もう30年以上も教壇に立っているけれど、日々迷いの連続。いやむしろ、若い頃の方が迷いがなかったかもしれません。新しい方法や考え方に出会ったら、それを取り入れ、授業で試してみる。ある意味、夢中になって、さまざまなことにトライしていた時代は確かにありました。
今は、これまでの「無茶な」経験が蓄積されているので、その結果を多少なりとも予測できるようになる。そうなると、慎重になり、迷うのかもしれません。
教室の中で、2度と同じことは起きない。同じ生徒であることもない。同じ到達度と同じ場面であることもない。その時々に、よく観察し、生徒たちを見極め、より良い方法を選択していくわけです。
そのような日々のチャレンジの連続。なんだか、ジャズの即興セッションのような、面白さと味わいがあるようにも思います。★1
しかし、周りを見渡してみても、伝統的な授業のあり方を見直そうとする、大きなうねりがある中で、伝統的な講義中心の知識伝達型授業をやり続けている人も多い。深く根差した「教員文化」になっているとさえ言えます。★2
新しい授業にチャレンジする上での障壁は二つあるように思います。一つは教員側の意識、もう一つは生徒自身の意識です。
教員側の意識は、教師のリーダーシップに関するものでしょう。独裁的なリーダーシップと言わないまでも、「教師自身が授業をコントロールできることが一種の快感」になると言うことです。自分が役に立った、生徒が指示通りに動いた、自分が言ったことに興味を示してくれた。生徒の関心を一心に集める。これらは、教師であれば誰でも感じたことのある、一種の「やりがい」に違いありません。
これらを、全面的に否定する訳ではありません。というか、自分自身もこのような快感に浸っていることに気づきます。
生徒側の意識としては、生徒自身も一方通行の伝統的な授業を好んでいるように見えることです。そのような授業だと、教室に座って、「何もしなくても乗り切ることが」できるからです。
実際にこのような学びの構えができている学習者は多いのような実感があります。「あれこれ面倒くさいことせずに、必要なことだけ教えてください。それをきちんとやるし、覚えるので。」と言った趣旨の発言をする生徒にも出会いました。
このように長い時間をかけて、構築されてきた学びに関する文化。これを打ち崩すには、もう少し時間はかかるかもしれません。しかし、日本中の多くの学校が、その第一歩が踏み出しています。
今一度、生徒たちが学びに熱中する教室づくりのために、私たちが新しい学びをスタートさせたいですね。
★1 こんな感じ https://youtu.be/GVG-aKisi4I?si=bhqrbPlP1o5C0rJW
★2 マーサ・ラッシュ著 (2020) 『退屈な授業をぶっ飛ばせ-学びに熱中する教室』新評論.
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