学び続けて、自分と時代に合った仕事に挑むこと」だと思います。PIVOTは、日本の社会、企業、個人のピボットを、コンテンツを通じて支援していきます。」とあります。★2 

今は、学ぶためのリソースは、手のひらのうえのスマートフォンで、ほぼ手に入る時代に入りました。そして、それらを使って学ぼうとしている人は、増えていてる。「主体的な学び」などと声を大にして言わなくても、学びたいこと、知りたいことがあれば、いつでも学べる時代なのです。

このような変化の中で、必然的に学校の役割も、教員の役割も変化せざるを得ない。それは、学習者を、より深く、魅力的な学びの入り口にまで案内をするガイド的な役割かもしれない。あるいは、探究心や好奇心を刺激したり、学ぶ意欲を喚起する応援団のような役割かもしれません。あるいは、一人一人の個性や能力、適性を見極めて、一緒に方向性を考えるコーチやメンターのような役割かもしれません。2024年は、教師の役割が、実質的に変容していく節目の年になるかもしれません。

より良い変化。素晴らしいイノベーションをもたらすことができるように、私たちも学び続けたいものです。


★1  平泉渉・渡部昇一 (1995)『英語教育大論争』文春文庫.といった興味深い本も出版されています。

★2 Pivot https://pivot.inc