2023年5月27日土曜日

生徒を知る

 生徒理解とよく言いますが、これは教師にとって一番大切にしなければならないものだと思います。そのためには、日々の学校生活を漫然と過ごしていては決してうまくいかないものです。日常的な観察と一定の方法が必要です。

前回取り上げた『「居場所」のある学級・学校づくり』(新評論・2022)でも第2章「居場所は信頼関係で育まれる」において、「方法10・生徒を知る」ための具体的な方法を示しています。

「毎朝の挨拶」「未完成の文章」一対一のミーティング」などがそれです。「未完成の文章」とは、「私は、先生が〇〇〇をしているときは好きじゃありません。」「私の学校での最高の経験は〇〇〇です。」のように、〇〇〇のところを生徒に記入させて、生徒について知るための手がかりを得るというものです。あいさつのしかた一つをとっても、生徒の特徴をつかむことができるわけです。

「一対一のミーティング」も大切な活動です。今は学校生活が非常に過密で、なかなかゆっくりとしゃべる時間も取れないのが現実だと思います。以前、あるところで知り合いになった先生は、週に1回はクラスの生徒全員と言葉を交わす機会をつくっていると話されていました。自分で決めて、意識してやらないと決して実現しないことです。 

また、同書の「方法16(92ページ)では、「生徒をよく観察する」を取り上げています。「こっそり観察」「静かな承認」「文書による承認」と、さまざまな方法で生徒をよく知り、それをもとにして生徒にフィードバックをしていきます。「文書による承認」はメールによる家族への連絡も含まれます。学級通信・学級だよりを発行している担任の先生も多いと思いますが、それもこの範疇に入るものです。

私もかつて中学校で担任をしているときに、毎日その日の夜に、一日をふり返って、生徒の行動や気づいたことをノートに記入していました。それをもとに、学級だよりの原稿を書きました。この「ノートに記入する」は、今ではスマホにメモするとか、ディジタルで簡単にでき、しかもそれをもとに編集することも容易です。使わない手はありません。 

観察と言えば、朝の学級の時間に「健康観察」を多くの学校で行っていると思います。

今でもこの「健康観察」で思い出すのは、中学2年生を担任していたときのことです。

ある朝、健康観察をしていると、いつも快活な笑顔で明るい性格のAさんがとても深刻な顔をして、気持ちも落ち込んでいるようでした。私は、廊下にAさんを呼んで「何かあったの?」と聞きました。すると、Aさんは突然泣き顔になったので、私は立ち話で済む状態ではないと思い、相談室ですぐにその続きを聞きました。すると、大好きな姉が昨晩家出をしていまい、それで大変心配しているとのことでした。そのときに私に何かをすることができたわけではないのですが、それ以降Aさんは私のことを大変信頼してくれるようになり、学級活動の先頭に立って活躍しました。そのことがきっかけとなり、それまで以上に生徒を観察することを学級経営の柱の一つとするようになりました。もっとも、うまくいったことばかりではありません。「あのとき、もっとこうしていたら・・・」という自責の念に駆られたことも数えきれないほどありました。だからこそ「もっと学びたい」という思いが、さまざまな学びの機会へ自ら飛び込んでいく原動力になったことも事実です。 

そもそも生徒を観察するためには、教師が主人公の授業を続けていては観察する余裕もありません。生徒が主役の授業を行うことで、教師は生徒の間をまわって、一人ひとりをよく見ることができるのです。教師が一人で頑張る授業から転換する必要があることは、このようなことからも求められているわけです。「生徒を知る」「生徒を観察する」ことの大切さを今一度見直してみたいと思います。

2023年5月21日日曜日

スポーツ・インストラクターのプロフェッショナリズム

スポーツジムに通い始めて10年近くになります。やっているのは、FightDo(ファイドー)という格闘技系のエクササイズのみです。音楽に合わせて、パンチ、キックを繰り出す。それだけです。運動の強度やリズムが、合ったのでしょうか、すぐに脱落するだろうと思っていましたが、予想を超えて続いています。人間ドックの結果も、毎年改善を続けていて、今では要注意マークがほぼなくなりました。

自分の健康面だけでなく、当初から感じていたのは、インストラクターのプロフェッショナリズムでした。もちろん、会員数の維持のために、営業的な面が見えないわけではないですが、以前から、その姿勢には大いに学ぶことがありました。

例えば、単純なことなのですが、レッスン終了後に、必ず出口に待機していて、参加者一人ひとりに声をかけてくれます。彼ら、彼女らにとっては、当然のことなのでしょうが、我々は教室で、そのような姿勢をもっていただろうかと、自問することになりました。マリリー・スプレンガーさんの『感情と社会性を育む学び(SEL) ー子どもの、今と将来が変わる』には、教師と生徒の関係を築くために「教室の入口で生徒に挨拶をする」や「朝の挨拶と帰りの挨拶」(p.16-19)をしようというアイデアが紹介されています。★1

ジムの方針として、基本的に全員が実行しようという約束事はあるようですが、レッスンの質そのものは、インストラクターによって様々です。経験あるインストラクターと新人インストラクターの比較も、私にとっては、興味深い学びの対象でした。

昨日、6年前に県外に転勤していたインストラクターが、ジムのマネージャーになって帰ってきました。昨夜、久しぶりの登場ということで、顔見せで、若手インストラクターのレッスンの一部を担当したのです。

プロのインストラクターの圧巻の指導を実感できました。どこが若手インストラクターと違っていたのでしょうか。

1 負荷をかけるタイミングが絶妙

「ここはちょっとしんどいぞ!」と思い始めると、そのタイミングで、ほんの少し負荷を上げる働きかけをするのです。「さあ、ここで手を後1センチ伸ばして!」といったアドバイスがくるのです。そこが絶妙なので、心拍数も維持され、さらには、少し上がり、汗も気持ちよくかける。一方で、新米インストラクターは、ただただ決まった動きをくり返すだけで精一杯という感じでした。

よく参加者を観察しているし、見極める力(評価)が抜群なんだと思いました。

2 説明が簡潔

若い新人インストラクターの順番になりました。彼は長々と説明していると、「全部説明するの!さあ、いきましょう」と静止して、曲を流し始めてしまいました。ちょっと強引な感じでしたが、参加者のことを思って、我慢できなかったのではないかと思います。実際、説明を聞いていた我々は、心拍数が落ち、汗もひき始めていました。参加者が、そう感じ始めたタイミングでの声がけだったと思います。

自分の動きに自信のない人は、やたら長々と説明します。プロのインストラクターは、モデルを示しながら、ポイントをずばり一言で言える、そのような傾向があると思いました。


3 やっていることの意味を説明し、理解させている

後半、参加者も汗だく、大いに盛り上がっているタイミングで、「わたしは、どんどんあおってますけど、故障がある人や自信のない方は、自分のペース良いのですよ。あおって、みなさんを乗せるのが私の仕事なのですから」と言いました。タイミングよく、全員が気合が入るように「あおってくる」のです。乗せるのがうまいとでもいうのでしょうか。

ただ、単に「あおっている」ではなく、そうすることで、多くの参加者が、集中し、夢中になれる。最大のパフォーマンスを発揮できる。そのために、「あおっている」のだと。参加者の「気持ちが乗るかどうか」は大きな要素なのですから。新人インストラクターは、大きな声を出したり、盛り上げようと努めてはいますけど、参加者の心に響くメッセージはなかなか出せないようです。

4 みんなが好きなことを知っている

参加者が、とても盛り上がる曲、盛り上がる動き(快適な突きと蹴りのコンビネーションなど)があります。私は、若い頃よく聞いた洋楽などが出てくると、たとえ疲れ切っていても、もう一度パワーが湧いてくるような気がします。心と体は一体なんだと感じます。

プロのインストラクターは、みんなが好きで、盛り上がるところを、確実に押さえていて、うまいタイミングでそれらを使うのです。


プロのインストラクターと新人インストラクターの違いを見てきました。分野は違えど、いろいろなところに、学ぶチャンスや素材はあるんだなあと思います。


★1 マリリー・スプレンガー(2022)『感情と社会性を育む学び(SEL) ー子どもの、今と将来が変わる』新評論. 

2023年5月14日日曜日

対話のパワー 「対話の5基礎力と」による職場の学習を深化


 

4月からはじまった新学期も早いので1ヶ月が立ちました。新たな学級や学年、学校が徐々に落ち着いてきた今、様々な学校行事の企画や運営がスタートしてきました。個人面談、宿泊行事、運動会など学校行事が相次いで行われる中、何かと忙しさに追われてしまいます。

 

本来ならば、日々の授業の準備や振り返りに十分な時間を確保したいものですが、現実はそうはいかないものです。この忙しさは身体だけに限定されません。何かに追われる日々は、時間だけでなく、心の平穏さも奪ってしまいます。この5月から6月にかけて、ちょうど職員間の緊張感も高まる時期でもあります。この緊張感は、多忙な仕事内容により互いへの配慮が欠けてしまうことが一因かもしれません。また、教員同士がお互いを深く理解し始める過程で葛藤が生まれ対立も増えていきます。それぞれがお互いを理解し、尊重することで、この時期を乗り越えることが重要です。

 

このような時期にこそ、互いに敬意を払いながら関わることが重要です。無意味な議論や論争ではなく、互いの立場を理解し、共に前進することが求められます。そのためには、「対話の力」が不可欠となります。

 

対話の場では、誰もが自由に思考や意見を表現できる環境が整っています。互いに学び、深く考える機会を得ることができます。対話の重要性は、意見の正しさを競うことではなく、相手の考えや思いを尊重し、聞き取ることにあるからです。その結果、誰もが安心して自身の意見を述べることが可能となります。新しいアイディアの創出、問題解決への道筋、これらはすべて、対話というスキルによって生まれます。これこそが対話の力であり、未来の成果を生み出す原動力となるのです。

 

今回紹介する効果的な本は熊平美香『ダイアローグ 価値を生み出す組織に変わる対話の技術』(ディスカバー・トゥウェンティーワン 2023)です。ピーター・センゲの学習する組織理論をベースに多くの学習理論をわかりやすくまとめ、日本企業や教育分野での実践知を積み重ねてきた熊平さんの新刊です。

 

対話には5つの基礎力があります。

 

①メタ認知

メタ認知とは、自己の認知プロセスを視野に入れて理解することを指します。自身の思考がどこから生じたのかを振り返り、その背後にある自身の視点を深く理解することで、自己の内面を認識するのです。このプロセスは、自己理解を深め、より効果的な学習や問題解決へとつながる重要なスキルです。★

 

②評価判断の保留

対話の中で重要なスキルの一つが、評価判断の保留です。これは、自分の意見を一時的に横に置き、他者の意見に全力で耳を傾けることを意味します。自分の意見に固執したままでは、対話はただの忍耐試験になり、創造性は育まれません。評価判断を保留することで、多様な意見に触れ、新たな視点から学ぶことが可能となります。これは、共通理解を深めるための重要なステップであり、同時に個々の視野を広げる機会でもあります。

 

③傾聴

メタ認知と評価判断の保留が自己の視点に焦点を当てていたのに対し、傾聴は他者のメンタルモデルに注目します。これは、他者の考えがどこから生じ、どのような価値観や視点から物事を判断しているのかを理解するプロセスです。傾聴することは、相手の内面を理解することを意味しますが、必ずしも相手の意見に賛成する必要はありません。むしろ、異なる視点を持つ他者の考え方や感じ方を理解し、それに対する自身の理解を深めることが目指されます。このプロセスは、相手を尊重し、対話を深化させるために重要なスキルです。

 

④学習と変容

対話を通じて何を学び、自身の考え方にどのような変化が起きたのかを理解することが、学習と変容のステップです。これは対話の重要な成果であり、自己の成長と理解の深化につながります。しかし、学習と変容は自己の内面で起こるものなので、意識的にそれに目を向けないと自覚することが難しい場合もあります。そのため、対話の後には振り返りを行い、自身の学びと変化を確認することが重要です。これにより、自身の成長を実感し、次の対話へとつなげることができます。

 

⑤リアルタイムリフレクション

対話中に自己の内面で起きていることを現在進行形で振り返ることを指します。これにより、対話からより深く、そして多くのことを学ぶことが可能となります。これら5つの要素は順番に実施するものではなく、対話の中で同時に活用することが重要です。これらの実践を通じ、自身の内面で起きていることを意識し、それを活用することが、対話から最大限に学びを得るためには欠かせません。

 

 

 

職場で対立が生じたり、他者と意見が合わない状況が発生した場合、対話を促進するためにまず必要なのは、振り返りです。自分の考えや意見がどのような経験、感情、そして価値観に基づいているのかをメタ認知することから始めてみましょう。このように自己の内面を深く探ることで、初めて他者の視点や多様な意見を理解するためのマインドセットが整います。自己理解は他者理解への第一歩とも言えます。対話の中で自分自身と他者を理解し、建設的な関係性を築くことができます。

 

対話の基本力を身につけることで、多様な意見を共有し、それらを新たなアイディアに昇華することが可能となります。一バラバラに見える意見も、対話を通じて一つにまとめることができます。これは、意見の対立を恐れず、むしろ歓迎する姿勢があるからこそです。また、過去の成功体験に固執することなく、他者の視点から学ぶことができます。そうすることで、思考の枠組みを変えることが容易になり、一人一人の問題解決能力が向上します。周囲の人々と共に対話力を磨き、望む未来を自分たちの手で創り上げる実践を進めましょう。対話は、チーム全体の力を引き出し、新たな可能性を開花させる強力なツールなのです。

 

★メタ認知について

補足として、対話の基礎力を形成する最初のメカニズム、メタ認知について説明します。これは、自分の思考がどのように生まれてきたのかを自問自答し、自己の内面を上から見下ろすように俯瞰する行為です。意見はその根底にある過去の経験を通じて形成され、特定の視点やメンタルモデル(物事の捉え方)が必ず存在します。このメタ認知の過程では、自己の内面を客観的に、そして多面的、多角的に振り返ります。これにより、自己理解を深め、より良い対話のための基盤を築くことができます。

 

この振り返りを行うために、認知の4点セットが必要です。意見、経験、感情、価値観です。自分の意見の背景に、どのような経験や感情、価値観が存在しているのかを知ることで、自分の内面をメタ認知にすることができます。 自分の意見がどのような経験や感情、価値観に基づくものなのかを知ることで、対話がより深いものになっていきます。なぜそう考えるのかを自分に問いかけてみましょう。基本的な問いとなります。どのような意見を持っていますか。その意見の背景にはどのような経験がありますか。その経験にはどのような感情が紐付いていますか。その意見の背景にはどのような価値観やものの見方がありますか。これは自分の内面を目玉にすると同時に、他者の内面も理解することも期待 されることとなります。

 

振り返りを行うためには、認知の4点セットが必要です。意見、経験、感情、価値観。自分の意見の背後にどのような経験、感情、価値観が存在するのかを理解することで、自分の内面をメタ認知的に把握することができます。自分の意見がどのような経験や感情、価値観に基づいているのかを知ることで、対話はより深い次元に達します。自己に対して「なぜそう考えるのか?」問いかけます。

・あなたがどのような意見を持っているのか?

・その意見の背後にある経験は何か?

・その経験に連動する感情は何か?

・そしてその背後にどのような価値観や視点が存在するのか?

 

これらのことを自問自答してみてください。このプロセスは、自己の内面を明らかにするだけでなく、他者の内面を理解するための鍵ともなります。

 

さらに振り返りに興味ある方は熊平美香『リフレクション 自分とチームの成長を加速させる内省の技術』(ディスカバー・トゥウェンティーワン 2021)もおすすめです。




 

 

 

 

2023年5月7日日曜日

「個別化された学び」とはなんで、どうしたら実現できるのか

 共訳者の一人、かえつ有明中・高等学校の英語およびサイエンス科(プロジェクト学習)担当の田中理紗先生が新刊『学びの中心はやっぱり生徒だ!――「個別化された学び」と「思考の習慣」』の紹介文を書いてくれました。

 同じ年齢の子どもたちが、教室という場に集まり、全員が決められたことを同じように学ぶ。そんな工場のような、効率性を重視した仕組みが学校教育という場にそぐわないということに、私たち教員はずっと気づいていたのではないでしょうか? 変化と不確実性の時代の中で、日本の教育も少しずつ変わりはじめ、徐々に「個別化された学び」に類する取り組みや実践が広がり始めていることを感じています。

 実際に文部科学省のホームページでも「個別化された学び」に類する「個別最適な学び」に関する記述もあります。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/senseiouen/mext_01491.html

 ところが実際の学校現場では、「個別最適な学び」を含めたこのような取り組みが、うまくいっている事例が多いとはいえません。それはなぜなのでしょうか?

 実は本書で紹介されている「個別化された学び」は、文部科学省の「個別最適な学び」とは少し(だいぶ?)質感が異なります。というのは、実際のところ、学びを「個別化」しただけで、子どもたちが学びに向き合えるようになるかというと、必ずしもそうなるわけではないからです。

「個別化された学び」を本当の意味で実現していくためには、学びに対するより深い理解が必要です。カリキュラムはもちろん、教師と生徒の関係性、環境、フィードバック、そして今回の大事なテーマでもある「思考の習慣」https://bit.ly/3XZmfbhを育んでいくことがとても重要です。この「思考の習慣」は「習慣」という言葉の通り『身につけなさい!』と声をかけることによって身につけられるものではなく、まずは教師自身がモデルとなり、示していくことはもちろん、小さなステップを積み重ねながら、教室の中で少しずつ育んでいくものです。

 本書は「個別化された学び」を本当の意味で実現させるための「思考の習慣」をどのように育んでいくか、その第一歩を踏み出す、そんなきっかけとなる一冊です。近年の探究学習の広がりにより、生徒に「個別化された学び」の時間を提供しようとしても、「何にどう取り組んだらいいかわからない」と話す生徒がいたり、やる気がないように見える生徒がいたり、表面的な調べ学習で満足してしまったり、ということも皆さんの周りでも、起きているのではないでしょうか? そして、そもそもそのための時間や仲間をつくる難しさを抱えていたり、実施するための方法がわからずに躊躇したりしている教師の皆さんもいらっしゃるかもしれません。

そこで、「思考の習慣」を中心に考えていくことで、これらのことを解決するためのヒントがみつかるかもしれません。本書を使いながら、探究学習や「個別化された学び」について是非もう一度考え、そして新たなステップを歩み始める機会になることを祈っています。

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1冊(書店およびネット価格) 2640円のところ、

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2023年4月29日土曜日

学級経営を考える

 新学年がスタートして、子どもたちも先生方も新たな一年に心躍らせているのではないでしょうか。そこで、今回は学級経営について考えてみたいと思います。

 資料として『学級経営の教科書』(東洋館出版社)と『「居場所」のある学級・学校づくり』(新評論)を比較することにしました。

 『学級経営の教科書』(以下、『教科書』と称します)は、執筆のねらいを、「「学級」の意味を考えながら、学級活動をよりよく活用して子どもも先生も心地よく過ごせる(互いに力を発揮しあえる)「学級」を創造する「学級経営の教科書」を目指します。」と説明しています。前半は、学級経営の領域に関する解説、後半は学級活動を通じた学級経営の充実の視点が描かれています。

 その前半の領域に関する解説ですが、筆者は「必然的領域」「計画的領域」「偶発的領域」の3領域に分かれると説明しています。最初の「必然的領域」とは、「一貫して毅然とした指導、人権に関する問題を扱う領域」とあります。これが「学級のあたたかさを創る」、言わば「土台づくり」の領域とのこと。そして、「学級経営の基盤は、自己と他者の人格を尊重する言動・行動を増やし、自己と他者の人格を傷つける言動・行動は許さない、という指導の徹底です。」と説明しています。これには、日本の小・中・高校の先生方の多くが同意されるように思います。また、学級崩壊を心配する管理職は、「毅然とした態度」で子どもに接するように求めることが多いのではないでしょうか。

 この学級経営の土台となる「必然的領域」の次に、教師による計画的な指導・援助が入る「計画的領域」がきて、この領域の説明として、「学校や学級生活の「きまりごと」を調整し、浸透させ、学校や学級において、児童生徒が生活を過ごしやすくするための指導を行う」(同書58ページ)とあります。この「浸透」の部分に関して、IRRモデル(I(指導:instruction)R(リハーサル:rehearsal)R(強化:reinforce)の流れで指導する)(同書68ページ)を例示しています。

 

 さて、ここまで概観してくると、このブログでたびたび紹介されている米国の考え方との違いを感じると思います。

最初に紹介した『「居場所」のある学級・学校づくり』(以下、『居場所』と称します。)を読むと、「教室内の環境整備」、「人と人との接し方における約束事」「教室での行動ルールの共有と実践」(同書10ページ)などは『教科書』の計画的領域に通じるものですが、どうも『教科書』の方は「教化」というニュアンスが強いように感じます。

それに対して、『居場所』では、教室内のルールを扱うときにも、「手続きや手順の選択と作成に生徒が参加する」(同書164ページ)と生徒の「声」を大切にしています。もちろんそれだけでなく、すぐあとに、「手続きと手順を教えるとき、一回言って終わりにしない」と付け加えています。また、「必要であれば全員が理解するまで繰り返し教える必要があります」(同書166ページ)と述べて、『教科書』でも示されている指導も厭わないことを述べています。

さらに、『居場所』では、「すべての手続きを分かりやすく」して、それでも必要な生徒がいれば、より具体的に「必要な詳細を説明する」「このような手続きと手順がある理由を説明する」とあります。ここには、生徒一人ひとりへの信頼感が指導の根底にあるように思います。そして、その信頼関係を構築することにかなりのエネルギーを注ぎます。これがすべての出発点と言ってもいいのかもしれません。さらに生徒だけでなく、保護者との信頼関係構築にも最大限の努力をします。

また、生徒のことをよく観察することはもちろん、教師である自分の行動について、「何を続けるとよいですか」「何をやめたほうがよいですか」「私はあなたのことを好きだと思いますか」などと、徹底して生徒の「声」を聴き、生徒から学ぶというスタンスを大切にしています。この点は重要です。

もちろん『教科書』でも、「きまりごとの習慣化」を達成するために、次のように述べています。 

「授業ではこのきまりごとだけは大切に」という姿勢で丁寧に「みんなができている」ということを確認しながら、教育活動を行うことをしてみるとよいでしょう。(77ページ)

ただ、このきまりごとが何のために必要なのか、その手続きができた背景を説明する、あるいは話し合うところまでは求めていないようです。

要するに、方向性はほぼ同じ方向でも、その目標達成のために大事にするものがやや違うようです。『居場所』では、徹底して、児童生徒との信頼関係づくりを第一とし、「きまりごと」「約束事」を決めるにあたっても子どもに選択肢を与えて、子どもの「声」を大切にします。

「選択肢を与える」と「声を聴く」、この2点を学級経営の中に取り入れていくことで、生徒たちの成長はより確かなものになります。決して放任ではなく、「子どもを信じて、任せる」領域を可能な限り広くすることだと言えます。

また、『教科書』の第1部第3章の終りに「「黄金の三日間」を再考する」というタイトルのコラム(pp.84-86)があるのですが、そのなかで筆者は「厳しく徹底して指導するという「厳しさ」を方法として受け止めてしまう」危険性を指摘しています。そして、「教員になる前に「担任を受け持った学級の最初に、先生が大切にしていることを一つだけあげるとすれば、何でしょうか?」ということを聞いてみておくのも良いでしょう。」と教員志望の人に説いています。

それももちろん大切ですが、さらに、『居場所』に倣って、「子どもとの信頼関係をつくる」「子どもの声を聴く」「選択できることを大切にする」などを取り入れることで、その後の学級経営の展開が大きく異なってきます。またそれによって、『教科書』にある「偶発的領域」において、「問題解決と学校文化の創造」のための「児童生徒の自主的実践活動、自律や自治」が無理なく進められると思うのですが、いかがでしょうか。

文科省の施策のなかで、方向性は示すけれど、「後はみなさんよろしく」式のことがこれまでたくさんありました。学級経営も『教科書』で学ぶだけでなく、ぜひその足りない部分を『居場所』のような具体的な資料で補い、多くの教室で、子どもたちの居場所づくりを大切にして、生徒一人ひとりが人として尊重される学級経営が行われることを願いたいものです。

2023年4月23日日曜日

学習指導要領の「主体的に学習に取り組む態度」とSELの関係?

●読者(千葉県の公立小学校に務めている津崎先生)からの質問:

最近考えていることについて、質問させてください。現在、吉田さんの関わったSELの本を読んでいます。そこで、数十年前からSELに興味をもたれている吉田さんにお聞きしたいことがあります。

日本の学習指導要領では、育成すべき資質・能力として、「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力、人間性」の3つが挙げられています。

この3つを「認知能力」と「非認知能力」に分けると、「知識及び技能」と「思考力判断力表現力」認知能力であり、「学びに向かう力、人間性」「非認知能力」(=SEL)であると私は解釈します。

これからの時代はもはやテストの点数(IQ)の時代ではなく、感情知性や社会的知性のスキル(EQSQ)です。そう考えた場合、先に述べた3つの能力のうち、やはり「学びに向かう力、人間性」の育成がとても重要視されるべきだと思うのです。

その「学びに向かう力、人間性」ですが、実際に評価するとなった場合の評価の観点として、「主体的に学習に取り組む態度」があります。これは「学びに向かう力、人間性」のうち、評価できるものを取り上げたものです。

文科省は、「主体的に学習に取り組む態度」を2つの側面から定義しました。一つが「自己調整力」で、もう一つが「粘り強さ」です。この2つを次のように説明しています。

前学習指導要領における評価の観点「関心・意欲・態度」は、新学習指導要領で「主体的に学習に取り組む態度」へと発展的に変更された。「関心・意欲・態度」も各教科等の学習内容に関心をもつことのみならず、よりよく学ぼうとする意欲をもって学習に取り組む態度を評価する観点であったが、この点を「主体的に学習に取り組む態度」として改めて強調することとなった。そして、「主体的に学習に取り組む態度」の具体的な観点として、知識及び技能を獲得したり、思考力・判断力・表現力等を身に付けたりすることに向けた粘り強い取組を行おうとしている側面(以下「粘り強さ」)、②①の粘り強い取組を行う中で、自らの学習を調整しようとする側面(以下「自己調整」)の二つの側面を評価する。

ここで疑問なのが、どうして自己調整と粘り強さの二つなのか、ということです。その理由はどこを探しても見当たらないのでモヤモヤしています。なぜなら、SELは『学びは、すべてSEL』のp31の図にあるように、もっと多岐に渡った側面が存在するからです。

吉田さんにお聞きしたいのは、現行の指導要領で示される「自己調整力と粘り強さ」で、主体的に学習に取り組む態度を育成できると思いますか?

 

●回答:

「関心・意欲・態度」であろうと、「主体的に学習に取り組む態度」であろうと、教師ないし教科書主導の授業で、それを生徒たちに期待することはかなりの難しさがあります。

そんななかで、「自己調整力と粘り強さ」は、絵に描いた餅以外の何ものでもないとしか思えません。(どうして、これら二つが選ばれたのかは、私にも分かりませんが、おそらくマスコミ等で取りざたされているというか、文科省周辺の研究者たちが大切と言っているからでしょうか?)

生徒たちは、教師がしている授業にしか反応できません。(その意味では、「主体的に学習に取り組む態度」や「自己調整力と粘り強さ」を生徒が示せる割合はほとんどありません。

さらには、教師はそれらをモデルで示すことが求められているのですが、「主体的に学習に取り組む態度」や「自己調整力と粘り強さ」をモデルで示せるレベルで身につけている人はいったいどのくらいいるでしょうか?

https://projectbetterschool.blogspot.com/2022/11/blog-post_20.htmlで紹介している二つの表および文章を読まれて、〇〇さんはどのような印象・反応をもたれますか?

文科省のきわめて空虚な「言葉遊び」(あるいは、評価の観点としての「関心・意欲・態度」で失った30年?を、今度は「学びに向かう力、人間性」や「自己調整力と粘り強さ」でさらにウン十年と延ばすこと)にお付き合いするのではなく、実質のある、内容の伴った(実践と理論に裏打ちされた)本を読んで自分の実践を磨くことに時間を割いていただきたいです。

これまでも、そういう本をたくさん本ブログで紹介してきましたが(たとえば、http://wwletter.blogspot.com/2023/02/sel.html)、来月に出る学びの中心はやっぱり生徒だ! ベナ・カリック(著/文) - 新評論 | 版元ドットコム (hanmoto.com) も、まさにそういう1冊です。

また、生徒も、教師も羽ばたけないで小さな瓶の中に閉じ込められた状態が続いている日本の教育で、7月に出る予定の本は『だから、みんなが羽ばたいて(仮題)』という生徒も教師も羽ばたけるための具体的な手立てが書かれた本です。上の本とセットにして読むと、生徒中心の学び(教師や教科書やテスト中心の勉強=生徒にとっては苦役の対極にある学び)はどういうふうにつくり出せるかが分かります★。

 

以下は、問われていない蛇足(主には、思考力についてのオマケ)です。

 質問の最初に書かれていた「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力」(関心・意欲・態度改めの)「学びに向かう力、人間性」は、教育の3本柱の知識、技能、態度を言い換えたものですが、文科省は「技能」の中身としてどんなものをあげているのでしょうか?★★

 一般的にそれは、「思考力・判断力・表現力」を含めた多様なものですし、思考力も「ブルームの思考の6段階(暗記、理解、応用、分析、統合、評価)」によると、評価・判断を含んだ概念として捉えられています。また、2番目の「理解」も、オリバー・キーン著の『理解するってどういうこと?』やグラント・ウィギンズほか著の『理解をもたらすカリキュラム設計』を読むと、とても面白く深いものがあることに気づけます。

 このように、日本ではほとんど「考える授業」がまだ行われていない現状も浮き彫りになってしまいます(これも、教師/教科書主導の授業の弊害の一つ?)。この点については、https://projectbetterschool.blogspot.com/search?q=%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8Bをご覧ください。

 先のURLで紹介した2つ目の表の「思考の習慣」https://bit.ly/3XZmfbh★★★には、学校のなかだけでなく、長い人生を生きていく際に欠かせない「考え続けるための習慣」がよくまとまっていると思われませんか? これらのうちのどれだけは学校や大学を卒業する時点で生徒・学生たちが身につけられるようにしているでしょうか?

 

★これら5月と7月に出る本2冊は、「主体的に学習に取り組む態度」や「自己調整力と粘り強さ」を実現させる(生徒が本当の意味で身につける/練習する)ために、最も参考になる本です。

★★私が一番先に思いつくのは、日本の教育界では軽視ないし無視されたままのクリティカルな思考、クリエイティブな思考(創造力)、コラボレートできる力(協働する力)、コミュニケーション力の4C(21世紀型スキル)です。それに最近は、シティズンシップとキャラクターの二つのCを加えて、6Cともいわれます。文科省が「人間性」を言い始めたのは、ここからきている? しかし、それを単に言うことと具体的に普及するためのノウハウをもっていることは、まったくの別物です! 4Cも6Cも、教師/教科書主導の一斉授業では練習できないものばかりです。

★★★この「思考の習慣」については、成績だけが評価じゃない スター・サックシュタイン(著/文) - 新評論 | 版元ドットコム (hanmoto.com)(この本のサブタイトルは、「感情と社会性を育む(SEL)ための評価」です!)の68~77ページでも紹介されています。

★★★★ 「認知能力」と「非認知能力」を分けるのは、http://wwletter.blogspot.com/2023/02/sel.htmlの(p31の)図の「認知調整(第4章)」にあるように必ずしもスパッと行くものではない気がします。

2023年4月16日日曜日

一人ひとりを育てる『社会科ワークショップ』

 以前も書評を書いてくれた兵庫県の小学校の先生の北元さん(https://projectbetterschool.blogspot.com/2021/08/blog-post_22.html)が、今度は『社会科ワークショップ』の書評を送ってくれましたので紹介します。あなたも、書評や実践報告を送ってください。このブログや、姉妹ブログの「WWRW便り」や「SEL便り」で紹介します。

「自立した学び手を育てる教え方・学び方」というサブタイトルに惹かれて、この本を手にしました。

教師の発問に子どもたちが答え、想定と想定をやや超えた子どもたちの発言が板書に残っていく授業。そんな一斉授業に価値は認めつつも、何か物足りなさを感じている方には、お薦めの本です。

改訂版『読書家の時間』と同じく、この本には「ワークショップ」を進めていくための具体的な手立てが、実践と共にリアルに描かれています。折しも、昨年末の冬に大阪で、「社会科ワークショップ」を体験できるワークショップに参加することができたため、実践のイメージをもつことができました。

この本は、大きく三つのパートから構成されています。パート1は「社会科ワークショップがもつ可能性」、パート2は「社会科ワークショップの柱」、パート3は「社会科ワークショップで彩る1年間」となっています。

パート1には、執筆者の先生が「社会科ワークショップ」を実践されるに至った歩みが書かれています。一斉授業の物足りなさを感じつつも、「ワークショップ」とは何か、という疑問や学習として成立するのか、という疑念を抱いていた私には、共感できる部分でした。

それだけではありません。章の見出しのとおり「可能性」を大いに感じさせてくれる内容でした。子どもの「可能性」を引き出すことができます。教師として子どもを育てる教師に育つ「可能性」を感じさせてもらえます。具体的なことは、ぜひ本を手に取ってお読みください。

 きっと、感動を覚えパート2へと引き込んでいかれると思います。

 パート2には、具体的な実践方法とその理念、子どもや教師の育ちやぶつかる壁等が書かれています。例えば、学年会の様子なども再現されています。同僚の反発や不安を受け止めながら、理解を得て共に実践に向かっていく光景は、これから実践しようする自分にとっては両者の立場に立つことができ、心強いものでもありました。

このパートでのキーワードは、「探究のサイクル」「ユニット」「遊び場」「カンファレンス」「評価」だと、私は思います。

「探究のサイクル」については、大阪での研修会で体験することができました。ユニットは『玉川上水』でした。(ユニットと単元の違いが気になられた方もおられるかもしれませんが、この本を読むと解決できます。サイクルの回し方や指導の進め方についても同様です。)

体験して感じたことが、いくつかあります。

一つは、頭をフル回転させる必要があるということです。受け身の状態では、発表という目的に向かって調べたり考えたりすることができません。うかうかしていられない、という感覚です。学習に興味・関心をもつことが容易な子どもにとっては、刺激的で主体的な学習になると思います。

一方で、学習に乗り切れない子どもたちもいます。カンファレンスやペアの作り方に教師の指導性が発揮されてくるのだと思います。カンファレンスは、私なりの解釈をさせていただくと、一種の御用聞きだと思います。戸別訪問販売のイメージです。患者さんに合わせた治療をするお医者さんとでもいえましょうか。

もう一つは、コミュニケーション能力や社会性が必要とされるということです。

探究は、ペアで行うことが多いようです。ペアになった方は、初めてお会いする方でした。

一緒に探究や発表準備をさせていただく中で、自分のやりたいことや思いだけを押し付けていないか、この方が遠慮されているのではないか、という思いになりました。自分の他者へのアプローチの仕方に気付く機会となりました。このことは、教師の支援のもと、子どもにも経験可能なことだと思います。

また活動を共にすることで、その先生の発想の素晴らしさや得意なことだけでなく考え方にも触れることもでき、わずかな時間を共有しただけですが、お互いの距離が縮まった気がしました。

 子どもの関係性の築き方も一人ひとり多種多様であり、中にはペア活動が重荷になる子もいるかもしれません。しかし、だからこそ、その子への指導や支援の仕方が如実に教師に迫られます。本書の中にあった「授業で育てる」ということにもつながると思います。

 もう一つは、総合的であるということです。私たちペアは漫才形式で探究したことを発表しましたが、台本を作る際に国語力の必要性を痛感しました。他のグループも様々な方法や内容で発表されましたが、そこには、数学的な処理の仕方や統計的なものの見方、図工などが発揮されていました。全身全霊で没頭する幼稚園の「遊び」が彷彿させられました。「遊び場」づくりがユニットづくりということに、納得がいきます。

 体験はしていませんが、パート2で私が最も大事に感じたのは、「評価」の項目です。

ばらばらな活動の中どうやって評価するのかは、誰しも抱く疑問でありワークショップの実践を躊躇させる大きな要因だと思います。しかし、この本を読むと、その引っ掛かりは見事に溶けていきます。評価の根本について問いかけられているからです。

「成績をつけることではなく、子どもたちに力をつけることが評価」「学習は自分のものであって、学習を改善するのは最終的に自分」という言葉が、私の心に鋭く突き刺さりました。サブタイトル「自立した学び手を育てる教え方・学び方」に通じています。

 パート3には、6年生と5年生の実例が紹介されています。子どもと教師の実態に合わせながら「社会科ワークショップ」が育っていく様子です。参考にしながら、自分の教室でのワークショップを自分の教室の子どもたちに合わせて作っていく必要を感じました。

 この本の奥底にあるのは、一人ひとりを育てることだと解釈しています。

 私自身は、今年度社会科学習を指導できる立場になるかどうかは、まだ分かりませんが、この本に書かれている発想は、理科をはじめ他教科にもそのまま応用可能なものばかりです。学級という集団の中で、個が互いに響き合いながら一人ひとりが育つ学習指導を目指したいと思います。

 『社会科ワークショップ』は、社会科の教え方の本を超えた「教師の仕事の本質」を

考えさせてくれる本です。